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2005年8月 < 2005年9月 > 2005年10月



■ 2005年9月30日(金) IHM新年度事業計画発表会

9月10日から約20日間の、アメリカ、ヨーロッパツアーを慌ただしく終えて、昨29日に日本に帰ってまいりましたが、その垢を落とす間もなく、今日は大事なIHMの行事が、箱崎ロイヤルパークホテルで待ち受けていました。

事業計画発表会という名前は付いてはいますが、私の中では新社長お披露目の宴というイメージでこの日を迎えました。新社長となった方は、葉坂廣次(52歳)さんという方で、宮城県仙台でオークジャパンという会社を25年も経営されている、地方の中小企業経営者の方です。今年の4月から正式に私の後継者としてIHMの社長を引き継いでもらうことになりました。

彼が何故、IHMの社長になったのか、その経緯を少し説明させて頂きましょう。
それは昨年の4月の波動塾の事でした。一人の元気の良いおじさんが受講をしてきました。それが葉坂さんだったのですが、その日以来彼は、やたらに私の前に現れるようになりました。
それから2週間後のアメリカツアーセミナーのサンフランシスコ、デンバー、ロスアンゼルスの3都市に、彼はいわゆる追っかけとして、突如一人で現れたのです。しかも英語はまったく分からないのにです。

「イヤー何か、感ずるところ、動かされるところがありまして、来てしまいました。」とか何とか言って、私の隣で一生懸命ブックサインのスタンプを押してくれていました。

その時のツアーでは例の映画「What the bleep do we know?」が出来たばかりで、製作者たちが私のセミナーツアー予定地13都市に、水の結晶が紹介されている場面を中心とした予告編を特別編集してDVDをつくり、なんと8000枚ほどを各会場に来たお客様に宣伝用として配布してくれたのですが、葉坂さんはそれにとても関心を持ったようで、「1枚私にください」と、1週間の追っかけ旅行を終えた時に、日本にもって帰りました。

次に現れたのは、私が日本に帰ってから、20日後に行われた、山形セミナーでした。その時に彼は驚いたことに、英語であったDVDの予告編に、日本語のスーパーインポーズを付けて、持ってきてくれたのです。まったく予測していなかったことですから、私はびっくりし、そしてとても喜びました。

「どうしたんですかこれは、誰が翻訳をしてくれたんですか?」と、私が聞くと、「仙台にも日本語の分かる外国人はそこそこいますので」と答え、私が「これは助かります、費用の方は?」と聞くと、いやいや私が勝手にやったんですからご心配なく」とあっさりしたものです。

今までにもいわゆるサポーターさんは沢山いましたが、彼のように、具体的に素早く行動してくれる人は初めてで、私は“この男には何かがある”とそれこそ何かを感じたのでした。

その他にも、私と共鳴することが多々あり、彼の純粋性、行動力の迅速性、私に劣らぬドン・キホーテ性と、私は彼の中に自分を見るような気が段々してきて、もう何年も前から捜し求めていた私の後継者として彼を見るようになって来たのです。

その結果、昨年の10月にIHM社の取締役に就任していただき、半年おいた今年の4月に、何とか口説くことが出来て、正式に代表取締役社長となって頂いたのです。そしてその瞬間から、人間葉坂廣次の苦難を伴ったサムシンググレイトへの大チャレンジが始まったのです。

今日はその葉坂新社長の、53歳になる誕生日でもありました。彼にとっても大変な節目となるこの日、箱崎ロイヤルパークホテルにアメリカやヨーロッパ在勤の社員を含めての全社員約30名と、増田俊男ご夫妻をはじめとする来賓の方約50名がお集まりいただき、新生IHMの門出を誓い、祝っていただきました。

私は、そんなわけでまた安心して明日から40日間、アメリカ講演ツアーに出かけることが出来ます。皆さん、新社長の葉坂廣次君をはじめ、新生IHMにどうぞご期待ください。そしてよろしくご声援のほどお願い申し上げます。


新生IHMメンバー勢揃い
向かって左から3人目が新社長 葉坂廣次



■ 2005年9月23日(金)〜28日(水) スペインそしてオーストリア

デンマークから次の目的地はスペイン、そしてオーストリアです。
スペインはバルセロナから300キロほど内陸に入った観光地リオパールでの水会議出席のためです。

23日、バルセロナでは水会議の主催者の一人でもあるロサマリアさん(現在8?才の方で、スペイン江本ファンクラブの会長)のお薦めで大変な天才医師にお会いしてきました。麻酔薬を一切使わないで外科手術を行う方、画家、彫刻家、著実業、作曲家と大変に多才な方で、まるで現代のレオナルドダヴィンチのような方で、すっかり意気投合しました。


バルセロナの天才医師エスクデロ氏を訪問する。
彼については別の機会に詳しく記します

翌24日からバルセロナから300キロほどの所で、水会議は行われたのですが、行ってみてびっくりしたことは、この会議を行うに際して、ロサマリアさんを中心にして江本ファンクラブが結成され、その会が主催でこのイベントが企画されたという事です。そして遠い山奥にもかかわらず、300名の人がポルトガルを含めていろいろな地方から集まってくれていたことです。ロサマリアさんにいたっては、ジローナというところから、車でなんと9時間もかけて、やってきてくれたのです。80歳をいくつか越しているというのに!!

そんな訳ですから、会議はいやがうえにも盛り上がり、私たち(江本、妻、尾竹、ラスモス)は大変な感動を覚えたのでした。


バルセロナから、リオパールに向かう車窓から。
ヨーロッパでは最近各地にこのような風力発電塔が見受けられます

リオパールの名物の滝の前で
同所においての撮影風景

26日はラスモスと私たち夫婦は、バルセロナからオーストリアのクラ―ゲンフルトまで飛びました。今度は、オーストリアで一番湖の豊富なケルンテン県(1200有るそうです)が主催する水会議への出席です。会議といっても講師は私一人で、このご縁は7月にチロルでのセミナーを主催してくれたグンパーさんのご紹介によるものです。


オーストリーでのケルンテン県 水の会議が行われた会場

同県は2年ほど前から、水を大切にしようというキャンペーンをやっており、その啓蒙活動の一環として、私の講演会を招聘してくれたのです。この日の夜行われたセミナーには同県の副知事も出席してくださり、私に記念品の本を贈呈してくれました。

トニーザイラーに良く似たスポーツマンの
副知事から記念品をいただく
同県副知事と水のキャラクターと水の乾杯

世界で一番水資源の多い国の、その中でも最多の湖を持つ県の主催する行事に呼ばれたことは、私にとってこの上もない名誉なことで有りました。

なんとも言えない山水的風景
オーストリー一の高峰 グロースグロックナー山の氷河も年々後退しているという



■ 2005年9月20日(火) 再びコペンハーゲンセミナー

今夜は地元の大学のホールでの単独のセミナーでした。(前2回は他にも講師の方が、いらっしゃいました) 階段教室は200人ほどの人で埋まり、環境としては私の大好きなパターンです。

当然気合も入って、ぐんぐん聴衆を巻き込み、魅了します。そして終わってみたら、デンマークで初めてのスタンディングオベーションでした。やはり、主役は一人のほうが良いですね。


スタンディングオベーションを受ける

今回はその玄関口デンマークのみのスカンジナビア訪問でしたが、来年は更に、スウェーデン、ノルウエー、フィンランドを訪れてみたいと思います。

コペンハーゲンの街中
美しいコペンハーゲン空港の花畑


■ 2005年9月19日(月) ヨガ団体からの表彰

今日は夕方まで何も予定はなく、コペンハーゲンに戻ってボートツアーでの市内見学を楽しみました。その状況については、写真でご報告させていただきます。


マーメイド像


マーメイド姫の周りには観光客で一杯でした

夕方は、NATHA−associationというヨガ団体から表彰されるというのでその事務所に行きました。事務所には30人くらいの人が集まって、表彰式が行われましたが、その表彰理由は“見えない世界を見えるようにしたという功績”という事でした。

1万5000クローネ(約2000ユーロ)の賞金をも頂けましたので、早速江本プロジェクトのほうの寄付金とさせて頂きました。(実質的第1号の寄付金)ありがたいことです。


コペンハーゲンのヨガ団体NATHA−associationから、
表彰を受け、賞状と金一封を頂いてお礼の挨拶。 
右側は団体リーダーの方

それにしても、最近良くヨガ団体から講演を依頼されます。そしてその世界的規模の隆盛に驚かされています。やはり時代が何か動いているようです。



■ 2005年9月18日(日) アオールス会議

アオールスとはコペンハーゲンから北西300キロ程のところにある町で、作日と同じカリキュラムが組まれていました。私たちはラスモスの運転する車で、約3時間ほどかけてその町に着きましたが、途中とても長い橋を通過した折に、ラスモスが「この橋は世界で2番目に長い橋です。1番は確か日本の橋のはずですよ」と教えてくれました。どうやら瀬戸大橋のことのようです。

それにしてもデンマークもオランダと同じように平らな国です。まったく山がありませんし見えません。ですからとてもリッチな感じです。(実際そうであるらしい)

今日の参加者も、昨日と同じように中高年の方が多く、同じような反応で、アメリカなどの熱狂的とも思える反応になれてしまった私には少々物足りない感がありました。

しかし、考えてみれば、所変われば品変わるで、風土や歴史によって人々の表現方法も変わるわけで、デンマークの場合はこのような地味な反応で当然なのかもしれません。(日本の場合はもっと大人しかったけ)

それはそれとして、今日は面白い体験をしました。サウンドヒーラーの講師の内の一人が、私に彼女のサウンドヒーリングをしてくれたのです。まず写真をご覧ください。

 

「ヴォイス治療」

私を静かにリラックスさせて座らせて、彼女は私の体の下のほうから上の方まで、なぞる様に彼女の独特の声を浴びせるというより、聞かせるのです。その声は足のほうは女性の声とは思えない低い声で、それが上のほうに行くにつれて、高くなり、やがて頭の部位に来るとオーバートーンの高い声になるのです。

どうやら彼女は、共鳴の理論で患者の悪いところを察知できるようで、ついでに治療音声を発信しているようです。

体験した私の感想といえば、それは贅沢ですばらしく癒されましたが、問題は施術者が大変な労力であろうということです。しかし振動医学を説明し体験する術としてはとても優れていると思いました。



北欧初めてのレクチャーは、私の単独講演会ではなく私を基調講演者として迎えての、サウンドフィーリング会議となりました。


会場風景

ですから、朝11時からそれは始まりました。通訳はなんと42年前に日本からデンマークに嫁いで来たフィッシャーみどりさんという方で、僕より少し年上の方でしたが、なかなか若々しく、なおかつ完璧な日本語を話されましたので安心しました。実際にデンマーク語のほうも全く問題なく、今回のデンマークでの3回のセミナー、まず通訳の心配が消えて、ほっと一安心です。

いつものことなのですが、初めての国、特に英語圏以外の国に来るとき、通訳のことがとても心配になります。いくら僕が良い話を一生懸命しても、通訳が駄目な時は、結果としてお客様に大変迷惑をかけてしまいます。英語圏ならばあんまり通訳がひどいときは自分で英語でしゃべることも出来るものですから良いのですが、そうでない時は全くのお手上げとなってしまいます。実は過去に何度もその様な事があったものですから、通訳さんと会うまではいつも心配なのです。

入場料が100ユーロ(約13000円)ですから、会場に来られた約200人ぐらいの方は中高年の方が多く、従って、あまり熱い反応はなかったのですが、主催者のイエンツさんは“皆さん大変満足されていましたよ”と言ってくれて、まずは初めての北欧、順調なスタートです。

午後は、セミナー会場の隣室で、デンマークのドキュメンタリー映画作りチームによる撮影が2時間近くも行われて、さすがに疲れましたが、私をはじめとする先鋭的な研究者、活動家30名を紹介する映画の1番バッターということで、監督からのインタビューに丁寧に答え、良いお話をすることが出来たと思います。

夜の食事は主催者のイエンツ夫妻と、そのお友達の研究者や記者たち3名、ラスモス夫妻も含めて9名で、テーマパークのさきがけとして有名な、チボリ公園内のレストランで楽しくいただきました。イエンツさんは元大学の先生で、現在は文化アカデミーの校長先生だそうです。ですから文化人にも顔が広く、とても信頼できる温和な方で、良い方と最初に出会ったものだと喜んでいます。


チボリ公園


コペンハーゲンの有名なテーマパーク チボリ公園内のレストランにて。
左から2番目が主催者のイエンツさん 
その左ラスモス君の奥さん(コペンハーゲンが実家)
真ん中の女性 イエンツさんの奥様



■ 2005年9月16日(金) デンマーク・コペンハーゲン

たった1日の、でも楽しかった孫との再会を終えて、私たち爺婆は、北欧の玄関、デンマーク・コペンハーゲンに向かいました。そこには主催者のイエンツ夫妻と、波動ライフヨーロッパのラスモス君夫妻が迎えに来てくれていました。

ラスモス君とはデンマーク、スペイン、オーストリアの計12日間、一緒の旅となります。彼はオーストリア人ですが奥様のリスベットさんはデンマーク人なので、家族で一緒にオーストリアから車でこのコペンハーゲンまで来て、奥様たちは実家でこの間留守番です。

ここで二人のことを少し紹介しておきましょう。

ラスモス君は、私が5年前に始めてヨーロッパに講演に来たとき以来のサポーターであるガウプ氏の息子で、当時はまだウイーンの大学の専門課程で水のことを勉強している学生でした。その後ガウプ氏が何度か、私のセミナーを主催するようになり、彼も手伝いのためそれに参加するようになりました。

もともと水のことを勉強していた学生でもあり、私のセミナーを何回か聞くうちに、結晶写真撮影に大変興味を持つようになりました。 そして大学を卒業するころ、結婚を約束していたリスベットさんとともに、日本に研修のために1ヶ月ほど来ることになったのです。今から3年ほど前のことでした。

1年半ほど前にリヒテンシュタインに研究所を開いたのも、そのラスモス君との約束を果たすための事でした。彼らが日本で研修をしてからだいぶ時間も経ってしまったのですが、彼のこの仕事にかける期待は大変なものが有ったものですから、たまたま父君がその皇族と親しい関係にあったリヒテンシュタインに研究所を開くことにしたのです。

ラスモス君とリスベットさんはその後結婚をして、今ではかわいい女の子と男の子に恵まれています。(実は最初の女の子は、二人が日本で研修中の間に、授かった女の子で、われわれは東京ベイビーと呼んでいます。)今回ラスモス君は私の同行をした後、日本での社員総会に出席するために日本に1週間ほど行きますので、リスベットさんは二人の子供さんを連れて、実家に戻り、ラスモス君の帰りを待つという訳です。



海外講演ツアーが多い私たち夫婦、周りの人は“大変ですね〜”と仰ってくれますが、実はひそかな楽しみがあります。それはオランダ・アムステルダムにいる娘夫婦の長男・私たちにとっては初孫に会える事です。

2003年2月27日にアムステルダムで生まれた孫、普通のお爺ちゃん、お婆ちゃんなら、今までにせいぜい3回も会えれば良い方でしょう。しかし私たちの場合、もう10回も会っているのです。

5年ほど前から、入り始めた海外からのセミナー依頼、私たちは躊躇無くこれを受け入れ、いろいろな国を回る喜びを感じながら、それぞれの土地で一生懸命お話をしてきました。しかし、3年ぐらい前からその頻度が凄いものになってきました。流石に妻が音を上げ始めました。“お父さん、少し休み休みしながら行こうよ”と言い始めたのです。

そんな時に孫の陸玖は生まれました。とたんに妻の態度が変わりました。それがアメリカであろうとヨーロッパであろうと、オセアニアであろうと、アジアであろうと、妻は必ずアムステルダム経由で、私との旅を企画するようになったのです。世界1周チケットの方が安いからとか何とか理由をつけてはいるのですが、本音はもちろん孫に会いたいためです。

私の世界行脚講演旅行が、世界の平和の為に少しでも役に立っているのなら、それは孫の陸玖の誕生も大いに貢献している事でしょう。

そんなわけで今回も、アメリカの次の講演先はデンマーク・コペンハーゲンだったのですが、わざわざサンバレー・ソルトレークシティー・シカゴ・フランクフルトと乗り継いでアムステルダムに行くと言う、大変疲れる行程を組んで私たちは孫の陸玖に会いに参りました。しかもたったの1日しか娘の家に泊まる時間がありませんのに、本当に我(我)ながら親ばかならぬ、爺(婆)馬鹿振りです。

ところが、どんなに疲れていても孫に一目だけでも合うとその疲れが、吹っ飛んでしまう、本当に不思議なものです。でも、その孫の写真をごらん頂ければ、うん、それもそうだろうな、と思われる方も多いのに違いありません。(またまた爺馬鹿ぶりでスイマセンでした。)




■ 2005年9月13日(火) ダライラマ法王とお会いする

サンバレー3日目、今日はダライラマ法王が各グループごとに面接をしてくださる日で、私は前の晩から胸がどきどきしてよく眠れませんでした。朝になっても、本当にお会いしてくれるのだろうかと思ったりして、なかなか落ち着きません。

私たちの面会時間は、お昼の12時と定められていましたので、その30分前に私たちは面会場所のソコロフ邸に着きました。玄関を入るとすでに他のグループが法王と和やかに歓談しているのが聞こえ、私たちは控えの間に通されました。

そこで待つこと15分ほど、予定より早く私たちは法王が待ち受ける立派なお部屋に通されました。その間写真はだめ、無論ビデオもだめと、係りの人から注意を受けていた息子夫婦でしたが、お部屋に入ってもう一度お付きの人に確認すると、“どうぞ、どうぞ、ご自由撮影してくださいよ”と言われ、早速嫁はカメラを、息子はビデオを持ち出して撮影を始めました。

“ほーう、彼らなかなかやるじゃん”と思う内に、私が法王に紹介される番になりました。そして案外長い握手をしてくれて、私は15年前のことを思い出しました。そう、法王が日本に来られてホテルオークラで講演会をされた時、私たち夫婦も参加したのですが、そのときは満席で、遅く行った私たちはホールに入れず、隣の部屋に用意されていた、大きなモニターテレビを通じてお話を拝聴させて頂きました。

そして驚いた事に法王は講演が終了してから、自ら舞台の上から身を乗り出して、1000名は軽く越える観客一人一人と、握手をされ始めたのです。

私達ももちろん握手を待つ、長い列に加わり、法王との握手に大変感動を覚えた事を、思い出したのです。あの時の法王の握手はとても暖かくソフトでしたが、今日のそれも全く変わらぬ、優しいお父さんのような触感で、なんだか知らぬうちに胸が熱くなるのを覚えました。

さて私たちのグループには、私たちが全く知らない人も含まれていて、最初からそのうちの一人が、質問などを何回か浴びせる展開となりました。私はどちらかと言うととても緊張していて、自分から話掛けるなんてことはできない状態だったのですが、この日のために持ってきたギフトをどうしても法王にお渡ししなければなりません。そのギフトとは「慈悲」という言葉を水に見せ、それを氷結し結晶を撮影した素晴らしい結晶写真です。

私はしばらくして思い切って、「ちょっとお話させてください。」と言いながら法王の方にその写真(額入り)を持って、つかつかと歩み寄り、「この写真を是非法王に差し上げたく日本から持ってまいりました。どうぞ、お納めください」と一気に申し上げました。法王はしかしきょとんとしています。「これは何ですか?」と僕に聞きます。しかし緊張している僕にはすぐに英語が出てきません。そこで二人の間に立っていたソコロフさんにお願いをして、説明をしてもらうように頼みました。ソコロフさんにはあらかじめ事情をお話して有ったものですから、ソコロフさんはすぐに結晶写真と江本勝のことを、ダライラマ法王に説明してくれました。

話を理解した法王の顔が見る見るほころび、結晶写真にじっと見入ります。そして「美しい!素晴らしい!」と小さな声でつぶやかれました。そして、ごらんの写真のように深く頭を下げられ、私に深甚なる感謝の意を表されたのです。

私はびっくりして“あーどうしよう、と妻の方に助けを求めましたが、その瞬間をカメラが捕らえて、私の方からしてみれば大変頭(ず)の高い失礼な構図となってしまいました。次の瞬間には私の頭の方がもっと低くなっていたはずですが、誰もそれを撮影していなかったようで、なんとも言いようもありません。

実際、この「慈悲」の写真をとても気に入られたようで、そのあと私と肩を組んでくれたり、家族と一緒に写真を撮ってくれたり、大変なおもてなしを受け、私たちは幸せ一杯の表情で、ソコロフ邸を後にしたのでした。

江本会長とダライラマ法王

このサンバレーに来てから3日間、いつもダライラマ法王と一緒にいるような一体感を感じていましたが、今日こうやって始めてすぐお側で、親しくお話をさせて頂き、ますますその感が強くなりました。年齢的には10歳ぐらいの違いなのでお兄さんなのでしょうが、実際には、40年前に亡くなった私の父を彷彿とさせます。亡くなった父・・・しかられた事や嫌いな所もあったのでしょうが、亡くなってからの父は、私の脳裏の中で、神様のような聖人として生き続けています。“あっ、お父さんと一緒だ!!”そんな風に思えた、ダライラマ法王との20分あまりでした。

このように素晴らしい機会を作ってくださったソコロフさん、本当に有難うございました。



■ 2005年9月12日(月) 経営に「慈悲の心を」

今日は午前9時から、ソコロフさんのお家の庭のテントを張った会場で、法王の表題のテーマによる講話と、Q&Aが有りました。参加者は、ソコロフさんの友人や顧客で、全米から500人ほどの人が招待されて、大きなテント内はぎっしりと人で埋まりました。


テント舞台のダライラマ法王

その内容はおおむね次のようなものでした。
HOW TO HAVE COMPASSION IN BUSINESS 
慈悲と営業の関係

-Value of compassion--seen in the field of business
-営業の中での慈悲の価値

-Motivation is the key factor in going in the right direction
-モチベーション(動機)が正しい方向へ進む際の大事な「鍵」

2 elements for this:
その動機の際に大事な要素とは下記の2点である:

1. Have full knowledge of the reality
1.実在意識性、知識をもつこと。

Intelligence--full overview, vast area not small, however, 'experts' only know limited area. Understand the cause and effect's sequencial relationship.
知識:全体の概観、大きな面積、周辺しかし、専門家だけにたよっては彼女等、彼等は限られた特定の事しかしらないので自分自身で物事の原因と結果の原則、関係を把握すること。

2. Compassion
2.慈悲

Develop a sense of caring based on respect NOT pity. This in turn develops sense of concern. Genuine compassion is unbiased.
尊敬を基とし他を想うこと、哀れみでは決して無い様にすること。すると自然にこの気持ちが関心、気遣いになる。真の慈悲とは偏見のないものである。

First practice detachment to a particular thing of group and then develop compassion.
まず初めに物、物事、人等の物からの孤立、「無関心」を追求し、その気持ち、精神から慈悲を理解し、深めること。

-Us human beings have the 'seed' of genuine compassion no matter who we are.
-我々人間とはどんな者でも慈悲の「種」が備わっている。

-Anger, hostility, arrogance are blockages in expressing true genuine compassion.
-怒り、敵意、横柄、傲慢な態度、気持ちが真の慈悲の気持ち、あり方への妨げとなる。

-Sense of self importance = arrogance
自尊心が傲慢な態度、気持ち、あり方と化する。

-When a business is failing, you may have become attached to it. --> When your business is succeeding, do not think that it is because you are 'so' great, capable, etc. to the point of arrogance.
-事業が発展していないとき、人々はその事業、「物」に愛着を感じている、その心を抱いているかもしれない。又、事業が成功している時、「これは自分が偉いから、素晴らしいから出来た事だ」などと自意識過剰、傲慢な態度、気持ちになるまでに想ってはならぬ

-Successful business is an important part of the community in the global economy.
-成功している事業は世界経済に不可欠である。社会にも貢献している。

-Environmental issues --> sustainable business practices are important as well.
-環境問題:継続維持できる、環境を壊さず利用可能な、地球に優しい事業、ビジネス手法が不可欠だ。

-Lack of compassionate homes create a problematic society. This lack in compassion is creating a whole generation of people who are not capable of showing true love and affection.
-社会の問題はほとんど慈悲に欠けている家庭で育った子供、人々の為に起こる。この慈悲の欠けている、あるいはまったく存在しない家庭でそだった子供たちが今では成人となり、愛情表現、感情、愛憎のない、表せられない世代を作り上げてしまった。

-Competition in business:
事業での競争:これはマイナスなことであるか?

2 types:
2タイプある:

1. 'want to achieve and to do better' is fine because the primary motive is that one feels 'not wanting to be left behind'. This maybe productive as well.
1.他の物よりもより良く、うまく、早く、等の面で改善、向上させたいと思う心からくる競争心は問題ない。後に取り残されたくないと思う気持ちはかえって成果が上がり、生産面から見てもポジティブである。

2. Exploitation of others
2.利己的な、他を自分の得の為に利用する精神での競争:

If this is the main aim in persuit of one's goal then is bad and destructive. Whether 'competition' is good or negative is determined by the state of mind that is underlying the motivation for doing so. Compassion can be included in competition.
これは問題である。自分だけの目標の為にどんな手段も使う、この競争心は悪影響を及ぼす。競争心とは社会、他へメリットも悪影響をも及ぼす。大切なのは自分、その会社、その個人のモチベーション(動機)の基となる精神、心理状態がどうであるかということである。事業での手段の中に慈悲の心、精神を取り込むということは絶対に可能であるし、又無くてはならないものだと私は信じている。

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その後法王は、昨日の会場で、子供たちとの対話集会に出かけられ、そこでも慈悲の事を話されたそうです。そしてあらかじめ子供たちにもそのテーマが与えられていたようで、その代表者が慈悲についての作文を発表するたびに、法王は優しく頷き、ひと言ひと言、言葉を掛けられていたと言う事です。

夕方には、午前中のテントの中での、ディナーパーティーがありました。法王は出席されませんでしたが、私の隣の席には思いもかけない方がお座りになりました。アイダホ州知事のケンプトンご夫妻が座られたのです。どうやら主催者のソコロフさんの配慮のようです。ソコロフさんは、ご夫妻にも僕の本を贈っておられ、その内容にとても共鳴くださったということでした。

じっさい、食事の間中知事は僕に質問のし続けでした。それも祈りと水の関係についての事が多かったものですから、私は同行秘書の宮澤君の通訳を通じて、得意の江本節を、そう1時間半ほども知事にお話させていただきました。

こういう人が、アメリカの大統領になればいいのになあ、というのがディナーが終わった後の感想でした。


アイダホ州知事と



■ 2005年9月11日(日) サンバレー初日

今回のサンバレー行きについては、今年の5月にお会いしたアイダホ州の実業家ソコロフさんのことを語らずしては、皆様にご理解を頂くことは出来ません。

レイモンド・ソコロフさんは不思議な人です。地元のある新聞には“戦略的投資情報家”と紹介されていましたが、実際にお会いしてみると、実に誠実で清らかな感じの人で、肩書きからくるおどろおどろしいものは、全く感じさせません。

彼と最初に会ったのは、今年の5月27日のサンバレーフェスティバルで私が基調講演をやったときに私を紹介してくれた時でした。ちょうど前日は国連でのプレゼンテーションを終えたばかりで、その日は朝4時おきで、ニューヨーク・シカゴ・ソルトレーク・サンバレーと乗り継ぎ、夕方からの講演にようやく間に合った時でしたから、流石にくたくたでしたが、初めて会った彼の印象はとても背が高く、にこやかな笑み、そして僕の手の倍はあるかと思われたその大きな手でした。

そしてサンバレー滞在の最終日、私は彼の豪邸に招かれました。そのときに彼は9月11日にダライラマ法王をこの地に招き、1万人集会、子供たちとの対話集会、ソコロフさんの顧客に対しての講話会があることを、私に話してくれました。

ソコロフさんとダライラマ法王はかねてからのご親友との事で、9.11・4周年を記念して平和集会を企画されたのです。そしてなぜか熱心に私をそれに参加するようお誘いくださいました。

それというのもソコロフさんは私の本「水は答えを知っている」の大ファンで、500冊も購入してくださり、顧客や知人に送ってくれたそうです。そして私の愛・感謝論の延長上にダライラマ法王の「慈悲論」があるとも言われ、だから是非一度紹介したかった、ということでした。

感激屋の私は、特にそのころアメリカに予定は無かったのですが、喜んでお受けして、今日当地の高等学校のグランドで行われた、1万人集会に、妻・息子夫婦・通訳の宮澤君、さらには、ビヨンドワード社のリチャード夫婦らと参加をしたのです。

ビヨンドワード社社長夫妻とスタッフ
有名な作家夫妻と

快晴の会場には、10,000人の人がぎっしりと詰めかけ、法王の話を感動を持って聞いていました。法王の話の要旨は次の通りです。

Altruism and Compassion
利他主義と慈悲の精神

-Fully engaged in one's problem but to solve it with compassion and with meaningful dialogue.
‐自分の問題にしっかり関わりながらも慈悲と意味のある会話、コミュニケーションの中での解決法を探すこと。
-True compassion should be compassionate to one's self first--and then should also extend to others as well.
‐心の慈悲とは自分に対してまず第一にもつこと、そしてから、又その後でなくては慈悲は他に与えられない。

Important to have:  大事なポイントとして各自覚える事は:
1. Self confidence 自信
2. Self respect 自尊心
3. Hope 希望

-Remember to be conscious of the wider perspective of things and be realistic. People's perception of a particular thing is 90% exaggerated and thus we experience negativity, anger, fear and frustration.
-常に現実性を忘れずに、幅広い観点を意識すること。人々の観点、感覚とは90%の場合大げさにとらえられているのでネガティブで、怒り、恐れ、フラストレーション(欲求不満)を感じる。

-The 20th century was the most violent and the most important century for us humans. The world is getting better because there were not talks about human rights, equality, etc before but now we do.
-20世紀が過去の人間の歴史の中でもっとも激しく、乱暴な時期だったがその反面、一番人権、平等性等が持上げられ、フョーカスされた。

-Look forward with full of spirit and determination
-常に前向きに、精神をフルに活動し決意をもって生活を送る事。

-21st Century is the century of dialogue and compassion and some of the most important issues we need to tackle are: environment, the gap between the rich and poor.
-21世紀は会話と慈悲の世紀である。環境問題、貧富の差などが色々な社会、世界問題の中でももっとも大事な事項であろう。

-Now more and more business people are incorporating: spiritual values, morality and values into their business.
-今日、神(宇宙)の力、精神的な思考、倫理等を価値観として会社の営業に組み込んでいる事業も増えている。

-Analyze reality: develop a certain conviction; you must first change, only then can you change others and to understand others.
-+現実を分析する事:信念、確信を定めよ:まず自分が変わる事、その後でしか他の人、事は変えられないし理解できない。

HOW TO SOLVE ISSUES 問題解決法

1. First, look within 
1.まず自分をみつめること。自分内を見直す。

2. Personal contact: 
2.パーソナルなコンタクト:(個人的に人々と付き合う、向かい合う):

-meet with scholars, examine the differences and similarities
-学者などと付き合う、相違点と類似点を把握する

-meet with practitioners, exchange personal experiences
-医師、エキスパート(専門家)などと個人的な経験を交わす

-silent meditation and group meditation
-黙想をする、個人でそしてグループでも

-leaders of different tradition come together and speak the same language: peace
-違う伝統をもっているリーダーとの会議、しかしそこでの言語は皆同じ:平和

The above 4 points are useful when promoting religious harmony
(上記の4つのポイントは宗教などでのハーモニー、和解などに役立つ)

If you want to change the community, remember that we are all the same: same human being; same potential...so make some changes!
地域社会を変えたければ常に我々は皆同じだと言う事をわすれないこと:同じ人類である、ということ、、、ですからあなたも自分の回りの社会に変化をもたらすことは十分可能ですよ!世界をいい方向へどんどん変えて行きましょう!


ダライラマ法王



■ 2005年9月10日(土) 今年3回目の世界一周へ出発

今日からまた世界一周の旅に出かけます。大体のスケジュールは次の通りです。

11日〜13日 アメリカ アイダホ サンバレー・・・ダライラマ法王の行事に参加の為
15日 アムステルダム・・・孫に会いに
16日〜20日 デンマーク コペンハーゲン及び近郊にて3回ほどセミナー・・・北欧初!!
21日・・・スペイン バルセロナ
22日〜24日 同 リオバール水会議参加(基調講演)
25日〜27日 オーストリア チロルでの企業家研修会での講演
29日 帰国

そして何と、自分の家に2泊してから、10月1日にまたアメリカに40日間の旅に出ます。まるで着替えの為に家にちょっと寄るような感じです。

流石に皆さんが僕の体のことを心配してくれますが、僕はその都度「ご心配有難うございます。でも大丈夫ですよ、何せ僕は自分のことを自転車だと思っているからです。つまり止まると倒れてしまうんですよ」と言っています。

悪い冗談のように思えるかもしれませんが、僕だけでなくこの地球もかなり重症だと思いますから、乞われれば、どこへでも行くスタンスを取っているのです。

さてこの日記ですが、やはり「ねこ部屋」と言うホームページで日記を5年も書き続けている、この件に関しては先輩の娘から「日記とは自分で書くものじゃないですか そうじゃないと意味がありませんよ」とお叱りを受けてしまいましたので、本日からまた自分で書き始める事にしました。皆様あまり期待しないで、訪れてください。


11月16日開催の「ウォーター・フォー・ライフ・フェスティバル」に参加!
地球一周分、42,000キロ歩いたポール・コールマンさんおおいに語る!

この日、アイ・エイチ・エムにお迎えするのは、角川書店から木を植えながら地球中を歩くポールさんと、フィアンセの木乃実さん。そう、木を植える人が、木乃実さんとゴールインなのです。

著書は『木を植える男 ポールコールマン 42,000キロ徒歩の旅』。平和運動家のポールさんの本を書いたのは、フィアンセの菊池木乃実さんということで、楽しみにしていました。

が、江本会長の長期海外セミナー出発前日です。こんな日はいつも、会社の中はてんやわんや。みんなが浮き足立っていて、お客様も会議も30分刻み。せっぱ詰まった事柄が、十重二十重に折り重なっている感じがします。

そんな状態のアイ・エイチ・エムに「ハ〜イ!」と、ゆったり現れたのは、ポール・コールマンさん。そして続いて「こんにちは」とニッコリ現れたのは、なんと2週間後に結婚を控えたポールさんのフィアンセ。ものごし柔らかで、楚々として、ナデシコ〜な感じの日本人女性でした。


ポールさんと木乃実さん

 「もう、15年も歩いています」とポールさん。幼いころから、アマゾン川に興味があり、34歳のとき、急に地球のために働きたいと思い立ったポールさんは、裕福な生活を捨て、バックパックひとつで旅に出たそうです。

その日から歩いて、歩いて人生が始まりました。気になっていたアマゾン川を出発点としてに、ブラジル・リオの地球サミットに向けて歩いて参加。そうするうちに、人々から「アース・ウオーカー」と呼ばれるように……。

平和のメッセージとともに木を植えるため、サンフランシスコから紛争中のボスニアに。 イギリスを6,000キロ歩いて、サラエボで亡くなった160人の子どものために、2,000本の植樹。20世紀の戦争で亡くなったすべての犠牲者のために、1億本の木を植えることを決意。 イギリス、ヨーロッパを経てヨルダン、南アフリカ、ヨハネスブルグ、ネルソン・マンデラ氏の入っていた刑務所から、中国へと歩いて、歩いて。

フィアンセの木乃実さんによると、足先の指が、まるで地球をつかむように内側に丸く堅〜くなっているとか……。

2004年には、ダライラマ法王が受賞した Heart of Humanity を受賞。世界平和の祈りに参加。富士山の麓から広島、長崎に向けて歩き、「愛・地球博」で講演。沖縄を歩いて植樹運動を続け、そこでフィアンセの菊池さんと結ばれることに……なったとのことでした。

彼は著書のなかで、どれくらい歩いたか、何本の木を植えたかが重要なのではない。私のミッションを1人でも多くの人が理解し、行動することこそが大切なのだ……と。

日本の人たちに目を覚ましてもらいたいのです。一番中心になって働いてもらいたい人たちなのですから……とも。

額には、フィアンセの木乃実さんお手製のはちまき。元気の「元」という漢字を書いてもらったというポールさん。「目立つでしょ。もし、私を見かけたら、声を掛けてほしいからね……」とのことでした。

11月16日に行われる「ウォーター・フォー・ライフ・フェスティバル」にパウリさん同様、ポールさんも参加! お2人と会長の熱いトークライブをお楽しみください。


江本会長からのプレゼントに喜ぶお二人


プレゼントの夫婦愛の結晶写真 
「もちつもたれつ」と書いてあります

月刊「Hado」編集長 なるかげつねこ


■ 2005年9月8日(木) グンター・パウリさん来社

11月16日開催の「ウォーター・フォー・ライフ・フェスティバル」に参加! 21世紀のスーパーマン、グンター・パウリさん来社  

月刊「Hado」の取材は、いつも待ったなし。しかも今回は、外国からのお客様であるうえに、江本会長がサンバレーの9.11記念イベントに出発する2日前とあって、風雲急を告げる事態です。

月刊「Hado」10月号の製作追い込みのスタッフを置いて、新幹線に飛び乗りました。 とは言うものの、今年の春「じつに、この人は21世紀のスーパーマンだ!」と唸ってしまった、グンター・パウリさんにまた会える……という、大いなる楽しみも抱えつつのアイ・エイチ・エム入りでした。

定刻通り、でっかい身体のスーパーマンはやってきました。グンター・パウリさんも会長もお互いの仕事を本当に認め合っていて、懐かしい同志に出会った雰囲気です。  グンターさんからは、アフリカ音楽の結晶の話、来年の9月にアフリカの水の祭典に出席してほしいこと、そしてそこで南アフリカ共和国大統領のマンデラさんに会ってほしいということ。

江本会長からは、11月16日(水)のフェスティバル・イベントの参加のための内容の詰めと続きました。

グンターさんのお話から 

グンター  私の新しい計画として、アメリカに私の言っていることを証明するようなセンターを創ろうとしています。

今、カリフォルニアが、一番水を無駄に使っているんですね。毎日、まわりのアリゾナ州、コロラド州や、ネバダ州から水をどんどんどんどん汲み上げて引いてきては、どんどんどんどん使っているんですね。 無駄に使って汚染して、海に捨ててしまっています。

友人がロスアンジェルスの西北にあるサンタバーバラに、240エーカーの土地を提供してくれました。そこは乾燥地で、水気がまったく無いドライな土地です。そこに10日間いて、ずっと歩き回りました。私は植物を見れば、水がどこから来るのか、どのくらいの深さのところにあるのかがわかります。調べたところ、2〜3年で水は補えると思いました。

年に2〜3回雨が降るくらいのところですが、そのくらい雨量があって、無駄遣いさえしなければ、みんなが毎日、ジャグジーに入れるくらいの水はあるということなんですよ(笑)。

江本  すごい!

グンター  私は友人に、まず水をつくってからセンターをつくると約束しました。  アメリカ人のみんなが、ここにはもう水がないんだ。乾燥地帯だから誰も住めない……と思いこんでいるところに、水があってセンターができれば、アメリカ人も気づいて、わかってくれると思うんです。  私の言っていることは、ちゃんとできるという、強いメッセージをもっているセンターを創ろうとしています。


夢を語るグンターさん

「EMOTOプロジェクト」について、日陰でしか実らないコーヒー豆の話……と。時間が来て、次の来客がドアの前に現れるまで、底抜けに楽しいお話しが続きました。(詳しくは月刊「Hado」11月号をどうぞ!)

月刊「Hado」編集長 なるかげつねこ



■ 2005年9月7日(水) 秋田講演

江本勝会長の東北ツアー最終日は、秋田です。会長が訪問したことが無かった、念願の地でもありました。

講演会は、台風14号の影響で来場者の方々へ不測の事態でもあれば大変との会長の配慮から、昨日のうちに延期(日程未定)が決まっていました。しかし、会長は、急な中止で、ツアーをサポートする在京のIHMスタッフの働きで変更告知がスムーズに行われていても、何人かの来場者が必ずあり、その方々に演者である会長自らご挨拶をされたいと予定通り秋田入りを決めました。

前日の山形から、山形自動車道、野上JCT、東北自動車道仙台、北上JCT,秋田自動車道、台風の影響を考え日本海側でなく、太平洋よりのルートで一路秋田を目指しました。距離330km,時間およそ4時間あまりの自動車での移動でした。途中、二箇所の峠越えと、東北自動車道は雨と風が強く、大型で強い台風を実感しました。車中、水への愛と感謝プロジェクトの緊急提言のアップに、多くのアクセスがなされ、人々の意識が大きく変わろうとしているとの認識を新たにされ、益々講演、インタビュー、取材に奮闘する決意されたり、レンタカーのCDプレイヤーの不具合で、レンタカーを無事にそしてスムーズに返却する手順を思いつかれたり、仙台を通過するとき、仕事で仙台にいる社長へ電話挨拶を入れる気配りをされたり等々。

そして、会長を乗せた車は、無事秋田に到着。6時20分、会場の秋田市文化会館に到着、大風と台風特有の瞬間的な大雨、にもかかわらず玄関ホールにはすでに20名弱の方々が来ていました。後から数名の方もお見えになり、それらの方々にさっそく会長はサイン会を始めました。

最新刊の『自分が変わる水の奇跡』(青春出版刊)にサインをもらい、さらに、会場にいらした方々へのプレゼント、お水さんありがとうと結晶写真シールを受け取り、最後に会長を囲んで記念撮影。皆さんとても満足してお帰りになりました。波動に共鳴する講演会参加者を大切にする、会長の気持が伝わったことと思います。


新刊書にサインをされる江本会長


台風の中、会場に来られた方と記念写真

その後ツアー同行のスタッフと夕食。秋田の米焼酎Black Stoneとご当地料理、水への感謝を通し人々の意識を変え、待ったなしの人類の危機を救うため益々意欲を燃やす決意など、熱く語っていただきました。


株式会社IHM 増田高生記



■ 2005年9月6日(火) 山形講演

江本勝会長と4名の同行スタッフは、前日の講演先であった福島を午前中に出発。9月6日の講演先である山形へ向けて、約1時間半のドライブ。その移動の車中で、江本会長は講演のため10月に訪問するアメリカ各都市の歴史や特色、その町への思いなどを同行スタッフに語りながら、講演のイメージをふくらませておられました。
こうして未知の人々やその背景に思いを馳せるところから出会いはすでに始まっているのだなということを感じると同時に、出会う前から相手のことを思う時間があるからこそ、江本会長のメッセージはより深く、より広く、人々の心に響きつづけているのだろうかと、そんなことを考えさせられた車中でした。

さて、予定通り、お昼過ぎには山形に到着。
昼食後、2005年11月16日に文京シビックホールで開催される「第2回 ウォーター・フォー・ライフ・フェスティバル(仮題)」の打ち合わせ。いよいよ約2ヵ月後に迫ったこの一大イベントを多くの人々に喜んでいただくために、具体的な詰めの段階に入ってきました。
同フェスティバルでは、映画『ストーンエイジ』(公式サイトhttp://www.c-makes.com/stoneage/index.html)の上映会をはじめ、スペシャルゲスト講演、瀬戸龍介&花世さんグループによるコンサート、そして『EMOTOプロジェクト』発表と、さまざまなかたちで皆様によい波動をお送りすることを計画中です。

詳細は随時ホームページに掲載してまいります。なお、マスコミ関係者の皆様の事前取材・当日取材につきましては株式会社IHMにてお問い合わせ・お申し込みを受け付けております。

午後5時。講演会場である山形国際交流プラザに到着。インプレッション社のご協力を得て、講演会場にはなんと高校生から、主婦、会社員、ご高齢の方までお越しいただき、年代や立場を問わない多彩な顔ぶれでした。


講演中の江本会長

講演のなかで江本会長がお話された「大前提としてわたしたち人間は水である」という意識を、日ごろから持つのと持たないのとでは、生き方もずいぶん違ったものになるのかもしれない・・・そんなことに思いを深くした講演会でした。

そして今回の講演会では、多くの方々が「自分という存在を創っている水」をより美しいものにしたいと強く思われたのではないでしょうか。そのせいか、講演会終了後のサイン会では、BOOK+CD『水と音楽のことば』『水と音楽のおくりもの』(以上Gakken)や、最新刊『自分が変わる水の奇跡』(青春出版社)にとくに人気が集まっていたようです。


講演会終了後、インプレッション社の皆様と。中央が江本会長。

同行記:株式会社IHM 井上早苗



■ 2005年9月5日(月) 郡山会談と福島講演

江本勝会長の講演ツアーは再度東北に入りました。本日から3日間、福島、山形、秋田を巡っていきます。福島市に入る前に郡山市にある日本大学を訪れました。日本大学工学部 次世代工学技術研究センター(NEWCAT)の尾股定夫先生を訪問するためです。

尾股先生は工学博士で同大学の教授をお勤めです。訪問の経緯を説明しますと、実は今回の東北のツアーの日程は7月にも予定が組まれていたのですが変更になりました。7月の福島市の講演が延期になったため、尾股先生はなんと次の開催が待ちきれず、7月5日に行われた長野市の講演会場に足を運んで頂いたそうです。

その時のご縁でもあり、また江本会長の著作は、ほぼ全てお読みになられているとの事でした。波動機器や結晶写真技術をご自分の研究で生かしてみたいという考えをお持ちで、江本会長は尾股先生にお会いになった途端、その波長がピタリと合ったことを喜び、終始和やかに研究所のサロンで会談が行われました。

テレビなどで良く見られる肌年齢を測定する機械もこの研究所で開発されたそうです。その他病院にあるような最新の診断機器があり、日本全国から研究者が見学に訪れる研究所だそうです。

医学と工学を統合させることを目的とした尾股先生の研究に波動の理念が加わりつつあるようです。


最先端の医療器具がならぶ研究所内でのツーショット

郡山の日本大学を後にした一行は雨の降る中、福島市を目指しました。天気予報では台風14号が接近し本土上陸にもなりそうです。本日の講演会参加者の方々の出足への影響を案じつつ会場に入りました。

会場は福島県教育会館の第一会議室です。会場に入ると側を流れる阿武隈川が、雨のため増水し濁流となっています。昨年暮れのTUNAMIそして先日アメリカで起きたハリケーンも水による災害でした。水は私たちの心の鏡であり、私たち人間の意識の偏り、さらには、その水に対する思いを改めなければ、人類はムーやアトランティスの二の舞で水没してしまう。会長の危惧のメッセージは阿武隈川の激しい流れも演出となって参加者の方々に伝わったのではないでしょうか。

しかし江本会長の場合、危惧を伝えるメッセージは枕詞であり、結論として打開策、進むべき方向性のヒントを常に結論とします。それは新たな世界は私たちの意識で創ろうと呼びかける会長のセミナーならではの起承転結でもあるわけです。


同行記:IHM総合研究所・木津孝誠


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