2007年6月29日(金) トロントにて
27日からトロントに来ています。今回のカナダの日程は、大変贅沢に出来ており、足の悪い僕にとっては好都合な日程となっています。
6月21日はアボリジニデーでオリリアという町で、ネイティブの方と水のセレモニーを祝い、講演をさせていただきました。
そして東海岸に近いモンクトンというところでセミナー日を含めて、4日ほど滞在しました。当初は、僕の大好きな『赤毛のアン』の舞台である、プリンス・エドワード島に行こうかと思ったのですが足がなくて(?)、ホテルでじっとしての静養と成りました。
トロントに来た理由は、7月1日がカナダの独立記念日で、それを祝ってのイベントの一環として、僕のワークショップが企画されたのです。
今日は、僕達はホテルに隣接する埠頭に行ってきました。いろいろな種類の遊覧船がいて、沢山の観光客が見受けられました。

夕方は、トロントの僕の通訳、知恵子さんの家にディナーのご招待を受けました。お伺いして、びっくり、東京で言えば田園調布、アメリカで言えば、ビバリーヒルズのような高級住宅地の中にある、立派なお屋敷でした。

ご主人は骨董品を集めるのがご趣味のようで、日本の鉄瓶がご覧のように、沢山並べてありました。

今には素敵なピアノが置いてありましたので、思わず弾いてしまいました。心休まるひと時です。

お庭も広く、リスが一杯遊んでいました。動物好きの妻は、早速撮りまくっていました。
トロントの中心部にこんなに閑静な住宅地があるとは、羨ましい限りです。
こんな所に住んでみたいなあ。




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2007年6月24日(日) カナダ モンクトンセミナー
モンクトンというところはモントリオールより更に東側に有る町で、「赤毛のアン」で有名になったプリンセスエドワード島の近くに位置する、人口10万人ほどの小さな町です。殆ど東海岸に接していて、日本からはかなり遠い所となります。
正直言って、こんなに遠くの小さな町に来るとは思いませんでした。
何故ここに来るようになったかと言えば、写真の青年(?)シバラジさんがここに住んでいて、私を呼んでくれたからです。そう、彼は私の心の子供であるHADOインストラクターの第1期生なのです。父親である私は200人近くになったHADOインストラクターが「パパ来て頂戴」と言ってくれば何としても行かなければ成りません。

彼は「ウエルネス」と言う季刊のフリーペーパーを作っていて、地元のスピリチャル系の方々のビジネスや、ファンに情報を提供しています。

この日私は、初めての町にも拘らず、最新の情報、つまりかなり高度なお話を用意しました。前夜のシバラジさんのお友達8名とのディナーで、明日来る人がかなりレベルの高い人達である事を知らされたからです。
ですから話に自然に熱が入りました。

そして、350人近い聴衆から盛大なスタンディングオべーションを頂いて、今回のカナダ講演、連日大成功となりました。

講演終了後、シバラジさんとその美しい奥様が、EMOTOプロジェクトに協力する方々を募ってくださりました。(うーん、残念奥様の顔が隠れてしまいました。)

ところで会場でこのバッジが配られていました。「FIRE THE GRID」と書いてあるのを読んで、直ぐに気がつきました。私が、7月17日にブルガリアで指揮させていただく平和集会のスローガンだからです。
この平和集会の事については、とにかく次をクリックしてください。
http://www.firethegrid.com/
日本語を始め何と14の言語でのサイトが有ります。そしてその物語を読んでください。その計画を読んでください。
現代のインターネットと言う、平和運動に使えば最高のテクノロジーを駆使して、7月17日に世界の皆さんで世界平和を祈ろうと言う呼びかけが、行われており、それに対して善良な市民が次々と立ち上がっています。
私もこの計画は、ニューヨーク在住のHADOインストラクターの方から頂きました。直ぐにそのサイトを開けて驚きました。日本語のものも有ったからです。
その時はまだ8ヶ国語でしたが、今は14カ国に増えています。
私も参加したいと思って、スケジュールを調べたらその日はブルガリアでセミナーをやる事になっていました。で、直ぐに現地のオルガナイザーに連絡してこの時間に現地で集会をしたいのだが協力してくれないだろうかとお願いしたところ、二つ返事で聞き入れてくださり、私はブルガリア時間の11時11分GMTに、平和集会を開く事が出来るのです。
今回この地でこのバッジを見つけて、どうしてこれが此処にあるのかを聞いたら、何と神秘的な臨死体験を持つ、この計画の起案者が住んでいる町がこのモンクトンの隣町だと言う事だったのです。
相変わらず、私の周りには共時性の嵐が吹きまくっているようです。
とにかく皆さん、一度上記のサイトをクリックして、その内容をお読みなってください。
お願いします。

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2007年6月23日(土) オリリアからトロント空港までのシャトルタクシーの中で
私達は、次の目的地モンクトンに行くために、10時にシャトルタクシーを呼んでホテルを出発しました。シャトルタクシーと言うのは乗り合いタクシーの事で、途中途中で、予約をくれたお客様を拾ってゆくのです。
僕達が最初のお客でしたが、このシャトルはそんな訳で、2箇所に立ち寄り、2人のご婦人を乗せ、彼女らは私達の直ぐ後ろの席に座りました。
しばらくしてから後ろの席の会話の内容が、なんとなく耳に入ってきました。どうやら、一人の年配のほうの女性が若い方の女性に、昨日行われたアボジリニよるお水に感謝セレモニーの事を話しているようです。彼女は参加できなかったようです。そしてとうとう、私の名前まで飛び出しました。
「江本先生まで来てくれたのよ」と言うような感じです。
私は思わず「はーい、私が江本です」と言って後ろを振り返りました。
年配のほうの方は、全く私が乗っている事を知らなくて話をしていたようで、思わず「キャッツ!!」と叫びました。
それからは車の中でお水談義が始まって、退屈しない道のりとなりました。
それにしても有名になることは、大変です。うっかりおならも出来ません。
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2007年6月22日(金) カナダ オリリアセミナー2日目
夏至の今日はアボジリニデイの日です。朝からいろいろな行事が行われていましたが、私は夕方からの2回目のセミナーに集中させていただきました。
今日もアンクルさんが舞台の上で、私をヒーリングしてくれました。それが終わって、右側はこの教会の責任者マリアさんと記念撮影です。

この水の日の為に、この地区では名の知れたピアニストの方が、水の曲をいくつか演奏してくれましたが、それはそれは素晴らしい感性と技術で会場の方皆さんうっとりでした。

続いて、ネイティブ婦人会の方々によるコーラス。唄には必ずドラム演奏が付くようです。真ん中で飛び入りで歌っているのはHADOインストラクターで今回の主催者の一人、バーブさんです。

ふた晩続きで、同じ会場でセミナーをやったのですが、今日もスタンディングオべーションを頂きました。もちろん話の内容は昨夜とは全く違うものでしたが。

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2007年6月21日(木) カナダ オリリアにて
昨日、朝8時に家を出て、11時10分発のワシントンDC行きで、12時間の空の旅。そこで約6時間の待ち合わせで、カナダ・トロントまで飛行機で2時間、そしてそこからシャトルタクシーで2時間かけて、オリリアという町に着きました。
家を出てからなんと27時間もかかった、ほんとに長い長いたびで、着いた時は流石の僕もヘトヘトでした。
何でここに呼ばれたか、それはローカル紙(写真)に報じられているように、6月21日・22日は地元のアボリジナル(ネイティブカナディアン)デイで、今年は女性達の主催によって「水への感謝フェスティバル」が行われる事になり、そのメインゲストとして私がご招待を受けたという訳です。そしてその団体と私を結び付けてくれたのが、第4期HADOインストラクターのバーブさんだったのです。

今日はお昼過ぎに、湖のそばの綺麗な公演で行われていたそのセレモニーに参加させてもらいました。ご覧のように殆どがご婦人と子供さんで、それぞれに手製と思われるドラムや笛を持って参加されていました。
やはりネイティブ系の方が多かったようです。

そのうちの一人は、彼女の子供さんが作ったと言う小さな、そして素敵なドラムを私にプレゼントしてくれました。楽器好きの僕には思いもかけない嬉しいプレゼントでした。

そのドラムを叩きながら、私も皆さんの輪に加わりました。とても気分が良く楽しかったです。

私の他に2人のゲストが招かれていました。そのうちの一人はアンクルさんと言って、グリーンランドから来たシャーマンの方でした。彼も17時間かけてきたそうです。グリーンランドの方が日本より距離的にははるかに近いのですが、やはり国内トランスポーテーションの問題でしょう。
アンクルさんは前から私に会いたかったそうで、今回はるばる来てくれたとの事。
この日を含めて2日間で3回の素晴らしいボイスヒーリングを、私にしてくれて感激しました。

そのあと、夕方のセミナー前のレセプションの時にもアンクルさんは私の痛んだ左足をヒーリングしてくれました。ありがとうです。

セミナーが行われた教会の様子。200人ぐらいの人が来てくれました。

セミナーの前に行われた、ネイティブの方のクリスタルボウルを使ってのセレモニーです。

私も音叉を握りながら熱弁を振るいました。

ちょっと写真がぶれてしまいましたが、今回のカナダツアーもスタンディングオべーションで、幕を開けました。

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2007年6月19日(火) 船井メディアの人見ルミさん来社
明日から私はまた2週間ほどカナダのほうに旅立ちます。今年になっての海外出張はもう、これで5回目、合計113日間の海外活動です。
つまり半年間、181日のうちの3割ちょっとぐらいしか日本におらず、その分IHM(私の会社)の社員に迷惑をかける事になります。国内での営業行為を兼ねたセミナー活動が殆ど出来ないからです。
そんなギャップを少しでも補おうと、私は1週間ほど前に、私の最近の発見などを交えたプロモーションDVDを作る事を考えました。そして今日がそのための収録の日で、インタビュアーとして気心の知れている素敵な女性、船井メディアの人見ルミさんをご指名させていただきました。
人見さんは超忙しいスケジュールの中を二つ返事で、しかもボランティアで私に対してのインタビュー役を引き受けてくださり、ニコニコした相変わらずの可愛い顔で、柳橋の私の会社にやってくれました。

人見さんのプロフィールをここでご紹介しましょう。
(株)船井メディア 取締役 JUST制作部東京生まれ。
大学卒業後、テレビ東京天気予報キャスター、「TBS テレポート6」レポーター、NHK「日本列島ただ今6時」レポーターなどを経て、テレビディレクターに転身。
「中村敦夫の19時発」他ニュース番組制作。その後、北インドへ渡り、一年半滞在。
アシュラムでヨガ、瞑想等を学ぶ。帰国後、船井メディアに入社。
精神世界を探求しつつ、経営者著名人等のインタビューは180名を超える。
以前に何度か対談やインタビューをしている私達は、まことに気があって、今日も一度もNGとなることなく1時間があっという間に過ぎました。
このDVDはご希望の方皆様に無料で進呈しておりますので、どうぞ事務局までお申し込みください。
内容は
最初の1時間が「初めに言葉ありきを検証する」
次の1時間が、人見ルミさんのインタビューによる、その解説です。

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2007年6月16日(土) 韓国からのお客様
実は昨日もう一組の来客が有りました。韓国からわざわざ私にインタビューする為に来られた、キム・ギョンミさんとその通訳の方です。
キム・ギョンミさんは舞台演出家で2週間ほど前、下記のようなメールを送ってくれていました。
私は「水は答えを知っている」を数年前に知り、いつか必ずこの内容の公演をしたいと考えていたのですが、今回そのプロジェクトを遂行できることになりました。
この内容を知った時、この世の真理を知ったような喜びを感じ、この喜びを多くの人と共有したいと思い、公演を企画することになりました。
この公演と関連する内容を添付いたします。
シナリオは現在作成中であり、江本博士とのインタビューが行われた後には、もっと面白いストーリーになるのではないかと確信しています。
インタビューの内容は、主に江本博士の研究過程とその過程の中で江本博士が感じた点などの、いろいろなエピソードについてお伺いしたいです。
9月13日から始まる、「第10回ソウル遠方演劇祭(Seoul Marginal
Theater Festival)」に出展する作品「The Answer Is...」に、多くの関心を持ってくださり、再度感謝いたします。
もし、気になる点がありましたら、いつでも連絡ください。
ありがとうございます。
「夢をみる人たち―コミュニケーション夢」
プロジェクト・マネージャー
キム・ギョンミ
(公演企画、製作、行事企画、演出)
[The Answer Is ...]
内容:科学者が水の結晶体を撮ることになる過程を描いた話
主題:世界を変える力のすべては、あなた自身の中にあります。
場所:科学者の実験室
50個のシャーレ(ガラス&鏡)、モニター(またはスクリーン)
人物:
博士−物性を証明しようと、試験室に入り浸っている。年齢は30代半ばか、後半博士は最近結婚した(結婚2年目ぐらい)
一番近くで見守ってくれた妻と疎遠になった。その理由は、いつも気楽にさせてくれ、いつもその場所に居てくれていると信じさせてくれたからである。そして、妻に対する愛よりも、自身の試験に対してよりいっそうの愛と情熱をかけるようになった。自身の試験が、現在まで順調に進んだのも、妻の内助が最も大きかったことを忘れていた。物性を証明する方法を、自ら探し出すことに成功した。
女性−現実の世界では、博士の妻であり、幻想の世界(Act2)では、水の妖精。母。博士の初恋の相手(博士の少年時代の初恋)。博士の妻。水、それ自体。
隠喩:
モニターをつける行為−水を顕微鏡を通して見る行為
水を飲む行為−水の世界に入り込む道
水の反映−自身の内面世界を見つめること−いくつかの水の結晶体の姿で表現
水のボリューム−内面の深さ(どのように表現できるか?音で可能か?)
オブジェ:
モニター−顕微鏡を通してみる世界
映像−夢、もしくは幻想、または、目では見ることができない世界。
水の結晶体(last sceneでは、50個のモニターをすべてOnにする)
博士の無意識
拡大された、または正常、または縮小されたシャーレ−実験室
サウンド−時間の流れ、水の流れ、またはボリューム、博士の無意識
動き−人物の無意識、人物の感情性
synopsis
博士の実験室
博士は、水の神秘を解き明かす研究に没頭している。
水が生命の根本であり、混濁した環境を元に戻し、世界を変えることができる力を、ただ水だけが持っていることを人々に証明しようとしている。
しかし、人々にどのようにしてこの事実を知らせることができるのか、いくら考えてもその方法を見つけ出すことができなかった。
その日も一人、実験室で悪戦苦闘している中、うとうとと眠気が押し寄せた。
博士は、水の妖精と出会った。その妖精は、女のようでもあり、男のようでもあったが、温かみを感じた。そして、博士をどこかに連れて行った。
知らない世界であるが、なぜか懐かしかった。周りに目を凝らすと、水の循環であり、自身が経験した過去と未来が遭遇している世界だ。
宇宙から地球に落ちた水の結晶体が循環する‘Water Road’だ。
自分が、これまで探しに探していた水の姿を見たのだ。
そして、水の妖精は、水が持っている生命力をそのまま見せてくれた。「愛・感謝」を水に対して示した時に反応するものと、「恨み・憎悪」を水に対して示した時に反応するものを、肉眼で確認させてくれた。
夢から覚めた博士は、ついにそれまで悩み続けていた水の現象を、人々に伝える方法を発見することができた。水の結晶体を写真に撮るのだ。
博士は、「愛・感謝」という単語が書かれている紙を、水の入ったカップに貼り、その結晶体を写真で撮る。夢で見たその姿を確認した。
写真を手にした博士は、「水は答えを知っている」と言った。
[The Answer Is...]は、江本勝の試験ストーリーを、舞台で表現するものである。
インタビューは私の妻を交えて午後4時から9時まで、夕食をともにしながら、楽しく続きました。当然撮影が成功するまでの苦労と秘話などを沢山お話しましたから、シナリオもだいぶ変わってくるのではないかと思います。
私達夫婦は是非その公演の日にソウルを訪れたいと思いましたが、予定を見たらニューヨークの方の予定がすでに入っており、行く事ができません。9月13日に行われると言うその公演が、成功する事をただ祈るばかりです。

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2007年6月15日(金) グンター・パウリさん来社
http://www.masaru-emoto.net/japanese/jdiary200502.html
まず、上記をクリックしてください。グンターさんが、どのような人か、書いてありますので。
今日、僕の大好きな、そして尊敬する環境革命のスマートな闘士、グンター・パウリさんが、再び私の事務所に訪ねてくれました。
今回は、2ヶ月ほど前に、何と日本の鎌倉で式を挙げたと言う新婦のキャサリーナさんを伴って、来てくれました。
キャサリーナさんはコロンビアの人です。グンターさんはコロンビアでもう長い事、環境事業をやっています。(下記参照)
− 東京の神田錦町にある学士会館で6日、NPO法人:ZERI
Japan(ゼロエミッション研究構想Japan)によるコロンビア、オリノコ川上流での熱帯雨林再生プロジェクトの説明会が行われました。
この熱帯雨林再生プロジェクトはフジ産経グループが主催する環境大賞・特別賞を受賞し、環境デーにあたる6月5日にフジテレビ系列の番組で放映されました。
代表のグンター・パウリ教授によると、ラス・ガビオタスというコロンビアのサバンナは以前、熱帯雨林であったのに、現在は乾燥した土地に動物も食べないような草が生えるだけの土地になってしまいました。この死に地を何とか熱帯雨林に再生しようということで始められたそうです。
酸性土壌で樹の育ちにくい土地をどうやって森にしていくかというと、秘訣は菌根菌と言うキノコの菌を使うのです。カリブ松の苗を植える際に菌根菌の胞子を根にたっぷり着けて植えます。すると胞子の菌が土中の養分を分解し、根に栄養を与えるんだそうです。
こうして大きくなったカリブ松は葉や枝で日陰をつくり、今まで日差しが強く乾燥していた土地に保水性をもたせます。さらに枝には鳥がとまるようになり他の植物の種子を木の廻りに落としていくので、多様性のある森に育っていくのです。
このプロジェクトがすごいのは森が育つ事によって環境が改善されるだけでなく、飲料水や木材などの産業も生まれます。つまり雇用を創出するので貧困対策にもなるのです。失業や貧困がコロンビアの抱える大きな問題である反政府ゲリラや麻薬密売の根源であるから意味は大きいのです。なおかつ森はCO2を吸収するので、京都議定書で定められた「排出権取引」によって将来、排出権として売れるかもしれないのです。まさに一石三鳥ですね。
この様な、素晴らしい事業を進めるうちに、可愛らしいコロンビア娘をお嫁さんにされたようです。おめでとう!パウリさん。

パウリさんは、ベルギー人、キャサリーナさんはコロンビア人、そのお二人が鎌倉の東慶寺で、式を挙げるとは!?
きっと、パウリさんは、日本、特に鎌倉が大好きなのでしょう。

対談中の様子。この詳しい内容は、月刊「HADO」9月号に掲載予定です。
それにしてもこうやって見ると、ディスプレーしてある背後の本の数、すごいなあ。
全部、「水からの伝言」「水は答えを知っている」の海外版で、60冊ほどあります。

世界を股に駈けて、人類平和の為に働く二組のカップル・・・なーんちゃって。
でも、右肩上がりでよい感じ。

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2007年6月11日(月) 2008年のカリビアン・クルーズについて
当サイト日記欄、2月20日〜28日の項でお伝えして有りますように、同時期私は120名余りの、世界の心を同じにする人達とともに、1週間のカリブのクルージングツアー「グラティチュード オーシャン」(http://www.oceanofgratitudecruise.com/2007/index.html)に参加させていただきました。
そのツアーが来年もまた行われる事になり、私も再び講師として参加する事になりました。期日は2008年2月16日〜24日です。(http://www.oceanofgratitudecruise.com/)
*都合により2008年の上記カリビアンクルーズのセミナーはキャンセルとなりました。
(2007年9月28日)
初めて今年のツアーに参加して、それが余りにも有意義で楽しかったものですから、今回は早めにこの企画を皆様にお伝えして、出来ればご一緒しませんかというお誘いを申し上げたいと思います。
何が有意義でかつ楽しかったかと言えば、次のような事が挙げられます。
- 船がゴージャスで、設備的に申し分ないこと。
- 食事も、フォーマル、インフォーマル両方そろっており、楽しめます。どちらかと言うとイタリアン系が多かった。寿司コーナー、中華コーナーもあります。
- いろいろな講師が参加されて、毎日教養・スピリチャル講座があって、充実しています。
- 7日間の内に、コスタリカ、パナマ。ホンジュラス、等のカリブの国々に上陸する、様々な企画が用意されていて、とても勉強になります。(詳しくは日記を参照してください)
- カラオケ大会もあります。
- もちろん終日カジノも。ショーやコンサートも用意されています。
- 何よりも良かったのは、とても良いお友達が出来るということです。そして、それはビジネス関係においてでもそうです。
日本人の方にもとても楽しめると思います。お問い合わせは、私どもの会社にどうぞ。(担当入江まで)
*都合により2008年の上記カリビアンクルーズのセミナーはキャンセルとなりました。
(2007年9月28日)

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2007年6月10日(土)
林博章先生「日本の建国と阿波忌部 出版記念講演会」(スタッフレポート)
先日、鳴門工業高校の教諭の林博章先生より江本先生宛てに御手紙を頂きました。林先生のお手紙の一部を紹介させて戴きます。
「拝啓:初めての手紙を書きます。この度、東京で出版記念講演会を開催することになりました。〜中略〜江本先生は麻にも興味を持たれていると聞いています。麻を扱い日本を建国にまで導いたのが阿波忌部であり、いよいよそのベールを環境並びに日本が危機をむかえる中、世に出したいと思います。〜後略〜」
とありました。江本先生に代わり出版記念講演会に出席をさせて戴きましたので、その報告を致します。
お手紙に同封されたチラシには天日鷲命(あめのひわしのみこと)を祖神とする阿波忌部族(あわいんべぞく)云々とあります。阿波忌部とは初めて聞く名前です。麻とのつながりの深い古代からの部族と麻の関係。麻の重要性は江本先生も国内外のセミナーで発表されていますので、さらなる貴重な情報に期待して会場である下北沢の北沢タウンホールを訪れました。
司会者の方から紹介後、登壇された林先生は開口一番「私は体育会系です!」と自己紹介されるや、阿波忌部の研究報告が、それこそダイナミックに始まりました。
林先生は1995年に「阿波から地球へのメッセージ」をスローガンに、徳島アースフォーラム実行委員会を立ち上げ、オゾン層の破壊、地球環境問題に取り組まれ、1997年から古代阿波の歴史に取り組まれたそうです。その研究の中で阿波忌部の存在に惹かれ、その足で全国津々浦々に点在する阿波忌部族の足跡を訪ねたとの事で、講演ではそのほとんどがご自身で撮影された貴重な写真をスライド化されていました。
林先生の話によると阿波忌部族とは
* 忌部とは穢れを忌み清めるという意味を持つ
* 忌部氏は、古代から大和王権の祭祀を中臣氏と担当していた。
* 本来、王権祭祀を司っていたのは忌部氏であった。
* 阿波忌部が麻を植えて、吉野川流域を開拓したことにより麻植(おえ)の名前が生まれた。
* 海洋民であった阿波忌部族は麻の他にも農業、養蚕、織物、建築、音楽などを全国に伝えた技術集団でもある。等々・・・・
その他にも奈良にある日本最古といわれるホケノ山古墳よりも時代を遡る古墳が阿波の地で見付かっている等、古代ロマンを感じさせる調査報告が満載でした。詳しくは林先生の著書である「日本の建国と阿波忌部」をご参照下さい。

「日本の建国と阿波忌部」の購入先は
http://www3.tcn.ne.jp/~aska/
また、講演を主催した「ヘンプリズムプロジェクト志国(しこく)」のホームページ
http://holistic-healing.jp/hemp/index.html にも詳しい情報が載っています。
情報満載の講演会でしたがその中で特に印象深かった麻に関するお話を紹介することにします。
新しく天皇が誕生する際行われる大嘗祭においては大麻(おおあさ)が祭られ、それをアラタエと呼び、そのアラタエは代々忌部によって天皇家へ献上されるそうです。アラタエ製作のための麻の種まき、栽培、皮向き、精麻の製作、紡ぎなどの工程を一貫して行うのが美馬市(旧麻植郡)の忌部・三木家であるそうです。
さて講演ではそのアラタエの製作に当たるに、穢れを避けるために細心の注意が払われる様子を解説されたのですが、アラタエが宮中においてどのように使用されるかという話には驚きました。アラタエの素材である大麻(おおあさ)は神符(しんぷ)などにも使用されその素材自体が、穢れを祓う神聖なものですが、宮中儀式においてはアラタエの上に新天皇が一晩お休みになり、前天皇の御霊と一体化されるのだそうです。
麻を素材にしたアラタエから放たれる神聖な波動が万世一系を象徴する儀式に重用されていたわけです。そのアラタエを献上するのが阿波忌部であり、その存在が如何に大和王朝の宮廷祭祀に深く関わっていたか良くわかる事例であると思います。
さて、阿波忌部の人々はいわば産業技術集団であり海洋民の特性を生かして麻の栽培をはじめとする様々な技術を、地方に出向いて指導したようです。その行った先々の神社の社伝などには阿波忌部がその地を訪れたという記録が残っています。フィールドワークにてよって各地を訪れ、阿波忌部の展開をまとめられた研究は、林先生によって初めてなされました。またそれは阿波忌部の技術が日本各地に残る伝統工芸や伝統音楽のルーツにもなっていることを証明する研究でもあります。その中でも特に麻が私たち日本人にとって古来より衣食住に用いられ、しかも私たちの精神性を維持する上でなくてはならない植物であったことが、多くの人々に認知されることになるでしょう。
講演終了後サイン会で林先生にご挨拶をさせて戴きました。林先生は次回の著作で阿波と水の関係性も紹介されるようです。「その水を祭る神社に江本先生をご案内したい。」とお話をいただきました。林先生のさらなる研究成果の発表を心待ちにしております。
(スタッフレポート・IHM総合研究所木津孝誠)
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2007年6月9日(土) HADOアストレアにて言霊研究会(スタッフレポート)
新型HADO機器HADOAstreaのオーナーの方々対象にした研修会がセミナールームHADOアストレアにて開催されました。その模様をレポートさせて戴きます。
会の冒頭、江本先生は株式会社IHMとご自身の歴史を4つの時代区分に分けてまずは説明されました
1986年〜1993年(波動測定の7年)・・・【起】
1993年〜2000年(結晶写真の7年)・・・【承】
2000年〜2007年(海外講演の7年)・・・【転】
2007年〜2014年(教育の7年)・・・・・・・【結】
よってこの2007年6月9日は4つのオクターブで織り成されたIHMの歴史(起承転結)の【結】の7年間の始まりとなる記念すべき言霊研究会開催の日であることを宣言されました。
そして、そもそも機械のオーナーの方々が集まる研修会であるにも関わらずこの研修会の名前を「言霊研究会」とした理由として、言霊思想の重要性を述べながら、振動理論と古神道の哲学を融合させたHADO理論を展開されました。
2000年からの講演行脚において江本先生が肌身で感じたという、世界の人々からの結晶写真技術への期待。それは人類のDNAレベルにおける本質的な問いかけにも繋がるものといえます。先日、来日されたホピの長老ヴァーノンさんなどを始め、古代の記憶を受け継ぐ世界の先住民の方々が共通して「水からの伝言」に共感し、先祖から受け継いできた記憶と同じメッセージであると感激されることが何よりそれを物語っているからです。
その本質こそが調和をエネルギーの原点とする古神道と大和(だいわ)の思想であったわけです。またその精神の核となるのが言霊思想といえるわけです。そしてHADO
Astreaの言葉の入力システムは言霊の力を裏付ける事になりますので、HADO Astreaを手にしたオーナーの方々は言霊思想=HADOのメッセンジャーとして今後世界に飛び出して頂きたい。その下地作りはここ数年の世界講演活動で地道に進められてきており、今後もそのステージは拡大してくることでしょう。そのような世界のステージにデビューし、共に夢の実現に向けてのご協力頂くことを、江本先生はお願いして第1部の講義が終了しました。

古神道の教えは振動学であることを説明。

「唸り」の新たな解析に皆さん思わず唸っていました・・・。
お昼を挟んで第2部は事例発表会ですが、それに先駆けて、HADO Astreaの開発者であるハンス・シンドラー氏からのメッセージが江本先生の解説の共に発表されました。
その後、始まった事例研究では、まだ使い始めて日の浅いオーナーの方から、既に沢山の言霊事例を体験されたオーナーの方まで幅広く報告を頂きました。

オーナー仲間が語る言霊事例に皆さん興味津々です。

カウンセリング中に起こったエピソードを皆で共有します

質問や活発な意見交換も行われました。

元IHM社員で(有)HBIの鈴木さんはMRAと一緒に
HADO Astreaを使いこなすベテランオペレーターです。

長野県から言霊研究会のゲストとしてご挨拶された川合さんご一家
川合さんご夫妻は娘さんの難病をきっかけに、江本先生の本に出会いました。
その後も不思議なご縁が沢山ある中で、水と言霊の力で、娘さんは驚くべき回復をされました。今では日々、家族全員が頂く水に対して愛と感謝の言葉を送っているそうです。言霊研究会に相応しいゲストとして急遽、ご挨拶も頂きました。川合さんありがとうございました。

HADO Astreaの新しいシステムについての解説を行うIHMの根本取締役

事務局からのお知らせを行うIHMの成田課長

恒例の懇親会です。懇親会への出席は必須科目!です。

懇親会で皆さんとの距離が縮まり共鳴磁場を高めていきます。

IHMの取締役であり、名古屋にある古刹「聖徳寺」の松村住職からは、
HADO Astreaの持つ深遠さを改めてお話いただきました。
スタッフとして参加させて頂いた言霊研究会でしたが、未だかつて無い不思議な盛り上がりを見せた1日でした。実は前日から風邪気味だった私は、最後の懇親会の参加は遠慮させて頂こう・・・・と朝から秘かに思っていたのにも関わらず、皆さんの熱気とワクワク感が伝わってきて、結局美味しいビールを飲めるほど回復しておりました。これも言霊パワーの成せる業でしょうか!?
(同行記:I.H.M.総合研究所/木津孝誠)
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2007年6月6日(水)・7日(木)
バーノンさん幣立神宮同行記 (スタッフレポート)
6月6日(水)
今日は、江本勝所長から、ホピのエルダー(長老)バーノン・マサヤスバさんと奥さんのベッキーさんにとって生涯忘れることのできないステキなプレゼントが贈られた日となりました。江本所長は、ある、ひらめきがあり、是非、バーノンさんに、熊本の幣立神宮にお参りしていただきたいと、一泊二日の旅行をプレゼントされたのです。
羽田を出発し、熊本空港に降り立つと、鰍hHMの株主であり、佐賀県にある葛、創の中原会長がわざわざ二時間もかけてお出迎えに来て下さっていました。これも、道中を配慮された江本所長からのお手配でした。
中原会長のステキなクラウンの運転でカーナビに導かれるまま、最初に到着した目的地は、阿蘇外輪山の南西側すそ野、上益城郡山都町に位置する重要文化財、通潤橋という大きな石橋です。
欄干もなく、側面に穴があいている少し変わった外観のこの橋は、人を渡すための橋ではなく、水を渡す水路橋なのです。150年以上も前、水が無く農作物はおろか、飲み水にも困っていた白糸台地に、なんとかして水を引く方法はないかとの、布田安保之助(ふたやすのすけ)の企画により建てられた、水をつなぐ夢の架け橋だったのです。水の少ないアリゾナからお見えのお二人は熱心にご覧になっていました。

通潤魂の石碑の前で
左から、中原会長、ベッキーさん、バーノンさん

放水時の通潤橋

通潤橋をバックに
左からバーノンさん、ベッキーさん、中原会長
通潤橋でゆっくりと見学を終え、幣立神宮境内地、本日宿泊でお世話になる世界平和道場の佐藤道場主のお宅へお伺いいたしました。その夜は、佐藤家奥様のおいしい手料理の夕食を囲みながら、バーノンさんがホピ族に古くから伝わる双子の兄弟のお話をして下さいました。そして、私たち地球の水の大切さを象徴する手工芸品ひょうたんのハンドクラフトと、バーノンさんのお父様が丹精込めてお育てになり、二年間の旱魃も乗り越えて育ったホワイトコーンのコーンミールを、幣立神宮宮司、春木伸哉宮司にお渡しされました。

道場の玄関前、道場主の佐藤昭二様

バーノンさんから贈られたひょうたん
6月7日(木)
朝食は、佐藤家の奥様の心のこもった手作りをいただき、食後には、これもまた、お手製の、ご自宅で生のマメから焙煎されたおいしいコーヒーをいただきながらバーノンさんと佐藤さんのお話がはずみました。
平和道場での朝食をいただくバーノンさん
奥様の手作りのお味噌汁もおいしかったです。
朝食後、いよいよ神宮の参拝です。
春木伸哉宮司さまの御神事に、バーノンさん、ベッキーさん、中原会長、甲斐の4名で謹んで参拝させていただきました。そして、このご神事が無事執り行われた後、春木宮司さまからのお話、及び、神宮の御神体である、石でできた鏡のお写真を見せていただきました。実際の御神体は祭壇のなかにおまつりされております。
これが、ホピ族の太古の伝説のストーンタブレット(石板)と関わりがあるという説もあるそうです。(江本所長のひらめきは、このあたりにあったのでしょうか???)
※ このストーンタブレットとは、ホピの言い伝えによると、太古の昔、東の方角へ旅に出たといわれているホピの祖先となる双子の兄弟の一人に、マサウ(Masau)という神のような存在から渡されたものです。この石板は二つに割られて、ひとつは地元に残った双子の一人が持って、今もホピの地に保管されています。そして、もう一つは旅に出た一人が持っていったのですが、彼は、東の方へひたすら進み、自分の額が「太陽の宿る場所」に触れるまでは、決して後ろを振り返ってはならない、と言われて出てゆきました。その東の国、太陽の宿る場所、というのが、日の国、日本であろうというのは最もな解釈です。この一片が幣立神宮にお祭りされているという説があることが宮司さまのお話にありました。
そして、このMasauのスペルに一文字Rを加えるとMasaruになるのもとても不思議な偶然ですね。
宮司様から興味深いお話をおうかがいしつつ、境内に立っている大きな檜のご説明をお聞きしたりして歩いていると、境内の隅に思わず微笑んでしまうほっこりした笑顔が・・・
そしてかわいい笑顔と共に石碑に刻まれているのは、どこかで聞いたことのある詩の一節でした。なんと、この詩の作者、詩人の坂村真民さんは、春木宮司さまの奥様のご親戚だそうです。一同、おもわず、詩の言葉に合わせて手を合わせました。「めぐりあいのふしぎに手を合わせよう。」と・・・
ここで、坂村真民先生の、有名な詩、「念ずれば花開く」をご紹介いたします。
-----『念ずれば花開く』----------
念ずれば
花ひらく
苦しいとき
母がいつも口にしていた
このことばを
わたしもいつのころからか
となえるようになった
そうしてそのたび
わたしの花がふしぎと
ひとつひとつ
ひらいていった

幣立神宮正面にて
バーノンさんベッキーさんご夫妻
春木宮司様の奥様のご親戚、詩人の坂村真民の詩碑の前で
「めぐりあいのふしぎに手を合わせよう」
参拝を無事済ませると、幣立神宮を後にして、次には、車で3〜40分程行ったところにある「白川水源」に連れて行っていただきました。ここも、期せずして、幣立神宮ゆかりの場所です。今では一分間に60リットルという豊富な湧水量を誇る美しい水源ですが、一時期枯渇していた時期があり、その際に、幣立神宮の今の宮司様の三代前の宮司様がご祈祷をされて、また水が湧くようになったというのです。
もともと雨の降らない土地にお暮らしのバーノンさんとベッキーさんは、美しい水源地で、子供のように目を輝かせて楽しんでいらっしゃいました。
白川水源でゆっくりと時間を過ごした後、熊本空港へと向かいました。ここには、また、バーノンさんご夫妻をびっくりさせる中原会長の大きなお土産をわざわざ会社の方が届けてくださっていました。5年前に日本でいただいた竹炭を飲み水に入れて愛用し続けてきたベッキーさんは、今回の日本滞在で是非竹炭を買って帰ろうと決めていましたが、これまで多忙で、良い竹炭を探す時間がありませんでした。そんな時、今回お会いした中原会長の会社は、竹炭を焼くお窯を作っておられ、会社で竹炭も扱っていらっしゃったのです。せっかくなら良い炭を持って帰っていただきたいという会長の優しいお心遣いで、大きな箱に5箱もの竹炭がプレゼントされました。
このように、江本所長のひらめきと思いやりから始まったバーノンさんご夫妻の幣立神宮参拝旅行は、更に多くの方々の暖かなお心遣いと優しさで、バーノンさんの言葉をお借りするなら、お二人にとってライフチェンジングエクスペリエンス(人生を変えるような体験)となり、無事終了いたしました。

車窓から見える阿蘇の山並み

この透明な水の水底からふつふつと水が湧き出ています。


お水は汲んで持ち帰ることができます

おいしい名水と評判の水源地

クラフトショップで和紙作りに挑戦するベッキーさん
(同行記 甲斐富紀子)
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2007年6月5日(火) バーノン・マサヤスバさん来社
ホピのエルダーであり、私のブラザーでもあるバーノンさんが、今日私どものオフィスを訪ねてくださいました。
彼とはつい1ヵ月半前に、アリゾナのセドナでお会いしたばかりですが、日本の他の団体が、彼をメインとしてのアセンションコングレスを企画して、その参加の為に先月末から來日されていたのです。
もともとその予定は、セドナでお会いした時に彼から聞いていましたが、その時は彼が来る頃、インドネシアでセミナーツアーが有り、それに行く事になっていましたから、「それは残念ですね、折角いらして下さるのに」と、話をしていました。
しかし、その計画が8月に延期になって、私は6月4日に日本に帰れる事になり、今日是非お会いしましょうと、あらかじめアポイントを取っていたのです。
私は、彼を歓迎する意味で、何人かの人に声を掛けて、彼のスピーチを聞く機会を作りました。私どものセミナーホールアストレアには、急な案内にも拘らず、30名ほどの人が集まってくれて、彼の1時間に及ぶスピーチに聞き入っていました。テーマは「ホピの先人から聞いた、今伝えなければ成らない事」と言った内容で、私達日本人にも関係のある、とても大切なお話でした。(その内容は、月刊「HADO」で、特集します。

バーノンさんの話を熱心に聞く、参加者たち。

いつも一緒に行動されている、奥様のベッキーさんと、
私の話に聞き入ってくれています。通訳は甲斐富貴子さんです。

引き続き有志によって、近くのレストランで懇親会を行いました。
早速私は、甲斐さんと『花』を合唱し、歓迎の意を表しました。
バーノンさんを招待したアセンションコングレスの主催者ATENの斉藤社長も出席され、ご挨拶されました。

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2007年6月3日(土) 車椅子で旅をするということ
実は今回のツアー、生まれて初めて各空港で車椅子を用意していただいての旅となりました。以前から左足の膝から下が調子悪く、最近では少し歩くと痛みが出て、休み休みしなければならなくなってしまっていました。
特に近頃の飛行場は駄々広く、行けども行けども目的のゲイトにたどり着きません。何度かトランジットをミスしそうになった事も有りましたので、今回は恥を偲んで、予め旅行代理店に手配をお願いしたわけです。
しかし、これは一度体験してみると、止められない位に、快適(?)というか、便利と言うか、楽チンでした。もちろんまず第一に、歩行による痛みがない事、安全検査も、イミグレーションも並ぶ必要が無く、専用ラインを使える事など、文字どうり病み付きになりそうな、特別待遇のオンパレードです。
しかもこれは、難しい手続きは不要で、単に予約をしておけば、各空港できちんと待ってくれて、ケアーをしてくれるのです。そして、無料です。(もちろんチップはあげるべきですが)医者の証明書も、身障者証明も必要ありません。ただそこにあるのは、”不自由な身体です、何とか助けてください”と言う自主申告者に対しての疑う事なき、UNCONDITIONAL(無条件の)愛、博愛です。
いろいろと国際間での紛争を旅の先々で目にし、耳にしているこの8年間でしたが、自分がハンディキャップの立場に立って,初めて体験した、いろいろな国の人々の持つ、共通の優しさでした。
まだまだ人類は捨てたものじゃないぞ!!
と感じた、今回の旅でしたが、”だったら、お前、たかだか64歳ぐらいで、車椅子なんか乗るんじゃないよ!!”と、母の声がどこやらから聞こえてきたような感じです。
ところで、このシステム余りにも、ノーチェックなのが気になります。本当は、車椅子など必要の無い人たちも、申請すれば使えるからです。そして、イミグレーションやセキュリティーでも寛大な待遇です。
心悪しき人たちにとっては、魅力あるシステムです。
やはり、医師の診断書など最低限のものが、必要なのではないかと思いました。

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2007年6月1日(金) 「水からの伝言」発刊記念日

今日は、私達夫婦の運命を変えた出版物「水からの伝言」の出版された記念日です。正確には1999年6月1日にそれは出版されましたので、もう8年前になります。
この日を奥付においての発行日にしたのは、私の父の誕生日がそうであったのと、父と母との結婚記念日がこの日であったことによるものです。
結果として、父や母に守られた形でこの本は順調に、と言うよりも凄い旋風を持って、世界に普及して行きました。そしてそれは今も続いています。
父も母も明治の生まれで、今はかなたより私を見守っている存在ですが、父は尾張生まれの厳しい躾を持って私達に、日本古来の哲学や文化を教えてくれて、また対照的に母は大正文化の中で青春を謳歌した江戸っ娘らしく、特に私には自由なロマンチシズムの感性をたっぷりと与えてくれた人で、私は真に硬軟バランスのとれた両親の教育の元に、すくすくと戦後の動乱期、大経済復興期の中を、人間性を失うことなく成長する事ができました。
ご存知のように、この『水からの伝言』の出版後、私は2000年より世界50カ国以上の国からの招聘を受け、1000回にも及ぶ講演活動を続けさせて頂いております。そしてそれはこれからもまだまだ続きそうですが、この事は単に水を凍らして結晶を撮影する、と言う風変わりな手法を見つけたものに対しての好奇心ばかりではなく、この様な両親に育てられた、人間江本勝に対しての好奇心もあるのではないかと思い、今日の発刊8周年記念日に際して、改めて私の両親に対して「愛」と「大きな感謝」をここに送らせていただきます。有難うございました。