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■ 2005年4月30日(土) 和子専務誕生日セレモニー

ロサンゼルスからサンディエゴまでは、坂井さんの運転で移動しました。LAの ハイウェーはびゅーんびゅーんとスピードが早く、運転が好きな私にとってこの 次アメリカに来るときは是非、国際免許を持参するぞ!という気分にさせてくれ ます。 この日の講演会場、サンディエゴ大学の講堂は250名収容のとても素敵な豪華なつくりです。 まず、正午からサイン会とレセプションがあり、水のセレモニーが行われまし た。

会長が、集まった約100名の方々に「この日は、妻の38回目?の誕生日です」 と挨拶を始めると、拍手ともに「ヒューヒュー」という和やかな、はやし立ての 歓声が起こり、水のセレモニーではなく「誕生日セレモニー」になりました。 2時から行われた講演会には、明日通訳をしてくださるという、三浦智子さんと その妹さんも勉強のため来てくださいました。

ここで、ちょっと通訳の話をさせていただきます。この通訳のことに付いてはと ても重要な学びがあります。一般的に私たちは、日本語と英語が話せれば通訳が 出来ると考えていますが、実際江本会長の講演会に参加してわかることは、それ では全くと言っていいほど出来ません。なぜなら、まず、特殊な言葉を知ってい なければなりません。例えば「真・善・美」「一期一会」「成仏」「火水(かみ) 」・・・などがありますし、科学や宇宙のこと、神々のことが最低限の基礎知識として、必要です。そして、何より大事なことは、会長より一歩さがってバイブ レーション、共振共鳴することです。かと言って、あまり共振しすぎてもいけま せん。なぜなら、私たちは、自分の役割を持って生まれてきていますから、アイ デンティティの発揮が必要なのです。こうしてみると通訳は、つまるところ、水の教えであり、人生の学びでもあります。 これは、私も仕える人間の一人として、とても良くわかります。

この日の講演会は、スタンディングオベーションとともに、和子専務も壇上に上 り、写真の次第となったのでございます。

東京の全社員からも気の利いたお花の、誕生日グッドサプライズが届き、和子 専務は久しぶりにグッスリ眠られたのではないかとお察ししました。

(同行記/葉坂廣次)


■ 2005年4月29日(金) 一流同士は“3分”で分かりあえる?

この日は久しぶりに、オフの日。とは言え、フェニックスからロサンゼルスに移動、ダウンタウンの中心にある眼科医に行きました。LAの案内は、何度も会長の講演会の通訳をしてくださっている坂井奈津子さんです。

会長の「久しぶりにラーメンを食べよう!」の一言で、昼食は美味しいラーメンにありつけました。これがなんと“富士山(?)仕様”で、味噌タンメンも五目やきそばも、具がとんがってそそり立っていました。

そして、いよいよ眼科医に向かいました。ここからは、通訳で治療に立ち会った坂井奈津子さんに感動のレポートをお寄せいただきましたので紹介します。

*****

江本会長の眼の検査のため、ロサンゼルスの一等地に在するDr. Alan Shabo(アラン・シャボ医師)のもとを訪れました。待合室には記念の盾が飾ってあり、それにはShabo医師はこの分野で全米でもトップの眼科医と認められ、雑誌で取り上げられたと記されており、大変な名医の方でもあります。

さて、Shabo医師は大変フレンドリーで気さくなお医者さまで、江本先生の眼を的確に診断され、次回の検査のお話などにも話が及びましたが、江本会長が名刺代わりに手渡されたフランクリンの13の言葉結晶シールを見て大変感激されたようで、江本会長ご自身のお話に及びました。

Shabo医師は日本人の、モラロジー研究所(The Institute of Moralogy)、廣池学園(School of Hiroike)の関係者の方をよくご存知だそうで、江本会長自身がこの団体からもインタビューを受けたこともあると知り、大変に懇意に感じられ、また何かのご縁かと思われたようです。とどめは、次の診察の予定を確定するために和子専務が持参した予定表を見られ、それこそ分刻みで埋められた全米講演会スケジュールを見て驚きを新たにされたようで、Shabo医師は江本会長を患者さんとして診ることができるのは私にとって大変光栄です、とお話され、医院のほかのスタッフまでもが江本会長に握手を求められる光景もありました。

後半からはシャボ医師は江本会長のことを、私の友、と呼ばれ、一流の人物同士の会うべきして出遭った瞬間だったといえるでしょう。(記・坂井奈津子)

江本会長と眼科のお医者さん
坂井奈津子さん、江本会長夫妻、
そして眼科のお医者さん

翌日、サンタフェを後にし、アルバカーキーからフェニックスに移動しました。空港では通訳のロン加藤さんと再会し、またまた感動の予感がして来ました。なぜなら、会長の講演は、通訳さんの力量が大きく左右するからです。前日の方も勉強して頑張ってはくれましたが、会長は大きな志を抱いていらっしゃる方ですから、いつも当然のことながら、求めるものもより大きく深く、よりよい人、よりよい環境です。加藤さんは、会長の通訳をしてくださる多くの方々の中で、最も会長が信頼をしている方の一人だからです。

さて、空港では、昨年11月のウォーター・フォーライフ・フェスティバルにも来てくださった、ルース・ジョイさんも満面の笑顔で出迎えてくださり、とても心が癒されました。会長曰くこの方は「江本勝・追っかけ世界No.1」だそうで、はじめはわざわざ東京の研究所まで訪ねてこられ、その後はヨーロッパやアメリカ各地に出没(?)してくださっているとのこと。今日は、その行動力に、多くの写真を掲載して感謝の意を表したいと思います。

江本会長とルース・ジョイさん
江本会長夫人とルース・ジョイさん
江本会長夫妻に挟まれたルース・ジョイさん
(宿泊先のフェニックス・リゾートにて)
ロン加藤さんの通訳で
取材を受けているご満悦の会長

今日の講演会場は、なんと、ポール・マッカートニーやハリー・ベラフォンテ、ポール・アンカなど懐かしい大スターもショーを行ったと言う円形劇場です。事前情報では、700〜800名と聞いていましたが、なんと1400名の方々が来てくださり、入場者数最高記録を達成してしまいました。

会場は、なんと言っても円形劇場ですから「ワンマンショー」のイメージです。写真でじっくり味わってください。

これで十分おわかりいただけると思いますが、特に会長の好きな歌の場面では、大いにノリノリであったことは言うまでもありません。

当然のスタンディングオベーション
ロン加藤さんも頑張りました

ここで、少々舞台裏をご紹介しておきましょう。和子専務や私はと言えば、劇場の設備が古い為に、会長が使っているコンピュータとの相性が悪く、映像がローリングしてうまく出ません。それではCDにダウンロードしてとトライしても全くうまくいきません。スタッフは首を傾げるばかり。オペレーションのボスが登場して何をしたかと言えば、インターフェースのコードを懐かしいニッパーで切り始め、なんとアナログ的に繋いでしまいました。開演5分前、映像がようやく映し出され、次は音響です。1分前OK。その間会長は、司会者の挨拶をじっと待っておられました。心境やいかに?

その晩のビールの味は格別でした。しかも、間もなく訪れる和子専務の誕生日のためにルースジョイさんから「お孫さんの写真入りキーホルダー」をプレゼントされ、ニコニコ顔だったことを付け加えておきます。


ルース・ジョイさんから
お孫さんの写真入りのキーホルダーを
プレゼントされた江本会長夫人

(同行記/葉坂廣次)


昨日、デンバーにて江本会長・和子専務と合流し、私のアメリカ同行が始まりました。約1ヶ月ぶりにお会いしたご夫妻とは、ハグの挨拶で始まり一瞬にして時空間を超越する温かさをいただきました。フェニックス空港では、永年京都に住んでいたという通訳のミシュラーさんが出迎えてくれましたが、肝心の会長の大きなバッグがアラスカ航空で紛失するというアクシデントがあり、お陰で私たちは1台の車で町まで向かうことが出来ました。景色は会長曰く、バルセロナのようで、建物も低層なものが多く、メキシコが近いせいもありガウディの様式を感じさせる風情だとのことでした。

夕食は、通訳のガールフレンド、タイリィファーさんもご一緒して、メキシコ風日本料理屋さんに行きましたが、どうしてどうして本格的な日本の味付けに大満足。会長は、焼酎片手にしきりに仲人役をかっていた様です。何時いかなる時も“ONE”の思想を発揮されてるなぁと、私が感動していると、専務が「単なるおせっかいよ!」と、にべも無くバッサリ。


左からタイリィファーさん、ミシュラーさん、藤村郁さん(右)

翌日の午前中は、昨年のサンタフェセミナーで通訳を務めてくれたという藤村郁さんが主宰するトゥトリアル学校にボランティア講演に出かけました。この学校は、日本でいうフリースクールのような世界的思想ネットワークで行われているようです。彼女はデモクラティックスクールと言っていて、子どもたちは、自分たちのやりたいようにテーマを見つけ、自分たちで学びを進めていくものです。江本先生が今回の講演で話しているベンジャミン・フランクリンのアメリカ建国の13の思想を言わば子どもたちが、無意識に実践し、すくすくと育っているということです。

温かい歓迎ボード
大きい子ども達が多いね!に大笑い


世界で初めて、エネルギーの本質を表現できたと
江本先生が褒めたマリアさん

午後は、いよいよ「科学と意識に関する国際会議」での講演です。この会議は毎年、このサンタフェで一週間行われているもので、今年は、江本会長がメインスピーカーとして、選ばれたのです。

「皆さんも、お孫さんがいらっしゃるでしょう」
「このままの地球でいいんですか?」
の問いかけ
結晶はやはり説得力が・・・
アメージンググレイスは、涙が流れます
感動!感動!感動!の波動です

会長の講演は、いつものように軽いジョークで始まりましたが、この“つかみ”はいつもながら、感動させられます。一瞬にして江本勝の世界にいざないます。

今回は、特に意識の高い人々の集まり(500名〜600名)ですから、初めから大変な熱気です。私も何度か会長のアメリカでの講演は体験してますが、今回はため息だけではなく、「ピー」とか「ワォー」とかが、あちらこちらで飛び出しました。最後は、いつもながらの会長ご夫妻のヒストリー、そして、スタンディングオベーション。写真は、とてもぶれていますが、あえて掲載させていただきました。皆様に感動をお届けするためです(実は逆光で・・・・・)。

ありがとうございます。
同行記/葉坂廣次


■ 2005年4月25日(月) ボイジーセミナー

今日は今回の同行で私にとって最後となるアイダホ、ボイジーでのセミナーです。今朝朝早くシアトルの瀬戸さんの家を後にし、お昼前にはボイジーの空港に着いたのですが、そこでちょっとしたアクシデント、チェックインした荷物、6個の内2個しか私達の手元には返ってこなかったのです。

7時過ぎからはセミナーが始まりますが先生の洋服も、セミナー中のデモンストレーションで使う音叉も手元にありませんでした。最終的にセミナー直前に3個の荷物はホテルに届きましたがあと一つ、先生の洋服がつまっているスーツケースだけはどうしても見つからずセミナー開始の時間になってしまいました。

ですから先生はいつもよりラフな格好、シャツとスニーカーでステージ上に登場しました。でも荷物がなくなったこと、いつもよりラフな格好をしている事も先生はジョークにして会場の人々を笑わせていました。

やはり何があっても笑い話に出来る事はスピーカーとしてもとても重要な特技なのでしょう。セミナーでは人々が聞きたい情報を与えながらも人々を楽しませ喜ばせる事が出来るからこそ最後にスタンディングオベーションをいただけるのでしょう。

私は何度も先生のセミナーに立会い、スライドの製作を手伝い、通訳も手伝ったのでセミナー内容は大体把握できるようになりましたが、それでも先生のように上手く話しを運び会場の人々を魅了する事は出来ないと思います。

話している内容もさることながら話が上手くそれを本当に楽しんでいるからこそこんなに色々な所から呼ばれ、感謝されるのでしょう。

IHM社長室 古谷礼乃


■ 2005年4月24日(日) シアトルセミナー

シアトルには先生が原詩を書いたあの「水の唄」を作曲した瀬戸龍介さん一家がいます。実はその瀬戸さんのお嬢さん、花世さんは私の中学時代の同級生で今こうしてIHMで働いているのも花世さんが紹介してくれたからです。

シアトルでは一泊しかしませんでしたが、先生夫妻と一緒に瀬戸さんのゴージャスな家にお世話になりました。花世さんともその日一緒に過ごせることで嬉しい次第です。

この日はシアトルセミナー会場にはちょうどお昼頃到着、そこにはおいしそうなお寿司のお弁当が用意されていました。それは久美子さんという現地住在の日本人の女性が用意してくれた物でした。シアトルでももちろんそうですが行く先々で日本人、得に女性にお会いし、色々な場面でお手伝いをしていただきました。長い旅の間にこのようなホッとする出会いが多々あることは本当に嬉しい事です。


久美子さんが準備してくれた昼食はあまりにもおいしく、
気付いたら全部食べ終わっていました。

シアトルセミナーではもちろん瀬戸さんご一家が水の詩を披露してくれました。花世さんの透き通った声はやはりCDで聞くより生の方が数倍良かったです。


瀬戸さんファミリーの歌のパフォーマンス

その後瀬戸さんの行きつけのお寿司屋さんに連れて行ってくれました。皆でカウンターに座っておいしい握りたての寿司をほうばり、楽しい会話を楽しみました。その盛り上がっている中でレストランの従業員の女性一人がそこにいる人があの水の結晶の江本先生だという事に気付きました。彼女と彼女の同僚の何人かは先生の大ファンと言うことでアッという間に先生を取り巻きまるで芸能人並、写真を撮りサインを求められていました。

先生のやっている事は本当にいろいろな人の支えで今のように大きく受け入れられているんだなと思いました。皆様、これからも先生の応援よろしくお願いします。そして本当においしいお寿司ご馳走様でした。

IHM社長室 古谷礼乃


日本で先生の日記などを見ていると毎回アメリカでは江本ブームの話が出てきます。もう恒例となるようなスタンディングオベーションで終わるアメリカ講演の様子は日記で良く知っていました。私もいつかはそのブームを体験し、日本の人たちとアメリカの人たちとの反応の違いを体験したいと思っていました。

そして今日初めて、アメリカでのセミナーを体験することが出来ました。アッシュランドの大学の講堂で300人位の前で行いました。このセミナーで一番気付いたのは人々の笑いです。皆声を出して笑い、先生の問いかけに答えることを積極的にしていました。皆さん反応が素直なのですね。やはりこれだけ喜んでくれるのはやりがいがあるだろうし、聞いている私も嬉しかったです。

ただ、今回のアメリカセミナーツアーでメインの話になるベンジャミン・フランクリンの13の徳の話は、時間がなくなりじっくり話しをする余裕がなく、少々残念でした。先生の頭の中には本当に色々な事が詰まっていて2時間のセミナーでは全然足りないのでしょう。

ちなみにセミナーの打ち上げで近くのバーにビールを飲みにいきました。そこには昨日インディゴチルドレンのドキュメンタリーのために先生のインタビューをしに来たケントさんもいました。話を聞くと彼はなんと香港でジャッキー・チェンと夕食を共にした事があると言う事。私は大のジャッキーファン、もう先生の為に通訳することも忘れて色々とケントさんにジャッキーの事で質問攻めしてしまいました。するとジャッキーは意外とスピリチュアルな人で世界の平和などにも興味があるようです。ケントさん、今度は先生とジャッキーの共同ドキュメンタリーなど作りませんか?その時はぜひ私も連れて行ってください!


ミネソタを出てオレゴン、アッシュランドへ入りました。アッシュランドは小さな田舎町といったところですが、町の周りは山で囲まれ、メインストリートのお店なども皆個性的な小さなお店ばかりで癒される町です。

アッシュランドのホテルに入るや否やインディゴ・チルドレンのドキュメンタリーを作っているというケントさんという方が大きなカメラの機材などを持ち込み先生のインタビューが始まりました。

インタビューはホテル室内で行いましたが先生は大きな椅子に座り、テレビのドキュメンタリーなどのインタビューで見るような書斎で話しているといった感じでした。

そして私はそのインタビューの通訳をやることになりました。映像には出ませんがカメラの横に座り、ピンマイクをつけ先生のインタビューを通訳します。何回かセミナーの通訳はやり100人ほどの前で話したりするのにも慣れてきましたが、大きなカメラの前で通訳するということはより緊張しました。私の姿、声もドキュメンタリーが完成したら出ないのですが、この映像が何人に最終的に見られると思うとなぜかドキドキしてきました。

インタビューはセミナーと違い、一回につき先生は長い時間を使って答えるので通訳するときは紙に走り書きでメモを取りながら話を聞くといった形でセミナーよりも高度でした。

それでもインタビューをしたケントさんの質問が良かったのもあって、一時間くらいのインタビューはなかなか良く出来ていたようです。インディゴの子供たちと先生の考えかたとの関係などが少し分かりました。先生は自分をインディゴおじさんと呼び、自分も、そしてだれでもがインディゴになる能力を持っているのだが環境がそれを遮ってしまうのであると話していました。

このドキュメンタリーは今年末完成予定、完成した所を早く見たいです。

IHM社長室 古谷礼乃


先月終わりのタイ/インドで江本先生と同行させていただき海外同行の味を占めてしまったIHM社長室の古谷です。今回はアメリカ、ミネアポリスのセミナーを始めとする10日間を同行させていただき、また一ヶ月程後に同行予定です。もちろん先生はタイから始まり6月の半ばまではずっと海外でのセミナーツアーで、私の様に所々で帰国する事はありません。

さて、ミネアポリスは今回の海外セミナーツアー初めてのアメリカです。先生ご夫妻は私より2日程前にヨーロッパから現地に到着しており、もう一回セミナーを終えていました。

でも今日はこれまで私が経験してきた先生のセミナーとは少々違ったセミナーを体験しました。なんと今回のセミナー(ワークショップと呼ばれましたが、正直私にはセミナーとワークショップの差が良くわかりません)は6時間!午後の3時から始まり9時まで、そしてそれから10時くらいまでサイン会も行われました。

このセミナーで一番驚いたのは先生のエネルギーと6時間話してもまだ話す内容はいっぱいあるということでした。これだけ色々な情報が詰まっているセミナーなのに、その前の日に行ったセミナーの内容とは違うものだそうです。先生の頭の中にはどれほどの量の情報や伝えたいことが詰まっているのだろうと感心させられました。

ただ申し訳ないことに私はその前の日に日本から着たばっかり、疲れと時差ぼけでボーとしており、私も所々通訳をやるはずでしたがあまり役に立てませんでした。荷物持ちくらいには役にたったかな?

IHM社長室 古谷礼乃


■ 2005年4月13日(水) 江本会長同行記(3)尾竹明宏

今日はいよいよリゾートホテルへのプレゼンテーションです。朝の9時という早い時間から、このホテルグループの最新ホテルである「コングレス」で行われました。このコングレスが立つ地区はバルセロナでも新しく開発が進み、新たなるビジネスセンターになる場所だそうで、このホテルもビジネスマン向けの最新設備を整えた中に「和」のデザインが盛り込まれています。ホテル関係者と前出のロサ・マリアさんグループらの30人ぐらいの前でのプレゼンテーションでしたが、皆、終了後はビジネスそっちのけで江本先生を取り囲んでいました。

この日はプレゼンテーションの成功もあり夜はささやかなお楽しみがありました。本来のスケジュールではオランダに滞在しお孫さんの陵玖くんとおじいちゃんをしていたところだったのが、このスペインの依頼が入り、急遽スペインに来ることになったのでした。したがって、大変残念と思ったところ娘さんの洋子さんがスペインまで来てくれて、一緒に滞在したのですが、ほとんど一緒に観光することはなく最後の夜となったこの日に、本場のフラメンコ鑑賞が企画されました。

スペイン村のフラメンコ。地元の人は観光用のフラメンコは本物ではないと言っていましたが、ここのは一味違うようで、我々一行を大興奮させてくれました。流石、情熱の国スペイン!です。中でも、一番大興奮だったのが陵玖くん。すでに「おねむ」の時間のはずが、食い入るように観ていたかと思うと、大興奮のスタンディングオベーション!今にも舞台に上がりそうな勢いでした(笑)。


ブラボーなリク

ちなみにスペイン語で津波は「マレモト」地震は「テレモト」と言うそうです。
江本先生との関係はいかに?


■ 2005年4月12日(火) 江本会長同行記(2)尾竹明宏

今日は某ホテルの依頼により、ジローナのジャフレに温泉をメインにしたリゾートホテル建築計画に関する調査に同行した。ジャフレはバルセロナから車で約2時間、1年中雪があるというピレネー山脈には1時間。フランスには20分。地中海には10分、川もある小高い丘にその予定地はあった。ピカソやダリを生んだ芸術の国でもあるスペイン。地中海リゾートとしても世界第2位の観光客数を誇る。その中でも大変な実績を持つホテルからのオファーは波動をキーワードとした癒しの空間である。そこにVIP待遇で迎えられた江本先生。水の結晶・波動に対するヨーロッパでの高い評価に認識を新たにした。


予定地を高台から見る

温泉の源泉は52℃でとても良いお湯である。匂い味とも日本の優良温泉のそれに負けないほどであった。環境も抜群によく、自然と共生した癒しのホテルがイメージできる。この温泉は40年ほど前のスペイン内戦時代に石油採掘目的で掘られた時に偶然発見されたものだ。ホテル側は近隣住民に配慮し無料の温泉施設も建設予定である。といっても近隣にはほとんど民家は見あたらない自然の中、森の中のリゾートである。


温度をみる会長

その後は、このホテルの発祥の地であり、創業ファミリーの出身地である地中海に面した本社オフィスにお邪魔した。これまた斬新な造りのオフィスには50人が働く。設計から運営まで全て自社で賄うというからたいしたものだ。創業ファミリーが仲良く全員自社で働き、株主から社員、顧客に至るまで家族として接する企業ポリシーは江本先生の波動理論にも合致する。すばらしい企業との出会いであった。その後、2時ごろからスペイン独特の地中海ランチを2時間かけて堪能したことは特筆に値する。


本社オフィスにて
左からタマヨ氏・尾竹・江本先生・マルコス氏・ホセ氏

シエスタ(午睡)で有名なスペインでは三食の合間にタパスというおつまみのような軽食を食べる。合計五食だ。勢い昼食は3時ごろ、ディナーは9時ごろという長い夜になる。レストランが8時半を過ぎないとオープンしないのには驚いた。帰ったら「また太った?」といわれるのが目に見えるようだ。世界中をセミナーで回る江本先生の体調管理が非常に重要なことを身をもって感じた瞬間でもあった。


高級デザート?


■ 2005年4月11日(月) 江本会長同行記(1)尾竹明宏

昨夜の遅い時間に私と江本先生、奥様はスペイン・バルセロナのプレステージホテル・パセオ・デ・グラシアで合流した。私は日本から、江本先生らはイタリアからの行程で、14日には私はスイス経由でリヒテンシュタイン。江本先生と奥様はアメリカへと旅立たれる。

今回のスペインの訪問は明日、明後日と2日間にわたる某リゾートホテルに対するプレゼンテーションが主目的だった。それに先立ち、本日は先のスペイン訪問時に知り合ったロサ・マリアさんらのグループの表敬訪問を受けた。


ロサ・マリアさんと

ロサ・マリアさんは早くから「水からの伝言」に魅せられた一人で、ジローナの旧市街地に住む84歳の女性(とてもそうは見えず若々しい)で、地元の名士だ。ジローナ大学や市役所、環境団体、ジャーナリストなど多方面の人脈を持ち、以前、江本先生のセミナーをオーガナイズしている。昨年のスペイン訪問時には私も同行し、ご自宅までご案内いただきたくさんの取材も受けている。その若々しさに「私はいつも水をたくさん飲んでいるから」と本人は言うが、江本先生に言わせると、いつもたくさんの若い男性に囲まれている(2人の素敵な男性がいつも秘書的な役割をしている)からだとか。3人でちょうど水のH2Oを表しているという説は真理をついているかもしれない(笑)。

ロサ・マリアさんらからは、今年の9月23,24日にスペインでは始めての水の国際会議をアルバセテというところで企画しているとのこと。もちろんメインゲストは江本先生だが、他に2008年にサラゴサで行われる万博に合わせたイベントや、水の本の出版、子供たちへの教育プログラム、さらにはジローナ大学との共同研究の相談などを受けた。

夕刻からは、かの有名なサグラダ・ファミリアなどのガウディ建築を見学に行った。バルセロナはガウディの影響か建築の町として有名らしく、ちょうどこの時期にも建築に関する国際会議が開催中であった。町のちょっとしたところにも斬新なデザインのオブジェや建築物が目を引いたのはさすがである。


■ 2005年4月10日(日) イタリア・ベラリア市における講演

昨日に続いて、波動ライフ・ヨーロッパのラスマスさんが日記を書いてくれました(HP担当より)。

*****

4月10日に江本勝博士は、ベラリアで開催された「国際超心理学会」(Convegno Internazionale di Parapsicologia)で講演を行いました。このイベントはニコラ・クトロさんによって主催されました。江本博士の講演は日曜日の朝9時から始まったにも関わらず、すでに最後列まで人々で一杯でした。


イタリア・ベラリア市での講演

講演の中で江本博士は、「オー・ソレ・ミオ」をイタリア語で完璧に歌いこなしながら、波動と共鳴に関する彼の理論の説明に努めました。この試みが大成功に終わったことが、聴衆の反応からよく分かりました。


■ 2005年4月7日(木)-2 チューリッヒ講演

波動ライフ・ヨーロッパのラスマスさんが日記を書いてくれました(HP担当より)。

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4月7日(木)に江本勝博士はチューリッヒで講演を行いました。アレクサンダー・グロブさんの主催によるものでした。グロブさんは、江本博士の仕事に魅せられて、この講演を主催することによって、波動や共鳴に関する江本博士の知識を人々に広く伝えることのお手伝いをしたいと考えたのです。

江本博士の研究とプロジェクトに対して貢献することができるようにと、グロブさんは、ガブリエラ・ロス夫人と組んで、美しい結晶の形に基づいたジュエリーを開発することを始めました。ロス夫人はチューリッヒにジュエリーの店を持っていて、すでに「水からの伝言 Vol.3」に掲載されている「真実」「人類愛」「幸福」の結晶写真を使ってジュエリーを作っています。


「真実」という文字を見せた水の結晶写真と、
この形を元にして作られたジュエリー

ロス夫人のジュエリーの店www.kinderschmuck.ch


講演の翌日は車で田舎道をハノーバーへ向かいます。デトモルトの町だけを見て、はじめは「田舎と聞いていたけどそれほどでもないじゃない。」とおっしゃっていた江本先生も緑の牧草と若い麦の一面に広がる光景、細いカーブの多い道、森、肥やしのにおいのする通り道をみてだんだん納得された様子。それでも、不思議なことに先生ご夫妻にいらしていただいた間だけはよいお天気に恵まれて、短い時間ではありますが、ドイツの田園風景を楽しんでいただけたのではと思います。

最後に我が家の裏の小川に前日みんなでお祈りの気持ちを伝えたお水を川にお返ししました。このお水にこめたみんなの祈りがウェーザー川、北海そして世界中の海へとつながりますように、と。次の日、川はいつもよりも楽しそうに輝きを増して流れているような気がしました。


川にお祈りの気持ちをこめたお水をお返しする

勝先生・和子奥様と、水の神様、私どもを支え、助けて下ったすべての方々に心から御礼申し上げて、波動ライフヨーロッパの責任者ラスムスに次の報告をバトンタッチさせていただきます。

愛・感謝。


午前中はまず生徒向けへの講演。

このシュタイナー学校には1年生から13年生、つまり日本で言えば小学1年生から大学生1年生にあたる生徒たちがいます。通訳を通した講演で、聞くのに集中力がいるという学校の先生方の希望で、そのうちの10年生から13年生まで約100人ほどの上級生の前でお話くださいということになりました。


シュタイナー学校講堂

ちょうど思春期真っ盛りのティ―ンエージャーたち、しかもみんな自分の自由意思で講演を聴きにくるわけではないわけですから、通訳をする私としてはちゃんと聞いてくれるだろうか、と大人向け講演以上に緊張しました。江本先生の冗談を交えながらの話に、時には笑いながら、みんな目を輝かせて、心を開いて本当に静かに集中して話を聴いてくれたのが大変印象的でした。その様子はまるでお水からのメッセージがすうっとみんなの中にしみこんでいくという感じでした。質問のコーナーでも生徒からさまざまな質問がありました。また、つたない私の訳のせいで一部わからないところがあるなりに、それをも包み込んで温かく聞いてくれましたのでほっとするとともに、生徒の皆さんに感謝でいっぱいでした。


シュタイナー学校講堂での生徒の様子

その後の休憩時間には生徒たちが校庭で講演の内容についていろいろディスカッションする姿も見受けられました。これからの時代を担う若者たち、これからどうかがんばってください、どうぞよろしく、という思いでいっぱいです。

講演後ご夫妻はシュタイナー学校の校庭で日向ぼっこ。彫り物の入ったアーチ型の入り口などを見て、奥様は素敵な建物ねえとおっしゃっていました。

その後校内の一室で、地元の日本人、やよいさん、きよこさん、まみこさんと日本語ぺらぺらのドイツ人Armin(アーミン)、そしてその子供たちと一緒の昼食会。皆さん普段から‘水からの伝言’を周りの人に広めてくださったり、お水への愛と感謝を実践してくださっているかたがたです。長旅の中、せめて短い時間でも先生ご夫妻にくつろいでいただきたいという思いで、きよこさん、まみこさんが心をこめて作り、セッティングして下さった日本食をおいしくいただきました。鮭の散らし寿司、茶碗蒸し、人参のきんぴら、お味噌汁、白玉団子のあんこかけ、という彩の鮮やかなフルコースを藍染のランチョンマットの上にきれいにならべ、まるで和食レストランのよう。和子奥様も早速写真を撮っていらっしゃいました。


お昼ご飯

午後からは会場を市内の劇場に移して学校のプログラムが始まりました。「水についてもっとよく知り、お水を大切にしましょう」というモットーで、11年生の生徒たちが授業で水について学んだことの展示、バングラデッシュの水災害について半年をかけた自由課題で取り組んだ7年生生徒の展示、水災害のあった世界の各地に水のろ過器や必要な技術を提供している、技術協力隊の展示、子供たちと一緒にレインメーカーという雨のふったような音のする楽器を作るスタンド、EMケラミックのインフォスタンドなどがフロントに並びます。またこの日の宣伝用に、結晶写真をあしらった素敵なチラシと波型の枠をあしらったプログラムも高校1年生のGovinda(ゴビンダ)君が作ってくれました。


Govinda(ゴビンダ)君がつくってくれたチラシ

舞台ではやはり‘水’というテーマに取り組んだ教師・生徒がさまざまな出し物をしました。

オイリュトミー学校の先生方による植物染料で染めた羽衣のような絹の衣装をまとって音楽・詩に合わせて舞のような動きをするEurythmie(オイリュトミー、シュタイナー教育に独特のもの)のあとは、江本先生の音頭で水災害の被害者とお水に対して祈りをささげる時間がとられました。

会場には小学校低学年の子供たちもいましたが、みんな手を合わせて1分間の祈りを私がうちの裏庭を流れる小川からペットボトルにくんできたお水に対してささげてくれました。

その後講演までの間に地元新聞社からのインタビュー写真撮影が入りました。インタビューをしてくれた新聞記者はまだ若い人でしたが、とてもよく勉強してきてくれて、内容も的を得たもの、江本先生もご満足そうでした。この記事はその2日後に1ページの半分を使って新聞に載りましたが、講演に来なくても記事を読むことでお水について、先生のお仕事について関心を持つ方も少なくないと思われます。私の義姉などもいままで私どもの口から聞いてもあまり受け入れてくれませんが、大きく取り上げられた新聞記事を読んで初めて内容に興味をもってくれたようでした。

さて、会場では前座のカルテットの演奏・生徒の詩の朗読「Fluttropfen」(生徒の造語・大波の中の一滴といった意味)、生徒による音楽演奏と続きます。この生徒たちはそれぞれが水というテーマに取り組んで、時間をかけて一生懸命に準備してくれました。その中でもJoss(ジョス)という19歳の生徒が披露してくれた「Element」というタイトルの演奏は圧巻でした。雅楽でも使われる大きな銅鑼をたたいてはじまるのですが、それがはじめは小さな音で始まりだんだん大きくなると室内の反響をともなって音が波のようにうなり、聴衆の体中を振動が襲います。それはまるでほんとうに津波が襲ってくるような耳を覆うほどの音と波の衝撃。聴衆がもうだめだー助けてーと思った矢先の沈黙。そしてその後静かに器やびんに入れた水・たくさんの打楽器を使って今度は水の静かな面を表す演奏がひとしきり続くのです。彼はこの曲を用意するにあたって、激しくもなり、穏やかにもなる水の多面性を表したかったそうです。お疲れ気味の江本先生ご夫妻もこの演奏には感動された様子。もしかすると7月24日のリヒテンシュタインのセレモニーのときにはJossがきてくれてその演奏が聞けるかもしれません。

いよいよ江本先生の講演です。

会場は300人ほどの聴衆でいっぱいになりました。いつもの先生の口調で、笑いあり・感心の吐息ありと続きます。アメージング・グレースを選んでみんなで歌いましたが、地元の音大で教鞭をとるまみこさんが直前にピアノの伴奏を買って出てくれました。最後に先生のお仕事の歴史を流すところでは、英語からドイツ語への訳を元ギムナジウムの教師をしていたChristel(クリステル)さんという女性が翻訳を直前であるにもかかわらず引き受けてくださいました。

最後のほうには奥様もお疲れの模様でアレルギーの症状でテッシュペーパーが手放せない様子。私にも疲れの色が出て、一部訳に難儀をしましたが、会場の皆さんに助けられて、無事に最後を迎えました。最後は前のほうから順々にスタンディングオーベーション、それは本当に波のように後ろのほうへ伝わっていきました。勝先生を真ん中に奥様、私と3人で手をつないでご挨拶。「これが本当のH2O」と江本先生がおっしゃいました。


スタンディング・オーベーション

勝先生が本やカードにサインをするときには「ありがとうございました」とおっしゃる方がたくさんいらっしゃり、その中には子供もいました。皆さんそれぞれにメッセージを受け取られたのでしょう。未熟な私の仕事に対してもよくやってくれましたとおっしゃってくださる方がたくさんいらっしゃって、うまくできなかったという私の気持ちを引き立ててくれました。

今回の企画では、本当にたくさんの方が助けてくれました。裏方として学校のカルチャー部のAlbrecht(アルブレヒト)、Susanne(スザンネ)そして私の夫も計画の段階から長い間がんばってくれました。学校の事務のかたがたも快く手助けしてくださいました。なにより、やよいさんは私のドイツ語での準備を助けてくださるとともに、つたないわたしのドイツ語でも皆さんが頭ではなく、心を開いて聞いてくださいますよう、ずっと祈り続けてくださいました。皆様ありがとうございました。今まで学校でたくさんの企画をしてきましたが、今回ほどいろいろな人が宣伝に一役買ってくれることを自主的に申し出てくれたことはありません。江本効果とお水のメッセージの大きさをまざまざと体験させていただきました。

大きな会場での初めての企画で、講演だけではありませんでしたので、時間の配分の悪さや音響設備のトラブル、お食事時間への配慮が足りなかったなどと江本先生・奥様にもご不自由をおかけしました。それでも、時々楽屋のいすで休みながら丸1日の行事に付き合ってくださいまして、勝先生・和子奥様本当にお疲れ様でした。


皆様始めまして。

ヨーロッパで江本先生のお仕事を、お手伝いさせていただいております、雪子と申します。今日は強行スケジュールでお疲れの勝先生の代わりに、今回私が企画・通訳させていただきましたドイツ北部、デトモルト市での講演会の様子をご報告させていただきます。

江本先生ご夫妻はイギリスで3つものインタビューをこなした後、5日夜にハノーバー入り。空港周辺の工事のためさんざん道に迷い、あろうことかお迎えに遅れた私どもを、お二人は本場のワイツェン・ビール、ソーセージというドイツ名物をさっそく楽しみながら、悠然とお待ちくださっていました。まだまだ続く旅用の重くて大きなトランク2個、プロジェクター用のトランク、ラップトップ、そのほか手荷物という長期講演旅行用の荷物をなれた手つきのてきぱきとした奥様の主導で、忘れ物がないように一個一個確認しながら車につめてデトモルトに向かいます。

今回の講演会はさかのぼること4年ほど前に、私の子供たちの通うデトモルト市内シュタイナー学校での講演をお願いしましたところ、すぐに奥様を通じて快くお引き受けくださり、それが今回やっと実現したもので、学校のカルチャー部会の主催です。

デトモルト市はハノーバーから東南に100キロほどはなれた人口7万人ほどの小さな町。それでもリッペ県の県庁所在地で、かつて岩倉具視の使節団も訪れた由緒ある城下町です。市内には有名な音楽大学があり、日本人の留学生も少なくありません。そのため、市章としてト音記号とリッペ県章のバラを組み合わせたものを使っています。

またここのシュタイナー学校はもとビール工場の建物を父兄が少しずつ改築してできた校舎で、地下にはまだビール醸造器も残されています。音楽とビールという先生の大好物の組み合わせ、講演会にはぴったりの場所ではないでしょうか。


■ 2005年4月4日(月) セントジョーンズ教会セミナー

アルターネイテブという団体が主催する、毎週月曜日にこのセントジョーンズ教会で行われる10ポンドセミナーは、もう20年以上も続いているそうで、いわばロンドンのニューエイジ系の人のためのスクールという感じのセミナーです。

娘のいるアムステルダムに2日ほど泊まって、孫と戯れながら英気を養い、午後一のKLMで再びロンドンに向かうつもりが、その便が欠航となり、夕方の便に変更となってしまいました。2日の日にリバプールからアムステルダムに帰ってきたときもKLMで、結果的に荷物が経由地のダブリンで積み残しとなり、翌日荷物を取りに行くということで、どうも僕とKLMの相性は良くありません。実は4年前にも積み残し事件があり、とても憤慨苦労したことがあるのです。何かあるときは何時もKLMなのです。

さてそんな訳で会場のセントジョーンズ教会に着いたのはセミナーの始まる50分前の6時10分でした。タクシーを降りて会場に近づくと凄い人の列があります。その教会はピカデリーという繁華街の真ん中にありますから、いろいろなイベントがある街なので、ほかの催しものであろうと思っていましたら、なんとその列は私たちのセミナー会場の教会から続いていたのです。

これは凄い!!その列は開場前50分だというのに、300メートルぐらい続いて、なおも人がどんどん集まっているのです。実は事前に、今日の参加者は400人ぐらいだろうと伝えられていました。ただしこの会は事前予約を取っておらず、ほんとのところは蓋を開けてなければ分からないとの注釈つきでした。定員は700名との事でした。

人の列は開場時間の7時となってもまだ途絶えません。したがって定刻より20分ほど遅れてのスタートとなりました。そして今夜は特別に2日前に亡くなられたポープに全員で哀悼の祈りを捧げようということで、祭壇に大きなローソク3本が飾られました。1本は“愛”もう1本は“尊敬”そして最後の1本については私がその言葉を決めて欲しいといわれ、私は躊躇なく“感謝”といいました。それから5分間の黙祷がささげられました。有名なセントジョーンズ教会でポープ2世に対しての哀悼の祈りを結果的に1000名にも達してしまった英国人とともに捧げるということに、何かとても深い意義のあることのように私には思えました。

そんな雰囲気の中で行われた1時間半に渡るセミナーの中で、私は天国にいるポープ2世に対して彼の遺志をついでの世界平和のため行脚を、引き続き続けることを約し、いつもにもまして熱く語りました。さらに会場の皆さんとともにアメージング・グレースを合唱しましたが、これが感動的でした。さすがにこの歌の本場イギリスでの、そしてあの有名なセントジョージ教会で、しかもポープをしのぶセレモニーをやった後でのこの歌の1000人による大合唱は、それはそれはすばらしいものでした。それが故でしょう、話が終わったときは教会の天井をうならせるような拍手と歓声が響くスタンディング・オベーションとなり、私の胸を熱くさせました。

もうやるっきゃない、という感じです。


■ 2005年4月1日(金) リバプールSEALセミナー

バンコク、チェンナイと同行してくれた秘書の古谷君とわかれ、私たちは1度シンガポールに戻り、そこで1泊し、翌日ロンドンヒースロー空港へと向かいました。なんと13時間余の超ロングフライトで、さすがに疲れましたが、あらかじめ空港施設内のホテルを予約してあったので、そのままホテルに直行し、すぐに休養、今日の朝は元気に目覚めることが出来ました。

しかし朝11時には、もう一組のお客様が見えて忙しく面談、その後すぐに車で1時間半ほどかかるロンドンシティー・エアポートまで移動し、2時半発のリバプール行きに乗るつもりが、途中ちょっとしたハプニングがあってそれに乗り遅れてしまいました。長い海外セミナー旅行での中で初めての体験で相当焦りましたが、何とか次の5時15分の便に乗れて、8時から行われる予定の私のセミナーの少し前に会場に到着、着替えもそこそこに、350名ほどの人が待ち受ける前でお話を始めたのでした。

しかも、英語の本場イギリスで私はへたくそな英語で話す羽目となったのです。通訳の方は英国人だったのですが、肝心の日本語のほうの聞き取りに自信がないと言うことで、私が英語を話し、彼がそれを補佐すると言うことで、始まりました。ここに来るまでにいろいろな事があり、時間も余裕なく始まったセミナー…。どうなる事かと思いましたが、終わってみたら、盛大なるスタンディングオベーションで讃えられるという結末で、、正直良かったと思いました。


SEALシンポジウムでのスタンディング・オベーション

と言っても、私の英語が良かったと言うわけではありません。参加者が良かったのです。この3日間に渡るシンポジウムはSEAL(Society for Effective Affective Learing)と言うイギリスに本部を置く国際教育機関が主催しているもので、もう23年の歴史を持つ立派な団体です。全世界に会員がいて今回は18カ国から350名もの人が参加していると言うことで、講師の先生もルパート・シェルドレイク博士を始め、一流の方が選抜されていました。つまり波動のこと良く知り勉強されている方々ばかりがお客様でしたので、私のつたない英語でも理解をいただけたと思うのです。

いろいろあった1日でしたが、終わりよければすべて良しで、健やかな気持ちでベッドに入ることが出来ました。


リバプール空港はリバプールジョンレノン空港となっていて、
彼の銅像がありました。


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