2006年5月
31日 ヴィセンチアセミナー
29日 ハノーバーセミナー
28日 シュツッツガルトセミナー
27日 シュツッツガルトにて
25日 フランクフルトセミナー
24日 ミュンヘン・ハーセミナー
23日 ドイツ・ニュルンブルグセミナー
20日 グラーツセミナー
19日 オーストリア グラーツ到着
16日 ニュージャージーセミナー
14日 バージニアビーチ ケーシーセンターセミナー
13日 アメリカ バーモント州 バーリントンセミナー
11日 カナダ オタワセミナー
8日-9日 モントリオール IIIHS コンベンション
6日 ラスベガス ヘイハウス コンベンション
4日 ヒューストンセミナー
2日 水への感謝セレモニーとニューオリンズ被災地視察
1日 バトンルージュセミナー
2006年5月31日(水)
ヴィセンチアセミナー
ヴィセンチアはヴェニスから北東に50分ほどのところにある、古い歴史を持つ街です。そこにアクアリッサというミネラルウオーターの会社があり、HLEの顧客です。他にもHLEでは南ドイツのレオンハルト社というミネラルウオーター製造会社とも顧客契約を結んでいますが、ともに素晴らしい結晶を作り出す、美味しい良い水を扱っています。
今回のセミナーはこのアクアリッサさんの企画で行われました。セミナーは何と夜の8時半から行われます。ですから、午後にはアクアリッサの工場と、その原水取水地を関係者とともに訪れました。
工場の入り口には、有難うのポスターが貼ってありました。

写真左側が、社長のマテオさんで、水に対しての愛・感謝の思いを持つ、素晴らしい経営者です。そして右端がそのボトルのデザインをしてくれた、宝飾デザイナーのエレーナさんです。

エレーナさんがデザインしたアクアリッサのボトル 愛という字を水に見せています。
何千メートルも地下に続くという取水口

その前で、水に対して
ありがとう。
愛しています。
尊敬しています。
と、エレーナさんの音頭で、皆で手をつないで唱和しました。

8時半から行われたセミナーには500名ほどの人が来て、そのうち100名は立ち見や座り見でした。更に200名ほどの人が入れなかったという事です。
入場無料ということも有るのでしょうが、ボローニャやベニスなど、遠くの町からも人が来て、大変な「水からの伝言」人気です。まだイタリアでは「BLEEP]は上映されていません。
私を紹介してくれたのは、地元の名士のお医者さんでした。
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2006年5月29日(月)
ハノーバーセミナー
ハノーバーというとドイツでは北部にあたり、どちらかというと地味な街といった感じです。私はここに3年ほど前にも来ました。クリスチーナさんという本屋さんを経営している方の主催でした。
今回も彼女の主催で、なかなかやり手の彼女は前回と同じように見事に人を集めてくれました。それも市内の一流ホテルの会場ですから、私にとっても楽でした。(もちろん宿泊先)
500名の会場が定員オーバーで、50席ほど追加の席が運び込まれました。
ハノーバーから車で1時間半ほどのところに、HLE(Hado Life Europe)スタッフの平北雪子さんが住んでおり、今日のアシストは彼女の担当です。ドイツ人のご主人との間に3人の子供さんを持つ彼女は、東大出のなかなかの才媛で、私の仕事に魅力を感じ
て、主婦業の傍ら、ドイツ語が全く出来ない私のために、主にセミナーのオーガナイザーをやってくれています。
今後ヨーロッパ地区で、私のセミナーを主催されたい方は、まず彼女に連絡してください。ドイツ語、英語ともに可です。(hirakita@hado-life-europe.com)
ところで、今日は写真を撮影する人がおりませんでしたので、写真がありません。そこで、私のセミナー会場風景のデジカメ映像に最近良く出てくる、いわゆる、たまゆら写真をご紹介しましょう。どうも私が最近良く「霊」の話をするものですから、「霊」の皆さんが応援に来てくれているように思いますが、皆さんはどう思われますか?誰ですか?よくレンズのほこりを落とせ、と言っている方は?

たまゆら集 グラーツ (左上)

同(右上)

ニュージャージ会場 (真ん中上部大中小)

カイロセミナー(左上)

カイロセミナー (上部左側2ヶ)

メキシコセミナー (左側上部)

コロンビア ボゴタセミナー (中やや左上のほう)
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2006年5月28日(日)
シュツッツガルトセミナー
午後7時から行われたセミナーはご覧のように立ち見が出、なおかつ入れない人が50人ほどいたそうです。

本当にあの映画が出た後、それを上映した街はどこに行っても、このように超満員の来場者で、真にあの映画の制作者たちに感謝です。
この街は6年ほど前に、ヨーロッパでやった初めてのセミナーツアーの一つでしたが、その時のことを思うとその規模、来場者の数そしてその熱い歓迎振りを受けて、感無量の想いがありました。ただこつこつと、誠意と信念を持って歩き続ければ、そしてそれが真理であるならば、このようになるものなのだなと思わされました。
ところで、セミナーに先立って、今日の午前中シュツッツガルトから車で1時間ほどのところにあるクラウスへスマンさんのご自宅に 昨日のピエールさんと共に伺いました。(クラウスさんのことは3月7日付日記をご覧下さい。)
クラウスさんの石の音楽のヒーリング効果を、水に聞かせて、それをピエールさんの装置で計測してみようという狙いです。
私たちはとても有意義な時間をすごすことが出来、意気投合しました。今までユニークで、素晴らしい研究や、新分野を開拓している人たちが、最近になって私(水)を中心にして、どんどん集まり始めました。私としては、彼らを統合して、互いに自由に意見交換やアドバイスをしあう事ができる場、そんな場をいよいよ作ろうかなと、クラウスさんの素晴らしい石の音を背中に感じながら、思ったことでした。
私は早速その夜の講演会で、クラウスさんをご招待し、舞台に上がってもらって皆さんに紹介させていただきました。
きっと多くの方が、今後クラウスさんの音楽療法を受けにいらっしゃる事でしょう。

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2006年5月27日(土)
シュツッツガルトにて
フランクフルトのあとは2日間ほど予定がありませんでしたが、そのおかげでこのシュツッツガルトで大変素晴らしい情報を頂く事ができました。
その方はピエールさんという、今はスイスに住むカナダ人です。彼は元々は、シンセサイザー音楽関係のミュージシャンでしたが、その関係でコンピューターのバイブレーションテクノロジーに興味を抱き、その道を研究しました。そして、それはかの有名な故バンベニスト先生の目に留まり、先生が亡くなるまでの数年間、共に水が情報を記憶しうるというテーマを研究されたという事です。
ピエールさんが開発したコンピューター装置というのは、鍼灸の針をセンサーとして、その先をいろいろな水に付け、その振動情報を波長の形、あるいはカラーの変化という方法で見せるものなのですが、その測定限界がかなり深く、とても興味深いものでありました。
例えば、写真の波形は一番下が、通常の水道水。真ん中は、それに対して私が祈ったもの。一番上は、更に私がそのグラスを手で包みながら祈った時のものです。いずれも30秒間でしたが、こんなにもその差が明確に分かるのです。

もちろん私はとても感動して、共同研究を申し入れましたが、彼もそのために私はここまで来ましたと快諾、二人で、バンベニスと先生の無念を晴らそうと誓い合ったのでした。
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2006年5月25日(木)
フランクフルトセミナー
今日でドイツ国内3連ちゃんのセミナー3日目でしたが、さすがに疲れます。やはり、セミナーは1日おきぐらいの割合が、体的にはラクです。
しかし今日の飛行機からの景色は、なかなか綺麗でした。菜の花畑がご覧のようにあちこちに有って、私の目を楽しませてくれました。日本と同じように菜種オイルの原料として栽培しているそうです。

さて、フランクフルトのセミナーは「ブリープ」の上映会をかねてのセミナーでした。当然料金も割高となっていたようですが、500人ほどの人が来る盛況振りでした。
この「ブリープ」はドイツ国内で大ヒットし、今もなお国内の50館ほどの映画館で上映されているようです。
昨年の11月から始まったこの映画の上映は、現在20万人に及ぶ観客を集めて、今なお上映され続けているというのですから、やはりドイツ人の体質にとても合った映画のようです。
という事は日本でもヒットする可能性があると思うのですが、なかなか日本の興行主はイエスとは言わないようです。「彼らはとても慎重だ、慎重すぎる」とブリープの映画関係者は言っていましたが、大変残念な事です。このような映画こそ、今の日本には必要な映画だと思うのですが、採算を度外視しても、よし、必要な事だ、やろう!と思ってくれるような経営者はいないのでしょうか。日本人はますます勇気(言う気)が無くなっているようです。
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2006年5月24日(水)
ミュンヘン・ハーセミナー
このハーという街は、6年前最初にミュンヘンでセミナーをやった時の街でした。その時も沢山の人が来てくれて、大変びっくりしましたが、今日もほぼ会場一杯の人であふれ、6年経ってもこのような現象が続いている事に、喜びと、いっそうの責任感が湧き上がるのを感じました。

思えばその時はまだ、パワーポイントなるものは持っていず、旧来のスライドを使用しての講演会でした。妻が、時々スライドを落としてしまったり、リングが噛み合わず上映できなくなったりして、大変苦労していた事が、昨日のように思い起こされます。もちろん、サウンドや動く画像などあるはずも無く、その訴求力は、今と比べればだいぶ劣っていたに違いありません。それでも、皆さんは始めてみる水の結晶の世界に魅了され、終わった時は、大変な拍手を頂いた事を覚えています。
私がコンピューター編集によるパワーポイントを使い始めたのは、今から3年ほど前のことです。当初、こんな難しいものは僕らには使えないと思っていたのですが、スタッフの御教授のおかげで、何とか使えるようになり、今ではなくてはならない、商売道具となっています。まったくの器械音痴であった妻でさえ、プロジェクターとパソコンの連結、サウンド調整、スクリーンへの連結など、とても上手に使いこなせるようになっていて、彼女がいなくては、僕のセミナーの流れはギクシャクしたものになってしまう傾向にあります。次のスライドに変換する時の間合い・呼吸が長いこと一緒に旅している夫婦ならではの、チームワークとなっているからです。
その妻は、このミュンヘンセミナーのあと、一人オランダアムステルダムに行きます。娘がアムスにいて、2番目の孫がいつ生まれてもおかしくないような臨月に入っているから、そのサポートの為です。明日からの、フランクフルト、シュツッツガルト、ハノーバー、ヴィセンチアセミナーは、従ってHLEのスタッフ、雪子さん、ラスモス君が担当する事になり、若干不安です。まあ何とかなるでしょうが、もちろん。
ところで、今日のセミナーに女優のミヒャエルさんが来てくれていました。彼女とは今回でもう4回目の対面となる、すっかりの水友達です。

500年の歴史を持つグラス製造の名門、スピーゲル社が、彼女の発案紹介でご覧のような水差しやコップを作りました。もちろん「水からの伝言」のファンでそれからヒントを得たわけです。その後、有名なドイツのテレビ番組「フリーゲショー」に一緒に出たり、比嘉先生とベルリンで一緒にジョイント講演をした時の司会をやってくれたり、何かと応援をしてくれています。
そして彼女はいまや、ドイツ国内の立派な水関係のNPOのお仕事もボランティアでされているようで、私たちは今後お互いに協力し合ってゆこうと、話し合いました。
ところで、今回のニュルンブルグ、ミュンヘン講演の主催者は、ご覧のような若い二人でした。

江本先生、エヴァさん、マーティンさん
イベント関係の小冊子を作っているそうですが、コーハ出版のコンラッドさんから依頼されて、今回初めて自分たちの主催でのイベントを行いました。ハラハラどきどきの毎日だったそうですが、共に大成功に終わって、とても嬉しそうでした。おめでとうさんでした、お二人さん!!これからもよろしくね。
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2006年5月23日(火)
ドイツ・ニュルンブルグセミナー
現在例の映画”BLEEP”がドイツ国内70箇所の劇場で公開されており、そのおかげで、この街のセミナーにも沢山の人が来てくれました。工科大学の階段教室で行われたこのセミナーもご覧のような盛況です。ここでも当日入れない人が出て、エントランスで揉めていました。

この街には2年前にも来ています。前回は郊外のホテルでの宿泊でしたから、歴史を誇るこの街の様子を何も見ることは出来ませんでしたが、今回は観光名所として有名な城壁のすぐそばのホテルでしたから、行こうと思えば、旧市街の美しい街並みを散策する事はできました。
しかし、悲しいかな最近は足が弱ってきて、石畳の道を歩くのがとても苦痛になってきてしまっているので、結果的に妻が一人で散歩に出かけましたが、その妻もすぐに帰ってきてしまいました。やはり一人では面白くないし、不安のようです。
唯一つの良かった事は、城壁のそばの美しい花に囲まれ、この街の名物である様々なお人形さんが沢山飾ってあるレストランで食べたランチが美味しかった事です。丁度アスパラガスのシーズンで私たちは日本ではなかなか味わえない、大きなホワイトアスパラガスをたらふく食べて、大満足しました。
ところで、この街で6月18日に日本とクロアチアの試合(ワールドカップ)が有る事を、セミナー終了後に始めて聞いてとても残念でした。事前に聞いていれば、丁度今日も祈りの実験があったのですが、その時についでに、日本の勝利を皆さんに祈ってもらうことが出来たのに、と思うからです。(誰ですか?そんな個人的な思いを、よその人に祈ってもらうなんてけしからん、と仰るのは。でもそう言えばそうですね。)
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2006年5月20日(土)
グラーツセミナー
夕方からのセミナーに先駆けて、宿泊先のホテルでプレスコンファレンスがあり、ご覧のように沢山の記者たちが来て、いろいろな質問で盛り上がりました。

その中に、一人の芸術家が来ていらっしゃいました。3年前の11月にウイーンに行ったときに、ウイーンの国連ビルの中に新しく小さな噴水が作られ、その壁に、僕の本からヒントを得ての、愛・感謝のデザインを描いてくれた人です。(その時の模様は、次をクリックしてください。http://www.masaru-emoto.net/japanese/jdiary200311.html#dau)
当時は、彼は丁度病気になってしまって、お会いできなかったのですが、今回彼はウイーンから駆けつけてくれて初めて会うことが出来たのです。今回も又素晴らしい絵を私のために描いてきてくれて、プレゼントしてくれました。その絵は又改めて本欄で紹介させていただきたいと思います。

記者会見後、温泉プールのそばでこの素敵なホテルのオーナーの娘さん(左)と、マネージャーの方と記念写真です。とても素晴らしい歓待を受けました。有難うございました。

このホテルの医療責任者の女医さんです。家内と共に、気持ちの良いマッサージを2回もサービスしていただきました。(バスつき)

ところで、家内の腰痛は、温泉に4回も入った事と、このマッサージのおかげで、だいぶ良くなり、僕は実にほっとしました。彼女の腰が治らなかったら、あの重たい荷物、一体誰が持つのだろうと、実は作夜良く眠れなかったからです。(もちろん、荷物運びの事だけでなく、もしこれから一緒に旅行が出来なくなるほど、持病的になってしまったら、一体どうしようかと、心配をしました。)
これまた皆さん有難うございました。
夜7時から行われたセミナーには、ご覧のように沢山の人が来てくれました。前売り券は4日前に売り切れ、私が会場に着いた時には、入り口で当日券を求めているひとが50名ほどいて、結果的に定員900名のところに立ち見も含めて1000名ほどの人が入ったようです。演者としてはこれほど嬉しい事はありません。

講演会は、オーストリア生まれの天才バイオリニスト平木照久君(12歳)の演奏で始まりました。サラサーテの曲など2曲を演奏してくれましたが、これが凄く良かったです。彼を紹介してくれたのは波動塾生の伊與部裕子さんという、やはりオーストリーに音楽留学をされた方ですが、彼女の推薦どおり以上に素晴らしい演奏でした。きっと近い将来、日本の方にもその評価が何らかの形で伝わる事でしょう。

演奏終了後、僕は感激のあまり舞台に上がって、彼をハグしてしまいました。

今日のセミナーでは、サンフランシスコのノエティックサイエンスの研究所に置いてある水に対して、愛・感謝の思いを送るという実験を行いました。皆さん素直に協力してくれて、立って合唱の形をとって、画面に映し出されたその水に対して、「お水さんありがとう。愛しています。尊敬しています。」とドイツ語で唱えていただきました。

そして、最後にプラニックヒーラーでもある主催者のブルギさんの指導で、最近日本で噂されている地震の予兆を鎮めるためのプラナー波動を送ってもらいました。会場のスクリーンには大きく富士山の写真をお見せしました。

大盛況だった講演会を終えて、平木家の人と記念撮影です。お父さんは現役のオーボエ奏者、お母さんも声楽を勉強されていたようです。グラーツという音楽の町、音楽家であるご両親、このような環境があればこそ、照久君のような天才が現れるのでしょう。

今回のセミナーは、3年前にもウイーンで1500名、ザルツブルグでも1400名動員してくれた、ブルギさんという実に魅力的な女性が主催してくれました。そして来年は、9月にリンツで行われる音楽祭の時に、音楽をテーマにしたイベントをやろうということになりました。
写真はグラーツ飛行場に送りに来てくれた、左はHADOスキャンのシンドラーさん、右がブルギさん、そしてそのパートナーです。彼らは今回始めての対面ですが、まるで何年も前からの知己のようになり、互いに協力をしていこうということになりました。
このように、水や波動そして私を媒介として、実に多くの仲間が誕生してゆくのです。

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2006年5月19日(金)
オーストリア グラーツ到着
ニュージャージーのニューアーク空港から、フランクフルト空港までは、6時間25分で着きました。やはり、日本とヨーロッパ、日本とアメリカまでの距離と比べると、アメリカからヨーロッパまではだいぶ近いんだなという実感があります。
フランクフルトからグラーツまでは1時間ほど、ヨーロッパ圏内に入ると、どこに行くのにも、まるで通勤列車の感覚です。
さて、今日からの3日間は、グラーツ郊外の有名な温泉保養地であるバド・ブルマオ ホテルで滞在です。

そのオーナーが、私のファンで、ご招待を頂いたのです。写真でご覧のように、大きな温泉プールがセンターにあり、それを取り囲んで、ホテルや、マッサージルーム、個別の温泉ルーム、全体は自然に溶け込んだユニークな設計で、何でもオーストリアで一番有名な方の設計によるものだそうです。
大の温泉ファンの妻には、ダブルのプレゼントになりました。何故ダブルかというと、彼女はニューワークからフランクフルトの飛行機で寝方が悪かったらしく、彼女にとって始めての体験である腰痛を起こしてしまったからです。彼女の大好きな温泉とマッサージが待っているこのホテル、果たして彼女の腰痛を癒してくれるでしょうか?

なだらかな丘陵地を望んで、ユニークなホテルの建物が、よく自然と溶け込んでいます。

まるでおとぎの国に、来たような感じです。
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2006年5月16日(火)
ニュージャージーセミナー
今日で、今回のアメリカ講演ツアー最終セミナーとなりました。思えば、4月13日にロサンゼルスで最初のセミナーをやって以来、計16都市の訪問、合計6500名の来場者を得ての堂々たる成果で、我ながら良くやってきたものだと感心しています。

いつも音叉を使って、振動と共鳴のことを分かりやすく説明している私。 なかなか良くやりました、今回も。
もう少しで63歳になる私ですから、肉体的にはかなりきついものがあります。一体この間何回飛行機に乗ったことでしょうか。何回のインタビューや、祈りのセミナーをやったことでしょうか。ミルク、バター、チーズ、肉、全て苦手な私にとって、アメリカの食べものは全く合いません。環境や言葉が違う事によって起こるストレスは、大変なものがあります。
特に私が苦痛なのは、アメリカはとてもノイジー、うるさいと言う事です。
例えば、芝刈り機、ごみ吸引機のうるささはどうにもなりません。さらに救急車、パトカーのでっかいサイレンの音、車の防犯用クラクション、安ホテルの冷暖房や、冷蔵庫の煩い音、アメリカに来てから夜もろくろく眠れず、本当の意味で熟睡した事はありません。
それでなくても国内の時差が最大3時間あり、西海岸から東海岸、又西海岸と言うような行程をとらなければならない私は、いつも時差ぼけで大変なのにです。
そしてどうにもならないのは、接客業に従事する者がサービス業たる教育を全く受けてはないのではないかと思われる、その横柄な態度と、口の利き方、もううんざりする事ばかりを体験しています。
もちろん、運動不足にもなりがちです。最近は充分に散歩する時間さえありません。
ええ、そうなんです。こんな過酷な条件の中で、良くやっていると思われるでしょう?
そう、何故倒れもせずやっていけるかというと、それは皆さんから頂く、拍手や笑顔のおかげです。それらはとても素晴らしいポジティブな振動で、その日までに蓄積された、疲れの元であるネガティブな振動を綺麗に相殺してくれるのです。
それと絶対的な必要事項は、いつも妻がそばにいてくれる事です。重たい荷物を自発的に持ってくれますし、上に述べたような様々なストレスを、腹に溜めることなくすぐに妻に訴え、吐き出す事ができるからです。(もちろん可愛いし) そして、セミナー後の麦の情報が入った波動水、これこそ癒しの王様です。
さて、その本場のドイツに向かって、これからルフトハンザ403便でフランクフルトへ出発だー!!
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2006年5月14日(日)
バージニアビーチ ケーシーセンターセミナー
エドガワ ケーシー先生の業績については、この欄を訪れる方なら大概ご存知でしょうが、そうでない方はhttp://www.eccj.ne.jp/profile/eclife_fr.htmlをご覧下さい。
今日はそのケーシー先生の様々な業績を伝えるセンターで、私のセミナーがありました。5月の第2日曜日、つまり母の日の午後7時からのセミナーであったのにも拘らず、入場券は全て売りきれ、別室でガラスの窓越しにご覧になる方もいたほどです。
最初に私を紹介してくださった方が写真の、ケーシー先生のお孫さんにあたるDR,ケーシーさんです。

300名収容のセミナーホールは満席となり、ドア越しに立って聞いておられる方が、約50名ほどいらっしゃいました。

私は、普段他のところでは、けして話したことのない、自分の体験を元にしての輪廻転生の話を、じっくりとさせていただきました。そしてそれはここでは、ご覧のように、終了時のスタンディングオベーションをもって、素直に受け入れられました。(その内容については、昨年暮れに発信したクリスマスメッセージをご覧下さい。
http://www.thank-water.net/japanese/index.htm

ホールには水の結晶をモチーフにした3次元デザインが飾られていました。

これもその作品のうちの一つです。立っているのは、波動ライフアメリカの博正君(僕の次男)です。

2階には、精神世界系の蔵書としては世界第2位と言われる図書館がありました。

僕の本も置いてありました。(アー良かった!)

センターにはスパやクリニックをはじめいろいろな施設がありましたが、中庭で見つけたピースポールです。
実はこの五井平和財団が立てている、ピースポールには、本当にあちこちでお目にかかります。とんでもない僻地でも、都会でも、本当にどこにでもあるような感じです。
やはり私を呼んでくれるような主催者は、平和を求める人たちが多いという現れでしょう。それにしても、五井平和財団さんはたいしたものです。

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2006年5月13日(土)
アメリカ バーモント州 バーリントンセミナー
昨日、第3回目のアメリカイミグレーションも、何と言う事もなく無事にパスしました。どうやら、私たちの考えすぎだったようです。
それでで、昨夜は久しぶりに美味しい日本食レストランに主催者の方々に連れて行ってもらいました。
「SAKURABANA」という寿司屋さんは、もうこの街で20年前から営業をしていて、町のかたがたにも大変馴染みのあるレストランとなっている事がその雰囲気ですぐに分かりました。
ご覧のようにチーフの高橋さんが握ってくれた寿司は、なかなかのもので、やはり寿司だけは日本人でないと、どうも按配が良くありません。これは世界中どこに行っても思うことです。

今日の朝、10時半から、地元の大学で行われたセミナーには800名もの人が来てくれました。人口35000人の町ですから、大変な動員力です。きっと多くのスピリチュアル系の人が住んでおられる町なのでしょう。

感心したのは、2時間もの間身体を使って、表情豊かに手話通訳をしてくれた、写真の彼女です。終わった後に、絶大なスタンディングオベーションを頂いたのですが、彼女を舞台に呼んで、一緒に手をつないで、皆さんの拍手を受けました。

今日もサインの列が長く並び、本は皆売切れてしまいました。

ウオーターセレモニー
セミナーが終わって、午後2時から近くの大きな湖の湖畔で、水への感謝セレモニーが行われました。あいにくの雨でしたが、それにも拘らず400人ほどの人が集まり、約2時間に渡っていろいろな、パフォーマンスが披露されました。
この水色のユニフォームを着ている人は、この地区では有名というウオーターマンさんです。

若い女性たちによる白鳥の舞

最初から、変な白鳥の叔父さんが現れて、瀕死の白鳥のような踊りを、踊り続けていました。

なんと、日本の鼓童ならぬバーリントン太鼓の勇壮な太鼓の音も響き渡りました。何故このバーリントンで?

アフリカの民族舞踊と思われるチームも登場です。

その踊りとリズムに魅せられて、参会者も参加、踊りの輪を作りました。例の白鳥おじさんも、一生懸命踊っています。
何と獅子舞も登場!!これが又素晴らしかった!中には、今年こちらに来て6年になる長野出身の女性が入っていました。私の隣に座っていた、息子のHIROを食べに来ました。

ネイティブの子孫と思われる若者の、13のリングを踊りながら1つにつなげるパフォーマンスの最初の部分。

ハーイ、一つに繋がりました。

最後はパフォーマンスに参加した人が、それぞれの水を持って会場を歩きます。

それらの水を中央の台に置いて、その水に対して祈りのセレモニーが始まりました。
左の赤いセーターを着ている人が、今回の主催者の一人、ジェシーさん、彼女が水に対して(愛を、感謝をそして尊敬の心を捧げます、とリードし、それは東西南北の神々に対して捧げられたようです。

子供も特別参加です。

祈った水を岸辺まで持ち込み、それを厳かに湖に戻します。背景では、見事なコーラスが美しく響き渡る中、私は感動し、思わず涙してしまいました。

この人が、このバーリントンに日本の太鼓や、獅子舞を持ってきた張本人でスチュワートさんです。彼はお父さんが宣教師で日本に赴任、子供の頃をはじめ都合14年間を日本で過ごし、その間に太鼓や獅子舞を覚えたそうです。日本語も流暢で、今回の口上も全て日本語で行いました。

今回のもう一人の主宰者ダイアンさん(右)と、そのお友達ロバーツさん夫婦です。ロバーツさん夫婦は昨年10月結婚されたのですが、どうやら「水からの伝言」が縁でお友達になったようです。
実はこのようなカップルに世界で沢山お目にかかっています。私たちはその様な人を「水伝カップル」と言っています。

今回のセレモニーはかなり強く雨が降っていた中で、2時間半に渡って行われたのですが、400人ほどいた参加者は、殆どの人が最後までいてくれたようです。
私たちも、かなり寒くもあったのですが、最後までいる事に何も苦痛を感じませんでした。それほど感動的であり、楽しく、又美しかったからです。おそらく湖の水たちも、大変喜んだ事だろうと思います。
私にとって一番嬉しかった事は、コーラス隊が「愛・感謝」の歌を自分たちで見事に作詞・作曲して歌ってくれた時でした。水への愛・感謝の運動を始めて7年が経ちますが、こんなにも世界の皆さんに浸透しているとは、と思うとき自然に涙が出てくるのでした。
最後まで一緒にセレモニーに参加してくれた皆さん、そしてそれを見事に演出。指導してくれたセレモニーリーダーのジェシーさん。本当に有難うございました。

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2006年5月11日(木)
カナダ オタワセミナー
オタワは、カナダの首都で、写真はカナダの国会です。ご覧のようになかなか重厚な、歴史的建物です。

オタワはチューリップの町とも言われ、町のあちこちに美しいチューリップが植えられています。何でもその昔、オランダの高貴な方が、カナダを旅行中に大変世話になって、そのお礼に毎年沢山のチューリップの球根を贈られたからだそうです。

何と黒いチューリップの花壇もありました。

バックの建物は、私たちが滞在したホテルでそこでセミナーも開かれました。

ラーニングアネックス主催のセミナーには約250名ほどの人が来てくれましたが、皆さんとても熱心に聴いてくれました。

終わった後、いつものようにサインを求める長い人の列が出来ました。
私は、出来るだけ、このサインに応じるようにしています。自分の書く字は下手なので、あまりしたくはないのですが、サインをしている間、人々との距離がなくなり、そのぬくもりを感じれるからと言う事と、「愛・感謝」という日本語のスタンプを用意していて、それを必ず本に押してあげているのですが、その「愛・感謝」言霊効果をそれぞれの人に差し上げたいと思うから、どんなに疲れていても、サインは断らないようにしています。

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2006年5月8日(土)・9日(日)
モントリオール IIIHS コンベンション
IIIHSとは、INTERNATIONAL INSTITUTE OF INTEGRAL HUMAN SCIENCE(国際統合人間科学会)の略で、カナダ・モントリオールに本部のある由緒ある学会です。その主宰者が私の左隣の子供さんほどの背丈しかない、しかしとてもパワフルな女性マリリンさんです。

(今回、彼女と一緒の写真を撮るチャンスに恵まれませんでしたので、昨年の写真で失礼します。ハグは4回もしたんですけれど)
何せこの学会、今回で31回目という凄い歴史を持っています。
31年前と言うと、私がまだ31歳の時で、その当時日本にはこのような団体は全くありませんでした。(私の知る限りですが)
私は昨年も、この大会に呼ばれてお話をさせていただいたのですが、過去のスピーカーも、シェルドレイク先生を始め錚々たる人が多く、その誇り高い上品な雰囲気に、心地よい興奮を覚えました。
今回は、私のスケジュールの関係で分科会での講演となりましたが、質の高い聴衆ばかりで、私も都合5時間に渡って、心行くまでお話が出来て、充実した2日間となりました。
このような伝統ある学会には、できれば毎年出席したいものです。

分科会での講演風景
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2006年5月6日(土)
ラスベガス ヘイハウス コンベンション
先月のトロントに続き、ヘイハウスの年間行事 I CAN DO IT ラスベガス版に招かれて、久しぶりにラスベガスに参りました。確か最後に行ったのは、20年近く前の事だったと思います。
ご覧のように、ラスベガスに行くと、普通のラスベガス熟年カップル旅行者のようになってしまうから、不思議です。よく言えば、「水は方円の器に従う」なのでしょうが、ヘイハウスさんが差し向けてくれた、リムジンの前でVサインの記念写真とは、ちょっとやりすぎです。

巨大ホテル(もちろんカジノ付き)のヴェネチアの中のコングレスホールで行われた会場には、相変わらず女性を中心とした、ヘイハウスファンが沢山来てくれました。

今夜行われた、作家の為のディナーパーティーは、ご覧のようなヴェネチア風の運河に隣接するレストランで行われました。

超売れっ子作家のウエイダインさんとも、オーランド以来の再会です。今回は、日本の皆様にと言う事で、ビデオメッセージをお願いしたところ、快く引き受けてくれました。

日本でも今度本が出たというギャリー・レナルド氏と

この方が、ヘイハウスの社長リード・トレイシーさんです。
ルイーズヘイさんが社長をまだやっているときの、会計士さんだったようで、とても柔和な素晴らしい波動を持った方です。

オーランドの時も、トロントの時も一緒だった作家のキャロル・ライトバーガーさんと。

トロントで一緒だった作家のソニアさんも、娘さん(左)を連れてきていました。

考えてみれば、この2週間ほどいろいろな事がありました。
4月23日・・・カナダ・アメリカ国境で入国拒否される
26日・・・決死の思いで、国境突破成功(実は何もなかった)
27日・・・タンパセミナーで表彰受ける
29日・30日・・・南国バハマで休養兼セミナー
5月1日・・・・バトンルージュセミナー・・・・
服部君事件を思い起こさせられ,一人で憤慨する。
2日・・・・ニューオリンズ ポンチャントレイン湖で祈り
・・・その後、市内の被害にあった地域の惨状を視察、ショックを受ける
(ここを見てから、祈りのセレモニーに参加すべきだった)
4日・・・ヒューストン 何事もなかったような、緑豊かな、裕福なアメリカの町
6日・・・ラスベガス 砂漠の中の歓楽の町
つまりUPアンドDOWNの連続の2週間と言う事になるでしょう。まさに波動的でした。特にニューオリンズの町の状態と、ラスベガスのそれはあまりにも好対照でした。方や水だらけで、あきらめに満ちた人っ子一人いない街並み。方や砂漠だらけなのに、お金と人と火(夜の夜景の事)、そして強い欲望にあふれている街。
これはあまりにもエネルギーの格差があり過ぎます。この二つの街を1つにするような政策は有り得ないのでしょうか?
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2006年5月4日(木)
ヒューストンセミナー
テキサス州ヒューストンの空港はジョージブッシュエアポートと言う名前が付いていました。現大統領のお父さんの名前を冠しているわけです。ここはNASAの基地のあるところでもあり、かねてから一度訪ねてみたいと思っていたところでした。
さて、この町のセミナーは教育関係の団体からのご招待で、その責任者はキャスさんとパットさん、お二人の行動派のご夫人たちで、ランチはその関係者が20人ほど集まって、キャスさんの農場で頂きました。

ご覧のように毛並みの良い乗馬用の馬たちが、のんびりと草を食んでいて、ニューオリンズとは天と地の差があるようです。

農場には大きいが可愛い犬が2匹いて、妻と早速戯れています。

今日のお昼には25名ほどのほとんど女性を中心としたメンバーによって昼食会が開かれました。美味しい有機野菜中心のランチを頂いた後、セミナー前の質疑応答が約1時間に渡って行われましたが、みなさんの質問の内容が濃く、事前に僕の本をよく読んでくれているんだなと、感心させられました。
1番手前に写っているのが、主催者の一人パットさんです。

ご覧のように殆ど女性ばかりの参加者です。どこに行っても女性パワーで支えられています。カトリーヌの犠牲者に対して祈っているところです。

会場に日本人の方が見えていて、妻に声を掛けてくれました。

出身地を聞いたところ、妻が生まれた中野の弥生町と言うところからすぐ近くのお生まれ(15分ぐらいの距離)ということで、二人はすぐに気が会ってしまい、セミナー終了後、私たちは彼女の案内で日本食レストランに連れて行ってもらいました。
彼女の名前は井本雅子さんという方で、僕の名前にもそっくりです。気風も江戸っ子と言う感じで、僕ともすぐに打ち解けてしまったのはもちろんの事です。
私の左のお嬢さんは井本タニサ(渓沙)さんで、この名前も水に関係がある名前です。
井本さんは18年前、彼女を儲けて、すぐにこのヒューストンに来られたようです。そしてお父様が作られた立派なグループ会社の一つのアメリカ駐在の副社長として、多分男勝りの実績を上げられてきたのでしょう。(そんな話は、何もしませんでしたが、そんな気がします。)
この間、タニアさんのお父さんと別れて、それこそ女手一つで彼女を育て上げてきて、今日に至っているようですが、タニアさんも18になってこの秋からバルティモアの大学に行かれる事、そして、国際関係論を専攻し、将来は立派な外交官になりたいと思っていること、子供の頃お父さんもいないし、お母さんにだいぶ当たって迷惑をかけたことがったが、今では本当にお母さんに感謝し、とても愛している事などを、お母さんがお手洗いに行っている間に私たちは彼女の口から立派な日本語で聞くことが出来、大感激しました。
海外でいろいろな在留邦人に会いますが、僕が会う方はやはり殆どが女性の方です。そして皆さんとても逞しく、立派に子供さんを育てられ、地域に密着して活躍されています。どう考えても日本人の場合、海外においては女性の方が立派に自立されているような気がします。
それにしてもタニアさん、僕も若い頃同じ国際関係論を学びました。将来僕のように世界を飛び回るような、女性外交官に是非なってくださいね。又お会いしましょう。
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2006年5月2日(火)
水への感謝セレモニーとニューオリンズ被災地視察
このお二人が今回のセミナーの共同主催者です。

左が波動インストラクターのダリアさん、右が代替医療協会の代表者ロカ博士です。この二人の企画で、今日はニューオリンズの半分を取り囲むようにある湖ポンチャントレインで、水害にあった方々の慰霊と水へ愛感謝を送るセレモニーが、湖畔で11時から開催され、150人ほどの市民が集いました。
平日にも拘らず集まってくれたニューオリンズ、バトンルージュの善男善女たち。ほとんどの方がその身内を含めて何らかの被害にあった方々のようです。

湖から水を汲んで、その水に対して祈ってもらうようにしました。人数の割りに湖が巨大すぎる場合は、いつもこうしています。その方が人々のエネルギーが集中するからです。

その水に対して皆で手を合わせて、お水さん有難う、愛しています。尊敬していますと、合唱しました。

みんなで水が好きな歌、ベートーベンの「歓喜」を合唱しました。

最後にはみんなで祈った水を再び湖に戻します。皆さんの想いが一瞬のうちに湖全般に広がってゆくのです。

午後二人の案内で水害に会ったニューオリンズの街並みを視察に行きました。それは想像を絶するほどに凄まじいものでした。昨年の8月29日にこの町を襲ったカトリーヌは、実は雨はさほどの量ではありませんでしたが、その暴風は湖や運河、海の水をさらって、堤防を乗り越えて、町のほとんどに浸水してきました。そしてその水は何と25万世帯の家を水に浸し、10日以上も引く事はなかった、との事です。
一度水に浸された家は、もう二度と住むことが出来ない事を、まざまざと見せつけられました。あれから、8ヶ月以上経つのに、水に漬かった地区は、ほとんどがゴーストタウン化してしまいました。一体いつになったら、市民は戻ってくるのでしょうか?いつになったら復興計画が立案されるのでしょうか?今はただ、不気味に静まり返った廃墟の町としか言いようがありません。
水の伝道師として水の美しさ、けなげなさを、皆さんに主としてお伝えしている私は、かなりのショックと悪寒と吐き気を覚えました。と同時にますます自分のやっていることの使命の大きさに、慄きを感じ、一段と身の引き締まる思いを禁じ得ませんでした。
良くこの光景を目に焼き付けておこうと、自分に言い聞かせる為にも沢山の無残な写真を撮ってきました。そのほんの一部を次に紹介させていただきます。

一軒だけ中に入らせてもらいました。ロカ博士のご友人の家だから了解を頂いていたそうです。




あまりの荒涼とした町の姿に、呆然と立ちすくむ私
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2006年5月1日(月)
バトンルージュセミナー
バトンルージュは、ニューオリンズから100キロほど離れた町です。第2期波動インストラクターのダリアさんがいるところで、私は彼女にハリケーン『カトリーヌ』で被害を受けた人々に対して、ボランティアでのセミナーを行いたいと伝え、ニューオリンズでそれが出来ないだろうかと、お願いしました。
その結果、まだニューオリンズでそれを行うのは難しいので、水害に会い、引越しをして来た人も沢山いると言う、この町でセミナーが行われる事になったのです。
そのセミナーは夕方の5時から行われ、開催前に地元の婦人団体からWholistic
Wellness Networkに対しての表彰をまた頂きました。そして、200名ほど集まった人々は、最後はご覧のようなスタンディングオベーションで、労ってくれました。

その後近くの協会の集会場で懇親会が開かれましたが、その庭には日本人なら忘れる事のできない、ある悲しい事件のメモリアルストーンが置かれてありました。

それはもう10年ぐらい前の事になるのでしょうか、あの服部君事件の事です。写真の石は一つ一つ意味があるそうで、服部君のお父さんが、わざわざ日本から送られたと言う事です。私はその思いを込めて、服部君の冥福を祈って手を合わさせていただきました。

服部君事件
1992年10月。アメリカに留学していた16歳の日本人少年がハロウィンのパーティーに出かける途中、強盗と間違えられて射殺されるという事件が起きた。ルイジアナ州バトンルージュ郊外の閑静な住宅地で、服部剛丈君はロドニー・ピアーズ容疑者の撃った44マグナムに胸を撃ち抜かれて死亡したのだ。この事件は日本でも大々的に報道され、その後の刑事裁判でピアーズ容疑者が無罪になったことも日本に衝撃を与えた。「プリーズ(どうぞ)」と「フリーズ(動くな)」を聞き間違えたのではないかとか、容疑者宅の家とパーティー会場がよく似た番地だったこと、容疑者に人種差別的な偏見があったのではないかなど、この事件について聞きかじっている人は多いと思う。(以下略)
私もアメリカに良く来るようになって、はや20年になろうとしていますが、英語の発音が全く上達せず苦労しています。特に今回の事件のきっかけとなったFの発音、そしてRとLの発音の違い、(例えばRICEがLICEになってしまい、LIVERがRIVERになってしまう。)等は、致命的に難しくどうにもなりません。
文部科学省のお偉い方々、どうか日本の英語教育をもっと、実際的なものにしていただくようお願いいたします。
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