7月の日記
25日 死海という名前を変えよう!
23日 水に愛感謝を捧げる日の講演会とセレモニー
22日 63回目の誕生日
20日 オーストリア チロル ゼーフェルドセミナー
19日 南ドイツ ウルフェッグ セミナー
17日 オーストラリア HADOスクール 第3日目
16日 オーストラリア HADOスクール 第2日目
15日 オーストラリア HADOスクール 第1日目
14日 第5回HADOインストスクール ゴールドコースト
13日 ブリスベンセミナー
11日 シドニーセミナー
9日 メルボルンセミナー
7日 オーストラリア パースセミナー
5日 ニュージーランド ウエリントンセミナー
2日 マレーシアセミナー
1日 シンガポールセミナー
2006年7月25日(火)
死海という名前を変えよう!
6月25日に日本を出て1ヶ月目の今日、本来はイスラエル、ガレリア湖畔にいるはずでした。世界の水に愛感謝を送る日の今日、今年は3年ぶりでガレリア湖畔での講演会とセレモニーが行われる予定でした。しかしご存知のように、イスラエルとイスラム教シーア派武装組織ヒズボラとの戦闘が始まったため、私はこれに参加することを断念しました。つい1週間前のことでした。
6月の27日から4日間バリ島におりましたが、私がなぜこの美しいバリ島であのひどいテロ事件が起きたのか、地元の人に聞いたところ、「テロリストはその結果が目立てば目立つほど良いわけで、バリ島には多数の外国人がいるから」という恐ろしい答えを聞いたばかりでしたので、自分が行くことにより多数の外国人も訪れるかもしれないので、戦闘が始まってすぐに、その判断をさせていただきいました。そしてそれを受けて、主催者はセレモニーそのものを延期しました。
そして昨日またイスラエル北部に向けて、武装集団はロケット弾を100発も撃って攻撃しました。ガレリア湖もイスラエル北部よりですから、中止をしてもらって良かったと思っています。
私が始めてイスラエルガレリア湖に行ったのは2003年の7月25日でした。ガレリア湖から出るヨルダン川の水をめぐっての争いが、パレスチナ、イスラエル問題の本当の原因のような気がしたから、そのガレリアの水に愛と感謝の想いを、世界の皆さんに送ってもらおう、そのためには自分が現地に行こう、という想いからでした。そして、約200名の人が集い、それは無事に終わりました。
今年は現地の方が先に立ち上がりました。“代替医療のためのリードマン国際カレッジ”のディレクターであるサリーさんたちです。私にそのご招待が来たのは、確か去年の秋のことだったと思います。私は喜んでOKしてその準備を整え、その航空券まですでに購入していました。3年前は最初に呼びかけたのは私でした。ですから200名ほどしか集まりませんでした。しかし今度は地元の人が最初に企画してくれたのです。ですから最低でも1000人の人が来てくれる予定でした。
しかし、とても残念なことですが、今回このようなことになってしまって、それは中止となりました。私はそのため、予定を変更して、今オランダ、アムステルダムの娘の家に来ておりますが、この地より、この日記を借りて、私が今回ガレリア湖のセミナーで呼びかけようとしたことを、記したいと思います。
それは、
「死海」の名前をもっとポジティブな名前に変えよう!!
という提案です。
何故か?と聞かれるまでもありません。私の20年に渡る波動と水の研究から、特に水の結晶から、言葉にはそれの持つ振動によって、固有のエネルギーを持つことが分かってきました。つまり、有り難うは美しいバランスの取れた結晶を作り、馬鹿野郎はその逆です。
バランスの取れた結晶は、創生のもとであり、そうでないものは破壊のもとです。
ですからネガティブな死海という言葉の振動が、その周辺の地域にもたらしてきたであろうと思われるものは、破壊の振動ということになるわけです。そして地名を変えることぐらい、みんなの創意があれば、それほど難しいことではないと私は思います。
ではどのような、名前に変えるべきか?
当然「死」の反対語「生」を使った地名になろうと思いますが、そのところは私のような外国人の決めるところではなく、現地のかたがたに、そのような世論を作って頂き、皆さんの意見を反映したものが決められるべきであると思います。
7月25日の地球の水に愛と感謝を送る日に、上記のような提案を、ここに正式に提案させていただくものです。



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2006年7月23日(日)
水に愛感謝を捧げる日の講演会とセレモニー
リヒテンシュタインでは3回目になる、この日の講演会は、今回はハンスシンドラーさんと私とのジョイント講演会になりました。しかし、すでに夏休みに入っているせいか、あるいは事前の広報不足か、会場は半分ほどの席しか埋まらず、少々寂しい感が有りました。リヒテンシュタインは小さいけれど独立国であるので、町に入るのにはパスポートが必要です。そんなことも影響しているのかもしれません。

しかし、セレモニーの部には多くの人が残ってくれました。

そして愛感謝プロジェクトの事務局長根本泰行君がリードして、セレモニーが始まりました。

それでは、その根本君のリポートをどうぞ。
7月23日(日)のリヒテンシュタインでのセレモニー
愛感謝プロジェクト事務局長 根本泰行
7月23日(日)の午後2時から5時過ぎまで、リヒテンシュタイン国のエッシェンという町にある公民館で、江本勝代表の講演会がありました。引き続いて午後6時から、公民館前の広場にて、「世界の水に愛と感謝を捧げるセレモニー」が開催されました。
このセレモニーは2003年から始まっていて、今回は第4回目になるのですが、江本代表の発案によって、今回初めて、水だけではなくて、火に対する祈りも加えて、火と水の統合のセレモニーにしようということになりました。
私はMC(Master of Ceremony:いわゆる司会です)担当であり、セレモニーの進行については、私に一任されているので、始まる直前まで心の中でイメージを作って、最善の流れになるように、いろいろと考えました。
そして、午後5時過ぎに講演会が終わった後、私たちは水やロウソク、紙コップなどをテーブルの上に並べたりして、セレモニーの準備を始めていました。この頃、にわかに空が曇ってきて、通り雨が降り始めました。マイクやスピーカーのシステムも使うことになっていたので、雨が止むのをしばらく待っていました。
雨雲を見上げていた時に、何だかこの通り雨のお陰で、虹が出るような気がしたので、他のスタッフに「きっと虹が出ますよ」と言っていたら、雨が止んだ後、本当に綺麗な虹が空に現れてくれました。

セレモニー開始直前に現れた虹
次第に雨雲も晴れ上がってきました。そして太陽の光が、幾筋もの光の筋となって、雲間から差し込んできました。このような祝福された環境の中でセレモニーをスタートすることができました。
まず集まってくださった皆さんに呼びかけて、公民館前の広場で大きなサークルを作ってもらいました。水が入った紙コップと、世界中から送られてきた水の写真(約200枚ほどありました)を参加者一人一人に配りました。

120名ほどの人々が集まってくださいました。

世界中から送られた200枚ほどの水の写真
セレモニーの前半では、私の方で簡単な誘導瞑想を行って、参加者の皆さんのハートを愛と感謝の波動で満たすことを行いました。そして太陽と参加者の皆さんのハートの間を金色の光で繋ぎ、地球と参加者の皆さんのハートの間を銀色の光で繋ぎました。指示は私が英語でしゃべり、モニカさんという専門の通訳の方がドイツ語に通訳してくれました。

通訳のモニカさんとMC担当の根本、
後ろのサークルには江本代表の姿が見えます。
このようにして高まった波動の中で、写真に込められた愛と感謝の波動をカップの中の水に転写してもらうように、皆さんに頼みました。その後、すべての水をガラスの容器の中に回収しました。

世界中から送られた写真の波動が転写された水
それから江本代表によって、大きなロウソクに火が灯されました。こうして火と水がテーブルの上に準備されました。

ロウソクに火を灯す江本代表
再び皆さんの力を借りて、今年は以下の祈りの言霊を皆で唱和しました。実際には私が最初に英語で1行唱えた後、モニカさんがドイツ語に翻訳してくれて、皆さんはドイツ語でこれらの祈りを唱えました。
Fire, We Love You.
Fire, We Thank You.
Fire, We Respect You.
Water, We Love You.
Water, We Thank You.
Water, We Respect You.
Mother Earth, We Love You.
Mother Earth, We Thank You.
Mother Earth, We Respect You.
GOD, We Love You.
GOD, We Thank You.
GOD, We Respect You.
火に対して祈りを行っている時には、太陽の光が燦々と輝いていました。地球への祈りの頃には、鳥が美しい声でさえずり始めました。

火、水、地球、神への祈りを行う。
これらの言霊を皆で唱和し終えた後、この愛と調和に満ちた波動が、さらに世界中に広がっていくように、私の方で簡単な誘導瞑想を行いました。この波動が特にイスラエルにも流れていくようにと誘導した直後に、その思いを祝福するかのように、広場に面して建っている教会から鐘の音が響き渡りました。

祈りを終えた直後に教会の鐘の音が響き渡った。
参加者の皆さんの思いと、このセレモニーを応援してくださっている世界中の皆さんの思いがひとつに集まって、とても美しいエネルギーの空間を作り出すことができたのではないかと思います。
セレモニーの最後で、参加者全員の愛と感謝の波動が込められた水の一部が、江本代表の手によって、広場の脇を流れている小さな水の流れの中に注ぎ入れられました。水に込められた愛と感謝の波動が、リヒテンシュタインを流れるすべての水に伝わっていくことでしょう。また、後日リヒテンシュタインのスタッフの手によって、この水はライン川にも流されることになっています。そして世界の水へと波動が伝播していくことでしょう。

江本代表の手によって、愛と感謝の波動が込められた水が
広場の脇を流れる小さな水の流れの中に注ぎ入れられた。
なお、7月25日(火)にイスラエルのガリラヤ湖で予定されていたセレモニーは、不安情勢のために延期となりましたが(まだ新しい日程は決まっていません)、イギリスのグラストンベリーにあるチャリス・ウエルからイスラエルに来ているグループが、テルアビブの地中海に面した海岸で、イスラエル時間で7月25日の午後7時から8時に、水への愛と感謝のセレモニーを行ったとのことです。
私たちの呼びかけに答えてくださって、私たちのセレモニーとともに思いを一つにして、世界の水に愛と感謝を送ってくださったすべての皆様に深く感謝いたします。ありがとうございます。
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2006年7月22日(土)
63回目の誕生日
今日は僕の63歳の誕生日です。チロルから研究所のあるリヒテンシュタインに昨日帰ってきたのですが、今日はまず、今ひそかに売り出し中の、豪華なお屋敷を見に行きました。研究所のラスモス君が、僕の誕生日のために、目の保養のプレゼントをしてくれたようです。確かに素晴らしい景観と、数々の豪華なお部屋、こんな所で執筆や研究活動が出来たら、どんなにか素晴らしい成果が出ることでしょう。

部屋からの景観!! フー(ため息)

ジャグジー付き、大理石豪華風呂

こんなお部屋が、大小10以上有りました。建物は100年以上前に作られましたが、10年ほど前に内装は全面的に近代化、いつからでも住めそうです。気になるお値段は・・・・・・?

そして、夕方6時半から宿舎のアルペンローズで、僕の誕生パーティーが開かれました。ラスモス君が開会宣言です。

まず研究所の女子社員からお花のプレゼント。右がクローディアさん、左が雪子さんです。

尾竹IHM常務から高級赤ワインのプレゼントです。

ベルリンからは5年来のファン、ピノーさんが来てくれました。奥さんのイオさんは韓国出身のピアニストです。

10時間もドライブして、イタリア、ヴィセンチアのマテオさんとエレーナさんがやってきてくれました。マテオさんは、アクアリッサという良質のミネラルウオーター会社の社長、そしてエレーナさんは、そのボトリングデザイナーです。彼らは来年、ヴェニスでHADOインストスクールと、愛感謝のセレモニーをやってくれることになりました。

ラスモスファミリーと親戚同様のヒーラー、ペルー出身のミニ・ハイムさん。僕も5年ほど前、彼女の治療を受けましたが、ワンダフルなものでした。

ラスモス君の父君ガウプさん。オーストリアで僕のセミナーを主催してくれた最初の人です。もう6年近く前になるでしょうか。この方は、新しい波動的情報を見つけてくることの名人で、僕はいろいろな人や技術を彼から紹介されており、大変助かっています。

オーストリア、ウイーンで広告代理店を経営するシュトームさん。9月12日に僕のセミナーをウイーンで主催してくれます。その目標数何と3000名!!ウイーンから8時間のドライブでした。

ご存知ハンスシンドラーさんファミリー パートナーのハナさんとシンドラーさんのご子息ベルンハルドくん。彼らもウイーンから来てくれました。そして直前の私たちとのミーティングで、EMOTOプロジェクトのドイツ語版の初版を、彼の会社で作ってくれることになりました。

スワロフスキーの技術担当を勤めるカンドルフ博士夫婦。今私たちは、彼らとの合同企画を立案中です。

そして最後は、東京のIHMスタッフから送られてきたきれいな赤いバラの花の紹介でした。

レンタカー会社を経営するスイスのグラチエラさんは、誕生日百科事典と、イタリアの強い酒ラムを持ってきてくれました。

葉坂社長は日本から私の好物の芋焼酎と、高級武田桃を持ってきてくれました。

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2006年7月20日(木)
オーストリア チロル ゼーフェルドセミナー
翌日、11時過ぎに宿を出て、今度はオーストリアのゼーフェルドという町にラスモス君の車で出かけました。約2時間半のドライブでしたが、全行程、車窓からの眺めは、豊かな田園風景、そしてチロルに入るころは、美しい山並みの連続で、疲れを感じさせませんでした。

そして着いたところは、なんとカジノ付ホテル、今夜ここでセミナーが開かれるということです。

待ち構えていた、カジノの広報担当の女性たちからインタビューを受けました。

カジノの理事長のご挨拶で、セミナーがスタートしました。

またまた、立ち見の出る人で、カジノのホールは満杯になりました。
それにしても、カジノで僕のような内容のセミナーをやるとは、何か変な感じでした。
いや、そう捕らえるべきではないですね。カジノのようなところでも、皆さんが熱心に聞いてくれるとは、いよいよ僕の話も、場所には関係が無くなったほど、一般に普及し始めたと考えるべきでしょう。

ホテルの部屋からの景色

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2006年7月19日(水)
南ドイツ ウルフェッグ セミナー
セミナーの行われる町ウルフェッグは傍に温泉保養地を控える美しい町でした。ごらんのように町の高台には、お城と教会が美しく町を見下ろしています。

私たちが宿泊したホテル

その庭に咲いていた、きれいな花が疲れた私たちを癒してくれました。

セミナー主催者チーアご夫妻と

3500人の人口しかいない小さな村なのに、200人ほどの人が来て、立ち見や座り身の人が多く出ました。

セミナーが終わったあと、ホールに面した池で水に対してのセレモニーが行われました。

ヨーロッパの夏の夜は、なかなか暗くなりません。セレモニーは夜の10時半を過ぎてもまだ終わりませんでした。

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2006年7月17日(月)
オーストラリア HADOスクール 第3日目
HADOスキャンの講義が、尾竹先生によって行われました。皆さんとても熱心にその体験をされています。今後この器械はHADOインストの一つの教育用ツールとして、用いて行く予定です。

そして、全員の記念写真撮影です。
車椅子に乗っておられるのは、アンさんという方ですが、初日に会場に来る途中、なんと交通事故に合ってしまいました。そして足首を痛めてしまったので、参加を断念せざるを得ない状況であったのですが、新しいインストラクター仲間に助けられて、奇跡的に参加することが出来ました。神はいつも私たちの傍にいます。

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2006年7月16日(日)
オーストラリア HADOスクール 第2日目
第1回以来連続で”日本の心、禅の心”というテーマで講演をしていただいている、天台宗聖徳寺の松村宗哲住職が、忙しいスケジュールをやりくりして、今回もオーストラリアまで駆けつけてくれました。
いまやHADOインストの人気講義の一つとなっています。日本の仏教の考え方が、押し付けがましくなく、自然に生徒たちに染み込んで行っているようです

今回の特別講師は、竹炭の研究家であり普及者の古橋一成氏です。笑顔を絶やさず、話し続ける古橋さんはたちまちみんなの人気者になりました。オーストラリアに竹炭ブームが起きるかもしれません。

2日目の夜は、恒例の懇親会です。今回は少人数のおかげで、却ってまとまった感動的な懇親会となりました。

まず、今回地元の先輩インストラクターとして、事務局的な仕事をしてくれた、第3期インストラクターのデボラさんの挨拶です。彼女が助けてくれなかったら、今回のスクールは開けなかったでしょう。デボラさんありがとう!!

一通りスピーチが終わったころ、誰かが唄を歌い始めました。えっ、誰かって?もちろん校長先生です。そしてその輪が広がってゆきます。

広がってゆく唄の輪

歌った唄は、エーデルワイス。エーデルワイスさんという名前のインストラクターが参加していたからです。そして彼女は実はデボラさんのお母さんで、母娘で第3回ハワイでのスクールに参加してくれたのです。僕の右2人目が、彼女です。

そして最後に、地元に住み、かつこのラディソンリゾートでスパを経営されている、松本淑子さんのスピーチです。
彼女は、僕のマッサージを担当したセラピストから、僕がとても疲れているようだ、という報告を聞いて、僕にみんなでエネルギーを送りましょうと提案してくれました。

そして、皆さんによる僕への癒しのエネルギー注入が始まりました。
あー、僕は幸せ者です。

シンガポール在住の女性たち(左北浜さん右伊藤さん)、と私の講議通訳の古谷君(真ん中)が、若いエネルギーを一生懸命送ってくれました。

そして祈りのプロ、松村住職も、微笑を浮かべながらのエネルギーを送ってくれました。実は松村住職と私は30年世に渡る親友です。

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2006年7月15日(土)
オーストラリア HADOスクール 第1日目
今回のスクールはラディソンリゾートという、施設としてプールやゴルフ場、テニス場を備えた素晴らしい環境で行われましたが、7月といえば、オーストラリアは真冬です。ご覧のようにプールの水も冷たく、誰も泳ぐ人はいませんでした。

しかし、空はあくまで青く澄み渡り、周囲の風景はこのように、美しい水に囲まれて、水と波動を学ぶのには、絶好のロケーションでした。

おまけに開講の日の朝、ご覧のような虹が出て、私たちを歓迎してくれました。

そして、いつものように私の講義でスクールは始まりました。

第2講義は、尾竹先生の波動機器の歴史です。今回から新しい波動測定器”HADOスキャン”の紹介が始まりました。それを体験しているのは、お医者様でのスクール参加者マイケルさんです。

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2006年7月14日(金)
第5回HADOインストスクール ゴールドコースト
今日から18日まで、ブリスベンから1時間ほどの距離にある、ゴールドコーストラマダリゾートで、第5回HADOインストラクタースクール・オーストラリアが開かれました。

今回は新規インストラクター12名、リピーター2名の計14名でのスクールです。やはり、事前のセミナーツアーと、スクール開催日との間の時間が、あまり無く募集告知に無理があったかもしれません。しかし、参加して頂いた方々は熱心に勉強してくれました。

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2006年7月13日(木)
ブリスベンセミナー
オーストラリアセミナーツアー最後の町はブリスベンです。パースから始まって丁度南半分を半周したことになります。そして、この町の飛行場に降り立った瞬間に、あっ、暖かいな、と感じました。パース、メルボルン、シドニーは寒かったのですが、やはりオーストラリアは広いなと言う感じです。
さて、今日のセミナーは、主催者二人のホームタウンと言うこともあって、ご覧のように大学の大きな講堂が、満席となりました。
振り返ってみると、パース500名、メルボルン350名、シドニー650名、そして今日のブリスベン500名と、今度のセミナーツアーも大成功に終わりました。

このような中で、大変なのは求められて行うサイン会です。今回の場合は各会場で開演前30分と、終了後約1時間サインをしなければなりませんでした。私はかなり下手な字の書き手なのですが、それでも皆さんとても喜んでくれます。書き終わった後に、その本の持ち主に軽く笑みを浮かべて挨拶すると、皆さんとても素敵な顔をして、嬉しそうに微笑み返してくれます。それが楽しくて私は、どんなに疲れていても、サイン会を拒否したり、途中で辞めたりすることはありません。
さらに私は日本から「愛感謝」と彫ったスタンプを持ってきていて、皆さんの本に必ずそのスタンプを押してあげます。それはいつも同行している妻の役割です。
しかし1日に200冊ぐらいにはすぐなってしまう、サインの量、とてもペンを持つ指が痛くなり腱鞘炎にもなりかねません。で、いつのころからニューテクノロジーを導入しました。ご覧のように、鷲掴みのような感じで、ペンを持ちサインするのです。これだといくらサインしても指は疲れません。
また、人が沢山並んでいる中で、その人の名前を書くことは勘弁してもらっています。一度書き始めると、全員が求めることとなり、倍の時間が掛かってしまうことになるからです。

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2006年7月11日(火)
シドニーセミナー
シドニーはオーストラリア最大の都会と言っても良いと思いますが、実はここで本格的なセミナーをやるのは初めてで、大変楽しみにしていました。そしてここでは大きな書店でのサイン会が二つ行われました。
一つは日本の書店紀伊国屋シドニー店で、当然日本語の本も置かれてありますから、写真のように沢山の僕の本がおいてあり、嬉しくなりました。

サイン会の模様 私はいつもサインだけではなく、ショートスピーチやQAをやって、読者サービスに万全を尽くしています。

同 右側

もう一つのサイン会は、ADYARという精神世界系の本屋さんで行われましたが、こちらにはなんと、200名を軽く越す人が来て、スピーチにサインにQ"Aに、大変なエネルギーを費やしました。まるでもう1回のセミナーを終えたような感がありました。

同 左側

フリーメーソン友好ホールで行われたセミナーも、ご覧のように2階席まで満席となりました。

そして最後に頂いた、スタンディングオべーション あー私は幸せ者です。

翌日私の水からの伝言VOL3を出してくれている、ヘイハウスのオーストラリア支社を表敬訪問しました。支社長のレオン(Leon)さんは自らも夢関係の本を9冊も出されている作家という事で、すっかり意気投合してしまいました。

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2006年7月9日(日)
メルボルンセミナー
メルボルンは昨年についでの講演です。前回はプラニックヒーリングのヘ−ゼル先生のグループを対象にしたお話でしたので、何でも有りでしたが、今回はちょっと硬い感じのお客様が多く、僕の下手な英語では満足できなかったお客様もいたようです。
英語で話せば、通訳が必要ありませんから、分量的に5割り増しの内容となるのですが、質を取るか量を取るか、なかなか難しいところです。

今日も講演前は雑誌社のインタビュー、講演後には、ドキュメンタリー映画の取材がありました。私の役割は水の伝道者、だからインタビューや取材は断れません。ですので、どこに行っても観光などとてもする時間は有りません。


講演前の雑誌社のインタビュー
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2006年7月7日(金)
オーストラリア パースセミナー
天気が悪く何も見ることの出来なかったニュージーランドを後にして、約7時間半の飛行でオーストラリア西部の町パースに到着しました。
今日から、次の様にオーストラリアセミナーツアーの始まりです。
7日・・・・パース
9日・・・メルボルン
11日・・・シドニー
13日・・・ブリスベン
14日〜18日・・・・ゴールドコースト HADOインストラクタースクール
今回のツアーコンダクターは、1年前も東海岸で主催してくれた、アン(左)さんとフェーさんです。

開演の前、楽屋に地元のネイティブ(アボジリニ)のエルダーの方が、記念品をもって訪れてくださいました。僕はどこに行ってもネイテブの方々に歓迎されます。きっと彼らのご先祖様の言い伝えと、水からの伝言は、よく似ているのでしょう。

ご覧のような、なかなか素敵なホールに沢山の人が来てくれて、オーストラリアセミナーも出足順調です。

この方は、第4期HADOインストラクターのローレンツさんです。まだ33歳と若いのに、このパースで霊気の先生をしており、その関連の本を6冊も出されています。今回、飛行場への送り向かいや何やらで、大変お世話になりました。オーストラリアのHADOインストの役員をやってもらうようお願いし、快諾を得ました。

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2006年7月5日(水)
ニュージーランド ウエリントンセミナー
ニュージーランドも初めての国です。私はこの国に昔からあこがれていて、是非訪れたいと思っていましたので、いよいよ念願がかなってのことで、とても楽しみにしていました。しかし、ウエリントンは真冬で、折りしも小ハリケーンが来ていて、冷たい雨風の歓迎を受けて、まるで天気の悪いアイスランドに来たみたいでがっかりでした。
しかし、ウエリントンの水伝ファンは、500人収容の劇場を2週間も前からソールドアウトにして、私を熱く迎えてくれました。

開場と同時に、劇場はあっという間に満席となりました。
講演に先立ってホテルの特別室では、
ドキュメンタリーフィルム制作会社による撮影が行われました。それも2社から。
そのうちの一人のカメラマンは、現地のネイティブ、マウリ族の方でした。大学時代にラグビーを4年間やっていた私にとって、マウリ族の方は憧れでした。当時世界最強のチームがニュージーランドのオールブラックスというチームで、その選手の中にマウリ族の出身者がたくさん居たからです。
そんな話を彼にしたら、早速マウリ族の挨拶、鼻キッスで歓迎してくれました。
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2006年7月2日(日)
マレーシアセミナー
マレーシアは今回初めての訪問でしたが、歴代の首相が、親日家のせいか、空港や鉄道の案内看板、町の中の商業看板のあちこちに日本語が見えて、われわれ日本人にとっては、かなり居やすい環境のように感じられました。
事実、私のセミナーにも大勢の在留日本人の方が来てくださいました。
写真は英語で熱弁を振るう私。
会場にはご覧のように、日本人の有機栽培食品の関係者も来ておられました。
終わったとき、全員がスタンディングオべーションで称えてくれました。若い僧侶の方や、尼さんも何人かお見えでした。
終わってから懇親会があり、マレーシア人の方々とすっかり意気投合しました。この方々を中心にして、マレーシアでの波動の支部的なものを創るまいかという提案もありました。

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2006年7月1日(土)
シンガポールセミナー
シンガポールセミナーとマレーシアセミナーは、昨年12月26日のタイ、プーケットにおける、津波被災1周年の行事を企画してくれた、湯川真奈美さんの申し出により行われたものです。湯川さんは現在マレーシアで七田メソッドの教室のお仕事をされているまだ、若い独身女性ですが、その人々が平和になれるようにと思う想念とその行動力はたいしたものです。
シンガポールセミナーが行われる前、有名な植物園の素敵なレストランで、皆さんと食事会を楽しみました。
セミナーは立派な最新式の設備の会場で行われました。 私はなんと、全編英語でお話をしましたが、果たしてどうだったのでしょうか?
無事英語での講演を終わってサイン会に臨む私。
まあまあ皆さんよく理解してくれたようで、ホッとしました。右側の水色のスーツの方が、湯川さんです。
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