午後1時に滝野川町の商工会の人がホテルまで車で迎えに来てくれて滝野川町に向かいました。滝野川町は加古川の上流にある町で、そこを流れる川の名前はあくまでも加古川です。ただ町の真ん中のあたりに景勝地があって、そこは岩場となっており、川が急に流れが速くなっています。そのさまが滝のようだということで町名の由来となったようです。
(左写真:滝野川公園にて)
今回私が呼ばれた理由は商工会の35周年記念事業のうちの環境セミナーということです。実は私たちも2週間前の11月16日、ドイツで結婚35周年記念日を迎えたばかりなものですから、それをおはなしして元気いっぱいに環境と水というテーマで2時間お話させていただきました。
帰りは新幹線の姫路駅まで送ってくれることになりました。しかし途中道が混んで、予定していた“のぞみ”に乗ることができず、次の列車で行くことになりました。
それが幸いしました。“こだま”で新神戸まで行って次の“のぞみ”に乗り換えるべく待合室に行くとそこに俳優の榎木孝明さんがいたのです。“やあ、お久しぶりです。”ということで約3年ぶりの再会です。(右写真:榎木孝明さんと)
実は榎木さんと私はそう頻繁にお会いしているわけではないのですが、その歴史は古いのです。最初にお会いしたのは五反田の古いほうのオフィスでしたからもう12年ぐらい前のことです。そのご榎木さんはいつも私の研究の動向について気にしてくださり、『水からの伝言』が出たときなどは、当時、読売新聞に連載中であったエッセイに紹介してくださいました。メジャーな日本のマスコミで紹介された初めてのケースでした。
今度お会いして妻が素敵なカレンダーをいただきました。私のオフィスは隅田川べりの柳橋にあるのですが、そこあたりにもよく撮影や、絵を書きにこられているということで、隅田川にちなむ橋のスケッチ集のカレンダーです。(左写真:榎木さんのカレンダー)それを見て驚きました。少しは絵心のわかる自分のつもりですが、以前より大変お上手になられたと思うのです。特に“水”をあらわす“青”の色の使い方が鮮やかで、清々しくまさに榎木孝明さん的な感じなのです。
そしてもう一つ吃驚したことは、立派な榎木孝明美術館が大分県に出来ていたのです。来年大分のほうでセミナーがありますので、そのときに是非よってこようと思っています。いつあっても、素晴らしい波動の人でした。
おかげでその夜は私たちは別々で寝ることになりました。タマは夜中も時折妻の顔を舐めたりして、ぴったりと寄り添って、まるでもうどこにも行かないでと監視されているようで、よく眠れなかったと妻が言っていました。私にすれば、自分も同じように可愛がっているのにと、いつものことですが少し面白くありません。(右写真:タマちゃん)





彼女の家はなんと1400年代に作られた、旧家でそこにご招待してくれるというのです。そしてそのお婆ちゃん毎日のように結晶写真を眺めて、その中にいろいろな表情があることを発見し、それを近所の人に見せ教えるのが楽しみにしているという、大変な結晶写真フアンだったのです。僕にもその秘密を沢山教えてくれました。そのうち皆さんにも公開します。(右写真:右がローズ・マリーさん、真ん中がマルタさん)
その中で、どこでどう知ったのか、1人アフリカのナイジェリアからの参加者がありました。トニーという黒人の紳士で、なんとこの会に参加する目的だけで約6時間かけてきてくれたということです。そしてセミナー終了後、彼は正式に来年日本に来て研修したいと申し入れがありました。波動測定器を含めての、全般的な波動技術のナイジェリアでの総代理店を目指したいということなのです。
今日は夕方のセミナーまで特にスケジュールはなく、久しぶりにゆっくりとくつろげました。
さて今回嬉しかったことは孫の陸玖が始めて僕のセミナーに来てくれたことです。生後9ヶ月の孫がわざわざ隣の国オランダからジーさんのセミナーに参加してくれるなんてこんな爺冥利に尽きることはありません。もちろんほとんど寝ていましたし、何も分かるわけではありませんが、きっとその雰囲気は体の深いところ記憶されたのではないかと勝手に思っています。写真はセミナーが終わったあと舞台の上で遊ぶ孫です。爺ちゃんと同じように舞台の上で仕事をするようになるかもしれませんね。
そのあとを左の写真のようにデモ隊がプラカードを手にして、口々に"ブッシュ帰れ、アメリカ反対"とか"もう戦争はやめよう"とか叫びながら通っていきました。私はその喧騒の中で感動して涙があふれ出てくるのをこらえることが出来ませんでした。若い女性たちが真剣に平和を訴えて叫んでいる姿を見て急にぐっときて、自分との一体感を感じたのです。
あるテレビ番組制作スタジオ"フリーゲ"に行きました。この話は1年前から出ていた話でこのほどようやく実現したものです。
本番前にはメイクもたっぷりされなんか変な感じです。
その中で1年前アウグスブルグの波動シンポジウムの会場でお会いした女優さんが来ていました。(左写真:一緒にテレビに出た女優さんと。彼女は僕の考えのよき理解者です)
会場ではもう去年から顔馴染みになっている人に何人もお会いしました。そういう意味では今後もずーっと続いて欲しいシンポジウムです。そのうちの1人アイヒスタットのマニュエラさんです。(左写真:マニュエラさん)昨年僕のセミナーをアイヒスタットという小さな町で600名も集めて大成功させた人です。つい1週間前、同じその町にルパート・シェルドレイク博士を呼んでセミナーをもちろん成功させたと言うことでした。来年はニュールンベルクで僕のセミナーをやることがその場で決まりました。







オーストリア国内には約4000名ぐらいの生徒さんがいるということです。
だからこそ、こんなに人が集まったのでしょう。そういえば、彼女の周りにいるお手伝いさん達は、皆彼女を母親のように慕っている、という感じを受けました。やはり、総合的な"輪の和"そしてその中の中心の素晴らしさのなせる業なのだとつくづく勉強させられました。
ホテルに2時近くに帰ると次のお客様が待っていました。IAEA、国際原子力機関からの人でした。2時までに国連ビルの中にあるIAEAの本部までに行かねばならぬ約束であったらしく、われわれは彼女の車に乗ってドナウ川の側にある、国連ウイーンビルまで急ぎました。そして着いて吃驚する事ばかりが待っていました。
日本をたつ前からある芸術家が僕の『水からの伝言』、『水は答えを知っている』を読んで触発され、ウイーンの国連ビルのどこかに愛と感謝をモチーフにした泉を作ったという話は聞いておりました。そしてそこを訪れて欲しいという話があったのでした。そうか、そういうことだったんだ、と初めて全てを理解した僕、秘書もメールや口頭で何度も伝えてくれていたのに、だめな僕、とまたまた反省しきりの僕でした。
そこでびっくりしたのは水の研究がとても深く広範囲に行われているということです。どうやら放射能の汚染をいち早く見つけるのには水を通して行うのが良いという僕の考えがここでも、証明されているようです。世界各地のいろいろな水が集められており、いわゆる標準水としてのゼロウオーターなるものがあるのですが、それは全ての地球上の水をミックスしたものであるようです。(左写真:集められた世界の水が保管されている様子)
(下写真:すっかりお世話になりました、ブルギさんです)この日は移動日で他に予定は何もありません。そこでなんとブルギさんが素敵なプレゼントを用意してくれていました。小澤征爾指揮のモーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』です。
ブルギさんが予約していたチケットを手にして3階の方まで私たちを案内します。そして係りの方に切符を見せますと係りの方が少し歩いてドアを開けてわれわれを個室に案内してくれました。すぐに円形の劇場がぱっと目の前に広がってきて、オーケストラボックスにはすでにフィルハーモニーの方が、てんでに音を出されて練習している情景が入ってきました。左隣の隣はなんとロイヤルボックスです。つまりブルギさんは我々のためにウイーンオペラ座の3階のロイヤルボックスの右となりの隣の個室を、しかも小澤征爾さんという今最も人気のある指揮者の1人が演奏するオペラのチケットを予約してくれていたのです。もちろん会場は全席満席でした。(左下写真:オペラ座の特等席に座る僕)
私はオペラが大好きで高校生のときにいろいろなアリアをよく覚えて歌いました。もちろんこの『フィガロの結婚』の中の"もう飛ぶまいぞ、このちょうちょ"などもよく歌ったものです。ですからあの有名な序曲から始まっての3時間半があっという間に過ぎてしまったのは言うまでもありません。
(左写真: ハノーバーの主催者クリスティーヌさん
)
(右下写真:ハノーバーセミナーの様子)
駅にはフライブルグに来ていた、ヨルク・シュバイツアーさんが昨日のうちに車でフライブルグを発って、迎えに来ていました。(左写真:ベートーヴェンの生家の前で)
(下写真:ヨルクさん)
隣接するいわゆるブラック・フォーレストが80年代の終わりから次々と酸性雨、CO2問題で枯れ始めたからです。ですから世界で始めてのライドアンドパークシステムを採用するなど、環境問題に悩む世界の町の議員さんたちが勉強、見学に来る町として有名となっています。
ですから私たちは街の散策はせず、その景色を楽しむことにしました。部屋のベランダから見る夕日の美しかったこと、遠くにフライブルグの町が1望できます。紅葉はここでもまた、訪れる人の目を楽しませてくれています。
そんなことを思い出しながら私は楽しくお話を進めてゆきました。参加者はほぼ2年前と同じ250名(定員280名)ぐらいで、念のために前回参加した人に手を上げてもらったところたったの3名の人が手を上げました。ほほーと思いました。読者の層がどんどん広がっているという解釈と、1度聞けばまあいいや、という見方とが出来るわけです。私としては複雑な思いでした。
、人種的にも、業種的にも色とりどりで、フランス語の同時通訳つきです。いわゆる精神世界系の人々が多いということではなく、水に関心のあるいろいろな分野の人が来てくれたようです。日本語の通訳の人が用意できなかったということで、私のまた下手な英語での講演となりました。
多分この話を頂いた時、僕もゴルバチョフさんに会ってみたいと思ってスイス、ジュネーブまで来ることにしたのでしょう。しかし、ジュネーブというところはフランス語圏で全てのチラシなどがフランス語のため、実際のところ何を目的とした会議なのかこちらに来てからもあまり分からない状態です。
さてその文化の日に遠くはなれたドイツ・ミュンヘンから僕の最新作の本のお知らせです。実は1昨日このホテルに徳間書店の豊島さんからかねてから制作中の本が出来たということで、2冊の見本誌が送られてきました。『水が伝える愛のかたち』(写真)というタイトルで僕にとっては作家生活に専念にして今後の人生を送るか、あるいは従来的生き方をするかを占う大事な本として書いてきたものです。
そのコンラッドさんが今度は友人の音楽家、アンドレア・ブルンミエルさんと組んで僕のためにとても素晴らしい企画を用意してくれていました。実はミュンヘン入りしたその日と、昨日そして今日と3日間、僕はブルンミエルさんのスタジオに行き彼のプロデュースでレコーディングをしてきたのです。そして今日それが完了したのです。
そしてなんとお経を詠んでくれということなので南無妙法蓮華経を詠んでみました。初めての体験でしたがとても体に心地よく響き渡り、振動効果十分だったように思います。