2007年8月31日(金)
8月20日〜29日インドネシアセミナーツアー(スタッフレポート)

江本勝博士が私に今年のインドネシアでのセミナーツアーに参加してくれないかと、おっしゃいました。私は一度もインドネシアには行ったことがなく、またどんな時もトロピカルな国を旅するのが好きなので、この旅行をとても楽しみにしていました。
セミナーツアーは、ホリズンホテル・グループがオーガナイズしてくださいました。
ですので、私どもの最初のステイはジャカルタに程近いベカシという街のホリズンホテルでした。飛行場では、とてもナイスな紳士が私どもを迎えてくれました。その紳士の名前は、フアド・カディールです。

ラスモス・ガウプ・ベルグハウゼンと フアド・カディール氏
彼は日本で勉強したことがあり、流暢な英語を話すだけでなく、日本語もとても上手に話せます。フアドさんは、ホリズンの会社から、私どもがインドネシア滞在中に責任を持ってお供をするよう依頼されたそうです。水と情報に関して水が保有するクオリティーというテーマは、彼にとってはとても新しい分野でしたが、私どもがインドネシアにいる間にだんだん興味を持ち始めたようです。最終日、彼は40冊の本を持ってきて、彼のスタッフと仕事の同僚たちにあげるのにサインをしてください、と江本先生にお願いしました。私たちは、共にすばらしいときを過ごし、とても良い友達になりました。またいつの日か彼に会えるのを楽しみにしています。
ベカシでの最初の講演の前に、私どもはホリズンホテルグループのディレクターのイル・ナンダ・ウィドゥヤ氏に会いました。
江本先生はこの方にとても良い第一印象をお持ちになりました。私も全く同感です。講演はインドネシアの異なる島で行われましたが、彼は一つだけではなく、5つ全ての講演に同行してくださいました。私どもがインドネシアを発つとき、2人の紳士は、私たちにハグさえくれました。これは、日本と同じように、インドネシアではとても稀なことです。

ナンダ氏、江本夫人、ナンダ夫人、江本先生
最初の講演の前に、今回江本先生がインドネシアにいらっしゃる間の通訳をしてくださったヒラノ氏を紹介していただきました。ヒラノさんは日本で生まれ、生物の勉強をしたあと、インドネシアに行かれたそうです。以来25年以上インドネシアに住んでいます。
最初の講演で、江本先生は振動と共鳴に関する多くの理論と説明をお見せになり、結晶写真を紹介するのにはさほど時間を費やしませんでした。
講演の後、先生は私に、ほとんどの方たちにとって、今日のテーマは新しいことかもしれないので、次からはもう少し写真を多く見せ、理論に関することを少し減らすかもしれない、とおっしゃいました。 きっと先生の理論や説明についていくのは、難しかったのでしょう。この後の講演は、ミラ・アニンディタさんのピアノ演奏とともに行われました。

ミラ・アニンディタさんと娘さん
二つ目の講演は、ジャカルタの南東、車で約2時間ほどのところにあるブンドゥンという街でありました。ブンドゥンは山岳地帯にあるので、気候は海岸ほど暑くありません。大学の町として知られており、インドネシアの他の街より歴史が比較的古いです。
バンドゥンで、江本先生は、前の講演のときの少なくとも2倍はある本にサインを求められました。理論をあまり説明するよりも、写真を多く見せながら講演をする方がより重要だろうと、江本先生がお考えになったのは正しかったことが、これで先生自身お分かりになったと思います。
3回目の講演はセマラングで行われました。この街はジャワ島にありますが、飛行機でそこまで行かなければなりませんでした。距離的には500キロほどのところですが、車で行くとあまりにも時間がかかるらしいです。講演の前に、セマラングのホテルホリズンの支配人を紹介してくださいました。この支配人は女性で、私たちがインドネシアにいる間に出会った、社会的に高い地位についている唯一の女性でした。
講演後、本のサイン会のとき、どなたかがとてもきれいな声で歌ってくださり、素敵なイベントのエンディングにしてくださいました。何と歌を歌ってくださった女性は、このホテルの支配人だったのです。この方はホテルを運営しているだけでなく、スタッフの方たちやお客様のためにも、イベントやパーティーの時に詩歌うのが好きだということをお聞きし、とても驚き、すばらしい事だ、と思いました。何となく、日本にも歌を歌うのが大好きな研究所所長がいるな、とふと思いましたが、これはまた別の話です。
翌日の講演後、江本先生は少し風邪気味でしたので、飛行機を遅らせました。私はその間フリータイムを利用し、街に出かけてみました。ヒラノ氏と一緒にバジャジを2台借り、街に行きました。
バジャジで持ち上げてもらうのは、最初とても面白かったのですが、交通が渋滞しているところに差し掛かると、とても危険を感じました。車の排気ガスをまともに顔に受け、さらにとても暑いのです。なので、タクシーで観光を続けることにしました。昔からある街を訪れ、またビーチや伝統的な市場にも行きました。

バジャジに乗るヒラノ氏
次の講演はスマトラ島のパレムバングという街でありました。そこに行くために、一度ジャカルタまで飛行機で戻り、またパレムバングまで飛びました。私たちのために準備してくださった、パレムバングのとても素敵なホリズンホテルで頂いた最初の夕食は、このホテルの支配人であるチョキ・ソエシロ氏と共にいただきました。ソエシロ氏は、私どもの研究にとても関心を示してくださり、江本先生たちがお休みになった後も、私たちは水や哲学、宗教などについて何時間も話しました。
最後の講演は、スラウェシ島のマカサルという街でありました。パダング空港から車で1時間ほどかかり、ホテルに到着しました。このような家や今まで私たちが訪れた場所とはかなり違った自然を見ることができ、うれしかったです。

多くの家は、マングローブの水の上、数メートルの高さに木の柵があり、そこに建っていました。マカサルは、スラウェシのちょうど西の海岸に位置しています。
ホテルにチェックインした直後、海に行きました。5分ほどの差で、夕日が沈むのを見ることはできませんでしたが、私にとっては、旅行の最も美しいひと時でした。すばらしい景色と海からの新鮮なそよ風、そして夕焼けの空の移り変わりがとてもすばらしく、忘れることはできないでしょう。

翌日、ジャカルタに戻り、そこから私たちはそれぞれの家路に向かいました。家に着くまでに丸2日以上かかりました。私は、スラウェシからジャカルタへ、そしてシンガポール→コロンボへ行き、そこで飛行機が給油をし、→ドバイ→モスクワ、やっとジュネーブ、チューリッヒそしてコペンハーゲンに着きました。
何と8回飛行機を乗り換えました。インドネシアに行く時も同じだったので、モスクワで数日過ごしました。なので、帰りほど疲れを感じませんでした。マカサルを出発して54時間後にやっと私の家族の待つデンマークに戻りました。
インドネシア旅行は、江本先生と共に過ごす新たなるとてもすばらしい経験となりました。先生と奥様と旅行をするのはいつも楽しく、また行くすべての場所で、すばらしい方たちに出会います。
インドネシアの食べ物については、江本先生も私もこの旅行で体重が数ポンド増えました。というのも、このすばらしい国の最高のお食事で、多くの場合とてもスパイシーな食事を、もてなしていただいたからです。
インドネシアの街の水状況
私たちがインドネシアで訪れた街のどこにも、政治家達は水のシステムを取り入れることを完全に拒否しています。また、ほとんどの人は、ひどい汚染をどのようにして阻止したらよいのか、きちんとした教養がありません。
バンドゥンにいた時、街の中を数時間歩いてみました。受付の女性が、観光するのに良いスポットまで歩いてみるのにどこへ行くのがよいか、教えてくださいましたが、私はどういうわけか迷ってしまい、この街の貧しいエリアに行ってしまいました。
国の情勢が良くなったので、この国自体がとても速いペースで成長しているように見えますが、水の汚染は、私が今まで旅をした中で最悪なところです。
人々は信じられないような汚い水の傍で生活し、街の中を流れるごみや燃料のように、水はマイナーとみなしているようでした。ここ数年の間にこの状況が改善するように心から願って止みません。バンドゥンの貧しいエリアを歩いている時に、自宅傍でごみを燃やしている多くの人々がいる場所をみました。
しかも学校の傍で燃やしていました。子供達は燃えているごみの傍で遊び、しかもその火が消えないように見守っているのを見るのはとてもつらいものでした。
インドネシア滞在中、水に関することは益々ホットなテーマになっているといわれました。特に海外の会社から水を購入しなければならない街に住む人たちにとっては。教育として、私は飲み水が手に入るということは人権問題だと思います。
ですから、人々を水について教育していくことは重要なことです。貧しい地域での科学的に精製された水の広告は人民への侮辱です。それは人々がペットボトルできれいな水(みんな、最後はペットボトルを燃やします。)を購入するよう説得するための改善策ではなく、無料で飲料水が手に入れるために必要な援助を得るべきです。
また、彼らが環境を破壊しなくてすむ方法を教えてるべきだと思います。皆は、自分達のためにきちんと任務を果たしてくれる政治家を支援すべきです。経済面でさえも、まずは水に関して、グローバル的に活発な会社が提供する水を受け入れるのは、経済的により反映する方法でしょうが。政治家は自国の価値と国民の良質な未来に重きを置くべきです。
インドネシアは、水が豊富で、とても緑の多いすばらしい国であるにもかかわら、とりわけ街中の人々は飲料水を無料で手に入れることができません。ここ数年のうちに水への考え方が変わることを、望んでいます。持続可能な水のトリートメントの重要さを深く理解したときにこそ、栄えある未来が実現するのだと思います。
スタッフレポート
HADOライフヨーロッパ/ラスモス・ガウプ・ベルグハウゼン
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2007年8月21日(火) ブカシセミナー
今回の会場は、全て主催者であるホリズンホテルの、宴会場で行われましたので、とても楽でした。(移動は別として)
そしてホテルらしく、なかなかの飾りつけで演出効果も満点でした。

会場の様子。前列はホテル関係の招待席です。一般の方の入場料は日本円で4500円相当で、物価比較をすると、なかなか高いと思うのですが、沢山の人が来てくれました。

実は私は1年半ほど前にジャカルタでセミナーをやっているのですが、そのときの主催者のミネラルウオーター会社の若い社長も、来てくれました。その後彼らの仕事も順調と言う事で、良かったです。

欧米に比べると、お客様はとても大人しく、はてさてどのくらいのご理解が得られたのか分からず不安でしたが、講演終了後は、ご覧のようにたくさんの人が、サインを求められ、押しかけてこられましたので、きっと良かったのでしょう。

ところで、ジャカルタ市内はバイクで満ち溢れていました。初めての人にはチョット自動車の運転はおやめになったほうが、良いかもしれません。


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2007年8月20日(月) インドネシア講演ツアー
今日から30日まで、インドネシア講演ツアーです。お招きいただいたのはホリズンホテルチェーンで、彼らが国内に所有する5つのホテルで行われます。
ご覧の地図のように、インドネシアは5つの大きな島、そして赤道を挟んで大小17000の島々からなる、とても大きな領土を有する国で、その東西の距離は5000キロを越し、人口も2億4000万人と世界で4番目の規模の国です。
私のセミナーは、地図上に丸印で記したところで行われます。

何でインドネシアから呼ばれたのか、それはもちろん私の本が3冊もインドネシア語で出版されたからです。
左から「水の真力」「水は答えを知っている」「同2」です。インドネシアで今ベストセラーの内の一つになっているそうです。本の力とは凄いものです。

最初のセミナー地はジャカルタ郊外の町ベカシでした。明日からのセミナーに備え、スタッフの皆さんと打ち合わせをしました。

スタッフの方との記念写真。今回の随行員はリヒテンシュタイン研究所のラスモス君です。

そして夕食会。明日から頑張るぞ。

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2007年8月18日(土) 第2回言霊研究会 (スタッフレポート)
お盆中アメリカから帰国された江本先生の今回の日本滞在は5日間です。
帰国というよりも、ちょっとだけ日本立ち寄りという、相変わらずのハードスケジュールです。短い滞在でしたが、翌日にインドネシアへの出発を控えた18日土曜日にHADO
Astrea
(http://www.hado.com/web/hadoastrea0.htm)のオーナーの方々を対象に行っている「言霊研究会」が開催されました。
今回で第2回目となる言霊研究会での講義ですが、最新のHADO事情そして言霊のお話として、海外のセミナーで発表しているレクチャーを再現されました。

スライドの冒頭で言葉や、祈りによって変化する水の結晶の実験報告がなされます。海外の人々は水の結晶が言葉によって変化するという研究事例に対して最も興味を持たれるようです。
江本先生は1年のほとんどを講演に費やされていますが、そのたび毎に常に新しい閃きや仮説を発表されます。
この日も幾つかの新たな閃きをお話されました。
それは先生が得意とされるオリジナルな視点での漢字の読み解きに関することでした。
上のスライドが示す通り、音の文字を分解すると「立つ日」となります。つまり音=光であり、お日様からの光が全ての根源であり、振動の元であるとお話をされているのですが、今回の講演直前に新たなスライドが作成されました。

根源である音、あらゆる周波数を含んだ音に対し、そこへ心を加えると、意識の「意」や意思の「意」になります。あらゆるエネルギーの根源である音に対して心という方向性を持たせることができるのが私たちの意識であるという話をされました。
言霊研究会に相応しい、私たちの意識もエネルギーであるという解説を漢字の読み解きを示しながら新たな閃きとしてお話しされたわけです。
お昼の休憩を挟んでの講義では名古屋の聖徳寺の住職である松村宗哲先生がお話されました。松村先生は江本先生の30年来のご友人でもあり、海外で展開している国際HADOインストラクターにおいても名物講師を勤められています。またご自身もHADO
Astreaをお使いになっておりますので、HADO Astreaのオペレーターとしの体験と専門である仏教思想を交えてお話になりました。
まずはHADO Astreaのオーナーの方々に対してこの機器の奥深さ、そしてカウンセリングを行うことの難しさが語られました。HADO
Astreaはパソコンに繋がれていますが、これを単なる機械と思うのではなくそれを扱うオペレーターが理想的な場(フィールド)を創らなければならず、ひいては正しいカウンセリングはできないというお話です。
また日本と西洋における「死」への概念の違いを示しつつ仏教及び密教的な思想、死生観を交えた講義が2時間行われました。
シリーズで行われるこの「言霊研究会」はあくまでもHADO Astreaという機械のオーナーの方々向けの研修会です。
通常、機械のオペレーター研修であれば操作の説明やケーススタディがなされるのですが、江本先生があえて、この研修会の名前を「言霊研究会」とした理由は機器を操作する人への啓蒙や教育こそ重要であると認識しているためです。
もちろん、別の機会に操作説明なども含んだオペレーター研修会もなされていますが、江本先生が講義をされる研修会は「言霊研修会」として今後も催されていきます。
江本先生はMRAのオペレーター時代から「MRAという波動機器だけで病が治せるわけではない。人は人によってしか癒されない。」と言われていたそうです。波動機器を扱う人の心構え、意識の重要性は機器の種類が変わったとしても変わるものではないという認識を一貫してお持ちのようです。
そしてこちらも一貫しているのですが、講義後に行われた「懇親会」にて講師及び参加者相互の共鳴磁場を高め、無事言霊研修会は終了したのでした。
スタッフレポート
I.H.M.総合研究所:木津孝誠
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2007年8月12日(日) ロサンゼルスセミナー(スタッフレポート)
7月15日からスタートした江本所長の海外講演ツアー。その締めくくりとなる最後のセミナーが、ここ、ロサンゼルスのトーランスで行われました。
今回のセミナーは、アメリカを拠点とするHLU(Hado Life USA:現地責任者 江本博正さん)の設立三周年記念ということもあり、主体となって開催されるものです。そこで、私を含め、日本から3名の助っ人が、「このセミナーを成功させよう!」と意気揚々と海を渡って乗り込みました。
セミナー当日、スタートは午後15時。午前中からスタッフおよびブース出展者がイベント会場に集まり、着々と準備が進められます。

ロビーブース風景
開始1時間前には、続々とお客様がやってきました。用意された200席は、あっという間に埋まり、会場内はセミナーの開始を今か今かと待つ方々で一杯になりました。ちなみに、ここトーランスは、日本の企業が多く集まる地域でもあるためか、参加者の3分の1が現地在住の日本人でした。

セミナー会場風景
そして、いよいよセミナーがスタート。日本から乗り込んだサポーターのうちの1人、IHMトレーディング尾竹社長の司会で幕が開けます。

左が尾竹社長、右側が通訳の宮澤さん
まずは、HLUの江本博正さんが挨拶、その後、第一部、映画「ストーンエイジ」の上映がスタートです。この映画は皆さんもご存じとは思いますが、元・引きこもりの青年が、ある出会いをきっかけに、真剣に生きることとは何かを問いかける映画です。その中で、寺田農さんが演じる中西研究所所長は、言うまでもなく我が江本所長がモデルとなっており、撮影では実際にIHMの研究所も使用されました。ちなみに、IHM社員もエキストラで出演しています。
さて、アメリカでの上映、皆さんどんな思いでみてくださるのか……。2時間後、映画が終わり、司会者から「どうでしたか?」の問いかけと共に、歓声と拍手が会場を包みました。やった! 大成功です。
第2部は今回のメインイベント、江本所長の講演です。先にも書きましたが、参加者の3分の1が日本人ということもあり、笑いや歓声がまるで山びこのように、2度起きるという、おもしろい現象を目の当たりにすることができました。

観衆のすばらしい波動と、息がピッタリと合った宮澤さんの通訳で、江本所長もノリノリです。今回は、終戦記念日を前に、日米両国歌を聴かせた水の結晶のスライドが、国歌演奏とともに流れ、会場の皆さんも一緒に合唱しました。まさに、水の結晶が結ぶ日米友好の一場面でした。

スタンディングオベーション

こうして、江本所長セミナーツアー、トーランスでの千秋楽はスタンディングオベーションとともに、大成功の中、幕を閉じました。我々助っ人もホッと一安心でもあり、滅多に体験できない、江本所長の海外セミナーに参加できたことを誇りに感じた一日でした。
アメリカでの熱風を肌で感じ、今後ますますのHLUの発展を祈りつつ我々は帰国の途につきました。
最後に……、アメリカは本当に熱(暑)かったです!!
レポート:山田 昭浩
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2007年8月9日(木) アリゾナ・チャンドラーセミナー
ボストンセミナーの後、急遽入ったアリゾナ・チャンドラーセミナーは、地元のユニティーチャーチの設立7周年記念として行われ、主催者のキラ・バエル(Kyra
Baehr)に言わせれば、同協会初めての大きなイベントであったと言う事です。
結果として会場は満杯となり、スタンディングオべーションをもって終了し、主催者の方々にも大変喜んでいただけました。
このセミナーで私は、次のようなスライドを用意して、皆さんにお話させていただきました。


これは、豊臣秀吉の軍師であった黒田官兵衛が退官して如水と名乗った後に、中国の老子の故事から学んだことを、彼流に5つに纏めた、いわゆる水五訓と言われる物です。
私たちは水そのものなんだと、いつもセミナーで言っている私は、この5訓を始めてアメリカの人に示し、自分の人生の例になぞらえて、説明させていただきました。私のここにいたる人生も、実に色々なことがありましたから、それらの説明に、アメリカの皆さんも、なるほど、なるほどと、頷いてくれていました。
ここに書かれてある5つの水からの教えを、皆さんもご自分の人生と照らし合わせて考えてみてください。きっと、納得されると思います。
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2007年8月6日(月) ボストン久司インスティチュートコンベンションセミナー
皆さん久司道夫先生と言う方をご存知でしょうか?日本よりも外国で幅広く活動されてきていますので、日本の方は余りご存じないかもしれませんが、実は大変な方なのです。
先生のプロフィルを次にご紹介しましょう。
くし・みちお 1926年、和歌山県生まれ。東京大学法学部政治学科卒業、同大学院修了。世界平和の為の世界政府、世界連邦設立の可能性について研究。49年11月渡米、コロンビア大学大学院政治学科入学。古代ギリシャ、中国などの食文化や世界政府協会の桜沢如一などの思想影響を受け、人間の生き方、世界の食形態を大きく修正する努力を決意。アヴェリーヌ夫人(1923〜2001年)と共に穀菜食を中心とするマクロビオティック標準食を編成、50年に渡り全米を中心とした教育啓蒙活動を精力的に行う。78年、クシインスティテュート(Kushi
Institute)をマサチューセッツ州ブルックラインに設立。95年、国連著作家協会より優秀賞を授与。米国の弁護士協会有志の推薦でノーベル平和賞にもノミネートされる。そのほか、数々の功績を残す。99年、米国国立歴史博物館「スミソニアン」にクシファミリーコレクションとして主な業績資料の永久保存決定。2000年、「地球擁護協会」と関連するマサチューセッツ州の“ピースアベイ”より平和賞を贈呈される。著書も多数
先生が主宰する久司インスティチュートでは、毎年夏サマーコンベンションと言う勉強会を、もう20年以上に渡って開催されていますが、私は今回のこの会に講師として呼ばれて、先生とも小一時間ほど、お話をする機会に恵まれました。

私は以前5〜6年ほど前に日本で立ち話程度でお会いした事が有りましたが、その時よりも何か若返ったような感じがして、お年を伺いましたら、先生は何と今年81歳になられたとの事で、大変びっくりしいたしました。
そしてその世界平和にかける情熱は、若者のように熱く「世界に平和を齎すには食から」と熱く語られていました。(詳細は月刊「HADO」にて掲載予定です。)

コンベンションのトップ講演者として、私は「波動の食品学」(菅原明子先生との共著1994年刊)から様々なデータを取り上げ、栄養学を振動論から取り上げ説明すると言う話を始めてさせていただきましたが、大変好評だったようです。

驚いた事に、日本から70名ほどの受講者が来ていました。
その方々との記念写真です。

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2007年8月5日(日) WE ARE WATER
7月24日のサラゴサの僕のセミナー、25日のセルレルでの水のセレモニーに参加してくれた人の中に、米国テキサス州オースティンから来た、カトリーンさんという方がいらっしゃいました。(写真左)

彼女は1年に渡って本を書きながら、世界を旅されている、ちょっと半端ではない、スピリチャルな方ですが、その彼女から、二つの催しものに参加した思いを綴った、素敵な文章が送られてきましたので、皆さんにもご紹介させていただきます。
「私達は水!」
この二日間でどれだけの夢がかなえられたでしょうか・・・とても沢山です!バルセロナからの電車の中で、“これだ!”と思いつきました。江本博士―何年もの間私は人生における自分の使命の重要部分として考え、彼の研究を愛し、その後を追っていますーにお会いするための旅の一環或いはこの旅そのものが、電車の中で誰かと出会い、微笑み、優しい言葉をかけることであるかもしれない、と。これに気付いたとき、静かに笑ってしまいました。私達はなぜある場所に行き、ある人に会わなければ、という気がする訳を本当に知っているでしょうか。自分達の使命は何であるか本当に知っていますか?自分が勝手にそう思っているだけでしょうか?
十分も絶たないうちに、一人の男性とその妻がバルセロナで乗車してきました。突然その男性は激しく体を震わせはじめ、妻は叫びはじめました。「誰か、お医者さんはいらっしゃいませんか?お医者さんは?!」と私は叫びました。乗務員がやってきたので私は「緊急の電話をお願いします!緊急です!」と言いました。車中には医者はいませんでしたが、何人かの男性が彼を横たわらせ、私は彼の心臓近くの前後に手を当て白光を送りました。男性はまだ震えが止まりません。妻は彼は糖尿病でもなくてんかんも患ったことはないと言います。私は発作を起こしたのだろうと思いました。妻はとても取り乱していて何を言っているのか分からないほどでした。
乗務員が男性のズボンを緩め、飲み物と砂糖を飲ませようとしましたが、彼は飲むことができません。私は「大丈夫ですよ。天使と神様があなたの側にいらっしゃるから。」と言い、それを何度も繰り返して言いました。彼は目を閉じ意識を失い始めました。私は彼の耳をつまみながらマッサージをしはじめましたが、彼はそれを払いのけようとしました。意識を失わないように私が彼の唇の上に氷をこすりつけると彼は少し驚きましたが、リラックスしはじめ呼吸を取り戻し、そして目の焦点が合うようになりました。彼の頭と腕をさすりました。最も気持ちがよい箇所です。そして、胸の中心の骨の辺りを優しく動かしました。永遠とも思われるくらい長く感じた15分が経ち、誰かが車椅子に彼を乗せました。彼は意識を更に取り戻したようで、もう大丈夫かのように座っていました。
他の二人の男性が支え、大きな安堵のため息をつきながら私は彼らを見ました。「意識が戻ったようだし、大丈夫そうですね。」と私達は言い、「神様、助けをありがとう」と私は言いました。男性の汗が手に残ったまま私は体中にエネルギーが漲るのを感じながら席に戻りました。そして、この場所に居合わせたことと彼を助けることができたことを神に感謝しました。誰かに何かをしてあげることができた大きな喜びを感じ、それは本能のようなものでした。
自慢をしようとしてるのではなく、この電車の中での出来事を皆さんと分かち合いたかったのです。私は誰もが人生の中で真に行かなければならない場所があると信じています。私自身のことを申し上げれば、私は正式に霊気についてトレーニングを受けたことはありませんが、セッションは多く経験しましたので、その根拠は理解できますし、感じることもできます。マッサージを多く行ってきて、ある人はかつて経験したことのないくらい良いマッサージだったといいます。長年の経験から、緊急の場合においても落ち着いて行動することができることを知っています。
私の分野ではないテクノロジーを包括しGetyourdreamon.comというウェブサイトを作成しました。全ての人々の夢がかなったら世界はどうなるかということを話しています。誰もが大切な存在であり、より優れたあるいはより劣った人ということはないのです。このような関係の中で生きることができたらどうでしょうか。自分自身は自分でしかなく、他の人にはできない、あなたにしかできないことがあるのです。このことを自分自身の内に気付くために、他の人の価値を認めそれを励ますことでお互いに成長できるのです。夢のために存在することが大事なのです。それはケーキの飾りや贅沢品などではなく、なぜここにいるのかという理由なのです。
美しい電車の旅を終え、私はサラゴサに到着しました。どれほど電車の旅が好きであったか忘れていました。電車が一番良いと思います。サンゴルゲホテルで予約を取りましたがとても安かったです。駅である女性にサラゴサの中心地に行く一番良い方法と良いホテル、でも高くないのは、と尋ねました。彼女はなんと「サンゴルゲホテル」だと言いました。850,000人もいるこの町でなんと言う偶然でしょう?!
その晩タクシーでトリブナデルアクアから2ブロック先まで行きました。7:30に始まると思いシーザーアウグストシアターに7時に行きましたが、実際は9:30に始まるのでした。それで町の中心街をぶらぶら散策していると、大勢の、ほとんどが男性の大きなデモが見えました。オレンジ色のベストを着て、ゼネラルモータースが自動車工場を近くの小さな町に移しサラゴサから仕事を奪ってしまうことに対するデモです。
9時ごろ私がシアターに戻ると1ブロックにも及ぶ長い列が出来ていました。皆私がアメリカはテキサス州オースティンから来ていることを知ると驚いていました。彼らの住んでいる町の水はどうかと聞くと、答えはあまりよいものではありませんでした。ある男性が来て言いました。「百人の方だけが中に入れます。全員かあるいは全員ではないかもしれません。」と。私はすぐに前に行きました。本当に行きたいと思えば道は開かれるのです。
表玄関、裏口、横から、どこから入っても私は止められたことがありません。売り切れの場合にもです。そっと入り込もうとした私の髪をひっぱりチケット係りの女性に私は止められました。魔法はいつでも効くわけではありませんでした。彼女が何か言い終わる前に私はくるりと回転し、すぐにドア係りの女性に列にならばされていました。ちょっとした心理学です。一度捕まったら二度と戻ってはこないだろうと人は思うのです。
私は列の先頭に行き言いました。「ちょっと、私はテキサスのオースティンからはるばるやってきたのよ」と言うと「分かった、入りなさい」といって入れてくれました。江本博士は日本語で話すため、フランス語とスペイン語の通訳のヘッドフォンがありましたが英語のはなかったので私はスペイン語のを取りました。
とても美しい場所でした。下にはローマの遺跡が眠るガラスのフロアが続き、測地的メタル構造がガラスの天井を支えています。私の風水の知識によるとここの風水は完璧です!メタルは水を作るので完璧なセッティングです。
私はCarles急流を知っているかと人々に聞いて回りました。ある人が「いいですよ。私達のホテルに来てください。Cerlerに明日お連れしますよ。第五回水への愛感謝セレモニーが江本博士と友人によって行われます。」彼はそこへまだ行ったことがないけれども約3時間くらいかかるだろうといいました。
その晩シアターで江本博士のプレゼンテーションがあり、子供達も集まっていてとても嬉しかったです。入れなった人も多くいてシアターの周りに立っている人もいました。彼らには通訳のヘッドフォンもありません。無料のイベントです。コーディネーターの方はこれほど人が来るとは思わなかったのでしょう。
江本博士はWE ARE WATERで始められ、それから人間の胎児が96%水から成り、20歳で80%、40歳で70%、65歳以上で50%、そして歳をとるにつれ少なくなっていくというチャートを見せました。「私達は水です。水には神様からのメッセージがあるのです」といわれました。私はこれを言葉どおりに解釈し、私達は渓流、湖、海に行き、メッセージを聞くことができるのだと理解しました。
それから彼は音楽とともに変わっていく水の結晶写真を見せました。マリア・カラスのマダムバタフライでした。私の夢の一つはマダムバタフライを最高の場所で見ることでした。おそらくオーストラリアのシドニーのオペラハウスかイタリアのベニスであろうと思っていましたが、私はここで見ることができました。夢がかないました。マリア・カラスのパフォーマンスが大好きで、この場所で水がどのように反応するのか、どのように音楽とともに変化するのか見ることができました。想像をはるかに超えたものを目にし、涙が止まりませんでした。明るい水の雪片で音楽にあわせて踊っているのです。私達は水なのですから私達の部分です。
大きな美しい画面の中で水の結晶を見て、そして聞きました。ついに私の本に関するアイデアがゲル化しました。直感を受けたコンセプトが世界平和のための生まれながらの智恵、水、音楽に実際に関連しているかどうか確かではありませんでした。そしてそれが関係しているとここに理解したのです。自然科学の法則です。
水が音楽につながるというパズルの欠片を得たようです。結論としてこの知識は世界に平和をもたらすことに利用できるということです。ある人々はこれを分かっており人々にこれから出会うことを楽しみにしているのです。
それから江本博士はベートーベン第五番を聞かせ私たちは画面上に結晶が音楽にあわせて変化するのを見たのです。それぞれの曲が違った形の結晶を見せました。音楽が実際に創造し水を形付けたことが明らかでした。素晴らしかったです。
江本博士が歌い、私達も一緒に歌いました。この素晴らしい歌に心からうたれ私はまた涙しました。“エーデルワイス、エーデルワイス、毎朝私に語りかける。小さく、白く、清らかで明るい。私と会えて嬉しそうだね。咲き誇れ。永遠に。”
人生で最も感動した瞬間の一つでした。今、何年も前から考えていたことが分かりました。よい音楽はより美しい振動を生み、数時間前には単なる夢にすぎなかった世界平和は音楽によって可能であると。私達は地球、そして相手に対する言葉、意識によっては歌う看護婦となるのです。
それから江本博士は愛と感謝について説明されました。創造の和を完全にするのがこの二つであるというのが理論です。愛は水であり陰、受けること、そして感謝は火であり陽、与えること。互いに愛と感謝をもって接するなら、愛と感謝をもって水と世界に接するなら、最高の境地に達することができるのです。それから博士はあの有名な舌を出したアルバート・アインシュタインの写真を見せ、私が好きな言葉、知識よりも想像力、という言葉を見せました。またアインシュタインの最も有名な物理方程式
e=mc2を引用し、e~energy =m~mass of people c2~ lightのように解説されました。ある意識をもった人々が集まるとき、意識の高さ、私達の周りの存在が高められ、変化し、姿を変えていくのです。

博士は二年前にUNに招かれ、言葉、音楽は水を変える、つまり住みよい地球を創り出すことができ、それは御伽噺などではなく現実なのであるというコンセプトを持つ子供用の本を6000,000部配布することが彼の世界平和の計画であると述べました。
それから金属のチューニングフォークを取り出し、異なるコードを打ってハーモニックコードを示しました。そしてハーモニックでないコードは破壊的であることも示されました。それから言葉を聞かせたた水がつくりだした結晶を見せました。
ジョンレノンの「イマジン」を聞かせた水や加持祈祷後の汚染された水などです。

イマジンbyジョン・レノン
藤原ダムの水に祈りをささげる前と後の結晶写真

愛・感謝
国際的な水への愛・感謝機関があります (www.thank-water.net)
。世界中におけるセレモニーをコーディネートしています。セレモニーの前後の水を取り、シンプルな人々の集まりと水への愛・感謝が水を浄化するということを科学的に示そうとしているのです。祈りの力は生きた水が美しい水の結晶構造を作るということを視覚化させます。
翌日私はカルレスと彼の彼女、マリア、そして白髪の素敵な女性、ロサと共にスペインのアラゴンピレネー山脈で最も高いCerlerへ車で向かいました。ロサは江本博士友の会をスペインで作った方です。3時間の道中で私達は多くのことを語らいました。運転手のカルレスの通訳以外は私のつたないスペイン語と彼らの僅かな英語での会話でした。次世代のためにより良い場所を世界に造ることを選んだ同胞と共にいることを感じました。ロサは江本博士がスペインに来られる二年前に電話、メールをし、それから友の会が始まりました。「簡単なことです。私達が愛と感謝の気持ちを物や人に対して持たなかったら、それは意識的にせよ無意識的にせよエネルギーを取り去ることになるのです。もちろんその反対も可能であって、愛と感謝を示せば、それはエネルギーを与えることになるのです。」と彼女は言いました。江本博士のUNでの計画についてそれらの本は既に出版されたのかとたずねました。答えはノーでした。「普通の木材パルプ紙は水質汚染の主な原因です。計画されている本が何か他の物から作られたらいいのですが」と私は言いました。

カルレスは水の彫刻をするため興味を示しました。彼らが次に計画している展示会は人の上にのせた結晶の彫刻と写真で、水に反映した光と音楽が形作られるのが見られるものです。私は驚きました。是非この展示会を見てみたいものです。
私達はCerlerのエーデルワイスホテルに到着しました。何という偶然!それから私達は昼食をとりましたが、席がちょうど空いていたので私は江本博士と奥様のとなりに座りました。彼らはとても親切で優しく、人々の本にサインをしておられました。二人共フランクフルトを注文されていました。この九月に行われる春の地域セレモニーのためオースティンまで来て下さることはできないかと尋ねたかったのですが、おそらく多くの人が博士を求めていることと思いました。博士も人間です。私はリラックスし、何もしないでいる時間をあげたいと思いました。どれほどその人が献身的であっても皆そのような時間が必要であることを知っています。機会があればきっとそのようになるはずですから。
スペインのマヨルカでの休暇を楽しみにしているかと尋ねると、彼らは「もちろんです。娘がアムステルダムに住んでいて彼女が孫を連れて来るのです」と目を輝かせて言いました。私はお二人の馴れ初めを尋ねました。今から四十年前のこと、二人は東京の会社で同僚として働いていました。それからロマンスへ発展し結婚に至ったということです。
江本博士は奥様がいなかったら決して今行っていることは成し得なかっただろうと仰いました。いつも共にいてくれたことに大きな意味があったのだと。それから私は平和のための600,000部の本のことについて尋ねました。どの様な素材から作られるのかという質問に対し、彼は麻を使うのだと答えました。「それは木材パルプ紙よりはいいですね、でもウィリアム・マクドノーフが作った本、完全循環型の本をご存知ですか?
プラスティックを再利用したものからできています。これを利用して私自身の本を作ろうと思っています。」

ウィリアム・マクドノーフの本におけるメインアイデアは、ゴミなし、自然を無駄にしない、閉鎖的循環ダイナミックで、私達は全てのプロセスをそのように行うことができる、ということなのです。
彼はまた、私たちがより長持ちするもの、地球に帰らないものを持つとすれば、それは本であろうと提案し、そのような素材を開発したのです。江本博士はまだプロジェクトのための出版社は決まっていないと仰いました。私について尋ねられたので、「一年間世界を旅して自生の智恵について本を書くのです」と答えました。誰かが通訳をすると博士は「ああ、シャーマンのようにですね」と言われました。「そうです。部分的には。他には世界平和のための手段としての水と音楽についても取り扱っています。」と答えると、博士と奥様は「はい、はい」と興味深げに言われました。おそらく日本語で“Yes”という意味なのでしょう。

博士は私に名刺をくださり私の情報も求められたので2007年9月9日に行われる愛の春地域セレモニーについてと、ウィリアム・マクドノーフについてご存知なかったので本の素材についての情報を書いてさしあげました。博士は「ああ、九月にセレモニーがあるのですね」と言われたので、私は「とてもお忙しいでしょう。でも、もし来ていただけるなら、或いは来年でも・・・」と言いました。
彼らがスケジュールを確認したところ向こう6週間はマヨルカ、アリゾナでの予定があるということでした。

第五回恒例の水への愛と感謝セレモニーのために人々が集まりました。約20分ほど車で走ると山の高い所まで行き滝に着きました。それは驚くほど美しいもので、二つの滝が離れた場所から始まりYの字型となって共にエブロ川へと流れるのでした。そして、それは曲がりくねって私達がいたサラゴサの町へと続くのでした。しかし、この15年の間にこの川の水は町に着く頃にはかなり汚染されてしまうようになりました。ですから、この水は絶対に愛と感謝を必要としています。このYの字形の二つの滝は私にとって大きな意味を持つものです。

私達は大きな輪になり、その中心に水を入れた大きなボールを置きました
世界中の人々が写真や祈りを送りました。カルレスはそれらを声に出して読み上げ、水の中に入れました。合気道を教えているというある男性に導かれながら私達は動きやオームを行いました。手を動かし、水へ向けながらスペイン語で水への愛と感謝を唱えました。人々は誰からともなく輪の中心へ進み出て祈ったり歌ったりしました。江本博士は(私が思うに)私がテキサス、オースティンから来たことを皆の前で言われました。アメリカから来たのは私一人だったのです。何か言いたいかと尋ねられとても驚きました。

何も準備をしていませんでしたし、祈りは全てすでに行われたようでした。そこで私は皆にビートルズのブラックバードという歌を知っているかと尋ねると、皆は知っていると答えました。2006年のテキサス、オースティンでの最初の愛、春の地域セレモニーにおいて、私が一番感動した歌です。皆でこの歌を歌いました。“ブラックバード(つぐみ)が夜に唄う。折れた翼で飛ぶことを学べ。ずっと飛び立つ瞬間を待っていたじゃないか。ブラックバードが夜に唄う。落ち窪んだ目で見ることを学べ。自由になる瞬間を待っていたじゃないか。飛べ、ブラックバード。暗い夜の中の光に向かって、飛べ。ブラックバード、飛べ。ブラックバードは夜に唄う。飛び立つ瞬間を待っていたじゃないか。”
そして、私はこの素晴らしい場所においてこの人々と出会えたことの素晴らしさと、家ほど素晴らしい場所はないこと、どれほど私がバートンスプリングを愛しているかを思いながら最後に涙が溢れてきたのです。ここ最近地元の水質が悪くなってきていることに対しどれだけ悲しんでいるかにも関わらず、それに対して何ができるのかわからなかったのです。それから私はインディアンの叫びをあげました。アイヤヤヤと。それから私達は江本博士と共に日本語で何度も祈りを唱えて終わりました。私達のそれぞれの言葉、伝統がそこに混ぜ合わされ感謝されたのです。

彼らは祈りの前後の水のサンプルを取りました。水質つまり結晶の形の違いをみるためですどこにいても水に愛と感謝を捧げ人々と共にこれらのセレモニーのパワーを高める歌う看護婦となれることをわかっていました。アインシュタインと江本博士スタイルのe=mc2
において。

それから、最も高い滝まで歩き、合気道の先生と生徒達は私達を中国語の黒い文字が書かれた木製のバケツでびしょぬれにし、滝の下へ連れて行き私達はそこで愛と感謝の祈りをまた捧げました。冷たい水と一体となるのは全てのものからの遮断でした。とても冷たくてこの時は祈りを言うのを忘れてしまったほどで、私はすぐに滝の下から出てこなくてはなりませんでした。とてもリフレッシュされ、また、40メートル以上もの高さから落ちる大きな音にちなんで“ブーン滝”と名づけられた滝の前にいる私達の頭上に虹がかかったときは非常に祝福された気分でした。それからしばらくその虹を見ることができました。

その晩、私はどこに泊まるか決まっていませんでしたが、誰かがそれを聞きつけCerlerに自宅があるのでそこに泊まってもよいと言ってくれました。この静かな環境の中に滞在し、5〜7日間ほど執筆もできるなんて素晴らしい、と私は答えると、彼女は「良かった。私の家はあなたの家です」とそれに答えました。楽しい夜を過ごし夕食を共にし、そして太陽の下であらゆることを語らいました。お互いにこのひと時が素晴らしく魅惑的な日々であるかを。
翌日彼女はサラゴサの家に戻り、私は音楽の国、全くの自然の天国、そして静けさの中で喜びに溢れました。預言者セレスタインのような生活のようでした。書くことの直感、天使のような全くの見知らぬ人が滞在先を提供してくれました。愛に動かされ、私の書く言葉一つ一つが溢れました。愛と感謝を私の国、コミュニティー、家族、友人、そして水である全ての人に持ち帰るのです。
私達は水、愛と感謝を歌います。私達は水、両親を愛します。私達は水、子供達を愛します。私達は水、感謝し崇めます。私達は水、心を感謝で満たしましょう。私達は水、平和の歌を歌いましょう。私達は水、心を祝福し、心を清めましょう。童心に戻りましょう。私達は水、川、海で喜びましょう。私達は水、高い山から海底の奥底まで。私達は水、神からのメッセージを水に聞きましょう。私達は水、水の歌を聴きましょう。私達は水、小川の中に、風の中に神が歌うのを聞きましょう。私達は水、私達は水であると歌いましょう。私達は水、愛を持って水を飲みましょう。私達は水、永遠に歌いましょう。
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2007年8月4日(土) ロサンゼルス エリック・パール主催セミナー
エリック・パールさんは最近日本でもその本やセミナーが大評判の、新しいタイプのヒーラーです。
彼のプロフィールは次の通りです。
エリック・パール博士
エリック・パールは国際的に認められたヒーラーであり、世界中の様々なテレビ番組に出演しています(The Other Side,
Sally Jessy, Raphael, Coast to Coast AM(アート・ベルとジョージ・ノーリーと共演),
America's Health Network, Extra, FOX TV)。彼は国連に招かれてスピーチをし、満席のマディソン・スクエア・ガーデンで紹介され、彼のセミナーはニューヨークタイムズ紙を含め様々な出版物に掲載されています。
エリックは12年間カイロプラクティックの開業医として成功していましたが、ある日患者たちは彼が実際に患者の体に触れていなくても、彼の手を感じると言いはじめました。最初の数ヶ月間彼の手のひらは腫れて出血しました。そのうち患者たちから天使に出会い、癌、エイズ関連の症状、脳性麻痺、慢性疲労症候群、生まれつきの障害、その他深刻な苦痛を奇跡的に克服したとの報告を受け始めました。そしてそれは今日まで続いています。
彼の患者のヒーリング報告は彼自身の著書「リコネクション:人を癒し、自分を癒す」を含めてこれまで6冊の本に紹介されています。「リコネクション」12ヶ国語に翻訳され、世界的なベストセラーになっています。
ロサンゼルスを本拠地するエリックは、世界中の著名な医学研究者や医師、大学などから注目されています。その中にはジャクソン・メモリアル病院、UCLA、シーダーズ・サイナイ・メディカルセンター、VA病院、ミネソタ大学、マイアミ医科大学、アリゾナ大学(ここでエリックはアンドリュー・ワイル博士の要請により医師たちに講演をし、現在研究プログラムが進行しています)などが含まれます。
その彼は、1年ほど前に日本に来たとき、私の事務所を訪ねてくれました。そしてその時東京の水道水に彼のパワーを入れてもらって、結晶写真を撮影したことがあります。

そのときの撮影結果がご覧の写真です。
普通東京の水道水は、絶対に綺麗な6角形の結晶を作りませんが、この結果を見て私は、この人のヒーリングパワーは大変なものだと思いました。そして、彼はロスが本拠地なので私の息子と交流するようになり、今回のセミナーに呼ばれた訳です。

私のセミナーは、無事に終わって最近のどこもでのセミナーと同じように、スタンディングオべーションで終了しましたが、参加してみて驚いた事は、今回のコンベンションに講師として参加した人達の顔ぶれの多彩さです。

スタンフォード大の名誉教授だったウイリアム・テラー先生 アリゾナ大のゲーリー・シュワロフ先生、「フィールド」の著者リン先生など、14名の立派な講師陣が5日間に渡って、お話をされたのです。どうも僕の悪い所ですが、事前情報をあまり集めない所があります。今後は気をつけなければ。
セミナー終了後、エリックさんが僕のために個人ヒーリングセッションをしてくれました。黄金のパワーによって私は直ぐに眠りに付く事になりましたが、ちょっと気になるポイントが有る僕にとって、今後そこがどう改善されるであろうか、楽しみです。

ヒーリングが終わってから今度は、エリックさんの方のドキュメントフィルム製作の為の対談が始まりました。その前にお水で乾杯しました。何と彼はいろいろと日本語の単語を知っていて「KANPAI」とか、「DOUDESITAKA」とか、器用に使っていました。

全て終わって、通訳をしてくれた三浦さんを交えての記念撮影です。今後彼とは何かとお付き合いが続く事でしょう。

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2007年7月27日(金)〜8月2日(木) スペイン・マヨルカ島滞在
バルセロナから1時間半ほどの地中海に、マヨルカと言う大きな島があります。ヨーロッパ、特にドイツ人の避寒地、夏のバカンス地として有名な所ですが、その島に仕事(執筆)を兼ねて、娘家族と合流しての、1週間滞在記を、主に写真でお届けします。
まずは、6月に1歳になったばかりの、2番目の孫ですが、ご覧のように一人でもプールの中に長く居れて、水を怖がりません。

今年4歳になったお兄ちゃんも、水遊びが大好き、一度入るとなかなか出てきません。

滞在したリゾートホテルのレストランのウエイターさん。

ご存知スペイン名物料理パエリア 実に日本人に適したご飯料理です。

島の先端の岬にも行ってきました。この先がイタリア方面になるのでしょう。

その岬の入江。

マヨルカの中心地、パルマにある大聖堂

その中

そのステンドグラスですが、良く見ると6角形を基本としたデザインになっています。

チェス遊びをする(?)兄と弟。
お爺ちゃん、可愛い孫達にすっかり癒されて、また明日からのミッションの旅に出かけるエネルギーを頂きました。
有難うね、みんな。

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