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■ 2004年5月12日(水)〜16日(日) 7月25日の計画について

リヒテンシュタインでは5日間滞在しました。この間ラスモス君から研究や仕事の状況報告を受け、またウイーンから色彩の研究をされているモニカさんという女性の訪問を受け、交通安全のための色彩デザインの選択を結晶写真でできないだろうかという相談を受けました。

さらにエジプトのカイロ大学で、電磁波予防の研究をされている教授もお見えになり、形と電磁波という内容について協議をしました。そして、1日がかりでドイツのローゼンバークという町に行き、ミネラルウオーター会社の視察に行くなど、相変わらず忙しい仕事が待っていました。この研究所の存在はまだ世の中には正式には公表していないのにもかかわらずこの調子ですから、この秋以降は更に沢山の人がいろいろな国からさまざまな課題を持って訪れてくれるようになるでしょう。

ところで今回は研究所の周りをラスモス君のお父さん、ガウプ氏に案内してもらったのですが、そこで初めてここがライン川に大変近いところに位置していることを知りました。そこでまたあるアイデアが閃いてきました。

“そうだ、今年の7月25日の世界の水に愛と感謝を送るプロジェクトはここを舞台にしよう”というアイデアです。去年はイスラエルでそれを行い世界各地でそれに呼応してのセレモニーが行われました。その数は30ヶ国100団体以上に達したようです。しかし今年は今まで特定の場所でこれをやることは企画を立てておりませんでした。特にここだ!というところが思い浮かばなかったからです。ところが最近になって、“今年はどこでやるんですか?”という問い合わせが事務局に何本も入り、どうしようかと思いあぐねていたところでした。

ご存知のようにライン川はスイスアルプスにその源を発し、オーストリア、リヒテンシュタイン、ドイツ、フランス、オランダの国々をゆったりと巡り、北海に帰す、ヨーロッパの歴史と共にある、全長1320キロにも及ぶ大河です。その上流部に位置するリヒテンシュタインで愛と感謝を世界の水に捧げるセレモニーを行い、その水をライン川に戻す。それはきっとその流域に住む人々の共感を呼ぶに違いないと考えたのです(下図参照)。

そして更に世界平和という大きな観点から、私は次のような形でその発想を膨らませたのでした。それは現地で記念セミナーを行い、参加者にはそれぞれの町の水を持参していただき、また遠く海外からも、その国のお水をリヒテンシュタインの研究所まで送ってもらおうという企画です。もちろんそれらの水を混ぜ合わせひとつの水にし、それに対して皆で愛と感謝を捧げるのです。そしてその水をライン川に流し、一部を残して結晶写真を撮影し、皆さんにウエブサイトを通じて公開するのです。どうか皆さんもできる範囲で、是非いろいろな形で参加されるようお願い申し上げます。


江本勝記念セミナー会場(2004年7月25日午後2時〜)
リヒテンシュタイン国エッシェン(Eschen/Liechtenstein)
の公民館(Gemeindesaal)


水に愛と感謝を捧げるセレモニー会場(2004年7月25日午後7時〜)
リヒテンシュタイン国ガンプリン-ベデルン(Gamprin-Bedern/Liechtenstein)
のボンゲルト広場(Bongert Platz)


■ 2004年5月11日(火) リヒテンシュタイン研究所

アメリカ横断セミナーツアーを終えて、私の次の目的地はフランクフルト経由チューリッヒです。朝8時半に同空港に着くと、そこにはリヒテンシュタイン研究所のラスモス君が笑顔で迎えに来ていました。研究所までは車で1時間半の距離、3月22日の日記に記したように周囲をプレアルプス囲まれた、最高のロケーションにあります。


リヒテンシュタイン研究所を取り囲む
プレアルプス


リヒテンシュタイン研究所は
この建物の3階にあります。

私が何故この地に研究所を作ったのか、ここでその経緯とこれからの目標について、最近私がドイツの出版物向けに書いた文章をここでご紹介をしたいと思います。

リヒテンシュタイン研究所設立について

10年経過した結晶撮影研究

私が水の氷結結晶撮影技術を考案してからちょうど10年が経過しました。この間「水からの伝言」3巻、「水は語る」、「水は答えを知っている」上下巻、などを世間に発表し、大きな反響を世界という単位で巻き起こしました。そして私は最近の4年間は、乞われるままに世界各地を訪れて講演活動を続け、世界の国の人々がこの技術に対して感じ思うことを自分の肌で感じ、それらをまた研究に投影してまいりました。

10年1つの単位と申しますが、この最初の10年は黎明期であり、問題提起時期であり、また躍動期であったと言えます。しかし正直申し上げてまだまだ“科学”と呼ばれる時期ではありません。強いて申し上げれば“科学的な手法を用いてのアート”の時期と申せましょうか。

しかし人々は私のこの技術に対して大変好意的であり、納得できる、あるいはそうであって欲しいと捕らえているようです。そしてその基準はやはり“水の美しさ”であるように思います。実際多くの国々を回ってきて思うことは、それぞれの国がその言語や宗教や文化を異にしているのにもかかわらず、この“水の美しさ”に対する認識だけは共通しているということです。スライドでさまざまな結晶写真をお見せしたときの反応が皆同じであるということを例外なく体験しているからです。

人類共通の尺度となりうるか

現代国際社会がさまざまな紛争を抱えていて、それがなかなか解決出来ないという問題は、人類全体に共通の尺度が無いということにあると私は思います。その中で、水というそれこそ人類には無くてはならない共通の価値を持つ物質が綾なす結晶模様は、平和を望む多くの人達にとっての待望のデザインであったのではないでしょうか。

従って、このような技法を考え出し、それを多くの人達に伝えてしまっている私にとって、しかもそれが大変なる希望と期待感を持って受け入れられようとしている今、その責任はまことに重大なものがあります。もはや、江本勝という一人の人間がその感性の世界の中においてのみ、抱え育て上げるべきものではなくなってきたと思うようになりました。

そう思ったときから私には2番目の研究所をどこかに作らなければならない、という思いが強く芽生え始めました。それも外国に。日本という特殊な歴史と文化を持つ国、日本人だからそれができたと思われるのは本意ではなかったからです。

何故リヒテンシュタインなのか

私が始めてこの技術のための講演会の招聘を受けたのはヨーロッパの国、それもドイツ語を言語とするドイツ、スイス、オーストリアの三国からでした。それは2000年の3月から始まり、その後もいち早く「水からの伝言」を始めとする私の本がドイツ語で出版されるなどもあって、4年たった現在でもこの国々の市民の共感と応援は、他の国々を抜きんでて高いものがあります。ですから、私が2番目の研究所をどこに作るかと考えたとき、これらの国のいずれかが然るべき所であろうと考えたのは当然のことでもありました。

そしてこのたびヨーロッパの中央に位置する小国リヒテンシュタインにHADO LIFE EUROPEという名の研究所を開設しましたのは、以上のような背景があったからと、ドイツ語、そして英語が堪能な専従研究員を得ることができたからでありました。彼の名はガウプ・ラスモス君といい、デンマーク大学とウイーン大学で水の研究をして昨年卒業した、弱冠29歳の、根っからの水に魅入られた青年です。彼のお父さんのガウプ氏は「水からの伝言」がヨーロッパに登場したときからの私に対しての良き理解者であり、応援者でありました。


リヒテンシュタイン研究所のオフィスの様子です。
背中を向けているのがラスマス君です。


結晶写真撮影用の冷凍室です。


冷凍室の中の様子です。
結晶写真撮影用の顕微鏡と
水を凍結させるための冷凍庫があります。

リヒテンシュタインの国境に近いオーストリアで音楽教師をしている彼は、私のセミナーをオーストリア国内で何度か主催をしてくれたことがあります。そんな時いつもラスモス君はそれを手伝ってくれていましたので、私は彼をもう4年も前から知っていました。ですからそのラスモス君から結晶写真の撮影をしたい、ついては弟子入りしたいと申し出があった時は、二つ返事でこれを了解したのです。

彼はその後2回ほど日本に来て研修を受けました。その素直で明るい人柄はすぐに東京の研究所のスタッフに馴染み、溶け込んでいって、その撮影技術を非常に短い間に習得してゆきました。また科学者としての視点から逆に我々に対していろいろなアドバイスや、実験装置についての改良案を提示してくれたりして、彼はあっという間に我々の正真正銘のスタッフの一員となったのです。

研究所の場所をリヒテンシュタインにさせていただいたのはガウプ氏家族が長い間同国の王室関係の方と親密な関係にあり、その推薦があったからです。実際に現地を訪れて研究所の場所を見たとき、プレアルプスを周囲に頂くその美しい環境にしばし絶句したほどで、結晶写真撮影には最高のロケーションを紹介してくださり、感謝しています。

研究所の今後と将来の展望

研究業務は正式には4月の中旬から始まりました。ここでの主な業務は次のように予定しています。

  1. 自然水などの結晶写真撮影業務
  2. 音楽聴かせ
  3. 文字・写真・カラー・ジオメトリー見せ
  4. 波動商品開発のための検証
  5. 電磁波公害対策研究
  6. 従来の水質検査結果と結晶写真との関係調査
  7. 結晶写真撮影研究者教育養成業務

スタッフの充実、研究施設の整備拡大が得られた後

  1. 食品の持つ結晶撮影
  2. ホメオパシーなど代替医療支援研究
  3. 建築建材の持つ結晶撮影
  4. 衣料品の持つ結晶撮影
  5. 微生物研究
  6. ケミカル商品の結晶撮影
  7. その他水を含む商品、物質の結晶研究
  8. 量子力学・生物学・化学・医学・天文学・海洋学・地質学・考古学などに対しての応用研究

水を含まないものはこの世には存在しないと私は考えています。従って全ての物質の持つエネルギーすなわち情報は、それぞれの物質が含む水を調査することによって、その内容が明らかになってくるのではないでしょうか。

リヒテンシュタインに開設された研究所はスタッフがまだ一人だけのほんとに小さな研究所ですが、将来的には実に大きな可能性を持った研究所であることを私は確信しています。そしてそれはこの技術に期待し共鳴してくださる全ての市民の声援、支援にかかわっています。この場を借りまして皆様のご理解ご協力、さらに“参加”を切に願うものであります。


■ 2004年5月10日(月) ニューヨークの休日

24日間に及ぶアメリカ合衆国横断セミナーツアーを大成功裏に終えて、私と妻は昨日9日の日曜日、1日だけ休みを取り、ニューヨーク見物をさせていただきました。


ニューヨークの腰巻おのぼりさん

そしてまず、妻が熱望していたブロードウエイ・ミュージカル見物に出掛けました。出し物は“42ストリート”という言わばリバイバルものの名作です。そしてその主演女優は、何と私が青年のころによく見た映画の中でしばしば出ていた、あのシャーリー・ジョーンズだったのです(エルマー・ガントリー、オクラホマなど)。しかも席は前から3番目の特等席、写真に見られるような迫力ある集団ミュージカルが目の前で繰り広げられ、私たちは大満足。あっという間の2時間半でした。


42ストリートの看板前で

それが終わって今度は高いところが大好きな妻の希望でエンパイヤステートビルへ。エレベーターを60秒ほど乗るとそこはもう摩天楼群を見下ろす雲の上のような世界です。昔二人が夢中で見た映画“めぐり合い”という映画のシーン(ケーリー・グラント、デボラ・カー主演の素敵な恋物語:1年後にエンパイヤステートビルの屋上で再会を約した二人だったが、デボラ・カーがビルの寸前で交通事故にあって来れなかったシーン)を懐かしく思い出しながら、夕闇迫るニューヨークの街をじっくりと見下ろしたのでした。


エンパイヤステートビルの屋上から

そんな中で、案内地図によって例の貿易センタービルがあったところもはっきりと示されていました。地図上からもその威容が偲ばれ、こんなに立派な高いビルが跡形も無く葬り去られてしまったのかと、いまさらながらあのときのあのテレビ映像が思い出され、あれは決して夢でもなんでもなかったのだという、奇妙なリアリティー感に襲われました。そしてあのときに犠牲となった数千の人々の霊に対して手を合わせ祈り、同時に昨日までのセミナーツアーがきっと彼らにとっても、何らかの癒しとなったであろうことを、思ったのでした。

そしてそれから少し右側のほうに行くと、今度はあの国連本部ビルが目に入ってきました。そして誓いました。よし、今度ニューヨークに来るときはきっとあのビルの中で講演会をやって見せるぞと。それまで、さようならニューヨーク!!


■ 2004年5月8日(土) ニューヨーク・セミナー(その3)
  私はこの日のために特別に編集したセミナーメニューに沿って話を進めてゆきました。それは次のような内容です。

 まず、登壇して手をかざして会場を眺めつぶやきます。「これは凄い人だ、日本の人はきっと信じないに違いない、よし証拠写真を撮っておこう」と言いながら、カメラを取り出しステージの上から観客席向けてフラッシュを焚きながら2枚ほど写します。これは初めてのところでは必ずやるようにしているのですが、日本人のカメラ好きというのは世界的に知れ渡っているものですから必ず受けます。案の定、会場大爆笑。これで私と皆さんの距離が一挙になくなります。

  1. 「水からの伝言」出版の経緯、現状・・・現在17ヶ国語で出版されている。関連本を含めると世界で100万部以上の部数となっていて、まるでハリーポッターなみだ(会場爆笑)。また「この本は当時大手出版社から出版を断られ、波動教育社という名も無い出版社だけが受けてくれた。今日はその会社の社長が来ているのでご紹介しましょう」と言ってパソコン操作を担当している女性を紹介。会場からは大きな拍手がくる。それが鳴り止んだとき、すかさず「あ、申し忘れましたが、彼女は私の妻を36年間もやってくれている人でもあります」と付け加える。そうすると会場はもう大喜び、大爆笑と共に万雷の拍手が妻に対して送られる。これで、完全にもうこっちのペース。
  2. どうしてこのようなブームになったのか?
  3. 世界が抱えるいろいろな難問題 を今度は一転してシリアスな調子で解説・・会場シーンとなる
  4. それを解決するにはエネルギーとは何かを知ること エネルギーとは何だろう? それは振動のこと
  5. 人口問題とエネルギー 
  6. 水の結晶はエネルギー(振動)のデザイン化だった
  7. 「水からの伝言」ビデオ上映・・・撮影の仕方・音楽聞かせ・祈りと水(約15分)皆さん食い入るように画面を見つめる このビデオは説得力がある 特に第九を聴かせたときの結晶の成長するさまは圧巻だ
  8. 世界の水道水の結晶・・・いかに殺菌と言う概念が悪いかを強調
  9. 世界の自然水の結晶・・・水の循環の周期性を説き、3、40年前に降った雨が今頃地下水として出てきてこれからが心配だ、と解説
  10. 水の不思議な力・・まだ誰も解明していない 水のことをもっと知ろう それが己を知ることになる
  11. リラックスタイム・・・皆でアメイジンググレイスを合唱 アメリカ人は皆さんこの歌が好きで上手だ
  12. 写真見せコーナー・・・イルカ・大楠・象・出雲大社・ナイアガラの滝壷・セドナ・アメリカ国旗・その星を6角形にしたら
  13. 文字見せコーナー・・・ありがとう・ばかやろう・しなさい・しようね・お母さん・夫婦愛・おふくろの味・インスタントフード
  14. 「水からの伝言」VOL3の紹介 この本は世界平和をどうしたら得られるだろうかと言う目的で書き上げたもの、と言ったらそれだけで会場から大きな拍手が起こった
  15. 文字見せ・・・戦争・平和
  16. 音楽聞かせ・・・イマジン
  17. オノ・ヨーコさんのホームページ紹介・・・We are all water.
  18. 文字見せ ・南無妙法蓮華経・南無阿弥陀仏・キリスト教・仏教・ユダヤ教・ヒンズー教・イスラム教
  19. 言葉の力 ・自己愛・家族愛・隣人愛・祖国愛・人類愛・敬愛・感動・希望・絶望・冒涜・冒涜(英語)クローン人間・真理・永遠
  20. 祈りの力・・・藤原ダムでの祈りの前後・それは何故撮影されたか?
  21. 祈りの形によってエネルギーは違うか?・・・手をつないでの祈り・合掌での祈り
  22. シェルドレイク理論の説明・・・まさしく今その現象が起きていることを説明
  23. 1番美しかった結晶・・・愛・感謝
  24. それは何故か
  25. 愛感謝のもうひとつの意味・・・免疫力
  26. 地球に愛・感謝の思いを伝えよう
  27. どうやって?
  28. アインシュタインのエネルギーの公式を利用して
  29. 微生物の80パーセントは日和見菌・・・比嘉照夫先生から教わったことの説明 
  30. 「ありがとう」は「ばかやろう」より強い 
  31. アポロ13号の奇跡は何故起きたか?・・・あの時始めて人類は国や宗教の区別なく、共に祈った
  32. 五大宗教を同時に見せた
  33. 6番目の結晶に表れたもの・・・それはあなた自身だった
  34. 世界平和のためにみんなで祈ろう
  35. どうやって?
  36. 自分に対してありがとう・愛している・尊敬している
  37. 世界の水に対してありがとう・愛している・尊敬している

 もちろん通訳を通してですが、私はこれらのテーマを熱く、一気に90分間話し通しました。かつてこれほど情熱を持って話したことはありません。やはりナイン・イレブンのあの恐ろしい体験をしたニューヨークの人達を少しでも癒してあげたいという思いがそうさせたのでしょう。話し終わり私が深々と一礼をして頭を持ち上げると、そこには立ち上がって力強い拍手を送り続ける善良なる仲間がいました。


感激のスタンディングオベーション

  ふとみると、パソコン操作係をしていた妻までが立ち上がり、私に拍手を送ってくれています。そしてその頬にはきらりと光るものが流れていました。それを見て私の目からもどっと溢れ来るものがあって、あたりがボーッとしてくるのでした。
  セミナー終了後も多くの人が興奮冷めやらぬかのように、会場に残り熱く語り合っていました。そして写真やサインあるいは握手を願うもので、私の周りには人が押しかけてきます。皆とても嬉しそうな顔をしていたのが印象的でした。

*****

 今回のアメリカ横断セミナーを終えて、私は平和に対しての強い手ごたえを感じました。「うん、これでいいんだ。これからも自信を持って、求められる限り世界の国々を隈なく歩いてゆこう。そして世界の人々の心を受けて、その集約された思いを水に託し伝えてゆこう。それはきっと本当に楽しく幸せな現実世界を作るための、青写真としての結晶写真を次から次へと形作ってゆくのに違いない」と確信をしたのです。


■ 2004年5月8日(土) ニューヨーク・セミナー(その2)
  サインをしている最中はお客様一人ひとりと言葉を交わしたり、握手したりして、実は私にとっては楽しいことであり、苦になりません。そんなちょっとした会話の中から本当の市民の心情を聞くことが出来ます。今回の中で圧倒的に多かった言葉は「良い仕事をしてくれて(自分達に気づきを与えてくれて)ありがとう」という言葉でした。そして次が「希望をありがとう」でした。ともに何よりも嬉しい表現です。
  そうこうするうちに司会の方が、「そろそろ始めたいのですが」と呼びにこられました。時計を見るとすでに6時10分を回っていました。あわてて人垣から出て会場を見回してびっくりしました。もう1階は満席で2階のほうにもだいぶ人が入っているのです。「よし、やったぜ」と内心でガッツポーズをとりながら、私は一番前のほうに行きました。そこにもたくさんの人がいて、舞台と客席の間の空間を埋めています。すると妻がそこにいて「オノ・ヨーコさんから立派なお花が届いているから、そこで記念写真を撮りましょうよ」と言います。「よし分かった」と言って私がその花が置いてあるステージのほうに歩き始めたその瞬間、私は何かにつまずきそのまま前方につんのめり、倒れてしまいました。
  眼鏡が飛び、額が強くカーペットに叩きつけられました。人が一杯いて足元にある段差に気がつかなかったのです。「あっ!!痛い!!」と思わず声を出すほど見事に倒れてしまった私でしたが、それに気づいたのはすぐ側にいた何人かの人だけでした。それほど人でいっぱいだったのです。しばらく椅子に座って、頭を妻になでてもらったりしながら様子を見ましたが、幸いちょっとおでこが赤くなっただけで、痛みもすぐに止まりました。私の頭は昔から丈夫なのです(学生時代ラグビーをやっていたので、タックルをよく受けて倒された経験が多数あるので)。その直後に撮ったのが以下の写真です。しかし最近よくこけます。下半身がだいぶ弱ってきているようです(仕事や私生活でこけるよりは、まあよいのでしょうが)。


オノヨーコさんから贈られた花とともに(転倒直後)

 セミナーはそれから5分ぐらいしてから始まりました。まずハータック先生を始めとする5人の先生方がご挨拶をしていただき、私の研究に対して評価をしていただくと共に、それぞれのご専門との関連をお話してくださいました。


J.J.ハータック先生とともに

 その中で私が感動したのは、4月28日にフラッグスタッフのセミナーを主催してくださったホピ族のエルダー、ヴァーノン・マサヤスバさんが駆けつけてくれてお話をしてくださったことです。こんなことは初めてのことではないか、と関係者は言っていました。私の水の循環論とホピ族のそれとは全く共通するらしく、また私の神道に対する考え方も同様であるとヴァーノンさんは改めて言っておられました。私たちは前世において本当に兄弟であったように思います。


ホピ族のエルダー、
ヴァーノン・マサヤスバさんのスピーチ

 他にも音楽や水の清めの儀式がネイティブ系の方からあって、私の登場を見事に演出してくれました。そしてお客さまはその後もどんどん入ってきて、私が登壇した8時頃には1階席には立ち見の方も出るほどで、1000名の会場はほぼ満席となってしまったのです。「あーっ、神さま有難う」と思わずつぶやき、私は万雷の拍手を浴びながら、今度はしっかりと足元を見て登壇したのでした。

(…この項続く)


■ 2004年5月8日(土) ニューヨーク・セミナー(その1)
  さあ、いよいよ今日は今回のセミナーツアーの最終日であり、メイン・イベントでもあるニューヨーク講演です。朝11時に昨夜のセミナー開催地ニュージャージー州スパルタのホテルを、キャンベル康子さん(今回のアルバニー、スパルタ、ニューヨークのセミナーを企画してくれた人)の車で出て、ニューヨーク、マンハッタンに向かいました。


左がキャンベルさん、右が通訳の今野さん

 土曜日であるため渋滞もなく、1時間半ほどで宿泊先のホテル「北野」に到着し、チェックインをしました。
  そしてその部屋番号がなんと911号室。
  これはどういうことでしょうか。私には偶然とは思えませんでした。きっとあのナイン・イレブンの惨劇の傷をいまだに持つであろうニューヨークの人々に、勇気と希望を与えたいと願って企画したその思いが神に通じたのだろうと、部屋の前で始めてその数字を確認したとき、私は全身にわたって鳥肌が立つのを感じたのでした。その感動に充分浸る間もなく、予定されていた関係者とのランチのため、ブロードウエイにある日本食レストランに向かいました。そこには全米未来科学協会の会長であるハータック博士や、国連で水のプロジェクトを担当している方など5人の方がいて、歓談しながら食事を取りました。あとで聞いた話では、なかなか大変なメンバーが集まってくれたようです。
  3時にはホテルで来客があり、それを30分で済ませ、部屋に入ってその日のセミナーのテーマの編集です。最後までこのように忙しい日程が続き、結局会場入りしたのは5時を少し回ってしまいました。今日は6時から開演の予定なので、本当は4時半入りの予定だったのです。
  会場は町のど真ん中の古い教会でした。でも2階席もあってまるで劇場のようです。貸しホールとしてもよく利用されているようです。収容可能人数は1000名ということですから、前売りの状況からいうと(400枚ほどでした)、かなり空席が目立ちそうです。でも私はきっと満席になるだろうと思いました。今回のセミナーツアーの特徴として、当日売りが予想もつかないくらいに、出てきているからです。つまり、津波現象です。最初は小さな波だったものが、岸辺に近づけば近づくほど大きくなってくるのです。きっと、前の町の評判が確実に伝わってくるようになったのでしょう。
  5時半から、会場で売られている私の2つの新刊本「水からの伝言VOL3」と「Hidden Messages in Water」のサイン会が始まりました。後者の本は「水は答えを知っている」の英語版で、4月9日にオレゴン州ポートランド市のBEYOND WORD社という出版社から発売されたものです。その会社の社長のシンシアさんは、私の本のキャンペーンのためにわざわざこのニューヨークまで来てくれて、一生懸命本を売っているものですから、セミナー前には予定されていなかったサイン会を、私が自ら言い出していったのです。
  あっという間にサインを求める方の列が出来て、私は人垣に囲まれるような形で、セッセとサインをし続けました。そう言えば今回の旅で一体私は何冊の本にサインをしたことでしょうか。サインと共に押す日本語の「愛・感謝」という大きなスタンプが大変に喜ばれて、それを使い出して以来その数が倍増しているような感じです。

(…この項続く)


  スパルタ・セミナー会場はジェーンさんの家から車で2時間半ほどの距離にあり、ジェーンさんに送っていただきました。途中昨日お会いしたばかりの祥江さんと待ち合わせてのスパルタ入りです。というのは今日のセミナーには通訳の方の都合が付かず、私が英語で話をしなければならない事になっていたのですが、昨夜の懇親の場でそれを聞いた祥江さんが応援をしてくれることになり、あつかましくお願いをしてしまったのです。それもボランティアで。


サインを手伝ってくれている祥江さん

  会場は町の中の小さな教会で、どんなに詰めても100人ぐらいの方しかはいれない所でした。すぐにそれは一杯になり、私は助っ人がいたものですから、何とか下手な英語で最後まで話を続けることが出来ました。もちろん途中何度も助けていただきましたが。
  さあこれで12回のセミナーが無事に終了しました。あとはいよいよ明日のニューヨークです。最後を何とか有終の美で飾りたいものです。しかし今のところ確定している予約の方は400人ほどで、1000人収容できる会場だそうですからちょっと心配です。神様仏様、よろしくお願いします。


  今回のアメリカ横断セミナーの企画に際し、当然最後をニューヨーク市で行いたいと思っていました。しかし、その肝心のニューヨークからはセミナーのオファーがなかなかありませんで、困っていました。
  ところが出発の1ヶ月くらい前になってとんとんとんと、ニューヨーク市を始めとする3箇所のセミナーが決まってくれたのです。それを演出してくれたのがニュージャージーに住むキャンベル康子さんという、アメリカ人をご主人に持つ日本女性でした。もともと彼女は数ヶ月前に東京のオフィスまで来てくれて協力を申し出てくれていたのですが、なかなか段取りがうまく行かず、苦戦していたのですが、直前になって協力者が次から次へと現れてくれたのです。
 アルバニーという町はニューヨークの州都でニューヨーク市の北、車で2時間ほどの町ですが、ニューヨークというイメージとは大違いの緑の多い住宅地です。この町でのセミナーは数年前に看護婦さんをリタイアしてヒーリングの仕事を始められたばかりのジェーンさんという方です。実は私たちはこのジェーンさんのお家に泊めていただいたのですが、この敷地が凄い。何と33エーカー(約10万坪)もあり、敷地内にはハドソン川に注ぐ綺麗で豊かな水をたたえたクリークも流れているのです。


アルバニーセミナー主催者 ジェーンさんと

  ジェーンさんは9・11以降、毎日のようにこのクリークの水に対して愛と感謝の思いを捧げて、二度とあのような事件が起こらないようお祈りをしているということです。それにしても気になるのは、150年以上も前に建てられた8ベッドルーム付きの家を含むその購入価格ですが、“とてもお安かった”ということです。アメリカにはまだまだこのような土地がいっぱい残っているようです。
 さて、看護婦さん会館で行われたセミナーは地元の看護婦さんたちの協力を得て、大成功裏に終わりました。その中で祥江さんというまだ若い日本人女性とアーティストであるそのご主人(アメリカ人)、さらに日本人の佐藤さんという写真家とそのアメリカ人の奥様、そして、グレイさんというパイロットであり音楽家である方とその奥様(日本人)という奇しくも3組の日米のカップルの方とお会いし、私たちはセミナー終了後近くのホテルのバーで懇親の場を持ちました。
  ここに来ていろいろな会場に日本人の方が多くきてくださるようになり、これもとても良い現象です。これらの方々との出会いによって、私はその国、その町の文化について時間を短縮して理解が出来るようになり、とても得をしているような感じです。半年ぐらい前まで実はどこの会場でも余り現地に住む日本人の方の参加が無く寂しく思っていたものですから、これで一安心です。


■ 2004年5月4日(火) ミネソタ・セミナー
  ミネソタと言えば、昔はやった暁照子さんの歌“私はミネソタのタマゴ売り”程度しか知らなかった私ですが、何と今日のこの地でのセミナーにはおよそ1000人の人が来てくれたのです!!


セミナー風景(1)・・人で一杯


セミナー風景(2)・・人で一杯

 何でこんなことになったのかと言えば、それはたった一人の普通の主婦テリーさんの水の結晶に対する思いから始まったのでした。“水からの伝言”を見た彼女の生活がその日から変わってしまいます。2年前のことでした。14歳の娘までがその写真に魅かれ、上手に絵を書き学校のコンクールで賞をもらってしまいます。彼女は私に手紙を書きました。私もとても喜んで返事をメールしました。それから彼女の積極的な思いが躍動し始めました。


テリーさんと娘さんのエリザベスさん

 彼女の一人の息子は中国で働いていました。その息子に会いに行くため段取りをしたところ、ちょうどサーズ(SARS)騒ぎで入国が難しいということになり、日本で会うことになったのです。その関係で昨年の夏、彼女は日本に来て私の研究所も訪ねてくれました。私はあいにくヨーロッパにいて留守でしたが、秘書のものが上手に対応してくれて感動してアメリカに帰ったということです。
 その時私に、ミネソタに是非来て欲しい、と言い残していきました。私は一連の話を聞いて、これは何とか行ってあげたいと思いました。もちろん他からもセミナー依頼はあったのですが、彼女のケースがなぜか一番気になり、私は今回のアメリカ・ツアーを組んだとも言えるのです。
 その結果が前述したように1000人の来場者です。いったい何があったのでしょうか?順を追って解説してみましょう。


サインを求める人の列

5月2日(日)…ダラスからシカゴ経由ミネアポリスへ。テリーさんが迎えに来て始めての対面。そのまま宿舎へ向かう。途中ミネソタやミネアポリスの地名の語源が水(ミネ)であることが分かり、改めて納得。宿舎(代替医療関係者の教室やアパートがある)には気功の先生やその生徒たち、そしてテリーさんのお友達が集まって夕食会。その女友達、ダイアンさんとシャロンさん、そのパワーが凄かった。


左がダイアンさん、右はシャロンさん

5月3日(月)…午前中、郊外の小学校へ、3年生の教室へ案内される。すると黒板には、日本語で“ようこそDrエモト”と書いてあり、びっくりさせられる。さらにびっくりしたのが、生徒たちがやっている実験の報告を聞いた時。ご飯や草花に言葉がけ言葉見せの実験をやっており、それが「水からの伝言」の言葉(文字)のエネルギーの結果と全く同じ結果を示している。私が10分ほど挨拶がてら言葉の大切さを説明すると、生徒はとても熱心に聞いてくれて、その後の質問も内容の濃い質問がたくさんあり、私は本当に感動した。この中から将来きっと水の研究者が育つに違いないとも思う。


ようこそ!!Dr エモト


授業風景


質問が一杯


表には「私、君嫌い」 裏には「尊敬している」
結果裏が勝った

 この模様は全て地元のテレビ局がカメラで捕らえており、それがその日の夕方放映された。そして明日のセミナーのことも告知されたのでそれが動員に大きく貢献したのかも。
 その後、テリーさんダイアンさんと郊外にあるシャロンさんの家に向かう。裏庭がすぐにかなりの大きさの湖に面している自然の中にある家で(ミネソタには何と12000もの湖があるという)、そこでシャロンさんの家族に紹介される。旦那様が聴覚障害者のための補聴器の研究製造をしている方で、なかなか振動について薀蓄があって面白かった。彼女たちにヒーリングも施してもらう。

5月4日(火)…セミナー当日。お昼は市内の中心にあるクラブのようなところで女性を中心とした何かの会の昼食会にご招待される。活発な質問があって面白かった。

5月5日(水)…朝11時に近くの湖での、水に対しての祈りのセレモニーが予定されていて、約40名の方が参加。ネイティブ・インディアン(スー族)の方も参加してくれた。


スー族エルダーの水への祈り

その後、市内にある別の小学校訪問。この学校は将来宇宙飛行士になりたい子のための小学校で、このような学校があるとは知らず驚いた。校長先生みずから学内を案内してくれて、私が来たことを何度もエキサイティングなことだと言ってくれてとても嬉しかった。全校生徒500人以上の前でショート・セミナーを行う。子供の前で話をするのは本当に楽しい。早く日本でもこのように理解のある校長先生が現れて欲しいものだ。


宇宙学校の校長


宇宙学校の生徒の前で

  そのあとミネソタ大学医学部の心療医学の先生方との懇談会のために大学へ。この大学は医学部がとても有名なのだが、東洋医学などの代替医療も取り上げていて、補完医療の門戸も開けているようだ。
 さらに夜は違うグループのクラブに招かれての食事会があり、本当によくいろいろな計画が立てられていた。結果的にテリーさん一人でなく、ダイアンさん、シャロンさんのお母さん3人組のお膳立てですべては企画されていたようで、この企画の成功により彼女たちはNPO を立ち上げるとのこと。水を通して子供の教育問題に取り組んでいきたいと言う。そして何と正式に結晶撮影研究所を作りたいと私に申し出てきたのだ。

こんなエネルギーだからこそ、1000人もの人達を集めることができたのだろう。主婦パワー満開で私もこれを受けざるを得ない。ミネソタに今年中にでも結晶撮影研究所が出来ることになるだろう。そう言えばミネソタは“アメリカの冷蔵庫”と呼ばれる州なのだそうだ。アメリカの最初がここで当然かも知れない。


■ 2004年5月1日(土) マシュー・アンダーソンさん
  実はこのダラスで、6,7年ぶりに友達に会いました。マシュー・アンダーソンさんと言うユタ州に住む方です。彼と私たち夫婦との付き合いはもう15年ほど前になるのでしょうか、私たちが初めて参加した健康博でのことです。私たちのブースのところに、ソルトレイクの天然ミネラル溶液の代理店を求める、危ない日本語を話す青年がやってきました。私はその青年の感じがとてもよく感じられたものですから、簡単な説明を聞き、後日詳しい話を聞きたいので会社に来るように伝えました。それが彼だったのです。


マシューアンダーソンさんと

 彼は若いときモルモン教の布教のため日本に来て、英会話の先生などをしているうちに日本女性と恋におちいり結婚しました。ですから日本語をしゃべるのです。そして家業であるトレースミネラル社の日本進出のための代理店募集のために、一人で当時幕張メッセで開かれていた健康博に来て、営業行為をしていたのです。
  結果として彼に声を掛けたのは私だけだったようで、私の会社はその彼の会社の商品を輸入販売することになりました。そのためユタ州オグデン市にある彼の家族が経営するトレースミネラル社(当時)にも、その後2回ほど訪問したことがあります。しかし当時まだ厚生省の輸入規制が厳しく、トレースミネラル社はサプリメントなど良い商品をたくさん持っていたのですが、それらが輸入できず私たちは細々とトレースミネラル溶液だけを売っていたのです。その後波動関係の仕事が忙しくなった私は、その仕事をかねてからの知り合いだったグリーンハート社の織田社長に引継いで頂き、マシューさんとの直接のお取引の関係はなくなりました。
  その織田社長はその後とても頑張ってくれて、厚生省に何回も通い、このほど念願のサプリメントの輸入販売許可を頂き、正式に販売の運びとなったと言うことです。そしてその打ち合わせのために今回たまたま私と同じ時期にユタ州のマシューさんの会社を訪れました。そして二人でわざわざ泊りがけでテキサス、ダラスまで来てくれたのです。もちろん、セミナーもじっくり聞いてくれました。そういえば織田社長にはいろいろとお手伝いまでしていただいて恐縮でした、ありがとうございました。
  久しぶりに会うマシューさんは、少し太ったか、と言う程度で昔と全く変わりませんでした。子供さんも4人、皆元気ですくすくと育っているようです。私たちは近くの寿司レストランで、妻の誕生祝をかねながら楽しいひと時を過ごしたのでした。
  そのマシューさんから先日メールが来て、彼が担当するカナダで私のセミナーを企画したいと言う連絡が入りました。よほど私のセミナーの話の内容が気に入ったようです。とても嬉しく思いました。



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