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9月28日(日)東京セミナー
9月27日(土)宇都宮セミナー
9月26日(金)高崎セミナー
9月25日(木)長岡セミナー
9月24日(水)いわきセミナー
9月23日(火)仙台セミナー
9月22日(月)花巻セミナー
9月21日(日)弘前セミナー
9月20日(土)札幌セミナー
9月18日(木)東北縦断セミナーツアー
9月17日(水)塩谷信男先生の御本ドイツ語版出版される
9月16日(火)阪神優勝
9月12日(金)地震のうわさ
9月10日(水)もと子さんの治療
9月9日(火)お休み
9月8日(月)オランダからもと子さん治療に来てくれる
9月7日(日)八重洲ブックセンター
9月6日(土)名古屋でのセミナー
9月5日(金)韓国で結晶ブーム
9月4日(木)島根県斐川町
9月3日(水)オランダで薬局での大麻販売解禁
9月2日(火)
9月1日(月)関東大震災のこと

過去の日記一覧



■ 2003年9月28日(日) 東京セミナー

さあいよいよ今日は最終日、東京セミナーです。場所は永田町の社会文化会館という所で、昨夜宇都宮から浦安の自宅に帰っていた僕と妻は、地下鉄で永田町駅に降り立ちました。しかし二人とも地図を持ってこなかったものですから、会場の場所が分かりません。そこへ6人ほどの女性のグループが歩いてきました。どうも雰囲気的に僕のセミナーのお客様のようです。で尋ねました。
「あのー、社会文化会館に行かれるのですか?」
「はい、そうですが」
「僕今日の講師の江本なんですが、地図を忘れちゃって、一緒に連れてってくれますか?」
「エーツ、ほんとですか?ワー、キャー本当だ!江本先生だ!みんな、来てーツ、江本先生だよー」と大騒ぎです。
 僕はどうしてこんなに良いお年をしたおばさんたちが(失礼!)大騒ぎするのか分からず、これはどうしたことだろうかと思っていると、
「私たち岡山から来たんです。先ほど羽田について今来たところなんです。」
とそのうちのお一人が言うではありませんか。これには僕もびっくり。さらに聞くと、東京には僕のセミナーに参加するだけの目的で来られたこと、夕方の6時の飛行機で帰られると言うことなのです。
 みんなと握手をし、おまけに時ならぬ記念撮影が路上で始まりました。ちょうど国会図書館の裏の青山道りに面したところでしたから、通りすがりの運転手さんたちが何事が起きたのだろうかと、こちらをじっと見ています。何か恥ずかしいやら僕も有名人になったものだとか、複雑な気持ちになりました。
 セミナーでは今回のツアー最後と言うことでもあり、また永田町からの発信ということでもありましたので、今まで発表していなかった大胆な政治的発言を次のように2つほどさせて頂きました。
@『水からの伝言』の韓国版が来月出版されます。サンマーク出版の『水は答えを知っている』はすでに韓国で25万部を突破しており、また韓国のNHKであるKBSテレビが現在僕を取材中で、1時間番組が3回放送されることになっています。僕はこれを機に日韓の関係をユーロと同じ、つまりノービザ、ノータックス、共通の貨幣使用という関係にしたらどうだろうかということを、幅広く提案してゆきたいと思います。
Aそれが実現したら、次の構想としては世界連邦の樹立です。自分が生きているときには出来ないかもしれないけれど、その骨子になるものを世界中に水からの伝言として伝えてゆきたいと思います。
 9日間のセミナーツアーは、またまた江本式ドン・キ・ホーテ風宣言を持って無事終了しました。残り少ない人生と最近つくづく思います。1つのことが終わったら、新たな目標をまた打ち立ててゆかないと、時間は無為に過ぎ去っていってしまうように感じられるからです。それにしても今度のは超でかい夢だな。よし、これを最後の夢にしよう。あと20年は頑張らなくちゃ。

札幌の鈴木さん、三部さん、弘前の渋谷さん、小畠さん、仙台の青野さん、大西さん、吉田さん、花巻の遊佐さん、佐藤さん、渡辺さん、いわきの西脇さんご兄弟、長岡の樋口さん、田中さん、高崎の根岸さん、鈴木さん、宇都宮の保田さん、野上さん、そして各セミナー会場でボランティア・スタッフとしてご協力いただいた数々の方たち、そして最後に今回のセミナーに参加していただいた皆さん、本当にありがとう御座いました。

最後に5人のクルースタッフの皆さん、9日間ご苦労様でした。特に濱野ツアー隊長よくやってくれました。ありがとう。全国の会員の皆さんご声援ありがとうございました。

■ 2003年9月27日(土) 宇都宮セミナー

高崎から国道50号線、佐野インターを経て宇都宮へ、なんと6年半ぶりの訪問です。会場は県庁前の栃木会館、絶好のロケーションです。今日の現地の世話人は波動クリエイティブセンター宇都宮の保田さんで、娘さん息子さんもお手伝いに来てくれて、僕はとても嬉しく思いました。なんと言っても家族の理解があることが、このような新しいタイプのお仕事にはとても必要なことだからです。特に保田さんの場合ずいぶん前に奥様を亡くされて、男手一つで難しい年頃のお二人の子供さんを育てられてきたということを知っているものですから、なおさらでした。
 さて、セミナーはとても好評でした。今回の場合、私たちは5人でツアーを組んだのですが、その移動費、宿泊費、人件費は馬鹿になりません。来場者がたくさん来ていただければ入場料だけで採算が取れるのですが、東北地方はまだまだこの種のイベントにはそれほどたくさんの方が来てくれるわけではありません。ですからぶっちゃけた話し、商品売り上げがいくらあるかということが、この種のイベントを継続的に行えるかどうかの重要なポイントです。
 その売り上げの基準は内部的には来場者一人当たりいくらかということになります。そして今シリーズ中、今日の宇都宮は今までで最高の売り上げとなったのです。これでまた来年このような企画を立てることが出来ます。宇都宮のお客様ありがとうございました。
 5時にみんなと別れて僕と妻は、栃木県藤岡町で有機農業に取り組まれている野上夫妻からご招待を受けて、市内の素敵な和風レストランで食事を取りました。野上さん夫妻のことは『月刊HADO』2000年4月号でご紹介をしておりますが、ご主人は古武士然とされた方で、詩吟をたしなみ、居合いの達人、法華経の深い理解者でいかにも拓殖大学出身者の憂国の士という感じの格好よい人です。(僕よりいくつか年上の人ですが、毎日農業に汗水たらし、自然に親しみ、生き方そのものが僕なんぞよりはるかに凛々しいのです。確か只見のほうに、鉱山をお持ちだったと記憶しています。)
 これに対して奥様はとても若くいわゆる才媛、企画力抜群な方です。のみならず、行動家でもあり、いろいろな地域運動、あるNPOの理事長をも担っておられます。そしてお二人の共通点は"憂国であり、憂人類"で、それが僕と彼等とが気が有い、夫婦同士の交際を続けている原点でもあります。
 もっとも、最初に野上さんとお知り合いになったきっかけは、矢張り『水からの伝言』で、それに感動した奥様が連絡を取られて僕に会いに来たのです。野上さんたちは今もそうですが、本業としてシーマロックスという良質濃縮ミネラルを扱っておられ、それを私どもの会社で扱わせていただいたという経緯があります。しかし、単にお仕事のお付き合いだけではなく、近い将来彼らとは何かもっとスケールの大きい社会的な仕事をやれるのではないかと僕は予感しています。

■ 2003年9月26日(金) 高崎セミナー

スタッフは長岡から高崎まで、車で先に出かけましたが、僕は、徳間書店さんから出版される仮称『水の旅』の原稿執筆のため1人ホテルに残りました。当初は11月中旬の予定でいたのですが、徳間さんの方から何とか10月中に出したいと言うことで、実はこのツアー中にも1日原稿用紙にして6枚ほどの原稿を書くことを義務付けられていたのです。
 しかしセミナーツアーをしながら、しかも車での移動で中々執筆の時間がとれません。つまりだいぶ遅れてしまったわけです。そうしたら、僕の本の担当さんが、わざわざ今日高崎のセミナーまで、陣中見舞いとは名ばかりの、発破を掛けに来ると言うのです。少しでも原稿を多くして渡さなければならないと言うわけで、僕だけ新幹線で行くことにしたわけです。
 久しぶりにゆっくりとした状態で、5時間ぐらいの時間が取れましたので原稿のほうもだいぶはかどりました。3日分が書けました。しかし疲れました。高崎までの新幹線の社中で、その疲れをひしひしと感じました。「おいおい、お前、今日ちゃんと2時間喋れるのかよ?」と自問自答したくらいです。
 しかし、それはまったくの杞憂でした。それから2時間後、いつもより増して元気に喋っている僕がそこにいました。定員を超えるほどの人が来てくれて、しかもとても若い女性が多かったのみならず、その反応がとてもよかったからです。お客様のエネルギーを貰ったからでしょう、本シリーズ最高に気持ちよくお話しが出来ました。現金なものです。それと本質的にはまだまだ僕の体力は捨てたものではないと思いました。
 高崎のセミナーを主催してくれたのはハウスアンドガーデン社の根岸社長さんでした。根岸さんは去年の11月に僕を呼んでくださり、ご自分の会社の関係者向けのセミナーを企画された方です。僕と同年輩で、とても高潔な人柄の方で、気が合いました。今日もセミナー終了後スタッフ全員を会社の2階の素敵なデザイン、材質で作られた食堂に招いてくださり、根岸さん自ら作られたけんちん汁、スタッフの方によるおいしい玄米酵素おにぎり、完全有機野菜で作られた数々のお料理で我々をもてなしてくれました。そして極めつけは前回もそうでしたが、有名なベルギービールの振る舞いです。これがまたうまいのです。
 根岸さんの会社は、いわゆる工務店さんですが、人に優しい波動住宅を提供されています。2年前に僕の『水からの伝言』に出会い、感ずるところあり社員教育に用いられたようで、それからこの不況にもかかわらず、業績がとても良くなったと言うことを開演前のご挨拶で述べておられました。とても嬉しいことです。このように具体的に『水からの伝言』が社会のお役に立っているという話しが僕をとても勇気付けます。

■ 2003年9月25日(木) 長岡セミナー

磐越道、関越道を経ていわきから新潟県長岡への4時間あまりのロングドライブ、今日のセミナーは10年来の友人である長岡商工会議所の樋口専務理事の後援によるものです。樋口さんは11年前に発刊された僕の最初の本『波動時代への序幕』を船井幸雄先生から紹介されてお読みになり、早速僕の五反田の事務所を訪ねてくれた人です。そして長岡での講演を依頼され僕は、初めての地方講演を、心地よい緊張のもとに行うことが出来て以後の講演活動に対して自信をもたらしてくれた大事な人でもあります。
 以来、長岡には何度呼ばれたことでしょうか。有名な長岡の花火大会にも妻と一緒に何度かご招待を受け、樋口さんの気さくな奥様と共に私たち夫婦はすっかり打ち解けて、そのうち家族ぐるみのお付き合いをさせていただくような仲になったのでした。
 その樋口さん、船井先生を信奉し、先生がご推薦している先生方を多数長岡にお招きし、地方産業に新しい技術、考え方を紹介されて、その革新的発展に貢献されている方です。長岡という町はあの有名な“米100表”の話の町でもありますし、山本五十六を生んだ所でもあります。明治維新のときにもこの長岡藩の存在は中央政府に大きな影響を与えたことは良く知られている話ですが、樋口さんはまさにそのような長岡人気質を持った素晴らしい人です。
 5年ほど前の信濃川音楽祭のときにも私は招かれお話をさせていただいておりますが、このときはまだ『水からの伝言』が出版される前で、僕はスライドのフィルムとカセットを持って、みなさまにお水の表情をお話ししておりました。この僕のセミナーに、信濃川音楽祭のメインゲストであったあの有名なライアル・ワトソン先生が出席されていたのです。僕の話しを聞いてくれたワトソン先生は、後で「日本にはすごい人がいる」と通訳の方を通じて僕にお褒めの言葉を送ってくれたのですが、そのことが、翌年『水からの伝言』という写真集を出した時に、全文に対して英訳をつけようと思った大きな要因の1つでもありました。それが現在のように海外10数カ国で出版されるもととなったわけですから、長岡、そして樋口さんとのご縁は僕にとってかけがえのないものであるわけです。
 さて、その長岡で行われたセミナーは、従来と違って新潟県中からお客様がお見えになったということです。「それだけ江本さんのことが幅広く知れ渡ってきたのですね」と樋口さんが嬉しそうに言っておられました。僕もお会いしたときは、総務部長さんだった樋口さんが今では専務理事の要職に就かれ、ますます積極的に波動的なお仕事を進められ、そして着実に成果を上げられれているというお話を聞いて、とても誇らしくまた嬉しく思いました。
 今回のツアーで思うこと、やはり10年来のお付き合いが出来る方、お仕事は本物です。

■ 2003年9月24日(水) いわきセミナー

午前中、元気館で青野さんからびわ温灸の治療を受けました。僕が体調があまりよくないとこのホームページに書いたら、行く先々でみんなが心配してくれていろいろな健康食品やマッサージなどの治療をしてくれます。ほんとに有難いことです。おかげさまでハードなスケジュールにもかかわらず、元気で旅を続けられています。
 はじめての体験のびわ温灸はとても心地よいものでした。振動医学を伝え歩いているものとしてはいつも治療などを受けるたびに、その理論に照らし合わせて、体験させていただいているのですが、この療法もまさしく振動医学そのものだと感じました。足腰の経絡に最初はほんわかした温かさのびわの温灸を、ピラミッドパワーを利用しながら当ててゆくのですが、振動の異常があるところでは、その暖かい温度が熱く感じられて、その異常をホメオパシー的に中和してゆく療法であると理解しました。最近ひそかに流行しているようですが、なるほどなと思います。ありがとう青野さん。
 お昼を、青野さんのご両親たちと近くのお蕎麦屋さんでご馳走になりながら(これが最近食べたお蕎麦の中ではピカ1にうまかった。)、ご両親のお話を楽しく伺いました。ナイスカップルで波動夫婦です。波動の初期の頃からの会員さんでいらっしゃること、五反田のオフィスにも良く来られていたことなどを知りました。ここにきて、10年来の波動ファン、会員さんによく出会うようになりました。その方々が、立派に正業として波動をビジネス、あるいは教育、あるいは地方自治等へと具現化されているのを知って、自分の歩んできた道に対して自信と誇りそして改めての責任を感じさせられています。特にニュースレターの時代から含めて『月刊HADO』を、めげずに1度も休むことなく発行してきてよかったなあと思います。今までこの仕事に携わってきたかたがたに、感謝したい気持ちでいっぱいです。
 さて、今日は福島県いわき市でのセミナーです。仙台から車で2時間半、磐越道が出来たのでとても便利になりました。
 会場の文化センターに6時少し前に着いたら7時からの開演にもかかわらず、何人かの人が僕を待ち受けていて、「イヤーお久しぶりです、ようこそいわきにいらっしゃいました」とご挨拶を受けました。そうおっしゃったのはおじいさんです。もちろん以前お目にかかった方としてのご挨拶ですが、僕は覚えていません。それもそのはず、いわきに以前来た時は8年前ということで、そのときに来てくれたおじいさんだったのです。でもそのご挨拶振りが、いかにも嬉しそうであったので、僕もとても嬉しくなりました。
 いわきのセミナーを主催してくれたのは地元で古武道の道場を長いこと開いていてHCCもやっていただいている西脇さんです。奥さんと弟、そして西脇さんのお弟子さん、奥様のお友達など多数の方々がお手伝いに来てくれていました。そして会場には西脇さんたちが集めてくれた150人ぐらいの人がいらしてくれました。やはり女性が7割ぐらいおられました。失礼ながらいわき市という保守的な町でこの種の催し物にこれだけの人が来てくれること、西脇さんのお人柄以外によるものほかに有りません。ですから僕もアットフォームな気持ちで、いつもとは違った調子でお話が出来ました。
 おかげさまで講演後のサイン会、手が腱鞘炎になるのではないかというほどの人が来てくれました。

■ 2003年9月23日(火) 仙台セミナー

今日は5年ぶりの仙台でのセミナーです。以前ここには波動クリエイティブセンターがあったのですが、そのオーナーが転業されてしまったので、またなぜか講演会のご縁が無く、ずっと来れずにおりました。会場に来て嬉しかったことはそのもとHCCの吉田さんが元気な姿で顔を見せてくれて手伝ってくれたことです。彼にはエムロイウオーターの濃縮水のコーナーを担当してもらったのですが、さすがもとHCC、波動水の説明が上手で10本ほど売ってくれて、今シリーズの新記録を作ってくれました。その姿を垣間見て、僕は、彼が本当はHCCの仕事をずーっと続けたかったのだろうなと少し胸がジーンとしました。5年前では家族を抱えて専業でHCCの仕事を続けることは、まだ時期尚早だったのです。
 さて今日の地元の協力者は元気館という健康サロンを家族ぐるみで経営されている青野さんという方でした。青野さんは東北で始めてソフィア"を導入された方で、その治療実績はかなりのものがあるそうです。僕にも熱心に霊症問題についての治療体験をお話していただき、僕も自分の体験をお話させていただきました。そのなかから何かをつかまれたようで、今後の彼のゴーストバスターズ(霊退治)ぶりが楽しみです。
 会場には200名を超える方が来てくださり、今シリーズ最高の賑わいとなりました。ここも予約自体はたいしたことは無かったのでしたが、当日になってこられる方が多かったわけです。どうも東北の方は、予約が苦手のようです。

■ 2003年9月22日(月) 弘前セミナー

朝10時に弘前国際ホテルをレンタカーで出発。宅急便屋さんから送られてきた、商品など15梱包を積んで走るものですから、高速道を走っていてもなかなかスピードが出ません。今日から1週間この車(トヨタハイエース)にお世話になるわけですが、毎日商品がそれぞれのセミナー会場でさばけて、車体がどんどん軽くなるのが楽しみですと、今回のツアーの総責任者、濱野営業企画部課長が運転しながら言っていました。その心境良く分かります。
 さて今日は新幹線の花巻温泉駅前のホテルで夕方の7時からセミナーです。そのため時間が有るものですから、濱野君があらかじめ1ヶ所訪問先を用意してくれていました。一関市にある世嬉の一酒造株式会社という、銘酒及び地ビールの酒造メーカーです。佐藤さんというご夫婦で経営をされているのですが、ご主人が社長、奥様が常務と、僕たち夫婦とまったく同じパターンで、3代目の蔵を守っていらっしゃいました。おまけに息子さんまでご両親のもとで働いており、これも同じです。
 行ってみて驚いたことは、その建物の立派さと、その規模の広さです。毎日のように観光バスが団体客を連れてきて、蔵の見学と昼食のコースが有るのです。すなわち立派なレストランがあり一度に100人以上のお客様が、食事が出来そうな感じでした。そしてなぜ私たちがそこに招かれたかと言う理由は、お2人とも熱心な波動ファンだと言うことだったのです。
 正直言って、陸奥の町一関、大変保守的な田舎町だと思っていました。(失礼!)ところがその町の旧家でもある酒蔵の経営者ご夫妻が、半端ではない波動の理解者、そして水の理解者であったのです。僕は私たち一行6名に用意されていた、その日の心のこもった昼食の質と量を、深く味あい噛み締めながら、日本に波動的夜明けが来ることがそう先のことではないことを予感したのでした。
 そのことは夕方から行われたセミナーでも感じられました。予約はわずか30名ほどであったのが、90名近い人が参加してくれたのです。そして口々に言うのです。「あーもったいない、宣伝が下手ですねえ。私もつい2、3日前に知ったのですよ。花巻でもこの倍くらいは絶対来ますよ。もしもっと有効に宣伝していたら。」と。よし次回はもっと自信を持って、ことに当たるぞ、と再確認を皆としたのです。

■ 2003年9月21日(日) 弘前セミナー

昨夜のうちに千歳をたって青森空港までJASで行きました。割引料金が無いのでなんと行きの札幌―千歳とほぼ同じ料金、なんだか矛盾を感じます。たった35分の飛行時間なのに。
 弘前はこれで3回目です。とても好きな町です。いつも明るく陽気な波動インストラクターの渋谷洋子さんが待っててくれるせいかもしれません。それと弘前公園と言うところがとても素敵な公園です。特に桜の時期にきたら最高です。
 さて、とは言うものの、弘前は今回のツアーのなかでいろいろな準備が一番遅れてしまったところで、中止にしましょうかと妻に言われたところです。でもぼくがたとえ2、30人でもやろうよ、と言うことで、今日開催の運びとなりました。
 市内一のデパート、マエサンデパートの8階、多目的ホールが急遽会場となりました。なかなかムーディーなホールで、僕は1人語り風に、いすに腰掛けたまま(普段は必ず立ってお話しをします)ちょっとムードを出してお話しをしました。なかなか良かったと思っています。
 お客様はやはりほかの会場ほどには集まりませんでしたが、それでも50名を越す方が来てくれて、最後まで熱心に聞いてくださいました。特に最後になってあるご婦人が「秋田から来たのですが、来てとてもよかったです」といわれたときにはやはり、やってよかったなあと、ほろりとしました。
 さあ、明日も頑張るぞ。

■ 2003年9月20日(土) 札幌セミナー

いよいよ今日から東北縦断セミナーの始まりです。5人のスタッフでの道行のため節約旅行でもあります。昨夜のうちに北海道に入ったのですが、飛行機会社はエアードゥーでした。安いせいか、満席でした。でも乗り心地は当然の事ながら変わらず、まったく問題ありませんでした。
 さて今日の入りは、150名程度の予約だったのですが、最終的には220名ほどになり大盛会となりました。会場もつい最近オープンしたというコンベンションホールの国際会議場、とてもゴージャスな雰囲気での約3時間、初日から幸先の良いスタートとなりました。
 やはり、ヒラリオンネットワークさんという地元の企業が全面的にお手伝いをしてくれたのですが、地方講演の場合、どうしても地元の方の応援が必要となります。ですからこのようなシリーズでの講演イベントは、各地元における後援者探しの旅でもあり、その方々との懇親の旅でもあります。そしてそれがまた楽しいのです。
 ところで、東京で震度4の地震があったという連絡を受けました。何も被害がなかったということを聞いて、大変ほっとしています。でも引き続き、気を引き締めてゆきましょう。詳しくは本欄9月12日の項お読みください。

■ 2003年9月18日(木) 東北縦断セミナーツアー

明日の夕方札幌に4名のスタッフと共に飛び立ちます。講演会の欄を見ていただければ分かるように、28日の東京会場まで連続9回のセミナーです。自分で企画してしまったことですので、誰にも文句は言えないのですが、6月以来ちょっと体調をこわしてしまった身としては、「コリャきつくなりそう」と少し後悔しています。
 しかも札幌、青森行きを除いて移動はレンタカーでの移動です。つまり、青森―岩手―宮城―福島―新潟―群馬―栃木―東京を車で移動するのです。僕の息子も(27)もスタッフの1人として行くのですが、若い彼ですらできればスタッフに選ばれたくなかったと言っています。もう60歳になった僕としては何をかや言わんやです。普通の人だったらキャンセルしてしまうかもしれません。
 でも僕は大丈夫なのです。ひとたび会場に入ってお話を始めれば、来場されたみなさまから沢山のエネルギーを頂けることを知っているからです。それは次の理由によって物理学的に多少の疲れなど吹っ飛んでしまうほどのエネルギーを頂けるのです。
 「ここに音叉があるとしましょう。同じ振動数の音叉であるならば、一つを叩くと、他の音叉も振動します。おなじみの共鳴現象です。そして今叩いたほうの音叉、つまり発信側の音叉の振動を指で押さえて止めます。そして頃合いを見計らって、今度は共鳴して振動している音叉を指で押さえて止めます。そうすると発信側の音叉がまた振動を始めてウヲーンと鳴っているのが聞こえるのです。つまり、発信側のほうも相手を共鳴させて振動させることが出来たなら、自分も相手の振動を受けてエネルギーをもらえるわけです。共鳴には常にやまびこ現象が伴うわけです。別の表現をすれば発信側が愛、受信側が感謝といえるでしょう。愛・感謝は従って補完関係にあるといえます。」
 ですから、もし僕がどんなに疲れた状態でも、心を込めてお話しをし、それが来ていただいた方々の心に響き、共鳴を頂ければ、その共鳴の深さ、数によって僕もまた大きなエネルギーをやまびこ現象によって頂けるということになります。あくまでも相手の方を感動させることが出来ればという前提ですが、僕は疲れなど心配せずに、ただ心を込めてお話しをすればよいのです。そうすれば自然と癒されると言うわけです。
 ただ来場者、共鳴者の数が多ければ多いほど、癒され効果も高まりますので、みなさまお誘いあわせの上最寄の会場に来て頂けたら、嬉しいですね。よろしくお願いします。

今日サンマーク出版の海外担当の方が来社され、写真のような本を持ってきてくれました。塩谷先生の著書『100歳になったから言えること』のドイツ語版がいよいよ出来たのです。実はもう3ヶ月ほど前に出版されたと言うことは聞いていたのですが、現物がやっと届いたと言うわけです。
 この本は、昨年3月に中野のサンプラザで行われた先生の100歳記念講演会の収益金によって作られたものです。僕の『水は語る』、『水からの伝言』、『水は答えを知っている』のドイツ語版を出版してくれているコーハ出版のコンラッド社長にお願いして作ってもらいました。コンラッドさんはそのためにわざわざ来日され熱海の塩谷邸に僕と一緒に行ってくれて、早速塩谷先生の大ファンになってしまいました。
 コンラッドさんは出来たら先生をドイツにお招きして講演会をやってもらいたいと言っています。でもさすがにちょっと無理でしょうと僕が申し上げたら大変残念がっておられました。
 僕としては先生とのお約束が果たせてホット一息です。そして予想したようにこの本はドイツ、スイス、オーストリアの方々に大変喜ばれているようです。何とかまた大奇跡を起こされて、颯爽とヨーロッパで講演なさる先生を期待したいものです。でも、もし無理でも、その思想はきっとかの地で、種をまき、花を咲かせることでしょう。

■ 2003年9月16日(火) 阪神優勝

昨日は大阪で、ある美容師会主催のセミナーがありましたので1人大阪に行きました。その前前日、野球好きの息子が「とうさん、大阪でセミナーがあるなら{阪神優勝}と言う文字見せやったらみんな喜ぶんじゃない」とアイデアを出してくれました。僕はすぐにそのアイデアを頂き、研究所の木津君に電話をして、撮影をお願いしました。
 まったく急な依頼で時間が殆どなかったのにもかかわらず、押手君というエースカメラマンが撮影してくれました。その写真が右下の写真です。これを大阪の会場に来た人たちにお見せしたのは15日の午後2時半、まだ阪神は負けていたころでしたし、マジック対象相手のヤクルトのゲームは4時からで、その日に阪神が優勝するかどうかは分かりません。でも結果として帰りの新幹線の中で阪神が優勝したことを知りました。オー、やっぱり結晶効果はすごいと思いました。
 そしてその写真がまたすごいのです。よく見るとこの結晶は3つに重なっています。一番下の結晶はもちろん阪神ファンです。見てください。これはまさに祈りの結晶です。そして真ん中は選手の結晶です。戦力的にあまり豊富ではなかった状態が良く出ています。そしてもちろん一番上は胴上げされている星野監督です。何かいつもより態度が大きくないですね。やはり本当に選手のおかげと思っているのですね。

■ 2003年9月12日(金) 地震のうわさ

「近々(9月15日から17日ぐらいにかけて)東京圏にマグニチュード7クラスの大地震が来る可能性が高いそうです。ご存知でしたか、またこれをどう思いになられますか?」というメールを何通か頂きました。夫々の方にご返事はまだ出しておりません。しかし、この件について僕の思うところを、そのニュースを聞かれて心配なさっている方々にお知らせすべきと思い、この公開日記を通じてお伝えすることとしました。
 結論から先に申し上げると、このような予知情報が、まことしやかに流れることは、それが科学的根拠があればあるほど、つまり一般の人が「なるほど」と納得する根拠があればあるほど、良い結果をもたらすものと僕は考えています。もっと言えば、その予知情報が正しければ正しいほどそれは起きないと考えるからです。どうして僕がそう考えるかと言うと、すべての現象は人間の集合意識の結果であると信じているからです。すべての現象・・・戦争や、テロ事件、邪悪な犯罪、経済恐慌などの明らかに人為的な因果によるものと思われる現象だけでなく、嵐や、水害、旱魃、火山噴火、そして地震などの天然災害による現象も含めてのことです。
 エネルギーとは振動です。エネルギーがなければすべての存在もないし、現象も起きません。まったくの闇、nothing at allの世界です。そのエネルギーすなわち振動の始まりは何でしょう。それは原子であり、それを構成する素粒子です。ものごとは9からは始まりません。そして0または1は神の世界。2と言う一番小さい単位から始まり、それはこの世では2言(にんげん)です。
 だから素粒子レベルの動きはその観測結果に一定のルールがなく(人によってその観測結果が違うから)、科学者はそれをカオス(混沌)と名付けました。すなわち、この世ではエネルギーの始まりである素粒子レベルの振動は人間のみが、人間の意識のみが関与できるのです。ですから人の意識が結果的にすべての現象を作っているのだと思うのです。
 この件はカタストロフィーが起きるのか起きないのかということに対しても同じであると考えています。今まで予測されたカタストロフィーは、何も起きていません。だからといって、いい加減な予測では絶対なかったのだとぼくは思います。コンピューターの2000年問題が良い例です。あれも多くの方が大変なことになるぞと言っていただいたから、人々の集合意識がそちらのほうに向き、それなりの対策が出来て大事にいたらなかった訳です。
 さあ、まもなく大地震が来ると言う情報を真剣に受け止めましょう。そしてそれなりの心の準備をしておきましょう。そうすれば、大地震は起きないし、おきたとしても大きな被害とはならないでしょう。

■ 2003年9月10日(水) もと子さんの治療

昨日は日記を書く時間がなくて休んでしまいました。来てくれた人、ごめんなさい。やはり今後も予告なしに休載することがあるかもしれません。その節は勘弁してください。
 さて、もと子さんの治療を受けてほんとに良かったと思います。合計5時間の気孔風、つぼ風、マッサージ風、生態エネルギー風治療を受けて、まず体が楽になったことはもちろんですが、心の治療をずばりと受け、こっちのほうが効きました。僕なんていわれたと思います? 恥ずかしいからあまり言いたくないけどこの際告白したほうがよさそうですから、言ってしまいましょう。
 「先生の体の奥深いところに問題があります。こんなこと先生に言うと叱られるかもしれませんが、怒らないでくださいね。先生には愛と感謝の気持ちが足りません。観念的にはもちろん分かってらっしゃいます。でも体では分かっておられません。もっと素直になってください。優しくなってください」と言われてしまったのです。
 その瞬間「ズキューン!!」と心の奥に鉄砲玉が入ってくるような感じがしました。でもその玉は氷で出来ていたようで、瞬間的に痛んだだけですぐに溶けて流れていってしまいました。そして、「あっなるほど、そうかもしれない。いやそうだったんだ。」とまったく納得している自分がそこにいました。そう、愛と感謝の大切さを唱えている先生が、ずばりほんとのことを指摘されてしまったのです。もうこの後は四の五の書きません。後は素直にこの究極のカウンセリングを受け入れて実際に毎日の生活を送るだけです。
 皆さん、今度どこかであったら、昔の僕とちょっと変わっているように感じられるかもしれません。そのように努力します。

■ 2003年9月9日(火) お休み

お休みです(休休だから)。

今日はオランダ在住のすごいヒーラー、もと子さんが僕の治療のためにわざわざ柳橋のオフィスまで来てくれました。もと子さんとは3年半前に僕が初めて静子さんの紹介で(静子さんのことについては『水は答えを知っている@』をご参照ください。)スイスに行ったときに知り合いました。その当時はチューリッヒの日系の金融関係の会社にお勤めでしたが、秘めたヒーリングパワーに気づかれ、頼まれればお仕事の合間を見ていろいろなところに治療に出かけられていました。
 別れられたスイス人の旦那さんとの間にかわいい娘が1人おり、彼女は日本語もドイツ語も英語も話せるので、僕は真剣に彼女をI.H.M.で採用したいと思い、話がまとまりかけたこともあるほどのお付き合いを、母娘とさせていただいておりました。その彼女が今年になって長年勤めていた会社を辞められ、いよいよ本格的なヒーラーとして自立することが、主に静子さんの強い勧めで実現しました。そしてもと子さんはスイスを離れて、オランダにいる静子さんと一緒に生活されることになったのです。
 彼女のヒーラーとしての能力はかなりのものがあるようで、日本に来るたびに、愛知県碧南市の小沢病院でがん患者など難病の方々の治療をされており、現代の赤ひげ小沢先生から絶大なる信用を得ておられるようです。
 彼女は今回は7月末に日本にこられたようです。そしてなぜかクリスタルチルドレンのお母さん、小井川さん(『月刊HADO』9月号参照してください。)のところが今回の連絡事務所となっており、それがもと子さんが今日僕のところに来てくれた理由です。小井川さんが僕の体調があまりよくないことを知って、もと子さんに連絡、もと子さんが早速駆けつけてくれたというわけです。
 治療は今日と明日の2日間にわたって行われますがどんな治療をしていただくのか僕ははじめての体験ですのでとても楽しみです。結果は明日の日記でお知らせしたいと思います。

■ 2003年9月7日(日) 八重洲ブックセンター

夕べは名古屋泊まり、久しぶりにカラオケに行きました。いつもは泊を伴う出張には必ず妻が付いてくるのですが、14日に引越しを控えているため今回は僕1人で行くことになりました。カラオケには宮崎先生が連れて行ってくれたのです。これには驚きました。というのはつい3日前、僕は上さんに「しばらくカラオケに行ってないから今度カラオケに行こうよ」とおねだりしていたからです。もちろん宮崎先生はそんなこと知る由もありませんが、最初からそのような設定をされていたようなのです。そして先生も彼の息子もとてもカラオケ好きで、当然大変お上手で、それにもびっくりさせられました。どうも最近僕が言うことはすぐに実現化してしまう傾向にあるので、うっかりしたことは言えません。ポジティブな発言だけをするように心がけましょう。
 さて今日は10時半過ぎののぞみで名古屋を発ち、12時半に東京駅に着きました。そこには妻が出迎えていました。久しぶりに八重洲ブックセンターに僕の本の市場調査に行こうと電話をしていたのです。
 僕の本は八重洲ブックセンターでは3階の"水"コーナーのところと、4階の"精神世界"コーナーのところに置いてありました。そしてびっくりしました。3階では7冊の本がそれぞれ平積みで、4階には『水からの伝言』『水からの伝言A』『音と水との対話』『水からの伝言ビデオ版』、『水は語る』、『水の魔力』、『結晶物語』、『命からの伝言』、『水は答えを知っている』、『水は答えを知っているA』の計10冊がこれまたそれぞれ平積みで、畳3分の2程のスペースで堂々と並べられていたのです。そしてレジに近いところに『月刊HADO』も置いてありました。
「ワーッ、凄いことになってるな」と僕は何かそこにいるのが恥ずかしくなるような感じで、レジのそばの柱の陰に隠れてしまいました。そしてそこでしばらく、僕の本の前に立つ人たちの動きをじっと見守っていました。残念ながら僕がいた5分ほどの間には、誰も買ってはくれませんでしたけれども、なにか娘を美人コンテストに出したような感じがして、つまり誰が娘に票を入れてくれるのかどきどきして見守ってしまうという感じで、もう何回もこのようなことは体験があるのに、なかなか平常心にはなれませんでした。おかしなものです。
 しかし八重洲ブックセンターは地方の人が東京に出張したとき、本好きな人であれば必ず立ち寄るところといわれています。この種のジャンルではいまや七田真先生の本と並んで1番スペースを頂いていることを今日確認させていただきました。ありがたいことです。さらに皆様の御期待に添えるよう精進しなければならないと痛切に感じたしだいです。

■ 2003年9月6日(木) 名古屋でのセミナー

今日は名古屋で1日で2回のセミナーがありました。先日の島根のときもそうでしたが、ある場所でセミナーのお申し込みがあると同じ町、あるいは近隣の町から同時にセミナー依頼が来ることが多くなりとても効率がよくなりました。ちなみに、島根のときは、出雲市、斐川町、江津市と3日続けての島根県内でのセミナーとなりました。これがシェルドレイクの仮説(100匹の猿現象)というものなのでしょうか。
 今日の場合、ひとつは日本政治経済研究所というところの年1回のセミナー企画と、もうひとつは古くからの友人である宮崎雅敬さんが主宰する『意識波動医学研究会』の月例会です。後者のケースは以前にも参加させていただいてもおりますし"波動医学"の研究会ですから、僕がお話をさせていただくのは当たり前といえば当たり前です。しかし前者のケースは僕にとって初めての体験でした。30名ほどの出席者でしたが、なかなかすごいというと失礼ですが、大変な方々が出席をされていたのです。たとえばある県庁所在地の市長さんとか県会議員、大都市の市会議員さん、お医者さん、東京の大学の教授さん、一流企業の研究所勤務の方、そしてもちろん大企業や中堅企業の社長さんたちなどなどです。
 名古屋駅に迎えに来てくれた事務局長さんから会の目的やメンバーの内容を聞いた僕はとてもやる気が起きてきました。つまり、皆さん"今の日本を何とか再生復活させたい"という目的で、集まり勉強されている方々だったのです。
 それならば申し上げたいことがたくさんあります。振動の3原則、共鳴、純粋性、相似象の観点から僕なりの日本再生論を熱く語らせてもらいました。とても反応がよかったのではないかと思います。これからもこのような趣旨におけるセミナー依頼が沢山きそうな予感を持ちました。
 16時45分にそのセミナーを終え17時10分から始まる宮崎さんのセミナーにタクシーで駆けつけて何とかセーフ。バイブレーショナル・メディスンについてお話させていただきました。そしてその内30分ほど株式会社IHMトレーディングの尾竹社長に、彼がスイスから輸入し販売している"ソフィア"という機器について説明してもらいました。"ソフィア"は僕がオランダで3年ほど前に会ったヨハンさんという方が開発された、MRAとは一味違った波動測定、矯正器で現在25台ほど販売されているようです。そしてすでに様々な驚くべき治療効果を挙げているようで、紹介者としてとても嬉しく思いました。
 尾竹社長は僕の弟子ですが、このように弟子とともにセミナーをやったのは外では初めてのことなのですが、なかなか楽しいことでした。これからもいろいろな弟子が育ってくるでしょうから、このような形でのセミナーを企画して行きたいと思います。

■ 2003年9月5日(金) 韓国で結晶ブーム

今日、韓国から金さんという若い実業家がやってきました。波動教育社では韓国人の奥さんを持ち、韓国語が堪能な水野さんという人に韓国のエージェントのようなお仕事をやってもらっています。韓国では去年の夏から『水は答えを知っている』(サンマーク出版)の韓国語版が大ヒットし、今年の5月にはそのAも出版、合計で25万部を超える勢いとなっているのです。水野さんは最初その読者の一人でしたが、韓国と日本を結ぶ橋渡しとなりたいと願っている彼は、波動教育社の社長(僕の奥さん)に熱烈な手紙を書き、彼女の信任を得て契約社員となり、僕の韓国におけるセミナーの手配段取りや、『水からの伝言:韓国語版』出版(来月早々に出版予定)の連絡係などをやってもらっています。
 その水野さんが金さんを連れてきたのです。金さんは前回僕が韓国の高麗大学で講演会をやった時に参加されてえらく感動し、水野さんに連絡、二人は何回か会ううちに大変に気が合い、水野さんは金さんのオフィスに事務所を移すほどの中になったのです。
 金さんのお仕事はインターネット関係全般、特にウェブサイトの立ち上げ管理、そして広告代理業務、マーケティング全般と時代の先端を行く業務を、スタッフ10名ほどでやっておられるとの事です。 二人の提案は、僕の仕事の韓国内における普及展開を、金さんの得意のウェブサイトを中心に、ともにやって行きたいというものでした。そしていずれはソウルを基地としてインターナショナルな展開としたいというものでした。
 もちろん僕は二つ返事でこれを了解しました。僕の中にも韓日がユーロと同じような経済圏、システムを持つようになればよいなという考えが、最近芽生えていたものですから、全く当然のこととして受け入れられたのです。
 10月6日から韓国に行きます。6、7日と明洞の大きな教会で3回セミナーがあり、8日はダム水源公社主催のセミナー、9日はヒルトンホテルで経営者クラスの1日ワークショップ、10、11日は『水からの伝言:韓国語版』出版記念トークショーおよびサイン会が韓国NO1、2の書店で開かれます。とても効率の良いまた多角的なスケジュールが組まれていると思われませんか?宗教(精神世界)グループ・環境団体グループ・経済界グループ・一般大衆グループと見事に短い間に組み分けられたものです。 人口は日本の5分の2です。しかし『水は答えを知っている:韓国語版』は出版以来、僅か13ヶ月で25万部(日本では同22ヶ月で23万部)。そして今、KBSというテレビ局(韓国のNHK)が僕に密着取材してくれています。7月25日のイスラエルの愛感謝プロジェクトにもわざわざ3人のスタッフが現地に取材に来てくれました。そして来月半ばにも日本に来てくれます。予定では一時間番組を3回組んで放映したいそうです。
 このように韓国では日本以上に反応が早く具体的な計画が実施されています。ですから僕としても、波動技術の具体的国民的展開は、韓国でやることになるのかなと思っています。まあこの技術の場合、競争にはならないのでどこが最初であるかはそれほど問題ではありません。 とにかく最初の良いサンプルを早く作ることと思っておりますから、来年はソウル暮らしが多くなりそうです。

■ 2003年9月4日(水) 島根県斐川町

昨日の日記でヘンプオイルのことを書きました。それで思い出したのですが、8月18日に、島根県斐川町という出雲空港のある町に行った時の事です。斐川町の町長は本田恭一さんという方なのですがその方が今年の春、僕のオフィスに訪ねてくれました。わざわざ尋ねてくれたその理由は、僕を夏にセミナーに呼びたいということでした。『水からの伝言』、『水は答えを知っている』を読んで感動され、斐川という川に囲まれているその町の町民に、水に対しての愛・感謝の思いをぜひ話してほしいというご趣旨でした。もちろん2つ返事でお受けして、それから5ヶ月ほどたっての島根行きでした。
 機内の中でスチュワーデスから差し出された数種類の新聞の中から、僕は何気なく産経新聞を手にしました。そしておもむろに1面から目を通します。するとそこにすぐ斐川町という活字が目に入りました。あれ!?と思ってその記事を読むと、「ひまわりからオイル、今日トラクターでテスト」という内容でした(2003年8月17日の記事はこちら)。斐川町ではこのほどひまわりを休耕田に植え始め、それから取れたオイルを燃料として今日トラクターの試走が行われる、と書いてあります。ヘーッと感心する一方、たまたま手にした全国紙の1面に、訪問先の小さな町の記事が大きく載っているとは、偶然にしては出来すぎている話です。これは3年前と同じだなあと、同じ島根県松江でセミナーがあったときのことを思い出しました。
 そのときは中海という湖に、長崎の諫早のギロチンのような堰が作られようとしていて、それに反対していた市民団体が私を呼んでセミナーを開いたのです(そのときの主催者、畑山さんが9月1日の日記の地震の前後の水の提供者です)。ところが、今回と同じように行きの機内で新聞を読み始めたらその1面に、「中海事業中止決定へ」という記事が出ていたのです。市民団体の方々は大変喜ばれました、やはり東京からわざわざ先生を呼んだからなどと言っていましたが、もちろんそのほかの彼らの日常の努力が実ったためです。いずれにしても2回とも出雲行きの飛行機の中のことでした。それも僕にとって良いニュースばかりでした。2回ともきちんと出雲大社にお参りに行ったのは言うまでもありません。3回目にはどんな良いことがあるのでしょうか。どなたか早く呼んでほしいものです。
 さて、斐川町でのセミナーは町民の方400名がホールいっぱいに入ってくれて大盛況でした。そのときの本田町長の挨拶が、僕にとって大感動のご挨拶でした。詳しいことは『月刊HADO』の10月号をお読みいただきたいのですが、彼は僕が書いた始めての本『波動時代への序幕』以来の読者で(実に11年前)、その時からずーと波動を勉強してきたこと、5年前町長に当選して以来波動的な考えを何とかして行政に活かせられないかと思ってきたこと、今日その先生をこうやってお招きできたことは、とてもうれしいことである、とのべられたのです。
 町長さんは現在52歳、ですから40歳ちょっとのとき、まだ若い成りたての町会議員の時からの波動ファンで、その方が現在立派に地方行政の中で波動的考えを取り入れてらっしゃる。ひまわりからオイルという話も直接聞いてみれば『月刊HADO』の大麻の記事から町として大麻栽培を検討したのだが、どうも難しい、ほかに変わるものはないかということで、ひまわりになったということなのです。
 この事実は僕に対してすごいエネルギーをくれました。「そうか、僕が一生懸命いってきたこと、やってきたことは、こういう形で実るんだ。それにしても10年かかるんだ。よしこれからだぞ!!」と、張り切っている僕でした。
 本田町長さん、ほんとにありがとう。

■ 2003年9月3日(水) オランダで薬局での大麻販売解禁

オランダは以前から大麻についての医学的応用の研究が進んでいる国ですが、このほどついに、薬局での大麻販売が認められるようになったというニュースが昨日報道されました(詳しくはhttp://news.msn.co.jp/newsarticle.armx?id=578979をご覧ください)。
 大麻については、僕は、あるいは『月刊HADO』では、3、4年前から擁護、応援の姿勢を取っており、大麻から抽出した大麻油を燃料にして走るヘンプカー日本縦断のときの支援セミナーを開催するなど、ご記憶に残っている方もいらっしゃると思います<http://www.hado.com/asa.htm>。
 僕がどうして大麻を支援するのかと言えば、それが高波動植物であって、これからの時代にはなくてはならない植物となると思うからです。高波動植物てなんですか?と思われる方が多いと思いますので次に少し説明させて頂きます。
 高波動、すなわち振動数が高いと言うことです。1秒間に1回振動することを1ヘルツと言いますが、振動こそがエネルギーと言う考え方をすれば、高エネルギー植物ともいえます。
 結果的に人類は宇宙にあるといわれているフリーエネルギーをどのようにキャッチできるかによって、これからの高周波時代を乗り切れるかどうかになると思うのですが、宇宙エネルギーとは高周波ゾーンのことであると私は思いますから、高周波である麻をサンプルとしてあるいは媒介として、フリーエネルギーを取り入れてゆくことになると思っています。
 では、なぜ麻が高波動植物かと思う根拠は、次の各点です。

@麻には害虫がつかないという報告・・・一般昆虫などとは波長が違う
A麻を植えると土壌がよくなると言う報告・・・振動効果が高い。オートマチックな耕し効果
B麻の成長はすこぶる早く、年2回収穫が可能・・・速い振動、早い成長
Cほぼ世界中で栽培が出来る・・・寒さや暑さの変化、すなわち振動数の変化を超越する高振動
Dいわゆるマリファナ効果・・・思考の高振動現象
E古来より神社においての必需品・・・八百万の神(すなわち宇宙の高周波ゾーン)にご降臨いただくときの、媒介としての高周波植物

いかがでしょうか、「ウム、なるほど」と思われる方も多いのではないでしょうか。フォトンベルトに突入の時代が来るなどと言われている時代です。もしそのときが来たとき、この地球は大変な高周波に襲われるわけですが、それでなくても人口の増加によってさまざまなエネルギーが大量にすでに消費されてしまっている時代です。エネルギーとは振動のことですから、100年前のこの地球の振動と現在のそれとを比較してみたとき、現在のほうが何倍も高振動になっていることは誰も否定できないでしょう。はっきり申し上げて、僕たちはすでに高振動時代に入っているわけです。毎日毎日の新聞を読めばいかに時代がスピードアップしているか分かります。
 ですから、それに伴うかつてなかった病も発症しています。がん発生率の異常化、多発性硬化症などの新たなる難病の発生などがそうですが、それらに対して大麻が効果があるということは、以上のような観点から考えれば、まことに当然のことといえます。ある意味でのホメオパシー的薬理効果といえると僕は思います。この件に関して、他の国に先駆けて研究してきたオランダが今回このような発表をしたということは、とても勇気のいることだけに大英断と言えます。心より歓迎し拍手を送ります。

■ 2003年9月2日(火) 

娘洋子は今オランダにいます。今年の2月の末に僕たちの初めての孫、陸玖を生んでくれました。何でオランダにいるかと言うと、いろいろとあったのですが、とりあえず、現在はオランダ駐在社員の奥さん、つまり花の駐在の奥さんとして新婚2年目、可愛い子供も出来て大変幸せな日々を送っています。
 僕がこのホームページを開いたのは実はこの娘の影響です。娘は今から2年ほど前から『猫部屋』<http://www.nekobeyaf2s.com/>と言うホームページを開いていました。そのときはまだ独身で、ニコという可愛い猫を飼っていて、猫好きな人のためのホームページという感じでした。
 ところがこの娘は僕に似てとても文章を書くのが好きで、つまり上手で面白く、あっという間に同好者を集めてしまいました。そして毎日オランダ在住の人々の悲喜こもごもの日常生活を、とても辛らつにかつユーモアあふれるタッチで書いているその日記が大好評となり、猫愛好家だけでなくオランダ在住のカップルやシングルレディーが毎日たくさん訪れてくれるようになって、そのBBSも大変な賑わいを示すようになったのです。
 その間、現在の夫との恋の話も進行して、時折そちらのほうの話もチラチラッと垣間見せるものですから、皆さん親身になってそのうち、ホームページ友達のオフ会(いまだに僕には何のことか分からない)なるものが結成されて行きました。1年10ヶ月ほど前に二人はゴールインしたのですが、そのときの結婚式はそのホームページ友達がすべて取り仕切ってくれた立派な結婚式でなんと、遠いアムステルダムで行われたのにもかかわらず、素敵な人たちばかり60名あまりの人が参加してくれたのです。
 僕はそこに新しい文化を見ました。わが娘ながらたった1台のパソコンからこんなにもエネルギーを集め、与えている娘を、頼もしくえらいと思いました。何せ1日のアクセスが軽く200件を越えるのですから。そしてそこにバーチャルなものではない、血の通ったあったかい友情までが芽生え、互いに助け合うと言う立派な社会性をも築いているのです。ホームページを開きたい、あるいは現在開いている方々にぜひ1度娘のサイトを覗いてくださるようお勧めします。親ばかではなく、ほんとに面白く良いホームページだと思います。

■ 2003年9月1日(月) 関東大震災のこと

今日は防災記念日、関東大震災が起きた日です。実は僕の母方のお爺ちゃん、叔父さん、叔母さんはこの震災の犠牲者で今はこのIHM のオフィスから程近いところにある被服廠跡に祀られています。
 今日も妻と一緒に祭壇に手を合わせてきました。そこで結晶写真技術の地震予知への応用が1日も早く国に認められるよう祈ってきました。
 合同供養が終わったあと、一人の住職がいろいろと地震にまつわるありがたい話をされていましたが、そのなかで「このそばの神田川には関東大地震の10日前、川を覆い尽くすほどのボラが遡上していたということです。また鶴見川では大量のうなぎが・・。というように動物たちは大地の異常を前もって予知する感性を持っているようですが・・・最近の同じような情報はちょっと気になるところです。」とお話されていました。
 このようなことは、鯰は地震を予知するという言い伝えが昔からあるように、よく言われていることです。また地震雲のことについても、拝聴するに値するデータ写真を収集しているにもかかわらず、それらは科学的でないという理由で、まともに扱われてはいません。ならば地震予知の科学的研究はどうなっているかといえば、確か国は地震予知関連予算として年間100億円以上を出しているようなのですが、その成果はゼロと聞いています。
 結晶写真技術を地震予知に応用したいという申請は、実は僕は過去2年にわたって文部科学技術省の「独創的革新技術開発研究の提案公募」に応募して、訴えてきました。しかし2回ともかすりもせずに落選でした。とても憤慨しています。どうして例えば話だけでも聞いてみようとはしないのでしょうか。
 鯰にしても、ボラにしても、うなぎにしても、雲にしてもみんな水と関係があります。そして水は物質中、音(振動)を伝える媒質として最も優れた物理学的特性を持っています。彼らは水の中の振動の異常をいち早く察して、それこそ異常な形態を示すのではないでしょうか。
 そして、水を凍らしての結晶写真が物語るもの、それはそのときそのときの振動の形態を示すデザインです。日本の地震が起きそうな地点で地下水を定期的に採水し、その結晶写真を撮影し、どんなパターンになったときに地震がおきたかをデータ化することによって、見える形で人々に地震の襲来の可能性を示すことが出来たとき、どんなにか、その被害は軽減されることでしょう。
 関東大震災のときは約10万人以上の方が犠牲となりました。改めてご冥福を祈るとともに、この技術の地震予知への採用が国家レベルで行われるようになる日が1日でも早く来ることを願うものです。

『水からの伝言vol.2』p.50、p.52から
島根東部地震・直前の井戸水
たまたま、島根県松江市在住の私のセミナーの主催者である売布神社の畑山敏子さんによって採取された、地震(2000年10月6日、マグニチュード7.3)の約7時間前の井戸水です。本来ならばもっと美しい結晶ができると思われますが、なんとも不気味なエネルギーを秘めた映像になってしまいました。
島根東部地震・翌朝の井戸水
蓄えていた不自然なエネルギーを放出して、すっきりした顔の結晶ですね。でもこの実験結果から地下水を丹念に追えば地震の予知もできる・・・ということを証明できた、と考えています。

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