2006年10月26日(木) サンディエゴセミナー
一昨日のロスもそうですが、今回のアメリカツアーでは過去に複数回訪れたところが、何都市かあります。そのような都市では、新しいプログラムをお見せしたいと、今回出かける前に研究所のスタッフにお願いして、かなりの数のパワーポイントスライドを新たに作ってもらいました。
今日サンディエゴで、そのうちの何枚かを初めて皆さんにご紹介しました。果たしてその成果はどうだったでしょうか?
続く・・・

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2006年10月24日(火)
ロサンゼルスセミナー・・・・水と響きとのコラボレーション
韓国からアメリカまでは一人でやって参りました。妻は会社が決算時なので、1週間ほど遅れて、ミネアポリスで合流します。
今回のアメリカツアーは11月15日までの3週間あまりで、合計12都市を回りますが、そのうち5都市が始めてゆく所で、楽しみです。
さてその初日の今日は、HADO LIFE USA 、すなわち私の息子がマネージャーをやっている会社の主催で、今までにないタイプの講演会を企画してもらいました。題して”水と響きとのコラボレーション”で、私のほかに2人の共演者に参加してもらいました。
一人は第4期のHADOインストラクターのニュージャージ在住のウエンディーさんです。彼女はクリスタルボール、オカリナの卓越した演奏者で、巧みな語りと共に300人ほどのお客様参加型の、パフォーマンスを楽しく見事に演じてくれました。HADOインストラクターの方と共に舞台に立つことは、私の夢でしたから、お客様が大変喜んでくれたのを見て、とても嬉しく思いました。また彼女とはこの様な機会を持ちたいと思います。
もう一人の共演者は、私とはもう12年来の付き合いとなる、ピアニストでありヒーリングミュージックの製作者である、アラン ルービックさんです。彼のCD はチャクラCDを始めすでに5枚ほど、私どもでプロヂュースしており、皆様にはおなじみの方です。会場がホテルの宴会場と言うことで、空調や音響効果の悪いところで、音楽家の彼にはとても申し訳ない環境でしたが、にも拘らず、彼の演奏に観客の皆さんは酔いしれていたようです。イヤーなかなか素晴らしい演奏でした。
さて私は、新しく研究所の方で製作してくれた、マリアカラスの"ある晴れた日に”とサウンドミュージックの”ドレミの唄”を用意して、”音楽と癒し”と言うテーマで1時間ほどお話をさせていただきましたが、ウエンディーさんやアランさんのおかげで、皆さんとても一つ一つのお話や映像が染み込んでゆくような感じで、聞き、見てくれていたようです。
と言うわけで最後は、万雷のスタンディングオべーションで終わり、初めての試みは大成功裏に終了したのでした。
また、この日の会場の模様は第2期HADOインストラクターのエイミーさんがスライドショーに見事に治めてくれましたので、是非ご覧になってください。エイミーさんはロス郊外にお住みですが、HADOインストラクターの広報担当もしてくれており、他にもインストラクタースクールの模様など何点かご覧になることが出来ます。
エイミーさんのHP(英語)
http://www.hadousa.com/account.php?ahallowes
スライドショーはこちらから
http://photoshow.comcast.net/amyhallowes/dr__emoto___water_for_world_peac
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2006年10月23日(月) 韓国からアメリカへ
今回の実働3日間の韓国への旅、真に有意義なものがありました。300床のベッドを持つ病院と上場会社である薬品会社を持つ金院長と慶東情報大学で水質チェックの立派な研究所を持つ朴教授と私との3人が、結果的には3人の義兄弟としての誓いを結ぶ事ができた訳です。
彼らは年齢どうり、私を長兄、朴教授を次兄、そして金院長を末弟と位置づけしました。
このような、提案は韓国では滅多にあるものではありません。儒教思想をその根源とする韓国の家族関係においては、長兄は絶対的な権限と責任を持ちます。ですから日本人である私を、ビッグブラザーと呼んでくれた彼らに対して、私は本当の兄弟愛を感じ、責任を持たなければなりません。
それは例えば、慶東情報大学において結晶写真撮影所が私の長兄らしい愛情を持った指導において開設される、と言うような形になって現れるでしょう。そんな思いを持って、インチョン空港からアメリカへのフライトに搭乗したのでした。
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2006年10月22日(日) ソウルセミナー
朝の新幹線で我々はソウルに移動、午後からヨイドでの一般講演会に望みました。通訳はもうすっかり韓国語のエキスパートになった、水野君です。

セミナーの様子

セミナー終了後、皆さんが持ち寄った水に対して愛と感謝の祈りを捧げました。私は、ご自分が持ってきた水を、自分だと思って、自分に対して有難う、愛しているよと祈りましょうと、説明しました。

水野君は、2日前の10月20日、日韓露の水シンポジウムが行われた記念すべき日が誕生日で、今年で38歳になります。韓国人の女性と結婚して、もう二人の間には4人の子供がいます。そのため自分は日本と韓国の架け橋となるんだと生涯の目標を決めていて、その精力的な活動は目を見張るものがあります。特に、水野という名前のせいか、私の仕事にはビジネス感覚を離れて頑張ってくれています。でも写真のようにひょうきんな面もある、明るいナイスガイです。

講演会終了後、IHMと金社長が経営する上場会社でもある薬品会社、シューネルと業務提携契約が皆さんの前で締結されました。

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2006年10月21日(土) 慶州観光
慶州は韓国が新羅と呼ばれていたころの首都で、多くの観光客の訪れるところです。私達はロシア人チームと一緒に、テグから車で1時間ほどのところにある、歴史的な街の観光に出かけてゆきました。まずは、慶州博物館を訪れ、その大きな釣鐘の前で記念撮影です。

この釣鐘は他に類を見ない、美しい音色を出すそうで普段叩かれることは無く、定期的にそれを録音したものが流されています。

お昼は豪華な宮廷料理!!イヤー実においしかった。
1400年も前に作られたと言う、アジアで最古の天文台の前で。
皆さんに買ってもらったとんがり帽子をつけて、山田の案山子の真似です。(いい加減にせい!-お前は、もう63だぞ!)後方はお墓です。

朴教授の友人と言う方の窯場にお邪魔しました。沢山のお客様が、さまざまなお茶を楽しみに来られていました。

相変わらず犬を見つけては、構われに行く妻。
硬い木の床でも座布団なしで、平気で胡坐をかける若い人たち。
座布団をあてがわれても、そうはゆかない外国人達と私。
私達は蓮の花のお茶を頂きました。お湯を少しずつ足してゆくと、ご覧のように蓮の花が咲いてゆくと言う、風情なティーセレモニーです。


はい蓮の花が咲きました。これをおいしく頂きました。
次は韓国3大寺の一つ仏国寺への参拝です。これはなかなかの規模と美しさ、そして厳粛な雰囲気を持つ超1流の寺院でした。

本殿です。
見事な装飾、彫刻です。
日本で言う灯篭のようでもあり、3重の塔のようでもある、素敵にバランスした塔。これが左右2基ありました。

長い参道や階段で、ついに歩行困難になってしまった私、でも若い人の支えられて嬉しそうです。

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2006年10月9日(月) HADOスキャン説明会&講演会
今日は、体育の日の休日でしたが、午後からアストレアルームで、HADOスキャンの説明会をかねた私の講演会が、開かれました。会場には70名を越す沢山の人が来てくれて、久しぶりの日本での私の講演を盛り上げてくれました。
私は20年に及ぶ、私の波動と水の探求の結果会うことの出来たHADOスキャンについて、次のように熱く語りました。

お久しぶりでございます。本日はお休みにも関わらず多数お集まり頂きまことにありがとうございます。
さて、本日の講演タイトルは“HADOスキャン特別講演”ですが、その副題は「HADOスキャンの人類史上における意義」です。大層なタイトルかと思われるかもしれませんが、HADOスキャンの持つ可能性とその真の意味合いを理解した時、きっと皆様「なるほど!」と思われるに違いありません。

HADOスキャン登場の背景を語る前に、この機械を皆さんに紹介しようとしている江本勝という人間が、現在、海外を中心にどのような活動を行っているのか、日本の皆さんに紹介をしておく必要があります。
これは決して自らを誇るわけではありません。日本の一市民である江本勝という男が、今や水とHADOをキーワードに平和の使者として世界の人々に評価をされているという事実をお伝えした上で「どうしてこんな風になっちゃたんだろう・・・」という視点からまずお話をしたいと思います。

昨年の最大のトピックとしてはニューヨークの国連本部における公式基調講演です。
http://www.masaru-emoto.net/japanese/jdiary200505.html#un
私はこの席上で初めて、世界の子供たちに「水からの伝言」の子供版絵本を6億5千万冊無料配布する宣言をしました。今このプロジェクトをEMOTOプロジェクトと命名し、着実に進行しています。宣言した場所が場所だけにこのプロジェクトはなんとしてでも行わなければならないと思っております。



とにかく世界のあちらこちらでセミナーを行いますが、どこの会場でも沢山の人々が集まり熱心に話しを聞いてくれ、その内容に共振共鳴を頂いています。そして講演を終了すると感動的なスタンディングオベーションを頂き、そのエネルギーを頂きながらツアーを続けているという具合です。


講演だけでなくテレビや雑誌の取材は全て快く受けさせて頂くようにしています。






また昨年から始まりました国際HADOインストラクタースクールも重要な仕事です。
2005年6月にロスアンゼルスで第1回を皮切りに、11月に第2回もロスアンゼルスで、今年の2月にはハワイで第3回を行い、6月は第4回をニュージャージーで、そして7月にはオーストラリアのゴールドコーストで5回目。そして8月にはメキシコカンクーンで6回目を行いました。総数152名の国際HADOインストラクターが誕生しています。また11月29日からはヨーロッパのウィーンにて第7回目を行います。このHADOスキャンの開発者であるシンドラーさんも講師として毎回レクチャーしてもらいます。今後は国際HADOインストラクター認定機器として世界市場で、この機器を広げて行きたいと思います。

そして国連で発表したEMOTOプロジェクトの進捗報告として今年の3月メキシコで行われた世界水フォーラムで講演した際に、ユニセフ主催の「世界子供フォーラム」において絵本を子供たちに配布しました。


その後訪れた南米コロンビアでは大統領夫妻との面会。そしてプエルトリコでは大統領夫人との面会。両国とも国賓レベルで歓待を戴いたわけですが、EMOTOプロジェクトについても国家レベルで取り組んで頂くお約束も頂きました。
そしてコロンビアバージョンの絵本は既に完成しました。先ほど講演前に見て戴いたプロモーションビデオなども作って頂いております。

ドイツ語版もシンドラーさんの協力で完成しました。

先日初めて訪れた南アフリカでは日本から絵本を送って、
子供たちにプレゼントしてきました。

その時に行った水への愛と感謝のセレモニーではこんな荘厳な雰囲気でした。
また、このようなセレモニーは世界各地で行われています。




さてこのように講演、国際HADOインストラクタースクール、EMOTOプロジェクト、さらには水への愛と感謝のセレモニーと、それこそ、世界のあちらこちらでメッセージを発信しているわけです。
2000年から世界を歩き始めていますが、そもそも私がこのような役割を担うようになるとは、その当時は想像もしませんでした。そしてここ数年、そのムーブメントは衰えるどころか、高まるばかりです。そんな人々の反応に私自身戸惑っていたのも事実です。
「私なんかで良いのだろうか?」自問自答をしていたものです。
しかしここ最近では、これら人々の反応は一過性のものではなく、普遍性があり、私の行っている平和活動は科学者でもなく、宗教家でもない市民である私だからこそできる仕事であると認識するようになり始めたのです。

では、そのように考えるように至った私の経緯をさらに遡って振り返ってみる事にしてみましょう。



ご覧の経歴を見て頂いても分かるとおり、私自身に宗教や物理学、精神世界の勉強を専門的にしたわけではありません。大学の専攻は国際関係論ですが、在学中はラグビーを専攻したようなもので、勉強よりもグランドを走り回っていた時間の方が多かったです。

そんな私が今のような生き方考え方を持つきっかけになったのは、やはりこのMRAとの出会いということになります。そう、私の気づきには道具が必要だったのです。
このMRAはいわば私の第三の目となる機械であったといえます。
そしてその第三の目を得たことにより多くの気づきを得ることができたわけです。ここで大事なことは「気づき」とは、外から与えられた情報というよりも私の潜在意識が目覚めた情報であったということです。


その潜在意識の可能性についてはこのスライドで説明できます。
つまり村上和雄先生がいわれるように人間のDNAの97%は眠ったままであり、実際3%しか人間はその能力を発揮していないわけです。
私の場合MRAを操作することによって、その人間の可能性の大半を占める潜在意識が目覚めさせられたわけです。または「思い出した」情報といえるのかもしれません。

ところでMRAには沢山のコードがあり、そのコードが人間の身体部位、様々な物質、さらには感情とも対応しています。私はMRAによる波動カウンセリングを行い、延べ1万5千人もの人々の身体を見てきました。そしてカウンセリングを通じて作られた波動水をクライアントさんに飲んでもらうことで、その方の病気が治ってしまう事例をいくつも地味にコツコツと積み上げていきました。
特に感情のコードについては興味深いエピソードがあります。MRAを使い初めの頃、MRAの開発者から感情コードを知らされていませんでしたし、その存在があることさえ知りませんでした。
ある日のこと、白血病の患者さんを1日に3人も測定する機会があり、その3人の方から共通して拾ったコードはE030だったのです。
しかし私の手元にあったコード表にはE030というものはありません。このコードに何かあると感じた私は早速、開発者に電話をして尋ねました。
すると彼は「だいぶ上達したようだね。では感情のコードを送ります。」というではありませんか。感情のコードの存在に驚きましたが、そのコードを手にしたことにより、私の測定の技術はさらに飛躍的に向上したのです。
MRAのコードの確かさはこのような波動カウンセリングの実績に裏打ちされるものであるといえます。

つまり、波動カウンセリングを通じて、私の哲学や宇宙観があるということは、言葉を換えれば、クライアントさんの「命」の扉をノックしながら、その情報を戴いたということになると思います。
そして「命」の意味を再確認するために、エネルギーの本質を次のように図説することができます。



そしてさらに「命」という文字を分解してみると・・・

そこには「叩く」という意味があるわけです。
そして「命」にはもう一つの読み方があります。それは何だと思いますか・・・?
そう、古来にの日本の神様の名前大国主命(オオクニヌシノミコト)やスサノオノミコトにもあるように「みこと」と読みます。
では「みこと」にはさらにどんな意味があるのでしょうか・・・・・?
「みこと」は「みことば」から来ているのではないかと思います。
あれ、そういえばどこかでもそんなフレーズがありましたよね。

聖書にある一説ですね。言葉については西洋も東洋も言葉の重要性については同じような解釈が古くからあるわけです。

さきほどMRAのコードについてお話をしましたが、コードの真の意味についてはまったく分かっておらず、それこそ、これを知らなければ、死んでも死に切れない!くらいの思いがありました。

しかしそこには言葉が介在しているという予測はありました。

なぜならOリングテストやキネシオロジーが示す事例にあるように、私たちの「身体」と「言葉」は非常に深い関係があるわけです。

そして今年の3月に初めてHADOスキャンの元となったETAScanを体験し、私の長年の謎を解明する機械に出会うことができたわけです。(詳しくは
http://www.masaru-emoto.net/newemoto2/jdiary200603.html
の3月9日の日記をご覧下さい。)

HADOスキャンの画面です。私の膵臓のエネルギーレベルの様子です。

そこにローマ字で「aikansya(愛感謝)」を入力した結果、劇的にエネルギーレベルが改善されてしまったのです。
さて、愛感謝の言葉の素晴らしさに改めて感動したのですが、これは同時に私にとっては非常に辛い現実を突きつけられたともいえるのです。
それは・・・・。
私はそれこそ、愛感謝おじさんとして、世界にその意味の大切さを説いているわけですが、その私が愛感謝のキーワードで弱った膵臓のエネルギーが改善されたということはつまり・・・・
私には「愛感謝」が足りないという、帰結になってしまうのです。
しかし、この事実は既に覚悟を決めて、世界で公開をしています。
それこそHADOスキャンを通じて私は自己対峙をしたわけです。
そしてこの事実こそHADOスキャンが啓蒙ツールとしての由縁を示す事例ではないかと思うのです。


このHADOスキャンを今後、IHMで紹介していくわけですが、人体のエネルギーレベルを画面上で見ることができるというこの機械の素晴らしい特徴は、ある種、両刃の刃ともいえます。その画面のイメージからして医療機器のような印象を持たれてしまいます。しかしこの機械はあくまでも啓蒙機器です。
そういう意味でこの機器の販売には研修が欠かせません。そしてその研修は今皆さんがいるこの場所「HADOアストレアのセミナールーム」を使って行われていきます。

HADOスキャンは女神アストレアが持つ天秤の役割を果たしていくことにあるのです。

ところで世の中には様々な代替医療があります。

そして代替医療とは「癒し」のことであり、代替医療は今後クローズアップされていくことでしょう。
しかし結局のところ「病は気から」と昔から云われるように「癒し」とは、私たちの意識のあり方が重要であり、病は治すものではなく、自らの気づきによって治っていくものなのです。


そして結晶写真と同じく意識=言葉の大切さを皆さんに知っていただくHADOスキャンの意味を考えた時、そこには人類史的意義があるのではないでしょうか?
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2006年10月20日(金) 日韓露3カ国水シンポジウム
この方が8月に金先生と一緒に来社された、慶東情報大学の朴教授です。今日はまずこの先生の大学を訪問したり、先生が社会事業として取組んでおられる、子供達の野外教育を大学のそばの湿地帯で行う予定が組まれてました。

その湿地帯に到着したら、子供達はすでに野外研修中でした。湿地帯の大切さ、その保存の有り方について学んでいるようです。

早速、臨時の講義のスタートです。自然の地形を利用したステージが出来ていて、約60名の中学生を相手の、青空教室です。

まず全員に、日本から持ってきた「水からの伝言子供版」を配ります。

そして今回の仕事のきっかけを作ってくれた,韓国人の妻と4人の子供を持つ、北海道出身の水野雅行さんの通訳で、私の授業が始まりました。終了後、活発な質問も飛び出して、なかなか楽しい青空教室でした。

恒例の記念撮影。韓国の子どもは、日本の子どもより、純真のような気がしました。

野外授業のあとは近くにある朴教授の大学の研究所を訪ねました。
河川環境研究所とあるその施設は、なかなか立派な規模です。案内をしてくれたのは、朴教授の妹さんで、彼女もこの大学の先生です。九州大学で9年ほど学びましたので、日本語もお手の物です。

大学のスタッフ達と。

4時からは、私達が滞在している立派なホテルで、ウオーターシンポジウムが開かれました。

会場には100名ほどの学術関係者が、参加していました。私は「水は情報を記憶する、を検証する」と言うテーマで、1時間ほどプレゼンテーションをいたしました。

ロシアからの先生は、アレクサンドラさんで、バイカル湖の水質について、その研究成果を発表されました。

それが終わった後、金院長と記念撮影です。アレクサンドラさんが「水は答えを知っている」のロシア語版を持ってきて、サインを所望された時は、本当にびっくりしました。やー、本当に世界中に広がっているんだなと、感じさせられたのです。

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2006年10月17日(火) インド大使館でのセミナー
2ヶ月ほど前、私が出張中に、駐日インド大使の奥様ムリナリニ・ヒンさんの秘書の方から、会社の方に連絡があり、大使館で私のセミナーをやってくれないかと言うお誘いがあり、私はそれを受けました。今日は、その日です。

大使夫人は、精神世界系の本が大好きで、日本の紀伊国屋で僕の本を見つけて読んでくれたそうです。

大使婦人が僕を紹介してくれてセミナーが始まりました。

会場には主にインド人の方、夫人のご友人の方など約50名あまりの方が参加され熱心に聴いてくれました。

終わった後には、熱心な質問がいくつか有りました。
終了後、大使夫人から立派なインドの写真集を頂きました。
長いこと講演活動をしていますが、外国の大使館で講演をしたことは初めてのことで、良い体験をさせてもらいました。やはりここでも女性の数が多く目立ち、私の研究について、改めて女性のサポートがあることをひしひしと感じました。

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2006年10月14日(土) 社員研修会 宴会の部
翌日は夕方に社員達も集合して、早速宴会です。写真は葉坂社長と、月刊「波動」の成影編集長。彼女のご主人は大変お酒の好きな方でした。いつも背後にいると言う亡きご主人用に、ビールを注文されたようです。

食事の後はみんなでカラオケルームへ。そこで社員から葉坂社長へバースデーケーキのサプライズが用意されていました。

花束も用意されていて、それを私の妻から受け取る葉坂社長。とても幸せそうでした。

そして、カラオケ大会が始まりました。熱唱するのは結晶班の木津君です。

そして翌日は9時より社員研修会。皆さん前夜とは打って変わった真剣な表情です。

講師にはこのホテル志戸平の6代目の経営者である久保田社長をお招きしました。このホテルの基本方針は「自分に有難う」ですが、それに纏わる素晴らしいお話をしていただきました。

私も久しぶりに社員の前で話をしました。テーマはやはり有難うの心です。IHMは今年20周年を向かえるのですが、ここまで来れた事は1にも2にも月刊「HADO]の読者会員のおかげです。
12月16日に日本教育会館で記念事業をやることについての、心構えなどについて話をしました。いつに無く神妙な顔をしています。

研修会を終わって久保田社長と2ショットです。社長良いお話を有難うございました。

最後は自分に有難うと、拍手をしました。

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2006年10月13日(金) 花巻温泉
明日、明後日とIHMの社員研修会が岩手県の花巻温泉で予定されており、私と妻は葉坂社長の計らいで一足先に、ようやく色づき始めた、みちのく岩手の花巻
志戸平温泉に出かけさせていただきました。

このホテルは葉坂社長の知人が経営するホテルですが、何と160年の歴史を持つ元は湯治場で、つい最近その部分が、ホテルの特別別館(游泉
志だて)と言う形で建設されました。私達はそこに宿泊したのですが、お部屋に専用の露天風呂が付いている、ゴージャスさです。

そのお湯はご覧のように、とても澄み切っています。湯量は豊富で源泉温度は65度、循環もしていないほんとに贅沢な温泉です。

専用のお庭。向こう側にはきれいな川が流れています。

食事も最高でした。これは朝食ですが、豆乳を鍋で煮て、浮かんできた湯葉を楽しみ、自分でにがりを入れて、豆腐を作り食べました。うまかったー。

夜はもっと凄かったのですが、あまりの豪華さにすぐに箸をつけてしまい、写真を撮るのを忘れてしまいました。内緒の話ですが、妻は一晩で2キロも体重が増えたそうです。
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2006年10月10日(火) 北朝鮮と日本
本当に北朝鮮が核実験をしてしまいました。これで僕の中では単なる悪ガキのイメージに過ぎなかった金正日は、この惑星レベルでの平和破壊を盾にする確信犯と変わってしまいました。そして、追い詰められた人間が、正常な人間では全く理解の出来ない、残酷な殺人事件を平然と冒してしまうようなケースを、最近のニュース報道で何度か見させられているものとして、今後の成り行きに多大なる懸念を持ってしまいます。
そこで、学生時代国際関係論を専攻し、その卒業論文に「朝鮮戦争」をテーマとして書いた記憶を頼りに、今回の重大なる事象をどのように捉えるべきかを、私なりの波動論を加えて、論じてみたいと思います。
日本と朝鮮半島は、誰でも知っているように一番近い隣国でありながら、その距離に反比例するかのような非友好関係の位置にありました。それはまるで、ピアノの鍵盤において1番近いものどうしを叩いた時に得られる非共鳴の関係の様でもあるし、全ての対立闘争は、兄弟喧嘩から始まっているとする歴史観に当てはまるようでもあります。
そう、日本と朝鮮半島とはまさに兄弟の関係にあるようです。そしてその歴史を見る時に、日本が兄の役割、朝鮮半島が弟の役割であったのではないでしょうか。
兄弟喧嘩というものは、どちらが勝とうが、負けたものは、他の人との場合よりも身近にいつもいるだけにその悔しさは倍増し、それが度重なると怨念化します。朝鮮半島は日本からだけではなく他の近隣諸国からも常に侵略されてきた歴史を持ちますが、公平に考えて、その中でも日本は秀吉や伊藤博文そしてその後の日朝合併と立て続けに弟である朝鮮半島に対して難儀を与え続けてきました。
そして何度か、朝鮮人のDNAに“恨”という二文字を植えつけてしまうような、精神的肉体的虐待を行ってしまったことも有ったようです。特に日本が朝鮮半島を領有した時にとった政策、自国語をしゃべることを禁じ、その姓名までも日本名に強制的に変更せしめたことは、“言葉は命”と言うことを理解した時に、やってはいけない事であった、と私は思います。
現在になって民主化され、経済も安定してきた韓国の人の多くは、それらの悲しい辛かった記憶を、意識的に忘れようとしてきて、私達今の日本人には、それをあまり感じさせません。しかし、私が思うにはそれらの悪しき記憶は潜在的にはまだ残っていて、彼らの社会環境が悪しく変換された時は、再び覚醒されてくるであろうことを私は想像しています。
よしんば、北朝鮮と言う国は民主化などという言葉とは全く無縁のもので、その国家の実態は戦争という非常時体制であると考えられます。そうであればこそ、その指導者は国民に対して、日本に対しての、あるいはその同盟国アメリカに対しての“恨”思想を煽って、窮乏を耐え忍ぶためのエネルギーと変換しているのではないかと私は思います。
ですから、日本海に向けてミサイルを何発か撃つ、そして今回の核実験の実施のシナリオは、国が困窮すればするほど、そして己の個人的立場を維持しようと思えば思うほど、国民の意識をかつてのわが国がそうであったように”欲しがりません、勝つまでは“に集中せしめるために用意されていたものでありましょう。
平和ボケしてしまった日本人の多くの方には、このようなものの考え方を聞くのも理解するのも嫌なことでしょうが、実際にはかっての我々が「1億総玉砕も辞さず」と踊らされた様な状態が、今の北朝鮮の国民の心理であると、私は思うのです。
今後国連などにおいてアメリカ主導型の北朝鮮に対しての制裁決議などがなされ、実施されてゆくことでしょうが、私達日本人市民としては、この辺のところをもう一度振り返って反省する必要が有ると思います。そしてその時代のことを知らない人々にも、私たちが過去に朝鮮半島の人々に対して行ってしまったことを正直に告げて、北朝鮮の国民に対して、北朝鮮の水に対して、愛と感謝の波動を共に送るべく、お願いをしてもらいたいと思います。

これは白頭山(中国の吉林省と北朝鮮の国境地帯にある標高2744mの火山。)という朝鮮の人々が古くから崇拝している山の頂上にある天池という湖の写真です。
この湖の水に向けて皆さんで愛と感謝の波動を送って頂ければと思います。
ちなみにこの写真を見せた水からはご覧のような美しい結晶写真が撮影できました。

白頭山天池の写真を見せた水の結晶
波動の原則
・ 恨みの波動を消せるものは感謝でしかない。
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2006年10月8日(日) 鞍馬寺・貴船神社参拝
結婚式の翌日、私達夫婦と葉坂社長は鞍馬寺と水の神様を祀っている貴船神社に行くことを計画していました。共に京都の奥の山深いところにある、一般観光客はあまり行かないところです。
まず、車で鞍馬山の麓にあるケーブルカーの駅まで行き、そこから300メートルほどを一気に昇ります。着いたところでまず3人で記念撮影。

その後は、ご覧のような山道を登って行き、最後は100段近くの階段が待っていました。
私は体に相談して、残念ながら下で待つことにしました。

妻と葉坂さんは二人で山頂近くの寺の本堂に行きました。ご覧のように龍のデザインの手洗い場があります。

私の代わりに鞍馬寺でお参りしてくれた妻。

境内の風景
葉坂さんはこのあと約1時間の山道を歩いて、貴船神社まで行きました。
戻ってきた妻と、ロープウエイの駅でこんなポスターを見つけました。なるほど、ここに鞍馬寺の本質が書かれています。つまりお寺では有りますが、仏教の寺ではなく、鞍馬教の教えの寺なのです。その教えとは、”自然から学ぶこと”です。 まさに私が水から教えられていることが、端的に表現されていて、感動しました。

山門にて

鞍馬山と言えば天狗で有名ですが、麓の駅前にはこんな立派な天狗の面がありました。

僕も鼻は高い方なんですが・・・・・

そのあと妻と私は、寂光院に行きました。この本堂は2年ほど前放火に会い、全焼してしまいましたが、見事に再建立されていました。平清盛の娘県令門院の庵でした。

貴船神社で葉坂さんと合流して、正式参拝を受けました。この社も昨年新築されたばかりだそうです。

神妙に畏まって、正式参拝する江本会長と葉坂社長。水の神様に水の使者として世界平和実現を果たすことを、お誓いしました。

そのあと、社務所で高井和大宮司にご挨拶させていただきました。 宮司は「水からの伝言」のことを良くご存知で、私達を歓待してくださり、約1時間もいろいろと水にまつわる貴重なお話をして頂きました。

対談風景。お部屋には天皇陛下からのお届けものや、いろいろな宮様が訪ねられてきた時のお写真が飾られていて、天皇家との繋がりが感じられました。

お水の神様を祀る神社の重鎮と、水の使者として世界を駆け巡る二人の出会いでした。 高井と江本、やはり水に因む名前を持つ二人でした。

ふと社の軒にある家紋のようなものを見ると、やはり6角形の形をしていました。

境内にあった立て札には、貴船の謂れが、「気生根」あるいは「気生嶺」から来ているようだと書いてあり、納得です。
水は全ての気の元ですから。 源(みなもと)と言う字がそれを表わしていると、高井宮司は言っておられました。

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2006年10月7日(土) 浜ちゃんの結婚式
写真は京都のど真ん中祇園町に位置する有名な八坂神社です。今日ここで私どもの会社の社員で1年半ほど前に独立した、濱野計希君の結婚式が行われ、私達夫婦はそれに参加しました。

濱野君、通称浜ちゃんは、現在IHMプランニング(私が命名しました)という会社を経営していて、その主要商品はオーラ測定機を始めとする波動商品です。
奥様の陽子さんも有機農法(EM)や、波動的教育システム幸塾の関係のお仕事をされていた、いわば波動が取り持ったカップルです。

従って、沢山の波動の関係者が参列していました。
左はもとIHMの社員で波動Rの開発者板垣さん。右はIHMドルフィンの吉野内さんです。吉野内さんは、数霊の研究者でもあります。

主賓として最初に挨拶する私。結婚式での挨拶は講演会でのスピーチより、かなり難しく、ちょっと冷や汗ものでした。

葉坂IHM社長の乾杯の音頭で祝宴がスタートしました。

浜ちゃんの主要取引先のウイルマーの関社長が、最初の祝辞です。彼もIHMのOBで、社長室長をやってくれていました。

浜ちゃんの直属の上司だったIHMの尾竹常務の挨拶です。
京都らしく、新婦の陽子さんのお友達が姫舞を披露してくれました。
最後に両家を代表してお礼の言葉を述べる、浜ちゃんのお母さん。浜ちゃんのお父さんは彼が4歳の時に亡くなっていて、お母さん一人で子供さんを3人育て上げました。だから今日は喜びそして感慨がひとしおだったことでしょう。ちなみにお母さんは良き波動の理解者で、僕の本の愛読者でもあり、その関係で彼は私の会社に入社したのです。

浜ちゃんも神妙な顔をして、御礼の言葉を述べられました。好漢浜ちゃんの結婚式には約100名の方が参加され、二人の前途を祝福されました。みんなに可愛がられる濱野君。
このお二人、きっと素晴らしい家庭を築いてゆく事でしょう。本当におめでとうございました。

その夜、京都の祇園の町で久しぶりにカラオケを楽しむ僕でした。

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2006年10月4日(水) 都築由里子さん来社
10月2日に帰国しましたが、最初に見えてくれたお客様は、現在、モデル業、健康関連セミナー、テレビなどのお仕事で、大活躍中の都築由里子さんでした。ご覧のように、女優の星由里子さんにちょっと感じが似ている、可愛い方です。
彼女は4年前に私の「水からの伝言」を読んで、とても感動し、”いつか是非この著者に会いたいと念じていたことが、今日実現しとても感動しています”と素直に挨拶され、思わず私の口元はほころびました。
昨日、帰国早々某県の教育委員会が、道徳の時間に「水からの伝言」を使って、子供達に言葉の大切さを教えた先生を、「とんでもない事である。生徒や父兄に謝罪せよ」と叱ったと言う話を、社員から報告を受けていたものですから、彼女の純粋な礼賛は、私をとても癒してくれました。
実際に、私の「水からの伝言」に対して、最近日本の一部の科学者や教育者は、人権無視的で、攻撃的な批判を繰り返しています。これらの攻撃には生来大変気の短い私には、かなり耐え難いものもありますが、その都度都築さんのような女性のサポートを受けて気を持ち直し、そして出来るだけ日本にいない様にして、世界平和のためにただこつこつと歩き回っているわけです。
さて、都築さんの印象ですが、とても素直な感動家さんでよい波動の方でした。一緒にいた妻も、「彼女とは何か仕事が一緒に出来そうね」と言っていました。僕もそう思います。きっとそうなるでしょう。
都築さん、日本に帰ってからすぐに嫌な情報を聞いて、少々頭にきていた僕ですが、そんな時に来てくれてありがとうでした。

都築由里子さんブログ「つづこスタイル」
http://blog.livedoor.jp/hapiko0726/
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