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■ 2004年11月29日(月) 休む間もなく…

皆が喜んでくれて本当に良かった。延べ3,500人ぐらいになったお客様も、外国から来た出演者やお客様も、日本の出演者の方々も、そして会を支えてくれたスタッフの皆も、本当に喜んでくれたと思います。人が喜ぶことをしたい、考えてみればそれが僕の小さい頃からの生き方であり、実践しようとしてきたことでもありました。でもたびたびそれを失敗してしまい、逆効果になってしまうことがありましたっけねえ。

…と、そんな感慨にふけっている暇もなく、今日は宿泊先のホテルに朝の8時半から、アメリカ・シアトルのラジオ会社からインタビューの電話が入りました。あらかじめ予定されていたものなので、シアトルに本拠地を持つアーンツ氏に来てもらって紹介したところ、相手のパーソナリティーがびっくりしてかえって混乱してしまったようです。生放送でしたから、僕の英語が皆さん分からなかったのでしょう。また人を喜ばそうとして失敗してしまいました。

インタビューは正味1時間続いたシリアスなものでした。もちろん電話の向こうには通訳の人がいましたから何とかなりましたけれど、もう少し英語を話せたらなあとつくづく思います。皆さんも今のうちからどうぞ心がけてくださいね。

夕方の5時からハンガリーから見えたヤカブさんのセミナーをIHMのセミナーホールで開きました。彼には充分に話をしてもらう時間が与えられなくて、急遽、今日実行委員の打ち上げ会もかねて行うことになったのです。彼の理論は私の水の結晶の現象を科学的に裏付けるもので、立派な著書もハンガリー語ですが出されており、それを日本で出版しようではないかという動きも、参加者の中から出たりして、結果としてヤカブさんに対してよいことが出来たように思います。


ヤカブさんの著書

それが終わった後、実行委員の皆さんと、IHMのスタッフ、何人かの外国からのお客様と一緒に、本当の打ち上げです。皆さん本当にご苦労様でした。そして有難うございました。


■ 2004年11月28日(日) 「生命の水フェスティバル」2日目

またまた秘書課の古谷です。フェスティバルの初日のご報告をしたのだから2日目もしなくては、と思いここに記させていただきます。

今日はやはり二日目という事で気持的に余裕があり、準備中も楽しみながら時間が過ぎて行きました。昨日あんなに大成功だったのだから今日だって、という気分です。そしてそれは見事的中、その日の映画、「地球交響曲第五番」上映中にこっそり大ホールに忍び込もうと思ったのですが、会場はほぼ満員状態で暗い中、空いている席は見つからなく止むを得なく断念しました。その中、私の母も来ており、その夜あの映画のあそこが良かった、ここが良かった、と見ていない私をもっと悔しがらせていました。

さて2日目、28日のメインゲストと言えばその映画にも登場したアーヴィン・ラズロ博士。博士の講演に続いて、ブダペストクラブ日本コーディネーターの伊藤重行さん、ブダペストクラブ名誉会員で指揮者の小林研一郎さん、そしてブダペストクラブ日本アンバサダーの柴田光廣さんによるブダペストクラブの紹介がありました。小林研一郎さんはお話がとても苦手と聞いていたのですが、龍村監督に促されてステージに上がると、とても感動的なお話をしてくださいました。


アーヴィン・ラズロ博士の講演
「あなたは世界を変えられる」

さらに、佐治晴夫博士が加わって、ラズロ博士、龍村監督、江本勝の間での対談となりました。私個人的なその日のハイライトイベントはその博士のピアノ演奏でした。ラズロ博士は著名な科学者である上に天才的なピアニストでもあると聞かされていました。


向かって左から、龍村仁監督、アーヴィン・ラズロ博士、
佐治晴夫博士、江本勝

対談の終わり頃に監督がピアノ演奏のことを切り出しました。そしてラズロ博士がステージの上のグランドピアノの前に座っただけで観客の方々の期待感も増した様、拍手が沸き起こりました。音楽的才能がない私にはすごいピアニストといわれても今一ピンときませんでしたが、彼の演奏を聴き終えた後、体の底からあーもっと聞いていたかった、何かを引き付けるような音楽だと感動しました。それにしてもラズロ博士はめったな事ではピアノの演奏はしてくれないそう、やはりこれも江本の見えないパワーによるものなのでしょうか?


ラズロ博士のピアノ演奏

引き続いての佐治晴夫博士のピアノも、ある意味ラズロ博士の演奏とは好対照をなしていて、とても素晴らしかったです。ラズロ博士の演奏が激しく男性的であったのに対して、とても穏やかで繊細な喜びをもたらしてくれるようなものでした。

それからIHM総合研究所の木津による昨日の祈りの波動を受けた水の結晶写真の発表がありました。結晶になりにくい会場の水道水でしたが、見事に六角形の結晶構造を見せてくれました。


江本勝ともに結晶写真の報告をする木津孝誠


昨日のエンディングで祈りの波動を受け取った
会場の水道水の結晶写真

高橋晴美さん、目黒まりさん、遠藤いつ子さん、そして60人ものコーラスの歌で無事フェスティバルが終わり、感動に浸りたいと思ったのですが、やはりスタッフ、大ホールイベントが終わってからの片付けにすぐ入り、皆が少しお酒も入っていい気分になった頃、懇親会の会場に入りました。


高橋晴美さん、目黒まりさん、遠藤いつ子さん
による「今日−虹を渡る日」の演奏


混声合唱団ハルミオンによる
「ひとつ」の合唱

実行委員長であった葉坂のスピーチに続いて、次々とゲストの方々のスピーチがあり、私も海外のお客様のアテンドをしながらパーティー気分でした。皆で歌い、飲み、食べ、この時間を皆で作りあげたのだと思い、そしてもうすぐ終わってしまうのかと思い、少し複雑な気持でした。それにしても最終的にはとても楽しい二日間で、絶対来年、第2回「生命の水フェスティバル」をまた作り上げるお手伝いをしたいなと夢見ています。


懇親会でスピーチをするアーンツ監督


■ 2004年11月27日(土) 「生命の水フェスティバル」1日目

再び江本の秘書の古谷礼乃です。22日の日記で味をしめ、そのままフェスティバルそのもののご報告もさせて頂きたいと思います。

さていよいよ江本を含め私達スタッフ一同待ちに待っていた日本青年館での「生命の水フェスティバル」の初日、27日。この日のために今まで準備して来ましたが、やはりその日にならないと具体的にどうなるのか、何が起こるのかは分からないものです。

私個人としては主に海外からのお客様のアテンドをまかされ、とても良い出会いが沢山ありました。国内からも海外からも素敵なゲストが何人もいらしており、この2日間で数え切れぬ事を学びました。

会場となった日本青年館内では初日に会場が3つ、1300人程が入る大ホールをメイン会場に、300人程収容可能な中ホールでは「インディゴ」と「What the Bleep Do We Know!?」の上映を計5回、そして国際ホールでは色々な先生方のセミナーが次々と行われ、見どころ盛り沢山と言った所です。

大ホールは1時からの開演ですが、その他の会場は既に朝から人が入り、10:30からの第一回「What the Bleep Do We Know!?」の上映会場には立ち見のお客様も多数いたほど大盛況でした。といっても私は喜んでばかりいられず、急遽、監督がそのお客様に挨拶をしたいということで、人前に出るのが苦手な私ですが、300人以上の前で通訳をやる事になってしまいました。300人の前でこんなに緊張するのに大ホールに立つ先生方、ゲスト皆様はやっぱり凄い!と感じるしかありませんでした。


満員の「What the Bleep Do We Know!?」の上映会場

大ホール開演前は江本とその日のメインゲスト、アーンツ監督と楽屋にいましたが、皆ホール内の客入りが気になりうずうずしていました。1時ちょっと前、江本は我慢ならず会場を覗いてくると言って出てしまうと、やはりアーンツ監督ももうここには居られないといった感じで後を追って行きました。私自らがステージに上がるのではないのに、私まで舞台裏のカーテン越しにほぼ満員の会場を見、ホッとしたかたわら、緊張感も高まっていました。


アーンツ監督と私

そしてオープニング、クレイグ・ペイトンさんの映像に続いて、オランダから来られたマヤーナさんの美しい歌声が会場に響きました。会場内が神聖な空気に包まれ、これから凄い事が始まるぞ!といった感じです。


マヤーナさんの歌「Like Water」

その後アーンツ監督の挨拶、映画の上映、江本の講演、アーンツ監督・松田輝雄さん・江本勝のパネルディスカッション、その他ゲストのショート・プレゼンテーション、フラッグセレモニーと順調に事が運び、その都度会場は和やかな雰囲気になって行った様でした。私もプログラムが順調に運ぶごとにリラックスし、ステージ上のプレゼンテーションなどを楽しむ事が出来ました。最後の方では観客の一人といった感じでフラッグを持ってステージに上がったり、皆で歌を合唱させて頂いたりしました。


アーンツ監督による映画の紹介


江本勝の講演


パネルディスカッション(1)


パネルディスカッション(2)


世界の平和を祈るフラッグ・セレモニー

最後には皆で手を繋ぎ、一つになって世界の平和を祈り、今私達がここで同じ時間を共有出来る事に感謝を捧げました。私はこの時点で、それからその後に続いた瀬戸さん親子の水の詩で目がウルウルしていました。私がこんな盛大なイベントを創り上げたチームの一員となり、やっと一日目が終わると言う安堵感で一杯になっていました.。


ステージ上でひとつの輪になって
水に祈った


瀬戸龍介さん、瀬戸花世さんによる
「水の詩」

そのイベントを一部始終目撃し、皆の祈りを受けたボトルの水は、その後結晶撮影の為事務所に持ち帰り、次の日のお楽しみとなりました。


「サムシング・グレート」で有名な遺伝子研究者の
村上和雄先生も駆けつけてくださいました。
アーンツさん曰く、「次の映画に出てもらいたい人だ」とのこと。
そうなるといいですね。


ウイリアム・アーンツさんが旅行先の長野県信濃町から3泊4日の旅を終えて帰ってきました。それを待ち受けて私は月刊「波動」の編集長成影恒子さんをつれて、インタビューをしにホテルニューオータニまで行きました。彼の旅行をセットしたのは私で、それがどんな旅だったか、聞いてみたかったからです。

今回のフェスティバルに来てもらいたいと私が招聘状を出した時、意外にも彼は即座にOKの返事をよこしてくれました。そして遠慮がちに日本のどこか鄙びたところを旅してみたいと添えられていました。

私は丁度その頃山形に行く用事があったものですから、山形あたりの鄙びた温泉にでもお連れしようかなと、計画を立てていましたが、やがて彼の方からNAGANO PREFECTURE(訳注:長野県)のKASHIWABARAというところに行ってみたいんだが、という連絡が入ってきました。彼の尊敬する先生がその地名を具体的に挙げ、そこは彼の前世と関係があるところだからと言われたという事です。

私は早速その地名に関する情報をインターネットで調べました。そしてそれはすぐに長野県信濃町にある柏原というところであること、その町は有名な俳人小林一茶の生まれたところであることが分かりました。私はすぐに彼にメールして“貴方は小林一茶の生まれ変わりとその先生に言われたのか?”と聞いたところ、“実はそうだ”と折り返し返事があったのです。

私は全てを納得して、彼の前世探しのための旅行日程を秘書の市瀬君に頼んで作ってもらいました。英語の話せる人がいるところ、洋風であること、一茶記念館に近いところ、などです。そして彼女は完璧にその条件を満たしているペンションをすぐに見つけ手配してくれたのです。

途中とても楽しんでいるよ、という連絡が秘書を通じてありましたので、心配はしていませんでしたが、前世探しの方の話はとても気になるところです。早速私はそのことについて聞いてみました。すると答えは何と英語の俳句で来たのです。

日本語の俳句にすれば次のようになるのでしょうか。

「前の世の 記憶はいずこ 我も変われり」

多分何かを思い出すであろうという期待感を持って訪れた久しぶりの故郷、しかし実際は何もかも変わってしまって、何も思い出すことはできなかった。そう、自分もとても変わってしまったから。

ということでした。しかしそうは言うものの現地に行ったら、俳句がすらすらと浮かんできて、何と12句も出来てしまったというのです。それらは、月刊「波動」1月号にてご紹介したいと思いますが、合わせて私の前世論も始めて公開しようとも思っていますのでご期待下さい。

なお、同ペンションにはCWニコルさんも毎晩食事を取られてたようで、二人はすっかり気が合ってお友達になったようです。


■ 2004年11月24日(水) ラズロ博士と会う

22日の試写会を成功裏に終えて、私と妻は慌しく昨23日、札幌に出掛けました。BE−ONEセミナーのためです。400人ほどの人が集まってきてくれて、ますますビーワングループ元気という感じです。セミナーの後、私と妻はすすき野の町に繰り出して、私の大好きなカニ料理を食べに行きました。とても美味かった。カニはカロリーや血糖値のことを気にせずにいくらでも食べられるから、僕にとって最高の食べ物です。

そんな訳で、今日羽田には2時ごろに着きました。そしてその足でホテルオークラへ直行です。3時からラズロ先生への主催者としての表敬訪問が予定されていました。紹介者の龍村仁監督、それに日本でのブダペストクラブの事務局長的なお役をやっていらっしゃる柴田光廣さんも立ち会ってくれました。


手前向かって右から、龍村仁監督、アーヴィン・ラズロ博士、
江本勝、後列向かって右から、龍村ゆかり夫人、そして
ブダペストクラブ日本アンバサダーの柴田光廣さん

ここで少しラズロさんのことをご紹介しましょう。

博士は1932年にハンガリーのブダペストで生まれました。幼い頃からピアノに親しまれ、7歳の時にはリスト・アカデミーに入学。9歳の時にはブダペスト交響楽団をバックにピアノ演奏のデビューを果たします。1947年のジュネーブ国際音楽会では見事に大賞を獲得、数ヶ月後にニューヨークで独奏会を開きます。

その後、博士はコロンビア大学やイェール大学で物理学と哲学を学び、『システム哲学』を創始します。ローマ・クラブ創設者のアウレリオ・ペッチェイに見込まれて、『成長の限界』という有名なローマ・クラブのレポートの作成の手助けをし、続いて国連訓練調査研修所(UNITAR:ユニタール)のプログラム・ディレクターとしてニューヨークの国連本部で7年間に渡って活躍されています。

1993年には、ハンガリー政府の支援の元にブダペストクラブを設立し、科学・芸術・文化方面において、人々の意識を高めていく活動を続けています。このクラブには、世界の著名人たちが名誉会員として名を連ねています。

博士は科学における基礎研究分野でも数冊の本を執筆しており、宇宙のすべての存在が時空を超えて繋がっているとする「量子真空エネルギー場」の理論を提案されています。最新著では、「アカシック場」という表現も使われています。

私はラズロさんと握手をしながら「僕のことご存知でしたか?」と恐る恐る尋ねてみました。そうすると彼は次のように答えたのです。

「最近あなたのことについては3つのことがありました。まず私が最近呼ばれたセミナーは、今回を含めて3回連続して水についてのセミナーでした。そして前回イギリスのルパート・シェルドレイク博士と会ったとき、二人であなたの結晶の話をしてばかりいました。さらに私の誕生日は6月12日なのですが、その誕生日プレゼントにアメリカにいる息子が送ってきてくれた本の著者は、江本さん、貴方でした」

わー!!もう何をかをいわんやです。私が龍村監督ご夫妻にラズロ先生招聘のことをお願いしたのは7月10日、神宮のレストランで私ども夫婦と会食をした時のことでしたから、丁度その1ヶ月前に先生は私の本を息子さんから贈られていたということなのです。先生があっさりと私の申し出を受けてくれたことが、これで分かりました。

もう、27日、28日のフェスティバルの成功間違いなしということでしょう。


■ 2004年11月21日(日) 山形三川町セミナー

昨日は例の映画の監督ウイリアム・アーンツさんが来日され、私は宿泊先の赤坂ニューオータニホテルに行き、数名の社員とウエルカムディナーを共にしました。長旅にもかかわらずアーンツさんは、上機嫌な様子で寿司をつまみ、私に進められて、初めてという焼酎の梅干割をおいしそうに飲んでおられました。日本は2回目ということですが、どうも前世では日本人でもあったかのような感じで、全く違和感を感じさせません。ご本人も日本はとても落ち着けるといっておられました。

さて、今日は山形県の三川町というところでのセミナーです。朝7時過ぎの山形新幹線に乗って終点の山形新庄までは2時間30分で着きます。昔は夜行列車で行かなければならなかったところですが、新幹線が開通してからとても便利になりました。駅には葉坂専務が待っていてくれました。彼は本拠地が仙台で、自分の車を出してくれて、私をそこからさらに1時間半ほど離れたセミナー会場のある三川町に連れて行ってくれました。

三川町は人口8000人足らずの小さな町、まあ過疎地といっても良いでしょう。山形県自体が、日本のチベット的な表現をよくされていますが、その市町村の中で後ろから10番目の人口であるところで、町民の意識高揚のためのイベントを2日がかりで企画されたのは、内山大起さんという熱血漢。7年ほど前に神の啓示を得て奥様、娘さん3人と一緒に神奈川県から移り住んで、家族で有機農業を始められたという方です。

NPO法人「みんなありがとう」の設立を宣言してのこのイベント、前の日には、私も良く知っているミネハハさんを招いての音楽会もありました。しかし今日の私のセミナーもそうでしたがお客様は余りおいでにならなかったようです。でもミネハハさんはそんなことは意に介せず、素晴らしい歌声で皆さんを魅了され、その波動はこの町全体に広がっていったのみならず、遠く出羽三山にまで響き渡ったかのようでしたと、来場者の一人からお聞きしました。さすがミネハハさんです。

翌日早朝宿舎を出て、私たちは出羽三山のうちの一つ羽黒山に出掛けました。私と、葉坂君、内山さん、そして私の10年来の知人、人間覚醒ネットワークの米田晃さんと河千田健郎さんが一緒でした。実は彼らは昔からの仲間で、今回内山さんのNPO立ち上げのための企画に応援に駆けつけていたのです。

羽黒山ではあらかじめ正式参拝の予約がしてあって、私たちは出羽三山神社の宮司の緒方久信さんにご挨拶、記帳した後、正式参拝を受けました。おりしも、荒行修行中の二人の山伏が参拝されており、彼らの後にそれを受けたものですから、なにやらとても身の引き締まるような思いの中で恭しく27日、28日の水のフェスティバル成功を祈願したのでした。


出羽三山神社の宮司の緒方久信さんとともに



羽黒山にて正式参拝


写真奥は河千田健郎さん


■ 2004年11月17日(水) 37回目の結婚記念日

実は昨日は私たちの37回目の結婚記念日でした。しかし、妻は里帰り中の娘と一緒に、韓国に2泊3日の商用兼観光旅行に出掛けていましたので、一緒にいることが出来ませんでした。こんなことは37年間はじめてのことでした(と思います)。従って私はこの2日間、会社の仲間に付き合ってもらって夕食を食べました。どうも寂しがり屋で、一人で食事をすることが出来ません。

そんな中で、一人の女子社員が“所長、明日成田まで花束持ってお迎えに行くべきですよ”と言ってくれました。もちろん迎えには行くつもりでしたが、花束までとは思っていなかったのですが、“アー、そうしよう”とすぐに思いました。この辺が僕の性格の良いところです。で、今日早速秘書に37本の赤いバラを用意してもらって、成田に行きました。さすがに少し照れくさかったけれど、もちろん妻は大感動、孫も一緒に喜んでくれました。


27日(土)は映画「WHAT THE BLEEP DO WE KNOW!?」の上映をメインにして、“水”を主題とした1日となります。それに対して28日(日)は、「ガイアシンフォニー第五番」をメインにしてアーヴィン・ラズロ博士、佐治晴夫博士を招いての“音”を主題とした1日です。音楽家としても有名な両先生は、何とピアノまで披露してくれることになって、これで水と音の祭典は、完全にそのシナリオが出来上がりました。

そう、水はエネルギーである振動(音)を、我々のからだの隅々まで、地球の端から端まで、そして宇宙の果てから果てまで運んで、それぞれ小曼荼羅、中曼荼羅、大曼荼羅を作り、すべての現象を作ってゆきます。だから水と音は切っても切れない関係なのです。この両者のバランスが美しい幾何学模様をなす時、宇宙は、世界は、そして人はとても健全で平和です。しかしそうでない時は、もちろんその逆の現象となります。

宇宙を音という概念で捉える先鋭的日欧の物理学者佐治晴夫、アーヴィン・ラズロ、宇宙をガイア論で捉えそれをシンフォニーと名付け、映像で表現してきた映画監督龍村仁、それぞれがダイナミックに展開するであろう、私もご一緒させていただくパネル・ディスカッションは、ちょっと聞き逃すことは出来ません。

アーヴィン・ラズロ博士
映画「地球交響曲第五番」より
(c) Jin Tatsumura Office

佐治晴夫博士
龍村仁監督

ちなみに今回のフェスティバルの主催者である私の名は江本、その語源をサンスクリッドで解析したときそれはナーダ・ブラフマーとなり、それは“音”の意味であることを最近知りました。ナーダとは大きな川という意味、ブラフマーは根源の意味で、川の根源のあの水のせせらぎの音が、音の始まりであるという、真に意味深い名前を私は持ってこの世に誕生したことになります。


■ 2004年11月11日(木) 娘のプレゼント…上の山温泉

11月16日は、私たち夫婦の37回目の結婚記念日です。実家に帰っている娘がちょっと日は早かったのですが、私たちをそのお祝いにと、山形県上の山(かみのやま)温泉に2泊3日の温泉旅行を振舞ってくれました。オランダにいるときにホームページで見つけて予約してくれていたのです。

「絶対に気に入る温泉だから」と娘は太鼓判を押してくれました。名月荘という名のその温泉宿は東京駅から山形新幹線「つばさ」に乗れば2時間40分で玄関まで着いてしまう、とても便利の良いところにありました。昔は山形に行くには夜行列車で行く、半日がかりの行程だったのですが新幹線が開通してからとても便利になりました。

確かに、この温泉宿は最高でした。今まで泊まった中でも最高でした。ご存知のように私はしょっちゅう、旅をしています。1年のうち確実に半分以上はホテルや、旅館に泊まっている、そんな生活をもう5年近くもしているわけですから、一体いくつの旅館ホテルに泊まったことでしょうか。おそらく7〜800軒にはなろうかと思います。その私が過去において最高と言うのですから、これは半端ではありませんでした。

どこが?と聞かれると、全部と答えざるを得ませんが、そのうち特筆すべきものを上げてみましょう。まずなんと言っても温泉が良い。お湯の量、温度とも申し分なく、しかも私たちの部屋に半分露天のお風呂があって、誰に気兼ねすることなく24時間何時でも入れる。今回結局私だけ仕事の関係で1泊だけで切り上げてきたのですが、この間なんと8回も温泉を楽しみました。もちろん大浴場もあり、この露天がまた素晴らしい。


上の山温泉(その1)


上の山温泉(その2)

そして部屋の作りです。普通日本の温泉宿は和室が殆どなのですが、ここは全て洋テーブルつきの次の間がついていて、食事をどちらでも取れるのです。足の悪いお年寄り、外国人の方には助かります(実際外国人のお客様が何人かいらっしゃいました)。またお食事は均一のものではなく、お客様の好みを聞いて料亭方式で出してくれます。つまりいっぺんにドーンと出すのではなく、一品一品出してくれるものですから、とても食が進みます。

朝の食事も、夜の食事もみんなお部屋で取るようになっていますから、相当お部屋係りの方の人数が必要になってきますし、寮などの設備もしっかりしていなければならないでしょうが、全ての志向がただひたすら、お客様を喜ばせる、憩おってもらう、心からのおもてなしをする、ということにのみあるかのようで、それはもう徹底したものです。

そうそう、従業員さんの教育がとても良い。いや教育と言うより人に奉仕すると言うことに天性の喜びを感じる人が、いつの間にか共鳴して集まってきていると言う感じです。私たちのお部屋係の山口愛ちゃんもまさにそんな感じの子で、はい、とても癒されました。

館内には、英国式足裏マッサージコーナーもあって、これがまた心がこもっていて素晴らしい体験をさせてもらいました。そのほかにもいろいろと趣向が凝らされていますので、どうぞそのホームページ(名月荘)をご覧になってください。お値段はもちろん高級旅館ですから高めですが、ヨーロッパのファイブスターホテル並と言うことで、それほどびっくりするような値段ではありません。

上の山温泉名月荘のHP…http://www.meigetsuso.co.jp/

初めて娘にご招待された旅行、しかも可愛い孫つきということで、満足度も異常にアップしているのかもしれませんが、今度は私一人でも原稿書きなどの必要が生じたら、滞在してみたいと思っています。


■ 2004年11月10日(水) 那須赤ひげ塾セミナー

赤ひげ塾とはバランス活性療法と言う名の新しい療法を編み出した剣持甲子朗先生を塾長として集まっている、全国組織です。年に2回ほどの全国講師研修会が開かれていて、今回は栃木県那須高原で行われました。代替医療を応援する立場をとっている私としては、このような講習会には都合がつけば必ず出席するようにしています。


写真は塾長さん、会長さんたちと

何故赤ひげ塾と名づけたのかは、聞くまでもなくあの黒澤明監督の名画「赤ひげ」から取ったものでした。私は以前、日本が誇る映画監督・黒澤明先生がご存命のとき、波動水治療のため、ご自宅までお邪魔して波動相談をした事があります。もう15年ぐらい前のことです。そしてもちろん先生の映画は大好きで、大概の物は見ています。やはり「七人の侍」が1番好きでしたが、この「赤ひげ」も大好きな映画でした。


在りし日の黒澤明監督とともに

そのシーンの中で三船敏郎扮する赤ひげ先生が、「全ての病気の原因は、貧困と無知だ」と吐き捨てるように、言うところがあります。私も全く同感で、そのように思った時から代替医療の治療行為をやめて、啓蒙教育活動にシフト変換をしました。以来その旅が続いているわけです。

ともあれ心の治療家システムは必要です。全国に沢山赤ひげ先生が育ってゆくことを期待しています。


■ 2004年11月9日(火) 京都、人権を考える会セミナー

今日はまたまた京都でのセミナーです。主催者は、「京都建設業人権を考える会」という団体で、その幹事会社野口建設さんの野口さんとは、お父さんの代から荻原貞子さんと言う女性を通じての知り合いで、その関係で呼ばれたものです。


左が荻原貞子さん 右が野口建設野口社長

荻原さんとはもう10年以上もお付き合いを戴いている、京都の素敵なお姉さまです。お花の先生をやっているのですが、私のほとんど駆け出しの頃からの理解者で、東京で、関西で、福岡で、主要な時にはいつも駆けつけてくれます。どちらかと言うと“オレ、オマエ”的な関係なものですから、適当に甘えたりして、気が置けます。また私にとっては自分の方向性がぶれていないかを見る、水準器(失礼!)のような存在でもあります。

この人権を考えるセミナーは、10年ほど前から続いているとのことで、国連が50年ほど前に採択した世界人権宣言の趣旨に沿っています。そういえば、この“人権を尊重しよう”的な会は日本のあちこちの地方都市にあって、それぞれの町役場や市役所に、大きくポスターや垂れ幕がかかっているのに気づきます。きっと、まだまだ地方に行くと“部落問題”などが隠然として存在しているのでしょう。

確かに、この人権問題や人種問題そして宗教問題は世界のいたるところで見受けられる厄介な問題で、常に戦いや犯罪の元となっていますが、これらを解消するものとして、この“水からの伝言”的なメッセージは最高の手段だと思います。早く世界の小学校や中学校の教育現場に、この教材が行き渡らないかなと願っています。

さて、セミナーが終わった後、野口ジュニアさんが、私たちを森鴎外の小説で有名な高瀬川の際にある、素敵なお茶屋さんに連れて行ってくれました。京都料理は日本人なら誰でも好きでしょうが、私も大好きです。やはりここのお料理が、いわゆる日本料理の原点なのだと思います。とてもさっぱりして上品な味で、年を取れば取るほど、その味わいが、深みが分かってくるような気がします。そしてお値段も特別高いということではないようで、京都に行かれる折がございましたら、“ぜひ、おいでやす。”


京都料理の1例


■ 2004年11月4日(木) 京都天台宗セミナー

今日は、日本の仏教界の草分け的な存在の天台宗坂本教務所でのセミナーに出掛けました。私の30年来の友人である、松村宗哲名古屋聖徳寺住職の紹介で(下の写真)、私のようなものにとっては、とても光栄で晴れがましい舞台での、講演の機会を戴きました。

2月ほど前にも岡山で真言宗関係1,000名の方が出席する勉強会に呼ばれて、お話をしてきました。そのときは檀家さんの集いと言う感じで、それほど緊張することはなかったのですが、今日の出席者は70名ほどでしたが、全国各地の教務部長クラスの方々と言うことで、かなり緊張しました。

しかし結果としてわたしが用意していった、“自分を愛すると言うこと”というテーマは、とてもタイムリーで喜ばれ、共鳴を得ることが出来ました。と言うのは今年の天台宗の教条が、何と“自分の中の仏に会おう”というもので、まさに私が「水からの伝言NO3」で書いていることと殆ど同じだったからです。

それは、5大宗教の名前を個々に水に見せたときの結晶はそれぞれとても美しいのに、(写真1〜5)宗教間におけるトラブルは相変わらず続き、テロや空爆が絶えないのは何故だろうか?と、5大宗教の名前を、写真6のように水に同時に見せた実験の結果でした。そしてその結果得られたのが、写真7だったのです。


写真1.「キリスト教」という文字を見せた水の結晶


写真2.「仏教」という文字を見せた水の結晶


写真3.「ユダヤ教」という文字を見せた水の結晶


写真4.「ヒンズー教」という文字を見せた水の結晶


写真5.「イスラム教」という文字を見せた水の結晶


写真6.5大宗教の名前を同時に水に見せる。


写真7.5大宗教の名前を同時に見せた水の結晶写真

ご覧のように、頂点に現れた結晶は、何と人の顔としか思えないものでした。私はこの結果を“あなた(私たち)の中にこそ、神はいる。と解説をしました。

みなさんはどう思われますか?


■ 2004年11月1日(月) 世界の皆様へ

世界の皆様コンニチハ。私、水からの伝言の著者江本勝です。今日から僕のホームページが世界9カ国マルチリンガルになりました。日本語・英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語・スペイン語・ロシア語・ハンガリー語・ルーマニア語です。10月の中旬に訪問させていただいたルーマニアで、ヨガの普及団体MISAさんの皆様と大変深く交流を深め、会員の中に様々な言語をお話し、理解される方がいると聞き、前々から願っていたホームページのマルチリンガル化について相談したところ、真に快くお引き受けいただき、今日から実現したものです。

日本発⇒ルーマニア⇒日本となりますので、ニュース的には2,3日の時差が出るものと思われますが、とりあえず、どなたが読まれても面白くためになる便りをお届けしようと思っておりますので、どうぞどなたも気軽に、お越しくださいませ。

なお、当ホームページの目的はあくまでも市民一人一人の参加による世界平和達成のための広報業務とします。ですからその目的に沿う市民団体や個人のホームページとのリンクはこれを歓迎します。どうぞ皆様で存分にご利用下さい。また将来的には多種多様なサイトにしたいと思っていますが、とりあえずは慣らし運転として、私の日記のみのアップとなりますのでご了承下さい。

今日のメッセージ


写真3枚組 「しぇかい人類が平和でありまちゅように」

*欧米セミナーを終えて今日日本に帰ってきたら、オランダに住む娘夫婦が1次帰国していて、孫に3ヶ月ぶりに会えました。早速、世界平和を願ってのお祈りを教えたら、まったくNGなしで一回で覚えてしまいました。しかも心がこもっていて、とても様になっています。「ひょっとしたらこの子は!?」


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