リヒテンシュタインからチューリッヒ空港までは距離にして約130キロ、車で約1時間半の距離で、今後はやはりチューリッヒ空港が基点となります。ラスムスの車で私と妻と尾竹常務はチューリッヒ空港に着き、それぞれの目的地に赴きました。妻はオランダ航空で娘と孫が待っているアムステルダムへ、尾竹常務はルフトハンザ航空でミュンヘン経由バルセロナへ(安い切符利用のため)、私はリベリア航空で直接バルセロナへ。
つまり今日から3日間私は妻と離れて尾竹君と情熱の国スペイン旅行に行くわけです。久しぶりの男だけの二人旅、ちょっと楽しみだなと思っていたらそれは甘かった。それこそ殺人的なスケジュールが私たちを待っていました。
夜遅くバルセロナ入りした私たちは、翌25日の10時にジローナに向けて出発しました。ジローナはバルセロナから北へ100キロほどに行ったところにある古都で、昨年の11月にバルセロナに来たときにお会いしたマリアローズさんとの約束を果たすために予定に組み入れていたものです。(2003年11月24日の日記をお読みください。)
素晴らしいお天気に恵まれ、遠くにピレネー山脈を仰ぎながら、車はのどかな農業地帯のなかを快調に走ってゆきました。そして11時半にジローネに着いたそのあと、すさまじいスケジュールが待っていたのです。
まず、12時半から地元のジローナ大学での講演会です。大学関係者と代替医療関係者が60名ほど出席をしてくれました。通訳は前回のときにもお世話になった三重県出身の留学生卒業者の古田君で、哲学科出身なものだから、なかなか専門用語も知っていて上手な通訳をしてくれました。

それが終わって2時過ぎから、市役所から二人の人と大学の先生、マリアローズさんとわれわれとで遅い昼食をとりました。聞いてみれば今回のジローナでの企画はすべてマリアローズさんがしてくれたようで、もう80歳になるというのに、町の実力者らしく皆さんから大変尊敬されているような感じを受けました。
昼食が終わってマリアローズさんの家へ歩いていったのですが、その町並みがまことに美しく、しばし足を止めて尾竹君と一緒に記念撮影です。

そして彼女の家に着くと、団体で人が待っていました。その中には昨年お会いした日本語の出来る画家マルタさんとそのお友達の華道の先生あずささんがいて私たちを元気な日本語で迎えてくれました。


さあそのあとが大変です。7時30分からの市民会館のようなところでの講演会までの間にいったい何組の取材や面談があったことでしょう。またまた入りきれないほどの人が来てくれた講演会を終えて、夕食を関係者と済ませ、バルセロナのホテルに戻ったのは、もう深夜の2時を回ってしまっていたのです。(続く)