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■ 2005年2月28日(月) パウリさん来社

1月の26日に日本を発って以来、今日は33日ぶりの出社です。午前中社員全員を集めて出張報告をしたあと。午後早速素晴らしいお客様が、ベルギーからお見えになりました。お名前をグンター・パウリさんといってゼロ・エミッション運動の提唱者です。


所長室にて、グンター・パウリさんと

「素敵な宇宙船地球号」という番組のサイトでは彼のことを次のように紹介しています。

“廃棄物のない世界”、ベルギーのグンター・パウリ(47)は、そんなゼロエミッションを目指しています。

グンターは91年、自ら開発したヤシ油のエコ洗剤で世界中から注目を集めました。後にそのヤシ油の生産地・インドネシアに視察で訪れた彼はショックを受けました。ヤシのプランテーションを建設するために森林伐採が行われていたのです。自分自身が環境破壊者という事実は彼を苦しめました。

悩みぬいた末に辿り着いたのがゼロエミッションだったのです。各地で講演を繰り返し、世界に向かって訴え始めました。彼は再び注目を集めるようになりました。廃棄されていた「形の悪い」ニンジンをマフィンの原料にすることで経済の荒廃が進んでいたゴットランド島を活性化させたり、埼玉県のセメント工場でゴミを再資源化させたりと、彼の撒いた種は今、世界各地で芽吹き始めています。

渡航日数は年間330日以上、愛する家族と過ごすのは月に3日ほどしかありません。「今、家族に負担をかけて済まないと思っています。しかし、今ゼロエミッションを進めなければ、子供たちの世代にもっと大きな負担を残すことになります。100年後の将来には世界中で実現するはずです。」強い信念とともに、グンターは未来に向けて発信し続けているのです。

ナレーター: 沢田 研二

彼はもう5年前に僕の本の事は知っていて、いつか会ってみたかったということですが、私の知人で同じ環境問題に強い関心を持つ老舗の材木会社、ヤマゲンさんの山元専務の紹介で、明日国連での講演のためにニューヨークに旅立つ前の忙しい時間を割いて、わざわざお越しいただいたものです。

会ってみて、凄い人がいるものだなと大変感銘を受けました。全てのゴミをなくそうと言う考え方は、或いはなくせるはずだという考え方は、この世に無駄なものは1つもないという強い信念から来ており、その個性的なすばらしい発想は全て自然の中からヒントを得たものだそうです。例えば、シマウマは黒と白の縞模様でアフリカのサバンナで暮らしていますが、その白と黒との色が、光を反射或いは吸収することによって、体内温度を、どんなに熱い時でも、一定に保てている力をヒントにして、彼はいろいろな省エネテクノロジーを考案し、日用化していると言うのです。


グンター・パウリさんとのツー・ショット

そのほかにも、子供の教育のために何十冊も世界的言語で絵本を発行していることなど、これから私がやっていこうとしている事業の参考になるようなことをすでに数多く実践されていて、とても参考になり触発されました。本当に良い同志に巡り合えたと言う感じです。


■ 2005年2月27日(日) 帰国

25日(金)はホノルルで1泊して26日の午前中の飛行機で成田に向かい、本日1ヶ月ぶりに我が家に到着しました。いつも気になっている2匹の猫のうち、妻とは前世で親子関係かと思われるほど、お互いにべたべたのタマの方がだいぶやつれた様で、元気がありません。いつもの事で仕様がないのですが、3月末からは2ヵ月半に及ぶ留守なので、一体どうなる事やら、ちょっと心配です。

そんな猫たちの面倒を見てくれるのが、私たちの会社に勤めている、まだ独身の長男です。その彼が居なかったら、私たちは、特に妻はこんなにしばしば出張は出来ませんので、大変助かっています。

そして今日はその彼の32回目の誕生日だったものですから私たちは近くのホテルで食事をして彼の誕生日を祝いました。実はオランダにいる娘の息子も同じ日が誕生日で、ダブルでめでたい日なのですが、この誕生日については我が家には面白い現象があります。

長女の誕生日70年3月5日、長男73年2月27日、次男76年3月2日、孫03年2月27日と、ものの見事に2月27日から3月5日までの1週間に集中しているのです。もちろん計画的なことではなく、全ては神様のお計らいです。全員うお座ですから、やはり水に関係がある星から助っ人のため送られてきたのでしょうか。そう言えば、全員私の仕事のために働いてくれています。きっと孫も将来そうなるのでしょう。

さて、その食事会を終わって、今こうやって日記を書いているわけですが、今回のセミナー・ツアーについての感想を纏めてみたいと思います。まず、数字的な成果をあげてみます。

2月6日
サンタモニカ 預言者会議
700名
7日
UCサンジェゴ
1000名
9日
バンクーバー
400名
10日
バンクーバーその2
800名
12日
サンタクルーズ
800名
13日
クアウアイ
400名
15日
ホノルル
1000名
17日
マウイ
1000名
23日
ハワイ島コナ
350名
24日
ハワイ島ヒロ
450名
合計
(10回)
6900名

昨年の4月から5月にかけてのアメリカ本土13都市でのセミナー参加者は、合計で4500名でした。ですから何と今回は、1回あたりの来場者が2倍に膨れ上がっています。しかも、殆どの会場でソールドアウトだったのです。どこの会場でもオープン前に長い列が並びました。サンタクルーズのセミナーに参加したある女性は次のようなメールをアメリカに住む私の知人に送ってきたそうです。

リオ・シアター(サンタクルーズセミナー会場)で開場前にどれだけの人が外で列をなしていたか見ましたか?その列は次のブロック(一区画)まで遠く延びていました。私の近くにいた人々こう言っていました。「まるで大きなロックコンサート会場に入るのを待っているようだった」と。それで私達は、江本博士が次なるロックスターになった事は素敵ね!と皆でうなずきあったのでした。

私は何も自慢話をしたくてこのような事を書いているわけではありません。いわゆる“フェノメノン”(現象)がついに起きたと言う事を、私を今まで声援してくれてきた皆さんに対して、ご報告がしたいのです。いや、私を声援してきてくれた人と言うより、3次元的な思考だけではこの世の中どうにかなってしまうよ、もっと精神的な世界、見えない世界の事を大事にしていこうと、頑張り続けてきてくれた皆さんにたいして、“おかげさまでいよいよその時が来ましたよ”、と言う事を申し上げたいのです。

もちろん、このような現象を作った直接的な動機は、あの映画“私たちは一体全体何を知っているの?”だったかもしれません。しかしそれ以前に、ずうっと昔から、見えない世界の事を信じて、そのような活動や、生き方をしてきた人、あるいはそれらを応援してきた人々の存在があったからこその夜明けであり、フェノメノンです。皆さんでこの流れをさらに強めて、本流に乗せて行こうではありませんか。


■ 2005年2月24日(木) ハワイ島ヒロ・セミナー

コナからヒロまでは車で約2時間半ほどの道のりですが、私たちはボルケイノ周りで行こうと言う事になり、フレッドさんの運転でいまだに活発を続けていると言うキラウエア火山国立公園に立ち寄りました。阿蘇の道を何度も車で通った事のある私にとっては、全てが納得でしたが、日本の火山地帯と比べて硫黄臭が少ないのに気づきました。また現在進行形的に火山の活動、溶岩流の流れ、土壌の形成、植物の発生、宅地の誕生などが、手に取るように観察されて理解されますので、火山国日本に住む人はハワイ島に行ったならば、ぜひ訪れるべき所だと思います。


噴火口の側まで行けます。 まだ水煙があちこちに


美しいヒロの海岸


大きなガジュマロの木

さてヒロは真にハワイらしい風情で妻を喜ばせました。ハワイ島の東部にあるこの町は何でも日系人の割合がとても多いということで、町で会う人々の顔、ホテルで働く人の顔、とても日本人的な顔の人が多く、まるで琉球諸島の島に来たような感じです。今回のシリーズ最後になるこの町でのセミナーはパレス劇場と言うところで行われるのですが、450席の収容に対して、昨日現在で200余席の前売りでしかなく、どうやら初めて満杯とはなりそうにもない雰囲気でした。

ところが、またまたラストミニッツ現象が起きました。7時半に開演する頃には殆どの席が埋め尽くされてしまったのです。そう、結果的に420名の来場者という事だったようですから、当日だけで200名あまりの人が来てくれたことになります。今回のセミナーシリーズの特徴が最後の最後でもっとも鮮明に現象化されたのです。まるでこれはポジティブな津波のような現象であると私は思いました。

もう一つ嬉しい事がありました。このヒロのセミナーの通訳の人が、昨日の日記の欄で書いた、1年前に星空ツアーの名ガイドをしてくれたあの青年だったのです。私はもちろん事前にアンディー長谷川と言う人がヒロの通訳をするということは聞いていたのですが、まさかあの彼だとは思いませんでした。名前までははっきりと覚えていなかった、しかし通訳さんの名前を知らされた時は、どこかで記憶のある名前だなあとは思っていたのです。やはり思いは通じるものです。もちろん彼は素晴らしい通訳をしてくれて、熱烈なるスタンディング・オベーションで最終講演を終えることが出来ました。日本語も英語も完璧(お父さんが日本人、お母さんがアメリカ人)な32歳の独身男性、彼とはこの先いろいろと何かがありそうな予感です。


息が合った講演者と通訳


すっかり埋まった会場の模様


有終の美

さらにもう一つ思いがけない事がありました。私が数年前から注目していた異色のDNAの研究者、レオナルド・G・ホロビッツさんがわざわざ来てくれたのです。しかも彼の最新刊の本を持ってきてくれて、もう大感激です。感激過ぎて2ショットを撮ることを忘れてしまいましたので、プレゼントしていただいた本をご紹介します。彼のことについてはまた日を改めてご紹介する事にしますが、大変実りの多かったこの10回に及ぶセミナー・ツアーの総括は、次の日記で書くこととします。


ホロビッツさんの最新著


ホロビッツさんのサイン


昨夜は結局、宿舎であるフレッドさんの友人のダグさんの家に着いたのが、夜の11時半と大変遅くなってしまって、ダグさん夫婦にご迷惑をかけてしまいました。それから軽い夜食を頂いたりしたものですから、ベッドに入ったのは1時ごろになってしまいました。

そして何と、今朝は6時起きでドルフィン・スイミングに出かけたのです。元々ダグさん夫妻はドルフィン・セラピーをお仕事とされている方々で、妻が是非に行きたいと言う事を前もってお願いしていたものですから、この企画が組まれていたのです。でも正直言って前の日がかなりハードだったものですから、さすがに僕たちは起きるのが辛いものがありました。ですから私は最初から、海に入る事はあきらめて、見学に徹しようと言う事で出かけました。

メンバーはダグさん夫妻とそのお友達でドルフィンの記録映画を作っている方が、映画用カメラ持参で参加、そしてフレッドさんと私たち、ボートの船長のジョンさんの6人です。港に着くまでの車の中では、やたらにあくびをしていた私たちでしたが、港について船に乗る頃にはすっかりシャキッとして、特に妻はいつでも海に飛び込めるかのような気構えを見せています。たったの4歳しか違わないのに彼女のこの元気さは一体どこから来るのでしょうか、いつも感心してしまいます。


6人のクルー

結果としてイルカはあちらこちらで私たちを歓迎してくれて、述べ100頭以上は姿を見せてくれました。妻はダグさんのエスコートでイルカとともに泳ぐ事、正味1時間、本当に水を得た魚のように楽しそうに泳ぎ回っていました。私はそんな妻を見ているのが一番好きです。


イルカの群れ

7時半から行われたセミナーは、アロハ劇場と言う映画館で行われたのですが、ここも満員札止めとなり立ち見の人が50人ほどもいらっしゃいました。計370名ほどの動員で、1年前の約4倍もの人が来てくれたのです。そして通訳のたか子さんという方がとても上手に通訳をしてくださり、またまたスタンディング・オべーションで終わる事ができたのです。


子供さんもスタンディングオベーション


ハワイ島は、ハワイ諸島の中では1番大きな島です。でも人口は13万人ぐらいしかなく、その殆どを、コナとヒロで二分しています。つまり23日にセミナーが行われるコナは人口6万人あまりの、日本で言えば辛うじて市といえる程度のとてもローカルな規模の町です。私は昨年もここコナのヒルトンホテルでセミナーを行いました。確か100人弱の人が来てくれて、地元の人からこの種のセミナーでこんなに人が来るとは驚異的なことだ、と言われたのを覚えています。果たして、それから1年経った今回、一体どれだけの人が来てくれるのでしょうか。とても気になるところです。

お昼過ぎの飛行機でマウイを発った私たちは、ハワイ島のコナについたのが1時ごろ、そのまま妻の希望もあって、マウナケア山の星見ツアーに参加しました。実は昨年もこれに参加し、その時のガイドさんの説明がとてもよく、また彼に会えるのではないかなと期待もしていたものですから、フレッドさんにこのコースの予約をお願いしていたのです。

結果としてガイドさんは別の人でした。そして今回は山頂に行って世界13カ国の国が建設した、日本の「スバル観測所」を始め11の宇宙観測所の外からの見学と、6時25分に予定されていた、日没観測とがコースに入っていたため、私には大変負担となる星空ウオッチングとなりました。何せ4200mの高地、温度は氷点下で積雪もだいぶあり、空気も薄く、私はマイクロバスの外に一歩も出る事はできませんでした。


マウナケアさんの中腹にある牧場で人なつこい馬と。
この頃はまだ元気だった。


更に上がったところの、溶岩台地にて


3000メートルくらいのところ。
かなりへばってきました。


頂上付近の「スバル観測所」


どこかの国の観測所


電波望遠鏡の数々

しかし、日没の景色はとても美しく、妻は最初元気に外に出て写真を取りまくっていましたが、5分もすると「寒い寒い」と言いながらバスの方に戻ってきました。おまけに2800メートル地点での星空観測は、前回の時と比べて、全く期待を裏切る事になりました。月が満月で明るすぎたからです。星空観測をする場合には満月の時は絶対にやめましょう。その夜はフレッドさんのお友達のダグさんのお家で泊まることになっていたのですが、申し訳ないことに、その家に着いた時は11時半頃となってしまいました。もうへとへとです。


美しい日没の様子


車の中でダウン中の僕


■ 2005年2月18日(金)-21日(月) マウイ島での休暇

17日のエキサイティングなセミナーを終えて、18日からの4日間は、オーガナイザーのフレッドさんの粋な計らいで、完全にフリーでした。そこで私は、18日と19日は、溜まってしまった日記を書き、20日をゴルフとパーティー、21日をホゥエール・ウオッチングの段取りを彼にとって貰いました。ハワイの神様がほんとに久しぶりに与えてくれた休暇と思い、何も考えずに無邪気に妻と二人でこの4日間を楽しみ、明日からの英気を養いました。

まず、私たちが泊まっている素晴らしい、リゾート・コンドをご紹介しましょう。この建物はフレッドさんの知人のマイケル・マギー夫妻のセカンドハウスで私たちのために提供してくれたものです。建物の中をご紹介したいのですが、プライバシーの問題がありますので、入り口の雰囲気と庭からの眺望写真と、共用プール(ジャグジーつき)などを紹介させていただきます。


入り口の雰囲気


庭からの眺望


共用プール

19日の日は近くの海岸で年に一度の鯨デーが開かれていましたので、ちょっと覗いてきました。日本の盆踊り見たいな感じで、ステージがあり、歌や踊りが1日中あるようで、屋台ならぬテント張りのお店もたくさん並んでいます。沢山の人がいて、盛り上がっていました。


年に一度の鯨デー

20日の日曜日には5年ぶりぐらいのゴルフに挑戦して見ました。はっきり申し上げて、もうゴルフをやることはないだろうと思っていたのですが、すぐ近くにゴルフ場があったので思い切って妻と行って見ました。18ホール回れるかどうか不安だったのですが、カートがコース内に乗り入れ自由のゴルフ場でしたので、何とか最後までまわることが出来ました。


ゴルフ場にて

最近持ち歩いている万歩計を見たら、丁度1万歩くらい歩いたようです。やはりゴルフというものは、私のようなものにとっての体力チェックにはとても良いスポーツですね。私の敬愛する塩谷信男先生は現在104歳になられますが、94歳の時にエイジ・シュートをやってギネスブックの記録を持っておられます。私もこれから、それに挑戦しようかしら。

ゴルフから帰って、5時ごろから私が企画した“セミナーでお世話になった方との懇親パーティー”が開かれました。ごらんのように沢山の方が来てくれて、しかも料理をそれぞれ持ち込みというマウイ方式でしたから妻もそれほど疲れることなく、皆さんと楽しいひと時を過ごす事ができました。そしていろいろな方との会話から、また私はいろいろな情報を仕入れることが出来て、これからのセミナーや研究の材料となることでしょう。


懇親パーティーにて

21日の月曜日は待望の鯨ウオッチングです。コンドミニアムの前の通りまで大型バスが迎えに来てくれて、いろいろなホテルやコンドを回りながら、港まで連れて行ってくれるのです。

12時過ぎから2時間ほどの船の上でしたが、今日は様々な鯨たちが見えて最高でした。ベイビー鯨とそのお母さん、雌を追う雄の鯨たち、360度方向に彼らは神出鬼没です。もちろん潮吹き、尾びれ叩き、ひれ上げそしてジャンピングと、何から何まで見せてくれました。


鯨の尾びれ

問題は写真撮影の技術です。この場合どうもデジカメは適していないようです。ズームと連写が出来ないからです。従って妻が上手に撮れたのは、最後の方に現れた亀だけでした。亀は誰でも上手にとることができていたようです。


妻が撮影した亀


マウイ島を訪れるのは今回が初めてです。最初に講演を行ったカウアイ島より、面積も人口も大きいので、きっと沢山の人が来てくれるでしょう。そういえば今回のツアーのハワイシリーズをコーディネイトしているフレッドさんもマウイの人ですから、また力の入れ方が違う事でしょう。

昨日、オアフ島からマウイ島までは40分ほどの飛行でしたが、上空から見るポリネシアの海、島々は真に美しいものがあり、あっという間にマウイに到着しました。飛行場にはフレッドさんのお友達のカップルが私たちを迎えてくれました。そしてそこから40分ほど離れた海岸の側の高台に、私たちが6日間お世話になる高級別荘が有りました。

オーワンダフル!!そこから見る景観は写真のように真に贅沢です。そして何と遠くの海に鯨たちがまるで私たちを歓迎するかのように群舞する姿が見えるのです。しかも建物も超豪華な設計で、ジャグジー、プールつき。こんなところに1週間いたら、キット日本に帰るのが嫌になってしまうでしょう。まさにハワイは楽園です。


滞在先の別荘からの眺め  遠くに鯨が見えました。

17日の朝早く、私たちはかねてから約束していたhaleakala waldort schoolに臨時授業のために行きました。ハレアカラというのは島の中央に有る火山のことでその中腹にある、シュタイナー教育を取り入れた学校から生徒のために是非授業をやって欲しいと依頼があり、私はそれを受けていたのです。

学校は、海抜1000メートルぐらいの高地にあり、ひんやりと肌寒い感じでした。そこには250名ほどの生徒がいるとの事でしたが、私の授業にはそのうちの高学年の生徒100人ぐらいが出席、特別授業という事で、親も50人以上の方が見えての授業が9時15分から始まりました。

最初に彼らの歓迎の歌がありましたが驚いたことに、皆日本語の歌だったのです。何と日本人の女性の先生がいて、生徒に日本語を教える時間が有るとの事、日本人の生徒がいるわけではないのに、さすがシュタイナー、びっくりです。


学校でみんなの歓迎の日本の歌

40分ほどの短いレクチャーでしたが、生徒は熱心に耳を傾け私の話に共鳴してくれました。そして終わったときは何と、生徒たちが一斉に立ち上がって拍手をしてくれたのです。スタンディングオべーション慣れしてしまった私ですが、さすがにこのときは胸にジーンと来るものがありました。ですから最後は生徒の一人ひとりと握手をして有難うといいました。きっと将来この中から私の思想を継ぐ水の研究者が現れる事でしょう。


終わった後のみんなの拍手


校長先生と

マウイセミナーはトロピカル植物園の催事場で行われました。植物園は郊外にあって回りには建物は何もなく、ただサトウキビ畑が延々と続くところにあり、広大な駐車場には私たちが到着した時には、数台の車しかなく、こんなところで、本当に人が来るのだろうかと、まず心配が先にたちました。しかしフレッドの話ではすでに600枚のチケットが売り切れたという事ですから、この駐車場は一杯になってしまうはずです。

催事場の中に入っていくと二人のスタッフが準備をしていました。イスがもうすでに並べられていて、私がその数を聞くと748席用意した、と答えが返ってきました。600席は昨夜の話でしたからあれから更に150ぐらいの申し込みがあったのでしょう。

しかし実際はそれどころではなかったのです。7時30分の開演に対して、6時半を過ぎた頃から、どんどん車が入ってきてあっという間に広大な駐車場は満杯、隣に用意されていた臨時駐車場のほうにも車がたくさん入ってきて、凄い事になってしまいました。結果的に748席はあっという間に埋まり、皆さんが席に座る事が出来ず立ち見や座り見の人が、そうですね200人ぐらいいたのではないでしょうか。


駐車場がどんどん埋まってゆく


通訳の真理子さん(右)とレイカさん(真ん中)とお手伝いの留学生

約1000名の方がぎっしりと詰まって、薄暗い植物園の催事場の中で私の話を聞き、笑い、うなずき、そして綺麗な結晶写真を見て納得し、ため息をついたり驚いたり、そこにいるのは殆ど大人ですが、考えてみれば午前中のシュタイナー学校の子供たちの反応と、あまり変わりありません。どこでもそうですが、私のレクチャーに来られる方は基本的には素直で純粋な方が多いということです。

オペレーターをやってくれた妻和子の話では、講演終了後感動して涙を流している人が何人かいたという事です。


会場の様子


終わった後、人々の顔は感謝と笑顔に満ちていました 


■ 2005年2月16日(水) 同行記補足写真

専務の葉坂君が、仕事の打ち合わせも兼ねてハワイに来てくれましたので、カウアイ・オアフのセミナーの模様は彼に書いてもらいました。そこで私から補足事項を写真で報告させてもらいます。

 
 
ハワイに旅立つ前サンフランシスコ空港の立派な書店で「水からの伝言」が並べられているのを見つけました。店員さんに事情を話して写真撮影の許可を得たところ、請われて、在庫の本全部にサインを頼まれました。彼女いわく「私この本大好き。とてもよく売れてますよ」
アー本当に良く売れてるんだ、と始めて実感した次第です。
   
  私のレクチャーの前で素晴らしい演奏を
してくれたキンバさん
  祈りの風景 中央で立って指導されているのが、昨年私のサンタフェセミナーにわざわざ来てくれたネイティブハワイアンの伝統を伝える人
   
  日本から来た人たち 何でも私のセミナーに日程を合わせてくれてきてくれたらしい。このうち2人は何とマウイのセミナーにまで追っかけてくれました。   ミュージカル映画「南太平洋」の撮影が行われたカウアイ島の風景
   
   開館以来の記録となった日本カルチャーセンターに押しかけた1000人近くの人
   
  一晩お世話になったアーニーさんとリックさんの家で   ビヨンド ワード社(水答のアメリカ版出版社)の社長シンシアさんとそのお母さん 彼女はハワイにお住まいです

ホノルルへ移動し、夕方のセミナーまでの時間、ダイヤモンドヘッドの反対側、高台にある高級住宅街にアニーさんご夫妻を訪ねました。ご主人は、自然環境を取り戻そうとする環境プロデューサーでもあり、自然破壊を修復するプロジェクトのマスタープランを見せてくれました。ご自分でも京都などの日本建築に魅せられ、日本の数奇屋作りを思わせる住宅を建ててしまったということです。日本の夏を思わせる佇まいで、味噌汁つきの昼食をご馳走になりました。何処に行っても江本ファンばかりです。

セミナー会場の「日本カルチャーセンター」は、少しでも良い席をと、1時間半前から行列が出来はじめました。講演前にも関わらず、サインを求めて、これまた長蛇の列。開演時間になっても会場が整わず始められない状態です。800席は全て売り切れ。それでも聴きたい人が溢れ、急きょ、立ち見や座り見(?)まで出る始末。

いよいよ、主催者のフレッドさん、シンシアさんの挨拶に続いて、江本所長登場です。「"What The Bleep Do We Know!?"の映画を観た人?」の質問に、ほとんど全員が手を上げていました。また、久々の「私は写真が大好きな日本人です」の壇上でカメラを出して写真を写すと会場は大爆笑。一気に所長の世界に飲み込まれていきました。会場内は、穏やかな中にも、話が地球環境の悪化による温暖化現象に及ぶと緊張が走り、大津波の写真にはどよめきがおきました。

800名の会場は満員御礼

私は、講演の途中で、ロサンゼルスに向かうため、会場を後にしました。勿論、拍手喝采のスタンディング・オベーションの映像はしっかりと見えていました。

アメリカという国は「アメリカを創りたい人が集まって創る国」という言葉を思い出し、所長が「今年は、アメリカを変えてやるぞ!」といった意味がようやく、ぼんやりと見えてきた気がしました。

ありがとうございます。

(3日間の同行記:IHM/葉坂 廣次)


■ 2005年2月14日(月) 水への愛感謝の祈り(江本勝同行記)

昨日のセミナーに参加された130名余の方々が浜辺に集まり、「祈りの儀式」が行われました。サンタフェ・セミナーにも駆けつけてくださった、シャーマンらしき女性が祈りを先導していき、最後は、江本所長の登場。ユーモアを交えてのスピーチ、心が癒されるひと時。そして、全員が海に向かって祈りを捧げました。勿論、スマトラ沖にイメージを馳せたことは、言うまでもありません。同じ“島”という環境にあって、津波がこの島に押し寄せてきたらと想像すると耐え難いものがあります。何度も何度も心で祈りました。

それが終わると、テレビ局の取材が待っていました。女性キャスターによるインタビュー形式です。時間を越えて盛り上がったことは言うまでもありません。写真を十分ご覧いただければお分かりいただけると思います。

愛感謝の祈りについて
全員で一心に祈りました
キンバさん(後方・左)シンシアさん(後方・右)
美人キャスターについつい話が弾んで…

(3日間の同行記:IHM/葉坂 廣次)


「憧れのハワイ航路」という歌を知っている時代の人間としては、やはり憧れのハワイ空路です。ひと足先にカウアイ島に降り立った私を、赤や黄色のハイビスカスが快く迎えてくれました。この日のセミナー会場は「アロハビーチ・ホテル」です。早速、江本所長・和子専務を会場に訪ねました。そこには今年の全米セミナーのコーディネーターであり、「水は答えを知っている」のアメリカでの出版権者であるシンシアさんも、書籍やポスター、瀬戸さんの「水の歌」のCD・結晶シールの販売準備等で大忙しの状況でした。

主催者であるヒーリング・ミュージックの奏者、キンバさんの演奏で始まったセミナー。壇上の江本所長は相変わらずのアメリカントーンです。通訳さんそっちのけでの英語による講演に、三百数十名の聴衆は、一連の結晶写真の映像もさることながら、今アメリカで一番“旬”な江本勝という感性豊かでユーモラスな一人の人間に、親しみを持ってくださっているようでした。

陽が落ちたハワイ的半野外のセミナー会場は、満席

いよいよクライマックスをむかえ、いつもながらのスタンディング・オベーションにつつまれ、時間を過ぎてもなかなかお客様が帰らず、質疑応答やサイン会が絶え間なく続きました。

(3日間の同行記:IHM/葉坂 廣次)


■ 2005年2月12日(土) サンタクルーズセミナー

サンタクルーズはサーフィン発祥の地といわれヒッピーやニューエイジ系の人が多い町です。私は15年ほど前に一度訪れた事がありますが、そのときは一旅行者としてでしたので、ただ桟橋が美しく、そこにラッコが沢山いたっけなあという記憶しかありません。

今回のセミナーもやはり地元の精神世界系の本屋さんの主催です。一連のセミナーツアーは「HIDDEN MESSAGE IN WATER」の出版元であるBEYOND WORDS 社のシンシアさんのコーディネイトによるものですので、主催者は各都市の本屋さんが中心となっています。

ここはつい3日ほど前までだいぶチケットの販売状況はゆっくりとしていたようですが、ここ2日ほどで残りの400枚がすべて売り切れ逆に200人ほどが溢れてしまったという事で、担当者の女児社員が信じられないというような調子で話をしてくれました。確かに去年の秋からアメリカではラストミニッツ現象が僕の講演会の場合には起きており、これこそ波動現象であると私は興奮しています。

ここでの通訳は マッシー君というアメリカ生まれの日本人で、なかなか上手にやってくれました。年は25歳と若くまた日本にも殆ど行った事がないという青年でしたが、ヨガの勉強をしているという事や、ご両親が日本語をきちんと教えていた事があるようで、なかなかのものでした。やはり、通訳というのは本人のやる気と、そのテーマに対する相性、感性の問題であるとつくづく思いました。おかげさまで、今日も盛大なスタンディングオベーションを頂く事ができました。これで5戦全勝です。


リオ劇場のリオとは水のことです。ソールドアウトの表示


会場の前から2ブロック先まで並んでいたという


会場の様子


■ 2005年2月11日(金) サンフランシスコ江本勝レセプション

当初、このレセプションとはどういう意味なんだろうと思っていましたが、行ってみて分かりました。場所はサンフランシスコの有名な坂の上りきったところにある、高級アパートでした。100年ぐらいの歴史があると思われるそのアパートの一室は、リッチなその所有者によってギャラリーとなっており、たまに今日のようにレセプション(小パーティー)会場として提供されているようです。つまりハイソサイティーの人たちの社交の場でもあるわけです。

夕方の5時ごろから始まったそのレセプションには、実業家、芸術家、代替医療家、音楽家など約60名の人が参加してくれましたが、その中で私が過去に会った人が3人も来てくれており、びっくりしました。やはり一期一会の出会いを大事にしなければいけません。

この会の主催者はシンシアさんのお友達のマリリンさんという方で、私の哲学の賛同者です。きっと私の研究がもっと幅広く世間の応援を得られるようにと願ってこのようなレセプションを企画してくれたに違いありません。ですから彼女は、ノエテックサイエンス社のオーナーを連れてきて紹介してくれました。(写真左、その右がマリリンさん)

そこで私は彼に早速アメリカでの研究所の可能性を相談したところ、彼はサンフランシスコに有る彼の財団での共同研究の可能性を示唆してくれました。あとでこのノエティック社というところを調べたら、大変由緒有る、しかも私が憧れるような研究財団であることが分かり、またまた新しい希望が出てきたのです。アー、体が3つくらい欲しいな。


写真は会場の模様


■ 2005年2月9日(水)‐10(木) バンクーバーセミナー

カナダバンクーバーの主催者は精神世界系の図書を扱っている、バンクーバーで1番大きな書店さんです。この書店のイベント担当ミカエルさんは、最初勇気を出して800名収容できる劇場を借りました。ところがその前売り券は瞬く間に売り切れとなり、希望者が後を絶たないのでもう1日セミナーをやってくれないかと彼から要請があり、私はそれを承諾しました。

ところがその切符もあっという間に捌けてしまい、さらに250名余が買えなかったという、凄い報告が息子の博正を通じてありました。どうしてこんな事になってしまったのでしょう。私は戸惑うばかりです。この町でももちろん例の映画「WHAT THE BLEEP DO WE KNOW?」は上映されていて、そのことが直接的にはこのような現象を作ってくれたのでしょうが、どうも私にはそれだけの事ではないように思えます。

結局、9日の日は400名、本来の予定であった10日の日は800名と、大変なお客様の数となりました。バンクーバーはこれで3回目ですが、ホップ・ステップ・ジャンプと陸上競技の3段跳びのように今回はその数を大幅に伸ばしてきたという感じです。何故こうなったのかは、このツアーの最後の方の当欄で書いてみたいと思います。

バンクーバーの宿舎のホテルから
見たイングリッシュベイの夕焼け
9日のセミナー会場風景 立ち見の人もいる
10日の会場の正面看板での
ソールドアウト表示 ミカエルさんと
講演終了後の会場風景

■ 2005年2月7日(月) UCサンディエゴセミナー

昨夜の興奮がまだ冷めやらぬなか、私たちはLAの息子の家から車で2時間半ほどの距離にある、UCサンディエゴに向かいました。昨日も名通訳をしてくれた、ロン加藤さんも一緒です。加藤さんはアメリカ生まれの日系3世の方ですが、私の理論をとてもよく理解してくれていて、昨年の9月以来、カリフォルニアでのセミナーは出来るだけ加藤さんに通訳をお願いしています。

それというのも加藤さんは現在世界救世教の、カリフォルニア支部にお勤めで、その創始者岡田茂吉先生の哲学に共鳴して、もう10年以上になるのですが、そのような下地が有るので、私の話もとてもよく理解してくださるのです。実際、私は救世教とは昔からご縁があって、本部の方には何度か講演会に呼ばれ伺った事があり、信者の方から「江本先生のお話は私どもの岡田茂吉師の教えと一緒です。」と何度も言われた事があります。

もう5年間も世界各地で講演活動を行っていて思うことは、やはり通訳の方の重要性です。いくら私が熱弁をふるっても、それを通訳の方がその雰囲気のまま間違えないで伝えてくれなければ、何にも成りません。過去においてそうでない通訳の方を当てがわれて、どんなにか残念で腹ただしい思いをした事か、意外とその回数は多いのです。

それは私の話の内容が、特殊だからでも有ります。精神世界、宗教世界、量子物理学、医学、歴史学、もちろん哲学などが織り交ざった、とても特殊なお話となってしまいますので、語学的なセンス、能力よりも、いわゆる個人的に「波動」というものに興味があってそれを少しでもかじった人でないと、ついてこれないのです。ロン加藤さんは、そんな中で私が出会えた大変貴重な通訳の方の一人です。

さてアメリカの大学では2回目となる今日の講演会は(1回目は4年前にハーバード大学で行いました)何と1000名もの人が来てくれる大講演会となりました。学生500人一般500人という比率だったそうですが、無料であった学生の方も最後までいてくれて、全員でスタンディングオべーションをしてくれた事、またまた感動のきわみでありました。もちろん加藤さんが、まるで私に乗り移ったような調子で名通訳をしてくれたおかげです。本当に私は幸せ者です。


開場を待っての長蛇の列が延々と続きました。


会場の様子


1000名のスタンディングオべーション


■ 2005年2月4日(金)-6日(日) サンタモニカ預言者会議

初日の最初の講演者は、この映画の監督ウイリアム・アーンツさんです。全員がスタンディング・オベーションで彼を迎えましたが、その波動の中に「素晴らしい映画を作ってくれて本当に有難う」というものを感じて、私は最初から胸が熱くなりました。昨年11月27日のWATER FOR LIFEフェスティバルの時の彼の話の調子とは、かなり違った調子で1時間を軽妙洒脱に喋り通し、観客はそれに酔いしれていました。何かウイリアム・アーンツ・ファンクラブの大会がこれから始まるよ、といった感じです。

この印象は結局最後まで続き、一つの「PHENOMENON」が完全にここにおいて立ち上がったと私は認識しました。きっとウイリアム・アーンツを始めとするこの映画の製作者たちは、このような「BLEEP」現象というものを最初から予測したわけではなく、ごく自然な現象として出てきたものを、その後見事に戦略化し、それに成功したのだと思います。そしてそれは、今このような新しい経済的付加価値を伴った、ひょっとしたら人類のポジティブな方向転換のきっかけとなるべき現象となるのかもしれません。

私は、あまり英語が分かりませんから、3日間の中で実際に講演を聞いたのは僅かでしたが、その中で一番感動したのは、やはり主演女優マーリン・マトリンさんのお話でした。彼女はご存知の通り聾唖の方で手話通訳が入ってのお話でしたが、それだけに表情が豊かで英語の分からないものには返って理解出来たのです。

彼女は1986年に「愛は静けさの中に」という映画でオスカーを取ったのですが、そんな事を全然感じさせない人で、何と4人の子供のお母さんだそうです。そして家にいるときは自分が女優である事をすっかり忘れて、ただひたすら子供たちの母親として、また夫の妻として尽くして来られたようです。おそらく、オスカー獲得後はあまり女優業はしていなかったんではないかと思われます。

服装もジーンズにシャツとまったく普通の格好でしたが、やはり私にはとても美しく見え、その話の内容といい、お顔の表情といいすっかりファンになってしまいました。あまり感動したものですから、一番前の席に座っていた私は、彼女の話が終わったあと、何か質問がありますかとの問いに、2番目に手を上げ「自分はあの地下鉄のシーンでの結晶写真を提供させていただいた江本ですが、あの結晶を始めてみたとき、どのように感じられましたか?」と質問をさせてもらいました。


主演女優のマーリー・マトリンさんとともに

彼女はすぐに私が誰であるかを理解したようで、思わず舞台から私のほうに歩み寄ってくれました。私もそれにすぐに反応して舞台に近寄り握手を求め、写真を撮っていいですかと許可を求め、秘書の根本君と妻の和子に撮影をしてもらいました。彼女は舞台の上からかがみこみながら、顔を私の顔のすぐ側に寄せてくれてポーズをとってくれましたが、何とその肝心の写真がピンボケとなってしまい、皆さんにお見せする事ができません。オスカー女優との顔を寄せ合ったツーショットがピンボケとはまったく残念です。

肝心の彼女の私の質問に対する答えですが、そんなわけですっかり舞い上がってしまって、どのように言われたのか覚えておりません。もっとも、それは最初からどうでもいい事だったのですが。

最終日のオオトリでの私の話は最高だったと、それに参加されたすべての方から言われました。確かに話が終わった時の皆さんの興奮と感動振りは凄い波動として私に伝わりました。大切な最終演者の役割を無事に果たせて、ほっとするとともに、また一段と自信と使命感を深めた、「預言者会議」への参加でした。


共演の女優さんとともに


私の講演の前に素敵な歌を歌ってくれたスーザン・オズボーンさん


講演中の私


■ 2005年2月3日(木) ロサンゼルスにて

1週間ほど、アムステルダムでの孫と一緒の生活で、すっかり癒されたあと、昨日私たち夫婦は、ワシントンDC経由でロサンゼルスに入りました。そして今度は次男夫婦が空港まで迎えに来てくれて、いよいよ今年の最初のアメリカツアーの始まりです。


次男夫婦の家の玄関の前にて
(手に持っているのは結晶写真がデザインとなったクレジットカード)

今回のスケジュールはサンタモニカでの例の映画出演者が殆ど出揃うコンファレンスに始まり、UCサンジェゴ大学、カナダ・バンクーバー、サンタクルーズ、ハワイのカウアイ、ビッグアイランド、オアフ、マウイでの講演会が予定されていて、出発前からどこも相当の前評判だと聞いており、とても楽しみな3週間です。

明日から3日間の「What The Bleep Do We Know !?」コンファレンスはサンタモニカの美しいビーチに面したホテルを殆ど借り切って行われるのですが、主催者は精神世界系では有名なプロのイベント業者で、いつも「預言者会議」(Prophets Conference)と称して、全米各地で大規模なコンファレンスを行っているところです。この「What The Bleep Do We Know !?」をテーマにした会議も、このサンタモニカを初めとしてこの秋までに、ボールダー、バンクーバー、ポートランドなどで、シリーズで行われる予定です。


映画「What The Bleep」をテーマとした預言者会議のポスター

明日から3日間のチケットは360ドルもするのですが、チケットはだいぶ前にソールドアウトになったということで、この映画のファン層がかなり経済的には余裕のあることがうかがい知れます。私の出番は最終日の最後、つまり最後を締めくくる重要な役割で、それまでは、じっくりとこのコンファレンスの雰囲気を楽しむつもりです。

【参考】会議のプログラムの概要


2月4日(金)

9:00-11:00AM
The film
(映画上映)
What The Bleep Do We Know!?
(私たちは一体全体何を知っていると言うの!?)
11:15-11:45AM
William Arntz, film Producer/Director
(ウィリアム・アーンツ監督)
Keynote
(基調講演)
11:45AM-12:15PM
William Arntz, Betsy Chasse, Mark Vicente
(ウィリアム・アーンツ、ベッツィー・チャッシー、マーク・ビセンティー)
Q & A with the filmmakers
(映画制作者たちへの質疑応答)
2:00-3:00PM
Marlee Matlin
(マーリー・マトリン)
with a special appearance by Aeon Spoke
(イーオン・スポークの特別演奏とともに)
3:15-4:15PM
Fred Alan Wolf, Ph.D.
(フレッド・アラン・ウォルフ博士)

THE YOGA OF TIME TRAVEL: A Bleeping Physicist' Prospective
(タイム・トラベルのヨガ)
4:30-5:30PM
William Tiller, Ph.D.
(ウィリアム・ティラー博士)

Some Science Adventures with Real Magic
(真のマジックを伴った科学の冒険のいくつかについて)
5:45-6:45PM
Jeffrey Satinover, M.D.
(ジェフリー・サティノーバー博士)

So Where Is The Brain Quantum? And More To The Point: What’S That Got To Do With Me?
(量子脳は一体どこにあるのか?そして神と私はどんな関係にあるのか?)
8:30-10:30PM

Panel: Hard Boiled Science, Soft Boiled Science, and Poached Science
(パネル:固茹で卵の科学、半熟卵の科学、落とし卵の科学)

William Tiller, Jeffrey Satinover, John Hagelin, Will Arntz
(ウィリアム・ティラー、ジェフリー・サティノーバー、ジョン・ヘイゲリン、ウィリアム・アーンツ)


2月5日(土)
9:00-10:00 AM
David Albert, Ph.D.
(デイビッド・アルバート博士)

The Central Foundational Puzzle of Quantum Mechanics
(量子力学におけるもっとも基本的なパズル)
10:30-11:30AM
Joseph Dispenza, D.C.
(ジョセフ・ディスペンザ博士)

Rewiring Your Brain to a New Reality
(あなたの脳の配線を新しい現実に合わせて張り直すこと)
1:30-2:30PM
John Hagelin, Ph.D.
(ジョン・ヘイゲリン博士)

Creating Peace: The Discovery of the Unified Field and its Practical Application to Prevent Crime, Terrorism, and International Conflict
(平和の創造:統一場の発見と、犯罪・テロ・国際紛争を抑止するためのその実際的な応用)
2:45-3:15PM
G. Cody Johnson, Conference Founder
(コーディー・ジョンソン、会議の創始者)

The Great Rethinking
(偉大なる再考)
3:30-4:30PM
JZ Knight
(JZナイト)

Self as Mind, Matter as Mind, Human as Architect, Divine is Experience
(心としての自己、心としての物質、設計者としての人間、聖なるものは経験である)
5:00-7:00PM
Panel: Dimensional Mind and The Experience of Creating Personal Reality
(パネル:次元的な心と個人的な現実を創造する体験)
JZ Knight, Miceal Ledwith, Joseph Dispenza, Robert Bailey Jr, Betsy Chasse
(JZナイト、ミハエル・レッドウィズ、ジョセフ・ディスペンザ、ロバート・ベイリー・ジュニア、ベッツィー・チャシー)

2月6日(日)
9:00-10:00AM
Dr. Miceal Ledwith
(ミハエル・レッドウィズ博士)

The Ultimate Challenge for Religion: the Quantum Age
(量子の時代:宗教に対する究極的なチャレンジの時)
10:15-11:15AM
Candace Pert
(キャンディス・パート博士)

Molecules of Emotion: The Link Between Body and Soul
(進化の分子:身体と魂のリンク)
11:30-12:30PM
Stuart Hameroff, M.D.
(スチュアート・ハメロフ博士)

Quantum consciousness: The brain’s connection to ‘funda-mental’ reality
(量子意識:基本的な現実への脳の結合)
2:00-2:30PM
Betsy Chasse
(ベッツィー・チャシー)

Down the Rabbit Hole: The Transformation of a Materialist - From Manolo Blaniks to Consciousness
(ウサギの穴を転がり落ちて: ある物質主義者の変容―マノロ・ブラニクから意識へ)
2:45-4:45PM
Panel: An Inquiry Into the Mysteries of Time, Water, Emotions, Microtubules, and Consciousness
(パネル:時間の神秘、水、感情、微小管、そして意識への問いかけ)
Fred Alan Wolf, Candace Pert, Stuart Hameroff, Masaru Emoto, David Albert, Mark Vicente
(フレッド・アラン・ウォルフ、キャンディス・パート、スチュアート・ハメロフ、江本勝、ディビッド・アルバート、マーク・ヴィセンティー)
5:00-5:30PM
Susan Osborn
(スーザン・オズボーン)
Concert
(コンサート)
5:30-6:30PM
Dr. Masaru Emoto
(江本勝博士)

Messages from Water
(水からの伝言)
6:30-7:00PM
Closing ceremony
(閉会のセレモニー)


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