2008年2月29日(金) メキシコシティー ブックフェアー
今日は、午後からメキシコの歴史的な建物「Palacio de Mineria」(パラシオ・デ・ミネリア)で行われている、ブックフェアーにおいて「竹内文書」に関する1時間ほどのプレゼンテーションが行われる日です。それに先立って午前中に、テレビの生番組に出演するなど、また数多くの取材のあった日でもありました。

今度はラジオです。
同じビルにいくつかのテレビやラジオ局が同居しているので、移動は楽でしたが、何と午前中に4局の梯子インタビューが待っていました。

ブックフェアーの会場でも3件のインタビューが待っていました。


ブックフェアーの会場です。

午後1時から行われた、僕のプレゼンテーションには入りきれない人が来てくれました。

立ち見の人も一杯で、多くの人が入れなかったと言う事です。


そんな中で行われた、僕のセミナーでしたがお部屋がとても明るく、パワーポイントが殆ど役に立たず、だいぶ苦労をしました。
中央は、故高坂和導さん(徳間書店・竹内文書の著者)の奥様、順代さん。彼女の努力によって、この日がありました。

そして高坂夫妻のお友達で、和歌吟詠の先生である、林純一先生がご覧のような装束で朗々と、高坂和導氏に因む歌を唄って、メキシコ市民に日本の伝統芸術をご披露されました。
セミナーが終わった後のサイン会にもたくさんの人が並びましたが、その中の一人の青年がご覧のような伝統工芸品を持ってきてくれました。
右側の方が、竹内文書を出版してくれた、トモ出版の社長Raul Morales (ラウル・モラレス)さんです。

夜は、トモ出版の社長家族と日本レストランでのディナーを楽しみました。写真右の二人は長女シルビアさんと、その旦那さん(弁護士)です。社長婦人はブックフェアー会場でまだ働かれています。家族ぐるみの経営で、とてもよい波動ですが、社員は70名もいる、中堅以上の大きな出版社で、今後の竹内文書の売れ行き普及が、とても楽しみです。
私としては、亡き高坂さんに対して、これでお約束が果たせたかなと、ほっと一息と言う所です。しかし、今後もどしどしと、日本の優れた情報を世界に流してゆく役割をも、僕は持っているのだなと、またさらに自覚を持った次第です。

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2008年2月28日(木) 中南米セミナーツアー始まる
昨日27日から,メキシコ入りしました。今回の予定は次の通りです。
29日(金)・メキシコブックフェアー「竹内文書メキシコ版」出版記念セミナー
3月2日(日)・エル・サルバドルセミナー
3月5日(火)・チリセミナー
3月7日(木)・エクアドルセミナー
3月11日(月)・日本着
今回のメインイベントは、何と言っても「竹内文書」のスペイン語版の出版セミナーでしょう。出版社はトモ出版と言って従業員70名ほどで、メキシコ国内4〜5番目ぐらいの力を持つ、意欲的な出版社です。既に私の本を5冊ほど出版をしてくれていて、その関係で日本では禁書的な位置付けを一時されていた難しい本の出版を引き受けてくれたのです。
今日は、早速そのためのインタビューが始まりました。
まずはA誌からそれは始まりました。
2番目のインタビュー
今回の通訳は、在メキシコ30年になる飯田さんです。
3番目のインタビュー。
インタビューの行われた場所は、トモ出版さんの知り合いの
大きな書店でした。
今日早くも5人目です。

本日6人目!

夕方は別の場所で、ドキュメンタリーの撮影です。
そしてそれは、延々と夜の9時ころまで続きました。流石に疲れました。メキシコでは最近このように、テレビ、新聞、ラジオ、雑誌の取材が多く、嬉しい悲鳴を上げるばかりです。

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2008年2月23日(土) 合同会社OFFICE MASARU EMOTO設立総会開かれる
私は今日新しい会社を一つ立ち上げました。EMOTOプロジェク トという、私のライフワークを実践する為の会社です。

EMOTOプロジェクトは世界の子供達に、言葉や命の大切さを、 水の結晶を通じて世界の子供達に絵本プラス結晶写真と言う形で伝えてゆこうとする、究極的な教育事業で、本来ならNPOとしてあるべきものなのですが、残念ながら2年前この申請が、思いもかけない反対にあって、設立申請が否認されました。
ご存知のように、NPOの申請はある期間所轄官庁の広報に掲載されて、市民からの異議申し立て的なことを受け付け、それがある一定の基準に違反すると認められた場合には、申請が却下されます。暴力団的な、あるいはその他の 好ましからざる団体がNPOの許可を申請するケースが多々あったために、それを事前に審査する機能を、市民に情報開示することによって求めたのです。
国際生命の水協会という名で申請された私たちのNPO申請は、何者かの市民の異議申し立てがあり却下されてしまいました。規定の中に、NPOの申請が認められるまで、その事業活動をしてはならないという規定があり、その何者かは私たちが事前にEMOTOプロジェクト活動をしているから無効だと申請をしたのです。東京都はその異議申し立てを採用して、私たちのNPO申請 は却下されたという次第です。
なんとも間の抜けた話で、本当に行政というものの心の無さを感じ悲しくなりましたが、ならば私の世界平和に対する思いに共鳴してくれる同志を集めて、正々堂々とNPO的会社を立ち上げてみようということで、このたび合同会社と言う形にしての組織を立ち上げたわけです。
本来ならば、この企画は1年前に実現されていなければなりませんでしたが、アメリカでの思わぬ訴訟問題、私の2ヶ月ほどの入院などによって、遅れてしまいましたが、このほど、それらの問題がすべて解決したので、本日 具現化した次第です。
本日までに、12名の出資社員と10名の賛助会員の申し込みをいただいて、設立登記も無事終了し、今日その創立総会がIHMのアストレアホールで行われました。正式な業務の開始は3月1日からとなりますが、この会社は平和を求める市民の為の市民による会社です。どなたでも参加が出来ますので、詳しい資料等をご希望の方は、
http://www.masaru-emoto.net/newemoto2/ome_home.html
をご覧下さい。
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2008年2月20日(水) インドネシアでEMOTOプロジェクト絵本の配布始まる
昨日、昨年の8月に私のインドネシア講演ツアーを主催してくれた、ホライズンホテルグループの方から、次のような嬉しいメールをいただきました。
こちらの世界で何が起こっているかをお知らせしたいと思います。
今現在、本の配布の準備をしておりまして、6000冊がインドネシアの学校の生徒たちに配布される予定です。4000冊は一般の方へ配布されます。1週間に1回、学校で無料のEMOTO PROJECTに関するプレゼンテーションを行っております。

これまでの反応は素晴らしいもので、私たちはそれに満足しております。
沢山の、大きなハートを持つ人達から最初の出版の寄付を頂きました。彼らは、世界への貢献という幸せの気持ち以外に何も受けとりません。(私たちもそうです。)
最初の版を読んで、お気づきになったかもしれませんが、広告、スポンサーのお知らせはしておりません。この水の本を創るプロセスで水から習った事は、惜しみなく人生を捧げる事の大切さです。これは協力してくださる方々に対しても提案できるレッスンでもあります。
私たちは2版目の1万冊の増刷も視野に入れています。
うまくいくように祈っていてください。
江本さんと皆様に愛と感謝を送ります
クリスティ & スージー
丁度、日本でもこのプロジェクトを本格的に遂行する為の会社、OFFICE MASARU EMOTOを立ち上げたばかりなので、何よりの励みとなります。この新会社の設立総会が、2月23日に行われますので、詳細はその時の日記にてご紹介させていただく予定です。
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2008年2月17日(日) 孫の描いた絵
最近は1週間に一度は、江本ファミリー全員が揃っての食事が楽しめて、実に幸せだ。昨年11月に娘家族がヨーロッパから、今年1月に次男家族がアメリカから帰ってきて、しかもみんな我が家の傍に住んでいるからだ。
何処の娘も、同じだと思うが、許されれば実家の傍に住みたいと思うの だろう。なんと言っても孫の面倒を、たまに見てくれるバーバがそばにいると、心強いに違いない。だから、最近娘家族は好く我が家に遊びに来る。もちろん食 事もしてゆくが、よく見ているとその調理人はいつもバーバだけ。つまり娘は夕飯の支度は殆ど手伝わない。
でも、バーバは一つの文句も言わない。むしろ嬉しそうにせっせとお料理に励んでいる。もちろん、ジージである僕は何もしないで、可愛い孫の所作を見ているだけだから、これまた楽しい。皆幸せだ。

そして最近上の孫が習い事を始めて、その日に書いた絵をよく持って来 てくれる。今日の絵が上に紹介しているもので、先日の雪の日の情景を、見事な色彩感覚を持って書いている。もうじき5歳になるが、オギャーと生まれた時か ら見ている孫の成長が、週代わりで直接、見感じられるところに、住まいを構えてくれた娘夫婦に感謝の毎日だ。
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2008年2月12日(火) デーヴィッド・アイクさん・太田龍先生・江本勝シンクロトーク鼎談開催される
2月5日から3日間ほど、メキシコで行われた会議に参加の為出かけてきました。退院後初めての海外一人旅で、しかも高度2000メートルのメキシコシティーへの日本からのダイレクト便と言う強行日程で、流石に疲れました。
その疲れが癒える間もなく、帰国した翌日の10日の日曜日、日本橋の中央産業会館で、上記のようなイベントを開催させていただきました。
何故この企画が出来たのかと言う背景は次の通りです。
一昨年の12月20日は私どもの会社IHMの創業20周年記念式典が行われた日でした。その式典に参加するため、アメリカのHADOインストラクターのエイミーさんが来てくれて、私に1冊の本をプレゼントで持ってきてくれました。その本の名前は「Infinite Love is the only truth, Everything else is Illusion」と言う物で、作者は私の知らないデーヴィッド・アイクと言う方でした。私の結晶写真を何点か引用されていると言う事で、持って来てくれたのです。
翌々日、私はこの作者の名前を記念式典に出席して講演をしてくれた、船井幸雄先生から聞く事になります。先生が最近読んだ本の中で一番面白かった本の中の一つとしてデーヴィッド・アイクさんという方が書いた「大いなる秘密」と言う本をご紹介されたからです。
全くのシンクロ二シティーが起こりました。
私はとても驚いて、このアイクさんという方について調べました。そして彼が世界の闇の権力を暴き対峙している勇敢な異色作家であることを知りました。とても会いたくなりました。彼がイギリス人で本拠地はロンドンである事を知って、私は昨年の5月の末にロンドンでのコングレス参加の折に、二人の共著の出版を望まれた徳間書店の編集の方と共に、彼とお会いしました。
その結果、私はアイクさんと私との間に次のような共時性があることを知って大変びっくりしました。
@ 二人とも、もともとはシンプルなスポーツマンで有った事。(アイクさんはプロサーッカープレイヤー・僕は大学時代ラグビー選手)
A 二人をスピリチャルに目覚めさせたのは、同一人物。ベティー・シャインさんという方。
B 二人の最初の著作の題名が「波動の真理」で同じであった事。
そしてその結果昨年の11月30日、徳間書店から「さあ5次元の波動へ 宇宙の仕組みがこう変わります」と言う本が共著として出版されました。その関係から私はデーヴィッド・アイクさんを日本に始めて紹介した人物、太田龍先生の存在を始めて知りました。そして昨年の12月17日、太田先生と始めてお会いし、月刊「HADO」用の対談を行いました。そして太田先生とアイクさんの深い繋がりを知り、今年の2月11日に太田先生はアイクさんを日本に招き講演会を開く予定である事を知りました。
しかし、私は2月1日から11日までメキシコに行く事がその当時決まっていて、折角アイクさんが来ても、お会いできないと言う事で、大変残念に思っていました。
ところが、その後メキシコでの行事が一つキャンセルになり、2月9日には日本に帰れる事となりました。そこで早速、太田先生に私のオフィスで3人によるシンクロトーク鼎談を開かないかと相談した所、真に快く受けてくださり、アイクさんの講演会の本番1日前の10日に、それが行われる事になりました。
それが決まったのが1月の末でしたが、それを告知した所、たちどころに私共のオフィスの小さなホールは定員一杯となり、私達は、会社から直ぐ傍にある、貸しホールに会場を変更したのです。そしてそこも直ぐに一杯となり、私たちは3時間余の間、楽しく鼎談を開いて、会場のお客様との質疑応答も含めながら、充実した時を過ごす事ができたのです。

会場の様子

太田龍先生

デーヴィッド・アイク氏

質疑応答のひとこま
デーヴィッド・アイクさんを知る人、そして私を知る人は、何故二人が出会い共著の本を出すまでになったのか、ましてや日本で鼎談までをするようになったのかを、とても不思議に思うことでしょう。しかし、一見全く違ったパターンの論者に思える二人は、その根底において深く繋がる物を持っていたことが分りました。また、なぜ太田龍先生という日本では超硬派論者と言われる方がこの二人を結びつける事になったのか、とても興味あることと思われる方も少なくないはずです。これもまたシンクロ二シティーのなせる業でした。
実はアイクさんがご自分のつい最近の本に私の結晶写真を取り上げたのも、結果的に太田先生のお陰でした。先生のお弟子さんである高橋さんと言うロサンジェルス在住の方が、ロスでアイクさんに会い、その時に私の『水からの伝言』をプレゼントされた事によって、それは起こったと言うのです。ですから全ては、太田先生という哲学者を中心として起こるべくして起こったシンクロ二シティーのなせる業だったのです。
アイクさんが最初に会った時に言っておられました。「3次元世界の向こうには5次元世界があり、そこは情報に満ち満ちており、その情報によって我々の住む3次元世界の動向が左右されている。私はたまたまその5次元世界にアクセスする事が出来、とても貴重な情報を次から次へと貰っている。それにアクセスするキーワードはシンクロ二シティーだ」と。
まさしくその事が実証された一昨日のシンクロトーク鼎談だったのです。
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