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2008年3月 2008年4月




4月22日 バイカル湖・太陽と水のフェスティバルに参加しませんか new

4月21日 実りの多かったロシア訪問 new

4月20日 食事・市内観光・オペラ鑑賞 new

4月19日 サンクトペテルブルグの水道浄水技術 new

4月18日 水道局子供教室で、中高生を対象としたセミナー行われる new

4月17日 サンクト・ペテルブルグ水道局訪問 new

4月16日 サンクト・ペテルブルグ セミナー(1)

4月14日 モスクワからサンクト・ペテルブルグへ

4月13日 「water 2」 の撮影インタビューを受ける

4月12日 モスクワ市内観光

4月11日 ロシア外務大臣セルゲイ・ラヴロフ氏訪問

4月10日 モスクワセミナー

4月9日 初めてのロシア

4月8日 展示会に子供達来場

4月7日 マヨルカセミナー

4月6日 マヨルカ島に行く

4月5日 バルセロナ、エキセレンシアセミナー

4月3日 インタビューそしてバレンシアへ

4月2日 ラマ教僧院訪問

4月1日 サウジからスペインへ




過去の日記



Special Contents

波動インストラクター フェルナンドさんの
「波動 人生における義務」の詩


インディアン・シーズン



 

 

2008年4月22日(火) バイカル湖・太陽と水のフェスティバルに参加しませんか

4月9日から、21日までの私の始めてのロシア訪問では、様々な成果を上げる事ができましたが、その中で日本の皆様にもぜひ参加して欲しいと思うイベントが一つ有りますので、それをご紹介させていただきます。それは、日本人とも縁の深いといわれるバイカル湖畔における、日食観測と、世界の水に愛と感謝を捧げるセレモニー、バイカル湖版です。

いくつかのシンクロ二シティー現象がこの企画を作らせました。このイベントには、私とこの1年半の間にご縁を頂いた次のような方々が参加される予定です。

まず、2006年10月、韓国テグ市で行われた日韓露水研究者会議でお会いした、バイカル湖の水質を研究されているアレクサンダーさんです。(写真中央)

この方は、その時ロシア語の「水は答えを知っている」を持ってこられて、私にサインを求めに来られました。私は自分の本が遠いシベリアの方まで行っている事に、大変驚き喜んだものです。バイカル湖が最近汚染され始めた事を、とても憂えておられました。
次は、昨年9月にニューヨークで私のセミナーに来てくれた、イリーナ・パンタエヴァさんです。

彼女は現在ニューヨーク在住のスーパーモデルで、何本かの映画にも出演、いくつかの著作も有ります。そのうちの「シベリアン・ドリーム」は日本の講談社からも出版されています。
実は彼女、私の本の愛読者で、ニューヨークの講演会の翌日にお会いする予定になっていましたが、私のドクターストップで急遽キャンセルをせざるを得なくなり、ご迷惑をお掛けしました。彼女はバイカルのそばの生まれのロシア人で、やはりバイカルの汚染をとても心配していた人でしたから、今回の企画をお知らせした所、喜んで参加したいとの連絡が有りました。

次は「WATER」という映画の製作者チームです。


WATERのDVDジャケット

2005年、私はスイスの滞在先のホテルでロシアのドキュメンタリー製作チームから取材を受けました。(受けたそうです。)私は自分の役割は、水の広報係りと自認していますから、どんな取材も殆ど断った事が有りません。ですから海外にいる時のその数は本当に多いのです。それは構わないのですが、良くそのことを忘れます。今回のドキュメンタリーフィルム「WATER」の場合もそうでした。
実はその映画は、2006年に出来上がっていて、ロシアで公開され色々な賞を獲得していたのだそうです。そして昨年はテレビでも全国に放映されて、ほんの3分くらいしか映像の出ていない私でしたが、そのコンセプトが映画のテーマでもあったらしく、MASARU EMOTOという名前はロシアではとても有名になったということなのです。
それで、私は昨年9月にロシアの2つの大きな公的法人からご招待を受けたわけだったのです。(一つはモスクワの水力発電公社・・・ロシア中の電力の10パーセントを賄っている巨大企業、もう一つはサンクトペテルブルグ市水道局・・・・この時は私の入院騒ぎでキャンセルせざるを得なくなり、4月にお伺いさせていただいたわけです。)
その映画は、今はアメリカの方に上陸して4月17日に始めてロサンゼルスの映画館で上演され、好評だったと聞いています。)
今回モスクワでその映画の製作者が訪ねてこられて一部始終を伺って始めて状況を把握したという訳ですから、私の情報網もいい加減な物です。
その映画の製作チームは「WATER2」を企画していて、早速私は2時間近くインタビューを受けましたが、バイカル湖の話をすると是非撮影に来たいという申し出を得ることになったのです。私たちの愛と感謝のセレモニーも映像化されることでしょう。

更に次はサンクト・ペテルブルグ技術大学の物理学教授のコンスタンチ・コロトコフ博士です。

GDVとはGas Discharge Visualization(気体放電視覚化装置)の略で,水のエネルギーレベルも測定できる、量子力学の時代の最新測定機器と言えます。実は、IHM総合研究所でも2年前に導入している機器でもあります。
今回サンクト・ペテルブルグの水道局にお伺いした時にもコロトコフ博士もご一緒でして、一緒にディナーや、歌劇「アイーダ」鑑賞なども楽しみ、すっかり仲間となってしまいました。
そのコロトコフ先生が、実はバイカル湖の日食の時に現地でGDVテクノロジーを使って、日食の前、最中、そして後のバイカル湖の水のエネルギー変化を測定するという計画を、既に建てておられ、それに私も参加をしないかと誘われて、今回のイベントの企画が持ち上がったという事なのです。

この他にも、韓国の湖水の浄化技術をゼオライトを用いて成功させている河川環境綜合技術研究所の朴教授も参加をしていただく予定で、私を中心として、あっという間に水仲間が8月1日にバイカル湖に集結することになりました。
そこで私は従来7月25日に行っていた水に愛と感謝を捧げるセレモニーを、今年はバイカル湖で8月2日の日に行おうと考えたわけです。そしてコロトコフ博士のGDV技術で我々の祈りのエネルギー度を測定してもらおう、と言うわけです。

日本人とバイカル湖の関係

日本人とバイカル湖の関係については以前から色々な雑学知識を私は持っていましたが、念のためにインターネットで、その情報を確認した所、その情報は間違いなかったようなので、次に紹介したいと思います。

  1. 日本人のルーツはバイカル湖東岸に住むブリヤート人という可能性が高い。DNA検査の結果。(そう言えば、スーパーモデルのイリーナさんは、ブリヤート人でした。)
  2. バイカル湖と日本の本州の形は、とてもよく似ており、バイカル湖を作った時の地球の大地殻変動によりその部分がすっぽり太平洋にまで飛んで行ったのではないかと言う説まである。 (下の地図参照・実際には本州の長さの方が、バイカルのそれよりもだいぶ長いが、バイカルの場合水深が1650メートルもあり、その湖底部の長さと形は、丁度日本の本州と同じだという説がある。)

その他にも、日本人のルーツはバイカルにあり、という状況証拠があるようですが、まず行ってみて、現地の人たちと会った結果、どう思うか、ということに私はしたいと思います。

今のところの予定:
この原稿を書いている時点では、まだ計画を作っているところなので、団体ツアーを組めるかどうかの目途が立っていません。ただ日程的には、大体次のようになるかと思います。
7月28日(月) 新潟空港発・・イルクーツク
29日(火) 自由行動
30日(水) 波動ワークショップ 1日目 もしくは自由
31日(木) 同           2日目 懇親会
8月1日 (金) コロコトフ先生実験見学 日食観測
2日 (土) バイカル湖の水に愛感謝を捧げる儀式 、講演会、音楽祭
3日 (日) バイカル湖遊覧、帰国(夜)
4日 (月)  新潟着

予算: 
未定ですが、大体30万円ぐらいとなるでしょう。
なお、ツアーを組むには10人以上の参加者が必要な為、この記事を読んで参加を検討されたい方は6月15日までに、Office Emoto(電話:03-3863-0216)までご連絡ください。追って参加費と詳細のスケジュールのご案内をご送付させていただきます。

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2008年4月21日(月) 実りの多かったロシア訪問

13日間のロシア訪問を終えて、私たちは、サンクトペテルブルグ−コペンハ−ゲン−パリ−ソウルの経路で、最終目的地ソウルに向かいました。
写真は機上から見た、コペンハーゲンの海ですが、ご覧のようにこの国は風力発電の先進国で(現在国内電力の20パーセントを賄っている。将来は50パーセントを目指す。)到る所にこの装置が見受けられます。

さて12日間の、始めて訪れたロシアの旅を終えての総括をしたいと思います。
結論として、様々な成果を上げる事が出来てとても喜んでいるわけですが、考えてみればそれも偶然ではなかったと思います。私の水や波動研究の節目節目には、いつもロシアが絡んでいたんだという事に気がついたからです。
@ まず、何故最初水に関心を持ったのか? それは当時のビジネスパートナーであったリー・ロレンゼン博士が開発したマイクロクラスター水「カルチャー」の魅力に惹かれたからでしたが、そのカルチャー水の大元の情報は、ロシアのコーカサス地方で培われたヨーグルト菌の情報でした。
B さらに、私に水を氷結させて結晶を撮影するという技術を、思い起こさせてくれたヒントとなった本「水の科学 Q&A」 (東京図書 1982年初版)は、ロシア人学者イーゴリ・ワシリエヴィチ・ぺドリヤノフによって書かれた物でした。

このように、水、波動、結晶という私の人生のテーマの全ての始まりに、ロシアと言う国が有ったのです。言わば私にとっての親のような国に始めて行ってきたのですから、この日記でご報告してきたような、様々な成果があって、不思議ではなかったのです。
そして何よりも、ロシア人は、神の存在を疑わず信じています。私の最近の哲学も如何にして神に近づくかと言う方向に来ていますので、いろいろなシンクロ二シティーにも恵まれて、例えばバイカル湖における太陽と水のフェスティバルのような素晴らしいイベントの誕生に繋がっていったのだと思います。

 

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2008年4月20日(日) 食事・市内観光・オペラ鑑賞

この方は、今回サンクト・ペテルスブルグの6日間の企画をしてくれたイベント会社のヤラサワさんです。彼女は日本語も英語も上手で私たちは大変助かりました。
何よりもありがたかったのは、食事の手配を全て私の好みどおりにしてくれたことです。

朝はホテルのビュッフェでしたが、ランチ、ディナーは全て彼女がそれぞれ素晴らしいレストランを用意してくれていました。そして料理の方も全てコースがオーダーされていました。しかも私のは、バター、チーズ、ミルク、クリーム、肉類なしで、特別注文だったのには感激しました。

ではここで、彼女が注文してくれた、サンクト・ペテルスブルグのロシア料理の数々をご紹介させていただきましょう。名前は記録する余裕が有りませんでしたので、写真だけで失礼します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は観光版です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終日の夕方は、コロトコフ夫妻とともに、オペラハウスで開かれていた「アイーダ」の観劇と言う素敵なスケジュールが用意されていました。音楽好きの僕には最高の贈り物でした。

オペラは7時から始まって、10時半までの長丁場。しかし幕間には、特別食堂で私たちの為にディナーも用意されていて(シャンペン・ワインつき)至れり尽くせりでした。

『アイーダ』は以前から見てみたい歌劇でしたから、とても満足しました。サンクトペテルブルグの皆さん有難うございました。又必ず参ります。

 

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2008年4月19日(土) サンクトペテルブルグの水道浄水技術

私は世界で様々な都市の水道水の結晶写真をお見せしながら、塩素やフッ素を最終処理の段階でいれなければならない、その水道水の安全性について、警鐘を発してきました。ですから今まで水道局からセミナー依頼を受けたことは一度も有りませんでした。彼らからすれば私は目の上のたんこぶの様な存在でしょうから、無理も無い事です。
今回国内外を通じて、初めてその水道局からのご招待でしたので、最初は半信半疑だったのですが、来て見て初めてその理由が分りました。このサンクトペテルスブルグ水道局では、塩素や、フッ素を殆ど使わない処理方法を実施中だったのです。その処理方法とは、ウルトラバイオレット(紫外線)処理でした。

そして今年の6月以降は、一切のケミカルを使わないでこの方法のみで処理を行う予定だそうですから、過去の色々なテストでこの処理方法は安全であると言う結果を得たと思われます。

この情報は私を興奮させました。 と言うのは、私どもの研究所では丁度水道水に対しての紫外線処理効果を、研究していた所だからです。
このアイデアそのものはホ・オポノポノのハワイのレン博士から頂いたものですが、青い瓶に水道水を入れて太陽光線に数時間照射すると、とても良い水になると言う物です。

実際にその実験を結晶上で観察した結果が上の写真で、レン博士の仰る通りの結果が出ていたものですから、そのシンクロ性に興奮したわけです。太陽光線そのものは紫外線を多量に含むからです。
今後私はこの事実を、国の内外に向けて発信してゆこうと思っています。

 

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2008年4月18日(金) 水道局子供教室で、中高生を対象としたセミナー行われる

この水道局には水道博物館の他に、子供に水の大切さを教える子供教室があって、その入り口にはご覧のような世界から集まった水のロゴマークが飾られていました。私が指差しているのが、日本から送られてきた物です。

サンクトぺテルブルグ市は、子供の水教育にとても力を入れており、毎日のように幼児をも含めての水教育が取り入れられており、今日は市内の14歳から17歳までの中高生を対象にしての、課外授業の日でした。市内20校から、普段は40名ほどの生徒が参加していると言う事ですが、今日は特別授業と言う事で、お部屋一杯の150名ほどの生徒が参加してくれました。

学生時代に学校の先生になりたいと思っていた私は子供の前で、水のはなしをするのが大好きです。 ですから、子供向けに優しく楽しくお話をする事が出来ました。

きっと自分が、子供の心を失っていないからでしょうが、子供達とすぐに共鳴することが出来ました。ですから皆とても楽しそうに、しかも熱心に話を聞いてくれました。写真をご覧下さい。最初の写真とこんなにも表情が違いますね。

最後はロシアの国歌とその結晶動画で締めくくったのですが、皆直ぐに立ち上がってくれました。そしてこのあとスタンディングオべーションまでしてくれる子供もいて、私は大感激でした。大人の方はまだあまり表情を出さない傾向にありましたが、子供さんの場合は、とても素直で、ロシアの10年後がとても楽しみです。

最後は皆と記念写真です。

このあと、パンフレットやノートにサインの希望が有って『愛感謝』のスタンプを押してあげたのですが、ご覧のように腕にそれを押してほしいと言う子供まで現われました。妻が「ノー タトゥーよ・・・刺青は駄目よの意味」と言いながら、押してあげていました。

この子も。
とにかく今日のセミナー、目茶苦茶に楽しかったです。やはり子供は良いですね。改めてEMOTOプロジェクトの大切さを認識しました。きっと今日来た子供の中から、将来人類に光明を与えるような凄い人が出てくる事でしょう。

 

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2008年4月17日(木) サンクト・ペテルブルグ水道局訪問

今日は朝から、サンクトぺテルブルグの水道局訪問です。その庭には写真のような噴水、いや凄い水量の、逆さ噴水が有りました。

左の方が、浄水場所長のセルゲイさんです。ロシアの昔ながらの郵便配達人ならぬ、水配達人の像の前で。

午前11時から、所内のホールで、関係者を集めてのセミナーが開かれました。

またまた200冊のサインの儀式が待っていました。嬉しい事です。(トホホ)

セミナー終了後、浄水場博物館の10階にあるレストランで、私たちの歓迎ランチの席が用意されていました。

10階から見た、市内の風景。中央の川がネヴァ川でこの水が、この町の水道水の水源となっています。

左の方は、水道局のNO2の方、右側の女性が市の投資委員会の幹部のジーナさん。この方がサンクトペテルブルグ市で最初に僕を招待しようと呼びかけた方でした。やはりここでも女性でした。

そしてこの方が、サンクトぺテルブルグ技術大学の教授でGDVの開発者であるコンスタンチン・コロトコフ教授で、今日のセミナーでも30分ほどの講義をしてくれました。二人はすっかり意気投合して、この後早速共同研究の話が纏まってゆきます。

 

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2008年4月16日(水) サンクト・ペテルブルグ セミナー(1)

この町の最初のセミナーは、ロリュストロフミネラルウオーター社主催によるセミナーで約400名の人が参加されました。セミナーはご覧のように美しいフルートとハープによる演奏があって、幕開けと成りました。

受講者は年配の方が多く、少し心配でしたが、熱心にメモを取る方もいて、最後まで聞いてくれました。

これはサイン用の本。200冊ありました。

従って、ラスモス君が話している時に、予め半分ぐらいを書いて、終了時までにようやく全部の本のサインを完了しました。

主催者のミネラルウオーター社の社長夫妻と。ロシアにはこのように美人の方が多かったです。

 

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2008年4月14日(月) モスクワからサンクト・ペテルブルグへ

充実した、モスクワ訪問を終え、今度は空路で1時間余りの、北のベニスと言われる水の都、サンクトペテルブルグへと向かいました。ここはソ連時代にレニングラードと改称されましたが、連邦が解体して又もとのサンクトペテルブルグに戻されました。芸術と学術の町として有名で、私が前から来たかった所です。

町に入ると、まだ所々にレーニン像が残っていました。

町には、到る所に美しい建築物が目に付きます。

このようなロシア正教の教会も数多く見受けられました。

 

 

元の宮殿

 

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2008年4月13日(日) 「water 2」 の撮影インタビューを受ける

今回のロシアからのご招待の機会を作ってくれたのは、「Water」というドキュメンタリー映画が、2006年にロシアで完成し、上映された所、いくつかの映画祭で金賞を取ったりして、大評判に成ったということからであるという事が、こちらに来て分りました。

問題は、その映画について私が全く記憶に無かったという事です。その映画の存在を知ったのは今年の2月に、その映画の試写会がアリゾナのタンパで行われるので、来てくれないかと言うお誘いを受けた時でした。私はその映画がいつ何処で、誰によって作られたのか、はたまた私はその映画にどのような関係があるのかを聞いたところ、映画はロシアの人が作り、私も出演しているという答えを、その主催者から聞いていました。4月中旬にはロスアンジェルスでも公開されるという事で、私は今回のロシア訪問で出来れば、その製作者と会いたいなあと思っていました。
そのチャンスは直ぐに来ました。モスクワに入って3日目に彼女は、ホテルに来てわたし達をなかなか洒落た日本レストランに連れてってくれて、ランチをご馳走してくれましたが、その時にすべての事がはっきりとしました。
彼女はSaida Medvedevaさんと言って、ロシアでは有名なドキュメンタリー映画専門のプロダクションの社長でした。2005年の秋、彼女は私が滞在していた、チューリッヒのホテルに訪ねてきて、確かに私を取材していたのです。(私はそのことをすっかり忘れてしまっていましたが)
そしてそれが、2006年に完成して、そのコピーを私のところにも送ってくれていたのですが、私が出張中かなんかで、それを私が手にする事がなくそのまま研究所のどこかで眠ってしまっていたようです。
私はこちらの非を詫びて、話は一件落着しましたが、彼女は今「Water 2」の製作を企画していて、それにも私に出演して欲しいという話に成りました。


そして今日、早速彼女のプロダクションのスタジオに行って、2時間ほどの収録が行われました。スタッフが70人ほどもいる、立派なスタジオでそれは行われました。メイクの人も用意されていて、入念な化粧が施されました。

そのあと、関係者で近くのフィッシュレストランに行ってランチとなりましたが、私は大きな鯛を注文して皆でおいしく食べました。日本では鯛は縁起の良い魚で、慶事の時には皆さんに振舞われると言う事を教えてあげて、ワインで乾杯です。きっと前作よりも素晴らしい映画が出来ることでしょう。

そこには、シュニーギンさん(ロシアの水力発電会社)の研究所の幹部も来てくれて、今後の共同研究を祝っての乾杯もしました。



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2008年4月12日(土) モスクワ市内観光

今日は、1日フリー、専用のガイドさんがついて、モスクワ観光を楽しませてくれました。
まずは、初めての宇宙飛行士、ガガーリンさんの銅像です。

モスクワ大学の正面

正面には、この大学を卒業した中での、偉大な学者達の胸像が、12体飾られていました。

私は、メンデレーエフの前で記念写真を撮りました。

この方は、ミチューリンさんです。

前方のスタジアムが、日本が参加しなかったモスクワオリンピックの開会式が行われたところです。

そして、妻が楽しみにしていた、ボリショイサーカス見学です。

サーカス会場の中、この後空席は見る見る埋まってほぼ満席となりました。

開演中は、撮影禁止ですので、残念ながら色とりどりの、興奮するような光景はご紹介できませんが、中央のリンクは、プールになったり、アイスリンクになったり、それはそれは楽しく、ライオンやアザラシ、オウムなどの動物が次から次へと現われて、動物好きの和子さんは大喜びでした。

写真はフィナーレの光景で、和子さんがこっそりと撮影したものです。

 

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2008年4月11日(金) ロシア外務大臣セルゲイ・ラヴロフ氏訪問

今回のモスクワ滞在中にはダリさんという観光ガイド通訳がずーっと一緒に付いてくれました。
その彼女が、今日はロシア政府の外務省に行く事になっていますと、私たちを専用車で連れて行ってくれました。途中ご覧のような歴史的建物があちこちに有る所を通って行きます。

これは何の建物だったかなあ?
とにかくモスクワには、やたらに凄いと思われる歴史的な建物が有りました。

ここが連れて行かれた外務省の前です。

 

そして厳重なセキュリティーを通って通された7階のフロアーの1室でお会いした方、それは何とロシア政府の大要人、ラヴロフ外務大臣でした。

何故僕がラヴロフさんと会うことが出来たのか、それは次のような経緯が有ったのです。
まず、ラヴロフさんと今回僕を招いてくれた電力会社のシュニーギンさんとは友人であった事です。そしてラヴロフさんはたまたまロシアのテレビで放映されたドキュメンタリー映画「WATER」を見ました。1年半ぐらい前の事だったそうです。それに僕は登場しているのですが、それを見てすっかり僕のファンになってくれたと言うことです。その時は奥様と娘さんも一緒にその番組を見ていて、彼女らもとても気に入ってくれて、その後ロシアで出版された僕の本を読んでくれたりして、益々ファンになってくれたと言う事です。
こんな経緯が有って、私は密かに、シュニーギンさん経由でロシアの外務大臣に会うことが出来たのです。
帰り際に、「私に貴方のお仕事に何か協力出来る事があれば何なりと仰ってください」と有りがたいお申し出を頂きました。それではと言う事で、私は次のように言いました。
「それでは、ご一緒に記念写真を撮っていただけますか?世界平和の為にこれを使わさせていただくと言う前提でお願いしたいのです。」
「それはたやすい事です。」と言う事で撮影したとても大事な写真がまた1枚、僕の日記で紹介することが出来たという訳です。

その3日後、ラヴロフさんは日本の高村外務大臣と会談されると言う事でしたが、僕からの高村さんに対してのメッセージは届いたでしょうか?

外務省に行ったあとは、クレムリン観光でした。この要塞の向こうにクレムリンがあります。ガイドさんの説明によれば、クレムリンと言う言葉自体が要塞という意味だそうです。

この橋を渡ればもうそこはクレムリン。

でも僕は入り口を少し行った所でダウン。ここで待つことにしました。以下は妻が撮った写真だけの紹介で失礼します。

クレムリン内部写真集

 

 

 

クレムリンを出て今度は赤の広場です。

 

赤の広場は、思ったより狭かったです。中央がレーニン稜。

反対側の有名な百貨店

 

夕方、モスクワで最大の書店でのサイン会が有りました。

メディアの方も何社か来ていました。

サイン会の様子

びっくりしたのは、ロシア語だけでここにきて17冊の本が出版されていました。著者も知らない事で、どうなっちゃったんでしょうか?

 

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2008年4月10日(木) モスクワセミナー

全ロシアの電力10パーセントを供給している会社が用意してくれたホテルは、モスクワでも一流のホテル「プレシデントホテル」でした。このホテルはソ連時代には、共産党のトップや外国の政府代表団しか泊まれないホテルだったそうで、当時は一般市民は入る事もできなかったそうです。

私たちが泊まっている間にも、各国の要人らしき人がひっきりなしに出入りしていました。

しかも、私たちのために用意されていた部屋は、ご覧の5階のスイートルームで、とても広いお部屋でした。

このホテルの中で、私のモスクワでの始めてのセミナーが行われました。一般公開ではなく電力会社のスタッフ120名を集めてのセミナーです。
従って、反応はいまいちでしたが、熱心には聴いてくれました。やはりソ連時代の「固さ」がまだ節々に残っていて、他の国ならば必ず笑いを得られるところでも、それは得られないことが多く、忸怩たる思いをした場面も有りました。
また、通訳自体がとても硬い感じで、いわゆるスピリチャル系の講演会の通訳者がまだ育っていないようでした。

 

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2008年4月9日(水) 初めてのロシア

マヨルカからチューリッヒまでは1時間50分の飛行ですが、私たちはチューリッヒでストップオーバーして、ヒルトンホテルで1泊、今日のお昼過ぎのスイス航空でモスクワ入りをしました。この間3時間半で、ヨーロッパからロシアまでは、それ程距離感を感じません。

飛行場から、ホテルまでは2時間たっぷりかかりました。この国は急に発展して車の需要が、道路の整備のスピードを上回り、何処にいっても車の渋滞でした。

まずは白樺並木でロシアらしいなと思ったのですが・・・

うん、此処もロシアらしい風景でした。

しかし直ぐに、大きなアパートが目立ち始め、それとともに車の洪水が始まりました。

 

しかしやがて待望のモスクワの市内に入り、5スターホテルプレシデントホテルに到着しました。
そこには、今回私たちを呼んでくれた水力発電公社のシュニーギン会長ご夫妻が、お待ちいただいておりました。

シュニーギン会長ご夫妻 今回のモスクワ訪問では、何から何まで本当に、良く面倒を見ていただきまあした。奥様にはお二人目のお子様が宿っていらっしゃるそうで、おめでたい限りです。

それにしても、巨大なロシアの電力を10パーセント担っている公社の会長が、こんなにお若いとは!?

初めてのロシア料理

 

もちろんウオッカも頂いて、ぼくらは直ぐにお友達になりました。

今回もラスモス君を同道しました。彼は前回私が来られなかった時に、一人できていて、もう会長とも顔見知りです。さて、この初めてのモスクワ、何か良いことが待っているような予感がします。

 

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2008年4月8日(火) 展示会に子供達来場

昨夜の興奮がまだ冷めないうちに、今日は朝からソフィア財団の事務局に行って、子供達を待ち受けました。近所の学校の先生が生徒達を連れて来てくれるというのです。

早速子供達と記念写真です。

そしてサイン会。

それから別室の視聴室に入って、マリアカラスの唄う、マダムバタフライに感応した水の動画映像を楽曲とともに、子供達に見せてあげました。

少なくとも5人ほどの子供達のこれからの将来に希望の光を与える事が出来たように思いました。

マヨルカの最後の食事は、やはりパエリアでした。
ソフィア財団の幹部の方とのお食事で、とても美味しかったです。

本当に財団の皆さん、有難うございました。とても理想的な形でスペイン語版が出来ました。この本はサラゴサから全世界に向けて発信され、世界の子供達に何らかの恩恵をもたらす事でしょう。

さらばマヨルカ!!

 

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2008年4月7日(月) マヨルカセミナー

今日の夜行われるセミナーの主催者、ソフィア財団のオフィスに行く途中、マヨルカの有名な大聖堂の前を通りました。

この方達が、ソフィア財団の理事長そしてその奥様です。お二人ともエジプトの考古学そして日本の禅などを研究されている求道者のようです。

その財団の図書館です。右側の女性は、20年前にこちらに来て現地の方と結婚された芦屋出身の恒子さんで、今回の私のセミナーの通訳をしてくれます。

この絵本がソフィア財団が作ってくれた子供用の「水からの伝言」です。今後彼らを中心としてこの絵本が、サラゴサ万博を始め、スペイン中に配布される事になります。

まずは、エモトプロジェクト推進の為の、展示会のオープン式典です。

恒例の各メディアからのインタビューも有りました。

 

展示の様子。

 

 

 

 

これを作ってくれた皆さんとの記念写真です。皆ソフィア財団に所属している方で、ボランティア活動でしてくれたそうです。皆さん有難う。

スペインの遅いお昼は、日本食レストランにご案内いただきました。そしてそのお店の名前は「将軍」ならぬ「勝軍」、私の名前のお店に連れてきて貰ったのです。でも当人達はお店の名前と僕の名前との由来は知りませんでしたけれど。

よし、今晩のセミナーは勝ち戦にするぞー!!

夜8時半、いよいよマヨルカセミナーがスタートです。

緊張の面持ちの、開演前のスピーカーと通訳者。

幕を開けたら、会場は満席となっていました。何とその数900名、劇場としては講演会としては新記録だそうです。(因みに2ヶ月前、アルゴアさんが此処に来た時は、300名だったそうです。最も彼の場合は800ユーロ、僕の場合は10ユーロの入場料で、比べ物になりませんが)

いつもの様に、音叉を使って共鳴とは何かを話す僕。

最後は、スタンディングオべーションで終了しました。嬉しかった!!

セミナーが終わった後、予め計画していたように二人だけでお昼に来た勝軍に行きました。
そこで経営者の佐藤夫婦と、気を許しながらの楽しい会話となりました。
ご主人は日大時代軽量級で鳴らした柔道の選手で、最初は柔道の普及の為に海外に赴くようになったようです。
手にしている色紙は、バルセロナオリンピックの時に、日本の男女の柔道チームがこの島で合宿をしたようで、その時に選手達は良く食べに来ていたようです。柔ちゃんを始め、日本の柔道会の歴史を飾った、凄い選手たちの名前が見えます。

ご主人は秋田の出身、奥様は熊本天草の出身と言うことですが、その天草には私が今月末に講演のために行くわけで、これもまた偶然ではないかもしれません。

 

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2008年4月6日(日) マヨルカ島に行く

夕方の飛行機で、マヨルカ島に行きました。フライト時間は1時間ほどの至近距離です。

上空から見た、マヨルカ島の景観です。

マヨルカには昨年の夏、ホリデイで来たのですが、それを聞きつけた地元のソフィア財団に所属する方が、私たちの滞在していたホテルに来て、色々と打ち合わせした結果、エモトプロジェクトのお仕事を引き受けてくださることになり、その準備が出来たと言う事で、今回の訪島となりました。
1回のセミナーと、プレスインタビュー子供プロジェクトの展示会のこけら落としが予定されています。

立派なホテルを用意していただいて、なにやら良い予感です。

 

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2008年4月5日(土) バルセロナ、エキセレンシアセミナー

実はこのセミナー、昨年の9月に行われる予定のセミナーでしたが、私が足の怪我で急遽ダウンし、ドタキャンせざるを得なくなったセミナーの、御免なさいセミナーでした。
そのために、エキセレンシャさんは、メディアのインタビューを計画してくれていて、今日もまず朝から、テレビ関係のインタビューが組まれていました。

そしてそのお陰で、午後4時からのセミナーには多くの人が来てくれて、大盛況でした。

結果として、50ユーロ(約8000円)の入場料にも拘らず、会場は満席となり、立ち見の人もでる盛況となりました。因みに定員は300席と言う事です。

そしてその方々が、最後にはスタンディングオべーションで称えてくれました。

その後の、サイン会の様子。長い列がホール中に並びました。

 

本屋さんの主催ですから、サイン会は必須事項です。これで昨秋、ご迷惑をかけたことをお返しする事が出来ました。義理と人情の江本さんでした。(実はこのセミナーノーギャラでした。)

 

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2008年4月3日(木) インタビューそしてバレンシアへ

今日は午前中に私の5日のセミナーの主催者、エクセレンシャ(書店)で、10社ほどからの取材が有りました。

私はセミナーだけでなく、取材をとても大事にします。メディア経由のメッセージは、その量においてセミナーどころの比ではないからです。

最初はいつも、総括的な質問から始まります。この時私はとても緊張して言葉を選びます。その事が私に良い閃きや成長を与えあることが多いのです。

そして次にこの様に、個々のインタビューに移ります。大体1社20分ぐらいですが、この日は2時間余りかかりました。

午後車で3時間以上かかるバレンシアへ移動です。時間が無いからロサマリアさんがランチを用意してくださいました。

僕の好きなツナサンドもあって、なかなか美味しいランチでした。

高速道路沿いの、草の上のランチでした。

バレンシアに着いたのは、8時過ぎでもうすっかり暗くなってしまいました。写真はバレンシア闘牛場です。

9時にビガス・ルナ監督からディナーに招待されていて、有名人が沢山来ると言うレストランで、監督と8ヶ月ぶりにお会いしました。
ルナ監督は、スペインでは5本の指に入る映画監督でその作品に「タトゥー」「ハモン・ハモン」「ゴールデンボーイズ」「月とおっぱい」等があり、どちらかと言うと過激な内容の映画が多いようです。彼が私の写真集に何故興味を持たれたのか、実は私もまだ分っていないのですが、昨年7月にお会いして、とても良い波長を感じた物ですから、今回のお誘いも受けさせていただきました。

この店名物のパエリアです。このバレンシアはパエリアの本拠地で、この店はその中でもトップの店ということでしたが、私には昨日のお昼のパエリアの方が美味しかったです。

しかし、直ぐそばの地中海の深いところから採ってきたという海老は、これは絶品でした。

右側が、波動インストラクターであり、芸術家でもあるジローナのカルロスさん。彼がルナ監督とジョイントでこの町で水と乳(?)に関するイベントを2月26日からやっているのです。左側がそのイベントをサポートしている方です。

イベントの会場でカルロスさんと。結晶写真が次から次へと変わって行く仕組みになっていてとても綺麗でした。

これがカルロスさんの作品です。素材は「愛感謝」で、これを見事な光の芸術として纏め上げてくれました。

愛感謝おじさんこと私は大喜びで、いつまでもここを離れられないのでした。

会場には記者会見場が用意されていました。

その情景です。

なんだか分りませんが、パフォーマンスとしてのこぎりでテーブルを切らされました。

そして次のパフォーマンスは、場外に用意されていた、砂場ならぬ、炭場に灰をまいたところに私は立たされました。これがどういう意味があるのか、まだ私には分りません。どうも前衛芸術というのは私の理解外の事のようです。

美しいバレンシアの町並み。

 

 

結果的になにか良く分らなかったバレンシアのイベント会場を出たのが午後1時ころでした。それから何と約500キロも北に離れた、フランス国境のそばの町で、セミナーが待っていたのです。流石の僕も、ちょっと機嫌が悪くなりましたが、お客様の前ではそうも行きません。一生懸命お話させていただきました。

本当はこの町にダリの美術館があるというので、ダリ好きの僕は、そこを見たくて来たのですが、それは単なるえさでかすりもしませんでした。ダリだ、こんなスケジュールを作ったのは!?

 

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2008年4月2日(水) ラマ教僧院訪問

午後、私のスペインでの後援会の事務局長のゴヨーさんの案内で、バルセロナから1時間ほどの高台にある僧院へ行きました。この僧院はSAKYA TASHI LINGと言って、カタルーニャ地方では最初の寺院です。

遠く地中海も望める、素晴らしい景観の中にそれは有りました。


この方が、スペイン人では有りますが、ラマ僧のラマ・フランコさんです。チベットで修行された後、10数年前にこちらにこのお寺を作られたようですが、弟子達の数も多く、なかなかの指導者のようです。

お昼をご馳走になりましたが、そのパエリアはとても美味しかったです。なんでもフランコさんがご自分で作られたとか?

僕の右が、ご存知EMOTO友の会会長のロサマリアさん、その右が事務局長のゴヨーさんです。

 

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2008年4月1日(火) サウジからスペインへ

朝の1時半の便で、ジェッダを出てフランクフルトへ、目が覚めたら下は一面の雪景色のアルプスでした。

そして、最近は良く来るようになった、バルセロナの綺麗な町並み。今回のスペインはバルセロナで1回のセミナー、バレンシアでルナ監督のイベントに参加、そしてマヨルカでのエモトプロジェクトの展示会参加、講演会です。

 

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