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■ 2004年1月29日(木) 釈 浄宗先生一行 来社

今日はオーストラリアに本部を持つ仏教団体、浄宗学院の創始者、釈浄宗先生とその一行24名の方々が来社されました。全世界で3億人という驚くべき数の信者というか、生徒というか、聴講生というか、信奉者を擁している先生、団体です。
私とのご縁は、釈先生が信者の1人から『水からの伝言』を贈られてその内容に大変共鳴していただき、昨年8月にオーストラリアの本部に講演に招いていただいたことが始まりです。そのときは釈先生は中国本土のほうに招かれていてあいにく留守をされていてお目にかかることが出来ませんでした。しかし、1月21日から岡山市で国際宗教者会議が開催され、それに出席のため来日し、その日程の中にIHM研究所訪問を組み入れてくれたのです。
一行は午前9時半に大型バスでお見えになりました。出家された方が3分の2、在家の方が3分の1で、オーストラリアだけでなく、台湾、アメリカ、香港、インドネシア、マレーシア、シンガポールから成田に集合されて来日されたとのことです(全員、中国系の方です)。
最初に社員を集めて釈先生にご挨拶を頂きその中で“結晶写真のメッセージは、お釈迦様のお伝えしている事と同じで、それを見える形にしてくれたIHMの皆さんに感謝したい”と大変ありがたいお言葉を頂きました。
そのあと、私が『水からの伝言第3集・・・自分を愛するということ』の内容を2時間にわたり説明させていただきましたが、釈先生は随所で頷いてくださり、私の説明に大変満足されたようでした。実際、先生の説いておられることを、写真で解説したというような内容であったようです。
お昼を、彼らが用意してくれた浅草の信者が経営する中華料理店でご馳走になり、そのベジタリアン調理に妻と感動しながら釈先生と色々な会話をさせてもらいました。その中で、先生がもう78歳であること、中国本土の南京のそばの町のお生まれである事。26歳のときに仏門に入った事、アジアの色々な国の大統領から招かれて、その国の宗教対立問題を仲裁している事などを伺いました。
そのお話の中から、先生の飾らない人柄、なんとも温かい波動、そう、愛と感謝の波動を感じました。妻がいみじくも言いました。“あなたまだまだ負けてるわよ”と。何も競争するつもりはありませんが、自分でも確かにそう思います。気取らなくても体から滲み出てくるような、愛と感謝の波動、社長業をも継続しながら、ごく自然に身につけることが出来たら、良いですね。
その後、研究所を見学してもらったり、いろいろな質問を聞いたりして、結局皆さんがお帰りになったのは4時を過ぎていました。帰りがけに釈先生が暖かく柔らかい握手をしてくださりながら“応援させていただきますよ”と力強く言ってくれました。あー、世の中にはまだまだ沢山の先輩や、凄い人がおられるのだなと思い、その瞬間ぐっと胸に来るものがありました。

■ 2004年1月27日(火) シエラレオーネ

日曜日の夜、NHKスペシャル『63億人の地図@寿命 2004年いのちの旅』という番組を見ました。とてもショッキングな内容で、改めて今私がやっている平和を求めてのミッション活動の重要性をひしひしと感じました。
この番組は読売のテレビ欄の紹介によれば、
“数字は多くを語る。感染症の発症率、所得格差、犯罪増加率・・・・。この様な統計をもとに作成したデータマップを通して、世界の現実をリポートし、人類の未来を予見しようという試みだ。9回シリーズで、毎月1回の放送。初回のテーマは『平均寿命』。”
というような番組です。最近はめったにテレビなど見ていないのですが、なぜか気になり見始めたところ、冒頭の部分は大変な内容でしたので、その感想をご紹介させていただくこととします。
シエラレオーネというのは西アフリカにある人口450万人ほどの小国です。番組は記者がその国に平均寿命の調査のために訪れるシーンから始まります。シエラレオーネは世界でもっとも平均寿命の低い国だからです。その年齢はなんと34歳!? 子供の寿命が異常に低い、5歳までには4人に1人の割合で死んでゆくせいです。見ているほうは、当然飢餓死によるものであろうと考えます。ですから、さぞ荒涼とした不毛の砂漠地帯の国かと思いました。
ところが飛行機から映し出されたその大地は緑で溢れていました。ええ?どうして?と思ったのは私だけではないでしょう。やがてその訳が画面を通じて知らされます。畑を耕している大人たちの手や足がないのです。だからなかなか効率よく農作業が出来ません。そして驚いた事に子供たちの中にも同じように手足の不自由な子がいるのです。それは悲しい事に92年から10年近くも続いた内乱のせいでした。
この国ではたまたま発見されたダイヤモンドの利権をめぐって、国が大きく二つに分かれそれはいつ果てるとも分からない、残忍な殺し合いの内乱となってしまいました。そして多くの農民や女子供でさえ、将来の労働力を摘んでしまえ、という事でその手や足を切断されてしまったという事なのです。当然戦争の間は農作業は出来ず、土地はやせる一方、慢性的な飢餓状態となり子供たちは殆どが栄養失調でばたばたと倒れてゆきました。収容すべき医療施設もありません。2年前に何とか内戦は終結したものの、そのやせた土地を元通りにするのは、手や足のない農夫たちには重過ぎる作業であり、その結果子供たちの飢餓状態は、今も止まる事がないのです。
ダイヤモンドに目がくらみ、互いに殺し合い、子供たちの将来までをもメタメタにしてしまう。無知な人間のなすことは、時としてどうしようもなく許しがたく、恐ろしいものがあります。人間とは本来善なるものと私は信じておりますが、それは正しい知識があってという前提なのだなと、改めて思い知らされました。
『水からの伝言』は日本で誕生しその後次から次へと各国版で翻訳出版されています。その順序は次の通りです。
日本語(英語)・・・ギリシャ語・・・ドイツ語・・・台湾語・・・オランダ語・フランス語・イタリア語・・・ヘブライ語・・・韓国語・・・スペイン語・・・スロベニア語
そして現在ポーランド語、ハンガリー語、セルビア語、が製作中で、つい最近、クロアチア語、トルコ語でのオファーがありその舞台が東ヨーロッパの方に移っています。
東ヨーロッパといえば分割や動乱、内乱がつい10年ほど前まであった地域です。それらの国の人々がもう同じ悲劇を繰り返すまいと私の本を教科書的に選んでくれたものだと思いますが、こうやって外国での出版を時系列的に並べてみると、その国の文化の歴史と相似であるように思えてなりません。
早くアフリカ諸国でこの本がそれぞれの自国語で出版されるようになって欲しい、早くそれぞれの国からセミナーのご招待が来て欲しい、そう願わずにはおれない私の思いでした。

■ 2004年1月26日(月) 新・波動の真理 連載開始

10年前に私は『波動の真理』という本をPHP研究所から出してもらいました。最近この本を読み返してみましたが、我ながらなかなか良く書けていると思いました。しかし、もう5年ほど前に絶版となってしまいましたから、最近の私の本の読者は、特に『水からの伝言』から波動の世界を知った人はご存じないと思います。
実はこの本で始めて世間に結晶写真をご紹介しました。ですから私にとっての原点的な本で、私がなぜあのような技術の発想を持ったかが、こと細やかに書いてあります。また10年前当時の世相から波動学の必要性を説いているのですが、それらがずばりと的を突いていて、自分で言うのもなんですが、先見性に富んでいる内容です。
そこで、人類にとって極めて重大な、それこそ天下分け目の時となるであろう今後10年間を、10年前のこの『波動の真理』を紹介し紐解きながら予測し、私たちのあるべき姿を提案すべく、国際波動友の会の会報、月刊『波動』3月号から長期連載する事としました。昨日おとといの2日間でその1を書き上げましたが、波動と水の研究家、人間江本勝の集大成的なものにしたいと思っています。
とりあえずの内容は、次のように予定しています。1回ごとに20年分の智恵を振り絞って一生懸命書きますので、どうぞご期待ください。

3月号・・・序 暗闇に光明をともすもの
4月号・・・第1章 全ては水への探究心から始まった(1)
5月号・・・                            (2)
6月号・・・第2章 奇跡の玉手箱 MRAとは (1)
7月号・・・                       (2)
8月号・・・                       (3)
9月号・・・第3章 波動普及の歩み       (1)
10月号・・                       (2)
11月号・・                       (3)
12月号・・ビジョン1 毒をもって毒を制す
2005年
1月号・・・ビジョン2 言葉の持つ波動
2月号・・・ビジョン3 言葉と温度と地球
3月号・・・ビジョン4 真理と真実と半導体
4月号・・・ビジョン5 宇宙との交信について
5月号・・・ビジョン6 微生物と仲良く暮らそう
6月号・・・ビジョン7 先人に感謝をする
7月号・・・ビジョン8 宇宙の真理が分かりかけてきた
8月号・・・ビジョン9 カラスの死骸はなぜ見あたらないのか
9月号・・・ビジョン10陰陽論について見直す
10月号・・ビジョン11陰陽論からの脱皮
11月号・・ビジョン12過去のしがらみ
12月号・・ビジョン13遺伝子と教育
2006年
1月号・・・第1章 水のあるところに必ず波動がある (1)
2月号・・・                            (2)
3月号・・・第2章 地球の水は宇宙から飛来した   (1)
4月号・・・                            (2)
5月号・・・第3章 水の波動を映像として見た 
6月号・・・第4章 波動の具現化がもたらすもの
7月号・・・結び 新たな時代のキーワード『波動』
8月号以降・・・未定

■ 2004年1月22日(木) オーストリアからの来客

今日はオーストリアの留学生でクラウスさんという方が、たずねてくれました。この春に阪大を卒業されるようで、就職活動を兼ねてウイーンにいる友人から紹介を受けて、会社訪問されたものです。その友人は音楽家でトリオの弦楽演奏活動を続けており、彼らのコンサートのポスターに彼らが演奏した曲を聴いた水の結晶写真を使いたいから、というお申し出があり研究所で撮影をしたご縁です。
4年間日本で経営学を勉強したという彼は当然日本語がしゃべれます。そして彼がやりたい仕事は日本とオーストリアを結んでの音楽関係の仕事だという事で、ほかの業種には一切目もくれず、そのような関係の会社を探しているとの事でした。しかしなかなか希望するような会社はないようで、その友人から聞いただけの情報で、つまり結晶写真がなんであるか、波動とはなんであるかをまったく知らずに、私のところに訪ねてきたのです。ですから、その仕事の内容を説明するのに大変苦労しました。
でも、とてもよい感じの青年でしたので、オーストリアやドイツ、スイスで何か仕事が会社として始まった場合、何か手伝ってもらえるかもしれません。実際のところ、現在まだ発表できませんが、そのエリアである仕事が計画中で、ひょっとしたら、彼が望む音楽関係のお仕事を紹介出来るかも分かりません。
実は、昨年の11月に始めてウイーンとザルツブルグでセミナーをやったのですが、何と、ウイーンでは1500名、ザルツブルグでは1400名もの入場者があって、私はオーストリアで大変な歓迎を受けました。それ以来オーストリアから色々なオファーやメールが飛び込みはじめ、その中の一つに新しい仕事の話が出てきたのです。そのために私は3月にまたウイーンを訪れるのですが、今日の青年の訪問は、その事についての良い材料となる気がします。
彼が帰った後、秘書が今度はフランスの青年がやはり来月、私を訪ねてくるという連絡を伝えに来ました。その彼はコンサルティング会社にいて日本に良く来るようで、やはり日本語が話せるという事です。何か、いながらにして、世界のあちこちから、有能な人が訪ねてくれて、本当に国際的になってきました。そう言えば29日には台湾のある宗教団体の教祖様とその弟子たちが20人ほど、バスでわが社を訪問してくれるという話もありました。 

■ 2004年1月20日(火) 食品問題について

大学時代のラグビー部のキャプテンであったポン友のO君が(僕はサブキャプテン・・・4年生部員は2人しかいなかったので)最近東京に出張してきた折に、私のところにふらりとやってきました。見ると顔がだいぶやつれています。彼は大学を卒業すると、建設会社にしばらくいた後、同じラグビー部の元部員である友人の実家が経営していた養鶏関連の会社に入社し、以後独立してから現在に至るまで奥様と2人で真面目に鶏肉の加工の仕事を色々と工夫しながら立派にやってきた男です。例えば手羽中を2分して女性や子供にも食べやすくしたチキンヒーローという商品は彼の会社で開発したものです(http://www.rakuten.co.jp/shokutuu/)。
彼の顔を見て私はすぐに思い当たりました。彼の会社は今話題の山口県にあるからです。実際に養鶏業をやっている訳ではありませんが、その取扱商品の90パーセント以上が鶏肉です。かなり深刻な影響が来ていること、これから来るであろう事は、容易に想像されます。以下は彼と私との会話です。

E:やっぱり疲れたような顔してるな。もう影響が出ているのか?例の件で。
O:うん、そうだ。韓国やベトナムで発生したというニュースを聞いたとき、これはやばいなーと思ったけど、こんなに早く来るとはなあ。しかも山口県で。
E:でも君のところでは生産している訳ではないから、どうしようもないだろ。
O:うん、それに実際にうちは県内産は入れてないからね。殆どが鹿児島だ。でも、手続きが大変なんだよ。納品先にすべて原産地証明を添付しなければならない。それだけでも、人1人入れなければならない。そうも行かないんで、それは俺がやってる。
E:それは大変だね。ところで注文の方はどうなの?
O:やっぱり落ちてるね。海外じゃ何人か死んでるしね。でも、あれは鶏肉とは全然関係ないんだけどね。実際に生きた鳥からしか感染しないんだけどなあー、BSEといい、今回の件といい、一体全体どうなっているのかねこの世の中。江本教えてくれよ。
E:うん、でもそんな事より、君の立場としてはとりあえずお客様が安心できるような対策を考えるべきじゃない?例えば抗菌対策とか。アー、そう言えば確か竹炭使って何かしてたんじゃなかったっけ?
O:そう、竹炭はいつも使ってる。焼き鳥の加工のときは必ず竹炭で焼いてるんだ。抗菌作用が強いからね。
E:それは良い。前に竹炭を波動測定した事があるけど確かに抗菌作用のポイントは高かった。ウイルスの動性なんてまったく波動そのものだから、それはきっと良い結果を出していると思うよ。是非それはもっとアピールした方が良い。まあ、災い転じて福とする様、お客様が本当に安心できるような食品作りをこの際目指していこうよ。僕も及ばずながら協力させてもらうから。
O:分かった。そうしよう。色々と有難う。

実際に彼が言うように食品による疫病問題が最近になって色々と取りざたされていますが、私が知る限りではこれらの問題は以前からあったもので、特に最近になって始まった問題ではありません。やはりインターネット網の充実により、内部告発的な情報公開がなされ始め、メーカー側や行政側がコントロールし切れなくなったというのが、偽らざる事でしょう。
これらの問題は人類社会全体が抱える問題で一朝一夕に解決できる事ではもちろんありません。ですから私の友人のように食品提供者がそれぞれに誠意を尽くして、それなりの対策を立てていただく一方、われわれ消費者も食卓に並ぶありがたい食べ物に対して、心からの感謝の思いを捧げていただくという、昔からの風習をもう1度思い起こし、手を合わせて“いただきます”、“ご馳走様でした”を言うようにしてゆくことが、肝要だと思います。

■ 2004年1月19日(月) 水からの伝言第3集脱稿

昨年の11月のはじめから取り組んできた『水からの伝言第3集』が今日脱稿となり印刷屋さんに原稿を渡しました。昨年はサンマーク出版の『結晶物語』、講談社の『水は語る』『水の真力』、徳間書店の『水が伝える愛のかたち』、三笠書房の『水は曲を聴いている』(来月初旬刊行予定)の5冊を書き上げましたが、各出版社の編集者がかなりのインタビューをしてくれて、著者の時間的不足を補ってくれましたので、海外出張が多い中、それほど苦労せずまとめる事が出来ました。
しかし、水からの伝言は波動教育社という会社が出しているのですが、それは実は私の妻が社長をやっている会社で、即ち自費出版と同じようなものなので、プロの編集者などはおらず、全部自分たちで仕上げなければなりません。
それで昨年の10月の終わりに製作チームを作りました。本文編集担当に『波動』の担当真宗君、結晶写真と補足資料担当に研究所の木津君、レイアウト担当に昨年の4月に独立した元社員の望月君です。そして、11月の中旬から二人のメンバーが加わりました。英文翻訳としてこの日記の翻訳をお願いしている金沢の八井晶世さんに、当ホームページ担当の宇佐美君にその校正を担当してもらったのです。私をリーダーとして計6名のチーム編成、六角形の結晶の出来上がりです。
第1集、第2集は神戸のサンクリエイトさんに私の原稿を除いてなにから何まで任していたのですが、現在は月刊『波動』をお願いしているため、時間的に無理という事で、社内スタッフでやる事にしたのです。(望月君は独立はしましたが社内スタッフです)
単行本、しかも写真集でオールカラーそれも全文英訳つきというかなり難しい条件で、単行本などは作ったことの無い連中で始めたわけで、ちょっと心配でしたが、チームワークがとてもよく、全員頑張ってくれて、結果としてとても素晴らしいものを今日原稿として印刷屋さんに渡す事が出来たのです。
昨日は神田で100名ほどの人に集まってもらい、その内容の発表会を行いました。2時間ほどの私のスライド写真を交えての話が終わったころには涙を流された人も何人かおられて、ほとんど全ての人が協力してくれたアンケートの結果を見て、私たちは、「うんこれはベストセラーになるぞ」と確認をしあう事が出来ました。 第3集は正式には『水からの伝言・・・自分を愛するという事』という題名で2月中旬にご予約の方には発送できる予定です。また紀伊国屋書店などの大型書店の店頭にもその頃置かれる予定です。ご期待ください。

■ 2004年1月17日(土) 

本当に可愛い孫が一昨日オランダに帰ってしまって、我が家は急に寂しくなりました。でも昨日の日記に書いたように、新しいおもちゃが入ってきたので、僕は何とかそちらの方で気を紛らわせそうですが、妻は何か気の抜けたような顔をしていて、お風呂の水も替えてくれません。いわく、「これ、可愛い陸玖ちゃんが入ったお風呂だから替えたくないの」。
もうXX才になるのにおままごとをしている少女のようなことを言っています。
ところでその孫が、帰る2日前家族で温泉旅行に行っているときに、突然高熱を出してしまいました。娘はしかし「ははー、これ多分突発性発疹だと思うから心配ないよ」と言って少しもうろたえません。でもそのうち熱は40度にまで上がってしまいましたので、私たちの方が心配になってきました。それで私は持参していたパソコンでその病気のことを調べました。その中で探し当てたサイトが“くば小児科クリニック”というサイトで、なるほど娘の知識と同じことが書いてあり、まったく心配ないから熱のケアーを良くしてあげてください、ということがとても優しくお母さんの立場に立って書かれてありました。それを読んで妻も安心して、結局高熱は3日続いたのですがお医者さんに行く事もなくオランダに帰る日の朝には平熱に戻っていました。
私は娘の育児に対して、今回10日間ほどの里帰りの中で、少なからず“ほほーう、あの洋子がね”と感心させられたことが多かったのですが、この旅先での発熱にも拘らず、私たちの目の前で見せてくれた冷静な判断と対処に、改めてそれを感じ、頼もしく思ったのでした。また、たまたま引いた“くば小児科クリニック”のサイトですが、この先生は素晴らしいホームページを作っておられます。青森県の先生なのですが地域医療で頑張っておられる様子がにじみ出ていて感服しました。小さなお子さんをお持ちの方は1度覗いてみていただけたらと思います。
さて、人間はどうして熱を出すと体がだるくなり言うことをきかなくなるんだろうと、今回の体験から思いました。もし僕が40度の熱を出したらほとんどど死んでしまうのではないかと思います。実は1ヶ月前に60歳の検査入院をある大学病院でしたのですが、当然、朝昼晩夜と検温がありました。そのときの体温は36度をきって35度の中ほどから後半まででして、自分の体温が若いときと比べると1度ぐらい低くなっていることに気がつき、老化ということはこういうことなんだと感じさせられました。
しかし孫の陸玖の場合の常温は、37度5分で僕の場合より2度も高いということです。ですから彼にとっての40度の体温は僕にとっての38度ということで、やはり体温というのは普段の体温との差が大きくなればなるほど、その体調、症状の差が大きくなるということなんだということを再認識させられました。ですから僕の場合37度の熱でもふらふらになってしまうわけです。
温度は振動の結果高くも低くもなります。当然振動が活発なときには高くなり、活発ではないとき低くなります。電子レンジがなぜ瞬間的に高熱を出せるかということは、高周波電波を使うことによって食品中の水分子の振動を急激に活発にさせ温度を上げることが出来るのです。孫の陸玖の体内細胞は当然成長の真っ盛りですからおじいさんの僕のそれより活発に振動していますので、平均体温がそれに比例して高くなるわけです。
  昔から年寄りの冷や水と言いますがまったくその通りで、振動数が低くなっているわれわれのような年代は、振動数の高い水、すなわち温かい水を飲むべきで、氷水などは余計振動数を弱めてしまいますから、体の活性化が阻害されてしまう原因となり、あまり飲むべきではありません。
さてこれからが今日の本題です。なぜ熱が必要以上に上がると体調が悪くなるのかということですが、これはエネルギーである振動は貯蓄ができないということを意味することに気がつきました。考えてみればこの地球上にある全ての現象や、科学的生産物、動植物の存続は、それらがエネルギーである振動を異常に溜め込んでしまったり、持っているときに、破壊への方向に走ります。
例えば地震や洪水、台風そして火山噴火がそうです。原爆や水爆などの核兵器がそうです。動物たちは決して食べ過ぎませんが、私たち人間はちょっとでも食べ過ぎると、すなわち振動の素を沢山体内に入れすぎると、体を壊します。動物や植物たちも例えば恐竜のように自分たちだけ強すぎると、やがては得るべき振動を失い自滅していきます。
きっと、神なるものはこの地球に存在するものに対して、必要以上のエネルギーの貯蓄は許しませんよ、というコンセプトの下に全てを設計されたのでしょう。
これを別の表現で言えば、“貯蓄は最低限必要な分だけに留めなさい。余ったものは皆で分けましょう。そして、循環するようにしましょう。循環こそ唯一の存在の継続の方法なのですよ”ということになるのではないでしょうか。
今日は阪神淡路大震災が起きた日、亡くなられた6千余名の文字どうりの犠牲者の方々に対して改めてご冥福を祈らせていただきます。

■ 2004年1月16日(金) 天体望遠鏡

インターネットの通販ショッピングで申し込んでいた、天体望遠鏡が今日届きました。昨年の9月に引っ越した家が19階建てのマンションで、僕の家はその最上階、ベランダから夜空に輝く星が良く見えるため、宇宙を身近に感じながら、また色々な発想を深めようという魂胆です。
子供のように喜々として、会社に届いたそれを家に持ち帰り早速組み立て始めたその時ちょうど、7時のニュースでアメリカが月面基地の建設や火星への有人飛行を視野に入れた宇宙探査計画を発表した、というニュースが流れました。この世に誕生して60年間、今まで天体観測などにはあまり興味のなかった私ですが、生まれて初めて買った天体望遠鏡を組み立てているその時に、このような宇宙探査大計画の発表とは、何か私のやることは、すっかり神様に見透かされているような感じです。
その望遠鏡のほう、結果的に苦労して組み立てたものの、単三の乾電池が8つも必要ということで、買い置きがなく、今日はロケット発射失敗、というより整備不良で順延ということになってしまいました、高い買い物をしているのに、なぜ電池が入っていないのか、まったく面白くありません。プンプン。
ところで、ブッシュ大統領が発表した計画によれば火星への有人飛行は2020年以降のことのようです。実は私、死後の世界は火星に行くことを決意しそれを最近の著作の中でも発表しています。ですから、有人ロケットより1日でも早く火星に着きたいですから(先に行って色々調査し、地球に情報を送って、安全に来てもらいたいから、つまり水先案内人の役割を努めたいから)、彼らの計画があまり早まらないように願いたいものです。そうでないと私は早死にをしなければなりません。出来たら2030年以降に火星に来ていただけたらと思います。

■ 2004年1月13日(月) 成人の日のテレビ報道

今年もまた、成人の日の祝賀記念式典における一部若者の常軌を逸した行動や、公共の道路・駐車場でのとんでもない騒ぎが各テレビ局のニュース番組やワイドショーで、かなりの時間を割いて報道されました。私はこのような報道番組に反対です。
当然のことながら公共のテレビですから誰でも見ることが出来ます。今年19歳、18歳あるいはそれ以下の来年以降の成人式に出席予定の少年男女も沢山見ていることでしょう。ほとんどの彼らはそれを見て「アーなんともはや、僕たちのときは何もなければよいが」と思うことでしょう。しかし、ほんの一握りの少年たちは「あーおもしろそう、俺もやってみようかな」と思うかもしれないのです。中には「かっこいい!テレビにも映るかもしれない。よーし、今から暴れ方を考えよう!」と思っちゃう子もいるでしょう。
テレビでそれを見たばかりに潜在的であったくすぶりが顕在化するケースは良くあります。寝た子を起こす現象です。どんなに歪んでしまった子でも、最終的に何かアクションを起こす起爆剤がなければなかなか行動には移れないのではないでしょうか。それをこの様な報道番組は与えてしまっているように私は思います。
共鳴というエネルギーの原則的セオリーを良く理解できていれば、ネガティブな事を必要以上に世に発信すればネガティブなことしか帰ってこないということは良くお分かりになる筈です。一見、社会正義の見張り番と思われるテレビの報道番組も、もう少し波動のエネルギー論を勉強していただきたいものです。

■ 2004年1月9日(金) 火星からの映像

1月7日付の読売新聞夕刊の1面に「火星太古の水の跡?」という見出しで火星無人探査車『スピリット』から送られてきた鮮明なカラー画像が公開されました。いわく

"赤茶けた大地に、乗用車ほどの大きさの巨岩を含む岩石や小クレーターのような浅いくぼみが移り、薄い大気の影響で地平線上の空がピンク色に見える。岩石には丸いものもあり、太古の水の作用で削られた可能性もあるとしている"

私は複雑な気持ちでこの記事を読み、写真を見ました。明らかに地球にあるような生命の存在が見受けられません。丸い岩石があるということから、太古には水があったのかもしれない、と解説がされていますが、公表された写真から見る限り、現在では水のある様子はまったく感じられません。
何故なんだろうと思います。何故私たちの地球には総体的には豊富な水が余るほどあるのに、お隣の惑星である火星には何の水の気配もないのか? 実に不思議なことです。またもし太古の時代に水があったとしたら、どうして今はないのか?私の持ち前の子供のような想像力は色々な憶測や空想を作り上げていっています。
今ここでそれらを述べるにはあまりにも性急すぎるかもしれません。もう少し無人探査車からの情報を待つべきなのでしょうが、1つだけはっきりと言えることがあります。それは私たちの惑星地球は火星と比べればめちゃめちゃに美しいということです。そんな美しい惑星の中で生活できる我々はとても幸運であり幸せだということです。
そして深く考えたとき、火星も昔は今の我々の惑星と同じようにとても美しかったのかもしれないということです。この発想は必ずしも的を外れたものではないと思います。何故ならば、火星にも昔は水があった可能性がると述べられているのですから。
もしそうだとしたら、我々の地球もまた今の火星のようになってしまう可能性はあります。すなわち水がなくなってしまう、水がこの地球にはもう配給されなくなってしまうという可能性です。それはきっと現在のようにテロだのその仕返しの戦争などをいつまでも繰り返し、火だらけの日々を送るときやってくるのでしょう。水を粗末にし、火の力だけを頼りにするような結果として、我々の星から豊穣な土が消え、赤い土の星と化するのです。
断じてそのような結果を招いてはもちろんなりません。そのためにはどうしたら良いのか、直ちに全ての戦いを止め、共生互助の世界を作るほか道はありません。そしてその方法は?
『水からの伝言 第3集』のテーマは、その方法について皆さんと共に考えよう、というものです。2月11日に発売予定ですので、ご予約いただいた方はもうしばらくお持ちください。

■ 2004年1月8日(木) 閑話休題(孫の会社訪問)

昨年暮からオランダにいる娘が里帰りをしていて、今日は10ヶ月になる孫を連れて会社に挨拶に来ました。彼女は5年ほど前にIHMに務めていて、現在いる何人かのスタッフと共に働いていましたから、日本に帰ってくるたびに必ず会社に遊びに来ます。今回は孫の陸玖の初お目見えです。女子社員の嬌声で迎えられた陸玖君はご機嫌で、あちらこちらで愛嬌を振りまいています。
ワクワクHado倶楽部担当の木村君はすかさずそんな彼の写真を携帯で何枚か撮ってちゃっかりそれをホームページのトップエバメールゲルクリームのコーナーに友情出演と称して、掲載しました。陸玖君はついにコマーシャルタレントとしてデビューです。
彼は私の部屋に入って、初め、ぬいぐるみなどで遊んでいましたが、どうも私に似て音の出るものが好きなようで、音叉を与えるとそれをしばらく叩いて喜んでいました。そして次はチベットベルを見つけてそれを離しません。こんな小さい時から、チベットベルが好きだなんて、やはり血は争えないものです。散々それで遊んだあげく、のどが渇いたのでしょう、テーブルの上においてあった私の波動水をみつけて、それをねだりました。娘がそれを与えるとのどを鳴らしてよく飲むこと飲むこと。もう30年後の跡継ぎは決まったようなものだと、1人じじ馬鹿振りを発揮して、にんまりしている私でした。(右上写真:遊びつかれてソファで寝てしまった孫)

■ 2004年1月6日(火) グッドニュース

まず、昨年の12月8日付の日記をご覧下さい。オノ・ヨーコさんのメッセージの件です(メッセージの全文はhttp://www.dreampower-jp.com/peace/index.htmlに出ています)。
私はこれを見て感動して、すぐに懇意にさしていただいている湯川れい子さんに連絡してオノ・ヨーコさんのアドレスを教えてもらい、お礼状を差し上げました。そうしたら今日、日本にいらっしゃる代理人を通じてオノ・ヨーコさんからメッセージが届きました。1月15日にビートルズの発祥の地であるイギリスのリバプールで何かの会合があるらしくて、彼女がスピーチをするそうです。そのときに私の結晶写真を皆さんに紹介してくださるというビッグニュースでした。特に言葉の大切さを訴えたいということのようで、それに関係する写真を何枚か送って欲しいということでした。
私はもちろんすぐにそれを受けてお送りしましたが、その中に"イマジン"や"イエスタディー"を聴かせた結晶写真を折り込ませたのは言うまでもありません。
1月15日、リバプールから"水からの伝言"が発信されるわけです。今年は新年からビッグニュースで、昨年にも増して忙しい年となりそうです。

■ 2004年1月5日(月) 明けましておめでとうございます


 皆様、新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

色々細かい事はありましたが日本では何とか平穏な新年を迎えられてほっとしています。ただ1つ気になるのは焼死者を伴う火事の多さです。昨年の暮れからこのお正月にかけていったい何件そのような事故があったことでしょうか。水の時代が始まるといわれている中で、なにか火の勢力が"まだまだお前たちの時代にはさせないぞ"とでも言っているかのようで、水チームの応援団長としては身の引き締まる感じです。<左写真:浦安の自宅(マンションの19階)から撮った東京湾越しの日の出>
と、書いているうちにもテレビのニュースで、初めての火星探査船が無事火星着陸に成功したというニュースが流れ始めました。そしてそこから送られた火星の風景は、やはり何も無い荒涼とした砂漠の風景でした。果たして水はあるのだろうか、生命は存在しているのだろうか、続報を待たなければなりません。いずれにしても、新年早々"火"の話題でスタートしたわけですが、理想的には火と水がとりあえずバランスすることですので、私は今年も意欲的に国内外での講演活動や執筆活動に全精力を傾ける所存です。どうぞよろしくご声援ください。



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