2007年2月20日(火)〜28日(水) カリビアンクルーズ 付録
毎日ベッドの上に、可愛い動物を模したタオルが置いてありました。

これは犬かな。

これは象かも。
手長猿

これが象だとすると前のは?
はて、これは何だ?
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2007年2月20日(火)〜28日(水) The Ocean
of Gratitude Cruise
いよいよ待ちに待った、カリブ海8日間の旅の日が来ました。マイアミの北にあるフォート・ローデル港で私達を待っていた船は、CARNIVAL LEGEND号 という、なんと定員2000名、従業員900名のご覧の通りの豪華巨大船でした。

これが私達のキャビン。もちろんオーシャンビューで、シャワーも熱いお湯が元気良く出て、最高でした。

船内には無論カジノがあり、終夜営業です。
さて僕はいくら負けたでしょうか?
答え...................so so
最上階の甲板風景

船内廊下はとても長く、200メートルぐらいはありました。
ちなみに妻は1度も遊びませんでした。

船内での食事風景
レストランやバーが何箇所もあり、全部は回りきれませんでした。
お寿司の屋台もあり、これがなかなか美味しかったです。

レストランでは毎晩ショータイムがあり、従業員が踊ったり、歌ったりしてくれます。
その踊りに加わって、怪しげな踊りを楽しむ妻と通訳の波動インストラクター知子さん。
通訳の三浦知子さんのウェブサイトはこちら
http://whataparadise.org/gratitude.html

カラオケもあり,熱唱する息子博正。

そしてその父。
このクルーズの名前は GRATITUDE TO OCEAN (海に感謝)で、心美しい女性達が、営利目的ではなく、お水に感謝する、と言うテーマにおいて、ウエブサイトを通じて呼びかけ実現したものです。
なんと120名あまりの人が、参加してくれました。
最初の夜、皆で水に対しての愛感謝セレモニーが行われました。
愛感謝セレモニーを行う前の水の写真
愛感謝セレモニーを行う前の水の結晶写真
愛感謝セレモニーの様子

愛感謝セレモニーを行った後の水の写真
愛感謝セレモニーを行った後の水の結晶写真

彼女が、今回の企画を主催してくれたキャロルさんです。
私のセミナーは3回ほど行われました。たっぷりと余裕を持ってお話が出来ましたので、皆さんとても喜んでくれました。波動インストラクターに関心を持ってくれた人が、10人ほど出て、次回のスクール(アリゾナ チューソン)ではその方々と再会できそうです。

私のセミナー風景
巨大なたまゆらが右側中央に現れています。
最初の上陸地はパナマでした。
有名なパナマ運河に行く前に、私達はある湖の中の島で、いまだに昔ながらの生活をしておられる、ある部族の所を訪ねました。
この船で、中ノ島に行くのです。

小さな船着場に着くと、彼らが歓迎のため、待っていてくれました。
28名の住民が総出で、我々を歓迎する踊りを披露してくれました。

早速私も、その踊りの輪に加わりました。
妻の顔を不思議そうにじっと見つめ上げる、
赤ちゃん。なんと思っているのでしょうか。

彼らの住居です。
そのあと、待望のパナマ運河に行きました。写真前方がカリブ海、後方が太平洋で、この間80キロメートルの運河です。

以外に狭い運河幅。目の前を大きな貨物船が通って行きます。
その船の船尾も目の前を通り過ぎて行きました。

そうすると、目の前の水門が閉じ始めました。
この後、海水の注入が始まり、船がどんどん上のほうに押し上げられて行きました。
これは、太平洋側とカリブ海側との間には、海抜の高度差があるため、それを調節するための人類の叡智が結集した、凄いテクノロジーです。

私達はその日の夕方、クルーズ船の発着場のパナマ港を後にしました。誰も見送ってくれる人がいず、ちょっと寂しかったなあ。

パナマ港には、運河入りを待つ船が一杯停泊していました。
翌日はコスタリカに上陸の予定でしたが、観光客を巡ってのトラブルが発生したとの情報をうけ、急遽、ホンジュラスの観光島へ上陸と変更になり、私達はいるかと遊ぶコースを選択しました。

ご覧のように元気の良いイルカが、10頭ほど観光客用に飼われていて、イルカとのスキンシップが楽しめます。

早速いるかとのコミュニケーションを図る妻。
最終日は、ベリーズの小さな島でのスノーケリングです。
妻と息子がそれにチャレンジしました。
この島がスノーケリングの基地の島です。
私は2時間ほど太陽の光と戯れていました。

これが本当の夢の島。
楽しく、実り多かった8日間があっという間に過ぎ、クロージングセレモニー、皆で唄を歌い、平和を誓い合いました。

カリブ海に落ちる夕日 また来年もここに来たいものです。
海よありがとう、幸せで、安らかであれ。

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2007年2月17日(土) バハマ ヨガリトリートメント セミナー
昨年に続いて2回目のセミナーが、夜8時半から行われました。
ここはスワミ・シバナンダを師とする、ヨガ研修グループで、今回の1週間ほどの研修会には、世界から200名以上の生徒が集まっていました。
私のセミナーはその一環の教養講座ですが必修講座ではありません。それでも、120名ほどの人が参加してくれて、熱心に最後まで聞いてくれました。

それにしても最近のヨガブームは、年々年を追うごとに拡大しています。私はすでに、ルーマニア、デンマーク、アメリカの大きなヨガ団体から招かれて、講演をしたことがありますが、ヨガのヨの字も知らない私が何故この様に招かれるのか不思議な所です。

写真の女性は、シャマさんと言って、今回の私達の世話係の方です。彼女はイギリス人ですが、若い時に日本に2年間ほど勉強に来た事があるそうで、特に奈良の飛鳥文化に惹き付けられたということです。
彼女に聞きました。なぜ今ヨガなの?と。
答えは
「物質的には豊かになりましたが、それに反比例するかのように精神が貧困になった今日、それに気が付かれた方が、その差を一挙に取り戻そうとされている、私もそうですが、そんな現象だと思います。」
成るほど、納得です。
日本では10年前に、ヨガの話などすると「お前はオームか?」等といわれかねませんでしたが、そのころすでにその潮流はアメリカにあって、オメガインシチュート等がどんどん設立され始めています。
その日本でももちろん今はそんな事無く立派なヨガブームが来ていると思いますが、そうであれば喜ばしい事です。

会場の様子。
長老達が前の方にいて、怖い顔をして僕の話を聞いていましたが、でも直ぐに僕のジョークに反応してくれて、良かった。良かった。

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2007年2月15日(木) バハマに到着、休養
13日は、私はオーランドに移動、そこで10日ほど遅れて日本から来た妻と合流しました。今までは息子の博正が一緒で、この間いろいろと面倒を見てもらいましたが、やはりこちらは遠慮、あちらも照れなどが有って、完璧な介護?とまでは行きません。
オーランド飛行場の、到着出口で妻を待つ事2時間、ワシントンDC経由の便が雪のため遅れたのでいたし方の無い事なのですが、いつもの様にやたらに心配になって落ち着きません。どうも彼女を一人で飛行機に乗せることは、私の精神衛生上良いことではありませんが、最近妻は出来るだけ家にいるようにしたいと思い始めているので、致し方有りません。
2時間たってようやく現れた彼女と、まずは暖かいハグ,ブチュとしたかったんですが、ちょっとタイミングが合わず、お預け。まあ無事で良かった、良かった。
その日は空港内のホテルに泊まり、昨日からバハマ入りしたわけです。
ご覧のように1年ぶりのバハマは、相変わらずコバルトブルーの綺麗な海と白い砂浜で我々を迎えてくれました。

豪華大型クルーズ船の入港です。僕らも20日から洋上セミナーの講師としてカリビヤンクルーズ1週間の旅に招かれているのですが、こんなに大きな船なのかしら。楽しみです。

バハマに来たのはもちろん仕事です。17日、18日と地元のヨガセンターでのセミナーが予定されていますが、2日ほど早く着いたので、この間静養させていただく事にしました。

浜辺には磯シギが遊んでいました。
バハマ共和国の首都ナッソーは、キャリビアンクルーの船が停泊する一つの基地となっています。ご覧のように大型船が次から次へと入港してきました。最大6艘まで停泊できます。

私達の宿泊しているホテル。去年と同じヒルトンホテルです。
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2007年2月12日(月) メルボルン(フロリダ)セミナー
HADOインストラクタースクールを終えて、休む間もなく今日の夕方、地元のユニティーチャーチで、講演会が開かれました。主催者は、やはり地元のインストラクターコリーンさんです。
250名の会場一杯の人が来てくれて、真に楽しい講演会となりました。(通訳は宮澤君子さん)

土地柄、ご覧のように高齢者が多かったのですが、僕の話は大うけに受け、爆笑の連続でした。そして最後はご覧のように、スタンディングオべーションを頂き、サイン会も延々と続き、僕としてはとても幸せな講演会でした。
主催をしてくれた波動インストラクターのコリーンさんに感謝です。
つまり、せっかくフロリダのメルボルンに波動スクールの為に行ったのですが、そのスクールでは地元の人が全くおらず、何のためのフロリダだったのかなーと思っていた所、彼女が短い時間の間に主催し人集めしてくれたおかげで、地元の方々にも、僕の波動論をお伝えする事が出来、彼らの暖かい反応を感じる事が出来たからです。
これからは、170名を超えた全世界の波動インストラクターが、無駄なく僕のスケジュールをサポートしてくれる事が期待されるので、とても楽になるでしょう。

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2007年2月8日(木)〜11日(日)
第8回HADOインストラクタースクール IN メルボルン(フロリダ)
フロリダのメルボルンはディズニーワールドや、最近の宇宙飛行士の三角関係事件で有名になったオーランド飛行場から1時間あまりの、大西洋に面した町です。
この海岸に面した所にあるヒルトンホテルで、第8回スクールが開かれました。

会場のヒルトンホテルです。
今回の開催を決定したのは1ヵ月半ほど前で、告知時間があまり無く参加者は新人7名、OB7名の少人数によるスクールとなりました。
レセプションはご覧のような海岸に面したハウスで行われました。

私の第1講義は音さを使っての共鳴の話が中心となります。
その時に自分の名前の謂れの説明をします。
江本と言う意味はORIGIN OF RIVER
サンスクリット語ではRIVERはNADA、ORIGINはPRANA
そしてNADA PRANA と言う意味はSOUND(音)と言う意味、つまり江本と言う意味はサンスクリットでは音という意味なんですよ、と言うと皆さん納得されます。

2番目の先生は、波動友の会の新会長DR,ケイトさんです。水の科学者としての水のあれこれをお話してくださり大好評でした。

三番手は、HADOアストレアの開発者、ハンスシンドラーさん。
生体微弱エネルギーとその検出法について、最も先進的な話をしてくれました。

IHMの葉坂社長は、結晶写真、波動技術のビジネス展開についてのお話、そしてピンチはチャンスだと言う自己体験による訓話があり、参加者の心を打ちました。

今回から初登場のIWLFのリン・ハーディン事務局長は、波動インストラクターの活動をどうビジネスに結びつけるかのお話をされました。

2日目の夜は恒例の懇親会。皆が一つになる、実に楽しい時です。
私も思わず大きな声で、「慕情」を歌ってしまい、翌日全く知らない宿泊客から「昨夜大きな声で唄を歌ってましたねえ」と冷やかされてしまいました。

リヒテンシュタイン研究所のラスモス君は、ニューヨークメトロポリタン劇場で公開された、15分に及ぶ、マリアカラスを偲んでの映像を、皆に見せてくれました。彼が撮影したマリアカラスの歌を聞かせた水の結晶のビデオを基にして、スワロフスキー側のアーティストがアレンジしたものです。
それはそれは美しいものでした。
この映像は、パリ、ロンドン、東京などでも公開されるようです。

今やHADOスクールの名物講師になった感のある、松村宗哲師(名古屋聖徳寺37代住職)は、波動と密教の相似性についてお話を頂きました。

早朝から行われた、松村師による座禅指導。(1)

同(2)
今回は、新人は7人と言う少人数でしたが、何とその中の2人が中近東のご出身で、ますますスクールの国際化が図れ、とても嬉しく思いました。

最後は松村師の先導で、皆で海に向かって世界の平和を祈り、第8回スクールは無事にそして成功裏に終わる事ができました。
次回は4月25日アリゾナのツーソンの予定です。

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2007年2月7日(水) 第2回IWLF理事会
宿泊先のホテルの会議室で第2回IWLF(INTERNATIONAL WATER FOR LIFE FOUNDATION)理事会が開催されました。

写真の方は理事の一人ロン加藤さんです。
ロンさんは日系2世で、3年前私が初めてアメリカセミナーツアーをやった時の通訳をしてくれて以来のお付き合いです。彼は日英両語を母国語として話しているので、その語学力は全くパーフェクトですが、それだけでなく、波動をとても良く理解されており、またその人間性もきわめて高い人なので、私には無くてはならない人で、この財団が設立された時から、理事をお願いしています。

写真右は、このたび理事に推薦されたケイトさんです。
ケイトさんは昨年暮れにインターナショナル HADO インストラクター会の会長にもなられた方で、ワイオミングに住む、ネイティブアメリカンの血を持つ素晴らしい社会活動家です。また彼女は水の研究家でPHDの称号を持つ立派な科学者でもあります。
左のリンさんも波動インストラクターで、二人はとてもよく気が合い、私にとってはとても頼もしい、私の活動のサポーターであり、推進者です。やはり、私の唱えている事は女性の方が、よく理解できる事なので、必然的に組織的にも女性が、重要な役割を担ってくれるようです。
昨年度は設立の年で、目立った動きはまだ有りませんでしたが、それでも昨年の秋にIWLFとしてのEMOTOプロジェクトの本が2万部ほど出版され、それが順調にディストリビューションされている事、そしてその反響が、とても良いことから、本年度はかなりの普及、そして出版が見込まれること、さらに日本版、英語版に加えてスペイン語版、ドイツ語版が間もなく出版予定である事などが、理事から報告されました。
とくにこの事業に全面的に参加してくれる波動インストラクターの数が170名、20カ国になった事は今後の急成長が見込まれるとして、全員新たなる気持ちで、この事業の推進に努めよう、と言う結論を持って散会となりました。


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2007年2月6日(火) オクラホマシティーにて
IWLFの理事会出席の為、昨夜からオクラホマシティーに来ておりますが、今日の朝はホテルに立正佼成会の鈴木国際部長が関係者の方々6名と訪ねてくださいました。
写真はその時の朝食会の様子です。

立正佼成会さんとは何かとご縁が有って、会報にインタビュー記事を掲載して頂いたり、何回か地方教会での講演会にお呼ばれされたりしています。でも、こんなに遠い所にも教会があるとは知りませんでした。アメリカ国内には18の教会支部があるということです。
朝食の後、私達はIWLFの事務局長のリン・ハーディンさんがアレンジしてくれた、ある学校でのセミナーに出かけました。その学校は郊外にあって、大きな農家を改造した牧場付きの、60名ほどの生徒が通う学校でした。
いわゆるアメリカ版のシュタイナー学校のような感じです。
ここで約1時間ほど、水の結晶写真を紹介しながら、如何に美しい言葉を使う事が大切かをお話させていただきました。
ご父兄の方も20名ほど参加されていましたが、生徒も父兄も先生もみな一体となって、そして感激を持って私の話を熱心に聴いてくれて、私もとても楽しくお話をする事ができました。
終わった後、生徒さんが私のために折り紙を作ってくれていて、それを頂いたり、日本の唱歌をいくつか歌ってくれたりして、心洗われるような、2時間があっという間に過ぎてゆきました。
そして帰り際にある男の生徒が、私の目をじっと見ながら「とても素晴らしいお話を有難うございました。今まで聞いたどのお話よりも感動しました。今日のお話をいつまでも忘れることなく生きてゆきます」と目に涙をためながら、お礼を言いにきたときには、私のほうもぐっと来るものがあって、差し出された手を、ぐっと握ってただ「有難う」と言うのが精一杯でした。
EMOTOプロジェクトを発案し実践していて、本当に良かったと、つくづく思った事でした。


写真 私の右側が、リン・ハーディンさん 左側が校長先生、そのお隣が当地に来て40年になると言う校長先生のお友達の日本人の方で女流画家でもある方です。
夕方は、リン・ハーディンさんのお家で、IWLFの関係者を招いての、ホームパーティーがありました。
そこでは、ノエティックサイエンス研究所のディーン博士との、電話によるコンファレンス会議が予定されていました。
ディーン博士は意識エネルギーを科学的に検証されている、世界的に著名な科学者で、すでに私とは2回ほどお会いしています。1昨年の11月の第2回IWLFの東京大会の時に、東京からサンフランシスコの郊外にある彼の研究所においてある水に対して、東京の会場から、祈りを送った事に対して、その変化を科学的に検証してくれた方でも有ります。
ディーン博士の論文はこちらをご覧ください。
水の結晶の形に遠隔地からの想いが与える影響についてのダブルブラインドテスト
今先生は、水を含むいろいろな物に、人の意識を送ると見られる変化について、検証をなさっているそうです。そして今日はチョコレートを対象にした実験を行い成功したそうで、また学術雑誌にその結果を発表されるようです。
私は先生にお礼を言って、先生の好物でもあるチョコレートを日本から送る事をお約束させていただきました。

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2007年2月4日(日) アガペ教会セミナー
アガペ教会は、ロサンゼルスに近いカルバーシティーにある、大変ユニークな教会です。どんな宗教、宗派を問わない、ゴスペルを中心としたホリスティックな教会と言えるでしょう。また非常に著名なマイケル師の説教は、私が聞いても、何か引き込まれるものがあり、毎日曜日ここには善良なアメリカ市民が、1000名以上も訪れます。
HADOインストラクターのエイミーさんのご尽力により、私の講演会が今日2時半から、此処で行われました。EMOTOプロジェクト推進の企画の一つとして、子供達を中心としたテーマの話となりました。

あいにくこの日は、スーパーボウルの決勝戦が行われる日で、また準備期間も短かったものですから、どれくらいの人が来てくれるのか心配でしたが、ご覧のように子供さんをつれた親御さん達が300名ほど来てくれて、コーラス隊の合唱もあったりして、楽しい会となりました。

私の友人アランルービックさんも駆けつけてくれて、子供向けの楽しい音楽を演奏してくれました。

ステージの下で、遊びながら演奏を聞く子供達
私は、予め日本で撮影してきた、子供達の歌を聞かせた結晶動画を皆さんにお見せしました。
その美しさに皆さん大喜びで大喝采を頂きました。
帰りには参加者全員に子供用の絵本をお渡ししましたが、その本にサインを欲しいと言う人が、長蛇のように並んで、嬉しい悲鳴を上げることになりました。

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2007年2月3日(土) 3組のお客様
今日は朝からトーランスにあるHLU(波動ライフUSA)のオフィスに出て、そこで3組のお客様をお迎えしました。
最初のお客様は昨夜も一緒だった鯉沼征代さんの3女、香帆さんでした。
実は彼女のお母様から1週間ほど前に次のようなメールを頂いていました。
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(前略)
まったくお話が変わりますが、三女の香帆が繁盛しておりましたスケートコーチをすっかりやめて、急に仏像彫りをしていたと思いましたら、今度は、Sacred
Mandala (聖なる曼荼羅)を点々を使って書き出し、それを見たヒーラーの方達が買うようになり、Ashland のマガジンで取り上げられ、個展をするまでになってしまいました。
この曼荼羅を治療室においておくだけで、患者さんが吸い寄せられ、自分も仕事がうまくできるというのです。
此処、ロスでも、色々な方たちと繋がり、ボデイーツリー、ハリウッド、セドナと個展が決まりました。
これらのプロセスは、たったの半年ぐらいの出来事です。しかも、日にちは、香帆が前もって予測していた日にちとピタリでしたので、またびっくりデス。
今回知り合った方達全部に、先生のセミナーをお誘いしてあります。
“自分が本当にやりたいことに切り替えたら、全て、ユニバース(宇宙)がたすけてくれるようになった” と、宇宙と融合して点を打っているようです。出てくるテーマは、愛が多く、たとえば、One
Love、とか Self Love とか。。。
直径10センチぐらいのものから、60センチぐらいの曼荼羅ですが。。。
よろしかったら、彼女が作った、ウェブサイトを覗いて見て下さいませ。
好きな、曼荼羅の画面を、クリックすると、大きくなって、良くみえます。
作り立てほやほやで、しかも初めて作ったサイトなので、見づらい所もあると思いますが。。。
http://www.kahokoinuma.com
本当に、ミラクルは起こるものだと、つくづく思い、感謝の日々です。
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私は早速、そのウェブを開いて香帆さんの作品を見てみました。
そしてその美しさに驚き、これは本物だと思いました。で、お会いしたくなり、今日彼女はその作品を持ってきてくれたわけです。
彼女はもともと、フィギュアのアイスダンスの選手で2回も世界選手権に出ている名選手でした。そして引退後はスケートスクールのコーチをしていたのですが、上のお母さんのメールに書いてあるとおり、ある日突然の閃きで点描曼荼羅画家に変身してしまったのです。
彼女との対談は、またいずれ月刊HADOなどでご紹介させていただく予定ですが、皆さんも、まずは上記サイトを訪れて、その美しい曼荼羅をご鑑賞くださればと思います。


2人目のお客様はFABIEN MAMANという方で、とてもユニークな方でした。
まず彼の経歴をご紹介します。
ファビアン・ママンは、音楽家、作曲家、鍼士、著者、研究者、治療者、先生、「生体エネルギー研究家」、格闘家でもあります。音楽家、作曲家として、彼はカーネギーホール、東京オペラ、パリオリンピアとベルリン交響楽団を含む世界の大きなコンサートホールで、演奏しました。彼は、1980年にGrande
Prix de Composition Francaise(フランスの作曲者を対象にした特賞)を受賞しました。
1977年に、ファビアンは鍼灸師になりました。そして、音楽と鍼を関連づけました。彼は、針の代わりに音叉を体のつぼに使う、有名なシステムを編み出しました。
80年代初期に、ファビアンはパリのジュシュー大学で彼の革命的な生物学実験を行いました。それは、ヒト細胞と彼らのエネルギー分野で音響のサウンドの衝撃を示したものです。ファビアンは、一連の音響の音を通して、健康な人にエネルギーを与えたり、ガン細胞に対しても有益ということを発見しました。
お会いしていて、とても穏やかな方で素晴らしい理論とその実践を持っている方です。もともとはフランスの方ですが、母国ではなかなかその考え方は受け入れられることが無く、今ではマリブと言うところに、研究所とスクールをお持ちで、そこを拠点とされているようです。
私は彼の考え方にとても共鳴しました。で、日本では彼の著書はまだ出版されていないと言うことでしたので、その内の1冊の日本での出版権を頂いてきましたので、これを何とかしたいと思っています。

3組目のお客様は、インディゴウオーター、サウンドエナジーシステムの開発者、ロナルド・ロイさんとパートナーのヘレーナさんです。
ロイさんとはもう10年ぐらいのお付き合いですが、このたび新企画を、共同で発表することとなり、その事前打ち合わせの為のミーティングでした。
はてさてどのような企画となるでしょうか?大変申し訳ないのですが、もうしばらくお待ちいただければと思います。

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2007年2月2日(金) 嬉しいお出迎え
無事最初のセミナー地ロサンゼルスに到着しました。
空港には、ロスの波動インストラクター鯉沼征代さんが、娘さんを連れて待っていてくれて、いつもながらの感激です。
ホテルで一休みして、彼女の娘さん二人と一人の孫、そして息子夫婦と、コーリアンタウンで、美味しい韓国料理を頂きました。
異国の地に行って、直ぐに家族的な雰囲気のデイナーでくつろげる、私は幸せ者です。長丁場の旅行ですが、何とか頑張れそうです。

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2007年2月1日(木) 日記再開、そして旅たち
お待たせしました。本日からまた日記を再開させていただきます。
と言っても明日からまた2ヶ月ほど海外に出かけますので、旅日記のような形になるでしょうけれども。
今回の旅の目的スケジュールは次の通りです。
◆2月4日(日) ロサンゼルス、アガペ協会にて子どもさんを対象にしたセミナー
◆2月6日(火)7日(水) 第2回IWLF理事総会 於いて オクラホマシティーにて
IWLFとは昨年の1月に「国連の国際命の水10年」宣言に呼応して設立されたアメリカ合衆国認定のNPO財団で、現在は主としてEMOTOプロジェクトを支援する為の諸活動を行っています。
◆2月8日(木)〜11日(日)
第8回HADOインストラクタースクール フロリダ メルボルンにて
◆2月12日(月) 一般セミナー メルボルンにて
◆2月17日(土)、18日(日) セミナー バハマにて
◆2月20日(火)〜28日(水)
カリブ海クルージングセミナー「Gratitude to Ocean」船上において3回のセミナー
◆3月3日(土) メキシコ モントレー セミナー
◆3月6日(火) メキシコシティー セミナー
◆3月8日(木) グアダラハラ セミナー
◆3月10日(土) メリダ セミナー
◆3月13日(火) カンクーン セミナー
◆3月20日(火) アムステルダム セミナー
◆3月22日(木) ベニス セミナー
◆3月24日(土)〜25日(日) ストックホルム クルーズセミナー
◆3月27日(火) ストックホルム セミナー
◆3月29日(日) スエーデン マルモ セミナー
◆3月31日(土) 帰国
今回は、カリブとスウェーデンと2回も船上におけるセミナーが有るのが楽しみです。
特にスウェーデンは初めてですので、北欧の海と常夏のカリブの海との景観の違いなどをたっぷり写真にとって皆様にお届けしたいと思っています。

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2007年1月10日(水) 「お知らせ」
今月一杯、本欄お休みさせていただきます。
毎日覗きに来てくれていた方々には、連絡が遅くなり申し訳ございませんでした。
只今小生新しい本の執筆に取り掛かるための、充電中です。
HADOと水(結晶)と言霊をテーマにした、シリーズ的なものを世界に発表したいと思っています。
その最初は5月中までに完成させたいと思っていますので、よろしくご期待ください。
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2007年1月9日(火) 「不都合な真実」
これは1月20日から全国で上映される、アメリカで大変話題になったというドキュメンタリー映画のタイトルです。
もう、ご存知の方も多いと思いますが、一人でも多くの方に見て貰いたい映画のはずなので、ご紹介させて頂きたいと思います。
なんで”はず”なのかと言うと、実は私はまだ見ていないからです。
でも予告編を見ただけで、内容が100パーセント理解できるから、自信と責任を持ってお勧めする訳です。どうしてかと言うと、主人公であるゴア元アメリカ副大統領の主張と説明は、私が現在世界中で行っている講演活動のそれと全く同じだからです。(私の場合は、水と言う観点から、その解析と対策を行っていますが。)
まずはどんな映画なのか、映画会社の宣伝コピーをお読みください。
地球は人類にとって、ただひとつの故郷。その地球が、今、最大の危機に瀕している。キリマンジャロの雪は解け、北極の氷は薄くなり、各地にハリケーンや台風などの災害がもたらされる。こうした異変はすべて地球の温暖化が原因といわれる。
年々、上がり続ける気温のせいで、地球体系が激変し、植物や動物たちは絶滅の危機にさらされる…。傷ついた地球を救うため、一体、今の私たちに何ができるのだろう?
そんな時、ある固い決意を胸に立ち上がった男がいた。アメリカの元副大統領、アル・ゴアである。
温暖化によって引き起こされる数々の問題に心を痛めた彼は、人々の意識改革に乗り出すべく、環境問題に関するスライド講演を世界中で開き、地球と人類の危機を訴えてきた。そして、その真摯で、ユーモラスな語り口に共感した製作者が、彼を主人公にした映画の製作を決意。現代人にとって耳の痛い問題を正面から描き、見る人すべてに大きな衝撃と感動を与えるヒューマン・ドキュメンタリーの誕生となった。
全米では「タイム」、「ニューヨーク・タイムズ」、「ワシントン・ポスト」などの有力紙がこぞって大絶賛。興行成績も好調で、最初は77館という小規模の公開ながらも、全米BOX
OFFICE TOP10にランクインされすぐに150館に拡大。その後約600館まで拡大し、高いスクリーン・アベレージを獲得した。
アメリカ・ドキュメンタリー史上、記録的大ヒット作品となっている。けっして他人事ではない環境問題を豊富なデータを使いつつも、パーソナルな視点でとらえ、見る人の意識を完全に変える新しいタイプのドキュメンタリーとして社会的な反響を呼んでいる。
そして、その予告編を見てみましょう。 http://futsugou.jp/
最終的にこの映画の中でゴアさんは”私達の出来る10のこと"をしようと呼びかけているそうです。人類がこのままの状態で進んだら、地球は温暖化現象のため、私達から安寧に住むべき所をどんどんと奪い去ってしまうだろうけど、一人一人が、身近で出来きることをきちんと行ってゆけば、それは避けられるんですよ、と説いておられているのだと思います。つまり一人一人の意識の変革と参加を呼びかけているのだと思いますが、それは全く私の講演の締めくくりと同じです。
アメリカは京都議定書をまだ批准していません。しかし、国の方針に逆らってこの様な映画が製作されヒットする、そのような民主的な面も、まだ十分に残されているんだなと思わせる映画のまたまたの登場です。
2004年にアメリカの名も無い独立プロで製作された「WHAT THE BLEEP DO WE KNOW?」も同じようなドキュメンタリーの映画で、当初の公開のされ方や、その後のヒット振りなどがこの映画とよく似ています。ただ残念なことに日本ではまだ公開されていません。あの映画は人の意識が如何に基本的なエネルギーになり得るかを、量子力学者たちの立場から説明している素晴らしい映画で、今も世界の各地で上映され人々に大きな影響を与えています。日本の映画興行関係者の方々に是非再考して頂くようお願いしたいものです。
参考 2004年4月の日記から 「WHAT THE BLEEP DO WE KNOW?」
■ 2004年4月2日(金) 13の月のカレンダー
ヨーロッパから帰って2週間ぶりに出社したのが一昨日の3月31日、凄いニュースが待っていました。アメリカで私の『水からの伝言』をモチーフにしたドキュメンタリー映画が完成し(題名『What
the $#*! Do We Know?!』)、今オレゴン州やワシントン州を中心にして大変な話題を集めている、という情報が入ってきたのです。

http://www.whatthebleep.com/
この件についてはさらに詳しい情報を集めて、来週当日記でお伝えすることとしますが、ちょうど4月16日からシアトルをはじめとして全米12箇所でのセミナーツアーに出掛ける予定がありますので、またまた神様は粋な計らいを私にしてくれたようです。
■ 2004年4月5日(月) “What the $#*! Do We Know?!”(私たちは一体全体何を知っているというの?)
4月3日(土)に行われたホゼ・アグエイアス先生来日記念講演会は、おかげさまで表記したように950名もの方が来てくださって、大成功のうちに終わりました。ホゼ先生は今回でなんと8回目の来日なのですが、今回の盛り上がりに大変意を強くされて、さらに少なくとも5回(計13回)の来日を私に約束されて、次の予定地に行かれました。ご来場いただいた方、まことに有難うございました。


さて、9時半に全ての予定が終了して、望まれる方々に対して忙しくサインをしているときに、一人の若い女性が私に話しかけてきました。いわく、「実は私、つい先週までアメリカのシアトルにいたんですが、先生が先ほど話された映画を見てきたんです。凄く面白かったですよ。私、英語はあまり分からないんですけど、4回も見ちゃったくらいですから」というのです。
その映画というのは、先週の金曜日の本欄で少し紹介した映画『What
the $#*! Do We Know ?!(私たちは一体全体何を知っているというの?)』のことなのですが、実は僕はこの映画で、僕や結晶がどのように紹介されているのかまったく知らなかったものですから、それを聞いて大変嬉しくなり、彼女に出来るだけ詳しくその内容を教えてもらおうとしました。
しかし、文京区が管理しているシビックホールは門限が厳しく、私たちはガードマンに追いやられるようにして館外退去せねばなりませんでしたので、詳しい話を聞く時間がありませんでした。
ところが今日、その映画をコピーしたDVDがアメリカの製作者から送られてきたのです。早速、秘書課長の根本君の解説でそれを鑑賞しました。そしてその全容をやっと把握することができたのです。それをざっとご紹介すれば次のようになります。
マリリー・マトリン扮する主人公のカメラマンの女性は、聾者(ろうしゃ;耳のきこえない人)ですが、立派に仕事をこなしています。しかしいまひとつ内面的にすっきりすることがなく、結婚にも一度失敗していて男性不信感がぬぐえません。そんな彼女はひどい頭痛持ちで薬が手放せません。ですからとても綺麗な方なのですが、いつも沈みがちで魅力があまり感じられないのです。

そんな彼女に不思議なことが起こり始めます。ある日町を歩いているとバスケットボールが彼女の目の前にころころと転がってきます。それを無視して通り過ぎようとすると、「どうしてボールを拾ってくれないの?」と子供の声がします。見ると道路わきにあるバスケットボールのコートに黒人の男の子が立っていて、ボールをほうり返してほしいというような仕草をしています。彼女は面倒くさそうにそのボールを拾って、彼のほうにほうります。しかしそのボールはすぐにその少年の手から彼女にパスされます。もっとまじめにほうり返して欲しいというような感じで。

彼女は少しむっとしてそのボールを今度は少し強くほうり返します。でもまだダメダメという感じでボールがまた帰ってきます。……そんなやりとりが続いたあと、少年は彼女をコートの中に入ってくるよう誘います。でも彼女はためらってなかなか入ろうとしません。しかしついに根負けしてコートに足を踏み入れた瞬間、スクリーン上ではバリアのようなものが映し出されます。つまりコートの外の“場”とコートの中の“場”とが異次元となった、というイメージです。
コートに入った彼女は少年の巧みな誘導によって、昔バスケットボールの選手であった頃の自分を取り戻したかのように振舞って、一時の元気を取り戻すのですが、それが終わってまた日常の生活に戻ると、頭痛がまた彼女を襲ってきます。それは地下鉄の駅のホームでのことでした。薬を飲もうとしてその壜を取り出した彼女は誤ってその壜を落としてしまいます。彼女は思わずホームに散らばった薬を拾い集めようとします。そしてその間に到着した列車は走り去ってしまい、彼女は苦々しい気持ちで頭を持ち上げ、なにげなく反対側のプラットホームを見上げます。そう、この時点で僕の水の結晶写真は登場するのです。
その壁には Message from Water
と書かれてあり、そのプラットホーム上には大きな結晶写真のパネルポスターが6枚ぐらい並べられているのです。傍らには説明係の女性が立っていて、それらの写真について人々に解説してくれています。
「これらの写真は日本の水の研究家・江本勝さんの研究所で撮ったもので、これは藤原ダムの祈りの前の水の結晶写真で、これが祈りの後の水の結晶写真、これが『ありがとう』という言葉を見せた後の水の結晶写真……」というようなきちんとした説明が続いて、(船井先生によって)愛の気を入れられた水の結晶写真(船井先生の)、“むかつく殺す”という文字を見せた水の結晶写真などが紹介されたのです。
彼女は電気ショックを受けたかのように立ち上がり、呆然と、しかし魅入られたようにそれらの写真を見続けます。その時、彼女の傍らにひとりの老人がスーッと近づきます。そして彼女におまじないのように言うのです。「意識で水の結晶を変えることができるのなら、意識で自分自身をどれほど変えることができるのか、想像してごらん」と。
そんなことがあってすぐのある日、彼女は今まで請けたことのない結婚式の撮影の仕事にしぶしぶ出掛けます。そこでいやなことがチョコチョコあって、彼女は不覚にもお酒を飲みすぎてしまい、悪酔いして破目をはずしてしまいます。翌朝激しい二日酔いとともに目覚めた彼女は、しかし何も覚えていません。そんなときドアの下から差出人のない郵便が届きました。彼女はそれを見て激しい自己嫌悪に陥ってしまいます。昨日の結婚披露宴での彼女の乱痴気騒ぎ振りを撮った写真がいっぱい入っていたからです。
彼女は鏡に映った自分をののしります。「お前なんか最低だ!」などと。しばらくそのシーンが続いたあと、彼女は水道の蛇口からポトリポトリと落ちる水を何気なしに見つめます。そして画面にまたあの老人が現れて同じことを彼女に言います。「意識で水の結晶を変えることができるのなら、意識で自分自身をどれほど変えることができるのか、想像してごらん」と。
ここでシーンは彼女が入浴しているところに変わります。しかし普通の入浴シーンではありません。ペンを持って何かを書いています。そう彼女の体のほとんど全身に何かを書いているのです。まるで刺青のように。何を書いているのでしょうか?それは可愛らしいハートのマークのデザインでした。足の先までハートのマークを書き上げた彼女は気持ちよさそうに目を閉じてその感触を楽しむかのようにいつまでもバスを使っていました。
翌日さっそうと町を歩く彼女がいました。とても美しく、昨日までの彼女とはまるで別人のようでした。そして川のほとりを散歩している彼女は今まで長いこと手放せなかった頭痛薬をくずかごめがけてポイと、まるでバスケットボールのシュートをするように投げ入れます。空中をくるくると回転していたその薬壜が屑篭に見事にゴールインしたとき、それは彼女が昔大好きだったバスケットボールに変わっていました。
以上がこの映画の概要だと思います(何せ一回しか見ていないし、解説者も自分が解説しているときは他のシーンは見れないわけですから)。でもだいたいは間違いないと思います。いかがでしたでしょうか? 私にしてみればもちろん感動ものでした。その感動もそんじょそこらの感動ではなく、大きな声で「やったぜーい!」と叫びたくなるような感動でした。なぜそれほどまでの感動を得たのか、皆さんお分かりになるとは思いますが、この続きはまた日を改めてご報告させていただきます。
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2007年1月1日(月)
皆様、新年明けましておめでとうございます。
写真は新浦安の東京ディズニーランド近くにある私達の自宅のテラスから撮った、東京湾に上がった初日の出です。

東京湾上に昇り行く初日の出に向かって手を合わせ、私が祈ったこと、それはもちろん世界平和です。

年末年始にかけ、世界のあちこちで、ネガティブなことが起こっており、今年もまた予断を許さない世界の状況です。
ましてや2012年の人類の終末論も噂されており、それまでについに6年を切る事となりました。それが起きようと起こらなかろうと、私達は環境問題・医療問題・教育問題など早急に解決をしてゆかなければならない問題を、山のように抱えており、エネルギーの分捕り合戦などをしている暇は有りません。
私は水から教わった波動理論を、つまり良質のエネルギーは愛と感謝の調和によってのみ得られると言う理論を、今年もまた世界に向けて積極的に発信する事を誓いました。
私達今を生きる人類は、この大変革の時代に遭遇出来ていることを幸せに思い、その与えられた責務を果たさなければなりません。私達の子供、孫、そのまた子供、孫のために。
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