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■ 2004年4月30日(金) ダラス・セミナー
  テキサスの中央部にあるダラスはケネディー暗殺事件があったところですし、また現職大統領ブッシュを生んだところでもありますから、大変保守色の強い町です。したがって本来なら私のような平和論者のセミナーなどは、企画してくれる人もいないだろうと思っていたのですが、それが違っていたのです。
  フェリシアさんとトニーさんという仲の良い夫婦に招かれて、このダラスでセミナーをやったのは2年前のことでした。もともとラルフさんという水の研究者がいて、3年前にロサンゼルスに私がいるときに滞在先のホテル・ニューオータニまで泊りがけで会いに来てくれて以来、友達付き合いをしている人がいます。その彼の友人がトニーさん夫婦で、カナダ・セミナーの帰りに彼らの主催でダラスでセミナーをやって大成功を収めたことがあるのです。


フェリシアさんとトニーさん

  ですから今回のアメリカ横断ツアーを企画したときは、ためらうことなくダラスを最初からその講演地の一つとして選んでいたのです。そしてそれは人数的には、予定した数の半分ほどでしたが(嵐が来ると言う予報が朝からあり、外出を控えるようにと言う報道がかなりあった…。そしてそれは実際に来て雹まで降ったのだった)、何と終わったときにはスタンディング・オベーションがあり、テキサスと言えどもやはり私のセミナーに来てくれる人達は違うんだな、と思わされました。
  さらにとても感動したことがありました。写真のように愛・感謝など私の本からヒントを得て美しい漢字を織り込んだTシャツを着てきたグループがいたのです。それはセトさんという日系人(日本語は話さない)の方の発案で作られたもので、おまけに彼女は“素晴らしいお仕事をありがとう”ということで、翌日開かれた懇親会にも出席され、何と私にとっては初めての体験となる“ドネーション”(寄付)を申しだされたのです。私は有り難くそれをお受けさせていただきました。本当に嬉しかった。


中央がセトさん。皆さん愛感謝Tシャツを着ています。


愛感謝を綺麗に縫いこんでいて、良く出来ています。

*****

さて今日は私の妻の誕生日でもありました。前回の私の誕生日はテルアビブ(イスラエル)で迎え、やはりセミナーのある日でした。会場に来てくれた人々と共に60の還暦を祝ってもらいましたが、妻も私が皆さんに紹介させてもらったところ、250名ほどのお客様から大きな祝福の拍手を頂きました。まだまだ夫婦の世界行脚の旅は続きそうですが、こうやって旅先で皆さんに祝っていただけること、まことに感謝の限りです。


■ 2004年4月28日(水) フラッグスタッフ・セミナー

 フラッグスタッフはアリゾナの北部の町で海抜が2000メートルもある高地で、グランドキャニオンに45分ほどでいけるところです。この町にある北アリゾナ大学の講堂で、ホピのブラックメサ委員会主催による私のセミナーが開かれました。このブラックメサという意味はこちらに来て始めて理解したのですが、黒いテーブルのような丘という意味で、こちらには何とかメサという地名がたくさんあります。その地質によってそれが赤かったり、緑がかっていたり、黒っぽかったりします。それぞれ鉄、銅、石炭が含まれているからです。
  そして石炭が含まれているブラックメサで今ホピ族があることに対して反対運動を起こしているのです。それは政府が石炭を掘りそれを粉砕して運び出すときに大量の水を使うのですが、その水を確保するために彼らホピ族が住んでいるエリアの地下水を毎日のようにポンピングしているからです。エルダーであるヴァーノンさんから聞いた話ではホピ族の方は特に水に対して強い思い入れを持っており、さまざまな水に関する言い伝えがあるそうです。そして、そのほとんどがなんと私の「水からの伝言」に書いてあるような思想だということです。ですから、彼はわざわざ日本まで来て、私に会いに来て、私をアリゾナまで招いたという次第なのです。
  私は水の循環性ということをとても重要視していますから、水を動力を使って強制的にくみ出すということに反対です。それはさまざまな公害を将来巻き起こすことになると思うからです。水が現在あるところにあるのはしかるべき理由があってのことであり、その位置を強制的に、しかも大量に移動せしめることは自然の法則に反することです。
  そんな国の水行政(?)に反対している委員会が私を招いての講演会を開きました。そして講演の前にいくつかの歓迎行事があり私を厚く迎えてくれました。通訳をしてくれたロビンソン尚子さんの話によれば、外部の人に対してはとても異例なことだということです。しかも最後には、なんだかとても貴重と思われるペンダント(?)を頂きました(下の写真参照)。

そういえば昔、過去生が見えるという人から、「江本さんは前世において、レムリア、アトランティス、マヤ、ネイティブインディアンの時代において水のマスターだったんです」と言われたことがありましたが、いろいろな話の符牒がとても合うことから、「うん、そうだったのかもしれない」と思い始めたりもしています。
  実はセミナーの前にヴァーノンさんから2時間に渡ってホピ族の言い伝えを聞いています。とても内容が深く興味あることでしたので、月刊「波動」にいずれご紹介させていただきたいと思います。


■ 2004年4月27日(火) セドナ・セミナー

 昨日の続きですが、ルースさんは私たちをまずセドナ・セミナーの主催者であるウオーカーさんの家に連れて行ってくれました。ウオーカーさんは独身の女性で、こちらに移り住んでまだ2年ほどしかたっていないそうですが、幼稚園を開設するために着々と準備を進めていらっしゃいます。そのためか、協力者の方が入れ替わり立ち代り彼女の家に来て、何らかのお手伝いをしていました。僅かな時間の間に相当地元に溶け込むことが出来たような感じで、それが彼女の人柄を現しているのでしょう。私の講演会もそんな彼女の人脈が総動員して、結果的には大成功、280席の椅子はすぐに売り切れ、なんと100人あまりの人が帰らなくてはいけなくなったそうです。
  セドナというところは精神世界系の人や芸術を好む人がたくさん住んでいる町です。実は私にとってもこの町は忘れられない町の1つになっています。というのは、今から12年ほど前に初めてこの町を訪れたときに、同行した高知の入交石油の永野社長から“雲消しゲーム”を教わって、それが水と言霊との関係の初めての実体験となり、その後の水に関する取り組みに少なからぬ影響を与えることになったからです。
  さて一杯になった会場には例の映画の製作者ウイリアムさんが駆けつけてくれました。私は彼にステージに上がってもらって皆さんにご挨拶してもらいましたが、ここではまだほとんどこの映画の話題すら知らなかった人が多く、私の結晶が関係する場面が紹介され、その政策にまつわる裏話が紹介されると、会場からは「ホー、そうだったのか」というどよめきの様なものが起こり、講演会を盛り上げるような雰囲気が出来上がってゆきました。


映画製作者のウイリアムさんと

 私とウイリアムさんはこの映画の日本上映について話し合い、彼らとしてはすでに10月の東京映画祭に参加を申請しているが、そのほかのことについてはまだ白紙なので、私に対していろいろな協力を求められ、私はもちろんそれを受けました。とりあえず、11月に予定している“水と平和の祭り”(11月27,28日・日本青年館)では皆様にご覧に入れることが出来ると思います。楽しみにしてください。
  セドナはとても美しい風景と、良い波動の高原の町です。いくつかの添付写真をお楽しみ下さい。


いわゆる磁場の良いところ(遠くは有名な夫婦岩)での水の実験


こんな赤い岩の山があちこちにある


夫婦で記念写真


余りにもかわいいお尻だったから
…もちろん赤ちゃんの方ですよ


音楽家ジョンさんの癒しのディジュリドゥー


夫婦岩の前の結婚式に出会いました


真ん中の岩が夫婦岩です


■ 2004年4月26日(月) ロサンゼルスからアリゾナへ

 なにせ、アメリカ横断セミナーツアーなものだからダイナミックな行程で、ゆっくりと日記を書いている時間がなかなか取れません。今これを書いているのはもはや30日の午後で、しかもフェニックスからダラスに向かう狭い機中でのことです。日記を楽しみに待っている方には不規則な日記になってしまって申し訳ありません。
  さて、ロスアンゼルスセミナーでお会いした聴覚の不自由なご婦人、ミランダさんと、聴導犬ウイスパーのことについては、出来れば近いうちにまた渡米してゆっくりと取材させていただき、1冊の本にまとめてみようかと思っています。私と彼らとの間にとても素敵な共通点、私は見えない世界を見えるようにし、彼らは聞こえない世界を聞こえるようにしている、という共通点があるからです。例えばウイスパーはスクリーン上に写るさまざまな結晶写真の振動を感じてそれをご主人に伝える、ということです。ですから、彼らのために結晶スライド上映会を行えば、私はまたいろいろな気づきを与えられると思うのです。

*****

  アリゾナ州フェニックス空港にはかねてからの知り合いのルース・ジョイさんが出迎えてくれました。ルースさんは2年前ほどに私に会いたいということで、日本に来てくれた人で、昨年の7月25日のイスラエルでの、世界の水に愛と感謝を捧げるプロジェクトにもわざわざ駆けつけてくれた、半端ではなく私の運動を応援してくれている人です。


右がルースさん、左がウオーカーさん

 今回のアリゾナでのセミナーは、27日が精神世界の人には有名なセドナという町で、28日がそれより1時間ほど北に上ったフラッグスタッフというホピ族の人たちが多く住む町で行われます。どうしてこの計画が組まれたかというとそれは約11ヶ月前に遡ります。あれは確か昨年の6月のことでした。秘書課の根本君の知人を通じて米国アリゾナ州に住むホピ族のエルダーが私に会いたいと言う連絡があったのです。もちろん私は2つ返事で了解しました。私もアメリカのネイティブインディアンといわれる人とお会いしたかったからです。
  そしてそれは3ヵ月後の昨年9月19日に実現されました。彼とその妻がロビンソン尚子さんという通訳の方に伴われて、私の事務所を訪ねてくれたのです。私は全身で歓迎の意を表したかったのですが、果たしてどうだったでしょうか。きっと彼らの熱い思いの期待を満たせることは無かったのではないかと思います。しかし彼らは私をアリゾナ州の北アリゾナ大学に招きたいから是非来て欲しいと言って帰っていきました。
  今回アメリカ横断セミナーツアーを企画したのは、1つにはその時交わした彼らとの約束を果たしたいという気持ちからでした。そしてその約束がセドナセミナー、フラッグスタッフセミナーという形となった訳です。そして今私はそれを終えて機上の人と成っているのですがその成果は如何に?


ホピ族の長老ヴァーノンさん

 皆さんには申し訳ありませんが、飛行機は次の目的地、ダラスに着陸体制をとることになりました。従ってこの続きはまた明日ということになります。


■ 2004年4月25日(日) ロサンゼルス・セミナー

 雪のデンバーから2時間ほどのフライトで、そこはもう南国という感じのロサンゼルスです。空港には以前からお世話になっている井出龍男さん(歯科技工士の先生)と僕の日記の翻訳者のひとりの坂井奈津子さんが迎えに来てくれました。


右が井出さん、左が坂井さん

 ロサンゼルス・セミナーは4回目ですが、今回はトーランスという日本人が多い街のホテル(ホリディ・イン・トーランス)で初めて行うことになっています。
  そしてこのロスでもサンフランシスコと同じような現象が待っていました。つい1週間前まではあまり予約もなく、担当の坂井さんはヤキモキしていたようですが、昨日今日とバタバタと予約や当日客が来て、結果的に約300名の人が来てくれたのです。例の映画の話題もこちらではほとんど知っている人がないのに、やはり波動がどんどん伝わっているという感じです。本も写真集だけで200冊も出たということですから、良かった、良かった。


熱気にあふれたロサンゼルスのセミナー会場

 ところで、本日の会場には思いもかけないお客様がお見えになりました。一番前の席に座っている素敵なご婦人の足元に、犬が行儀よく座っているのです。最初は盲導犬かと思いました。しかしそのご夫人の所作からすぐにそれが聴導犬であることが分かりました。彼女は聴覚障害者で、それをその犬が補ってくれるわけです。3時間にも及ぶセミナー中その犬はとてもおとなしく、そしてご主人様を忠実にお守りしているという感じがひしひしと伝わってきて、犬好きの私としては、終わった後に何とかして彼らと会いたいなと思いながら話を進めていました。


聴導犬のウィスパーと飼い主のミランダさん、
妻の和子とともに

 その願いはすぐにかないました。有志によるセミナー後の食事会に彼女はその犬とともに参加してくれたからです。そして私は彼女からとても感動的な話を聞きました。あっ、もうホテルをチェックアウトする時間になってしまいました。続きはまた明日にさせて頂きます…。


セミナー後の食事会での記念写真


■ 2004年4月24日(土) デンバー・セミナー

“山が動いた感じ”と22日の日記には書きましたが、甘かった。ここデンバー会場は500人収容できるホテルの宴会場を用意してくれていたのですが、ふたを開けてみたら、そのたった1割の50名の人しか来てくれませんでした。なぜだ!?と思われるでしょう。実は22日ごろから大雪が降ってあちらこちらで道路が閉鎖して、キャンセルが続出してしまったのです。何で4月の20日過ぎに雪なんか降るんだ、とつい愚痴ってしまいますが、このデンバーというところ、富士山で言えば5合目ぐらいの標高に位置しているようで、良くこの時期に大雪が降るんだそうです。
  確かに会場のホテルはだだ広い高原にぽつんと立っているホテルで、周辺には人家はまったくありません。ここに来るまでには1時間2時間のドライブが必要ということで、そして周囲の峠はほとんど閉鎖されてしまったのです。自然がなせる業には逆らえないのでどうしようもないのですが、気分としては上昇気流に乗ったかなと思っていただけに、ちょっとショックでした。まだまだこれから色々な事があるんだぞという神の思し召しでしょう。もう一度褌を締めなおさなければなりません。
  ところでセミナーのほうは相変わらず絶好調でした。実は今日は日本人の方が一人も出席されていなかったので、また人数も少なかったので、思い切って英語でのセミナーを行いました。もちろん途中通訳さんにヘルプされながらのことですが、まあ何とかやれました。というのは、主催者が会場に持ってこられた本のうち「水からの伝言VOL3」と「Hidden Messages in Water」が各50冊も売れたのです。通常来場者の3割の方が買ってくれれば成功といえるのですが、今日の場合50人の来場者で100冊売れちゃった訳ですから200パーセントの売上率ということになります。
 きっと、けなげなに下手な英語で何とか皆に分かってもらおうと努力している姿に対しての、ご苦労さまでした票だったのでしょう。皆さんお買い上げありがとうございました。


■ 2004年4月22日(木) サンフランシスコ・セミナー

 実は私たちはこの2日間サンフランシスコセミナーの主催者である鯉沼さんのお家に泊まらせていただいていました。セミナーの申し込みの電話がじゃんじゃん鳴り始めたのは、私たちがお邪魔したその日からでした。それでもまだ150人程度の申し込みでしかありませんでした。そして昨日今日と鯉沼さんはその電話対応におおわらわで、その数がどんどん増えてゆきます。電話回線は1本、電話を受けるほうも一人、どうやらかなり多くの人が電話がビジーのためにアクセスできないようです。
 その余波は会場の都ホテルに行ったようです。殺到する電話に対して都ホテルの社長であるHiroさんは独断で、予定されていた部屋を200人収容から500人収容の部屋に変えてくれました。結果として300人の人が来たのですから、もしそのご判断が無かったらと思うとぞっとします。
 セミナーの前に記者会見も行われたのですが、通常ですとせいぜい2,3人来ればよいほうだと言うのに、30人近い人が来て、Hiro社長を驚かせたということです。そして今日も日本領事館から領事さんが来てくれて、最後まで興味深そうに聞いてくれていました。すべては米国ビジネスコンサルタント会長の松浦功様のお手配ということです。本当に感謝に耐えません。
 しかし明らかに何かがおきています。“山が動き始めた”と言うのでしょうか、そんな波動を感じるのです。今日も会場の人に映画の話を聞きましたが、なんと6,7人の人しかそのことを知りませんでした。どうやらこれが“100匹目の猿現象”と言うのでしょう。今までこつこつと世界を回ってきたことがようやく実ってきたような感じです。皆さんも一緒にどんどんとポジティブな思考や声を皆に聞こえるように上げてゆきましょう。そうすれば、世界の平和はもうすぐそこまで来ているのですから、それをがっちりとつかむことが出来るようになれるのです。


向かって左が鯉沼征代さん、右がフミ・ジョーンズさん


追っかけの葉坂さん


■ 2004年4月21日(水) オープンシークレット・セミナー
  ポートランドセミナーでの大成功の余韻もまだ覚めやらない翌日早朝、私たちは次の興業地(?)サンフランシスコに向けて出発しました。サンラファエル・サンフランシスコ・デンバーは鯉沼征代さんといって、私より誕生日が4日先輩のアメリカに住むお友達の主催で行われることになっています。鯉沼さんは15年ほど前に最愛のご主人をアメリカ赴任中に亡くされ、以後3人の娘さんとともにアメリカに残り、今ではアメリカ国籍を取得され、サンフランシスコ郊外の街、ペテルマに住んでいらっしゃいます。
 鯉沼さんとはお友達ですが、実はつい最近のお友達です。去年の2月、私がロスアンゼルスに出張したとき、サンフランシスコからお友達のポーランド人のアダムさん(3月16日の日記をご覧ください)を紹介するということで、駆けつけてきてくれた人で、その後東京の事務所にも遊びに来てくれたりして、すっかり意気投合してしまったのです。
 彼女は精神世界に良く通じており、その面での感性が素晴らしい人で、これはと思った人については徹底的に勉強し応援するタイプの人で、たとえば「7つのチャクラ」("Anatomy of the Spirit")のキャロライン・メイスさんなどとはお友達です。今回の「水は答えを知っている」のアメリカ版の出版に際しても、彼女に鯉沼さんが頼んでくれて、推薦文を頂くことが出来ました。
 さて、その鯉沼さんのお友達であるサンラファエルという町(シスコから1時間弱のところ)の、オープンシークレットという本屋さんで私のセミナーが行われました。結果的に100人しか収容できないスペースに、160人の人が来て、立ち見や座り見の人が多く、皆さん大変でした(なおかつ20名の人にはお帰り願ったようです)。ブックストアの方の話では、昨日今日と急に来場希望者が殺到し、その対応に大変であったということです。
 しかし、ここでは例の映画は上映されておらず、またその話も知らない人がほとんどで、なぜこのように急に来場者が増えたのか、主催者の肩も首を傾げていました。明日のサンフランシスコ会場ではいったいどうなるのか見ものです。

■ 2004年4月20日(火) ポートランド (2)
  7時半からのセミナーはシンシアさんが会員である大きなスポーツクラブでのホール(530名定員)で行われます。しかし100名もの人が入りきれなくなってしまって急遽エキストラルームを用意し、そこに大きなモニターを据えて、その方たちを収容するという大変なことになってしまいました。
  もともとポートランドではサイン会だけしか企画されていなかったのですが、例の映画『What the $#*! Do We Know ?!(私たちは一体全体何を知っているというの?)』がポートランドで上映されて、大変な人気となり、急遽セミナーが企画されたのです。ですから、いかにあの映画のパワーが凄いかお分かりになると思います。会場にはオレゴン州日本総領事の長井忠様も来てくださり、最後まで私の話を聞いてくれました。こんなことは初めてのことです。後で聞くところによれば、今年はちょうど日本とアメリカの国交150周年で、いろいろな行事がその記念行事として認定されており、私の一連のセミナーもサンフランシスコ、デンバー・セミナーの主催者である鯉沼征代さんが骨を折ってくれて、その認定を得たということです。
  その映画関係者の方も2名ほど会場に来てくださいました。一人は製作者側のパヴェル・ミコロスキーさん、もう一人は映画に出演されて地下鉄の駅のホームで私の結晶写真の説明をやってくれた女優さんで、私は自分のセミナーの中で彼らに壇上に上がってもらいご挨拶をしてもらいました。お二人はとても喜んでくださり、映画製作のエピソードなどをお話してくれたのです。

 胸に6角形の星のマークをつけた私は、ペンタゴンからヘキサゴンへ(5角形から6角形へ)などと軽口をたたきながら登場、万雷の拍手をいくたびか浴びて、大成功裡に2時間のセミナーを終えることが出来ました。おかげさまで終わったときは全員が立ち上がってのスタンディングオベーションで私のスピーチを称えてくれたのです。


■ 2004年4月19日(月) ポートランド (1)
  朝9時にクリスタルさんがホテルに迎えに来てくれて、私たちは11時過ぎの飛行機でオレゴン州ポートランドに向かいました。空港には「水は答えを知っている」(英語版タイトルThe Hidden Messages in Water)の出版社の社長シンシアさんと通訳の細山田さんが迎えに来ていました。細山田さんはアメリカにはもう18年も住まわれていて、現在は鍼灸をベースとしたヒーリング関係のお仕事をされている方で、たまたま中野裕弓先生のお知り合いということで、今回のセミナーの通訳をお願いすることになった方です。


シンシアさんと・・彼女の家の庭で

 12時半についてすぐに私たちは最初のインタビューのラジオ局に行きました。昼食はあらかじめ細山田さんがおにぎりを用意してくれていて、それをラジオ局で出番を待つ間皆でおいしく頂きました。海外で現地に住む日本人の方が作ってくれるおにぎり、これほどおいしいランチはありません。


最初のラジオ局のパーソナリティーとともに、中央が細山田さん

 それが終わると、また次の放送局でのインタビューが待っていました。いつも思うことですが、私はラジオのインタビューが好きです。見えない世界を見えるものにした、それを言葉で説明するのは大変難しいのですが、それを工夫しながらするうちに、またいろいろな閃きがあって、セミナーで使えるような表現方法が生まれてくることが多いからです。


2番目のラジオ局にて

 また、二つのラジオ局ともに、よく結晶のことを理解されている方がパーソナリティーでしたので、私はさらに楽しくその時間を過ごすことが出来ました。お二人ともすでに「Hidden Massages in Water」を読んでおられて、なかなか鋭い質問も多く、気の抜けないそれぞれの30分でもありました。
  さて、それからがまた大変でした。セミナーは7時半からでしたが、セミナー会場からは少し離れたニュールネサンス・ブックストアーという本屋さんで5時からサイン会が予定されており、そこに行ったのですが、そこに来てくれた人が半端な数ではなくて、それは延々と6時30分まで続いたのです。そうですね、ざっと150人ぐらいの人に対して、しかも複数で本を求められた方が多く、私の右手はほとんど腱鞘炎になる寸前でした。
 その中で、松葉杖の姿も痛々しい女性がサインを求める行列の中に並んでいました。見た感じではつい最近怪我したようで、私は“何も、サインひとつでこんなに苦労して並ぶことは無いのに”と思ったりしたのですが、その女性は自分の番になると“私を覚えてますか?”と1枚の写真を私に見せるのです。それは4年前に私がバハマのドルフィンツアーセミナーに参加したときのメンバーの記念写真でした。彼女はその時に参加したメンバーの一人だったのです。私と妻はすぐにそのときのことを思い出して彼女と抱き合いました。このような思いがけない再会のチャンスを得られるのも、世界を旅している時の楽しみの一つです。


■ 2004年4月18日(日) ベイション・アイランド
  今日はシアトルからフェリーで20分ぐらいのところにあるベイション・アイランドという島に行きました。1年前にバンクーバーのセミナーに来てくれたコリーナさんという水晶を使ってのヒーラーの方からの依頼で、地元のコミュニティーの方の集まりに招かれたのです。
  この島では公害問題がいろいろな形で起きているようで、彼らはその問題に対して真摯に立ち向かっていますが、その基本はやはり水を大事にするということです。定期的に行われる集会ではいつも皆さんで水に対して祈るというセレモニーを行っているということです。
 今日も私との3時間に及ぶ対話のあとそれが行われました。クリスタルボールとジュルジュビ(アボジリニの大きなスイスホルンのような楽器)とが使われ最後には皆で3つの言葉を唱和しました。それは私がもう2年ぐらい前から本やセミナーの中でお伝えしている“I love you, water. I thank you, water. I respect you, water.”というあの言葉でした。
 日本から遠く離れたこの小さな島で、私がお勧めしている水に対しての祈りの言葉が、人々によって何の抵抗も無く唱えられているという光景を目の当たりに見て、私はまた身の引き締まる思いと責任を感じたのでした。


今日は皆さんに合掌の形のパワーについてご説明しました。

 ホテルに6時半ごろに帰ってから私たちは中村さん夫婦の案内で少し離れた日本食レストランに食事に行きました。中村さんたちは昨日のセミナーに参加してくださり、ご縁が出来て今夜ご一緒に食事をすることになったのです。行ってみて始めて知ったのですが、そのレストランの経営者の奥様もセミナーに参加していただいたようです。また、ウエイトレスをしているそのお嬢様も水伝のファンだと聞いてとても嬉しくなりました。


中村さん夫婦とともに

 こうやって異国の地でも“水からの伝言”という本があるためすぐに打ち解けてお話が出来たり、食事が出来たりすることは、消して楽ではない長期ツアーの中での、大きな楽しみであり喜びです。今夜も素敵な中村さんご夫妻と楽しく語り合いおいしい食事を頂きました。中村さんは自称アマチュアということですが、私の目から見ればプロとしか思えない写真家です。いずれ本欄でその素晴らしい写真をご紹介させていただこうかと思っています。


■ 2004年4月17日(土) シアトル
  さあついにアメリカ・ツアーの始まりです。私たちは16日の夕方5時に羽田を発ってサンフランシスコ経由でワシントン州の州都シアトルに向かいました。ユナイテッド航空だったら成田から直行便が出ているのですが、大の全日空ファンである妻はわざわざ遠回り路線を選んだのです。確かに全日空は快適です。食事やサービスでここを上回るエアーラインをまだ知りません。
  待ち時間を含めて14時間後、現地時間の16日の午後3時(日本と16時間の時差があります)に私たちはシアトル空港に着きました。そしてそこには今回のシアトル・セミナーの主催者EAST WEST BOOKSHOP(本屋さん)のイベント担当責任者CRYSTAL WENDENKIERさんが待っていました。なんと、最初に空港に迎えに来てくれた人がクリスタルさんとは、これでこのツアーの成功はクリスタル(結晶)によって保障されました。
 その日は何も予定がありませんでしたので、ホテルの近くのモールで食事を取ったあと、9時ごろには就寝しました(アメリカの場合この最初の日の時差調整がとても難しく、いつも苦労させられます。今回も失敗したようです。なぜならば、今この日記を書き始めた時刻は18日(日)の朝2時半だからです)。
  昨日のセミナーは土曜日でしたので、午後1時からのスタートでした。会場はコミュニティーカレッジの中の劇場で、よくクリスタルさんたちがイベントのときに使う会場だそうで、大学の中ですからパーキングスペースも充分にあり、また緑やお花が綺麗で絶好のロケーションでした。
  そして問題の入りですが結局300名の会場が満席となりました。一人25ドルの入場料ですから日本円で2700円ぐらいになりますのでそれほど安い金額ではありません。呼んでくれる主催者の方に経済的負担を掛けたくありませんから、お客様の数が大変気になります。初日から大成功でクリスタルさんにも喜んでいただき、やはり幸先の良いスタートが切れました。


客席の様子、皆さんとても熱心でした

  ところで、先にこの日記欄でオレゴン州ポートランドで作られた映画の話を書きましたが、やはりその影響がとてもポジティブに働いており、300名のうち50名ほどがすでに映画を見てこられてきた方でした。そして、製作者の方からホテルに、今回のツアー用として私のために3分ほどに編集してくれたDVD(DR,EMOTO PROMOTIONAL TRAILER)が届いておりましたので、それを最初に皆さんにお見せして話をスタートしました。その映画のことを知らなかった人も多く見えていましたので、大変タイムリーなイントロダクションとなったようです。
  おかげでセミナー終了後のサイン会では長い長い列が出来て、主催者の本屋さんは喜び、私も喜んだけど右手が疲れ、痺れてくるほどで、少々辛かった。でも、「水伝3」がすぐに売り切れたのはとても嬉しかったです。


手前がクリスタルさん

  それが終了してから地元のテレビ局とラジオ局のインタビューが待っていました。お昼もそこそこのセミナーでしたが“良い仕事をさせてもらった”という充実感があり、楽しくまたぱきぱきと、とても私のセミナーをよく理解してくれた女性のインタビュアーの質問に対して、下手な英語で答える自分がそこにいました。


主催者の本屋さんの店頭で ほかのお客様と

  ディナーは環境を守る女性の会の方々からご招待を受け、楽しくお話をしました。特に私のヘンプ(大麻)論は盛り上がり、毎年国際ヘンプ・フェスティバルが行われるというこの町のヘンプ情報について、今後ご連絡をいただけるということですので、ヘンプ・ファンはご期待下さい。
  さあ、今、朝の4時になりました。さすがにもう寝なくてはいけません。アメリカ・ツアー第一報はこの辺で失礼させていただきます。


■ 2004年4月16日(金) 行って参ります

 3人の人質解放、ほんとに良かったですね。今回のことでいろいろなことがありました。皆さんそれぞれ感じたことだろうと思います。それらを忘れないうちに皆で語り合うようにしましょう。結果的には3人が命を賭けて世界人類に対して投げかけた命題がたくさん含まれていると思いますから。
  さて、私は本日これからアメリカセミナーツアーに旅立ちます。日程は当ホームページ英語版に書いてありますのでご覧下さい。最初の都市はシアトルです。日本時間の月曜日にはその模様をご報告できると思います。今回もインターネットのアクセスに問題がなければ出来るだけ毎日ご報告させていただきたいと思っていますので、是非チェックしてください。では……。

 とここまで書いているときに、梅ちゃんという女性が息せき切って駆けつけてきました。なんと私が「13の月の暦」のセミナーで見つけ、とても気に入った、スタッフ用の綺麗な6角形のお星様の胸バッジを3つ作って持ってきてくれたのです。

 昨日根本君から、“この前のあのお星様を胸につけられて、アメリカで講演されたらいかがですか?”と言われ、私が“うん、それは良いね”と言ったら根本君が梅ちゃんに連絡してくれて、彼女は一生懸命それを作ってくれて持ってきてくれたというわけです。
  ご存知のようにアメリカの星条旗の星は5角形です(ペンタゴン)。これが愛と感謝の象徴である6角形(ヘキサゴン)になったら良いな、と私は前から思っていました。これで今回の旅の錦の御旗が出来ました。ありがとう、梅ちゃん、そして根本君。
  では今度こそ行って参ります。


■ 2004年4月13日(火) 3人の人質の無事解放を祈ろう

 4月13日午後2時現在で、イラク・ファルージャ付近で拉致された3人の日本人人質はまだ解放されていません。一度 “24時間以内に解放”というニュースが流れただけに、ご家族のその後の思いの落差はどんなにか深く辛いものがあることでしょうか。心中察するに余りあります。
  何かを自分の肉親のためにしたい、何か具体的な行動を取りたい、しかし何も出来ないその歯がゆさ。ただ出来ることは、出たくもないテレビに出て、同じような各局アナの質問に、大きな声で喚きたい、叫びたい、怒鳴りたいであろうに、その感情を押し殺しながら、ただひたすら“お願いします、助けてください”と繰り返すことのみ。
  しかし今ここで、それらの現象をどのように分析批評してみてもまったくいたし方のないことです。私たち同じ日本人として、同じ痛みを分かち合うべきものとしての行動を取らなければなりません。何の行動か?それは西の空に向かい“愛を祈る”ことです。多くの人の純粋な祈りの形態波動は、まず宇宙に届き、そこにある愛の周波数帯のサテライトを経由して、必ずや拉致グループに潜在する愛の波長帯に着信し、彼らをして母なる愛の思いに目覚めさせることでしょう。

 さあ、西の空に向かって手を合わせて祈りましょう。写真は「合掌」という文字を見せた水の結晶です。


「合掌」の結晶写真〜『水からの伝言 vol.3』より
― 3人の日本人の無事解放を願って ―
   
  私はあなた方を愛しています。
  なぜなら、あなた方は私であり、兄弟であり、生みの親だからです。
  私はあなた方を愛しています。

この写真を出来るだけ多くのあなたのお友達にメールしていただけたら幸いです。


 先週は何かと忙しくて日記を書く暇がなく、1回のみの日記で失礼しました。実は来客との夕食会が3回、波動塾の懇親会、木曜日の夜のエイトスター講演会などがあってよる家に帰る時間が遅く、パソコンを開ける時間がなくなってしまいました。
  さて、そんな中で水曜日の夕方講談社の丸木部長と新見さん、そして私の妻と4人で、近くの和食屋さんで会食をしました。講談社さんでかねてから製作していただいていたDVDブックが出来上がったのでその打ち上げ会です。

 このDVDブックは「水と音楽 癒しのメッセージ」というタイトルで、次のような構成になっています。

PART1 名曲に感じる結晶が心を癒す
 ・ 「ペールギュント」組曲〜朝(グリーグ)
 ・ 弦楽四重奏曲第67番「ひばり」(ハイドン)
 ・ ピアノ・ソナタ第14番「月光」(ベートーベン)
 ・ 「子供の情景」〜トロイメライ(シューマン)
 ・ ピッコロ協奏曲 ハ長調(ヴィヴァルディ)
 ・ バレエ「眠りの森の美女」〜パ・ダクシオン(チャイコフスキー)
 ・ 愛の悲しみ(クライスラー)
 ・ 「アルルの女」第2組曲(ビゼー)
 ・ 愛の夢第3番(リスト)
 ・ 歌劇「タイス」〜瞑想曲(マスネ)
 ・ パガニーニの主題による狂詩曲(ラフマニノフ)
 ・ アヴェ・マリア(シューベルト)

PART2 水と音楽の不思議
 ・ 私たちの身体は音で出来ている
 ・ 音楽とは何か
 ・ 水で音楽を知る
 ・ 新しい「水と音楽の癒し」

PART3 人生を変えた結晶との出会い
 ・ 映像で見る水の結晶
 ・ 研究の動機
 ・ 水の結晶とは・・・
 ・ 水に音楽を聴かせる
 ・ 音楽は人を癒す
 ・ 水に文字を見せる
 ・ 水に気持ちを伝えたら・・・
 ・ 水からの伝言

特典映像 気分で選ぶおすすめプログラム
 ・ ぐっすり眠りたいとき
 ・ イライラした気持ちをしずめたいときに
 ・ 落ち込んでしまったときに

 もちろん世界で初めての音楽結晶つきDVDブックです。DVDの特長として、目次を見ながら聴きたい項目あるいは見たい項目をクリックすればすぐにその場面が画面に現れますから、とても効率よく音楽や結晶映像を楽しめます。そしてその成長する結晶映像の美しいこと。感動もので、癒されること間違いありません。
  (1)音楽の持つ直接的振動効果、(2)結晶映像を見ることによる美的癒し効果、(3)その成長映像を見ての感動効果、(4)波動測定解説による理解効果、と4つの方向からの癒しを是非体験してみたらどうでしょうか。自信を持っておすすめします。


  4月3日(土)に行われたホゼ・アグエイアス先生来日記念講演会は、おかげさまで表記したように950名もの方が来てくださって、大成功のうちに終わりました。ホゼ先生は今回でなんと8回目の来日なのですが、今回の盛り上がりに大変意を強くされて、さらに少なくとも5回(計13回)の来日を私に約束されて、次の予定地に行かれました。ご来場いただいた方、まことに有難うございました。

 さて、9時半に全ての予定が終了して、望まれる方々に対して忙しくサインをしているときに、一人の若い女性が私に話しかけてきました。いわく、「実は私、つい先週までアメリカのシアトルにいたんですが、先生が先ほど話された映画を見てきたんです。凄く面白かったですよ。私、英語はあまり分からないんですけど、4回も見ちゃったくらいですから」というのです。
 その映画というのは、先週の金曜日の本欄で少し紹介した映画『What the $#*! Do We Know ?!(私たちは一体全体何を知っているというの?)』のことなのですが、実は僕はこの映画で、僕や結晶がどのように紹介されているのかまったく知らなかったものですから、それを聞いて大変嬉しくなり、彼女に出来るだけ詳しくその内容を教えてもらおうとしました。しかし、文京区が管理しているシビックホールは門限が厳しく、私たちはガードマンに追いやられるようにして館外退去せねばなりませんでしたので、詳しい話を聞く時間がありませんでした。
 ところが今日、その映画をコピーしたDVDがアメリカの製作者から送られてきたのです。早速、秘書課長の根本君の解説でそれを鑑賞しました。そしてその全容をやっと把握することができたのです。それをざっとご紹介すれば次のようになります。
 マリリー・マトリン扮する主人公のカメラマンの女性は、聾者(ろうしゃ;耳のきこえない人)ですが、立派に仕事をこなしています。しかしいまひとつ内面的にすっきりすることがなく、結婚にも一度失敗していて男性不信感がぬぐえません。そんな彼女はひどい頭痛持ちで薬が手放せません。ですからとても綺麗な方なのですが、いつも沈みがちで魅力があまり感じられないのです。

 そんな彼女に不思議なことが起こり始めます。ある日町を歩いているとバスケットボールが彼女の目の前にころころと転がってきます。それを無視して通り過ぎようとすると、「どうしてボールを拾ってくれないの?」と子供の声がします。見ると道路わきにあるバスケットボールのコートに黒人の男の子が立っていて、ボールをほうり返してほしいというような仕草をしています。彼女は面倒くさそうにそのボールを拾って、彼のほうにほうります。しかしそのボールはすぐにその少年の手から彼女にパスされます。もっとまじめにほうり返して欲しいというような感じで。

 彼女は少しむっとしてそのボールを今度は少し強くほうり返します。でもまだダメダメという感じでボールがまた帰ってきます。……そんなやりとりが続いたあと、少年は彼女をコートの中に入ってくるよう誘います。でも彼女はためらってなかなか入ろうとしません。しかしついに根負けしてコートに足を踏み入れた瞬間、スクリーン上ではバリアのようなものが映し出されます。つまりコートの外の“場”とコートの中の“場”とが異次元となった、というイメージです。
 コートに入った彼女は少年の巧みな誘導によって、昔バスケットボールの選手であった頃の自分を取り戻したかのように振舞って、一時の元気を取り戻すのですが、それが終わってまた日常の生活に戻ると、頭痛がまた彼女を襲ってきます。それは地下鉄の駅のホームでのことでした。薬を飲もうとしてその壜を取り出した彼女は誤ってその壜を落としてしまいます。彼女は思わずホームに散らばった薬を拾い集めようとします。そしてその間に到着した列車は走り去ってしまい、彼女は苦々しい気持ちで頭を持ち上げ、なにげなく反対側のプラットホームを見上げます。そう、この時点で僕の水の結晶写真は登場するのです。
 その壁には Message from Water と書かれてあり、そのプラットホーム上には大きな結晶写真のパネルポスターが6枚ぐらい並べられているのです。傍らには説明係の女性が立っていて、それらの写真について人々に解説してくれています。 「これらの写真は日本の水の研究家・江本勝さんの研究所で撮ったもので、これは藤原ダムの祈りの前の水の結晶写真で、これが祈りの後の水の結晶写真、これが『ありがとう』という言葉を見せた後の水の結晶写真……」というようなきちんとした説明が続いて、(船井先生によって)愛の気を入れられた水の結晶写真(船井先生の)、“むかつく殺す”という文字を見せた水の結晶写真などが紹介されたのです。
 彼女は電気ショックを受けたかのように立ち上がり、呆然と、しかし魅入られたようにそれらの写真を見続けます。その時、彼女の傍らにひとりの老人がスーッと近づきます。そして彼女におまじないのように言うのです。「意識で水の結晶を変えることができるのなら、意識で自分自身をどれほど変えることができるのか、想像してごらん」と。
  そんなことがあってすぐのある日、彼女は今まで請けたことのない結婚式の撮影の仕事にしぶしぶ出掛けます。そこでいやなことがチョコチョコあって、彼女は不覚にもお酒を飲みすぎてしまい、悪酔いして破目をはずしてしまいます。翌朝激しい二日酔いとともに目覚めた彼女は、しかし何も覚えていません。そんなときドアの下から差出人のない郵便が届きました。彼女はそれを見て激しい自己嫌悪に陥ってしまいます。昨日の結婚披露宴での彼女の乱痴気騒ぎ振りを撮った写真がいっぱい入っていたからです。
  彼女は鏡に映った自分をののしります。「お前なんか最低だ!」などと。しばらくそのシーンが続いたあと、彼女は水道の蛇口からポトリポトリと落ちる水を何気なしに見つめます。そして画面にまたあの老人が現れて同じことを彼女に言います。「意識で水の結晶を変えることができるのなら、意識で自分自身をどれほど変えることができるのか、想像してごらん」と。
  ここでシーンは彼女が入浴しているところに変わります。しかし普通の入浴シーンではありません。ペンを持って何かを書いています。そう彼女の体のほとんど全身に何かを書いているのです。まるで刺青のように。何を書いているのでしょうか?それは可愛らしいハートのマークのデザインでした。足の先までハートのマークを書き上げた彼女は気持ちよさそうに目を閉じてその感触を楽しむかのようにいつまでもバスを使っていました。
  翌日さっそうと町を歩く彼女がいました。とても美しく、昨日までの彼女とはまるで別人のようでした。そして川のほとりを散歩している彼女は今まで長いこと手放せなかった頭痛薬をくずかごめがけてポイと、まるでバスケットボールのシュートをするように投げ入れます。空中をくるくると回転していたその薬壜が屑篭に見事にゴールインしたとき、それは彼女が昔大好きだったバスケットボールに変わっていました。
 以上がこの映画の概要だと思います(何せ一回しか見ていないし、解説者も自分が解説しているときは他のシーンは見れないわけですから)。でもだいたいは間違いないと思います。いかがでしたでしょうか? 私にしてみればもちろん感動ものでした。その感動もそんじょそこらの感動ではなく、大きな声で「やったぜーい!」と叫びたくなるような感動でした。なぜそれほどまでの感動を得たのか、皆さんお分かりになるとは思いますが、この続きはまた日を改めてご報告させていただきます。


■ 2004年4月2日(金) 13の月のカレンダー
  ヨーロッパから帰って2週間ぶりに出社したのが一昨日の3月31日、凄いニュースが待っていました。アメリカで私の『水からの伝言』をモチーフにしたドキュメンタリー映画が完成し(題名『What the $#*! Do We Know?!』)、今オレゴン州やワシントン州を中心にして大変な話題を集めている、という情報が入ってきたのです。


http://www.whatthebleep.com/

この件についてはさらに詳しい情報を集めて、来週当日記でお伝えすることとしますが、ちょうど4月16日からシアトルをはじめとして全米12箇所でのセミナーツアーに出掛ける予定がありますので、またまた神様は粋な計らいを私にしてくれたようです。
  さて、当ホームページのトップでご案内しているように、明日ホゼ・アグエイアス先生の来日記念講演会が開かれます。

 ホゼ先生と私は過去2回お会いしており、実は私はこの情報をはじめて聞いた1996年以来、この運動支援者の一人です。今回も電通に居られた柳瀬宏秀さんの依頼で、IHM国際波動友の会も後援させて頂くことになり、動員に協力しているところです。
  柳瀬さんは私の見るところでは、この思想、運動に共鳴されて天下の電通をスパっとやめられてしまわれ、以後定期的に13の月のイベントを各地で開かれており、本気でこの運動を日本で推進されています。なかなかご苦労もおありのようですが、何でも初めてのことはそういうものです。“人がやらないことをやるおじさん”を自認する私としては同類の後輩を見ると応援したくなってきます。ですから、皆さんもぜひ参加してください。
  特に“13の月の暦って何のこと?”と思われたあなた。21世紀を上手に生き延びるためには知っていなくてはならない情報です。お聞きのがしないように。私のテーマは“13の月の暦と男女平等”です。男女同権運動にご関心のある方もぜひご参会下さい。



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