2007年3月30日(金) 機上で向かえた、妻の還暦誕生日
2ヶ月に及んだ今回のツアー、熱い所寒い所で、大変疲れましたが、いつもそばに妻が居て、私を労わってくれました。それが無ければ、この年でこんな強行軍の旅が、続けられません。それももう丸7年に成るのですから。
今日はその妻の還暦のお誕生日でした。二人でひっそり、機上でシャンペンで乾杯しました。ほんとに奥様有難う。これからもよろしくお願いします。

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2007年3月29日(木) スエーデン マルモセミナー
マルモはストックホルムから南に350キロ離れた、つまりデンマークコペンハーゲンよりの、同国で3番目に人口の多い町です。この町の名物は、ご覧のようにねじれた設計の高層ビルです。しかし昔は、世界1の造船量の多い町で有名だったそうです。

セミナーの前の午後、テレビ局によるインタビューが有りました。テレビ局といっても、女性3人で始めようとしている、インターネットテレビ局で、その最初の開局番組として、私を選んだと言う事です。私は、どんなメディアからの取材申し込みを外国では断っていません。その様な場でお話出来ること事体、幸せと思っているからです。

もう一つマルモの有名な事は、沢山の綺麗な公園があることです。写真はそのうちの一つです。

矢張り今夜も、定員一杯の人がマルモのヒルトンホテルの会場に集まってきてくれました。

私も通訳のクリスティンさんも、最後のセミナーと言う事で、熱が入り、一生懸命お話をしました。

そしてその結果、ついに最後の最後でスタンディングオべーションを頂く事ができました。僕の話が終わった瞬間、ど真ん中に座っていた大柄な紳士がスクット立ち上がって、大きく拍手をしたら、それこそ会場にいた全員が立ち上がってくれて、猛烈な拍手をしてくれました。
矢張り最初の一人が大事なのですね。嬉しかった。その紳士、皆さん、有難うございました。

翌日、マルモからコペンハーゲンまで8年前に開通したと言う橋を渡って車で行きました。
実はスエーデンとデンマークは太古の昔から仲が悪く、紛争の連続で有ったとの事ですが、この橋が開通したことにより、それは解消したとの事です。
写真は、その開通した時にデンマークのプリンスとスエーデンのプリンセスが歩み寄って、握手とキスを交わしたという、記念すべき地点です。今回の長いツアーが、この様な歴史的地点を通過した事で終わった事も、私にとってとても意義のあることでした。

今回のスエーデンツアーを素敵に演出してくれた、右がピーターさん、左がスーザンさんです。とても感じの良いお二人でした。
ピーターさんの奥さんにもお世話になりました。皆さん有難うございました。

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2007年3月27日(火) ストックホルムセミナー
今日はストックホルムの市内のホテルで、セミナーがあります。その会場への移動中、タクシーの運転手が「あれがノーベル賞受賞者のための舞踏会が行われる、ホールですよ、昔は授賞式もここで行われていました。」と教えてくれたのが、この建物。
正直、僕もいつかこの中で上さんと、タキシード着て踊りたいな、と思った事でした。

夕方から行われたセミナーは、またまた満場一杯となりました。そして大喝采。でもスタンディングオべーションまでとは行きません。やはり、以前から聞いていたように、北欧の人は日本人と同じで、なかなかガードが硬い感じです。

また同じことをやっている、と思う方も多いかもしれませんが、僕にとってこれだけは変わりません。これからもそうでしょう。振動と共鳴は全ての基本ですから。

皆さん最後まで、熱心に聴いてくれました。QアンドAも盛り上がって、質問者が後を絶ちません。
6時半から始まった会は、10時まで続きました。

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2007年3月26日(月) ストックホルム洋上セミナー
この船が、私達が乗る、フィンランド往復のクルージング船です。カリビアンクルーズより一回り小さいですが、なかなかの豪華船でした。

美しい夕日を見ながらの夕食。とても贅沢です。

私達の船室、この他にもう一部屋あるスイートを用意してくれました。
私のセミナーにはコンファレンスルーム一杯の160名あまりの人が、参加してくれました。一番前の右側の女性が、今回の3回のセミナーの通訳、スエーデン人のクリスティンさんです。彼女は16歳まで日本にいた関係上、ほぼ完璧な日本語を話します。彼女のおかげで、全てのセミナーは大好評でした。

初めてのスエーデンでの講演、いつもと同じように大受けでした。皆さん同じ所で笑って、同じ所で感動してくれました。

矢張り圧倒的に、女性のお客様が多かったです。 そしてここにもオーブが。

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2007年3月24日(土) 初めてのスエーデン・ストックホルム
今回のツアーの最終訪問国はスエーデンです。ここでは洋上セミナーと、ストックホルム、及びマルモという町で、計3会のセミナーが予定されています。
この洋上セミナーは、1泊2日のクルージングですが、それにいつもオランダでお世話になっている、娘家族を招待しました。
私達が、ベニスからミュンヘン経由でストックホルムに入って、ホテルに着いたときは、娘の家族はすでに到着していて、孫達と4日ぶりの再会です。

会うたびにお兄ちゃんらしくなる、4歳になった孫。

皆で、郊外の宮殿に行きました。
ギブアンドテイク
孫の乳母車を押す私、これがとても私の歩行にとって具合が良いのです。
ストックホルム中心地の風景
どこがどこだか忘れましたが、市内の美しい風景をお楽しみください。








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2007年3月22日(木) イタリア ポルデノーネ セミナー
今日は、国連が定めた「世界水の日」です。ベネチアの北東100キロほどの所にある、この小さな町の福祉団体「アフリカに井戸を掘ろう」の主催によって、私のセミナーが企画されました。
アムステルダムを朝たって、フランクフルト経由でベネチアへ着いたのは、もう夕方で、そこから1時間ほど車で走って、人口4万人ほどのこの町に到着しました。
主催者グループの一人がレストランを経営していて、そこで早速美味しいイタリア料理を、ご家族とともにご馳走になりました。

この方が、今回の主催者の代表ルドヴィカさんです。彼女は実に人格的に優れた方で、多くの会員さんを上手に纏め上げ、アフリカのニージェと言う国に実際に5人程の会員さんを派遣し、最初の井戸が昨年末に、完成されました。
障害児を持つ主婦の方ですが、その子が水にとても関心を持つと言う事からでしょうか、10万ユーロを越す資金を集めて、実際に井戸作りに成功されたのです。なかなか出来ない事です。

その町、なかなか風情がありました。
お昼過ぎに会場チェックに行ったら、もうそこに地元のテレビ局の人が待ち受けて、インタビューが始まりました。
通訳は、この町の隣町に結婚の為に移住して15年立つ、大阪弁の真実さんです。今回とても頑張ってくれました。

夕方8時から始まった講演会は、ご覧の通り立ち見まで出る、大盛況と成りました。
それでも中に入れない人で、門の外は一杯となりました。(市の人が責任を持つからと言うことで、結局全員は入れました。良かったです。)

市長さんも、最初から最後までいてくれました。
翌日の新聞2紙に大きく報道されていました。もちろんイタリア語で、僕には分かりませんでしたが、主催者の方に、最後の部分だけ翻訳してもらったところ、記者の方が
「市民がとても感動していました。私にとっても、とても素敵な2時間でした」と書いてくれたと言う事です。とても嬉しい感想でした。


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2007年3月20日(火) アムステルダムセミナー
16日にカンクンからフィラデルフィア経由でアムステルダム入りしました。もちろん娘の所で可愛い孫達に癒されながら、大休養です。
今回はメキシコツアーが大疲労となってしまったので、4日間実に良く眠れました。愛猫二コ君とも一体何回、ベッドをともにした事でしょうか。

今日は午後2時半から、市内の教会でセミナーがありました。なんと主催者は投資コンサルタント会社で、自分の顧客を中心として、180名の人が集まりました。入場料も250ユーロと、過去最高でした。

通訳は5年ほど前に、イレーネ女王との対談の時にお世話になった超ベテランの中安さんで、とてもスムースに進行しました。

いつもとは違う客層で、最初は緊張しましたが、すぐにお客様と溶け込み、いつものペースになってきました。矢張り海抜ゼロメートル地帯の多いオランダ、温暖化現象の話には一段と、しっかりと聞き入っておられました。

今日のセミナーの冒頭に次のようなお話をさせていただきました。
「私は日本の横浜と言う所で生まれましたが、そこで二人の可愛いオランダ人の兄妹と友達になりました。自分が6歳ころの事ですから、もう60年近く前の話に成りますが、今でも二人の事は鮮明に覚えています。お兄さんはマイケル、妹はアフレンと言って、そのお父さんは、当時のシェル石油、日本支社長で、日本に赴任していたのです。そしてそのお父さんの妹さんが、つまり彼らにとっての叔母さんが、あの女優のオードリー ヘップバーンと言う事でした。
ですから今日来場された方の中で、この二人についての情報を何かお持ちの方は、是非教えて欲しいのです。よろしくお願いいたします。」
セミナー終了後、一人の女性が現れて、「知人にオードリーの親戚の方がいるから聞いてみるわ」と言ってくれました。私はとても喜んで、名刺をお渡しして、連絡をお待ちする事としました。もし会えたら、ちょっとしたドラマになりそうです。
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2007年3月13日(火) カンクンセミナー
ホテルの際は、もうラグーンでそこを小さなモーターボートで、散歩するかのようにティームで通り過ぎてゆきました。

ホテルの様子

同じく
同

ホテルに思いがけないお客様が訪ねてくれました。
昨年のカンクンでの波動スクールの参加者のビクトリオさんご一家です。
ビクトリア夫婦はおしどり夫婦で、美人の奥様も波動インストラクターです。
去年最初は付き添いできたのですが、その雰囲気に奥様がすっかりはまって、急遽生徒として参加されたのです。

ご一緒した日本食レストランの従業員さんと。なんか雰囲気が似ていた二人でした。
その日の夜行われた、カンクンセミナーもご覧のように大盛況、850名の席が埋まりました。
イヤー今回のメキシコツアーどこも凄かった。それを主催してくれた波動インストラクターの皆さん、ご苦労様、そして有難うございました。

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2007年3月12日(月) カンクンの隣町でのセミナー
カンクンでお世話になったホテルのオーナー夫妻と。
ご主人は若い時から、空手や合気道をやる、侍のような風貌の人でした。

このホテルはハリケーンの被害で長い事休業していましたが、2週間後に開業できる運びとなりました。
カンクンではオーシャンサイドとラグーンサイドと両方にホテルが建っていますが、ここはラグーンサイドで、静けさが売り物のホテルでした。

この日の夕方、カンクンから1時間ほどの隣町で行われたセミナーは矢張り満席、750名の人が来てくれました。通訳は在墨35年の旅行業の福光さんで、昨年来のコンビですので、楽しく出来ました。

会場にはまたまた沢山のたまゆらが現れました。

同じく
何と、エドゥーの顔はたまゆらで一杯になってしまいました。
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2007年3月11日(日) チチェン・イッツア遺跡訪問
今日はメリダからカンクンまでの移動日です。
途中にあるこの有名な遺跡までマークたちが送ってきてくれて、ここでカンクン側の主催者、エドゥーに引き渡すと言う段取りになっていました。
まずは有名なピラミッド エル・カスティージョです。

その前で記念写真。エドゥーは家族連れでやってきました。

4年前初めてカンクンに来た時に丁度生まれたエドゥーの次女と
例の地下水池の一つがここにもありました。

カンクンに行く途中、昼食の為に寄ったホテルの庭にあった木。
カンクンの海は相変わらず美しかった。


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2007年3月10日(土) メリダセミナー
ユカタン半島中央部にあるメリダはマヤ文明中心の街でもあります。ここでのセミナーは矢張り波動インストラクターのマークさん(中央、その左が奥様)が取り仕切ってくれました。

セミナーに先立って、私達はマークさんの案内で、マヤ文明の遺跡などが陳列されている博物館に行きました。町から30分ぐらいの所にそれはありました。

私は、ある前世見に、全盛はマヤの時代、水のグルだったと、と言われた事があります。ですから、ここに来るのを楽しみにしていました。もし本当にそうであれば、何か感じるものが有るはずだからです。
そして早速それを見つけました。この彫像、私によく似ていると思われませんか?

空を飛ぶ蛇。日本の龍と関係が有るのではと思います。

マヤの雨の神様の前で、思わず手を合わせて挨拶をする私。矢張り何かからだが痺れるような感じがしました。永のご無沙汰を詫び、私がやっている水のミッションの役割へのサポートを、お願いしました。
結果、午後、町にはかなりの雨が降りました。願いは聞き届けられたようです。

日本の狛犬みたい。

日時計だそうです。
このあたりに1万箇所以上も有ると言う泉。地下で互いに繋がっていてとても深い。ご覧のように泳いでいる人もいる。

魚もいました。
綺麗なお水でした。

さてホテルにチェックインしたら、私の部屋はなんと911号室でびっくりデス。
というのは明日の夜から、この町にブッシュ大統領が首脳会談の為にやってくる事が、決まっているからです。これはどういうことでしょうか?

これがこの町で一番大きな劇場。今夜のセミナー会場ですが、今まで講演会で一度も満席になったことがないそうです。1236席有ります。

そして結果はご覧の通り満席。オーブも沢山出てきて魂も沢山参加してくれました。
あちこちにたまゆらが見えます。

そしてスタンディングオべーションで終了。ブッシュさんのおかげで、平和を求める市民がここに沢山来てくれたような感じです。

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2007年3月8日(木) メキシコシティーセミナー
メキシコ市でのセミナーはワールドトレードセンターで行われます。
写真左側が主催者の波動インストラクター、スビラさんです。右側は昨年のカンクンの波動スクールの時の通訳緑さんのご子息で大学生の健君、今回インタビュー通訳としてデビューしてもらいました。

早速1回目のインタビューです。

2回目
3回目・・・・遅刻 スビラさんが急遽ピンチヒッターをやる事に、緊張気味の彼女ですが、本番5分経過後に健君到着で、なんとか間に合いました。

急病で休んでいた知恵子さんも復帰 健君と変わりばんこの出演となりました。

そして、メキシコシティーセミナーが開幕しました。
10回以上にも及ぶ、ラジオやテレビ出演の甲斐あって、何とか会場はほぼ満席となりました。

会場の様子
翌日、市内のレストランで、妻の主催で打ち上げ会をやりました。
左から スブラ、私、フェルナンド、アントニオ、イセラ、フェルナンドのお嬢さん、妻
これでメキシコ市とはさよならで、明日からメリダに参ります。

アントニオさんが、感謝状を用意してくれましたので、それを一人ひとりに読み上げました。

フェルナンドの娘さんはお父さんの右腕で、実に良くやってくれました。

スブラも女手一つで、大変頑張ってくれました。
イセラもアントニオもグループリーダーとしてのお勤め振り満点でした。

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2007年3月6日(火) サンパンゴセミナー
波動インストラクターのフェルナンド ガルシアさんは著作をすでに何冊か持つ、メキシコシティー郊外の町、サンパンゴではなかなかの有名人です。今日はここ彼の経営する文化センターで大掛かりなイベントが待っていきました。
まず入り口の脇にある大きな池と、噴水に驚かされました。

大会の看板の前で

私の妻の名前は和子
庭園内には結晶写真の展示が これは「冒涜」の文字見せ

「和」の文字見せ
報道陣も多数取材に来ていました。

庭には創作アートも沢山飾られていました。
「永遠」の文字見せ

マスコットガールのかわいい女の子 水の精の天使です。
波動インストラクターの二人 イセラとガブレラさん

マヤ族の長老も見えました。右の彼は82歳とは思えない若さでした。
会議場の様子 700人ほどが入場されました。

フェルナンドさん以下 4人のスピーカーの挨拶
子供さんの代表が演説 環境問題について、「子供達も立ち上がるぞー」と、 強い決意表明が為され感動的でした。

わざわざ日本語での縦断幕も作って有りました。
政界の大物も参加です。
次期大統領の呼び声も高いメキシコ州知事がヘリコプターに乗って駆けつけてくれました。

その彼の演説
なかなか格好が良かったです。

わが波動インストラクターフェルナンドさんが企画した、この環境保護のためのイベントは、大成功に終わりました。なかなか彼の手腕、企画力は大したものです。
で、私はここにおいて来年3月、波動スクールを行う事を、決めたのでした。

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2007年3月3日(土) モンテレーセミナー
モンテレーはメキシコシティーから、飛行機で1時間半ほど北の、産業都市です。周りが特徴的な岩山で囲まれている盆地で、ご覧の山はサドルバックマウンティンという、この町の名物的山です。

この町の主催者は、立派なスパを経営している、エルサさん。向かって右。その右はご主人、私の左側はエルサさんのお姉さま、そして息子さん。

早速、町のテレビ局の人気番組に出演。司会者と意気投合してしまいました。
宿泊先のホテルでは丁度結婚式が行われていました。

エルサさんのファミリーによる、歓迎会。こんなにスタッフがいます。
エルサさんは歌も上手で、なんと専門のギタリストさんもよんでいました。

当然私も一曲、と言う事になりました。
ロウソクセレモニー。

翌日行われた町の識者を集めて行われた昼食会。
セミナー会場の前で

一杯となった会場
ところでこの日は、予定していた通訳の方が急病で来られなくなりました。
急遽、僕が英語で話し、エルサさんがそれをスペイン語に通訳する、と言う事になりました。
まあ何とか成りましたが、長い道中の間にはいろいろな事があるものです。

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2007年3月1日(木) メキシコツアー初日
昨夕、フロリダよりメキシコシテーに到着、空港に向かいに来ていた、私達のメキシコの秘書的存在の波動インストラクター、アントニオ夫妻とともに日航ホテル内にある日本食レストランに向かう。
そこには、このたびメキシコ国内で私の本を一挙に4冊(水伝1〜3、水の真力)も出版してくれた、TOMO出版の社長のシルビアさん夫婦、創業者のお父さんの3人が待ち受けていて、歓迎ディナーを催してくれました。

今回のメキシコツアーはメキシコの波動インストラクター達の要望で、企画されたものです。
その初日の今日は、フェルナンド ガルシアさんの担当でメキシコ市郊外の町で行われました。
告知期間が短かったにも拘らず、なんと1100名の人で会場は満杯となりました。
幸先の良いスタートです。

地元の市長さん夫婦も来てくれて、感謝状を頂きました。
最後は結晶動画付きのメキシコ国家で締めくくりました。
皆さん一斉に立ち上がって、自然にスタンディングオべーションで終了となりました。

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2007年2月20日(火)〜28日(水) カリビアンクルーズ 付録
毎日ベッドの上に、可愛い動物を模したタオルが置いてありました。

これは犬かな。

これは象かも。
手長猿

これが象だとすると前のは?
はて、これは何だ?
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2007年2月20日(火)〜28日(水) The Ocean
of Gratitude Cruise
いよいよ待ちに待った、カリブ海8日間の旅の日が来ました。マイアミの北にあるフォート・ローデル港で私達を待っていた船は、CARNIVAL LEGEND号 という、なんと定員2000名、従業員900名のご覧の通りの豪華巨大船でした。

これが私達のキャビン。もちろんオーシャンビューで、シャワーも熱いお湯が元気良く出て、最高でした。

船内には無論カジノがあり、終夜営業です。
さて僕はいくら負けたでしょうか?
答え...................so so
最上階の甲板風景

船内廊下はとても長く、200メートルぐらいはありました。
ちなみに妻は1度も遊びませんでした。

船内での食事風景
レストランやバーが何箇所もあり、全部は回りきれませんでした。
お寿司の屋台もあり、これがなかなか美味しかったです。

レストランでは毎晩ショータイムがあり、従業員が踊ったり、歌ったりしてくれます。
その踊りに加わって、怪しげな踊りを楽しむ妻と通訳の波動インストラクター知子さん。
通訳の三浦知子さんのウェブサイトはこちら
http://whataparadise.org/gratitude.html

カラオケもあり,熱唱する息子博正。

そしてその父。
このクルーズの名前は GRATITUDE TO OCEAN (海に感謝)で、心美しい女性達が、営利目的ではなく、お水に感謝する、と言うテーマにおいて、ウエブサイトを通じて呼びかけ実現したものです。
なんと120名あまりの人が、参加してくれました。
最初の夜、皆で水に対しての愛感謝セレモニーが行われました。
愛感謝セレモニーを行う前の水の写真
愛感謝セレモニーを行う前の水の結晶写真
愛感謝セレモニーの様子

愛感謝セレモニーを行った後の水の写真
愛感謝セレモニーを行った後の水の結晶写真

彼女が、今回の企画を主催してくれたキャロルさんです。
私のセミナーは3回ほど行われました。たっぷりと余裕を持ってお話が出来ましたので、皆さんとても喜んでくれました。波動インストラクターに関心を持ってくれた人が、10人ほど出て、次回のスクール(アリゾナ チューソン)ではその方々と再会できそうです。

私のセミナー風景
巨大なたまゆらが右側中央に現れています。
最初の上陸地はパナマでした。
有名なパナマ運河に行く前に、私達はある湖の中の島で、いまだに昔ながらの生活をしておられる、ある部族の所を訪ねました。
この船で、中ノ島に行くのです。

小さな船着場に着くと、彼らが歓迎のため、待っていてくれました。
28名の住民が総出で、我々を歓迎する踊りを披露してくれました。

早速私も、その踊りの輪に加わりました。
妻の顔を不思議そうにじっと見つめ上げる、
赤ちゃん。なんと思っているのでしょうか。

彼らの住居です。
そのあと、待望のパナマ運河に行きました。写真前方がカリブ海、後方が太平洋で、この間80キロメートルの運河です。

以外に狭い運河幅。目の前を大きな貨物船が通って行きます。
その船の船尾も目の前を通り過ぎて行きました。

そうすると、目の前の水門が閉じ始めました。
この後、海水の注入が始まり、船がどんどん上のほうに押し上げられて行きました。
これは、太平洋側とカリブ海側との間には、海抜の高度差があるため、それを調節するための人類の叡智が結集した、凄いテクノロジーです。

私達はその日の夕方、クルーズ船の発着場のパナマ港を後にしました。誰も見送ってくれる人がいず、ちょっと寂しかったなあ。

パナマ港には、運河入りを待つ船が一杯停泊していました。
翌日はコスタリカに上陸の予定でしたが、観光客を巡ってのトラブルが発生したとの情報をうけ、急遽、ホンジュラスの観光島へ上陸と変更になり、私達はいるかと遊ぶコースを選択しました。

ご覧のように元気の良いイルカが、10頭ほど観光客用に飼われていて、イルカとのスキンシップが楽しめます。

早速いるかとのコミュニケーションを図る妻。
最終日は、ベリーズの小さな島でのスノーケリングです。
妻と息子がそれにチャレンジしました。
この島がスノーケリングの基地の島です。
私は2時間ほど太陽の光と戯れていました。

これが本当の夢の島。
楽しく、実り多かった8日間があっという間に過ぎ、クロージングセレモニー、皆で唄を歌い、平和を誓い合いました。

カリブ海に落ちる夕日 また来年もここに来たいものです。
海よありがとう、幸せで、安らかであれ。

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