2006年6月
28日 バリセミナー
26日 ジャカルタセミナー
23日 秋田セミナー
21日 神渡良平先生来社
20日 セミナーホール 「アストレア」 お披露目パーティー
18日 第4回HADOインストスクール ニュージャージー!
11日 『水の癒し』出版される!!
9日 初めての国際インターネット会議
8日 コスモセラピーを受ける
6日 2番目の孫誕生す!!
3日 アムステルダム 娘の家で
2日 ヴィセンッア
1日 ヴェニスの水辺でのセレモニー(サンタマリア デラサルーテ教会にて)
2006年6月28日(水)・29日(木)
バリセミナー
今年の正月、タイ、コサムイ島に行った時に会いした、Deeさんとのご縁で、このような美しいところで、セミナーが行われることになりました。海岸沿いのホテルの入り口には、大きな横断幕のポスターが何枚か用意されていました。

会場入り口にて
なんと会場には、以前から顔見知りの、小山高生さん(ドラゴンボールZの脚本家)が来てくれていました。小山さんは今回で22回目の来島と言うことでした。

会場には愛感謝の垂れ幕が・・・・・・
会場のホテルのガーデンから望む浜

だんだん会場に人が入ってきました。

椰子の木の下で、わたしの熱弁が始まります。

皆さんとても大喜びで、最後まで聞いてくれました。
セミナー終了後、セミナーを手伝ってもらった日系人の経営する、おいしいレストランに行きました。

レストラン海山のオーナーのご家族の方々と
今回の主催者パメラさんと。なんと彼女には8分の1の日本人の血が入っていました。
私の隣が、今回のバリ訪問のご縁をつくってくれたDeeさんです。
バリはとても素晴らしいところでした。ありがとうございました。
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2006年6月26日(月)
ジャカルタセミナー
昨日成田を出て、またまた世界1周のセミナーツアーで、今回は2ヶ月です。
行き先は次の通りです。
ジャカルタ・バリ(インドネシア)
シンガポール
クアランプール(マレーシア)
ウエリントン(ニュージーランド)
パース・メルボルン・シドニー・ブリスベン・ゴールドコースト(オーストラリア)
ラベンスブルグ(南ドイツ)
インスブルック(オーストリア)
リヒテンシュタイン
ガレリア湖(イスラエル)
アムステルダム(オランダ)
メキシコシティ・カンクン(メキシコ)
ジャクソンホール(ワイオミング・アメリカ)です。
今日はその1日目、ジャカルタでの初めてのセミナーが有りました。

国営テレビをはじめ多数のメディアも取材に来ていました。
インドネシアはイスラム教の国ですが、
その最大の指導者であるアブダルハ師も来てくれて、応援してくれました。
ジャカルタ市でも最高級のホテルで行われた、このシンポジウムには、
同国の厚生大臣も参加され、ご挨拶を頂きました。
今回のジャカルタセミナーを主催してくれた
地元のミネラルウオーター提供会社のスタッフの皆さんと

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2006年6月23日(金)
秋田セミナー
今まで日本の46都道府県で、まだ1回もセミナーをやっていない所がありました。それは、秋田県です。実際は昨年の秋に、秋田市までセミナーをやりに行ったのです。でも、あいにく台風のため、急遽公演中止とせざるを得なくなり、秋田での無講演記録は、続いていました。
そんな中、以前から約束していた曹洞宗岩手県支部の会合での講演会が昨日岩手県花巻き温泉で行われ、それに出席しました。そしてその帰りに、ぜひ秋田に行きたいと言うことを3ヶ月ほど前に決め、きょうは秋田でのはじめての、講演会が行われました。
急な企画でしたので、あまり多くのお客様はお見えになりませんでしたが、とても感動的なことがありました。
秋田講演の前(5月4日)に山形県酒田市在住の川口美幸さんという学校の先生から下記のようなメールを頂きました。
突然メールを差し上げてすみません。ぜひお伝えしたいことがありましたので、メールを送ろうと思いました。いつも江本先生の著書を楽しく読ませていただいてます。私は山形県の中学校で教員をしています。2002年の秋に、2ヶ月かけてご飯に言葉をかける実験を、クラスの生徒としました。「ありがとう」「ばか」「無視」の3種類です。結果は、本で紹介されている通りでした。実験後は3つのびんを一つの箱に入れて、家に置いておきました。そしてそのご飯を、捨てるに捨てられず、ずっとそのままにしていたのです。3年後の春、思い切ってその箱を開けてみました。びんを見て私は驚きました。同じ状態で保存していたにも関わらず、見た目には大きな違いがありました。「ありがとう」のびんは、茶色で、ご飯粒もたくさん残っていました。「ばか」のびんは、「ありがとう」のびんのご飯よりも色が黒く、残っているご飯の量が少なくなっていました。そして「無視」されていたびんの中に、ご飯粒はありませんでした。液体になっていました。それを、当時担任していたクラスの生徒に見せました。そのご飯を、捨てようかと思ったのですが、いい教材になるからと、同僚に言われ、とっておくことにしました。その時に、匂いを嗅いだ人によると、やはり「無視」のご飯が一番きつい匂いだったそうです。その1年後、つまり最近の出来事ですが、授業参観で言葉についての授業をしました。もちろん、結晶の写真を見せながら、音楽も聞かせながら授業をしました。その3種類のびんも見せました。生徒は初めて知る真実に驚き、これからの言葉遣いに気をつけようと思ったようです。親の中には「今日の授業、おもしろかったです」と言ってくださった方もいました。授業の中で、匂いを嗅いでもらおうと思ったのですが、びんのふたが開きませんでした。去年は開いたのに、今年は開きませんでした。発酵し続けているのでしょうか。驚愕の事実をお伝えしたく、メールを差し上げた次第です。
川口 美幸
川口先生から送ってもらった写真は次の3枚です。ご飯実験を2002年に行い、4年経過したご飯の様子です。

ご飯に「ありがとう」

ご飯に「ばかやろう」

無視をしたご飯
その後、川口先生は今回の秋田講演開催の情報をHPでお知りになり、すぐさま参加を申し込んでいただきました。
先生が参加されると事前に聞いた私は、当日会場でこのご飯実験の写真を秋田の皆さんに紹介するためにスライドを準備していきました。
そして講演前に会場でスタンバイしていると、何と、川口先生が3つのご飯のビンをお持ちになり私の前に現れました。
実験後4年を経た「ご飯」です。見た目にも3者は違っていました。「ありがとう」のご飯はその色こそ変わっていましたが、形状を何とか留めてしました。それに対して「無視」のご飯はドロドロに液状化していました。
「臭いを嗅いでみますか?」と川口先生に言われ、躊躇なく「もちろん」と答えしました。
最初は「無視」のご飯、これは鼻に突く臭いがかなり強烈で、痛みを感じるほどでした。それに対して「ありがとう」のご飯はまるで味噌のような香りでした。ご飯が味噌になった!?言霊の力の凄さに感動しました。
さて、臭いを確認した後、私は「このご飯はどのように保存されていましたか?」と川口先生に質問をしました。すると答えは3つとも同じ箱に入れて保存していたとの事です。
ここでまた感動をしました。
そう、「三つ子の魂百までも」の諺がある通り、言葉の違いによって変化してしまったご飯は時間が経ってものその影響が消えることなく、その状態を保っていたということです。
言葉の力の凄さ、恐さ、そして大切さを改めて教えてもたった次第です。川口先生、本当にありがとうございました。
酒田市の川口美幸さんとそのご飯と記念写真
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2006年6月21日(水)
神渡良平先生来社
今日は、安岡正篤先生、中村天風先生などをモデルにした、多数の人生指南書を書かれている、神渡良平先生が取材と言うことで、お見えいただきました。先生とは、2年ほど前に、群馬県日本酒酒造協会研修会のお招きで、伊香保温泉でご一緒したことがあります。

神渡先生と江本会長
そのとき私は先生の講演を聞いて密かに涙したことを覚えています。
私たちは楽しく2時間ほど対談をしましたが、その結果は「100歳まで生きる」9号に掲載されますので、そちらをご覧ください。
なお、神渡先生から、下記のような達筆なお手紙をいただきました。ワープロ社会にすっかり浸っている私としては、ガツンと頭を叩かれたような思いでした。


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2006年6月20日(火)
セミナーホール 「アストレア」 お披露目パーティー
私が海外出張している間に、葉坂社長は浅草橋(柳橋)のIHM本社事務所を大改造してくれていました。
その主目的は、私がかねてから要望していた自社内セミナールームの新設です。今日そのお披露目パーティーが、代理店の方をお招きしてありました。

アストレアという名前はギリシャ神話に出てくる、地球人類を最後まで守ろうとした、正義の女神の名前だそうです。この命名は葉坂社長がしましたが、私自身、今日の記念帰朝報告会の前に、その女神のことを調べましたら、あるホームページに次のように紹介されていて、大変びっくりしました。

アストレアの女神を皆様にお見せしながら、江本会長は語りかけます。設備も整った美しいセミナールームです。
地球上の黄金時代、花は一年中咲き乱れ、穀物はいつでも沢山、人間は何の苦労もなく幸せに暮らしていました。当時の神々は、人間と共存共栄しており、正義の女神アストレアもその一人でした。
正義の女神アストレアは、いつも善と悪をはかる天秤を持っていましたが、善に傾きっぱなしで毎日暇で暇でしょうがありませんでした。
しかし、やがて人類は、例の「パンドラの箱」を開けてしまったのです。
とたんに人間達は、丸裸を恥ずかしがり、人の持っている物を欲しがり、自分より他人が美しく思え、働くことも嫌になり、力づくで他人から物を奪いとるようになってしまいました。世界中の至る所で争いが起こり始めましたではありませんか。
急にアストレアは大忙しになり、天秤を持って世界中を飛び回らなければなりませんでした。他の神々は、こんな人間界に嫌気がさしてとうとう天界に帰ってしまいました。
けれども、我慢強いアストレアは「ここで私が人間を見捨てては、おしまいだ。もう少し頑張って、人間に正しい裁きをして反省を求めよう。」と言って、踏みとどまろうとしました。しかし、天秤ばかりは悪の方にずっしりと傾いたままピクリとも動きませんでした。その後も人間は、互いに憎しみ合い、いがみ合って、争いごとが絶えませんでした。とうとう戦争を起こして殺し合いまでする始末でした。さすがのアストレアも、これには、あきれ果ててしまい、「地上に本当の平和が戻って来なければ、もう二度と地上に戻って来ません。」と言い残して、とうとう天界に帰ってしまいました。
地上にアストレアが帰ってくる日は、来るのでしょうか。
そう、アストレアという女神は善悪を計る天秤を常にもって人々を啓蒙していた、というこの解説を読んで、私は本当にびっくりしてしまいました。なぜなら、私も常に何かの道具、つまり波動測定器を持って、この20年間世の人に、何が正しく、何が間違っているかを語り続けて来ているからです。そして、このセミナールームのオープニングに際して私が用意していたテーマは、私が究極の波動測定器と認識している「波動スキャン」の事だったからです。

波動スキャン体験中

波動スキャン画面抜粋
こんなに凄い共時性は有りません。私はこの名前を持つサロンやセミナールームを全国展開したいという葉坂社長の企画に心から、感謝し、よし一緒にこの計画を全うしようと、心に誓いながら、お話をさせていただいたのでした。
皆様も一度是非お足をお運びください。21世紀型「天秤」を是非体験なさってください。(要予約)
(予約連絡先):潟AストレアTEL:03-3863-0860 FAX:03-3866-3763

アストレアのエントランス
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2006年6月18日(日)
第4回HADOインストスクール ニュージャージー!
6月12日から、17日まで、第4回HADOインストラクタースクールが、アメリカ・ニュージャージー州Allamuchyで行われておりまして、ご覧のようなのんびりとした、郊外型インで行われました。

ホテルのすぐ裏には、ご覧のような美しい池があって、ニューヨークまでわずか1時間半あまりのところとは思えない、美しい街でした。

ご覧のように鴨の親子も仲良く遊んでいました。
噴水も綺麗にその姿を、水面に映しています。こんな所で、スクールが開かれるのは幸せなことです。

そんな中でスクールは、私の授業を皮切りにスタートしました。
第1講義は「私の人生と波動」です。実は私自身のヒストリーは、山あり谷ありのまさに波動的人生でした。それを紐解いて、何故私が今有るのかを、皆さんに理解していただきました。

続いての第2講義は、「波動とは何か」
500枚に及ぶスライドを駆使して、身振り手振りで「波動」を説明します。これらのデータは全て受講生に支給されます。

葉坂社長の講演「人生デザイン」はいつも感動を呼びます。今回もかなりの方が涙していました。

恒例になった松村住職の「日本人の心、禅の心」もいつも参加者の心を洗ってくれます。仏教のことを知りたいという受講者も増えているようです。

今回からの常任講師としてオーストリアのハンス・シンドラーさんが加わりました。講義のテーマは「HADOスキャン」です。大好評で、彼のオプショナルセミナーにはほとんど全員が参加しました。

恒例の懇親会の模様。自然の中のレストランで行われたのですが、あっという間に時間が過ぎて行くなか、それぞれが、まるで旧知の間柄のように、自然に溶け込んでゆきました。

松村住職が、お茶のお手前のサービスを振舞ってくれました。

今回は26名の人が巣立ってくれました。これで合計116名です。
7月には、オーストラリアで、8月にはメキシコで、そして11月にはヨーロッパでそれぞれHADOインストスクールが行われますので、おそらく今年中には200名に達する事でしょう。
それらを踏まえて、今回のインストラクタースクールにおいて、今後の方針を打ち出し、皆さんの了解を得ました。
その大体の骨子は、次の通りです。
@ 国際波動メンバーシップを正式に立ち上げる
A その運営はHADOインストラクターによってされる。
B そのためインストラクター会に役員をおく。
C インストラクター会に分科会を作る。
詳しい事は決定次第、後日本欄において発表させていただく予定です。

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2006年6月11日(日)
『水の癒し』出版される!
昨年の9月に出版された『自分が変わる水の奇跡』(青春出版社)以来の新刊『水の癒し』が、このほど出版されました。
前著と同じく青春出版社から発刊されたもので、ちょっと変わった形式の本です。
あいうえおの50音順に、50の言葉が選ばれて、それを水に見せた美しい結晶写真と、その言葉について私が思うことを、書いています。
例えば、「あ」は「愛・感謝」「い」は「いきがい」「う」は「うれしい」というように。一番最後は「わ」で「和」です。
この本は、最初から読んでいただいても、もちろんOKですが、時間のあるときに、思いのままにページを開けて、そこに書いてある言葉が、その時のあなたの必要とする言葉と受け止めよう、すなわちタロットカードのような使い方をする事も出来ます。
出版社は女性層を対象にしたつくりに仕上げていますが、私が日本に帰国して最初に手にした読者からのお手紙は、男性からのものでした。
江本先生
(抜粋文)
大変ご無沙汰しております。私は現在、これまでの会社を2月末で退社し、次の仕事(まだ未定ではありますが)に向けて充電中となっております。しかしながら、充電する方の性能も落ちてきたせいか、充電中のままが長くなり、まだ新たなスタートも切れないのが今の正直な心境です。
さて、この度お手紙させて頂きましたのは、先生が今月出された『水の癒し』の本について、私なりに使わせて頂いておりましたので、報告と思い、僭越ではありますが、ペンをとった次第です。
私は、現在『水の癒し』に出ている結晶写真を全部一回眺めるのを日課としております。そして、その中で、一番ピンと来た写真のみをもう一度ゆっくり、自分の気持ちが落ち着くまで眺めるようにしています。
毎日見ておりますと、その日その日によって、自分の気持ちが異なっているので、選ぶ写真も変わります。後で見直した時の時間の長さも変わってきます。
私自身の気持ちが水と同じように毎日動いていることを感じられる瞬間です。
また、これらの写真により、私自身の気持ちが変わりつつある事も感じられます。
「こんな使い方も良いのでは」と思っております。
ところで、知人が体調を崩したと聞き、先生の『水の癒し』の本を贈らせて頂きました。結晶写真を見て回復してくれる事を願っております。
最後に、江本先生の益々のご活躍を心から願い、また、先生との再会を心待ちし、私はペンを置かせて頂きます。
平成18年6月6日
前日の日記でも紹介したように、私のライフワークの一つは、言霊の研究です。それぞれの言葉を正しく感じて、解釈する事によって、あなたが抱えているいろいろなストレスや悩みを、少しでも軽減していただきたい、という思いで、書きました。
結晶の美しさを楽しみながら、それぞれの言葉の持つ意味とエネルギーを考え、感じ、それを現在のご自分の問題と照らし合わせてみてください。
きっと、のどが渇いたときに飲む冷たい水のような感じで癒される事でしょう。

水の癒し―やさしさと元気が戻ってくる本
江本勝 著
ISBN:4413008340
187p 21cm(A5)
青春出版社 (2006-06-15出版)
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2006年6月9日(金)
初めての国際インターネット会議
私どもの会社、IHMに大きなパワーポイント用のスクリーンを備えた、本格的なセミナールーム「アストレア」が誕生しました。正式には6月20日がこけら落としです。
今日は、それに先立って、かねてから私が希望していた、インターネット通信による国際三元会議のテストが行われました。画面右側は、スペイン バレンシアの、エクスデーロ博士、左側は波動スキャンの開発者、ハンスシンドラーさん、今アメリカニュージャージーにいます。(私どものスタッフ3名に対して、波動スキャンの特訓中・・・そのまま、第4回HADOインストラクタースクールの講師として参加) 手前の後姿の女性は、IHMのスタッフで、スペイン語が話せる林さん、エスクデーロ先生の通訳です。

画面を見ながら通訳する林
日本側は、最近いろいろと相談させていただいている、元国際キリスト教大学教授の石川光男先生、私、葉坂社長、尾竹常務です。

思わず身を乗り出す石川先生
初めてのこと、まだ設備も完全なものではないので、いろいろと手間取りましたが、何とか1時間ほどのミーティングを、相手のお顔を見ながら、済ますことが出来ました。スペインのエクスデーロ先生も大変喜んでくれました。
というのは、このメール会議、エクスデーロ先生の発案と要望で、実現される事になったからです。

スタッフも必死の対応です
ここで少し、エクスデーロ先生のことについてご紹介させていただきましょう。
昨年9月、私はスペイン水会議に出席する途中、バレンシアにいるお医者様に是非会ってきなさいと、知人に薦められて行ってきました。
会って見てびっくりです。その先生はもう70はとっくに過ぎている人でしたが、絵画、彫刻、音楽、詩をやる、(しかも半端ではなく)その上、麻酔薬を使わないで、ばったばったと手術をしてしまうという、現代では考えられない、全ての道に秀でた達人だったのです。その外科手術の処方は、何とご自分の作った朗読や音楽のCDを患者さんに聞かせるというもので、意味のある振動によって、痛みに対しての恐怖感を術前に取り除いてしまうというものです。

先生のクリニックには立派な会議室件スタジオのようなものが有り、そこで先生は先端技術を駆使して、私たちに、ご自分の麻酔薬無しでの手術の模様の映像を生々しく見せてくれました。

みんなの前には大きなスクリーンがあり、それをじっと見ているところ。妻はあまりにも生々しい手術風景に耐えられず、外に出てしまった。手術を受けている患者さんは、本を読んだり、笑顔で語りかけてしているのですが。

先生は僕の結晶写真に大変興味をもたれていて、僕に是非会いたかったということで、その時の訪問が実現したわけです。
先生のあまりの偉大な業績は、しかし残念ながら、世の医学会では全く相手にされていないそうです。
そこで私は、日本の波動医学研究会に出席をしていただけないかと言ったのですが、もう年だから、遠くの旅行はしない事にしている。しかし、インターネットを利用しての会議なら、いつでもどこでも出来るから、自分はそうしているので、是非その設備を設けてください、そうすれば日本の皆さんともいつでも話しが出来るから、と言われました。
私はその事を約束し、それを葉坂社長に伝えました。そしたら、今回2ヶ月のたびを終えて帰って来たら、今日の段取りがサプライズとしてなされていた、と言うわけです。本当に良い後継者に恵まれたものです。
エスクデーロ先生は、実際に言霊を使って、麻酔薬無しで手術をしてしまう実践者、そして、方やニュージャージーには言霊スキャンの開発者のハンスさんが出席、真にふさわしい顔ぶれの初めてのインターネット会議でした。今後すごい事になりそうです。

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2006年6月8日(木)
コスモセラピーを受ける
昨日帰国しましたが今日は早速、下井草にある水谷千絵先生のオフィス「クリスタルローズ」を訪れました。水谷先生は、前世リーディングに秀でられ、私は3年ほど前に、それを受け、大変参考になりました。現在の自分の生き方に納得をし、自己矛盾無く行動が出来ている様になったのも、水谷先生のおかげです。(詳しくはhttp://www.thank-water.net/japanese/クリスマスメッセージをご覧下さい。)
今日は前世リーディングではなく、コスモセラピーというヒーリングを体験したく行って参りました。このコスモセラピーというのは、僕と同じ年のドイツ人デートリッヒ ギュンベル博士によって体系化されたものです。

簡単にその体験をご報告しますと、まず写真にあるような13のカラーから一つの色をその日の感性によって選びます。(僕の場合はピンクを選びました。)
その色によって、香りのアロマオイルと、飲むオイルとが与えられました。(実に、良い味、良い香りでした。)

そしてその選んだカラーの、サリーのようなもので身体に包まれて、色(光)音(僕の場合ファの音を基幹とした、クリスタルボールの音)で癒されます。更に手には、その選んだ色によって定められている宝石を握り、後は静かに目を瞑って、寝ているだけです。

つまり、人間の持つ五感(味覚、聴覚、視覚、触覚、嗅覚)を優しく刺激し、おそらくそのバランスをとりながら、六感を引き出し、より深い瞑想状態に誘導される事による、ヒーリング効果が得られるという設計でしょう。
事実、僕の場合目を瞑っているまぶたの奥に、最初は綺麗で澄んだ濃紺、次は紫色、更にオレンジと変化していって、最後には白色が見えました。
とても癒された1時間で、長旅の疲れも吹っ飛んだような感じです。前世リーディングともども、是非一度体験されるようお勧めします。
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2006年6月6日(火)
2番目の孫誕生す!!
今、現地時間2006年6月6日午後2時55分、私は日本への帰路のためアムステルダム、スキポル空港ルフトハンザラウンジでこれを書いています。
今からおよそ1時間ほど前、娘洋子は、無事に元気な男子を出産してくれました。しかも私はその出産の時に偶然にも立ち会えて、オギャーという産声をじかに聞くことが出来たのです。毛がふさふさとした、大きな立派な赤ちゃんでした。
何が偶然かというと、次のような状況です。
娘は今朝早く、出産の為、病院に妻とともに出かけました。私は4時過ぎのフライトの為1時20分にタクシーを呼んで、病院に行きました。1時35分に病院に着くと、妻が玄関で待っていて、”陣痛が始まったけど、そうはすぐには生まれないでしょう。ま、とりあえず手術室に行きましょう”でも私は手術室の前で待っていました。娘が気を散らさないようにと思ってです。で、看護婦さんに”僕は水の研究者なんだけど、羊水のサンプル、もしよろしければ、頂きたいんですけど”などと話をしていました。”分かったわ、担当の看護婦さんに聞いてみるわ”と彼女は言ってくれました。(結果的に彼女は忘れてしまった・・結晶写真を撮ろうと思ったのに)
そうしているうちに妻が出てきて言いました。”あなたはもう帰りなさい。タクシー待たせてあるんでしょ。洋子にはよく言っておくから” ”そう、じゃあよろしくね。僕帰るわ” と僕、アーこれで又子供たち、孫たちの出産に一度も立ち会えなかったか、意気地の無い奴”と自嘲的に病院の玄関を出ようとし、何気なくポケットに手を入れると、そこに洋子の家の玄関の鍵がありました。”あっ、いけない、これを返してこなければと、慌てて先程の手術室に戻りました。
”すみません、この鍵妻にわたしてください”と鍵を先程の看護婦さんに渡して、ドアを閉めてエレベーターの方へ歩きかけたら、閉めたばかりのドアが開いて、”お父さん!生まれたみたいですよ!と声が掛かりました。
「え!?まさか」と思いながら、手術室に入ると、元気な赤ちゃんの産声が聞こえるではありませんか。そしてもう一人の看護婦さんが、”こっちに来てお父さん”と声を掛けてくれてたので反対側に回ると、そこには頭の黒々した大きな赤ちゃんが、大きな声で泣いている全容が目に入ってきました。
僕の妻は目を真っ赤にして涙を流して泣いています。僕もそれを見て、ぐっと来るものがありました。
しばしその余韻に浸っていようかなと思ったのもつかの間、当の娘のやけに普通な声で”お父さん、もう行きなさい、気をつけてね、ありがと。”とのご指示。”ああ、そうかじゃ行ってくるからね。ご苦労様でした。”と僕もこれまたあっさりと退室したのでした。(実際は、分娩室はやはり身の置き所の無い感じでした)
と、ここまで書いている時に搭乗開始、後は家に帰ったらにしましょう。
というわけで、無事帰宅しました。ただいま日本時間7日の4時50分です。妻からメールが入っていて、生まれたのはオランダ時間1時50分ですから、丁度今から20時間前に、彼は誕生したわけです。体重は3770グラム、立派なものです。
飛行機の中で、一人焼酎のお湯割で祝杯を上げました。2杯目を持ってきてくれた、可愛いスチュアーデスさんに、事情を話して、乾杯の相手を(水で)して貰いました。
そしたら帰りがけに、彼女が乗員一同からです、とお祝いのメッセージをプレゼントしてくれました。
江本様
お孫さまのご誕生 おめでとうございます。
もう少しそばにいらっしゃりたかったと
心中 お察しいたします。
どうぞ すてきなおじいちゃまで
いらして下さい。
一同より お祝い申し上げます。
2006.JUN6 NH210クルー
そして機長さんたちの名前が、添えてありました。
どうやら新しい子供の名前を、両親はそら(空)と決めたようです。家族の名前が、山(父)、海(母)、陸(長男)となっていて、残るは、空だからです。
この子、将来ひょっとしたらパイロットになるかも。いや、きっと宇宙飛行士だ。
それにしても全日空さん、なかなか粋な計らいで、有難うございました。この子が大きくなったら、必ず見せたいと思いますので、大事に保管させて頂きます。
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2006年6月3日(土)
アムステルダム 娘の家で
4月12日に日本を出て、アメリカ、カナダ、バハマ、オーストリア、ドイツ、イタリアと約50日に及ぶセミナートリップを無事終えて、ヨーロッパの我が家、アムステルダムの娘の家へ昨日帰りました。そこには一足先に娘のお産の手助けの為に行った妻と、可愛い孫陸玖が待っていました。
おっと、それとこの家の主的存在の、家族の一員ニコもいました。
孫とニコに囲まれて、幸せそうな僕の顔、長旅の疲れも1日で吹っ飛びます。

我々爺婆にとって記念すべき写真。だってこの写真は、孫が撮った初めての写真だからです。

ほら、孫はこんなに大きくなりました。 賢そうでしょ?

近所の小川に住んでいる、白鳥夫婦。娘より一足お先に、ベービ−誕生です。娘の予定日は、6月6日、僕が日本に帰る日ですが、果たして僕は彼の顔を見て帰ることができるでしょうか!?

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2006年6月2日(金)
ヴィセンッア
短いイタリア訪問も、大変有意義に終了し、帰り支度をしている時、ジャンルイージさんが、地元の新聞を持ってきてくれました。31日にこの街で行われたセミナーの事が、大きく写真入で報道されていました。
私はイタリア語は分かりませんが、見出しの大きな活字のうち、次の言葉がすぐに目に飛び込んできました。
”ACQUA GURU EMOTO”です。

すぐにピーンと来て、私はジャンルイージさんに、これは”水のグル、エモト”という意味ですか?と聞きました。答えはイエスでした。
ハーついに来たかと思いました。
私はグルという言葉が嫌いです。グルと呼ばれる人も、あまり好きでは有りません。
人はとかく、英雄や、グルや、メシアをすぐに作りたがります。でもその傾向はあまり良いと思われません。一人ではどんなに頑張っても、何も出来ないからです。一人の人に必要以上に依存する事は、自分の責任逃れとも思えて、そのおかげで人類は過去に何度も同じような失敗をしているのではないでしょうか。
グル一人に任せるのではなく、グループで平和活動を一人ひとりの責任と自覚を持ってしてゆくべきです。
僕はグルでもなんでもない、皆さんと同じ普通の人間ですから、今後僕をグルなんて呼ばないで下さいね。
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2006年6月1日(木)
ヴェニスの水辺でのセレモニー(サンタマリア デラサルーテ教会にて)
今日は私にとって記念すべき日です。まず、今は亡き父の誕生日、そして両親の結婚記念日、更に、「水からの伝言」の初版出版の日です。
その記念すべき日にマテオさんたちは、水の都ヴェニス、サンタマリア デラサルーテ教会前で、水のセレモニーを企画してくれていました。私にとって、この上も無いロケーションの設定です。

昨日まで、あまりお天気が良くなかったのですが、今日はご覧の通り朝から快晴で、100人近くの人が集まってくれました。

| 僕らが輪を組み始めたとき・・・空の雲をご覧下さい |
あっ だんだん
形を作り始めたぞ |
ご覧のように、雲までVサインで、勝(VICTORY)を迎えてくれました。 |
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皆で楽しくお昼です。 右の奥2人目の男性がイタリアでは最初の頃からお世話になっているジャンルイージさんです。

セレモニーが終わったあと、近くの書店でサイン会がありました。イタリア語の新刊3冊が出ていました。隣にいる女性はやはりエレーナさんといい、ベニスでのイベントを企画してくれました。

その後書店のセミナーホールで行われた小セミナー 昨日は入れなかった人も多数来てくれました。

今回お世話になったアクアリッサのマテオさん。
来年の7月25日は、この水の都ベニスで行いましょうという事になりました。

ところで、実は私の娘が2人目の子供をもうじき生む事になっていました。(予定日は6月6日)
で、私はひそかに、私にとっていろいろ意味のある今日、産気づいてくれないかなと思っていましたが、願いは届きませんでした。どうもマテオさんとこの3日間一緒にいたせいかも知れません。だって、ワープロでマテオさんと入録すると、待てお産、となるのですもの。(笑)
イタリアの皆さんお世話になり有難うございました。
お礼にアクアリッサ社のお水の結晶を、捧げます。だって、愛・感謝の結晶ととても似ていますので。

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