Since August 25. 2003


11月 < 2004年12月 > 2005年1月


■ 2004年12月29日(水) 緊急発信

この稿お知り合いに廻してくだされば幸いです。

第2次災害は祈りで軽減できる。
全世界の皆さん、インド洋沿岸諸国に愛の祈りを捧げましょう!!

津波としては歴史上最悪の被害をもたらした今回の大惨事、亡くなられた方、そのご家族の方には何とお悔やみの言葉を申し上げたらよいのか分かりません。その霊安かれと、ただただ神に祈るばかりです。

さて本日WHOは、第2次災害としての伝染病の発生の可能性についての警告を発表しました。衛生状態が極端に悪くなってしまった現在、コレラなどの伝染病の発生は何時起きてもおかしくなく、その場合、その犠牲者は津波による犠牲者の数を下回る事はないだろうと言う恐ろしい内容のものです。

波動研究者として私もそのことを大変心配しています。衛生状態もそうですが、もっといけないことは、被害にあった諸国の“場”が著しくネガティブに低下していると思われるからです。それらの場とは“恐怖、悲嘆、不安、信頼の欠如、怒り、寂しさ、虚脱感”などの感情が作る場で、そのような場を好む性質の悪い微生物たちを元気にしてしまうからです。

これらの感情を現地の人が持ってしまう事は、もう避けようもありませんし、すでにあるものと考えなければなりません。被害にあった多くの人が一様にそう思い、また略奪などが多数発生しているようですが、彼らに対しての怒りや恨みの思いは、そのネガティブな場をさらに二乗計数的に低下させています。今までに現れていなかった、新種の潜伏していた病原菌が目覚めてしまう、という事まで考えなければなりません。

何としてもこれらのネガティブな場を軽減させなければなりません。それでなくてもこの世の中のいろいろなところで、テロや爆撃による恐怖波動が蔓延しており、それは油漏れによる引火寸前のガソリンスタンドのような状態になっていると私は思うからです。

それにはどうしたらよいのだろうか? 言うまでもなく、できるだけ多くの世界の人がかの地の人々に対して、その1日も早い安寧の回復を願っての祈りを捧げる事しか方法はありません。その祈りの波動はそれが純粋であればあるほど必ず届きます。ですから今日からの食事の前の祈りのとき、じっと目を瞑って手を合わせて、しばしかの地に対して祈りを捧げましょう。寝る前の数十秒をその祈りのために捧げましょう。そして年末年始の祈りの儀式の時には、必ず世界の平和を願っての祈りを、何よりも先に捧げましょう。

私は、過去10年来、水の結晶の研究を通じて、純粋な人の意識エネルギーというものは、距離には関係なくその願った地にある水の場を変えることができることを証明しています。そしてその祈りの波動の中で一番効率が高いもの、それは“愛感謝”の想いです。いまこそ、世界の皆さんの愛と感謝の思いをこの地球上のすべての水に捧げようではありませんか。


「愛・感謝」という文字を見せた水の結晶写真


■ 2004年12月24日(金) 仙台インプレッション社訪問

仙台のインプレッション社という会社は、健康器具を販売している会社で、昨年の10月に葉坂専務の紹介で、IHMがその結晶写真技術を提供するという前提で業務提携契約をした会社です。私の部屋には同社の製品である大きな高圧振動発生装置つきの椅子が置いてあり、私は時間があるときは、そこについているもう一つの機能、ヒーリングミュージックを楽しみながら、癒されています。

せっかく仙台に来たからという事で、私は今日その会社を訪れました。彼らに波動のこと、振動医学のこと、その具現化である結晶の事を話して聞かせたかったからです。当初1時間を予定していた私の話は、45分もオーバーしてしまいましたが、皆さんほんとに真剣に最後まで聞いてくれて、とても良い生徒さんでした。


僕の隣が小島社長、まだ36歳。
社員も全体的に若く、元暴走族など、
つっぱてた子が多いとの事、
その辺が僕が気に入ったところです。
ちなみに社名インプレッションは感動という意味。

自分で話していて思いましたが、水と波動、そして結晶の話は企業研修の場でもとても有効的だなと思いました。その根底は共鳴現象だからです。多くの企業が、このような原点に戻った社員研修、営業戦略会議をしてもらったら良いなと思います。


■ 2004年12月23日(木) 仙台出張

今日は天皇誕生日で祝日でしたが、川口で(株)石井主催の恒例のクリスマスセミナーに楽しく主席させていただきました。石井さん夫婦は故・中川雅仁先生の門下生でしたが、お師匠さんが亡くなられた後独立され、今ではご夫婦で全国的に、健康のための気功教室を展開されている方です。私たち夫婦とおしどり夫婦という共通項があるせいでしょうか、気が合い、もうこれで3回目か4回目のお呼ばれセミナーです。


石井さんのところのクリスマスセミナー

それが終わって、私たちは仙台に向かいました。葉坂専務の奥様に会いに行くためです。葉坂専務は名前を廣次と言って今年52歳になる、私から言わせれば青年ですが、最近私どもの会社の運営の助っ人に来てもらった方です。昨年の10月からは専務役をやってもらって、経営の方はほとんど彼に任せっぱなしの状態となりつつあります。なんで“つつ”かというと、彼は元々仙台で立派にご自分の会社を経営している人で、自宅も仙台、地盤も仙台ということで、本来は東京での仕事というのはあり得ないことだったのです。

それを僕が熱心に口説き落として来てもらったわけです。それは昨年の6月の事でした。そのときは一非常勤役員ということで来てもらったのですが、しかしその後の3ヶ月間の彼の仕事ぶりを見て、僕は彼に自分の片腕のような仕事をしてもらいたくなり、専務取締役に推薦したのです。

しかし非常勤と専務では文字通り勤務形態が違ってきます。仙台には家庭と自分の会社がある、これは礼儀として奥様や皆様にご挨拶して了解を貰わなければならない、ということでの仙台行きであったわけです。

葉坂さんの会社は、仙台駅から近くのビルにあり、そこには祭日にもかかわらず、社員の方が私を待ち受けてくれました。お会いした瞬間に、皆、素晴らしい人達だなと感じる事ができました。そう、IHMの社員と同じような波動を持っていたから、とても安心したのです。語らずもがなで、お互いに納得という感じです。

おりしも、近くで仙台スピコンが開かれているというので、その会場にちょっとだけ顔を出しました(スピコンとは、スピリチュアル・コンベンションの略で、小泉義仁さんが主催している精神世界系のフェアのことです。最近では東京以外の各地方都市でも開催されてきています。IHMも後援しています)。

スピコンのHP…http://spicon.org/

知っている顔が沢山ありました。IHMトレーディングの尾竹社長、今度IHMから独立してIHMプラニングの社長となった濱野計希君も早速営業のための出展をしていました。波動塾出身の小井川さんも、青野さんも、もちろん主催者の小泉さんも、前のセミナーをお手伝いしてくれた芳賀さん夫妻も…、波動仲間が一杯です。私の体験から、この東北の玄関である仙台は、波動という概念がなかなか普及しにくいところであったのですが、今日こうやって皆嬉々としてブースを出し、お客様にそれぞれの方法で波動のことを説明しているのを見て、波動のパイオニアとしてとても感慨深いものがありました。小泉さん、良い仕事をしてくれて、ありがとう。

さてそれが終わって有名な仙台のイルミネーションを車窓から見ながら、葉坂さんのお家へ、初めての奥様との対面です。普段は奥様のお母様とご一緒に住んでおられるようですが、今日は僕が来るということで高齢のお母様は、近くのデイケアーセンターに。僕ら夫婦同士で、20分ほどの距離にある和泉嶽温泉での食事会に出掛けました。


仙台のイルミネーション

結果的に俳優の藤田弓子さん似の可愛い奥様にもご理解を頂いて、私は正式に葉坂さんを身請けしたという感じですが、国鉄マン夫婦の一人娘として育てられた奥様・真理子さんをお嫁さんとした葉坂さんは、養子縁組こそしなかったようですが、そのお父さんに大変可愛がられたようで、その辺の微妙な心模様がなんとなく私たちの相互理解・信頼に役立ったようにも思います。なぜなら私の父も厳格な郵政マンでしたから。

とにかく、今回の仙台行き、めでたしめでたしでした。


■ 2004年12月22日(水) 竹内文書とのご縁・高坂順代さん来社

高坂順代さんは、2年前の10月にわずか54歳で亡くなった、高坂和導さん(竹内文書…徳間書店刊の著者)の奥様です。私とは初対面でしたが、今日私がお招きして事務所に来ていただきました。

なぜ彼女をお呼びしたのかというと、それは次のような経緯によるものです。「What The Bleep Do We Know!?」の制作者、ウイリアム・アーンツ氏から12月に入ってすぐに、メールが来ました。それには「帰って荷物をあけたら、1冊の興味深い本が入っていた。“Takenouchi Monjo”(タケノウチ・モンジョ)という本だ。誰から貰ったのか記憶がないのだけれども、とても興味深い。仲間にも見せたら、是非欲しいという。何冊か欲しいのだけれども、送ってくれないか」と書かれてありました。

私はすぐに11月27日のフェスティバルの当日、スタッフから渡された1枚の名刺を思い出しました。それが高坂順代さんの名刺です。“ハハーきっと彼女が、アーンツさんに本を渡したのに違いない”と思って、私はすぐに秘書に確認を取ってもらいました。やはりそれが彼女だったと確認が取れたのは、私がロサンゼルスにいる時でしたので、帰る早々お会いしたいということで、今日のアポとなったのです。

問題の「竹内文書」というのは,皇祖皇大神宮の管長職を務める竹内家に代々伝わってきたもので、超古代の歴史書ですが、私は不思議な事に偽書といわれるこの書物と縁が深く、もう8年ぐらい前からいろいろな形で関わっています。高坂和導さんは現代の竹内文書研究家としては一番有名な方で、その著書は1995年に出版されて以来かなり売れているようです(私が持っている本は2000年7月で10刷となっています)。その高坂さんとは2年ほど前に対談して、その模様を月刊「波動」にも掲載しました。そしてその折に、英文で翻訳したものを持ってこられ、それを海外で出版をしてもらいたいので、是非紹介をして欲しいと依頼されましたが、その2ヵ月後に急逝されてしまいましたので、その話はそのままになってしまっておりました。

お会いした高坂さんの奥様に、そのことをお話したのですが、奥様はそれをご存知ありませんでした。ご主人がご存命の時は、奥様はご主人のお仕事にはあまりタッチされていなかったようで、亡くなって初めてご主人の遺志を継ぐのが彼女としての勤めと思い、最近になってようやく英訳を全部完成させたということでした。

私としては亡くなったご主人から頼まれた事が、ここにきてまた強く浮かび上がってきて、これを何とかお手伝いしようと思うこととなったのでした。そして、この事については、これからいろいろと面白い進展があるものと予測されますので、その都度本欄においても報告させていただこうかと思っています。


■ 2004年12月21日(火) 大阪経済大学の日記の訂正

ロサンゼルスから今日帰ってきたら、自宅の私の机の上に、大阪経済大学の徳永教授から届いたという、私の講義を聴いての生徒たちの感想文のコピーが、置いてありました。それを会社から持ってきた妻に私は言いました。「疲れてるのに、今読まなくちゃいけないの?」すると妻は「読めば疲れが取れるわよ。私全部読んだんだけど、とても感動しちゃった。」と言うのです。

というわけで、食事の後にそれらに目を通して見ました。全部で100枚以上ありましたから、なかなか大変な作業です。しかしぺらぺらと紙をめくっているうちに、だんだん私を元気にさせるような文章が、次から次へと飛び込んできました。いわく「今まで聞いた講義の中で一番面白かった」「歌わなくて御免なさい、本当は歌いたかったんだけど」「遠いところ良い話を本当に有難うございました」「目から鱗の話でした」等々どれもが私に対しての御礼と、話の内容に感動したというものばかりだったのです。

12月9日付けの日記では、さんざん現代大学生についての批判を書いてしまいましたが、皮相的でした。訂正してお詫びいたします。

しかし、それにしてももう少し愛嬌、喜怒哀楽の表情があっても良いですね、と引き続き思ってはおります。今度は情操教育の不足であると言っておきましょう。

徳永先生、大変失礼しました。そして有難うございました。


■ 2004年12月19日(日) お庭での小セミナー

今回のロス訪問は特にセミナーを予定しておりませんでした。しかし海外に来てセミナーが一度もないと言う事は、何かからだの調子がおかしくなってきます。この4年間の慣習で、体調のコントロールが週に4回は必ず予定されていたセミナーを基準として行われていたせいなのでしょう。どうもワーカーホリックならぬ、セミナーワークホリックになってしまったようです。

そんなような雰囲気になっていたところに、息子が「急なんだけど、所長(彼は私の事をこう呼ぶ)がこちらに来ていることを知って、ある瞑想グループが小セミナーをやってくれないかと、連絡があったんですけど、どうしますか?」と聞くのです。3日ほど前の事でした。私はもちろん二つ返事でこれを受けました。

きょうその小セミナーが行われました。マリーナデルレイという有名なヨットハーバー近くの、とある小さな民家でそれは行われました。さすがの私も、「え!?ここでやるの?」と思わず息子に言ってしまいました。一番広い部屋でも10人も入れるかどうかのスペースしかありません。

「いや、ここではなく庭でやるそうです」と息子が言います。見ると15坪ほどの中庭があり、そこに折りたたみ椅子が30脚ほどと、スライド用の小さなスクリーンが用意されていました。それにしても素晴らしくよい天気の日で、カリフォルニア特有の真っ青な空と、冬とは思われない暑い日ざしが照り付けています。果たしてここでスライドの映像が写るのかなと大変心配でしたが、主催者の方が、どこからかテントの布のようなものを持ってきて、スクリーン周りをそれで覆いました。そしてこちらに来て購入したプロジェクターの性能がかなりパワーのあるものでしたので、何とか映像が写るようになりました。

1時からの予定が1時半からになりましたが、かって経験した事のない真昼の野外でのセミナーは、満席!?のお客様を迎えて、始まりました。しかし今日も通訳を買って出てくれたロン加藤さんの名通訳のせいもあってか、あるいは久しぶりのトークと言う事もあってか、私は次第に乗ってきて、まあよく喋った事、喋った事。次の用事のため3時半ごろ帰られた加藤さんに代わって、今度は4月の時のセミナーの通訳、坂井奈津子さんが通訳をこれまた買ってくれて、終わったのは結局5時頃、都合3時間半のロングセミナーとなりました。

短い告知時間にも関わらず集まってきてくれたお客様も、みな最後までいてくれてきっと大満足されたのではないかと思います。

それにしても私はおしゃべりが好きだ。


■ 2004年12月16日(木) サンフランシスコへ

今日はサンフランシスコで海外出版物紹介業を、世界的レベルで行っているマンフレッドさんという方に会いに行くため、息子を連れてサンフランシスコまで出掛けました。日本から葉坂専務も直行してきてサンフランシスコ空港で待ち合わせです。マンフレッドさんはドイツのコーハ出版社の社長コンラッドさんの紹介で、もう30年以上この業界で世界的に活躍されているプロ中のプロと言う事でした。

日本からわざわざ葉坂専務が来た理由は、ここに来て急激に火のついたアメリカ市場を、私の会社IHMのビジネス部隊長である彼が実際に訪れ、いろいろな人に会い、その対策を立てようという目的です。特に今後は各種出版事業においてその需要が求められるであろうと私たちは予測しています。

マンフレッドさんのオフィスは金門橋を越えた入り江の向こうの高台の、見るからに高級住宅地という感じのところにありました。どうやら自宅もそばにあるようですが、このオフィスがなかなかなもので、コンラッドさんから聞いていたその辣腕振りがうそではない事が、すぐに分かります。

私たちは彼からアメリカや世界の出版業界のシステムや仕組みをいろいろと教わり、大変参考になりました。なるほどなあ、やはりこれからは本当の国際的ビジネスをやってゆく事になるのだから、マンフレッドさんのようなプロと相談しながら、あるいは任せながら、そして郷に入らば郷に従う、と言うような気持ちを持っていかなければならないのだと葉坂専務は思ったようです。

私にしてみれば、そのような細かいビジネスにおける話よりからも、その夜共にした日本料理レストランでのマンフレッドさんとの酒を酌み交わしながらの会話からの方が、いろいろと分かったような気もします。やはりすべては、相互信頼からだと。彼の顔、素敵でしょ?


マンフレッドさんとともに


■ 2004年12月15日(水) ミランダさんのワークショップに参加

今日は夕方の7時からサンタモニカ大学で行われたミランダさんのワークショップに参加して、普段ミランダさんがどのような形で、ヒーリングをされているかを勉強に行きました。会場がとても素敵なところで、集まった約100名の方もいわゆる良い波動を持った方々ばかりで、日頃の彼女のありようが偲ばれて、とても嬉しく思いました。


左側に貼られているのが、
当日皆さんが持ってきたペットの写真

まず彼女の話が30分ほどあり、その後はペットと飼い主の関係のコンサルティングをする事によって、両者を癒してしまおうと言うコーナーです。その手法は相談を受けたい来場者がペットの写真を持ってきて、彼女がその写真を見て分析をするという方法です。適切なる指摘を受けた飼い主の中にはその場で涙ぐみ、すっかり納得したという方が多く、これ、日本でやったら良いかもしれないと、また思ってしまいました。

実際にワンちゃんを連れてきたお客様もいましたが、そのペットの対象は犬や猫だけでなく、馬や鳥など他のどんな動物でもよく、それらの写真が実際に持ち込まれていたようです。

そして次のコーナーを見て私はびっくりしてしまい、自分の感性、ミランダさんと本を書こうと思ったことが間違いではなかったということを確信しました。そのコーナーとは相談者が10分ほど水の入ったボウルを持っていて、ミランダさんがその水に語りかけ、相談者の現在抱えている問題点を感知し、コンサルティングをするというものです。

まるで私のMRAと言う波動測定器を使った波動相談とそっくりです。私は機械を必要としますが、彼女はそれを必要としないわけです。自分の体がセンサーであり治療器なのです。私は以前からやがてこのような人が出てくるだろうと予言していましたが、まさに彼女はその人だったのです。

彼女の話が終わって、彼女は会場の皆さんに私を紹介してくれて、私は20分ほどお話をさせていただきましたが、あらかじめ勧められて息子が持参した「水からの伝言」が60冊も売れた事にはびっくりしました。なぜなら今までは100人来れば30冊売れれば良いほうだったからです。余り長く詳しく、沢山スライドを見せてしまうのは本の売れ行きの点では良くないのかな?

それはともあれ二人の共著、是非楽しみにお待ち下さい。


■ 2004年12月14日(火) ミランダさんとの対談(2)

そんな事があってから約5ヵ月後の9月12日、私はサンタフェでのセミナーに臨みました。例の映画の影響があって820席ある会場はぎっしり、200名ほどの人が入りきれなかったようです。そんな中で、また一番前の席にあの二人(?)がいるのです。後で聞いた話では、ミランダさんの家はサンタフェにあり、ロスには仕事場があるという事でした。

私は舞台から二人に会釈して話を始めました。熱気ある超満員の観衆の前で話をするのはとても気持ちが良いものです。得意のジョークもかなり受けたりして、話は例の共鳴のところ、音叉のデモンストレーションのところに来ました。大きな劇場ですから私はいつもよりも大きな声で「ワー!!」っと440ヘルツ、ハ長調のラの音を発声しました。すると間髪をいれずフイスパーが今度はワンワンと大きな声で吠えたのです。私は彼女たちの事を忘れていましたからびっくりです。でもすかさず、「そうこれが共鳴です」と会場の人に伝えました。皆さん大喜び大爆笑となったのは言うまでもありませんでした。

こんな事があったものですから、私のミランダさんと一緒の本を出そうと言う思いはその時にはっきりと形になりました。そしてその事を彼女にセミナー終了後お伝えしたのです。彼女は狂喜するばかりにそれを喜んでくれました。

それからちょうど3ヵ月後、私は彼女との約束を守るためにロスに来ました。あらかじめ私が考えてきたシナリオに沿って話は、昨日と今日の2日間、充実して行われました。二人の通訳(ミランダさんには手話通訳、私には普通の通訳)が必要なものですから、日本人同士の対談と比べれば4倍かかる事になるわけですが、とてもスムースに事は進みました。私の通訳をやってくれた坂井奈津子さん(4月のセミナーの通訳の方)が事前にミランダさんのセミナーに2回も行ってくれたりして、事前勉強をしっかりしてくれていたおかげです。


ロスの息子の事務所で行われた対談風景

出来れば、来年の5月頃には日米同時出版が出来ればと思っています。まだ出版社には声を掛けていないので、ご関心のある方はご連絡下さい。内容は「見えない世界を見えるようにした男、聴こえない世界を聴こえるようにした女」的な感じとなるでしょう。


■ 2004年12月13日(月) ミランダさんとの対談(1)

実は今回のロス入りのメインの目的は、ミランダさんという方との対談のためでした。彼女と僕とで本を出したいと思い、かねてより今日の日を約束していたのです。彼女の事については過去の日記でも少し触れていますが、何故本を出したいと私が思ったのか、その経緯は次の通りです。

今年の4月のロサンゼルスセミナーの時の事でした。一番前の席に犬を連れた品の良い美しい女性が熱心に私の話を聞いているのに気がつきました。話しながら注意して見てみると、どうも普通のお客様とは違うようです。そしてかなり大きいゴールデン・レトリバーがとても大人しく、しかも時折私や、スライド写真の方を見てはご主人の方を見上げています。

さらに音叉を用いての共鳴の説明で、私がいつものようにアーっと大きな声を出した時、そのワンちゃんは、急にそわそわして立ち上がりぐるぐると、回り始めるような素振りを見せ始めました。まるで今にでもワンワン吠え始めるような所作で、私はここで啼いてくれれば、共鳴現象の説明にピッタリなんだけどもな、と期待しましたが、その時はご主人にたしなめられて、また静かにうずくまりました。

セミナー終了後、ウーン何とかあのワンちゃんに触りたいなと、大の犬好き妻のためにも思いましたが、何とその後行われた懇親会にもその女性とワンちゃんは出席してくれたのです(下の写真)。そして彼女とワンちゃんとのことを通訳を通じて初めて知らされ、「アー、なるほど」と理解しました。


ミランダさんと聴導犬フイスパー

彼女は若い時に交通事故のため聴覚神経を損傷し、聴覚能力がだんだんと衰え、今から15年位前から殆ど聞こえなくなってしまったと言う事です。そして一緒にいたワンちゃんは名前をフイスパーと言って聴導犬だったのです。だからセミナーの時に私の出した声に共鳴して吠えたかったのだけれども、日ごろから、吠えないように訓練されている聴導犬のゆえに、あのようにそわそわした態度を見せた、と言う事だったわけです。

そしてさらに彼女は、犬を始め、動物たちとコミュニケーションが出来ると言う事を知りました。だからフイスパーが私が見せた結晶写真を見て、これは好きだ、これは嫌いだと彼女に伝え、それは人間の感覚と全く同じものでしたよ、と伝えられました。そうか僕の結晶写真は人間のみならず、動物たちにも分かるのかと私は素直に喜び、そしてその時、彼女らと本を出版するのも面白いかもしれないと言う考えが脳裏をよぎったのでした。

(明日に続く)


■ 2004年12月11日(土) ロサンゼルス出張

今日から10日間ほど、ロサンゼルスの波動パブリッシングUSAへ出張です。この会社は3ヶ月前に設立され、息子の博正とその妻のジェイミーを長期出張という形で10月の半ばに出しました。私の仕事に関するアメリカ市場がブレイクし始め、その需要に応えるべく前線基地を出したと言う感じです。

仮オフィスはロサンゼルス空港から20分くらいにある便利なところで、そこに日本から私の著書などが送られ、そこからアメリカの市場にそれらを発送する仕事がすでに始まっていました。1年ほど前に殆ど親にも相談せずに、ホットな国際結婚をしたばかりの若い二人ですが、ジェイミーが、息子より英語が堪能と言う事もあって(フィリピン出身)お互いに助け合いながら元気に、楽しそうにやっている姿はほほえましく、親としてホット一息と言うところです。

今日は、ロン加藤さんと言う前回の私のセミナーの名通訳をしてくれた人と、皆で食事をしました。彼は日系3世のアメリカ人で世界救世教の始祖、岡田茂吉先生関係の財団の仕事を長くしている人で、私の理念に心から共鳴してくれていて、来年のアメリカツアーでも、何回か通訳をしてくれる事になっています。元々アメリカの大学でマーケティングのMBAを取得した人でもありますので、今後何かとご協力を戴こうと思っている方です


手前左側が息子夫婦、奥が加藤さん、
     手前右側がもう一人の息子

今回は妻の替わりに日本からもう一人の息子を連れてきました。遠い外国でもこうやって家族4人とそして気のあった仲間と食事が出来ることとても幸せに思います。


■ 2004年12月10日(金) 浦安市長訪問

私の家は東京ディズニーランドのある浦安市にあります。ちょうどディズニーランドが開場したときからですから、もう20年来の浦安市民です。東京湾を見渡される高層マンションの19階に住んでいますので、毎朝日の出が楽しめ、夜はディズニーランドの花火も見えて、楽しんでいます。また成田や羽田にもとても近く便利なところですので、私のように出張の多いものにとっては最高のロケーションです。

しかしこの間仕事が忙しすぎて、地元の行事には全く参加した事がなく、夫婦共働きですから、近所付き合いもほとんどなく、あまり良い住民では有りませんでした。せいぜいした事と言えば、「水からの伝言」を出版した時、地元の図書館や小中学校に1冊づつそれを寄贈したぐらいなことでしょうか。

ところが数か月前、IHMネットデザインの望月君から次のようなメールが来て、浦安市の松崎市長が私の研究についてご存知で、それを市の広報メールに紹介をしてくれている事を知りました。

 知っていたり、古い情報だったらすみません。
  浦安市市長が『水からの伝言』についてコメントしています。
 よろしくお願いします。
 --------------------------------------
  IHM NetDesign  望月孝彦
  〒357-0038 埼玉県飯能市仲町 21-22-803
  Tel/Fax.042-973-5019 (IP:050-3401-1975)
  携帯:080-3250-7657
  mail:openheart7@nifty.com
 --------------------------------------

こんにちは市長室です
ありがとうの波動(広報うらやす2003年3月1日号に掲載)
2004年4月17日

  今、「水」を凍らせた結晶写真の本が静かなブームを呼んでいます。
 題して「水は答えを知っている」。著者は江本勝氏という波動の研究で有名な学者です。
  この本におもしろい実験が載っています。その一つに、ガラス瓶にご飯を入れ、「ありがとう」と毎日声をかけ続けたところ、一カ月後、麹のような芳醇な香りがし、発酵した状態になったのに対して、「ばかやろう」という言葉をかけ続けたご飯は、真っ黒に腐敗してしまいました。
  さらに、まったく声もかけず無視し続けたご飯の瓶をつくったところ、「ばかやろう」と声をかけたご飯よりも、先に腐ってしまったそうです。
  これらの実験は、もともと、物理学の中の量子力学と呼ばれる世界で常識となっている「全ての存在は、振動しており、それぞれが固有の周波数を発して、独特の波動を持っている。」ということの証明を、水の結晶を使って行われたものです。
  その結果、単なる物質だけでなく、何と言葉や文字までもが、ある独得な「波動」を発していることが水の結晶写真によって証明されたというのが、この本のテーマです。
  それは、「ご飯の実験」でも「水の結晶写真」でも、「波動」には良い波動と、悪い波動とがあり、よい波動を持つ言葉や文字は、ものを良い性質に変えていき、逆に悪い言葉や文字は、どんなものでも破壊の方向へと導き、エネルギーを奪い取るのだそうです。
  水の結晶の実験では、「愛と感謝」の文字を見せたときが、最も完璧で美しい結晶が現れました。
  意外にもこの結晶は、「愛」だけの文字を見せたときよりも、受動的と思える「感謝」の文字を見せたときの結晶によく似ているそうです。
  「感謝」の波動の方がよりパワフルで、強く影響していると考えられます。
  これらのことは、子どもたちの「いじめ」による自殺の一番の原因が「無視」、次に「言葉の暴力」であることと結びつかないでしょうか。
  「愛と感謝」の気持ちを込めた「ありがとう」の言葉が、これからの世界と時代を変えていくのかも知れません。
  次代を担う子どもたちに、まずお手伝いをしてくれたとき、「ありがとう」と声をかけてみませんか。
  輝く瞳の青年に育つかも知れません。

浦安市長 松崎秀樹
(広報うらやすNo.735 2003年3月1日号に掲載)
浦安市役所 〒279-8501千葉県浦安市猫実1-1-1 電話047(351)1111

*****

このような情報があったものですから、さる11月22日の映画の試写会の時に、忙しいから無理だとは思いましたが、一応招待状をお出ししておきました。そして意外にもご出席を頂いたことを後で知りました。なぜ後でかというと、後半まで映画を見られて、次の予定があるため途中で席を立たれたからです。

ご挨拶もしないでこれは申し訳のないことをしたと、私はフェスティバルの終わった後、市役所に電話をして、今日の面会のお時間をいただいたのです。

40分ほどの時間の中で、私は市民の水や環境問題についての意識高揚のための講演会の提案など、自分に出来ることについていろいろと提案させていただきました。市長も喜んでくださり、前向きに検討してくださるようです。地方自治体と組んで何かをやりたいと以前から思っていましたが、それが自分の住む町であれば理想的ですので今後の成り行きを楽しみに待ちたいと思います。


■ 2004年12月9日(木) 大阪経済大学でのセミナー

今日はかねてから楽しみにしていた、大阪経済大学で学生を対象にしたセミナーのある日でした。大学でのセミナーは以前北海道の酪農学園大学で行っただけで、「水からの伝言」を出版してからは初めてのことです。海外では、ハーバード大やサンパウロ大など良くあることなのですが、日本の大学の先生たちはまだ頭が固いようです。

行ってみて分かったのですが、担当の徳永教授(農学博士)という方が大変頭の柔らかい素晴らしい方で、私の他にもユニークな研究をしておられる民間の先生や日本一のスイカを作っておられる農家の方などを呼んで生徒に聞かせているようでした。やはり、大学は教授次第です。

さて凄いやる気で臨んだ60分ほどの講義でしたが、拍子抜けで終わってしまいました。200名いた学生たちはとても静かでした。静かなのは良いのですが、何かぜんぜん反応が見えない、聴こえないのです。一人の生徒は授業中なのにも関わらず、携帯を取りだして見てばかりいたらしく、先生に見つかって退場させられていました。


大阪経済大学でのセミナー

もちろん、多くの学生は熱心に聴いていたのでしょうが(実際終了後、5人ぐらいの学生から質問があった)、いくら熱心に話しても問いかけても、無表情、共鳴の説明のところでも、一緒にドレミファソラシドを歌いましょうと何度言っても歌わない、すなわち共鳴しないのです。

他のところなら、誰でも驚いたり、笑ったり、ため息をついたりするような結晶写真を見ても、何も反応がない。一体全体日本の教育はどうなっているのだろうと、期待して行っただけにその失望感は大きいものがありました。これからは大学生よりも幼稚園や小学校の児童たちの方を優先しようと思ったくらいです。

講義終了後、徳永先生とその関係者で懇親会を行いましたが、先生も今の教育システムに問題を感じているらしく、同じ考えを持つ先生方と何かと改革案を話し合っているようで、徳永先生の外部から講師の先生を招いて生徒に聞かせるというのも、その一環のようです。私は自分に何か出来ることがあればお手伝いさせて欲しいと申し上げて、東京への帰途に着きました。あーあ、疲れた。


■ 2004年12月7日(火) 瀬戸さん一家との会食

今夜は「水の詩」を作ってくれた瀬戸さん一家、(龍介さん、イレーヌさん、花世さん)と、この素晴らしい歌の世界展開についての打ち合わせを兼ねた食事会を行いました。私のほうからは妻と葉坂君が出席です。

私は来年も世界中を廻るスケジュールがすでに組まれています。その時にこの「水の詩」と共に歩きたい、セミナーのオープニングなどに必ずこの曲を皆さんにお聞かせしたいというような思いを、瀬戸さんご一家にお話したところ、大変喜んでくださりました。そしてみんなでその作戦会議を楽しく行いました。


瀬戸龍介さん、イレーヌ夫人とともに


瀬戸花世さん

この詩の原詩は私が作ったものです。それは次のようなものでした。

私たちは水です
でも、私たちは水のことをどれだけ知っているというのでしょうか
実はほとんど何も知りません
だから私たちは自分のことを何も知りません
例えば私たちは何処から来たのでしょう
何のためにここにいるのでしょう
そして死んだら何処に行くのでしょう
何も知りません

私たちは水です
水は実は宇宙から来ています
だから私たちも宇宙から来ているのです
この地球に愛と感謝を与えるために
その役割を終えたとき私たちはまた次の星に行きます
それを果たせないとき またここに踏みとどまり やり直ししなければなりません
愛と感謝の思いを持てるまで

私たちは水です
水をもっと理解しましょう
そうすれば 自分を理解できるようになります
水の好きな言葉 それは愛と感謝
そして調和と循環

水に愛と感謝の思いを伝えましょう
お水さん 愛しています
お水さん 感謝しています
お水さん 尊敬しています

それに対してお父さんの瀬戸龍介さんが、次のように上手に歌いやすく作詞してくれました。

「水の詩―WATER SONG」
作詞・作曲:Aman Ryusuke Seto
監修:江本勝

宇宙の彼方に 光る星
青い地球は 水の星
光の河を 越えて Milky Way
人は何故 地球に来たの?

どこから来て、どこへ行くの?
何の為に 生きて行くの?
All We Need Is Love !
All We Need Is A Thank You !
愛と感謝と人のハーモニー

もっと 水と 話してごらん
きっと 心が 透明になる
そっと やさしく 心の歌を
とどけてごらん 愛のメロディー

遠い空から 雨になって
地球に降る 愛の光り
All We Need Is Love !
All We Need Is A Thank You !
愛と感謝と人のハーモニー

宇宙の彼方に 光る星
青い地球は 水の星
All We Need Is Love !
All We Need Is A Thank You !
愛と感謝と人のハーモニー
愛と感謝と水のシンフォニー

「WATER SONG」
Music by Aman Ryusuke Seto
Word by Luvian Hanayo Seto


Far across the universe, this shinning star,
Silver Blue, water star, Our Earth beautiful!
Flying through the Milky Way, river of light,
I wonder why I am here, standing on this Earth.

Why do we breath this air? Where do we go from here?
Let us ask ourselves, the water in each of us.
All we need is Love
All we need is a Thank You.
I will give this simple gift
All one in Harmony.

Listen to the voice within, the water inside of us,
Rippling through our soul, dancing Crystal clear.

Sing to her, a melody with soft angel voice.
You can change anything, delivering Harmony.

Raindrops falling from the sky, Nature's greatest gift.
Bringing blueness to our Earth, with Light of Love.
All we need is Love
All we need is a Thank You.
I will give this simple gift
All One in Harmony.

We can all hold our hands, sharing light and harmony.
Embracing our hearts, with Light of Love.
All we need is Love
All we need is a Thank You.
I will give this simple gift
All One in Harmony.
I will give this simple gift
All One in Symphony.

そしてやはり龍介さんが作曲してくれたその旋律がまととても素晴らしく、もう何度も聴いているのですが、そのたびに鳥肌が立つような感じとなるのです。

お嬢さんの花世さんが主旋律を歌っているのですが、彼女の声がさわやかな美しさを持った声で、なんとも言えず魅了されてしまいます。そしてこの曲を聴いた水は「愛・感謝」ととてもよく似た結晶を作ったのです。

「愛・感謝」という文字を
見せた水の結晶写真

「水の詩―WATER SONG」
聞いた水の結晶写真

私はこの曲を携えていつかはあなたの土地にも行きたいと思います。どうぞ楽しみにしてお待ち下さい。


「生命の水フェスティバル」で 「水の詩―WATER SONG」を歌う
AMAN(アマン) 龍介 SETO さんと
LUVIAN(ルヴィアン) 花世 SETO さん


午前中の飛行機に乗って会社に着いたのは、お昼過ぎとなりました。午後3時からはハンガリーのヤカブさんと打ち合わせ、それが終わって中野まで出掛けます。今日まで中野サンプラザでプラニック・ヒーリングの講習会をやっていたドクター・ヘーゼルさん一行と会食をするためです。

ヘーゼル先生はフェスティバルのプログラムの中でも頑張ってくれて300名ぐらいの人を集めてくれました。そしてこの4日間の間は、基礎編・上級編それぞれ2日間ずつのワークショップをやってくれて、それが今日終わったのです。つまりプラニック・ヒーリングは私が思ったとおり日本で大成功の幕を開けたのです。


フェスティバル2日目の11月28日午前中の
ヘーゼル・ワルダー博士の講演(1)


フェスティバル2日目の11月28日午前中の
ヘーゼル・ワルダー博士の講演(2)


ヘーゼル・ワルダー博士のプラニック・ヒーリングの
基礎編ワークショップ

私がヘーゼル先生と出会ったのは2年前のことで、私をオーストラリアのメルボルンに呼んでくれてセミナーを主催してくれた時のことでした。その時は500名ぐらいの人が来てくれて、なかなか動員力のある方だと思っていました。その時に彼女から日本でのこの技術の普及を依頼され、私は何とかしてその機会を作るからと約束しました。

その半年後私はオーストリーのウイーンで1500名、同じくザルツブルグで1400名の人を集めてくれたブルギという女性に会いました。そしてその更に半年後、アメリカのミネソタでテリーという女性に会いましたが、彼女は普通の主婦にもかかわらず、1200名もの人を集めてくれたのです。そして驚いたことに、彼女たちは皆プラニック・ヒーリングの実践者だったのです。

中野の小さなベジタリアン・レストランで私たちはおいしい食事を取りながら、今後のことについて話した結果、来年2月にもう一度へーゼルさんは日本に来て講習会をやって頂くことになりました。ヒーリング・パワーを身に付けたい方には朗報です。詳しくは月刊「波動」1月号をご覧下さい。


::::::::::Copyright(C)2003 Masaru Emoto All Rights Reserved::::::::::