2008年3月31日(月) 6年前のあの女性と会う
今日は朝10時に大学に行って、シニアスタッフとミーティングを行いました。サウジの水問題などについての討議です。
僕は昨日お見せしていなかったスライドを紹介したりして、この問題をポジティブに話し合いました。
会議が終わると一人の女性が、僕のほうに挨拶に来ました。その顔を見て直ぐにその女性が誰であるかを思い出しました。そう、6年前にハンブルグに来たあの女性でした。
「ほー、やはり貴方でしたか。本当にお久しぶりでした。お元気でしたか?」と私は万感に感じるところがあって、思わずハグしそうになってしまいましたが、もちろんこの国ではそれは出来ません。
私はその後の、状況を彼女から聞いて、今回のセミナーがなぜ開催されたかを、知りました。彼女は名前を公表する事も、写真を撮られることも拒否しましたので、詳しく説明は出来ませんが、彼女と大学の学長のスーヘルさんは知人で、その関係で結果的に今回のご招待が有ったようです。つまり彼女は6年前のあの約束を果たしてくれた訳です。
会議の終了後、出席者から依頼されて記念写真を撮りました。
この様な装束の方も多く、とても神秘的な雰囲気です。

午後は、ジェッダの大学病院の先生たちとの打ち合わせがありました。

何か一緒に共同研究出来る事がありましたら、是非一緒にやりましょう、と言う嬉しい提案を頂きました。

充実した、サウジアラビア滞在はあっという間に終わりました。紅海に作られている噴水も、水色のエネルギーで、私たちにエールを送ってくれているようです。そう、やはりこの国では、淡水の開発が重要なテーマとなるでしょう。

お別れディナーが、港のそばのレストランで行われましたが、水伝3のアラビア語版の出版社の社長も来てくれました。
この席上で、大学との基本契約が調印されました。EMOTOプロジェクトの作成配布についての物です。

そして握手。

帰りがけに、何処からとも無く女性達が現われて、記念撮影です。

そしてその数が、あっという間に増えてしまいました。どうやら僕の本のファン達のようではありますが、一体彼女らは何処から現われたのでしょうか?サウジアラビアも少しずつ変わっているようです。

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2008年3月30日(日) サウジアラビア・ジェッダ女子大セミナー
今回は、リヒテンシュタインからラスモス君に同行してもらいました。初めての国では、彼のような体格も良く、英語も達者な人が必要です。
隣の人は、今回の通訳者アブドロさんです。日本に都合10年以上もいて、お顔も日本人のようで、かつ日本語の駄洒落大好きおじさんで、全く違和感を感じませんでした。
英語も達者で、今回はラスモス君と気が合ったようで、夜遅くまで話し込んでいたようです
今回の主催者は、DAR AL−HEKMA COLLEGEという女子大で、そこの学長さんがSEHARさんという方です。彼女の主催による歓迎昼食会が開かれました。
始めて頂く、アラビア料理の数々。意外と野菜ものが多かったようです。


真ん中が学長さんのセハールさんです。
実は、今日は妻の誕生日で、その事を僕が挨拶の時に言ったら、彼女は何と直ぐに誕生日ケーキを用意してくれました。嬉しかったです。
さあ、セミナーが行われる大学に到着しました。
当日のセミナー通訳の方が待合室に待っておられて、二人で通訳をやってもらえるようです。

構内で学長のスヘールさんと。
待合室で通訳の方との最終打ち合わせ。日本語ーアラビア語 日本語ー英語と二本立ての体制で行われる事になりました。

待合室は、貴賓室にもなっていて、王族関係の方もおいでのようでした。

この方は大学のファウンダーの一人のようです。熱心にエモトプロジェクトの本をご覧になっていました。

僕のセミナーが始まりました。
1階は、ご覧のように半分の入りで、この階は男性ばかりです。男女同席は許されないのです。
そして実はこのホール、2階3階が有って、そこは女性で一杯でした。入りきれないで隣にはモニターテレビ用の臨時会場が開設されていて、そこも一杯、全部で男性400人、女性800人ほどの大観衆が来てくれていたのです。でも女性は全員真っ黒な衣装で、目だけを出している人が多かったから、カメラには写りませんでした。
セミナーは大好評の内に終わり、沢山の記念品を頂きました。

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2008年3月29日(土) 初めてのサウジアラビア
雪のカナダトロントから、エアーカナダで、フランクフルトまで約7時間、5時間ほどのトランジットで今度はルフトハンザでサウジアラビアのジェッダまで、約5時間。またまた大変な距離の飛行があり、しかも今度はご覧のような温度差のある区間の移動で、覚悟の事とは言いながら、とても応えます。
今回のサウジアラビア、ジェッダ行きは、地元の女子大学からのお招きによるものでしたが、私には他に思い当たる事がありました。
実は6年ほど前の2002年、私がドイツ、ハンブルグに講演のため滞在していた時の事です。サウジアラビアのジェッダから、わざわざ私に会うために一人の女性が訪ねてきてくれました。アラビアの女性は一人旅行は出来ないということで、彼女の家族4人を伴っての、旅行でした。
彼女はジェッダの小学校の校長先生で、私に合いに来た理由は、「水からの伝言」を読んで感動し、ご飯実験などを教室で行ったところ、全く本に出ていた結果と同じ事になった。ついてはいつかはジェッダに来て欲しい、という事を伝えにくるだけの目的でした。
私はとても感動して、もちろんそのご招待を、お受けさせていただきました。しかし、その後いくらたっても具体的に声がかかる事が無く、そのうち忘れてしまっていました。
そして今回の地元の女子大学からのご招待、そこに出てきた固有名詞は私が6年前にハンブルグで会った方とは違う名前でしたので、これはどのような経緯かな、と思案しながらジェッダ行きの飛行機に乗り込んだわけでした。
機内で、妻が「地球の歩き方」の中東編を熱心に読み始め色々言い始めました。「わあ、この国は色々と大変なんだ。お父さん、お酒は飲めないわよ。女性の一人歩きや、余り肌を出すような衣服もだめらしい。入国の審査も厳しくて、荷物を全部チェックされるらしい。わー大変なところにきてしまったわ」
おまけに、イミグレイション用に書いて提出する書類には、嘘を書いたら死を以って償ってもらう、と解釈できるような注意事項が書いて有ったものだから、妻は殆どパニック状態になってしまいました。
しかも飛行機は、普通の駐機場には停まらず、ターミナルから遠く離れた所に停まりました。全員バスに乗せられるようです。「やれやれ、これから何時間掛かったら入国出来るのかな?」と流石の私もちょっと不安になりかけた時です。ステップの下に待ち受けていた白いアラビア服姿の男性二人が、私たちを待ち受けていて、ドクター江本ですね?こちらにどうぞ」と言われて、高級車に乗せられました。そして駄々広い飛行場の中を、悠々と特別待合室まで連れて行ってくれたのです。あとの手続きも、全て大学関係者が代行してくれての、VIP待遇で、我々は無事ジェッダ入りする事が出来ました。
そして主催者が用意してくれていたホテルは、5スターの高級ホテルの、しかもスイートルーム。案ずるより産むは易しで、サウジアラビア滞在の3日間は、快適なものになりそうです。

更に、お部屋のカーペットはご覧のように、クリスタル模様。「幸福」のそれに似ています。

「幸せ」の文字を見せた結晶

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2008年3月28日(金) 雪のトロント
朝、目がさめたらご覧のように外はすっかり雪景色。今日はこれからフランクフルト経由サウジアラビアのジェッダまで丸1日かけての旅です。何と現地の温度は35度とのこと。これは堪えそうですね。でもまあ何とかなるでしょう。
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2008年3月27日(木) カナダ・トロントセミナー
成田からトロントまで、たっぷり12時間のフライトでしたが、今回はダイレクト便で行ったため、案外楽な旅となりました。
今回のトロントのセミナーは、労働組合や会社の人事畑で働く人々の、研修会の最後を飾ってのセミナーです。
私は、従来どおりのプログラムを用意して参りましたが、その説明や、比喩は会社内の人間関係や、効率論を用いましたので、皆さんとても喜んでくださいました。

ですから、余り期待していなかったスタンディングオべーションを頂いて、とても嬉しかったです。水の事は、どんな産業界にも通用するんだと言う事を、改めて確認も出来ました。

主催者のベラさんと。なかなかのリーダーシップのある方でした。

そしてその夜は、雪が降り始めました。

つい昨日は、桜の木の下で、写真を撮ったのに。

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2008年3月26日(水) カナダ・サウジ・スペイン・ロシアへの旅
3月26日から4月22日まで、私達はまた世界1周の旅に出かけます。ここで一つの問題が有りました。私の妻は桜大好き人間で、せめてこの桜の咲く期間は日本にいたいという願望があったのですが、今年もそれはならず、とてもお冠になっていました。
で、私は今日成田に行く途中、彼女を家のそばの桜の名所の公園に連れて行って、しばしのお別れの時間を与えたのでした。
ご覧のように桜はまだ3部咲きでした。

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2008年3月24日(月) シンドラー氏とアストレアのオーナーさんとのミーティング
全国より、20名近くのオーナーさんが集まり、シンドラーさんより直接さまざまな技術の指導を受けたり、使い方の質問をしたりと非常に有意義なミーティングでした。シンドラーさんも久しぶりのオーナーさんとの触れ合いで、一つ一つの質問に対して真摯に答えてくれていました。この模様は全オーナーさまにDVDとしてお配りする予定にしています。
オーナーミーティング終了後、改めて一般のお客様向けに「HADOのビジュアライゼーション HADOアストレアが切り拓くバイオエネルギー革命」 と称してシンドラー氏の講演会が開かれました。

彼の今までのプロフィールから、アストレアの開発秘話、エネルギーを視覚化することの意義、ヨーロッパの現状や将来的な可能性の話、そして最後は江本代表と共に、デモ体験を3人ほど行い、じっさいに機械を体験していただきました。自分のエネルギーが視覚化されることに皆さん驚き、そして必要な言葉を探究し、非常に楽しい時間でした。
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2008年3月22日(土)、23日(日) 第1回HADOカウンセラー養成講座開催!
記念すべき第1回HADOカウンセラー養成講座がこの日より開催され、全国各地から、予定の30名を大きく超える38名の参加受講者が集まりました。

当社としましては、波動測定器によるカウンセリングとは、カウンセラー本人のカウンセリング技術や機械の使い方の技術向上は勿論ですが、そこは人間対人間の真剣なる対峙の場であり、クライアントさんの心の扉をノックしながら、そこに共鳴磁場を作ることが一番大切なことである、そして最終的には機械に頼らないカウンセラーになるために最大限の能力を高めるということだと思っています。
今回のこの講座は、NPO法人日本心理カウンセリング協会の理事長であり、大本教の教祖、出口王仁三郎さんの孫にあたる出口光さんに講師を分担していただき、彼の古神道をベースにした最先端の人間心理学、また一霊四魂という考え方をご教授していただきました。今回、全6日間の日程の2日間を終え、参加者それぞれが、なにか今までとは違った気づきを得ていただけたのではないかと自負しております。
参加者からの感想をいくつかご紹介いたします。原文をそのままです。ありがとうございます。
60代男性
世の中にこんなに良い人達がいっぱいいたんだなー。楽しい。もい少し長生きしてみるか!次回楽しみ、わくわくしてきた!
30代女性
心を開く、勘を研ぎ澄まし、感じる、感じたままを伝える。目を良く見ることの意味「目は口ほどにものを言う」が実感できた。この場所に来た意味、この場での出会い、人とのつながり。素晴らしく最高な2日間、魂が喜んでる2日間。まさにソウルメイトであると感じた。とても居心地の良い空間に感謝。私の未来は最高のものになると感じた。次回全員に会えるのが楽しみ。早く会いたい。
50代女性
予想とは異なった講義内容でとても新鮮でした。
心と魂を区別するという考えは目からうろこでした。一霊四魂の考え方は今後日常生活で取り入れていこうと思っています。感じたことですが、意識エネルギーは多数重なると統合しより強い渦になり直観力が出やすくなるのかな?やはり磁場というものはあるのですね。2日間ありがとうございます。本気で学びます。
50代男性
- アストレアを扱うにあたってカウンセリングの重要さが理解できた。
- 特にカウンセリングの実習を通して自分の魂で今まで抑え込んできた“愛”と“勇”を感じた。今後はこの抑え込んできた魂を開放してあげることが重要であると掴めた。
- 波動の基本を再度整理できた。
- アストレアを通じてゼロポイントフィールドに接していることは宇宙につながることであると掴めた。
- 今後アストレアを通じて自分の天命を進みたい!
70代男性
家族、子息にもしたこともないアイコンタクト、ハグを全く違和感の下で経験させられました。不本意ながらもなんとか経過することができました。こんなこと何故させられるのか?と初日の終了時には思いが一杯だったので講師の手を握ることが出来ませんでした。会場から出てからこの私の礼を失くした行動に反省の思いが続きました。でも正直私にとって大変な事態だったのです。その気持ちが納まっていませんが、今後どのように変化していくのか自分でも確かめてみたいです。
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2008年3月21日(金) HADOアストレアの応用開発者 ハンス・シンドラー氏来日
この4日間は私に代って営業部からの報告です。
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シンドラーさんは、前日のオーストリアからの長旅の疲れも見せず、当社スタッフと終日精力的にミーティングを行いました。彼は昨年の6月以来の来日で、その間、アストレアのオーナーさんも倍以上に増え、様々なご質問や、ご提案等をいただいておりました。我々スタッフが代行してそのご質問、ご提案に対して聞いたわけですが、彼はその一つ一つに丁寧に答えていただき、我々も大変納得しました。また常に進化し続けるこの機械は、既に新バージョンの開発も進んでおり、そのプレゼンテーションも行ってもらいました。益々HADOアストレアの輪が広がっていくと感じた1日でした。
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2008年3月19日(水) 韓国日本人女性会でのミニ講演
私の韓国の秘書役をしてくれている水野雅行くんは、もう10年ほど韓国で生活をしています。韓国人の奥様との間には4人の子供がいて、韓国語はパーフェクトに喋れるので、私が韓国で仕事をするときは欠かせない人です。
今日はその水野君の仲間である、韓国在住の日本人女性会の皆さんにお話をする事となりました。急なことでしたのでその世話人役のご自宅での集いとなりました。

プロジェクターも有りませんでしたので、皆さん熱心に小さなパソコンの画面を覗き込んでいました。

スピーチのお礼は、皆さんで持ち込まれたり、手分けして作ってくれた、韓国家庭料理です。美味しかった!!

私の隣が、水野雅行くんです。彼は札幌の出身で、このグループのまとめ役をやっているようです。ご覧のように皆さんとても良い顔をして幸せそうです。もちろん皆さんのご主人は韓国人で、それぞれ韓国と日本の二つの血を持つ子供さんに恵まれています。いずれそれらの方の中から、色々な分野で両国間における重要な役割を持つ人が出てくるのでしょう。

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2008年3月18日(火) 三星病院李先生訪問
今日は今回の訪韓のもう一つの目的、三星病院の産婦人科の先生、李先生を訪ねました。李先生は羊水の研究をされていて、私と一緒に共同研究をされたいというお手紙をくれていたからです。
その研究室には羊水サンプルが沢山保管されていました。私が手にしている物が羊水です。
私は以前から色々な羊水の結晶情報を見てみたかったのですが、なかなかサンプルが手に入らず、今回のお申し出はとても有り難いものでした。

研究室の皆さんとの記念写真。
私はリヒテンシュタインのラスモス君が撮影した羊水の結晶写真を持参してきて、リー先生に説明しました。その結果先生は4月1日から3日間ほど、羊水を持参されて私どもの研究所に来られる事になりました。
羊水をある程度希釈して、それに良い音楽や、言葉を聞かせる実験を行う予定です。きっと世界のお母さんの胎教教育に役立つ事でしょう。結果が楽しみです。

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2008年3月17日(月) 韓国ソウル出張
中南米の2週間の旅から帰ってきて3日ほどは、社内会議や来客で忙しい時を過ごしました。そしてその席が暖まる間もなく、今日から2泊3日の予定でソウルに出張です。私の「水は答えを知っている」(サンマーク出版)の韓国版が新装改訂版で出る事になり、その出版社からのご招待です。
私は数ヶ月前にこのニュースを聞いて大変驚きました。というのはこの本は5年前に韓国で違う出版社から出ていて、20万部を越すベストセラーとなっていたからです。その版権を新しい出版社「テナン出版」が買って、今回の新装改訂版出版の運びと成ったわけですが、日本でも余り例の無い事です。

テナン出版の社長さんと。彼がこの本の大ファンで、この様な本を是非とも出版したかった、と言う事で出版が実現しました。
早速スタッフを集めてのミニ講演会が開かれました。

出版社が沢山の取材を用意してくれていました。
夜は、私の本からヒントを得て脚本を作ったと言う、前衛的な舞踊劇のスタジオに行きましたが、余りにもモダンすぎて私には良く理解できませんでした。ま、とにかく韓国では色々と話題になっているようです。

そこに来ていた、二人の女子大生。結晶写真の研究論文を大学に出すと言う事で、取材に来ました。
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2008年3月11日(火) 帰国そして中南米ツアーの感想
3月9日の午後にエクアドルを出て、コロンビアのボゴタ経由でロサンゼルスに到着しました。その間約10時間のフライトでロスで1泊した後、今度は11時間のフライトで成田に到着、日本時間の11日の夕方でした。
流石に疲れましたが、昨秋の入院以来始めての本格的なツアーを無事にこなして、ほっとしています。
そして今回の中南米ツアーには得るところがとても多く、元気付けられました。なんと言っても取材を受けた件数が合計で30件以上を数え、水に関してのこの地区の人々の関心が、とても高まってきたことを、体感させられました。また訪問した4カ国全ての国で、EMOTOプロジェクトの具体的な協力者が決まった事も、大きな収穫でした。
また、今年の11月から12月にかけて、再びこの地を訪れることも決まりました。今度はこの4カ国の他に、コスタリカ・ドミニカ共和国・アルゼンチン・ブラジルも入る予定です。
確かに身体はしんどいですが、今後も歩ける限り、色々な国々を訪ねてゆこうという意欲と使命感を強く感じた旅でも有りました。今回のツアーを支えてくれた関係者の方々に、深く謝意を表したいと思います。有難うございました。
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2008年3月9日(日) 世界遺産指定のキトの町
キトは海抜2500メートルを越す所の丘陵にある町です。その美しい町並みは世界遺産に指定されています。今日はその町を見物しました。




この教会の中は、撮影が許されませんでしたが、眩いばかりの金で全ての装飾がなされていました。以前訪れた時にエクアドルの国名の由来がアクア(水)ゴールド(金)と聞いた事がありますが、まさにその事を証明するかのような建物でした。因みに日本も金と水の国と言われていましたが、この二つの国は、色々と共鳴する物があるようです。
「よい金のある所には、良い水があり、よい水のある所には良い金がある」これはオーストラリアに行ったときにあるアボジリニの長老から教わった言葉です。
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2008年3月8日(土) キト ヤク(水)博物館での水のセレモニー
1917年まで、キトの町の浄水場だった施設が最近水の博物館として改造され、そこで結晶写真展が行われていると言う事でご招待され、行ってまいりました。ご覧のように沢山の人が、私を迎えてくれました。

そこでまず、中央にある池の水に向かって、水への愛感謝を捧げるセレモニーを行いました。

その模様
通路にはこのように結晶のデザインが描かれていました。
展示会場には60点ほどの写真が展示されていました。

エクアドルの日本大使館の竹内さんも来てくれました。

会場には何とご飯実験が来場者の協力を得て行われていました。こちらは有難うコーナーです。

こちらは馬鹿野郎コーナーです。上の方が腐り始めています。

そして来場者がそれぞれに水に感謝のメッセージを書いて貼るコーナーがあって、私を驚かせました。
私も早速一筆啓上させていただきました。
なにやら神妙な顔をして祈っています!?

カメラマン達からの注文でした。

そしてここでも取材が2件ほど待っていました。
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2008年3月7日(金) エクアドル キトセミナー
チリの次の国はエクアドルです。この国には2002年に一度来ており、6年ぶりの訪問となります。
それは早速多くのインタビューから始まりました。


私にとって、インタビューはとても大事な物です。どんなに疲れていても、インタビュ−を断った事はありません。水からの大事なメッセージを、一人でも多くの人にお伝えする事が、私の使命であると心得ているからです。
実はこの日も朝4時半起きでした。7時半の飛行機で、サンチャゴからペルーのリマ経由、エクアドルのキトに着いたのが現地時間の午後1時半でしたが、この間飛行時間は6時間でしたので、もうかなり疲れていました。それから4つのインタビュー、7時からセミナーと言う超過密なスケジュールが組まれていました。
でも、全てを予定通りにきちんとこなしました。

そして夕方7時からのセミナーに臨みました。僕の右はセミナーの通訳華奈さん、左はインタビュー通訳のサチ・ネアガリさんです。華奈さんは海外青年協力隊員として、10年ほど前にエクアドルに来て、その後現地の獣医さんと結婚して当地で生活をされるようになりました。
会場の様子
右から二人目が主催者のFlavio Aguirreさん、左端がそのお母さんです。此処も家族ぐるみで私のセミナーを企画運営してくれました。
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2008年3月6日(木) チリワインと古城と聖なる泉
今日はテレシータさんが企画してくれた、ワイナリー訪問です。ご存知のようにチリはワイン産地として有名で、ワイン好きの妻と私はかねてからこの日を楽しみにしていました。
チリは南北に細長い国、首都のサンチャゴからまっすぐ南に約2時間ほどのドライブです。
やがてぶどう畑が見えてきました。

目的地の敷地内に入りました。羊やアヒルがのんびりと遊んでいるかのようです。

突然古いお城が現われてきました。まるで御伽噺の世界にいるようでした。
それほど大きくは有りませんでしたが、かなり古そう。500年ぐらいは経っているでしょうか。

その内部

この館のご主人アレファンドロさん。早速ワインをご馳走になりました。

他にも何人かの人が、私たちを待ち受けていて、皆で乾杯です。
ところでこのワインはもちろん自家製ですが、何と自分のご家族の分だけを作っていて、一切販売はしていないとのこと。だから凄く美味しかったです。お土産に2本日本に持って帰りました。

2〜3杯、ワインを楽しんだ後、敷地内の森の中を散策しました。なんとも言えぬ、神秘的な雰囲気でした。
そして森の奥に、聖なる泉が有りました。ご主人はここに塔を建設する予定で、その竣工式に、私を招待したいとのお申し出がありました。是非また来たいものです。
皆で記念写真

そして森の中には、午餐会のテーブルが用意されていて、皆でおいしい食事やワインを楽しみました。
昼間だと言うのに、写真にはオーブ(たまゆら)がたくさん現われていました。きっと森の妖精たちも歓迎してくれたのでしょう。
ハープ奏者や、シェフたちも用意されていて、こんな贅沢な午餐会は、生まれて始めての体験でした。

そしてお料理は、僕の好きな物ばかり準備されていました。(僕は、チーズ・バター・クリーム味・お肉が食べられない厄介な嗜好の持ち主なのです。)

本当に楽しかったなあ。皆さん有難う!

この可愛い少女はご主人の長女で、現在料理学校に通っているそうです。

この子はその妹さんです。二人ともとても可愛かった。
あっという間に3時間ほどが経ち、皆さんとお別れです。必ずまた来ることを約束しました。それまでさようなら。
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2008年3月5日(水) サンチャゴセミナー
私のセミナーが行われる劇場です。大きな看板が用意されていて、私のやる気はいやがうえにも高まってきます。

今夜の通訳をやってくれる、アルゼンチン生まれの日系2世公美さんです。日本語がちょっと心配でしたが、結果としてとてもよくやってくれました。

開演前のロビーの様子です。

この主催者の家族は、ファミリービジネスとしてフラワーエッセンスのスクール、同商品開発、各種イベントを企画運営しており、この日の舞台装飾も彼らが自分達でやったもので、ご覧のようにとても見事な物でした。

2階まで埋まった観衆は、スタンディングオべーションをいつまでも続けてくれて、なかなか拍手が止みませんでした。大成功の講演会でした。

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2008年3月4日(火) チリ サンチャゴ入り
エル・サルバドルからチリのサンチャゴへは、パナマ経由で入りました。この国も初めての訪問です。空港には主催者テレシータさんのご主人と息子さんが迎えに来てくれていました。
ホテルに入るとこれまた早速プレスコンファレンスが待っていました。

写真右側が、主催者のテレシータさん、僕の左が通訳のレティシア・イマムラさんです。
そしてその後は、雑誌社のインタビューです。

その晩は主催者夫婦と日本食レストランへ。彼らにとっては始めての日本食と言う事で、箸を不自由に使いながら、恐る恐るお刺身や寿司を食べていました。でも、なかなか好評で美味しかったようです。

サンチャゴ市内は、閑静な町並みでなかなか裕福そうな感じでした。


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2008年3月2日(日) エル・サルバドル セミナー
11時過ぎから行われた、初めてのエル・サルバドルでのセミナー、開場前からご覧のようにたくさんの人が、詰め掛けていました。

開演前に、水のセレモニーを演じてくれる現地の方々との、記念写真です。

その模様。
開場には800名もの人が来てくれて、人口600万人ほどで、四国とほぼ同じ面積の小国、エル・サルバドルとしては異例の事だったようです。
大好評だった私の講演が終わった後、エル・サルバドルの検察庁長官がご挨拶してくれて、私は例の写真を閣下に贈呈させていただきました。

在エル・サルバドル日本大使も来てくれて、感激しました。海外でも最近は各日本大使館の方がよく来ていただけるようになって、嬉しい事です。
主催者の波動インストラクター エドナさんはお国の建設省関係のお役人だった方で、港湾建設などを手がけた、なかなかのやり手の方でした。
この様な方が波動インストスクールの講習を受けて、結晶や波動の啓蒙を熱心にされているのを見て、とても感激です。ご自分の車のナンバープレートの下にも結晶シールを貼っていました。
翌日飛行場へ送っていただく途中、素晴らしい紳士の事務所にお邪魔させていただきました。彼は来年の大統領選挙に立候補予定の、なかなかの人望家であるそうで、お会いした私も直ぐにその波動を感じさせていただきました。
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2008年3月1日(土) エル・サルバドルへ
翌日のお昼頃の便で、初めての訪問国エル・サルバドルに行きました。飛行場には、ご覧のような大型リムジンがお出迎えです。

広い社内の中で談笑する、右が主催者の波動インストラクター エドナさん、左が通訳の加藤さんです。加藤さんは日本大使館に勤務する現地在住の方で、柔道の先生、エル・サルバドルのアテネオリンピック柔道チームの監督さんでもあった方です。

ホテルに到着すると、ここでも早速記者会見が待っていました。

私はここで、日本から持ってきた、エル・サルバドル(救世主と言う意味だそうです)と言う文字を見せた結晶写真をご披露させていただきました。
夜は関係者、ファンによる歓迎パーティーが開かれて、楽しい時を過ごさせていただきました。
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