がどんなに傷つき汚染されても、鏡である人の美しい思いや祈りによって、このように美しい結晶を見せてくれるということは、人はどんな逆境にあっても、心美しい人との出会い、そしてその助けによって、たとえば『レ・ミゼラブル』の主人公ジャン・バルジャンのように、美しい慈愛の心を持った司祭に会ったことにより、逆境の中においてお美しく開花できるということなのです。――『水が伝える愛のかたち』(p.129)

く見ると、その声と印の結びは湖に直接向けられているものではなく、住職の足元においてある台の上にある、二つのコップの中の水に対して向けられていました。
「なるほど、たぶん、一つのコップの中の水は陽とこれを定め、もう一つのほうを陰と定め、この陰陽の水に対して全エネルギーを集中させ、この水の共鳴、共振作用によってこの広大な湖の水に、生命振動を与えているのだな」と、私はすぐ理解ができました。――『水が伝える愛のかたち』(p.169)

には、夢があります。一年に一度、「水に愛と感謝を捧げる日」という国際的な休日を設けるのです。
それは、七月二十五日がふさわしいのではないでしょうか。マヤ人が使っていた月の満ち欠けをもとにした暦によると、この日は一年がめぐって一日だけあまる最後の日とされ、「時間のない日」と呼ばれて祈りを捧げる日とされていました。
この日一日、世界中で思いを同じくする人が、水辺にたたずんだり、グラスに注いだ一杯の水を前にして、それぞれの場所で、水に向けて愛と感謝の思いを送るのです。
あなたの目の前の水は、地球のすべての水とつながっています。世界中の人がそのように祈りを捧げれば、愛と感謝の思いがさざ波のように広がり、地球を駆けめぐります。――『結晶物語』(p.188)