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7月31日
マヨルカ島にて

7月29日

木藤あずささんからのメール

7月28日

浦安花火大会【スタッフレポート】

7月25日

┗世界の水に愛と感謝を捧げる日・・・・スペイン セルレル


7月24日

┗サラゴサセミナー


7月23日

サラゴサ万博に出展候補者となる・・・・ビガルス・ルナ監督からインタビューを受ける

7月22日

ジローナの町そして私の誕生会

7月21日

ジローナへロシアからのお客様

7月20日

バルセロナ記者会見

7月18日

水研究者会議そして1500名参加の講演会

7月17

FIRE THE GRIDの日後半

7月17日

FIRE THE GRIDの日前半

7月16日

初めての国ブルガリア

7月13日

ガイアとの対話

7月1日

トロントワークショップ


2007年
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  江本勝の日記
   
 

2007年7月31日(火) マヨルカ島にて

実は、サラゴサのあと、バルセロナから1時間ほどのマヨルカ島に、半分お仕事、半分休暇の為に来ています。8月2日にはアメリカに向けて出発しますが、オランダで生活している娘家族とも合流して、楽しい日々を過ごしています。
そんな所に、今日ソフィアというNPO団体の人達が、3人で私のところにやってきました。

この団体は、ご覧のような季刊誌をもう9年に渡って出してきて、展示会や勉強会など各種の文化事業を、島内だけでなくスペイン国内で行っています。
http://www.fundacionsophia.com 

私のところに来た理由は、水の結晶展を、マヨルカ、バルセロナ、バレンシア、マドリッドで行いたいと言う申し出でした。

私はEMOTOプロジェクトを推進するための企画なら構わないとOKを出した結果、また来年3月に此処に来て、セミナーをやることになりました。水の万博の開催に先駆けて、良い事前PRとなることでしょう。

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2007年7月29日(日) 木藤あずささんからのメール

今回のジローナ、サラゴサの旅で大変お世話になった、通訳兼世話役の木藤あずささん(写真僕の隣)から、下記のようなメールを頂きました。彼女のあっけらかんな性格が垣間見える、楽しい内容ですので、皆さんにもご紹介させていただきます。

木藤あずさ 
 こんなに晴れてどうするの?という好天に恵まれ、スペイン北部のピレネー山脈の麓にあるセルレールという場所で、“水への感謝を捧げる式”が行われた。この式は、マヤ人達が使っていた暦を元に選定された7月25日に、数年前から毎年世界のどこかで、江本先生の号令に従って開催されている。今年は“ベニスのゴンドラ転覆SOS 応援頼む!”それじゃー、、、、、“ピレネーの滝2本勝負なんかどうでしょうか?”という感じで、ベニスでの開催が取り止めになり、スペインのエブロ川上流地域に決まったようだ。当日スペイン各地やアメリカから駆け付けた参加者は、一路セルレール村を目指して集まった。

エコロジー関係の集いに参加するといつも気付く事は、グッチのバッグやシャネルの服を好み、身に付けているタイプの人は参加しないという事だ。自然派嗜好タイプの人が行きつけにする店やインド等からの輸入品を扱っている店を好んで利用するタイプの人が多い。当然食べ物もナチュラルな物を好み、ディスコに通うよりは静かな場所でヨガなんかをする方が好きな人達だ。 日本の武道を学んでいるグループの集会に参加すると必ずいる、ちょっと日本の武道精神にかぶれている連中も、衣装を揃えて気合いを入れて参加していた。

江本先生の開催に際してのお話を聞いた後、100人程の参加者が一同会場となるエブロ川の滝を目指した。現地に着いたら予想に反して、滝が流れ落ちる場所は、せき止められていて見る事ができなかった。ちょっと小山を登れば、滝の流れ落ちる現場を見られるかも?、、、と言うシチュエーションだったので、主催者が“登れ!”とも言わないのに、老若男女がそれなりに急な崖をどんどん登り始めた。インド製の薄手のネグリジェもどきを着たちょっと太めの女性が、太もも露に登るのを見て、“止めとこう気分”になり、私は途中で引き返した。結局実践会場は崖の下の川辺に定められた。川から汲んだ水に世界各地から寄せられたメッセージを入れ、言霊を10回程皆で唱えた。この言霊と言うのが妙に万葉の世界を思わせる響きがあり、唱えているだけでなんだかとても神聖な気分になった。祈りを込めた水を川に戻し、滞りなく式は終了。

一同の感謝の祈りが宇宙に届き、エブロ川に何らかの良き徴候をもたらすのは、宝くじに当たるより確率が高そうだ。式から数日後 川や海の浄化だけでなく、自力で自分の体内の水を改善してみようと、メッセージを読ませた水を飲み始めた。どんなメッセージを選んだかは秘密だが、その内抜群の効果が現れ、“マリリン木藤と呼んで!”と言う事になるかもしれない。楽しみだっ!? 

映画監督ルナ氏とお会いした邸宅の所有者ジーン氏からも、下記のようなメッセージを頂きましたので併せてご紹介させて頂きましょう。彼も7月25日のセレモニーに参加してくれて、それを含めたメッセージです。

以下 ジーン氏からのメッセージ

Cerler
水のメッセージ:2007年7月
水への愛と感謝デーの間のみならずこの祝典に先立ち、Cerler山において祝典の行われた場所、滝とともに水に関連する聖地のいくつかが活性化されました。

7月23日にカルデスデモンブイの私の自宅でお会いしたときにも少し申し上げましたが、聖なる愛の宇宙エネルギーの振動は過去四年の間に地球上に降り続けています。そして最近はこの振動が非常に大きくなり、地球上の全てのものを充満しているのです。より高い意識、そしてスリ・アウロビンド氏によって予告、準備された聖なる人生へと変化するため、この最初の聖なるエネルギーが地球を貫くのは初めてのことです。

アウロビンド氏は著書“Life Divine”の中で深く掘り下げた解説されているように、地球は彼の呼ぶところの“頤上エネルギー” 或いは“真の意識”、“超意識”或いは単に“聖なる意識”、の圧力増加を経験するでしょう。

過去四年において私達は、地球の中心と繋がる道を開き、活性化した中心とネットワーク化することでこの聖なる計画に協力してきました。聖なる地における聖なる愛の宇宙エネルギーの効果のほどをまとめたご報告をいたします。

* 地球の中心に向かい直下して現れる強い振動は、八角星―各枝は離れるにつれて減少する振動数―のモデルに従い横に拡がっていきます。これらの距離は中心に放出された振動に従うためかなり大きく、常に拡大しています。最終的には八角星は何千キロにも広がっていきます。
* 星の各枝の大きさは現在(2007年7月)、原点で100キロ以上もあります。振動が広がる場所からの中心は常に八角形をしています。
* 多くの場所でエネルギーを受けるための準備がなされてきました。あるところでは何千年も前からです。それらは常に八角形です。これは地球上全ての宗教、文化、文明において真実であります。
* これらの場所はゴールデンライン、地球のチャンネル、地球放射の合流、地下水、地質断層に位置していることもあり、現在の私達の時代に存在跡を残した過去の参入として知られています。

7月25日、Benasque とCerlerの間に五つの中心が聖なる愛の宇宙エネルギーによって活性化されました。
● エセラ川の合流点
● Cerlerのオールド ストーン教会
● エーデルワイスホテル近くの最初の会合場所
● 山の中の祝典地域
● 大きな滝

振動は以下のレベルに達しました:通常水脈などを探すのに用いられる測定器では、最初の場所で734(MuB)、次の二箇所で1434、そして滝とともに水への愛と感謝の集合的召還とコミュニケーションの振動は17.3億ユニットにまで達しました。これは今日で地球最高の振動となります。

過去のケースからいくとこの振動はこれから地球上の他の場所にも起こり、数週間後には上回る数字となるでしょう。
このように高い振動で中心が活性化された場合と同じく、力強い放射(エネルギーのカーテンのように)を八方向に放つのです。それはかなりの距離に渡って聖なる愛の宇宙エネルギー振動を伝播します。

今回、初めて五つの八角星が近くに生まれ、全てが水と強い結びつきを持っています。
全ての星は驚くほど累積された効果をもつ巨大な八角星です。
効果は、
―何千キロにも拡大する
―直径450キロの八角形
―各枝は原点で220キロ幅、1066MuBの振動
―西の枝は非常に小さく完全にカミノデサンチャゴを覆いつくします。サンチャゴに届いたときでも振動は734MuBで120キロを計測します。
―金と銀のチャンネルの交差点は集合点で現れます。付随して、ニッケルと鉄の磁気ネットワークそれぞれの集合点で半径1キロ以上消滅しました。電磁消極性のこの抑制は、滝からの激流水(720.000Bovis unit)に大きな効果があります。つまり、ヒーリング振動、水ではこれまでで最高の振動ということです。
―激流浴でヒーリング効果を経験した人が何人かいます。
―敏感で透視能力のある数人は小さな滝で水元素―水の精―を見た、或いは感じました。隣の写真はポルトガル、バタラの首都で、近い将来三つの自然の主権―天使、人間、元素―が地球上全ての次元、レベルの聖なる兆候の新世界設立のため共に働くことを示しています。

地球のため、そしてスペインのため、この祝典は非常に重要なものとなりました。

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2007年7月28日(土) 浦安花火大会【スタッフレポート】

日本の伝統的な暑気払いに、夜空を彩る花火大会があります。
現在、スペイン滞在中の江本先生ですが、今回の海外講演ツアーの出発前にスタッフに対してある宣言をされました。

「7月28日に花火大会が浦安であります。今年から花火が上がる場所は私の住むマンションの近くからとなり、7300発の花火が目の前で観賞できるそうです。
そこでスタッフの皆さんに当日、自宅を開放しますので、都合の付く人は是非お越し下さい。それと、当日飲食の用意はできないので、各自持ち込みでお願いします。」

「Ohー!!江本先生、粋な計らいありがとうございます!!」花火大好きな私はその場でスケジュール帳に花丸を記入しました。

そして迎えた当日、親に似てやはり花火好きな娘2人(3歳、5歳)の手を引いて新浦安の駅に到着しました。しかしそこには花火大会の会場に向かう予想以上の人、人、人。駅前は会場までのバスを待つ人で長蛇の列をなしています。その光景を見て一瞬、子供達を気軽に誘った事を後悔してしまいましたが、マンションに入ってしまえば何とかなるだろうと覚悟を決めました。

その後、子供達と通勤電車並みのバスに乗り込み(無事座ることができました。)マンション近くのバス停に到着。マンションの入り口付近では、マンション住民以外の人の入場を制限する検問!?まであって再び驚きましたが、事前に情報を得ていましたので、子供と手を繋ぎ住民に成りきって19時頃マンション入り口にたどり着きました。

19階の江本先生のご自宅に到着すると、既に参加者各自が持ち寄った料理がリビングのテーブルに並び、花火宴会のスタンバイもOKです。ベランダに出てみて本当に打ち上げ場所が近くて、これまたビックリです。距離にして400mくらいでしょうか、マンションのすぐ近くの広場が花火を観にきた数万人の人たちが集まる会場となっており、その先には東京湾が広がりっています。さらにその向こうは綺麗なお月様も出ており、最高のロケーションに参加全員始まる前から興奮状態でした。

19時30分、最初の轟音と共に花火大会はスタートしました。
圧巻の一言です。連続で上がる花火の迫力に一同大喜び、そして大騒ぎでした。

19階ですので花火によっては見下ろすこともできました。

みんなの顔も花火同様、笑顔で輝きます。

私も過去に色々な花火大会の会場に足を運んだものですが、大きければ大きい会場ほど花火以上に人の後頭部も手前にあるものです。花火の輝きをダイレクトに楽しめるこれ以上はない豪華な観賞会でした。江本先生ご夫妻、会場提供ありがとうございました。参加者一同にとって素敵な夏の思い出になりました!

報告記:I.H.M.スタッフ 木津孝誠

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2007年7月25日(水) 世界の水に愛と感謝を捧げる日・・スペイン セルレル

昨夜のセミナーの余韻も冷めぬまに、私たちはサラゴサからピレネー山脈の麓にある町セルレルに向かいます。昨夜見事な同時通訳をやってくれた初めての通訳鈴木さんとは、これでお別れです。彼女はスペインに来て30年余になるということですが、流石にその通訳振りは年期が入っており、大変良い方と知り合いになれました。また、右のあずささんとも、仲の良いお友達で、出来れば今後チーム江本として、一緒にやって行きたいものです。

サラゴサからセルレルへは殆ど写真のような山道を2時間ほど走ります。

途中トイレ休憩で入った、山間のカフェで面白い事がありました。
用を済ませて、お茶も飲み「グラシャス」と言ってその店を出ようとしたら、カウンターに新聞が置いてあります。もしやと思ってその新聞をひっくり返してみると、やはり今朝ホテルで見た新聞「ヘラルド」でした。
こんな山深いところで、自分が大きく載っている新聞に出くわすとは、びっくりです。早速、店主夫婦に、「これ僕だよ」と茶化しながら言いました。彼らは最初何を言っているのか分からなかったようですが、新聞の写真と僕の顔を見比べて「あーほんとだ」と言うような顔をして、嬉しそうな様子となりました。
私は更に自分のホームページのアドレスを彼らに教えてあげて、ちゃんと見るように伝えましたが、果たして伝わったかどうか、怪しい所です。

愛感謝セレモニーの行われる町、セルレルに着きました。冬は超1級のスキーリゾートになるようですが、夏休みシーズンで、そこそこに観光客が、滞在しているようです。その中のホテルの一つ「エーデルワイス」がセレモニー参加者の集合場所ですが、遠い所にも拘らず、また急な会場変更の通知にも拘らず、何と100名ほどの人が集まってきてくれていました。

私は、彼らにまず参加してくれたことに対して、お礼を述べ、この愛感謝プロジェクトの目的、琵琶湖でのセレモニーの結果の報告、大断言の意義と、塩谷先生のことについての説明などをさせて頂きました。
また、何故水の研究が遅れているのかという点についての私見なども述べさせていただきました。

参加者の中には、お手製デザインのTシャツを着た方もいて、私にも1着プレゼントしてくれました。なかなか素敵なデザインです。(スペイン語でDIOSとは神のことです。そして2の事は、DOSと言います。つまりH2Oを、私が良くセミナーで言っているように、水は神のメッセンジャーである、と捩っている訳です。)
左の女性は、テキサス州オースティンからの参加のクリスティーナさんです。

皆さんが心の準備が出来たころを見計らって、私たちはセレモニーが行われる,イブロ川の源の滝壷のところに行きました。

ご覧のように、2つの滝が合わさって、下流に流れて行き、イブロ川となります。そしてそれは最終的に地中海に注がれてゆくわけです。
当初、セレモニーはこのダムの上のスペースで行われる予定でしたが、私の足の具合が良くなく、下の方のスペースで行う事になりました。

この流れの左側の上に、ちょっとしたスペースが有りましたので、そこで行う事にしたわけです。

そしてそのリーダーの指導によって演舞のようなものが、皆さんを指導する形で行われました。

みんなの輪の中で、カルロスさんが世界から送られてきたお水のメール写真を紹介し、添えられた文章を読み上げました。

そしてその写真とメッセージは、谷川から汲まれた水に浸されます。また皆さんがお持ちになった水も、それに加えられました。

そして皆で手を繋ぎ、お水さん有難う、と唱和し始めます。

お水さん有難う。お水さん愛しています。お水さん尊敬しています。

そして、「宇宙の無限の力が凝り凝って、真の大和の御世が成りなった」と日本語で10回唱和をしてもらいました。
最後に天に向かい、地に向かい、自分に向かって拍手です。
私は大断言を唱和しながら、わが尊敬する師、塩谷信男先生は今頃どうなさっているのだろうか、お元気ならば105歳になっておられるのだが・・・・とその身を案じました。涙が自然と両の目から落ちてくるのを感じました。

こうして、第5回世界の水へ愛感謝を捧げるセレモニーは無事終了しました。
来年2008年は、このサラゴサ万博の会期中のため、万博会場内にてこれを行おうかと考えています。その節は世界中の方々が参加されるよう、楽しいイベントをあわせて、企画させて頂きますのでどうかご期待ください。

100名の参加者の中には、驚いた事に日本の合気道の道衣を着た人が何人か見えました。そしてこの方がそのリーダーのカルメーロさんです。実はこのカルメーロさん、昨日私のホテルに訪ねてこられました。そして立派な1冊の本をプレゼントしてくれました。

その本には、日本の山伏の修行、滝業、羽黒山を始めとする出羽三山の紹介などが書かれてありました。そして、彼は私の知人でもある新体道の青木先生のお弟子さんでもある事を聞いて、びっくりでした。

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2007年7月24日(火) サラゴサセミナー

なぜ、今サラゴサにいるのかと言えば、実は次のような理由です。
今年の世界のお水に愛感謝を送るセレモニーは、本来はイタリアのベニスで行われる予定でしたが、現地の協力者の都合で、急遽ベニス開催が出来なくなり、スペインのどこかで出来ないものかと、カルロスさんたちに相談をしましたら、彼らがサラゴサから1時間半余りのセレルルという場所を選んでくれて準備をしてくれたからです。
何故彼らがそこを選んだかと言えば、きっと、来年最寄のサラゴサで水の万博が開かれるから、なにかに繋がるかもしれないと考えてくれたのでしょう。そしてそれは早速その通りになりました。

まず昨夜遅くサラゴサのホテルに、バルセロナから3時間ほどかけて着いたのですが、今日の午前中には、地元の新聞社の取材が予定されていました。来年水万博が開かれる町の地元新聞社の取材ですから、私は心を込めて取材に応じました。そしてその記事は、翌日の朝、最終ページ全面で掲載されたのです。

これが翌日でたその新聞です。

午後私たちは、市内の有名なカテドラルの見学に行きました。

通訳をしてくれているあずささんに、一見の価値があるからと薦められてきたのですが、正にその通りでした。

荘厳なカセドラルを見学した後、私たちはローマ時代に建設されたと言う野外劇場跡を見に行きました。今夜10時から、ここで私のセミナーが開かれるのです。

手前の椅子が並んでいる所でセミナーが有るそうですが、椅子の数は200程度でした。今夜のセミナーは、どうやらサラゴサ万博の組織委員会の主催のようで、それを聞いて、私はよし、ここを一杯にして見せるぞ、と思いました。

そして、夕食を終えて会場に戻って来ると、まだ9時だと言うのに、沢山の人が列を成して待っているでは有りませんか。

いくら入場無料といっても、これはちょいと凄いです。すでに軽く200人は超えています。私は心配して係の人に「何人ぐらいの方が入れるんですか?」と聞きましたら、「モニター室もあるので全部で350名位は平気ですよ」と言われ、安心しました。

10時になって、ようやくお客様の入場が始まりました。でも、どうやら350名以上の人が来て、入れない人が沢山出てしまったようです。

私のセミナーは30分遅れの10時半から始まりました。見ると遠くに入れなかった人が移動して、ヘンス越しに私のセミナーを観ているではありませんか。あとで関係者の方に聞いたら、今夜来てくれた人は、700人とも、1000人とも。
私のセミナーが終わったのは、深夜11時45分の事でした。アー、有り難い事です。これで、来年の万博に是が非とも、また来なければならないと思いました。

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2007年7月23日(月) 
サラゴサ万博に出展候補者となる・・・・ビガルス・ルナ監督からインタビューを受ける

日本の名古屋で行われた万博の次の開催地はどこですか?そしてそのテーマは?と、3日前に聞かれたら、恥ずかしながら答えられなかったでしょう。

その答えは、場所はスペインのサラゴサと言う町で、そのテーマは「水」でした、と知ったのは、ブルガリアからスペインバルセロナに入った19日の事でした。世界的に水の先生として行脚している私にとって、こんな大事な事を知らなかったなんて、一体どうした事でしょう。

スペインでただ一人の波動インストラクターカルロスさんは、しかし流石にその辺の所を抜かりなく手配してくれていました。
今日はジローナを9時頃発って、バルセロナのコスモ・カイーシャというスペインでも大きな信託銀行の本部に行きました。その会社が、パビリオンを出展する予定で、その候補に私の結晶写真映像が選ばれたと言う事で、担当者にご挨拶と打ち合わせのためのアポイントが取られていたのです。

厳重なセキュリティーの後にエレベレーターに乗った私たちでしたが、そのエレベーターが途中の階でストップしてしまいました。しかし同乗のスペイン人たちは、あーまたかと言う感じで動じません。よく停電があるそうです。

私たちは30分ほどで、あっさりしたミーティングを終えました。もう会期まで1年を切っているのに、余り万博の内容のことは具体的には決まっていないようです。しかし日本人としての私は、いろいろと事前に案を出させて頂いてよいですかと了解をもらって帰りました。

なにせ大きなパビリオンに大型のスクリーンを、4枚貼って、それを全部使えるような感じの大仕事ですから、こちらとしては早めに準備をしなければなりません。しかし正式に決まったら、これはとてもやりがいのある仕事です。頑張らなくちゃ。

コスモカイーシャへの訪問を終えた後、今度は私たちはスペインで5本の指に入ると言われる映画監督、ビガス・ルナ氏に会うためにバルセロナ郊外のとある邸宅に向かいました。
この邸宅はカルロスさんの友人ジーン・フランソワさんのお家で、同時に彼はルナ氏の知人でもあることで、ここが私に対するインタビューの場所に選ばれたようです。
ルナ氏は写真のようにとても穏やかな顔つきの方で、私は直ぐに親近感を覚えました。

 

ジーン・フランソワさんはやはり水の研究者で、1年の内の大半をインドのオーロビルに住んでいらっしゃるそうです。オーロビルは水を主体とした理想タウン計画で有名な所で、私は過去に何回か誘われた事のある町ですが、今回のご縁で、その実現が近くなりそうです。

ジーンさんのお屋敷は高台にある素晴らしい景観を持った家で、私たちの語り合いは、常にルナ監督がビデオで納められていました。
聞く所によると、来年9月にバレンシアで、監督があるイベントを考えられており、その参考の為に、私の話をいろいろと取材をされたと言う事です。

このインタビューの通訳は、全てあずささんにお願いをしましたが、何とあずささんとルナ監督は、もう5〜6年のお知り合いだそうで、お陰でとてもスムースなコミュニケーションが出来ました。

ルナ監督は私より3歳若くまたとても聞き上手だったものですから、私はかなり思い切った事をお喋りしてしまいました。これが来年のバレンシアでどのように使われるのか、怖いやら楽しみやらです。

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2007年7月22日(日) ジローナの町そして私の誕生会

今日は妻が撮影したジローナの町の風景をまずいくつか紹介しましょう。
写真を見るだけで、この町の歴史の深さが伝わってくる事と思います。

夕方8時頃から、ロサ・マリア邸の1Fの礼拝堂で、地元の有名なバイオリニストの方の、僕の誕生日のための演奏会が行われました。

僕は自分でも小さいころバイオリンを弾いていたことが有るので、このおもてなしに、大変感動しました。もちろん、その曲の数々は、礼拝堂の中で素晴らしい音色を奏でました。

それもそのはず、彼が奏でたバイオリンは名器「ストラディバリウス」だったのです。
始めて見るそれに私は大感激です。

お祝いに駆けつけてくれた、出版社の方と。

誕生パーティーは、教会の隣の建築学校の食堂で、地元の人40人が参加して、開かれました。

誕生祝のケーキその1 愛感謝とスペイン語で書いてありました。

もう1つのケーキのロウソクを吹き消すと、皆さんが暖かい拍手で祝ってくれました。

お礼に例によって、歌い始める私。

皆さんも直ぐに乗ってくれました。だからスペイン人は好きです。

もう12時を回りました。最後の記念写真です。

と思いきや、外に出て今度は妻を捕まえて、記念写真となりました。
イヤー思いもかけない誕生会となり、私は本当に幸せものです。
参加してくれたジローナの皆さん、そしてこの会を企画してくれたロサ・マリアお母さん、本当に有難うございます。

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2007年7月21日(土) ジローナへロシアからのお客様

今日は午前中に、リヒテンシュタインのラスモス君が連絡を取っている、ロシアの水関係者の方が6名も、私に会いたいと言う事で、このジローナまで来てくれました。皆さん、ロシアでお仕事をされている方々ですが、イスラエル、ドイツ、そして根っからのロシア人など、様々な国の方がいらっしゃいました。

用件は、私をモスクワに招いて、セミナーやワークショップをやって欲しいと言うもので、私はもちろんこれを受けさせていただきました。

9月24日に丁度、サンクトペテルブルグ市から招かれておりましたので、その前にお邪魔しようかと思っています。
イスラエルの方々にイスラエル訪問も熱心に勧められまして、私は来年の適切な日にお伺いする事を約束しました。
ついにロシアからもお声がかかり、大変身の引き締まる思いをさせられました。

彼らが帰った後、今日から合流したあずささんとマルタさん、ラスモスとで近所のレストランで昼食です。

あずささんはバルセロナで日本の文化を(お茶や、お花)教えてらっしゃる方で、もう在スペイン15年ほどになる方です。またマルタさんは現代芸術家で、日本がお好き、2年に1回ぐらいは名古屋近辺で、創作活動や個展を開かれていて、日本語もお得意です。そんな彼女達は、ジローナで毎年行われる有名な『花祭り」の創作者として、以前からジローナで活動されていて、その関係でロサ・マリアさんのお友達です。彼女達は私とロサ・マリアさんとのコミュニケイションをしてくれる大事で、かつ素敵な私の友人達です。

夕方、私たちはロサ・マリアさんの家のディナーのご招待を受けました。明日は私の64回目の誕生日なのですが、そのプレディナーと言う事のようです。
彼女の家は、1500年ほどの歴史を持つと言う、まるで世界遺産並みの建物です。ディナーの前に家の中をご紹介させていただきましょう。

家の中から、立派な教会が見えます。







厳かな建物の中で、ディナーが始まりました。
左側がロサ・マリアさんとチームを組んで水のことの活動をしている、カルロスさん。彼は波動インストラクターでもあります。
右はロサ・マリアさんの息子さんのグレゴリ・コルスさん。お父さんのお仕事であった、紙問屋を継いでいらっしゃいます。

ロサ・マリアさんとマルタさん。
ロサ・マリアさんは本当に5年ほど前に93歳で亡くなった私の母親に似ています。彼女は町のご意見番であり、PTAや婦人会の会長や副会長で、かつモダンな女性でした。明治生まれでしたが、外国映画や、洋楽、唄などが大好きで、私は幼児の頃から、とても影響を受けました。
髪の毛こそ、黒と白で違いますが、何となく面立ちも似ているのです。

普段は滅多にお料理をしないという彼女が(この辺も母にそっくり)僕の為に、美味しい魚料理を作ってくれました。ありがとう、マリアお母さん。彼女の家の前での2ショットです。

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2007年7月20日(金) バルセロナ記者会見

9月29日にバルセロナでエキセレンセという大きな書店の企画により[意識改革」と言うテーマで、他の二人の作家とマジシャンとでフォーラムが組まれていますが、今日はそのプレゼンのための記者会見が、その書店で行われました。

右側の方が、この書店のマネージャーの方です。この書店には以前に2回ほど来ており、サイン会やショートセミナーをやったことが有ります。
左は通訳の中村さんです。

記者会見に集まった方々。

記者会見が終わったあとも、何社かの記者が熱心に取材をしてきました。
そして、このこの後、スペインでの僕の母が待つジローナに行きました。

バルセロナから車で1時間半ほど、フランスよりに行った所に、ジローナという古い歴史の町が有ります。私が始めてスペイン語版水伝の出版社から招待を受けて、バルセロナを訪れたのは、もう4年以上前のことですが、その時に、私の熱烈なファンであると言うジローナにお住まいの、ロサ・マリアさんという方をご紹介いただきました。

彼女は、私の「水からの伝言」の初版本を持っていて、結晶写真に大変な関心と興味とを持ち、ご自分なりに1枚1枚の写真を分析し、それを地元の方々に紹介をしてくれていた事を知り、私は彼女に対して深い感謝と愛情の念を持ちました。そして直ぐにお友達になり、早速彼女の住んでいる町ジローナにその時、お伺いさせていただきました。

以来私がスペインに行くたびに、彼女とは必ずお会いするようになり、彼女の方もスペインに「江本友の会」まで作ってくださり、この4年の間にいろいろな企画を作って下さいました。
今回もジローナに行ったら、サプライズが待っていました。夜7時半から私のセミナーが町の公民館のような所で行われる事が、企画されていたのです。

写真は、そのセミナーのはじまる前に挨拶をするロサ・マリアさんと通訳(英語ースペイン語)の方です。

そしてそのセミナーですが、ご覧のように大変な数の人が来てくれて、立ち見、座り見の方で鈴なりとなりました。

結果として入れなかった人が沢山出たようで、そんな方には大変申し訳なかったと思います。しかし、このセミナーは当初予定されておらず、1週間前に告知されたばかりだったそうですが、ロサ・マリアさんの影響力は、この街で凄いものがあるなと、改めて感心させられました。ちなみに彼女は今年84歳です。

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2007年7月18日(水) 水研究者会議そして1500名参加の講演会

今日は10時からホテルで、ブルガリアの水研究者達が集まって、水会議が行われました。最初は特異な水の測定器を開発された、アントン先生のお話から始まりました。

お集まりいただいた方々。

これが、アントン先生が開発された水のスペクトル測定器です。
機械音痴の私には、よく分かりませんでしたが、水が情報を持ちえると言う事を、客観的に証明できると言う事です。

会議の様子。世話役であるイブコさん(正面)の右隣の人が、建築家の山崎さん。今回はご夫婦にすっかりお世話になりました。
有難うございました。

この方も研究発表をなさいましたが、ブルガリアの水研究は、何かしがらみが無くて、今後の展開がおもしろそうです。彼らとの共同での研究に発展するかもしれません。

これが、今夜7時半から私のセミナーが行われる、ブルガリア最大のコンベンションセンターです。私の会場は何と1500名収容可能だそうです。恐る恐る、どのくらいの人が来そうですか?とイブコさんに尋ねたら、1200枚は前売りで出ていますから、と言う返事で、ほっと一息でした。

蓋を開けてみたら、会場は満席となりました。そしてカメラの向こうには巨大なオーブが・・・・・これは行ったいどお言うことでしょう。!?

ブルガリア国家の演奏聞かせ動画映像の時には、皆さん総立ちとなりました。

最後は皆さん拍手で称えてくれました。
これで、ブルガリアでの全日程は終了しましたが、本当に大成功でした。
ブルガリアの皆さん、ありがとう、またお会いしましょうね。
そして主催者のイブコさんいろいろとお世話になりました。
有難うございました。

最後にブルガリアセミナーで僕の通訳をしてくれたアルベナさんです。非常に有能な通訳でした。それもそのはず、ソフィア大学で日本語を教えている先生でした。私にとっては、私とブルガリアを結ぶ大事な方と出会えた感じです。

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2007年7月17日(火) FIRE THE GRIDの日 -後半-

私は、ブルガリア時間で午後1時45分に皆さんに集合してもらって、2時11分から行われる世界平和の祈りの意味について、淡々と次のようにお話をさせて頂きました。
「1999年7月25日の早朝、私は日本全国から来た340名の仲間と共に、日本で一番大きな湖、琵琶湖湖畔におりました。琵琶湖はその形が子宮の形に似ている所から、日本人のマザーレイクと言われていましたが、戦後の急速な化学工業の発展と共に、年々その汚染化が早まり、1980年代から悪臭を放つようになり、90年代の後半には地元住民から8月の夏の盛りの時には、毎日300件にも及ぶ悪臭の苦情電話が、関係する役所に寄せられるようになっていました。

それを聞いた私は自分が主宰する、全国の国際波動友の会のメンバーに呼びかけ、言霊の祈りによる浄化セレモニーをやろうではないかと提案しました。そしてその音頭を、当時97歳の言霊の大先生である、塩谷信男先生にお願いしたところ、先生は二つ返事でお受けくださり、ご高齢にも関わらず朝の4時半からご参加を頂き、みんなの前で朗々とした声で「大断言」をリードしてくれたのです。」

「大断言とは、塩谷先生が考案された言霊で”宇宙の無限の力が凝り凝って,真の大和の御世が成りなった”というフレーズで、私達はそれを無心に10回塩谷先生に続いて唱和致しました。そしておもいおもいに、水に、自然に感謝しながら目を瞑り、琵琶湖の水にその祈りを捧げました。」

「たった、30分ほどのセレモニーでしたが、それから約1ヵ月後の地元の京都新聞に、ご覧のような新聞報道がありました。

今年は悪臭に対しての苦情電話が1件も無かった、と言うのです。
私は小躍りして喜びました。私達の言霊の祈りが天に通じたに他ならない事と、確信をしたからです。

しかし、正直言って、どうしてこの現象が起きたのかは分かりませんでした。私はその新聞を持って塩谷先生のところに報告に行きました。そしたら塩谷先生は、平然とした顔で、こう仰いました。

”宇宙の、と言ったから、みんなの声は宇宙まで届き、無限の力、つまり宇宙エネルギーが、凝り凝って、フォーカスされて、真の大和の御世が成りなった、つまり大和の心が伝わったんじゃよ、わっはっは!”と。
わたしはもちろんその時はまだ分かりませんでした。」

「しかし、それから半年後に読んだ新聞の記事、それは超音波振動によって、水の浄化が出来るという大阪大学の先生の研究成果の記事でしたがそれを読んで、琵琶湖での事が何故起きたのか、私は理解が出来たのです。

つまり塩谷先生に率いられた我々の言霊の響きは、宇宙の超音波帯に共鳴して、エコー現象により超音波として目の前の琵琶湖に帰ってきて、浄化作用が物理的に起きたのではないかと言う理解です。」

「今日私たちはこれから、その塩谷先生が考案された大断言を一緒に唱和します。7月17日のグリニッジ時間11時11分に当たるこの時に世界の善男善女が共に世界平和のために祈ります。
世界のそのグループの中でも、私たちは今海抜2000メートルを越す高山にいて、しかもオクターブの法則である7つの湖の中の、腎臓の役割を持つと言われるこの湖の際で、心を一つにして、世界平和のための言霊を発信するのです。
さぞや、我々の清らかなる願いは、7つの湖の水に増幅されて、宇宙の幸せの超音波帯に健やかに届き、そして強烈なる共鳴現象を得て、この地球に幸せの波動として戻ってくることでしょう。
さあみなさん。そんな事をイメージして、これから大断言を唱和しましょう!!」

「宇宙の無限の力が凝り凝って、真の大和の御世が成りなった。と私たちは事前に十分にリハーサルをしてから、日本語で、目の前の腎臓の役割を持つと言う湖に向かって唱和をしました。それは見事な響きとなって、宇宙へと伝わって行ったのです。」

この素晴らしいセレモニーに参加してくれた皆さんです。この山と、7つの湖を愛し敬う彼らにとっても、忘れられない思い出となったことでしょう。
皆さん本当に有難うございました。

今回、リラ山でのセレモニーの通訳をしてくれたのは、日本人の建築家である山崎さんをご主人に持つ、イワノバさんでした。難しい内容の日本語を、よく皆さんに通訳してくれました。有難うございました。

ヘリコプターの乗務員さんにも大変お世話になりました。なにせ、セレモニーが終わるまで、3時間ほども待ってくれていたのです。
有難うございました。

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2007年7月17日(火) FIRE THE GRIDの日 -前半-

6月24日付の日記に書いてあるように、今日は世界の平和を願う善良な市民が、同じ時間に平和の願いを、この地球に捧げる日です。

私はかねてから、ブルガリアの主催者にグリニッジ時間11時11分に(ブルガリア時間午後2時11分)どこでも良いから、ブルガリア市民と共に平和の祈りを出来る機会を作って欲しいと、依頼をして有ったのですが、主催者のイブコさんは、素晴らしい段取りをしてくれていました。

まず午前10時過ぎから、ソフィア市内のペトロ・ドゥノフ(Peter Dunov)http://softisbg.com/wwwb/)記念碑公園で、ブルガリアの精神的指導者である、ペトロ氏を師と仰ぐ人々と共に、世界平和を祈念しての、大断言を日本語で5回唱和させていただきました。

皆で大断言と、お水さん有難う、愛しています、尊敬していますを唱和しました。

公園に咲く紫陽花やバラも嬉しそうで、ますます綺麗になったようです。


公園にも取材の人達が来ていて、セレモニーが終わった後早速インタビューが始まりました。

記念公園でのセレモニーを終えた後、イブコさんは私達を飛行場まで連れて行き、そこに駐機してあった、ヘリコプターに乗せてくれました。

何とこのヘリコプターは、大統領用のヘリコプターと言う事で、ご覧のように10人以上乗れる大きなヘリでした。どうやらこのブルガリアの主催者は、政府筋にも強いコネクションを持っている人だったようです。

ちゃんと、機内食も用意されていました。

私達の目的地は、ブルガリア最高峰の聖なる山リラ山の麓の高原です。麓と言っても海抜2000メートル以上ありますので、足の悪い僕には無理だと言う事で、主催者はわざわざヘリコプターを手配してくれたのです。ありがたい事です。

そこには7つの聖なる湖と言うものがあって、その岸辺で祈りのセレモニーは行われるようになっていました。写真はそのうちの一つの湖です。

これはまた違う湖ですが、山肌には雪渓がまだ残っているのが見えます。7月の後半で、まだ雪渓が残っていると言う事は、冬には相当の積雪になっているのでしょう。7レイクもその雪解け水が溜まったものと思われます。

ヘリコプターを降りる私と、通訳の山崎さんの奥様。降りた瞬間に、すでに岸辺で待ち受けていた50人余りの人から、一斉に歓迎の拍手が起きて、私は思わず感動して涙が出そうになりました。

そこには取材陣も待ち受けていて、早速インタビューが始まりました。重たい機材をもって3時間余りの登山、本当にご苦労様です。

更に感動したのは、ブルガリアの昔からの風習であると言う、お客様を歓迎するための大きなパンをわざわざ麓で焼いてもって来てくれた人がいたと言う事です。しかも、まだ暖かくとても美味しかった。また涙が出そうになりました。

3時間余りもかけて、平和の祈りをささげるために登ってきてくれた、善良な市民達。

その1

その2

その3

その4

後半へ続く・・・

▼今月の結晶写真にて紹介しています、水の結晶写真です。


FIRE THE GRIDのバッジの写真の上に水を置いて結晶を撮影したところ


このような美しい結晶が撮影できました。

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2007年7月16日(月) 初めての国ブルガリア

台風が来たり、中越沖地震が来たり、日本は大変でしたが、私達の予約していたANA209便は、予定どうり15日のお昼頃、成田を発ってフランクフルト経由で最初の訪問国、ブルガリ、アソフィア空港に向かいました。

今回のスケジュールは、概ね次の通りです。
7月15日・・・・日本発
7月16日〜18日・・・・・・ブルガリア
7月20日〜25日・・・・・スペイン
7月27日〜8月2日・・・・スペインマヨルカ島
8月4日・・・・ロサンゼルス
8月6,7日・・・・ボストン
8月9日・・・アリゾナ・チャンドラー
8月12日・・・ロサンゼルス
8月14日・・・日本帰国
ですから丁度1ヶ月の、世界1周となります。

ブルガリアに私を招いてくれたのは、地元のNPO団体、デンインターナショナルという文化団体でしたが、その会長のイブコさんという方はメディア関係にコネが沢山ある方のようで、次から次へと、国営放送を始めとするメディアの取材が私を待ちうけていました。

最初の取材社であるブルガリア国営放送のラジオ局に行きましたら、その玄関ホールに写真のような、美しい和服が飾られていました。実は、ブルガリア国立ラジオ放送局ソフィア少年少女合唱団は、もう40年ほど前から東海大学の創始者松前先生のご尽力で、日本に10数回も公演のために来ており、日本各地で、日本とブルガリアとの友好関係樹立に貢献されていると言う事です。
この和服はその様な町の一つから贈られたようです。

国営放送のインタビューは録音でしたので気が楽でしたが,通訳をしてくれたのは日本の東海大学に留学経験を持つ方でした。
実は私、東海大学のラグビー部と一緒に合同合宿を平塚の彼らのグラウンドと宿舎で行ったことがあるものですから、昔話で二人は盛り上がりました。初めての国の初めてのインタビュー通訳者と、その国の国営放送局で、40年前の懐かしい地名や温泉名を聞くとは、思いませんでした。お陰さまで、インタビューに対する私の答えや、その通訳はすこぶる順調に行って幸先の良い出足となりました。

写真の左側の人が今回の主催者イブコさんで、なかなかユニークな人です。セキュリティ関係の暗号の特許を考案した人で、一見私の研究とは関係が無いような感じですが、愛国心が強く、またとてもスピリチャルな方でした。

ホテルに戻ると、「水は答えを知っている」のブルガリア語版の出版をしてくれているアラ ゴッツェヴァさんが来てくれていました。私がブルガリアに来ると言う事で、本が売り切れ店が続出するほど良く売れているそうで、現在次の版を刷っているそうです。嬉しい事です。

引き続き、ホテルで共同記者会見が始まりました。

その模様。

引き続いて国営テレビの取材がありました。

更に他のテレビ局の取材です。最終的にこの日だけで6社の単独取材がありました。

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2007年7月13日(金) ガイアとの対話

写真の女性は、私の秘書の一人甲斐富紀子さんです。彼女は海外暮らしも長く、英語が堪能です。
今日は彼女のアレンジでガイアとの対談が行われる事になりました。
以下は甲斐さんからのレポートです。

7月13日午前中に、国際電話対談が行われたのですが、本日の江本所長の対談のお相手は、少しめずらしい方でした。お名前を“ガイア”とおっしゃいますが、皆さんも耳にされたことがあると思います。

そう、“ガイア”というのは、私達の惑星、母なる地球のことです。この地球は、生きている意識体であり、その地球自身の意識体の名前を“ガイア”と呼ばれているのです。この意識体ガイアは、カリフォルニア州シャスタ山に住んでいる著名なチャネラー、ペッパー・ルイス女史のチャネリングによってコミュニケーションをとることができます。

この程、IHMでは、9月1日と2日にペッパー・ルイスを招聘して日本で初めての「ガイア・チャネリングセミナー」を協賛することが決定し、このイベントに先立って江本所長とガイアの国際電話対談が行われたのです。

それでは、その対談の内容の一部を以下にご紹介させていただきます。

ガイア:
私達は全て一体であり、つながっています、今あるかのように見えている分断というものは、本当は存在しないのです。
これから、皆がそのことを理解できるような時代になっていきます。このような考えは、東のかなたより世界に広がってゆきます。東方の国から、新しい教えと思想がこれから広がっていく時代になります。それは、いまだかつて無かったような新たな変化を起こします。
西欧の思想はもう必要とされていません。これからのリーダーシップは東のかなたから自然と起こってくるのです。それは、人為的に作られたものではなく、自然な形で作用します。

そして、あなたはそのような原理を理解する方です。あなたは、このような役割を過去に何回も何回も行ってきました。今生でもあなたはそのような役割を担っている方です。

今、この魚座の時代の最後の時期にあって、このお仕事が必要なので、水の研究を行っています。そして、これから水瓶座の時代に入っていきます。あなたは、今生では、水の研究を行っていますが、以前には他の物質もあつかっていました。例えば、アトランティスの時代には、エーテルという物質を扱っていましたし、それよりも以前の人生では火を扱っていたこともあります。

みずがめ座の時代にはいると、水と空気が合わさった新たな物質“エーテル”が出現し、これが天候のパターンなどを支配することになります。
この時代に沢山の新たな教えがひもとかれることとなります。

江本:
お話を聞いて大変びっくりしました。過去にエーテルに携わっていた。ということでしたが、実は以前に書いた著作の中に、「エーテルとはH2O、水のことなり」という仮説を書いているのです。

ガイア:
その通りです。エーテルとは、水が違った形態で現れているものです。

江本:
私の目標は、水の中からフリーエネルギーを取り出すということです。そして、それをするためには、技術的な問題よりも、人々の意識のレベルが変わる必要があると考えています。そのために私は今世界をまわってお話をして歩いています。

ガイア:
そうです。世界はこのような資源の存在を認識する必要があります。

江本:
ですが、残念ながら、うれしくないことを言っている人もいます。つまり反対の勢力ですね。

ガイア:
そうです、まさに「反対の勢力」です。この勢力のことをマイナス、負の勢力というより、反対勢力というのがふさわしい呼び方ですね。今はマイナスの力を発揮していますが、この力は、もともとは同じものなのです。つまり、今はマイナスに作用していますが、後にプラスに働く可能性を秘めた力です。

この力が、反転して、おのずとプラスの力になります。自らの内と外が裏返しになり、良い力となるのです。そして、そうなった時には、本来あるものよりも更に大きな力になります。

江本:
それは、日本の武道、合気道の原理とも似ていますね。敵の力を良い形で利用するのです。

ガイア:
その通りです。そして、それは、今すぐにでも実現可能なことなのです。今あるマイナスの勢力を反転させて10倍にも及ぶプラスの力として活用することができるのです。

もう一つお願いがあります。あなたの夢の中に訪れたいと思います。

江本:
ありがとうございます。是非楽しみにしています。

以上、対談の一部をご紹介致しました。
さて、ガイアの説明している、「自分にマイナスに働く勢力をプラスに反転させ、それを10倍にも拡大して用いる」秘訣とは、一体どのようなところにあるのでしょうか?

来る9月1日、2日には、「“ガイア”は語るー母なる地球からのメッセージ」と題して、受講者参加型のセミナーが企画されています。ガイアにたずねてみたいご質問がある方は是非用意してきて下さい。皆様のご参加をお待ち申し上げております。そして、2日の日には、スペシャルな江本所長の友情ゲスト出演も期待できるかもしれません!!!

このイベントの詳細に関しては、弊社のホームページhttp://www.hado.com/event/page.htmをご参照いただくか、Eメール、(seminar@hado.com)、お電話、又はファックスでお問い合わせ下さいませ。
(Tel 03-3863-0860、Fax 03-3866-5353)

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2007年7月1日(日) トロントワークショップ

今日は、カナダの独立記念日です。それを記念してと言うわけではないのですが、私のロングセミナーがHADOライフUSAの主催で行われました。

11時から4時半まで、途中1時間のお昼休みを挟んで4時間半の長丁場のセミナーでしたが、50名ほどの参加者が最後まで、熱心に聞いてくれました。

内容は

第1部が「波動とは何か」
第2部が「始めに言葉ありきを検証する」
第3部が「波動と世界平和」 の3部構成です。

この模様は、DVDにして後日、英語版、日本語版を発売する予定ですので、ご関心のある方は、是非お求め下さい・私の現時点における波動研究の成果が収められています。

オンタリオ湖に面したホテルで行われたワークショップの後、同じホテルの、湖がよく見える5階のテラスで、HADOインストラクターのブリーさんの主催による、水に感謝する音楽会が開かれました。
私に何か挨拶をして欲しいと頼む、右側の女性がブリーさんです。

私は、会場の雰囲気を察して、硬い挨拶よりも、唄を歌う事にして、「WE SHALL OVERCOME」を歌わせていただきました。いつでもどこでも、唄が歌える自分、その様な才能を与えてくれた、母に感謝です。

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