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江本勝江本勝の日記


 
29日 ルイーズ・ヘイさんの80歳の誕生パーティー
27日 ヨハネスブルグーフランクフルトーロサンゼルス
25日 ヨハネスブルグ
24日 9月19日〜9月26日 南アフリカ行き
23日 9月15日〜18日スロベニア訪問
22日 ウイーンにて
21日 バルセロナセミナー(最終回)
20日 バルセロナセミナー(その8)
19日 バルセロナセミナー(その7)
18日 バルセロナセミナー(その6)
17日 バルセロナセミナー(その5)
16日 バルセロナセミナー(その4)
15日 バルセロナセミナー(その3)
14日 バルセロナセミナー(その2)
13日 9月8日 スペイン バルセロナにおける1時間セミナーから
12日 あれから5年(その2)
11日 あれから5年
9日 オレンセ第2回水会議
8日 バルセロナ 本屋さんでのセミナー
4日 再び行ってまいります。
2日 アクアインストスクール
1日 防災の日


2006年9月29日(金) ルイーズ・ヘイさんの80歳の誕生パーティー

さて、ロスに着きました。夕方からヘイハウス(出版社)の創業者、ルイーズ・ヘイさんの80歳の誕生パーティーにご招待を受け、それに出席のため、ここに来ました。本当に彼女にただおめでとうを言いたくて、南アフリカから2万キロ、24時間のフライトの長旅をこなしてきたのです。

ロスのHLUのオフィスで通訳として一緒にパーティーに行ってくれることになった、HADOインストラクターのロン加藤さんと。彼の車に結晶スティッカーが貼ってあるのを見て、記念写真です。「Happiness is・・・・living in constant Love & Gratitude」(幸せとは・・いつも愛と感謝の中で生きること) と印刷されています。今アメリカでは好評のようです。

ロスから2時間ほどのサンジェゴに近いフォーシーズンホテルで開かれたパーティー、入り口にはルイーズさんが、一人ひとりの来場者に挨拶をされていました。 私は持参したプレゼントをお渡しして、記念写真です。

そのプレゼントとは、もちろん結晶写真です。
彼女の名著のタイトルを水に見せた結晶です。

精神世界の大御所の彼女、写真が出す波動がお分かりのようです。

例によっていろいろな方々と再会することが出来ました。ヘイハウス・オーストラリアのレオン(Leon)さんです。

弱冠43歳のヘイハウス社長。偉ぶらない素晴らしい波動を持った人です

私の「音楽と水との対話」のアメリカ版にエンドースメントを書いてくれた、音楽家の方。

有名な女流作家ドリーン・ヴァーチューさんと。

ようやくリーキャロルさんともお会いできました。

前回のトロントでのヘイハウスコンベンションでお会いしたさDarren Weissmanと。

私の本をヘイハウスさんに紹介してくれたマンフレッドさんももちろん来ていました。

やはりトロントで一緒だったソーニャ・コケット(Sonia Choquette)さんと。彼女は来年5月に日本に来ると言うことで、なにか企画が出来ればよいなと思いました。

最後は、ダンスにまで引っ張り出されて、踊り始めた私。相変わらずですねえ。

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2006年9月27日(水) ヨハネスブルグーフランクフルトーロサンゼルス

ヨハネスブルグからフランクフルトは11時間。フランクフルトからロサンゼルスまでは11時間半。若い人たちなら、フランクトランジットで直接ロスまで行ってしまうかもしれませんが、私達にはもうそのような元気はありません。フランクフルトで一泊し28日、大西洋、グリーンランド上空経由でロスに行きました。

途中、機上から妻がグリーンランド周辺の景色を撮影してくれましたが、初めて流氷なるものをはっきりと上空から捉えることができました。

温暖化の危機が叫ばれる折、このあたりの氷の溶解のスピードはどうなっているのか、とても気になるところです。出来たら来年もこの時期にこの上空を飛んで、写真を撮り比較してみたいなと思いました。

ロスまでの行く道、空からの写真をしばしお楽しみください。
撮影はもちろん、ちょっと撮影そのものに自信を持ち始めた、我妻和子さんです。

これはロッキー上空

これはソルトレーク 白いのはお塩です。

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2006年9月25日(月) ヨハネスブルグ

23日の午後ケープタウンからヨハネスブルグに移動した私達は、早速関係者の知人が経営するこれまた可愛らしいホテルに着きましたが、そこには予定通り、HADOスキャンの開発者ハンス・シンドラー親子がすでにチェックインしていました。

私達は早速夕食を共にし、お互いの状況を報告しあいました。9日前には彼のウイーンのオフィスにいていろいろと話し合ったばかりなのですが、もうお互いに新しいテーマをいっぱい持っていました。

ヨハネスブルグは金鉱の町として栄え、南アフリカ共和国の首都で、人口400万人ほどの大都会です。(ケープタウンも人口300万人でかなりの大都会でした。でも自然美は圧倒的にケープタウンの方がありました。)

ヨハネスブルグには特に主だった川が無く、それが自然美が少ない原因であると思います。
そんな数少ない川のほとりで、水へのセレモニーが計画されていて、私達はその川辺にある有機農場に集合しました。ご覧のように60名ぐらいの人が集まりました。

私が例によってショートスピーチをします。

あっいけない。帽子をかぶったままだった

この日バーバラさんは次のような感動的な手紙を持って、セレモニーに参加してくれました。

【バーバラさんの手紙】

1995年、私の頬骨の辺りにニキビの様なものがあることに気付きました。2年後、その傷跡が癌である事がわかり、皮膚移植手術を受け成功しました。 しかし、4年後、癌が再発しました。私が江本先生の「水の真力」の中に書かれている水のヒーリングパワーを試してみようと思ったのはこの時でした。 ウォーター・セラピーって何? それは水に対して一人の人間と同じように話しかけることです。

今私は、Love(愛), Joy(喜び), Peace(平和), Healing(癒し)の言葉を語りかけたミネラルウォーターを一日にコップ8杯飲みます。 その時「私を癒してくれる水よありがとう」とつぶやきます。

その後一ヶ月が過ぎると、それまでストローを使わないと飲めなかった水が、カップからそのまま飲めるようになり、更にこの間、初めは60日あった放射線治療も20日に減りました。

それから4ヶ月後、腫瘍は完全に消え、体調も今までにないほど元気に回復しました。今は、健康で平安な幸せの時を過ごしています。

15年前から、この地にEMを普及されるために移り住んでいる方。 そう言えばコスタリカにも同じ心を持った方が、いらっしゃいました。日本人の男性も、最近定年後に、あるいは近くなって、この様な大志を持つ方も、見かけることが多くなりました。素らしいことです。

ホテルに戻ったら、地元のテレビ局の取材が待っていました。来週の日曜日7時から、1時間アフリカ中に放映されるとのこと。しかも前回のゲストは、ゴルバチョフ氏だと言う。 気合を入れてお話した結果、ノーカットで収録完了。また何か大きな反響が、アフリカで起きそうです。

ホテルの庭で

ディナーにてパフォーマンス1

その2

その3 僕みんなより、お顔の模様少なかったから もっと描いてーえ その結果。

ヨハネスブルグの中心街です。

ヨハネスブルグは、ご存知のように金鉱の町。町が出来てからまだ120年しか経っていませんが、その間金脈に不自由したことなく、今でも立派に掘っています。 写真はその堀跡。至るところに、この様な掘った後の盛り土が見えました。

つい20年前まで掘っていた、町の中心部に近い鉱山は、その後テーマパークとなって、その歴史を市民や観光客に伝えています。

旧工場内を見学する、右からシンドラーさんの息子さん、イアンさん、今回車を提供してくれたり、運転をしてくれたり大変お世話になった方と組織委員の一人、そしてエンジニアの方です。

鉱夫の歌と踊りのパフォーマンス。 日本にも炭鉱夫の踊りがありましたよね。

市内観光を終えてホテルに戻ったら、この3人(シンドラーさん、妻、シンドラーさんの息子)がおめかしして、記念写真を撮っています。どこに行くんでしょうね?

何ですかここは?入り口に、銃持参禁止と書いてあります。
そして建物の名前は、ギョエテ(ゲーテ)会館。ドイツ文化会館のようです。正にギョギョギョでした。

なんだあ。セミナー会場だったんだ。それにしても、銃持参禁止とポスターの貼ってある会場で、セミナーをやったのは初めてだなあ。なるほど、ここは南アフリカだったんだ。

ここでも沢山の人が・・・ 入り口で切符の無い人が、入れてくれとちょっと揉めていました。

南アフリカでの全てのイベントを無事にそして大成功裏に成功して、最後の夜は、懇親会が有りました。

折りしも、美しい新月が頭上に輝く夜、私はお礼に「荒城の月」を歌わせてもらいました。 またもやオーブが沢山出てきて、ご苦労された魂達も、一緒に参加され歌ってくれたようです。

この3人の女性が、今回の企画をつくりサポートしてくれた人たちです。
みなさん、ありがとう。

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2006年9月24日(日) 9月19日〜9月26日 南アフリカ行き

いやースロベニアはなかなかの穴場でした。今後日本からの旅行者もどんどん増えそうな感じです。国自体は200万の人口で面積も小さいのですが、いろいろな自然がいっぺんに同居していて、短時間に多くを楽しめる、自然派にはもってこいの観光地でしょう。アレス君にも大変お世話になりました。ありがとう。

さてスロベニアの次はいよいよ南アフリカです。この国へのご縁はゼリインターナショナルのグンターパウリさんが作ってくれました。彼は昨年11月の私どものイベントに参加してくれて、今回はそのお返し講演会のような感じです。

南アフリカはもちろん私共ににとって初めての国、どんなことが待っているのか楽しみです。また例によって和子カメラマンの撮影した写真をご紹介しながら、その体験をご報告してゆきましょう。

フランクフルトからケープタウンまで南ア航空の直行便が出ています。これがなかなかお勧めのフライトでした。水平型座席、見やすい映画、おいしい食事、暖かい毛布と枕、約12時間の真夜中のロングフライトでしたが、良く眠ることが出来ました。フランクフルトを夕方の5時過ぎに出てケープタウンに着いたのが翌朝の5時。

時差が無く、フランクフルトから真南に突っ走ったと言う感じで、時差ぼけの心配もありませんでした。

早朝にもかかわらず主催者のニルマーラさんのお迎えを受けて、私達は宿泊先のホテルに着きましたが、これがとても美しいホテル、何でもこのホテルのオーナーのお母様が「水からの伝言」ファンでサービスで4日間の宿を提供してくれたそうです。お庭はこの様に美しく、周囲はテーブルマウンティンという山に囲まれています。

そしてその庭にはご覧のような大きな亀が散歩していて、私達を迎えてくれました。

私も当然、先住民族にご挨拶です。

ホテルの玄関の美しい花。このシーズンはここでは初春。これから美しい花がどんどん咲くそうです。

同じ玄関には大砲も置いてありました。僕は勝で43年の戦中派。妻は和子で47年の戦後派。どうしてもその違いが随所で出てきてしまいます。

ホテルの庭は花だらけです。

その夜のディナーは主催者のニルマーラさん(中央僕の後ろの方)の家で行われました。前列一番右側がホテルのオーナーのお母さん。とても飾らない感じの良い方でした。皆さん素晴らしい波動の方ばかりで、ケープタウンの第1日目はハッピームードです。

翌日は更に快晴となり、付近の山もはっきりと見えました。

今日はニルマーラさんご夫妻の案内で、待望の喜望峰まで連れて行ってもらいました。その途中は至るところこの様に風光明媚な海岸線が続きます。

途中で野生の駝鳥を見つけました。

ついに喜望峰に到着、右側が大西洋、左側がインド洋になります。

万感の思いを込めて、私は思わず手を前に合わせて、祈ります。ヨガの先生でインド出身のニルマーラさんも、それに続きました。

こちらの方が、ケープポイントと言われている名所です。

ニルマーラさんとご主人のリチャードさん。

ケープタウンでの初めてのセミナーは、宿泊先のホテルで開かれました。通訳の方がおらず、自分で英語で話しましたが、なんとかうまくいったようです。

平日のお昼間にもかかわらず、会場は満席でした。

そして最後にはスタンディングオべーションを頂きました。ケープタウンのスピリットも喜んでくれたようです。

そして驚いたことにあの亀ちゃんがホールに入ってきて、僕の講演を聞きに来てくれたみたいです。(実際は多分人好きの亀さんなんでしょう。)

講演会の翌日、今度は市の水族館でイベントが用意されていました。私達夫婦は動物好きなので、少し早めに行って水族館見学を行いました。まずはペンギンコーナーです。

こんな面白い顔をしたペンギンもいました。

わーきれい!!

この辺の海には、大きな鮫がいるようです。

12時から、館内の講堂で1時間セミナーが企画されていました。その前に主催者のゼリアフリカの方々との記念写真です。

セミナーの様子

さてその後、大水槽の前でお水に対しての祈りのセレモニーが計画されていました。その前に会場に来た子供達に私からEMOTOプロジェクトの本のプレゼントです。

この水に対してみんなで祈ります。(子供達がそれぞれに持ってきた水を1つにしました。)

祈る前に集まった皆さんの前で、祈りと水についてのショートスピーチを行いました。

まずはいつものように子供達と手を繋いで、お水さんありがとう、愛しています、尊敬していますを唱えます。

それから今度は合掌して、瞑想します。 おや、後ろの鮫さんたちもなにやら、参加してくれてるみたいですね。それにしても美しい、光景です。

これがみんなで祈った後の水です。 

全て終わった後、子供達と記念撮影です。なにやら大きな魂が僕の頭上に現れて、祝福をしてくれているようです。それにしても、スゴーク楽しかった。

ケープタウンでの最後の仕事は、今回の訪問ですっかり意気投合した青年イアンさんが経営するSPAでのインタビューでした。

いろいろなリラックスぜーションの器機を揃えたSPAはご家族で経営されている、本格的なSPAでMEDI−SPAと言います。彼は12月のウイーンで行われるHADOスクールにも参加してくれることになり、南アフリカでの波動の基地となる予感がします。

霊気マスターでもある彼は忙しい私の体の疲れを癒してくれました。

来た時は暗かったので分からなかったのですが、ケープタウン空港に向かう途中には、塀で仕切られたいわゆるドヤ街があって、白人達の住む高級感あふれる住居エリアとは全く違う波動で、アパルトヘイトの名残がまだ有るんだなと思わされました。

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2006年9月23日(土) 9月15日〜18日スロベニア訪問

写真の青年はアレス君と言って、リヒテンシュタインの研究所で1年ほど働いていて、半年ほど前に国に戻った人です。

私が6月にベニスに行ったときに会いに来て、EMOTOプロジェクトをスロベニアでやりたいと申し出ました。やはり結晶写真への想いが断ち切れないようでした。

私はもちろんその申し出を受け入れ、今回ウイーンの後にこのスロベニアに観光を兼ねて来る事にしたのです。
結果としてこの国に来てとても良かったと思いました。素晴らしい観光地であることが良く分かりました。アレス君は今は地元の旅行代理店に勤めているので彼の案内も素晴らしかったこともあったのでしょうが。

まあとにかく妻が一生懸命撮ってくれた、写真の数々をお楽しみください。

リュブアーナ飛行場について、すぐに観光が始まりました。
アレス君が他の観光客は案内したことが無いというとてもHADOの良い牧場にて。何故か、妻もいつもより可愛く見えます。

こんな木立の中を車は走ってゆきます。

スロベニアの美しい田園風景です。

夕飯は古城レストランで取りました。

レストランのマネージャーが古めかしいワイン倉庫に案内してくれました。鼻炎アレルギーもちの妻は、古いダストにやられたのでしょうか、すぐにハークッションの連発でした。

ピランと言う町のホテルから覗いた海の景色

町はこんな感じで、すぐ海の際です。

そして海の水はこんなにきれいでした。

観光客がのんびりと海辺のカフェでくつろいでいます。

ここは有名なバイオリニストであり作曲家の
ジュセッペ・タルティーニの生誕地でした。

この日は土曜日で各所で婚姻の儀式に出会いました。とてもユニークな儀式で、妻は何枚も写真を撮っていました。

スロベニアでは超有名なこの湖、今日は残念ながら雨模様でしたが、なかなか風情のある景色が続きます。湖畔の山の頂上に有るレストラン、あとでここで昼食を取ります

湖上にあるこれまた有名な小島。

こんな船に乗って、あの小島に行きます。

小島に鎮座します教会の内部

内部はなかなか立派です。

その峻厳なる雰囲気に撃たれて、じっと世界平和のための祈りを捧げる私!?

いや、実はそうではなく原因はこの階段です。この階段を上ることが必要で、その結果私は、バタンキュー状態になってしまったのです。トホホホ。

よく紹介されている風景です。

レストランの中はこんなにシックです。よく日本人の団体さんも来るそうです。

まあこんな景色がごろごろ。実に良いところです

ホテルの部屋で、地元の人たちとEMOTOプロジェクトについての打ち合わせも行いました。

素晴らしい渓谷にて

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2006年9月22日(金) ウイーンにて

9月11日を、スペインの首都マドリッドで向かえ、”あれから5年”と題して世界平和の問題を書いているうちに、自分が普段講演会で話している内容を、もっと沢山の人にお知らせすべきと考え、バルセロナでの1時間セミナーのスライドを全部ご紹介した結果、10日分がそれに費やされ、従来の日記が書けずにおりました。日時が多少戻りますが、改めてご紹介させていただきます。

9月12日にウイーンに入りました。本来そこで私の講演会がその日の夕方予定されていたのですが、主催者の都合で急遽キャンセルとなり、14日まで予定されていたウイーンでの滞在を、HADOスキャンのハンス・シンドラーさんの会社IF・BIOに行き、打ち合わせをすることになりました。

写真は私達を歓迎するたて看板です。なかなかシンドラーさん芸が細かい。

シンドラーさんのオフィスは市内の1等地にあり、新築のオフィスで彼らも引っ越してきたばかりです。

会議室には、何とアメリカからHADOインストラクターのピータースレーンさんが来ていました。HADOスキャンの技術的試用の打ち合わせのために来たそうです。リヒテンのラスモス君も同席です。

シンドラーさんの部屋にHAVANAと書いた、観光用のポスターがあり、それを見つけた僕がいたずらっぽく、なにやら葉坂社長に言っています。

30分後・・・・・・さすが葉坂社長、デザイナーだけのことはある。でもこの会社平気かしら?こんな二人が会長と社長やってて。

ハンガリーブダペストから来てくれたお客さま一行
私のため日本の歌を覚えてきてくれて、2曲歌ってくれました。現地の博物館関係の方々で、講演依頼のため車でお見えになりました。(6時間くらい?)

翌日13日には、シンドラーさんが約束してくれた、EMOTOプロジェクト用のドイツ語バージョンの製作スタッフの一行が、試作品を持ってきて見せてくれました。

ご覧のように実に素晴らしい出来栄えで、正式にGOが出て製作にかかる事になりました。

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2006年9月21日(木) バルセロナセミナー(最終回)

さあ、大変なことを発表してしまいました。もちろんいまさら撤回するわけには行きません。でもこんな大事業は少数の人数では到底達成不可能です。で、私は国連での宣言をした翌月の2005年6月から、国際HADOインストラクタースクールなるものを開催し始めました。もちろん同志を集めるためです。

第1回目はロサンゼルスで開催しました。24名が参加してくれました。

第2回目もその年の11月にロサンゼルスで行いました。この時は37名もの人が参加してくれました。

第3回目は2006年2月ハワイビッグアイランドで開かれましたが、場所柄いろいろな国から36名の人が参加しました。日本からも5名参加です。

更に、第4回目をニュージャージーで2006年6月に行って26名の参加。

そして7月に初めてのアメリカ以外の国、オーストラリアで第5回目が行われ12名の方が参加です。

引き続き本年8月に初めてのスペイン語圏メキシコカンクンで第6回目が行われ22名の方が参加してくれました。

そして第7回は初めてのヨーロッパ、ウイーンで今年の11月29日から12月2日にかけて行われます。ここでは英語とドイツ語での講義です。

私はこのHADOインストラクターさん達の力を借りてEMOTOプロジェクトを実践し、今日の講演会の最初に指摘したこの地球が抱えるさまざまな問題を、HADO技術を駆使しながら、解決してゆこうと考えています。どうか皆様もご一緒にいかがですか?

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2006年9月20日(水) バルセロナセミナー(その8)

問題はその人々の意識のレベルですが、それがとても低いと言われています。日本のある有名な遺伝子学者は遺伝子全体の活性化率が僅か3パーセント程度にしか過ぎないと、言っています。つまり他の97パーセントは眠っていると言うことになり、もしそうだとすれば、それが現在この地球が抱えているエネルギー危機の原因であると言えるのです。

ですから、この眠っている部分を如何に覚醒するかが人類がこの地球に生き残れるかどうかの鍵となってくるのです。

そして私が思うにその部分こそが、水の解明すべき部分、今まで神秘的という言葉で片付けられてきた水のベールで覆われた部分であると思うのです。

なぜこの様に水の解明は遅れてしまったのでしょうか?それがあまりにも精神的な性質を持ちすぎるとか、いろいろな理由は考えられますが、今はそのようなことを論じている暇は有りません。この地球のエネルギー問題はもう待ったが無いからです。

幸い私は、この20年間水を全く違った角度から捉え仮説を立て実践し成功してきました。その極みが水を凍らせての結晶写真撮影技術の確立で、水の素顔を結晶と言う形で、世に始めて公開し、多くの方々の共鳴を頂くことに成功しました。

更にその研究成果を収めた写真集「水からの伝言は」は1999年の6月に出版して以来各国でその版を重ね現在ではその関連本を総合すると35言語200万部以上の部数の出版となり、私の中では人々の信任を得たという判断をさせて頂いております.

それが故に、私は2005年5月26日にニューヨークの国連の第1会議室におい次なるプロジェクトを発表し宣言しました。

EMOTOプロジェクトの内容は、
私達は2006年から2016年の10年間において世界の子供達約6億5000万人に対して、「水からの伝言」子供版を無償で配布します。

われわれ大人は、この間地球に更にダメージを与えないよう、守ってゆきます。と言うものです。

これはもちろん、水の本当の姿をまだ心が純粋なうちに、世界中の子供達に見てもらおう、そしてこの地球の未来を彼等たちに託そうとする大人たちによって為されるものです。

そして今、それらの本が出来上がりました。最初は日本語版、そして英語版、さらにスペイン語版、ドイツ語版です。

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2006年9月19日(火) バルセロナセミナー(その7)

今まで、私達は12年間に渡って結晶撮影を続けてまいりましたが、その中で私がもっとも美しいなと感じたのが、この写真、愛感謝という文字を見せた水が作った結晶です。

何故、この文字が一番美しい結晶を形作ったのか、私は次のように推理しました。

もともと、水の中には愛感謝と言う情報である振動が潜在しているのではないか、と言う推理です。それに対して愛感謝と言う文字を見せたら、すなわち愛感謝と言う文字が持つ振動を見せたら、両者はものの見事に共鳴して、その結果その波動を持ったカメラマンがその振動のデザインを見事にキャッチすることが出来たのではないかと思うのです。

そしてこの図は、愛感謝のエネルギー関係を説明する相関図です。

私は愛は、能動的なエネルギーの代表と考え具体的なその代表を酸素と考えました。そして感謝は受動的なエネルギーの代表と考え、具体的なその代表を水素と考えました。

水の化学式は科学者からも不思議な化学式と言われているようですが、私流にそのH2Oのなぞを解けば、それは一つの愛と2つの感謝が真に美しくバランスした結果出来たものである、というはなはだロマンチックな答えとなりました。

そして私はこの答えをとても気に入っています。確かに世の中が全てこの二つのエネルギーのしかるべきバランスによって維持されているものなら、現在のような恐ろしい争いや、環境破壊は起こらなかったろうにな、と聴衆の皆様にお話し、そして何故かとても共感を得ているのです。

もう一つのこの愛感謝の解釈として、愛感謝=免疫力という考えを皆様にお話しています。これは過去の私の波動相談による体験から得られた、「病は気から」論から来たものです。

そして今いかにこの地球の免疫力が落ちているかをこれらの図を使って説明します。

私達にとってこの地球は母なる地球であって、何人もこれを侵害することはしてはいけない事なのに、ご覧のようにいろいろな争いによって、地球は今免疫力が不足していて危険な状態です。

だから私達は、この地球に対して、この地球の水に対して愛と感謝の思いを与えなければなりません。

アインシュタインも言っています。本当のエネルギーの法則は・・・・・

全て人の意思によるものなんだよ。

この式は本当は次のように表したかったんだ。
でも私がこれを作ったのは今から100年も前のことで、当時はこんなこと言ったらたちまち学会から放り出されたろうから、違った表現を使ったんだよ。
(これはあくまでも私、江本の推理によるものです。)

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2006年9月18日(月) バルセロナセミナー(その6)

さて、今度は人の祈りと水との関係についての実験です。まず最初にこのビデオをご覧下さい。と言って私は子供たち4人とその父兄4人、計8人による水への祈りの実験ビデオを皆さんにご覧頂きます。塩素で殺菌をしなければならない東京の水道水は、過去何度実験をしても、きれいな6角形の結晶を作ることが出来ませんでした。その水に対して、愛感謝を捧げたあとの撮影をライブで子供達がビデオモニターを見つめていく中、それはとても美しい結晶を作った感動的なシーンが紹介されています。

2002年の10月「水からの伝言ビデオ版(詳細はこちら・サンプル動画あり)」として製作されたこのビデオは、その後英語版のDVDも出来、私も自分の講演の中で世界中で紹介をしている関係も有って、最近世界のいろいろなところで、水に対しての祈りのセレモニーが企画され、私はよくそれに参加をしています。

このスライドは、2005年の2月15日ハワイのカウアイ島でセミナー終了後インド洋の津波犠牲者の御霊に祈るため、その海域の水に対して、愛感謝の思いを送っているところです。そして、このセレモニーが散会となった直後にこの海岸の沖のほうに100頭近くと思われる鯨の大群が現れ、浜辺に残っていた私達の仲間に、尾びれを叩いて挨拶を送ってくれたというエピソードをお話しました。

このスライドは、2006年3月メキシコシティーで第4回世界水フォーラムが開かれたことを記念してして行われた、アリゾナのホピ、メキシコのアステカ族が約500年ぶりに一緒に交わって、水への祈りのセレモニーをやった時の写真です。

私も招かれて、セレモニーの最後に水に愛感謝尊敬を述べる音頭を取らせていただいて、それが丁度終わった時のことです。

周りの人が上を見上げて、口々になにか言っています。

私もすぐに空を見上げるとそこに大きな鷲が、ゆったりと旋回しているではありませんか!!

鷲はメキシコでは国旗にもデザインされていて、神の使者ということのようです。私達人間の純粋な水に対しての祈りの振動は鯨や鷲という精神性が高いと言われている動物達にはちゃんと伝わるのですねと、私は皆さんにお話をさせて頂きました。

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2006年9月17日(日) バルセロナセミナー(その5)

そもそも、結晶とは一体なんだろうと、私は長年考えてきましたが、結果的にそれは振動と言うものが綾なすデザインであると自分の中で答えを得ました。それを確認するために私はある実験を行いました。振動そのものである音楽を水に聞かせてその前後での結晶を観察し、その違いを見るというものです。

使用する水は上質の蒸留水です。それをスピーカーの真ん中に置いて、音楽を丸々一曲聴かせ、すぐに凍結させ、結晶を撮るのです。

音楽を聞かせる前の蒸留水が作った結晶です。大変シンプルな6角形を作りました。これが音楽を聞かせた後、どう変わるのでしょうか。

この次に私はビデオ(動画)でベートーベンの第九の合唱を水に聴かせた水が綾なした、美しく成長する結晶の動く映像を見せました。

それはそれは美しく成長する結晶を見て、お客様はもううっとりです。
そこで私は、皆様に次のように言います。
「私達の体は、殆ど水で出来ています。そしてその水は今ご覧になったように、音楽が大好きなのです。だから私達も音楽が大好きなわけです。音楽が無い生活なんて考えられません。音楽はもちろん芸術ですがその前にヒーリングなわけです。そして一つ一つの音楽は、私達の体に対して、振動効果を持つことが分かってきました。例えば・・・・」と言いながら私は次のスライドをお見せします。

このスメタナのモルダウを聴かせた水はこの様な美しい結晶を作りましたが、私どもにはこの写真から波動を測定する技術が有って、その結果、この写真のもつ波動はイライラ波動を中和する波動を持っていることが分かりました。そして、リンパの活動を高める波動も持っていることが分かりました。

つまりこの曲を聴くことによって、まず、いらいらしなくなり、身体の中の水が活性化することが、予測されるわけです。

同じように、今度はチャイコフスキーの白鳥の湖を聴いた水が作った結晶写真を調べたところ、この写真からは、抑圧からの開放、関節を活性化する波動が測定されました。当然関節に何か問題のある人がこの曲を聞くことによって、その問題が軽減されることが予想されるわけです。

このように波動測定技術がもっと認知され発展してゆく時に、音楽も立派な医療効果を持つものとして、取り上げられ、将来は音楽療法時代になるものと私は考えています。

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2006年9月16日(土) バルセロナセミナー(その4)

さて今度は、水に写真を見せるという実験の報告です。まさに水は形や情報を記憶すると言う結果が、いくつも得られています。

最初は水にドルフィンの写真を見せました。この様にただ写真の上に水を置いておくだけです。最低24時間は置いておきます。

その結果、次のような素晴らしい結晶を得ることが出来ました。まさにイルカの持っている超音波発生能力を捉えたかのようです。

次は大きな花を持つ像の写真を見せました。

その結果です。何と大きな鼻の形がそのまま残りました。

今度は、日本の神社出雲大社の写真です。注連縄や屋根の形を注目ください。

その結果、見事に特徴のある部分がそのまま映し出されました。

映画BLEEPの中で、主演女優が入浴中に体中にハートマークを書いているシーンがありましたが、それを水に見せましたら、結晶もハート型となりびっくりです。

写真見せの最後はご当地もの、サグラダファミリアの写真です。いつもこの様に、現地の方が喜ぶような実験結果を持っていくようにしています。

そしてその結果は、とても安定した形の結晶となり、この建造物が設計的にも安定していることが偲ばれました。

次の報告は水に言葉を見せた結果です。言葉や文字は振動を持っていますから、その振動を水が感じて記憶し、その情報を水が結晶と言う形で表わしてくれるのです。

最初は日本語で右が「ありがとう」。左が「ばかやろう」です。この様に貼ってやはり24時間以上見せます。

ありがとうは美しく調和の取れた結晶を作りました。

馬鹿野郎は、結晶を作れずまるでブラックホールのような写真となりました。

スペイン語のありがとうです。

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2006年9月15日(金) バルセロナセミナー(その3)

それでは、結晶写真撮影の方法をご説明しましょう。

まず一つのサンプルから50のペトリディッシュに水を取ります。その量は0,5CC程度です。つまり一つの水を50回観察し、シャッターチャンスがあれば撮影します。大体そのチャンスは1サンプルについて25平均ですね。

そしてそれらを、マイナス25度から30度の温度で3時間フリーザーで凍らせます。

凍った結果の水です。表面張力のためいつもこの様に円錐形状になります。

撮影観察するために大きな冷蔵庫を作りました。

観察用の顕微鏡とカメラ、普通のオリンパス光学顕微鏡で500倍程度まで撮影できます。

冷蔵庫内の温度はマイナス5度Cに保ちますので、とても寒く防寒服が必要です。大体一回の観測時間は30分が限度です。

これが12年前に始めて撮影に成功した記念すべき結晶写真です。最初の1枚をとるまでに2ヶ月を要し、大変苦労しましたが、その後はとても順調に撮れるようになりました。

それでは次に具体的な水の結晶撮影観測結果について、ご説明しましょう。まずは世界の主な町の水道水の結晶です。

東京の水道水はかって一度も良い結晶を作ったことがありません。塩素が消毒薬として大量に入れられているからでしょう。


ロサンゼルスの水道水

カナダバンクーバーの水道水

ロンドンの水道水

パリの水道水

それでは次に世界の自然水の一部をご紹介しましょう。

まず、日本の富士山の近くの泉の結晶です。なんとも言えぬ美しさで、水は皆本来この様な美しい結晶を持っていたのでしょう。

フランスの有名な聖水ルルドの泉の結晶。

スイスマジョレ湖の結晶

ニュージーランド マウントクック氷河の結晶

カナダロッキー山脈の氷河先端の水

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2006年9月14日(木) バルセロナセミナー(その2)

その現象とは、例えば南太平洋のフナフジアイランドの首都ツバルでは、島が沈み始め、住民が他の島や国へ引っ越さざるを得なくなっています。

南極や北極の氷もどんどん解け始めています。

ヒマラヤやアルプス、ロッキーの山々もその氷河が溶け始め後退し始めています。
ですから海の潮位がだんだん上がってきていて、地震による津波などの被害が以前に比すと何割り増しにも拡大されてきています。

皆さんも、洗面器の中の水の量を少し増やしてから、洗面器を少し揺らせて見てください。ほんの少し増やしただけでも、波の高さが相当高くなってくることを確認できるはずです。

これは日本で最大の発行部数をもつ読売新聞の2004年12月28日付の1面の紙面です。見出しには「死者10万人を超す恐れ」写真の説明には「竜神荒ぶる」と書いてあります。もちろんあのスマトラ沖地震のことです。この写真を拡大してみましょう。

これは地震の起きた12月26日にスリランカの東部の海岸を襲っている津波の状況を、上空から衛星写真が捉えたものです。よく見ると波が竜の模様を作っているのがはっきりと分かります。その鎌首、とぐろや鱗のデザインは、私にはとても偶然に出来たものとは思えません。

そう、日本では竜は水の神様と言われています。ですからこの新聞の見出しは、この津波の原因は水の神様である竜を怒らせてしまった結果、起きたものだと言わんばかりの意味を持つのです。

私も20年間水の研究をしてきたものとして、この見方に賛成です。私達はあまりにもかけがえの無い水を無視したり、大事にしなかったりしてきましたからね。私が水だったら、やはり怒ると思いますよ。

そこで私は大変気になることがあります。それは昔あったといわれる、アトランティス大陸やムー大陸のことです。このまま温暖化が進んでゆけば、またあのような現象をこの地球は持ってしまうのではないかということです。

(ここで、皆さんシーンとなります。当然です、怖い話をしている訳ですから。で、そのムードをがらりと変えるような調子で、私は次のスライドを皆さんに見せながら、ジョークを言い始めます。)

(冗談)
スペイン語で地震のことをTERREMOTOと言います。
同じく津波のことをMAREMOTOと言います。
つまり、地球(TIERRA)が怒ると地震(TERREMOTO)が起こり、海(MAR)が怒ると津波(MAREMOTO)が起こると言うわけです (恐らく、EMOTOはEMOTION・・・感情と言うことだと思う。)

皆さん、僕の名前をご存知ですよね。だから、と言いながら、次のスライドをお見せします。

江本を怒らせるな!!
と言うわけです。
会場、特にスペイン語圏内での講演会では、間違いなくここで大爆笑となります。そしてすかさず、続けます。
そう、皆さん、もう心配しないで下さい。こんな冗談を言うくらいだから、実は私はもうこの事については、何も心配していないんですよ。だって解決方法を見つけたんですもん。
その解決方法を見つける事ができた本、それがこれです。

と、水からの伝言のスペイン語版をお見せします。
何故この本の中に地球温暖化の危機を救う解決策があるのかと言えば、それは水からエネルギーを取れると言う事をこの本は証明しているからです。
例えば、この表紙に紹介してある水の結晶写真、とても光り輝いています。カメラマンである人間と水とが共鳴した時、水は光り輝くのです。

そうです光とはエネルギーそのものです。ですから、この本は火ではなく、水からエネルギーが取れるんだと言うことを、証明している本なのです。
温暖化現象というものは、私達が今まで、そして現在もなお、エネルギーを作るのに石炭や石油、天然ガス、そして原子力、いずれも最終的に火を使ってエネルギーを造る物に依存してきた結果、必然的に起きてしまった事です。この火を使っている限り我々は、最終的にこの地球には住めなくなるのです。その火に変わるエネルギーを発見したということなのです。

しかも1999年に出版されたこのことに関する一連の本は全世界の人に受け入れられて、合計で200万部を越す勢いとなっています。水からエネルギーを取るには、世界人口の約1割の人が、このことを理解してくれる必要があるのですが、その可能性が見えてきたのです。



そして、この流れは出版界だけではなく映像の世界でも採用されるようになりました。

この2004年2月にアメリカの有る小さな独立プロで製作された「WHAT‘S THE BLEEP DO WE KNOW?」(私達は一体何を知っていると言うの?)と言う映画の主要なテーマとして私の水の結晶写真のことが取り上げられたのですが、この映画は思わぬ大ヒットとなり、今でもまだ世界的に上映されていて、恐らくその総観客数は、DVDを合わせると、500万人は超えているのではないかと思います。

そして実は他にも水をテーマにしたドキュメンタリーや劇場映画がいくつも製作中であったり、企画中で有ったりしています。 そう、だから私はもう「アトランティスやムーの二の舞になることはもう心配していないのです。

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2006年9月13日(水) 
   9月8日 スペイン バルセロナにおける1時間セミナーから

バルセロナの皆さんお久しぶりです。今日は、「水の神秘生活」と言うタイトルでお話をしましょう。

さて、最初から突然の質問で恐縮ですが、皆さん今お幸せですか?(スペインの人陽気ですので、皆さんハイ!と手を上げて応えてくれます。)
そうですか、お幸せですか、それは良かった。実は僕も大変幸せです。(と言いながら次のスライドを見せる。)

ほら、3年前に初孫が出来て、つい3ヶ月前に2人目の孫が出来たんです。可愛いでしょう?いやー、孫と言うものは可愛いものですね。こんなに可愛いものとは思いませんでしたよ。だから僕は今とても幸せです。

でも彼らが可愛いと思えば思うほど、彼らの未来が心配になってきます。だって現代社会は、次のようなシリアスな問題をいっぱい抱えていますから。

ご覧のように、われわれは沢山の問題を抱えており、これらは一向に解決の兆しを見せません。
これらの問題は私達の孫の将来に暗い暗雲としてのしかかっています。
特に、世界の温暖化現象は大変気になるところです。100年前に比べると、この地球の温度は、すでに約1度上がってしまいました。更に今後100年の間に3,5度も温度は上がってしまうと予測されています。

地球はガイアと呼ばれている生命体です。もしこのような状況が続いたらどうなるでしょうか?われわれの子孫達は、もうこの地球に住み続けることは出来なくなるでしょう。そしてその現象は、実はもう世界の各所で起き始めているのです。

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2006年9月12日(火) あれから5年(その2)

ナインイレブンの5周年の日に、あれから5年というテーマについて日記に書き始めたら、今度はローマ法王が母国ドイツのある大学で行った講話の内容に対して、イスラム世界から怒りのブーイングが、あちこちで巻き起こり始めました。それが単なる抗議文書やデモに終われば良いのですが、次なる大闘争を惹起するやも知れず、とても気になるところです。

6年前から水のメッセンジャーとして世界を歩き続けている私は、やがて選ばれた市民の代表として、具体的に平和を求める活動をしなければならないと自覚をするようになりました。最初はあまりにも珍しい水の姿に、人々が一時的に関心を持ったのではないか、すなわち、私の講演活動も一時的な流れのものかなと思っていたのですが、そうではなく、私が歩けば歩くほど、人々の共感は広がり、また次への講演会と繋がってゆきます。そのような人々の期待感をこの身に感じることが多くなって、私は自分の行動における使命を、この世界の平和化の為と、認識するようになりました。特に3年半ほど前に初孫を得てから、その思いはとても強くなったように思います。

それでは明日からのこの日記で最近の私の講演会での話のパターンを皆様にご紹介することにしましょう。世界平和への道を皆さんとともに歩いてゆきましょう、と言うことを具体的にお話させていただいています。

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2006年9月11日(月) あれから5年

今日は9月11日、あの前代未聞のニューヨーク同時多発テロ事件から、丁度5年が経ちました。あれから色々な事が起きました。テロを根絶するぞと立ち上がったアメリカですが、イラク・バクダッドでは今現在毎日平均して100名もの市民が自爆テロの巻き添えになり犠牲となっています。それはイラクだけでなく、アジアヨーロッパ、アフリカ、他の中東にも及んでいます。つまりテロが根絶されるどころか、それは恐ろしい恐怖の連鎖となって、この地球上を覆っているのです。

連鎖と言うのは波動の現象です。エネルギーの共鳴現象です。そしてエネルギーは振動でありそれは波で表わされます。その波は対照的な位置にある同形の波によって打ち消すことが出来ます。

分かりやすく言えば、恨みと言うエネルギーを打ち消すには感謝と言うエネルギーを持って当てれば良い、と言うことになります。これはなかなか難しいことですが、物理学的に、このように言えることは間違いありません。

これに対して恨みに対して恨みを持って対処すれば、お互いの恨みが増幅されて、もっとひどい恨みのエネルギーとなって、結果的にそれはどちらかが破壊されて無くなるまで続くことになります。あるいは共倒れ現象という場合もあります。

現在のアメリカ対テロ国家(集団)の関係はこのような関係になってしまって、もうお互いに行くとこまで行くしかないと言う感じですが、そうなりますとそれは当事者同士だけの生存競争という事でなく、この地球上に住む全ての人の生存の問題に関わってくることになります。最終的に理性をなくした憎悪は、核の使用をも辞さなくなるであろうからです。

このような事態を避けるためにはやはり当事者ではない第3者の介入・仲裁が必要ですがそれを司るべき国連もその求心力が段々と薄くなってきて、その役をなしていません。アナンさんが一人頑張っている感じですが、その彼も間もなく任期切れとなり、果たしてその後の後任者はどうなのか?心配されるところです。

とすればこの問題、いったいこれからどう対処すべきなのか、今の私の考えを述べてみたいと思います。(この項続く)

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2006年9月9日(土) オレンセ第2回水会議

昨年9月にスペイン南部のリオパルで行われた第1回水会議に続いて、スペイン西部の町オレンセで第2回目の水会議が行われました。オレンセは温泉の出る町で有名で、その関係で市長さんも出席されて、最初にご挨拶をされました。

700名ほど集まったこの水会議、トップバッターの私は、まず「幸福」という結晶写真を見せて、会場の皆さんに問いかけます。 「ところで、皆さんは今幸せですか?」 と。

会場には700名を越す沢山のお客様が来てくれましたが、私の問いかけに対して「もちろん!」と元気な答えが返ってきました。

皆さん今幸せですか?

「私も今、凄く幸せですよ。だってご覧のように可愛い孫がもう一人増えて、それは、それは可愛いんです。

でも彼らが可愛いと思えば思うほど、彼らの将来が心配になってきます。だって、温暖化の問題をはじめ、今この世の中は、大変な問題を多数抱えていますからね。」

こんな調子で私のセミナーは始まり、聴衆をどんどん引き込んでゆきます。
そして絶えずユーモアを交えながら話すようにしています。なんだかんだと深刻なテーマを話すことが多いからです。その中の極め付きをご紹介しましょう。

「スペイン語では地震のことをTERREMOTOと言うそうです。そして津波のことをMARREMOTOと言います。つまり地球(TERA)が怒ると地震となり、海(MARE)が怒ると津波となるということのようです。ですから、皆さん私(EMOTO)を怒らせないようにしましょう!!」
スペイン語圏では大うけ間違いなしのジョークです。

そして深刻な話の時は、聴衆はシーンと静まりかえります。

結果的にこの日のレクチャーも大好評、終わった瞬間に何人かの人が立ち上がって、スタンディングオべーションの先導を切ってくれました。


やがてそれは全員を総立ちへと波のように誘ってゆきます。

皆さんに応えるべく、妻、ロサマリアさん、通訳の今井さんと手を繋いで、舞台からご挨拶です。


それでも会場はなかなか静まりません。

で、音楽会のアンコールのような形で、また私は最後に出て行って、皆さんにご挨拶をしました。スペイン人はほんとに熱いです。

会場には何とつい3週間前に行われたメキシコカンクンでのHADOスクール卒業者のフェルナンドさんも、可愛い娘さんと一緒にメキシコシティーから応援に来てくれていました。ありがとう!!

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2006年9月8日(金) バルセロナ 本屋さんでのセミナー

いつものようにアムステルダムの娘の家で孫達からエネルギーを頂いて英気を養った後、私達はバルセロナに向かいました。バルセロナ空港には、日本から3日ほど遅れて葉坂社長がすでに到着していて、私達を迎えてくれましたが、何と彼のスーツケースがパリ空港で2時間あまりもトランジットの待ち合わせ時間が有ったにもかかわらず、未着だと言うことです。

ヨーロッパの飛行機会社では良くあることで、私も何回も同じような体験をしましたが、日本の飛行機会社ではまず有り得ないようなミスを平然と犯し、かつ詫びると言う姿勢が殆ど無く、一体全体どのような社員教育をしているのか、あるいは全くしていないんじゃないかと思わされることが良く有ります。

さて、ホテルには12時ごろ着いたものですから、私達はそのまますぐにベッドに入りましたが、翌日9時過ぎには今回のいろいろな行事の主催者の一人である、お馴染みのロサマリアさん一行がホテルに来て、私達をセミナーが行われる市内中心部の本屋さんに案内してくれました。


ご存知、主催者のロサマリアさんとの記念撮影


会場となった書店の方々との記 念撮影

そこで行われたセミナーは、バルセロナでは3年ぶりのセミナーでしたが、まあよく人が入りました。地下一階の鰻の寝床のようなスペースでそれは行われたのですが、写真のようにぎゅうぎゅうの人で埋まり、立ち見座り見、階段のところまで人が立ち並ぶ、大盛況振りでした。おそらく定員100名ぐらいのスペースに250名ぐらいの人が押し寄せたと言う感じで、もし何か事故でも有ったら、大変なことになっただろうとぞっとします。

3年前も、違うところでしたが、やはり本屋さんのイベント会場で行ったのですが、その時よりもはるかに、私や水の結晶についての関心度が高くなったと言う感じです。やはりあの映画の影響がここスペインでも相当あるなと思わされた、今日のセミナーでした。

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2006年9月4日(月) 再び行ってまいります。

今日から、10月3日までの1ヶ月間、また世界1週チケットを持って行ってまいります。これで今年、一周チケットの旅は何回目になるのでしょうか。どうも最近は、出かける時はいつもラウンドチケットになってしまいます。

その理由は、もちろんいろいろな国からのお誘いが後を絶たないと言うこともありますが、飛行機会社のチケットの割引システムに主な原因があります。

特に私がメンバーとなっているスターアライアンスでは、日本―ヨーロッパ、日本―アメリカ往復よりも、世界1周つまり、日本―アメリカ大陸―ヨーロッパ大陸周遊の方がはるかに割安なのです。

そのかわり、最低5回は降機してそこに1泊はしなければいけません。ですから経済的な理由からラウンドチケットにしてしまいますし、どうせ降りるのなら、その近くでセミナーをしてしまおう、と言うようになってしまいます。

ところで今回は、まずオランダに行ってそこで計画されているドキュメンタリーフィルム製作者(エスターさんという女性であり、2時の母親。すでに第1回目の撮影完了)との打ち合わせがあります。そしてそこから、スペインのバルセロナとオレンセという温泉のある町に行き、それぞれでセミナーを行います。

そのあとウイーンに行き、ハンスシンドラーさんとHADOスキャンの打ち合わせ及び、ウイーンセミナー、更にスロベニアで2,3日を休暇で過ごした後、南アフリカのケープタウン及びヨハネスブルグでのセミナーと、初めての南アフリカ訪問が待っています。

特にアフリカ大陸最南端の町ケープタウンでは、セミナーだけでなくEMOTOプロジェクトのための学校訪問も予定されており、楽しみにしています。

南アフリカに1週間滞在した後、今度は一挙にアメリカロサンゼルスに飛びます。これが合計で24時間のフライトで、さすがにきついので、フランクフルトで1泊することにしました。

9月29日にはヘイハウス(アメリカの精神世界系出版社の最大手)の創業者ルース・ヘイさんの80歳のお誕生パーティーにお招きを受けて、参加することになっています。


ヘイハウス会長のルース・ヘイさんと。

ヘイハウスさんでは私の写真集「水からの伝言3」を出版してくれています。
彼女とはカナダのトロントでご一緒したことがあり、それ以来ファンになりました。素敵なプレゼントをお届けする予定です。(9月30日公開します。楽しみにしてください。)

では、また。

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2006年9月2日(土)〜3日(日) アクアインストスクール

昨日今日と、久しぶりにアクアインストラクタースクールが開講されました。アクアとなってからは、これで4回目の開催です。

参加者は7名と少人数でした。どうも私が海外に出かけてばかりいるので、日本国内がいまいち盛り上がりに欠けてしまいます。申し訳ないことです。

しかし少人数と言うことは、内容的にはとても充実したものになります。お互いに接触会話時間が十分に持てるからです。

お水の博士、久保田昌二先生も、第1回目から講師をお願いしていますが、このスクールはとても楽しいと言ってくれています。今回も懇親会にも出ていただいて、インストラクターの方々のお話を、とても興味深く聞いてくださいました。

今回の私の持ち時間の中で、受講者全員のHADOスキャンによるワンポイントチェックを行いました。皆さんとても大喜びでした

葉坂社長の「結晶デザインと人生の話」はいつも受講者の涙を誘います。特に「美空ひばりと川の流れ」の話は秀逸です。

尾竹常務の話は「水と癒し」の話です。
彼は波動インストラクターの出身ですが、どうじにMRA オペレーターとして、波動水によるコンサルティングの名人でもありました。その体験を興味深く話しています。

研究所の責任者木津部長の「パワーポイントの編集について」の講座。彼も波動インストラクター出身です。実際に毎日冷蔵庫に入って結晶撮影をするのが大好きと言う男が、結晶の世界を熱く語ります。

第4回アクアインストスクールの受講者です。みんなの笑顔素敵ですね。終了式後もみなこの場を去りがたく、いつまでも残っておられました。もちろん皆さん、また会えますよ!!

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2006年9月1日(金) 防災の日

私が生まれる20年前(1923年)の今日、大きな地震が(マグニチュード7,9)関東地区を襲い、多大の被害をもたらしました。丁度お昼少し前に発生した地震のため、台所では火を使っていた家が多く、大きな揺れとともに、各所に火災が発生、東京の下町では数日間に渡っての大火災となり、地震のための全倒壊家屋は12万8千戸、火災による全焼家屋は44万戸、死者・行方不明者は14万人を超すと言う大惨事となりました。

実は私の母方の祖父と叔父叔母の3人が、この地震の犠牲者となっています。母の実家は最も被害の多かった、東京の下町、本所と言うところにあったからです。

当時母は15歳で、中学を卒業して東京地方貯金局に見習局員として、丸の内の方に勤めていましたので難を免れました。

私がある程度物事を理解できるようになったころ、母はよく、その時の体験を話してくれました。地震が起きてから1週間ほどたって、ようやく避難所から外出許可が出て、煙がたなびく一面の焼け野原の中を、あちこちにまだ生々しい焼死体が横たわっているのを、出来るだけ見ないようにしながら、必死になって歩いて家に辿り着くまでのその道のりでの様子を淡々と語ってくれました。そして、ようやく家に辿り着いた時、そこには家の跡形も無く、ただ立て札がぽつんと立っていて、「石丸一(いしまる かず 母の名前)へ 千葉の親戚のところに連絡せよ 母」と書いてあるのを見て“あー、お母さんは生きていた”とワンワンと泣いた事などを、話してくれました。

何故だか知りませんが、母は実に何度も何度も私にはその時の話しを聞かせてくれました。おかげで私は、まるで自分自身が関東大震災を体験したかのような感慨をその後持つようになりました。一種のトラウマかもしれません。そして、地震に対して人一倍、恐怖心を持つようになってしまったのです。

それが故に、私は自分が水の結晶写真技術を開発した直後から、何とかこの技術を地震予知に応用できないものかと考えてきました。鯰や泥鰌よりも、水そのものの方がいち早く振動の乱れを予知、記憶することが出来るはずだ。とすれば各地の地下水の結晶を定期的に観察してゆけば、その結晶の歪みの状況によって、地震が発生する時期が、分かるはずだと考えたのです。

8月26日の日記に書いた、自動撮影方式の企画の背景には、このような個人的思い入れがある訳です。

震災記念日の今日、亡くなった祖父や叔父叔母の霊の前で、この技術の確立を新たに誓うものです。


震災にあった本所地区上空から

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