Since August 25. 2003


5月 < 2004年6月 > 7月

6月27日(日)-2 明日からまた出張です
6月27日(日)-1 志賀高原セミナー
6月23日(水) 五者対談
6月22日(火) 二つのセミナー
6月21日(月) 父の日
6月13日(日) 意識波動医学セミナー
6月9日(水) 某協会のセミナーにて
6月6日(日) 波動ビール誕生!!
6月5日(土) 山形県高畠町セミナー
6月3日(木) レーザー技術
6月1日(火) 「水からの伝言」発刊5周年記念日



++過去の日記一覧++


■ 2004年6月27日(日)-2 明日からまた出張です

今、夜の10時30分、志賀高原でのセミナーを終えて帰ってきたばかりです。そしてまた明日朝9時半のルフトハンザでリヒテンシュタインへ1週間の旅です。さすがに疲れて何も書く気力がありません。しかしせっかく覗いてくださった皆さんのために、アマゾンの英語版に載っていた、"The Hidden Messages In Water" (『水は答えを知っている』の英語版)のカスタマー・レビューをご紹介しておきます。これについての私の感想は後日述べさせていただきます。では皆さん行って参ります。

*****

アマゾン・コムのカスタマー・レビューより

 ヒーリング、意識、そしてエネルギーに関する興味深い研究
  フロリダ州マイアミ、ジェド・シュラックマン 
  この本は江本博士が、日本語の本に出てくる写真や研究を、改めて英語で出版したものです。ニュー・サイエンスやニュー・ソート、ホリスティック医学に携わる人々によって、この研究は広められました。私はどうやって水が周りの環境、例えば言葉に対して反応するか、はっきりとは分からないけれど、江本さんの証拠にはとても説得力があります。言葉は人の気とつながっています。言葉は使った人の意識とかけ離れてエネルギーを持っているのでなく、人はその言葉と連想している、コンセプト、思考、気持ちを伝えているのです。もし皆で突然「サタン」、「悪魔」、「ヒットラー」という言葉がよいエネルギーを持っていると決めたら、この言葉はポジティヴな影響を水に与えます。水はもともとニュートラルな化合物であり(pHが中性であるなど)、情報を壊さずにエネルギーや情報を伝えます。江本博士は世界中の水を研究し、環境から受けるさまざまの刺激に水がどう反応するか、見事に教えてくれました。どうやって人の思考、意図、意識が、水の反応に影響を与えるかを知るために、対照実験があれば更にいいと思います。この本は水の結晶写真を見る上でも十分価値があります。物に執着し、機械的に物事を見る人々を触発し、意識を広げてくれるはずです。

 偽科学もいいところだ
 ワシントン州シアトルの読者 
 初めて江本博士の主張を知ったのは、「私たちは何を知っているか?」という映画の地下鉄でのシーンでした。私はカール・セーガンが編み出したいんちき発見キットを当てはめてみました。そして米国立医学図書館のPubMed(文献検索システム)で検索したところによると、1つだけ由緒あるジャーナルに江本さんのレポートを見つけました。けれどよく見てみると、このジャーナルの記事にはフォト・エッセイとして説明されており、本当の科学的研究とは言い難いです。もし誰かが江本さんのホメオパシーを立証できるのであれば、ジェームズ・ランディはあなたに賞金をあげるでしょう。もし本当に自然の霊性、謎、畏怖に触れたければ、ウーリラ・グッドエナフさんの本を読んでみてください。

 この研究は意識がどう物質を変えるのかを教えてくれます…
  C.W.リン、コネティカット州ミルフォード
  この本は、どうやって私達の意識が物質を変えるのかについて考えさせてくれます。メキシコで、ある女性の方が水だけで治療をすると聞きましたが、彼女がどうやってそれを行ったかが、ようやく分かりました。水の結晶は良い意識できれいな形になり、ネガティブな意識では結晶の形が崩れてしまいます。江本博士は、水の構造が思考、絵、音楽によって変化するということを証明してくれました。私達自身、そして私たちを取り囲む環境がほとんど水でできていると考えた時、私たちは一体何をすることができるのか、想像してみてください。この本は簡単に読めます。皆様に強くお勧めします。


■ 2004年6月27日(日)-1 志賀高原セミナー

今日のセミナーの主催者はHCC長野の金子栄子さんです。2年前の前回は戸倉温泉の白鳥館という由緒あるホテル(昭和天皇がお泊りになったという)で行われました。今回は志賀高原の温泉ホテル「志賀ハイランドホテル」で行われるということで楽しみにしておりました。何でも、このホテルのオーナーが金子さんのHCCの波動会員とのことで、破格の条件で会場を提供してくれたとのことです。


HCC長野の金子栄子さんとともに

ところがです。急に予定が変更されて日帰りでの志賀高原行きとなってしまったのです。つまり、昨日まで波動塾があり、明日は一番の飛行機でリヒテンシュタインに飛ばなければならなくなってしまって、楽しみにしていた温泉での1泊セミナーが、急遽日帰りセミナーということになってしまったのです。もちろんそれは誰のせいでもなく、私のせいなのですが、(当初14日に予定していたリヒテンシュタイン行きが、訪問先の都合で28日になってしまって、長野セミナーを日帰りにしてしまった)どうもこれは神さまが差配したことでもあったみたいです。

というのは、10日ほど前、妻の和子がわき腹のところにいやな感じの痛みと炎症が出来て、近くの大学病院で見てもらったところ、即入院しなさいということで、大変な緊張が江本家に走りました。当然ガンだったらどうしようと私は最悪の状態を想像しました。そしたらイマジネーション豊富な私は、実にいろいろなことを考えてしまって…。もう1泊の温泉でのセミナーどころではなくなってしまったのです。

最初は妻と共に行く予定のセミナーでした。妻は温泉が大好きですし、金子さんのことはもっと好きですから、とても楽しみにしていたセミナーでした(妻は大阪や名古屋でセミナーがある時は、まず一緒に来てくれません。温泉がないからです)。しかしそれどころではなくなってしまいました。やはり、妻が待ち望んでいたこの日程を日帰りにしてしまった私のせいで、神はかみさんを病院に入れてしまったようです。あまり、仕事、仕事中心のスケジュールを組むべきではないと反省した次第です。

金子さんはHCCのオ−ナーとして、とても立派に成功されている、もと普通の主婦の方です。最初は長野でも有名なある実業家の方のもとでオペレーターをされていました。しかし、これは余りビジネスとしてうまみがないな、と判断されたのでしょうか、その実業家の方はHCCの看板を下ろしてしまいました。そこで普通の主婦でしたら、それまでで、何も起こらなかったのでしょうが、彼女は違っていました。“私が後を引き継がせて頂きます”と何のためらいも無く、本部のほうに報告があったのです。

きっと、2年ほどオペレーターとして波動相談をしているうちに、自信と遣り甲斐をお持ちになったのでしょう。それからの彼女は、単なる主婦オペレーターから、長野の波動の先生と、私が太鼓判を押せるような素晴らしい、というよりも、私が理想としていたような、地域に密着したHCCオーナーとして成長してくれたのです。今回も、とても感動的な話を、参加された長野波動の会の会員(彼女が作ってくれた会員の方々です)の方から聞きました。

例えば私を湯田中の駅から会場まで送り迎えをしてくれた、中山さん夫妻は、4年前に私が金子さんからの依頼で行った東郷町でのセミナーをやったときにも運転手さんをしてくれた人でした。その彼らが言うのです。“あれから実は大変なことがあって、私たちは娘の命を、金子先生に助けられたのです。娘は白血病になってしまったのですが、金子先生が作ってくれた波動水を飲み始めたらたった1ヶ月で回復してしまって、白血球の数も正常に戻り、今では毎日元気に飛び回っているのですよ”。

セミナーが終わった時、3人の方々が私に花束を贈呈してくれました。そのうちの一人の方は前回の時にもお会いした矍鑠(かくしゃく)としたお婆さんで、3年前に娘さんのいる横浜に引っ越したのですが、花束を渡しながら、“私は今年84歳になりました。主人は60年も前に戦死して、今まで何とか保育園の仕事を続けながら一人で頑張ってきましたが、最近は頭も呆けてきて、生きがいを失ってしまいました。でも今日江本先生のお話を伺って、それを取り戻し、とても元気になりました。体が振動し始めたのを感じます。本当に有難うございました。”と皆さんの前でお話をしてくれたのです。私はそれを聞いて胸にグッと来るものを抑えるのに必死でした。


参加者の方から花束を頂きました。

重たかったけど私は皆さんから頂いたバラの花束を、5時間かけて大事に自宅まで持って帰りました。金子さん、素晴らしいお仕事をしてくれていて本当に有難うございます。


■ 2004年6月23日(水) 五者対談

 6月21日に、富士山の朝霧高原で「せかいへいわといのりの日」という行事がありました。それに私が前々から知っているアメリカの平和活動家バーバラ・ウォルフさん、そのお友達のマーガレット・フィキオリスさん、チェロキー族のシャーマンであるシルバースターさん、そして東大ドイツ語教授の中澤英雄さんが参加されました。行事を終えて、三人のアメリカからのお客さまが日本を離れる23日の午前中に、中澤先生が皆さんをIHMに連れてきてくださいました。

 
向かって左から、中澤英雄先生、バーバラ・ウォルフさん、
シルバースターさん、マーガレット・フィキオリスさん、そして私

 バーバラさんとは中澤先生のご紹介で、3年前の夏にオランダのアムステルダムでお会いしたことがあります。彼女は世界各地の水を祈りで浄化する活動を何年も続けられています。グローバル・メディテーション・ネットワークというホームページを運営していて、世界中の何万人という人々に定期的に電子メールを送って、世界各地の平和活動についての情報を流してくれています。

 私は皆さんに、ちょうど13ヶ所回ったアメリカツアーの報告や、結晶写真に関しての最新の話題、そして例の「What the Bleep Do We Know!?(私たちは一体何を知っているの!?)」という映画について、スライドを交えてご紹介しました。

 木津君が作ってくれたアメリカの国旗の星を五芒星から六芒星に変えたスライドは大受けでした。「アメリカの国旗を水に見せたら、美しい六芒星の結晶が得られましたが、このように中心が空洞化していました」と話したら、バーバラさんは「アメリカはまったくその通りなの」と言って頷いてくれました。またマーガレットさんは、ワシントンのスミソニアン博物館で建国当時のアメリカ国旗の保管や修復の仕事に関わっているそうです。面白い偶然の一致でした。

 最後にシルバースターさんが、ご自身が人々に伝えている教えについて、説明をしてくれました。古代の星の智慧ということでしたが、その図が驚いたことに、六芒星を7つ組み合わせた形をしていました。


シルバースターさんが書いてくれた図

 それぞれの智慧を守ってきている守り手と呼ばれる人々がいて、6つのグループに分かれるのだそうです。それらは図の中で周辺の6つの六芒星として表されます。レッド・ネイションがいわゆるインディアン、イエロー・ネイションは黄色人種、そしてヘブライ人、エジプト人、オーストラリアの先住民族アボリジニーが守り手として描かれています。六番目はスター・ネイションと書かれていますが、これについては最近分かったとのことで、ミステリー・サークルを通じて働きかけている宇宙の兄弟達のことだそうです。

 続いてシルバースターさんは次のように言ってくれました。「江本先生もまた智慧の守り手なんです。江本先生は水に関しての智慧の守り手であり、イエロー・ネイションに属するんです。太古から智慧をもった長老たちが地球上のあちこちを巡りながら、創造主から与えられた智慧を伝えてきました。その目的は地上に平和をもたらすことです。先ほど江本先生がアメリカの13ヶ所を回って講演をしたお話をしてくださった時、私を守っている背後の神様から、江本先生は太古の智慧を説いて世界中を回っていた長老の一人が現在生まれ変わって、また同じことをやっているんだ、と教えてくれました」。

 これを聞いて、私は鳥肌が立ちました。バーバラさんが、「鳥肌が立つということはスピリットが頷いていてくれるのよ」と言ってくれました。

 シルバースターさんが、「水の智慧の守り手である江本先生へのプレゼントです」と言って、いろいろなシンボルが描かれた赤いバンダナをプレゼントしてくれました。


シルバースターさんがバンダナを
プレゼントしてくれました

  頭をキリッと心地よく締め付けてくれるこの素敵なプレゼントを頂いたからには、これからもますます健康に注意を払いつつ、身を引き締めて、世界中の人々に水の智慧を伝え続けていこう、そして世界平和実現のお手伝いをしていこう、という思いを新たにしました。


■ 2004年6月22日(火) 二つのセミナー

またまた忙しく、日記をその日に書く時間が無く、先週の振り返り日記で失礼します。

19日(土)は岡山セミナーに行ってきました。インストラクターの木本さん(LTCでもある)主催で、150名定員の会場に180名ぐらい来られたのではないでしょうか。ほとんどが女性の方でしたから、和気藹々と、そしてアメリカ講演での様に、感じ入ったところでは拍手を頂くなどで、大変楽しく3時間ほどを過ごさせていただきました。

20日(日)は愛知県長久手町でのセミナーでした。この町は例の小牧・長久手の戦いの古戦場跡として有名ですが、ここに余語さんという方がおられて5年ほど前に光来荘という癒しの館を作られました。3階建ての立派な木造建築です。私はそのオープン記念の講演会に招かれて、お話をさせていただきました。会場に着いてすぐに、前から一度お会いしたいなと思っていた人にお会いすることが出来ました。小林正観さんです。

小林さんは“ありがとう”という言葉の大切さを日本中に伝え歩いている方で、私の「水からの伝言」が出てからは、その本の紹介をしてくださり、沢山の読者を作ってくれた方ですから、前からお会いしてそれこそ“ありがとう”を言いたかったのです。

私は勝手に小林さんのイメージを持っていましたが、それとは違ってスリムで長身のダンディーな方でした。何と年に330講演もされているということで、それは凄いことです。

さて、2月24日付の日記をご覧下さい。このときの川島君が約束通り来てくれて、面接(?)を行いました。ご両親も来てくれていて、もちろん合格です。そして彼が送ってきてくれたもう1通の手紙の内容を、セミナーの中で皆さんに紹介しましたところ、来場の方々も大変感動され、彼に対して大きな拍手が自然と沸きました。それは次のような内容のものだったのです。ほんとにこれは凄い。私も真っ青です。

川島正嗣君(小学5年生) からのお手紙

江本先生こんにちわ。先日はお手紙有難うございました。ビデオ版「水からの伝言」を見ました。僕はピアノを弾くのが大好きです。CDのアイネ・クライネ・ナハトムジークや運命などいつでも聞けるので、早速水に音楽を聴かせてその水を植物にあげました。すると枯れかけていた植物がだんだん水々しくなってきました。色々な曲を聴かせていて、ちょっとした発見をしました。

@水に音楽を聴かせると、音がなるたびに水がふるえる。
A音が大きければ大きいほど、よくふるえる。
B時々その水がふるえて回る(気泡が水といっしょに回っていたからすぐにわかった)。
C時計回りと逆回りがある。
Dゆっくり回る水と早く回る水がある。
E音楽を聴かせると、小さい泡がいっぱいできる。

@とAは音の周波数の関係で、Bは多分循環によって、いい結晶になるのだと思う。Cの時計回りはモーツアルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、ベートーベンの「運命」、シューベルトの「ます」など。逆回りはショパンの「革命」、「別れの曲」などでした。きっと時計回りの水は作曲者の気分がいい時などに作られた曲で、逆回りは作曲者が悲しんでいたりした時などに作った曲だと思う。Dは早い曲の方が速く回った。Eはクラスターが小さくなるからだと思う。ところで電解水と、いい言葉を見せた水はどちらが水のクラスターが小さいのでしょうか。僕はピアノを弾いていると、作曲者の気持ちが曲を作った時の状況が目の前に現れます。脳や肉体は水でできているから波動のエネルギーが伝わってくるのかなと思います。波動は陽子と中性子の投げているパイ中間子の速度によって変わるのだと思う。例えば、@水が言葉や音楽の情報を受け取る。A何かの作用によってパイ中間子の速度が遅くなったり速くなったりする。Bそれが水の分子をゆらす。C分子の配列が情報によって変わる。D氷結結晶のできあがり、という仮説をたててみましたが、どうでしょう。ホメオパシーの本に「類をもって類をいやす」と書いてありましたが、原理はワクチンみたいなものなのでしょうか。僕は6月20日を楽しみにしています。


■ 2004年6月21日(月) 父の日

昨日は父の日でした。でも私は土曜日から岡山、名古屋でセミナーでしたので、そんなことはすっかり忘れて今日帰宅しました。2日間の疲れをシャワーで流した後の楽しい食事です。今我が家は息子夫婦も同居していますから、もう一人の息子も含めて5人家族で、なかなか皆そろっての食事が出来ません。しかし今日は久しぶりに全員そろいました。当然ビールでカンパーイでスタートです。

小さな缶ビールを1本飲んだ後、私は最近では愛用酒となっている焼酎を妻に所望しました。すると妻は大きな1升ビンの箱を取り出しました。その梱包には“酒”と大きく書いてあります。日本酒は最近ほとんど飲んでいません。おいしすぎて飲みすぎてしまうから自重しているのです。“おいおい、今夜は日本酒を飲ましてくれるのかい?”と私は妻に尋ねました。“違うわよ、洋子からの父の日のプレゼントよ”と言いながら箱の中から中身を取り出すと・・・それが写真のように、愛・感謝と刺繍文字で書かれた立派な焼酎だったのです!!

もう凄い驚きと感激です。そのとき初めて、昨日が父の日であったことを知らされました。続いてほかの子供たちからもネクタイピンやTシャツのプレゼントが贈られて、“父の日おめでとうございます。いつもありがとうございます。”と感謝の言葉を送られました。長女の洋子は今オランダに住んでいます。1年3ヶ月前に、陸玖というほんとに可愛い我々にとっての初孫を生んでくれました(猫部屋をご覧ください)。その洋子がなんとも心憎いプレゼントを、オランダから多分インターネットを使って注文し送ってくれたのです。

息子の一人が言いました。“イヤー、姉ちゃんにはかなわないなあ。あれは贈り物の達人だよ”と。ほんとに僕もそう思います。洋子、そして子供たち有り難う。お父さんはとても幸せ者です。アー、やっぱり家族っていいですね。


■ 2004年6月13日(日) 意識波動医学セミナー

意識波動医学会というのは、愛知県名古屋市に本部を持つ医師や東洋医療などの代替医療従事者が会員となっている研究会です。これを立ち上げたのは十字の漢方という漢方薬局を経営されているO−リングの熟練者・宮崎雅敬さんで、私とは10年来の知り合いです。


Hadoフェスタで講演する宮崎雅敬さん

第8回目の今回は、私は最初からご相談を受け協力させていただきました。場所は一ツ橋の日本教育会館という850名収容の大きなホールで、結果としてそれが8割がた埋まり、成功裏に終えることが出来ました。

今回は実は俳優の窪塚洋介さんが友情出演される予定でしたが、例の事故でもちろん欠席となりました。スケジュールでは私と彼と、麻の中山康直さんの3人で、麻・光・水というテーマで鼎談をする予定だったのですが、あの大怪我ではなんとも仕方なく、中山さんにご登場いただいて少しお話を頂いて、後はそれこそ友情出演の清田さん(スプーン曲げの)にもご登壇いただいて、スプーン曲げの実演と最近の心境をお話頂きました。


中山康直さん


清田益章さん

私は中山さんの紹介で、窪塚さんと2度ほどお会いしています。そもそも彼は私の本「水は答えを知っている」を読んで感動して頂き、それが元でフジテレビの番組「地球維新」ができたのです。私どもの研究所に来て、水に対しての声がけ実験をして見事に成功させ、その模様がその番組で紹介されました。

窪塚さんは私と同じ未年で36歳年下のいわば私の子供のような年齢です。しかし、とても知識が豊富で、考え方はしっかりされていました。きれいな目をされており、子供さんが出来たことを知ってから、これからの世の中に対して強い危機感を持ったということ、それを何とかしなくてはいけない、自分はそのために立ち上がるぞという強い意志を私に話してくれました。一部マスコミが言っているような変わり者では決してなく、これからの日本或いは世界のために、きっと重要な役割を果たしてくれる若者と私は大いに期待しています。

今度のことはそれがどのようなきっかけで起きたにしても、彼が今後身を捨てて世の中のために尽くすような行動を取ることを示唆するサインであったと私は思います。一日も早く元気になってそのための活動をされることを祈っています。


船井幸雄名誉会長とともに


■ 2004年6月9日(水) 某協会のセミナーにて

この日は東京都内にあるホテルで、某協会のセミナーが行われました。今年度から会長になった井戸さんという方のお声がかりで呼ばれたものです。井戸さんとは3年前ほどにお会いし、とても共鳴しました。確か70を過ぎておられるはずですが、とてもその言動が若々しく、魅力のある方でした。

その結果、彼が所属するヤマゲンさんという歴史のある会社が所有する熊野古道(和歌山県)に面した山を、私どものスタッフ二人が井戸さんの案内で1週間ほど旅し、要所要所の水を採水して結晶写真を撮ったことがありました。近々、熊野古道は世界遺産に指定されると聞いているのですが、そうなればよいなと思います。


向かって右から二人目が井戸さん

さて、70名ほどが参加された講演会は、全く反応が良くなく、しかも一番前で最初から最後まで寝ている人がいて余り楽しいものではありませんでした。寝るのはご自由ですが、最初から寝ていたと言う事は、かなりお疲れであったのだと思います。そのような場合、後ろのほうの席で寝ていただきたいものです。

そして普段なら絶対といってよいほど、笑ってくれたり、ホホーッと頷くような場面でも、うんともすんとも言ってくれません。XXXの年次総会の記念講演会の講演者として呼ばれることがよくあるのですが、たいていの場合同じような体験をいたします。やはり、興味のない人には全く面白くない世界なのでしょう。もう出来るだけそのような席には顔を出すのはやめようと思いました。

…と昨日までは思っていましたが、今日になってお礼の葉書が、しかもとても感動して人生観が変わったという内容のものが届き、「まっ、一人でもこう思ってくれる人がいたら、良しとしよう」と思い直しています。考えてみたら、出席者のうち女性は二人しかいなく、それが表面上は反応を感じなかった要因なのだったのでしょう。それにしても日本男児、もう少し素直に自分を表現してほしいものです。


■ 2004年6月6日(日) 波動ビール誕生!!

大変に元気づけられた山形高畠セミナーを終えて私と妻は福島経由で岩手県一関に向かいました。世嬉の一酒造という古い酒屋さんのお招きのセミナーとパーティーに出席するためです。

世嬉の一酒造さんのHP:http://www.sekinoichi.co.jp/index.html

ところで、昨夜は高畠町の隣の町の南陽町という町の温泉宿に宿泊をしたのですが、ここで思わぬハプニングがありました。朝起きてみると水道が断水で、どうしたのかなと思っていたら、ドアの下に非常事態発生と朱書きで書かれた紙が差し込まれていて、水道に多量の有害物質トルエンが混入してしまったので、絶対に飲んだり身体につけたりしないでください、と書いてあるのです。やがて各部屋に2リットルのミネラルウオーターが配られ、これで顔を洗ったり歯を磨いたりして欲しいとのことです。

騒ぎは私たちがチェックアウトした11時ころには収まりましたが、どうやら付近の住民は給水車が出て、その水を配給されて家に持ち帰ったようです。東京に帰ったら、このニュースは全国に流されたようで、翌日の新聞にも載っていました。私は前日高畠町の水道水の結晶写真を皆さんに見せて、“水道水としてはまれに見る美しい結晶です。やはり原水がきれいなので、塩素消毒薬をそれほど入れる必要がないのでしょう。皆さんこれを誇りに思って大事にしてくださいね”とお話したばかりでしたその矢先の隣町でのトルエン騒ぎ、洒落にもなりませんね。

さて、一関の世嬉の一酒造さんには1年ほど前の東北セミナーのときに見学させていただいたところで、大変由緒ある歴史を持った格調高い酒造り屋さんです.そのときに私がご主人夫婦に何気なく“波動ビールを作られたらいかがでしょうか?”とお話をさせていただいたのですが、その話が実現化されて今日その新商品発表の記念講演兼パーティーが企画されていたのです。


向かって右が世嬉の一酒造の佐藤紘子さん、
左は息子の航(わたる)さん(船井総研の社員だったそうです)

150年ほど前に作られたという大きな酒蔵がホールとして使われており、そこは150人ぐらいの人が充分に入れるほどのスペースで天井も高く、良い波動に満ちていました。地元の市長さんや有力者の方が沢山参加されていたセミナーは1時間ほどの時間でしたが、よい雰囲気の中で楽しくお話をすることができました。

セミナー終了後これまた格調の高いビアレストランでパーティーが行われ、来客者はドイツの有名なバイツェンビール風味の波動ビールを、おいしそうに飲んでおられました。私と妻も何倍も杯を重ねたこと、言うまでもありません。この酒屋さんは観光ルートの一つにもなっていますので、お近くにいらしたら是非立ち寄ってみてください。日本初の波動ビールがお楽しみになれます。


波動ビール(発売元:世嬉の一酒造
ご注文・お申込みはIHMにて承っております。
(TEL 0120-461-112, FAX 0120-466-810)

(この波動ビールはその製作工程において免疫を高める波動CDを聴かせ、そのラベルに“幸せ”の結晶写真を用いました。したがってそのコンセプトは”波動ビールを飲んで健康で幸せになろう“です。)


山形県高畠町の水道水の結晶写真


波動ビールの元水の結晶写真


■ 2004年6月5日(土) 山形県高畠町セミナー

このセミナーは、最近良く一緒にお仕事をさせていただいている中野裕弓先生のご紹介で、半年前にお話があったものです。実は私は日本ではこの山形県とお隣の秋田県、そして和歌山県ではまだセミナーをしたことがありませんでしたので、喜んでお受けさせていただきました。そして、セミナースケジュール担当の秘書の市瀬くみ子君から、セミナー日程が迫ってくるにつれて、現地がだいぶ盛り上がっているようですよ、という報告を聞いていたものですから、この日が来るのを楽しみに待ち受けていました。

行ってみて、びっくりです。何と800人収容のホールが満杯、立ち見まで出たのです。主催者の話では850人の方が足を運んでくれたということです。失礼ながら高畠(たかはた)という町は人口27000人ほどの小さな町で、私はその名前すら存じ上げておりませんでした。しかも、4年前に出来たそのホールは講演会で満杯になったことは今まで無かったということです。

高畠町は別名“まほろばの里”と言われていて、確かに周囲を盆地に囲まれ、温泉もあって(高畠駅の構内に立派な温泉・銭湯がありました)、水も綺麗で豊富な伸びやかな雰囲気の町ではありましたが、冬は3ヶ月ほど1メートル以上の雪に覆われる、厳しい環境の町でもあります。そのような町で“波動”の話にこれだけの人が集まるとは!?(つい1週間前、東京、大阪、福岡という日本の3大都市で行った講演会の結果がトータルで450名でしたから、とっても新鮮な驚きを持ちました)

しかしその答えはすぐに得ることが出来ました。主催者の二人とセミナー後の懇親会、翌日の高畠町見学を通じてご一緒でしたから、彼らとの話を通じてその答えを得ることができたのです。答えは“高い目標を立て、それに向かって行動する熱意と、それを支えるチームワーク”でした。ですから特に特別な要因があった訳では無かったのです。

最初にこの企画を思いついたのは、役場で国保介護課に勤める小野正晃さん(29歳のマラソンランナー)でした。ご自分のお父様の不治の病を何とかしたいと思われ、いろいろと勉強した結果“波動”に出会ったのです。そしてその企画を中野先生のご友人でもあり、1年前やはり高畠で行われた中野先生のセミナーを二人で成功に導いた歯科医の安日(あじつ)純先生(46歳)に相談して、快諾を得ます。そしてそれからが凄かった、二人で一緒に或いは手分けして高畠の学校や公民館で、結晶セミナーを何度も開催して事前教育兼PR活動をずっと続けてきたというのです。


向かって右が小野さん、左が安日さん。
二人が作った後ろの立派なポスターが町中に貼ってありました。

そしてその間、それに共鳴した若者たちを中心として30名余りの、江本勝講演会実行委員を組織しました。最初に講演会場に入ったときそれらの若者たちが、最初は女性(山形は美人が多かった!)がずらりと並んで、そして次は男性たちが並んで歓迎の挨拶をしてくれたのですが、その瞬間から強いチームワークを感じました。そして若いお母さん方のために、楽屋裏に広いスペースの臨時託児所を準備していて、沢山の子供たちが、おそらくまだ未婚のお姉さん方のお世話で、キャッキャと遊んでいました。

もちろん私は乗りに乗ってお話をすることが出来、会場いっぱいのお客様に大変喜んで頂けました。セミナー開始前に高畠町の町長さんが挨拶されて、ポジティブな楽しい波動を日本中に発信しましょうと言われていたのですが、正にそのようなことにこれから高畠町はなると思います。

それにしても、日本の将来を少し悲観していた私に、いやそうではないんだと思わせてくれた、小野さん、安日さん。本当にありがとうございました。あなた方の、人のために何かをしたい、人が喜んでくれることをしたいと言う熱い思い、そしてそのご努力と実行力に心から感謝と敬意を表させていただきます。


■ 2004年6月3日(木) レーザー技術

今日は信濃町の駅ビルにクリニックと、駅のすぐ側に研究所を持つ、大城クリニックの大城俊夫先生を尋ねました。大城先生は「水は答えを知っている」を読まれて感動していただき、昨年の秋に私を尋ねてくれた方で、そのときに1度食事でもしようということになり、今日がその日だったのです。


大城俊夫先生とともに。
愛・感謝という言葉が飾ってあり感激でした。

もともと私はレーザーということに大変興味を持っていました。最初に出会った水の研究者リー・ロレンツェン博士のマイクロクラスター水がレーザー処理をするということにポイントがありましたし、雲消しゲームの提唱者ベティー・シャインさんの説明文の中に“レーザー光線のような気持ちで雲を見つめる”という件があったりして、その後の私の波動論に少なからぬ影響を与えたものだったからです。

大城先生は丁寧に私をクリニックの中を案内してくれ、肩こりがひどかった私の背中や首の辺りをレーザーで揉んでくれました。光ですから痛くもかゆくもそして熱くもありませんでしたが、ものの15秒も経たないうちに、しつこかった肩こりがうそのように引いてゆきました。私は特にびっくりはしませんでした。多分そうなるだろうと理解していたからです。

さまざまなレーザー治療器がその治療目的別にそろえられています。1機種で最低で3千万円ぐらいはするそうで、これだけの種類をそろえたクリニックは世界にも例を見ないそうです。機械というものは量産すればするほど安くなるわけですが、それがまだこのように高価であるということは、このレーザー技術がまだ一般的なものではないことをうかがわせますが、その点を大城先生に聞いて見ますと、やはり私が想像したような答えが返ってきました。

“世界的な傾向ではあるんですが、まだこの技術は一般的には認められない傾向にあるんですよ。やはり薬を余り使う必要がなくなってくるからでしょうね。”

私のセミナーに1度でも参加されたことのある人でしたら、私もバイブレ−ショナル・メディスン(振動医学)のことを説明しているときに、同じことを言っていることを記憶されていると思います。やはりレーザー技術も振動技術ですから、同じような問題点を抱えていることになり、ますます私たちはお互いに助け合おうと共鳴しあったのでした。

レーザー治療というものがどのようなものなのか、まだそれほど知識の無い方は、是非大城クリニックのホームページをご覧下さい。
大城クリニック http://www.ohshiro.com/

明日の治療としてこれほど私たちに希望を与えるものは無いと私は思います。


■ 2004年6月1日(火) 「水からの伝言」発刊5周年記念日

リヒテンシュタインから帰ってきてすっかり日記が滞ってしまって申し訳ありませんでした。会場に来てくれた人は素晴らしく有難かったのですが、22日東京、23日大阪、29日福岡とかねてより予定されていた当社主催のセミナーの動員が合計で450名しかなく、余りにもアメリカツアーとのギャップがあって落ち込んでいまして、失礼しました。まだまだ人間が出来ていないものですから。いかんですね。

さて今日は6月1日で、「水からの伝言」の発刊5周年の記念日です。38年前に亡くなった私の父の誕生日で、父と母との結婚記念日でもありますので、また気を取り戻して日記を書き続けることとします。そういえば父さん母さん今頃どうしているかな。僕が頑張っているのをちゃんと上から見てくれているかな?特に母さんには僕が30代のころ会社を倒産させてしまい、だいぶ心配かけてしまったからな。アーそう言えば母の命日も1月6日で、数字的には関係がある日なんだ…。とりあえず、合掌。

このように日記ですから、たまには私事も良いかもしれない。ではちょっと昔話を続けさせて頂きましょう。

私の父は明治41年の6月1日の生まれで愛知県の出身。母は明治42年1月7日の生まれで江戸っ子でした。二人は郵政省貯金局にいて、父は謹厳実直な模範局員。それに対して母は大正モガ(モダンガール)と言われたほどの、いわば不良少女で、タバコを吸いアルコールが大好きだったそうです(それを僕が受け継いでしまった)。ある日父は上司からそんな母の教育指導係を仰せつかまりました。そしてそれをまじめに遂行するうちにいつのまにか母のペースになって、上司の反対を押し切っての職場結婚という結果と相成ったのです。

そんな話を楽しそうに話してくれた母の顔が今でも懐かしく思い起こされます。二人は四人の子供に恵まれて、私は兄二人姉一人の末っ子でした。すぐ上の兄と三つ離れていたものですから、厳しかった父の鉄拳制裁は一度も受けたことがなく、とても自由にかつ可愛がられて育ちました。それが現在でも続いていて、人に可愛がられるのがとても好きで(誰でもそうでしょうが)、そんなことで余り打たれ強くないのかもしれません。

実は、この他にも両親のことについては沢山のエピソードがあるのですが、それはまた次の機会とさせていただきましょう。



::::::::::Copyright(C)2003 Masaru Emoto All Rights Reserved::::::::::